真・恋姫†無双〜恋と共に〜 #51
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#51

 

 

 

虎牢関の戦いが終わって数日の後、関より洛陽へと退いた一刀たちを迎えたのは、月でも詠でも、ましてや空でもなく唯だった。

 

「お帰りなさいませ、一刀様。恋さんも風さんもお疲れ様でした」

「あぁ、ただいま」

「………そちらの方は?」

「えぇと、水関にて袁術軍より一刀さんに降った紀霊と申します………」

 

既知の友との挨拶を終えた一刀たちの後ろに立つ香は、その優しげな視線にわずかに照れながらも自己紹介をする。

 

「そうですか。私は李儒文優と申します。よろしくお願いしますね」

「えぇと、はい…」

 

自身も名乗った唯は、一刀へと向き直る。

 

「それにしても一刀様も酷い御方ですね。恋さんというものがありながら、風さんを連れてきたと思えば、今度は敵軍からですか」

「そんな言い方はよしてくれ。それより、月たちの方はどうなっている?」

「はい、竹簡も届いております。此処ではなんですので、一度お城に戻りましょう。湯殿も用意させておりますので、ゆるりと休まれてからまたお話しいたしましょう」

「おぉっ、唯さんはやっぱり気の利いたお姉さんですねー。風は久方ぶりのお風呂に胸がときめいてしまうのです」

「ん…あとご飯」

「はい、それも既に準備中ですよ、恋さん。お風呂から上がったら頂きましょうね」

「ん…」

 

唯の言葉に風は―――風も女の子だ―――その気持ちを隠そうとせず、また恋も遠征用の糧食ではなく城での料理という言葉に涎を零しそうになりながら頷いている。その光景に、一刀もようやく帰ってきた事を実感するのだった。

 

 

 

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「ささ、此度の戦の一番の功労者はおにーさんですので、一番風呂を浴びちゃってください」

「いいよ、俺は。風たち3人で先に入ってきな」

 

城に戻り、食事の指示と書類の用意に向かう唯と別れ、一刀たちは浴場の前へと来ていた。正確には、恋の怪力に引っ張られていた。

 

「むむ…おにーさんは相変わらずの紳士です。仕方がないですねー。恋ちゃん、香ちゃん、こんな労いの心も分からないおにーさんなんて放っておいて、さっさとお風呂でさっぱりしちゃいましょう」

「えぇと、いいんですか、一刀さん?」

 

上目遣いで一刀を窺う香を他所に、恋と風はアイコンタクトをする。それは一瞬の邂逅。普段の一刀ならば気づいていたはずのそれも、やはり疲れが溜まっていたのだろう。彼は香に返事を返していて気づかない。そして風があっさり引き下がった理由にも。

 

「香、行く…」

「ほらほら、香ちゃん。さっさと行きますよー」

 

そして一刀同様に気づかない香の手をそれぞれ引き、風たちは浴場の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

元来女性の風呂とは長いものであるが、恋の食欲が勝ったか、存外はやくに3人は風呂からあがる。先に食事をしていていいという一刀の言葉を受けて食堂へと向かう恋たちを背に、一刀は浴場へと向かった。その背に光る、3対(そのうちひとつは羞恥心による涙で光っていたのだが)に気づかずに廊下を曲がった。

 

「恋ちゃん、香ちゃん、行きますよー」

「えぇと、やっぱり恥ずかしいです………」

「甘いですね。敵が軍師の策に嵌ったのです。ここで兵の先頭に立って突撃をしないで、何が将軍ですか」

「まだ正式な将軍じゃないです!というか、私は一刀さんの副官だから、最初から将軍には―――」

「はいはい。そうやっていい娘ぶってればいいのです。もういいです。風と恋ちゃんの大人の魅力で、おにーさんの貞操を頂きにいくのです」

「………(こく)」

 

頷く恋は、その言葉の意味を理解しない。

 

「大人って、風ちゃん私より背も胸がちっちゃ―――」

「あ?」

「―――なんでもないです」

「それで行くのですか?行かないのですか?」

「えぇと、行きます………」

 

いつかの一刀にも負けないくらいの風の視線に晒されて縮こまる香も、初めて訪れた城で放置されては堪らないと、結局は恋と風についていくのだった。………その顔を赤らめながら。

 

 

 

 

 

湯で身体を流し、布で身体を擦る。今回の遠征はその激しさもあり、垢だけでなく土埃も一刀の身体に纏わせていた。丁寧に身体の汚れを落としながら、最後にもう一度頭から湯をかぶると、一刀は広い湯船の一角にその身を鎮めた。

 

「………気持ちいいな」

 

お湯の熱が身体に染み入り、それと入れ替わりに疲労を滲み出させる。全身の筋肉が重くなるのを感じながら、一刀は湯船のラインを首元まで上げた。と、その途端浴場の扉が音を立てて開き、3つの影がなだれ込む。

 

「なんだぁっ!?」

「呂布将軍、敵は気を抜いているのです。この隙に突撃なのですよー」

「ん…」

「後続部隊はもっと気合を入れるのです」

「えぇと、えぇと…やっぱり恥ずかしいです!」

 

現れたのは風を背に背負い、左手で香の腕を引く恋。3人は当然の如く裸である。一瞬驚いた一刀も、すぐに湯につけていた布を手に取ると、後ろを振り返る事無くそれをぽいと投げた。

 

「…あ」

「おぉっ?」

「ひゃぁぁっ!!?」

 

それは寸分たがわずに恋の足裏と石造りの床の間に入り、恋の足と床の摩擦を減少させる。勢いに乗っていた恋はそのまま足を滑らせて空中へ投げ出された。背負う風と手を引く香を巻き込んで。

 

「………何やってんだか」

 

上がる水柱は3つ。その大きさはまちまちながら、一刀の目の前の水面から一瞬だけ突き上がった。

 

 

 

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「やけに風呂が短いと思ったらそういう事か」

「にゅふふ、気づかないおにーさんがいけないのですよ」

 

水中で胡坐をかく一刀の脚の間に風は座り、そのウェーブのかかった金髪を水に浸けながらその背を背後の男の胸に預ける。

 

「………一緒に入る」

「まぁ、恋は純粋にそれだろうな。風の言葉の意味も知らないだろうし」

 

恋は伸ばした脚を交互に湯船から浮き上がらせながら、一刀の右肩にもたれかかる。彼の言葉通り、恋に難しい言葉は通じない。

 

「それで、そこの青いのは何やってるんだ?」

 

一刀が指を差すのは風呂の隅で背を向ける香。普段は頭の後ろで結ぶ青い髪は解かれ、水面に真っ青な華を咲かせている。

 

「だってだって!なんで風ちゃんも恋さんも恥ずかしくないんですかぁ!?」

 

暗い影を落としながら声を張り上げるという器用なことをしでかす香は、責めるような言葉を発しながらも2人の方を見ようとしない。

 

「風は一度見られていますのでー」

「え゛っ!?」

「………恋は、一刀と一緒にお風呂入ってる」

「なんとっ!?」

「そういえば、そうだったな」

「………もういいです。そんな不能な一刀さん相手に緊張した私が馬鹿でした」

「誰が不能だ、コラ」

 

一刀が威嚇するも香とて慣れたもので、一刀たちに向き直り、手で胸を隠しながら近づいてくる。実際のところ、一刀も視線は虚空へと向け、反応しないように必死で腹に力を籠めていた。

 

「………私も気にしない事にします」

「おぉ、香ちゃんもついにおにーさんに陥落ですか。恋ちゃん、第三夫人の登場ですよ」

「ん…みんな一緒………」

「聞きましたか、香ちゃん。これが正室の余裕です。風たちも負けないようにしなければ」

「貴族でもないのに、こんなに娶るとは………さすが英雄色を好むですね」

「好んでねぇよ」

「もう慣れたので、そんな威嚇なんて怖くありませんよーだ」

 

どうやら香もふっ切れたようである。いまだ胸は隠しながらも、彼女は恋がするように一刀の左肩にもたれかかる。最初は緊張していたばかりの彼女も、華雄や霞のような豪傑と渡り合い、風と恋の奔放さにあてられたのだろうか。それはそれで成長なのかもな、一刀は一人そんな事を思う。

 

 

 

 

 

「おにーさん」

「何だ?」

 

十人で入ってもまだまだ余裕がありそうなほど大きな湯船を泳ぐ恋を見ながら、風は相変わらず一刀の脚の間で彼を見上げた。

 

「これから何処に行きますか?」

「………考えてない」

 

そんな風の言葉に、香が会話に参加する。

 

「そういえば、まだ聞いてなかったです。霞さんは仕方がないとして、華雄さんは長安に戻りましたし、馬超さんとも密約を交わしたんですよね。これから私たちはどうするんですか?」

 

湯船をぐるぐると泳ぎ回る恋が上げた水しぶきを浴びた顔を手で拭いながら、一刀は考え込む。正直に言うと、考えていなかったのだ。水関では手勢を増やす為にも香を引き込んだが、彼女自身の、そして自分たちのその後の身の振り方を考えていなかった。

 

「とりあえず言える事は、俺はしばらくどの軍勢にも手を貸さない、って事だ」

「董卓さんの客将だという事は以前聞きましたけど、董卓さんの軍に戻らないんですか?」

「………風」

「おやおや、メンドクサイからって風に投げないでください………まぁ、いいでしょう。おにーさんと風は以心伝心。おにーさんの考える事なんて、丸わかりなのです。ですので、香ちゃんにも説明してあげます」

 

また一周して戻ってきた恋の水しぶきを一刀の手を取って避ける風は、ちゃぷちゃぷと水音を立てながら体の向きを変え、香に向き直る。

 

「香ちゃんは、おにーさんがどんな存在だか知ってますか?」

 

 

 

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「えぇと…『天の御遣い』ですよね」

「はい。まさに帝に仇為すような名前ですね。少し話は変わりますが、代々帝は、天子としてこの大陸に君臨してきました。では、何故『天』を冠するかわかりますか?」

「えぇと………」

 

指を立てて質問する風に、香はいつもの口癖を出しながらも首を傾げる。

 

「香ちゃんはお勉強不足です。今度風が色々指導してあげますのでー」

「………一刀さんの稽古だけでも大変なのに、これ以上修行は勘弁してください」

 

悪戯っぽく笑う風を見て、香は首を振る。

 

「ま、それはいいでしょう。『天』とは即ち天です。つまり、誰の上にも等しく青空を広げ、光をかざし、恵みの雨を降らせる、そのような存在です。漢という国が出来た頃は、初代天帝もそのように考えていた事でしょう。この大陸に住む民に、等しく安寧をもたらしたい、と。ですが、それは長い年月を経るごとに変化していきます。権力は集中し、民と官の格差は広がる。宮廷は贅の限り尽くし、民に不満が満ち、そして起きたのが黄巾の乱です」

「風、話が逸れてるぞ」

「おぉ、思わず熱くなりすぎましたね、お風呂なだけに」

「「………」」

「………お風呂なだけに熱くなりすぎてしまいました」

「いや、2度言わなくていいから」

 

珍しく、風が不発に終わる。

 

「風の瞳から流れるのはお風呂のお湯か、はたまた涙なのか………そんな事はおいといて。つまり、『天』を冠するからには、人々に安寧と平等をもたらさなければいけないのです。もっとも、それはおにーさんがそう思っているだけで、そのような義務なんてありはしないのですがねー。まぁ、今回の反董卓連合に関しては、月ちゃんがおにーさんの友達というのもありますが、多勢で無勢に侵略する、その不平等を正す為に、おにーさんは董卓軍に加わったのです」

「そういう事ですか………って事は」

「あぁ。あれだけ楔を打ち込んだんだ。連合軍はこれ以上董卓を攻めることはしないだろう。曹操軍は神速の張遼を討ったという功を得て、孫策軍は虎牢関一番乗りの実績を得た。馬超とは約を交わしている。劉備は洛陽の姿を見れば自分たちが間違っていた事を理解するし、公孫賛も劉備同様に義によって起ったと馬超から聞いている。それに、洛陽の様子をその目で見れば暴政の噂が嘘であったとわかり、再び連合が組まれる事はないだろうさ」

「何も得られなかった袁紹さんと袁術さんは憤るかもしれませんが、あの大軍です。洛陽からさらに長安に向かおうとすれば、糧食が足りなくなる事は必然でしょうね。という事で、月ちゃんへの不平等は解消されたのです。

………もっとも、月ちゃんが表舞台に立ち続けるかはわかりませんし、もし姿を消せば諸侯がこぞって勢力争いをするでしょうが、それでもその立場は、勢力さこそあれ平等です。『天』を冠する存在が一部に肩入れする訳にはいかないとおにーさんは考えているのですよ」

 

今後、諸侯どうしの権力争いが激化するかもしれないが、それはもはやその太守たちの問題である。そもそもが、戦争というのは外交手段のひとつに過ぎない。今回の戦は外交ではなく、嫉妬という個人的な感情によって袁紹が起ち、またその尻馬に乗って益を得ようという欲のもとで連合が発足した。勿論中にはそれ以外の者もいたが、どちらにせよ、そこに外交的な要素はあまりない………あれほどまでの数を集めた袁紹は、その点においては凄いと言えようが。

一刀の知る歴史を辿るならば―――すでに大きく外れてはいるが―――これから弱き軍勢が淘汰され、強者のいずれかが国を統べる事になるが、それはそれで問題ないと一刀は考えている。空には厳しい事なのかもしれないが、彼女はまだ幼い。これを機に、旧き因習から抜け出すのもいいかもしれない。それは彼女自身が決める事であるが、彼はその決断を尊重しようと思っていた。かつて言ったように、妹が過ちを犯しさえしなければ。

風の説明と一刀の補足に、香はようやく理解したとばかりに頷く。そして重要な事に気づいた。

 

「じゃぁ、これからどうするか決めていない、っていうのは………」

「あぁ、文字通り、何も決めていない」

「そんなぁ………」

「俺は恋と旅にでも戻ろうかと考えてはいるがな。という事で、風と香に質問だ。お前達はどうする?」

「え……」

 

一刀の言葉に、香は固まる。戦の最中に引き抜かれ、かつての主を人質に鍛え上げられた。そして新しく忠誠を誓った主が、その忠誠を捨ててもいいと言っているのだ。捉えようによっては、それは暇を出す事と変わらない。だが、香はその意味を違えない。

2人の武人によって鍛えられた彼女の武は、実際どの軍勢に入ったとして重宝されるだろう。一度裏切った袁術軍はもう戻れないとして、彼女に選択肢はいくらでもあった。彼はこう問うているのだ。その能力をこのまま眠らせておくつもりか、と。

対する風は、再び身体を回して一刀抱き合う形で向き合うと、そんな事はとっくに決まっているのですとばかりに、一刀の両頬を指で摘まむ。

 

「風はおにーさんの軍師なのです。確かに一流の風であれば、どこの陣営でもすぐに使ってもらえるでしょう。風の実力を知っている華琳さんなら、すぐにでも軍師にしてくれます。劉備さんのところも星ちゃんがいますし、同様でしょ。でも、そんなのは大陸が平定してからでも出来ます。もう一度いいますよ?風はおにーさんの軍師なのです。おにーさんが行くところに風がいるのは、もはや天命なのです」

「わかったから放してくれ」

「いやです」

 

そんなやり取りを見て、香の中ですっと何かが落ち着く。そうだ。自分はすでに彼に真名まで預け、絶対の信を置いている。風が言うように、自分の実力があれば、どこでも武官として働ける事は間違いない。だが―――。

 

「私も…私だって一刀さんの副官です。将軍についていくのは副官としての責務です」

「おぉ、今度こそ香ちゃんがおにーさんに落ちてしまったのです」

「ふふふ、負けませんよ、風ちゃん」

 

彼が『天の御遣い』というのなら、このまま何もせずにいる訳がない。旅をするとか言っておいて、結局は役人の手の届かないところで賊退治なんかするのだろう。ならば、それを手伝うのも悪くはない。大陸が平定されたとしても、要人や商隊の護衛、あるいは異民族と戦うための将、武人としてできる事はいくらでもある。これまで袁術軍という大軍の部隊長として、ただ数に任せて敵を押し潰す、そんな嫌になるような仕事をしてきたのだ。少しくらい休んだっていいだろう。それに―――。

 

「それに、一刀さんは私の師匠です。まだまだ師を超えていないんですから、師匠に勝つまでは鍛えてもらうつもりですので」

「………香も性格が変わったな、大胆になったよ」

 

笑顔で応える香に軽口を叩く一刀は、どことなく嬉しそうだった。

 

 

 

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風呂から上がった4人が食堂へ向かうと、すでに所狭しと数多くの料理が山と積まれていた。一刀が頷くと恋はさっそく卓の一角に座り、料理をものすごい勢いで口へ運びながら、隣の席を軽く叩く。一刀は恋の隣に、さらに風、香と並び、唯がいくつかの竹簡を持って残った席へとついた。

 

「一応軍議みたいなものなので、本来であれば執務室にでも行くのですが………」

「いえいえー、もう月ちゃん達も引っ越しましたち、帝も長安に移られたのでそんな事は気にしなくてもいいのですよー」

 

苦笑する唯に風がちまちまと点心を頬張りながら応える。主がもはや不在となったこの城では、天水の頃から文官の筆頭に立っていた唯が自然と長となる。その彼女も頷き、食事を促しながら竹簡を紐解いていった。

 

「食べながらで結構ですので、聞いてくださいね。霞さんからも伺ったと思いますが、まず遷都は無事に完了しました。洛陽に関しましては、信頼できる人間を長安から送るまでは、私が太守代理の任に就く事になっております………まぁ、これまでの政策を維持して、何か重大な決定をする場合には、時間がかかりはしますけど長安の月様たちと連絡をとる事になっているのですが」

「そうか、大出世じゃないか」

「いえ、現状を維持するだけでも大変ですよ。………話を戻しますね。長安も歴史ある街であり、自然と官も多くおりましたが、詠さん指導の下、賂を受けるなど明らかに処罰すべき対象は、洛陽より月様と共に移った軍部によって処断されております。また劉協様の御威光もあり、他の文官や元から長安に駐留していた禁軍も再編成、詠様が軍の再編計画を進め、連合との戦に加わらなかった1万の各部隊、戦から戻った部隊にそれぞれ組み込むそうです」

「将軍職とまではいきませんが、あの2人が鍛えた部隊長さんも相当の武の持ち主でしたからねー。一般兵はもとより、弛みきっている兵など相手にならないでしょう」

「えぇ。実際に、霞様と恋さんが護衛を終えた際に軍部を確認しておりますが、各部隊長で問題ないと確認されております。それに華雄様も戻られたのなら、それこそ心配無用というものでしょう」

「……ん、霞と華雄の兵の方が、ずっと強い」

「また天水とこの洛陽で行なってきた政策を模して治安回復や商業奨励も随時始めておりますが、やはり洛陽と天水の噂は聞いているようで、いまのところ声をかけた商人は皆協力的とのことです。あとは皆さまへの私信がいくつか送られております。既に部屋に運ばせておりますので、後ほど確認ください」

 

そこで一度言葉を切ると、唯は湯呑で口を湿らせる。それぞれを見渡し、そして一刀にその視線を注いだ。

 

「………それで、これから何処へ向かわれるのですか?」

「決めてない。一度不平等に傾いた世をこうして平らにしたんだ。これからはそれぞれが動くだろうが、俺が口を出していい問題じゃないよ………精々民を傷つけるような太守を成敗に行くくらいさ」

 

一刀は冗談めかして軽く笑うが、唯はつられて笑う事はせず、一刀をじっと見つめる。

 

「もう戻る気はないのですね」

「………あぁ、唯さんにも世話になったよ」

「いつ出られますか?」

「連合が洛陽に来たら、身を隠して様子を見る。おそらく問題ないと思うが、連合が退くのを確認したら俺達もこの街を出て行くさ」

「そうですか………」

 

少しだけ顔に影を落としてしまうが、すぐに表情を元に戻すと、唯はひとつ手を打つ。

 

「まぁ、連合が来るまではゆっくり休んで旅の支度でもしていらしてください」

「そうさせて貰うよ」

「あと………」

「………?」

「ちゃんと月様たちに返事を書いてあげてくださいね」

 

そう笑顔で言う唯に、一刀は苦笑しながらも頷いた。

 

 

 

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数日の時を経て、反董卓連合は洛陽に到着する。幾人かのものは戦闘行為はもう起こることはないと確信していたが、それでも、洛陽の開かれた城門には驚きを隠せないでいた。見張りの兵が数名槍を手に立ってはいるものの、それをかまえる事もせず、近づく諸侯に一礼をして迎える。そして、諸侯がどうしようかと思案するなか、ひとりの兵が前へと出た。洛陽に来た一刀たちを迎えた、あの老兵だ。

 

「お待ちしておりました。できれば皆さまをお迎えしたいのですが、さすがにこれだけの人数を街中へとお入れする事はできませんので、代表者の方々でどうぞ洛陽の街をお確かめください、と上から言付かっております」

 

これまでかつては華雄という猛将の部隊に籍を置き、また幾人もの猛者を相手どった経験のある彼は、その年齢に違わず20万という大軍を迎え入れる事に、いささかの緊張も見せない。

 

彼の言葉を受けて、それぞれの軍勢の代表者を選抜し、洛陽の中へと入って行った。

 

 

 

「なんですの、これは………」

 

まず口を開いたのは袁紹だった。彼女はその地位もあり、董卓が入城する以前の洛陽へは何度も足を運んでいる。そして、その惨状も知っていた。だが、いま彼女の眼の前に広がる街並みは彼女の記憶とまったくと言っていいほど重ならない。区画は整理され、家々も修繕の後が見られる。人々には笑顔があふれ、少し先に見える市は活気に満ちていた。

 

「どういう事、ですの」

「その様子だと、本当に誰かに唆されたようね、麗羽」

「華琳さん………」

 

気付けば、彼女の横に華琳が立っていた。彼女の眼もまたその街並みに注がれている。

 

「質問を変えるわ。誰から董卓の暴政の事を聞いたの?」

「………」

「答えた方がいいわよ。我々がどれだけ緘口令を敷いたとしても、人の口に戸は立てられない。この現実は噂として広がり、此度の戦は、発起人である貴女が董卓に嫉妬して起こした私戦となってしまうわ。それでもいいの?」

 

問う彼女の言葉に非難の色はない。むしろ、ここでその黒幕を答えなければ、この連合に参加したすべての太守にもその非難が向けられてしまう可能性もある。

 

「………張譲さんですわ」

「張譲?十常侍はみな董卓に駆逐されたと聞くわ」

「えぇ。彼は影武者が暗殺された時点で洛陽を脱出し、私のところにいらっしゃいましたの。そこで、董卓の暴政の事を教えられましたわ………」

「………そう」

 

華琳は黙考する。この光景を見れば、あの噂は偽りであり、自分たちは帝に仇を為してしまったといえる。下手をすれば勅命として、よくて称号を剥奪、最悪―――。

 

「麗羽、諸侯を集めなさい。すぐに軍議を開くわよ」

「え?でも、もう戦は―――」

「いいから早くなさい!私達は帝のおわす洛陽に剣を向けたのよ?最悪の場合、この連合に参加したすべての人間が死罪になってもおかしくはないわ」

「わ、わかりましたわ。顔良さん、文醜さん、華琳さんの言うように」

「は、はいっ!」

「あいよ!」

 

慌てた袁紹の命を受け、顔良と文醜が諸侯を集めに走る。いまは一刻も惜しい。多少時間のずれは生じるだろうが、彼女たちに残された時間は多くはなかった。

 

数分後、連合の諸侯が一か所に集まる。その場、あるいは洛陽を一度出てもよかったが、何かを画策されていると見られるのは拙い。袁紹の一存で、街の中ほどにある高級料亭の一室を抑え、緊急の軍議が開始された。

 

「それで、袁紹。迎えに来た子はけっこう慌ててたみたいだけど、何があったの?」

 

一度茶を口に流し、落ち着いたところで雪蓮が切り出す。ただ彼女の瞳も鋭い光を宿し、何事かを感づいているようだ。その言葉を受け、憔悴する袁紹を置いて華琳が手を挙げた。

 

「それは私が説明するわ。皆も、この街を見て、暴政の噂が偽りであったことはわかったでしょう。単刀直入に言うわ。いま、我々は危険な状態にあるの」

「えと、それってどういう………」

 

即座に疑問を呈しそうになる劉備の袖を諸葛亮が引っ張る。いちいち疑問を口に出さなくとも、華琳が説明すると読んでいるからだ。

 

「董卓が帝を擁し、洛陽で暴政を敷いている。そういう大義名分を掲げて我々はここまでやって来た。けれど、この街を見ればわかる通りその噂は偽りだったわ。つまり、我々は帝に刃向った逆賊として捕らえられてもおかしくはないわけ」

「そうじゃな。じゃが、麗羽姉様はなにがしかの根拠があって連合を呼びかけたのではなかったのか?」

 

彼女に袁紹を助けるという意図はないが、その天然の発言が従姉の次の言葉を促す。

 

「えぇ…連合を呼びかける前、私のところに張譲さんがいらしたんですの。彼は董卓の目を盗んで洛陽から逃れ、暴政の事をおっしゃっていましたわ。それで、帝をお救いする為に手を貸して欲しい、と………」

「こういう事よ。張譲がどのような意図をもって麗羽にその事を伝えたのかは、今はおいておきましょう。いま大事なのは、我々は帝のおわす洛陽に向けて軍を進めてしまった。その状況を少しでもよくする事」

 

華琳は卓についている諸侯を見渡す。彼女と目が合うと、赤い髪の太守が口を開いた。

 

「その様子だと、すでにある程度の策は考えているようだな」

「勿論よ、公孫賛。幸か不幸か、張譲は我々より上の地位にあるわ。彼の命により、我々は事の真実を確かめる時間もなく、連合を組まざるを得なかった。こういう事にするのよ」

「でも、それだけで言い逃れは出来ないわよ」

 

雪蓮が口を挟む。

 

「勿論よ。だから、私は提案するわ。すぐに早馬を出して、各地で令を発するの。内容は、『張譲を重要参考人として招致せよ』。彼の方が地位は上だし、いきなり罪人として引っ立てるのも難しい。参考人程度なら問題ないでしょう」

「ですが、張譲さんはまだ私の城に―――」

「大丈夫よ。こんな狡賢い手を使うやつが、こんなところで手を抜く筈がないわ。我々が董卓軍に勝てば、結局はここに着くのよ?つまり、暴政の噂が嘘だってわかるわけ。おそらく麗羽たちが出征した時点で身を隠しているでしょうね」

「でも、今さら礼を発布したとして、遅すぎるんじゃないの?」

 

雪蓮の疑問を受け、諸葛亮がおずおずと手を挙げる。皆の視線を集めたことに、はわわといつもの口癖を出してしまうが、すぐに真面目な表情に戻ると、口を開く。

 

「それに関しましては、戦の初日の軍議から逆算して日程をずらせばよいと思います。皆さんの城の方には、皆さんが直筆でその点に留意するように伝えれば問題ないかと」

「その通りよ。そこを厳命しておけば大丈夫でしょう。何か言われても、ここ洛陽とそれぞれの領地は距離があるわ。また水関・虎牢関で戦があった事により、その噂が伝わるのが遅かったのでは、とでも言えばいいでしょう」

 

諸葛亮と華琳の言葉に、皆が頷く。この緊急の事態のなか、他に手も思いつかない為、大人しく従うことに異存はない。と、ここで袁術がまたもや発言する。彼女にとっては単純に疑問なだけであるが、それでも核心を突いていることに違いはない。

 

「じゃが、連合に来たくせにそのような対応をするのもおかしくないか、曹操や?その令を発する根拠がなければ、妾たちが苦し紛れに打った手と見られかねんぞ?」

 

その言葉に、華琳だけでなく雪蓮も口角を上げる。

 

「それこそ簡単よ………そろそろ出てきたら、一刀?」

「………バレていたのか」

 

扉の向こうから、ここにいるはずのない男の声が聞こえてきた。

 

 

 

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華琳の言葉に扉が開き、一人の男が姿を現す。彼こそがこの連合を苦しめ、退けこそしなかったものの、苦汁を呑ませた張本人だった。

 

「みみみ『御遣い』様ぁっ!?」

「はわわわわ………」

 

真っ先に反応したのが、劉備と諸葛亮だった。劉備はひたすらおろおろし、諸葛亮は、はわわ、はわわと狼狽えている。

 

「………」

 

作戦では長安で月と合流するように言われていた翠は、その意図が分からずに口をぽかんと開き、直接戦いはしていないものの、公孫賛も敵の主力が揃うこの場に現れた彼に茫然とする。

 

「ななななな七乃!あの男がききき来たのじゃ!」

「だだだ大丈夫ですよ、おおおおお嬢様!たぶん、おそらく、大丈夫…だといいなぁ………」

 

袁術はガタガタと震えて張勲に抱き着き、張勲もいつもお気楽な彼女からは想像できないほどに狼狽する。

 

「落ち着きなさい!大丈夫よ、彼に敵意はないわ。そうでしょう?」

「あぁ。どんな決断をするか見学に来たんだが………なかなか狡い手を使うな、華琳」

「うるさいわね」

「それより、よく俺が居る事がわかったな。気配は完璧に消していた筈なんだけど………」

「簡単よ。貴方の事だから、どうせ私達が心配だったのでしょう。それに、私だけじゃなくて、孫策も気づいていたわよ?」

「マジ?」

「当り前じゃない。あたしだって貴方という人間を知っているんだから、このくらいは予想できるわよ」

 

華琳の視線を受けて、雪蓮もからからと笑う。その後ろでは冥琳が眉間を抑えていた。

 

「とまぁ、このようにこの男―――北郷は私や孫策と旧知の仲よ。かつて私達のところで客将をしていた男。その武は皆もよく知っているでしょう」

 

皆が顔を青ざめる。つい先ほどまで雪蓮や華琳と楽しげに話してはいたが、彼がその気になれば、腰の刀でここにいる全員を殺す事だってできるはずだ。そんな様子に苦笑しながらも、華琳は言葉を続ける。

 

「つまり、その信頼する友が董卓軍にいた。そして、戦場でその友の言葉を受けて、私と孫策は噂が嘘だと確信し、総大将である麗羽と主である袁術に上申するの」

 

主という言葉に雪蓮は一瞬だけ眉をひそめるが、形式上は間違っていない為わざわざ訂正する事もない。

 

「2人はこの連合で一番の兵力を有するのだから、2人の発言権は大きいわ。袁術は客将である孫策の、麗羽は学友である私の言葉に信を置き、2人も噂が嘘だと信じる。そうして先ほどの令を発するように皆に呼びかける。皆も、名門袁家の2人がそう言うのだから、その友を信じる礼節を尊び、それぞれの領地に早馬を飛ばした。ただ、張譲もどこから目を光らせているから分からないから、戦を続けざるを得なかった」

「どちらにせよ、俺たちの撤退も早かったからな。水関では3日、虎牢関では2日しか闘わなかったし」

「えぇ、それも使えるわ。まぁ、こういう筋書きよ」

 

彼女の説明を受け、そういう事かと、皆も理解する。他に手がない現状では、それに従うしかない。

 

「劉備はどうするんだ?彼女は義勇軍だろう」

 

一刀は素直に疑問を口にする。劉備たち義勇軍はその領地を持たない為、その手は使えない。

 

「それなら私が桃香――劉備に参陣を依頼した事にするよ。彼女たちは以前幽州で客将をしていたし、その実力もよく知っている。私が参加を要請し、彼女は友に応えた。これでどうだ?」

「白蓮ちゃん……」

 

一刀の疑問に、公孫賛が答える。確かに、それならば辻褄が合う。もしその言葉を否定するのならば、それは2人の友情を否定する事になり、それはそのまま華琳の策を否定する事となる。つまるところ、この策が失敗に終わるわけだ。

 

「そうね。それでいきましょう」

 

華琳が締め括り、諸侯はそれぞれ部下を遣いに出す。その数が半分ほど減った部屋のなかで、一刀は自分に視線が注がれている事に気づく。疑問が表情に出ていたのだろう。雪蓮が口を開いた。

 

「それで、一刀の用事は他にもあるんでしょう?」

「よく分かったな。その通りだよ。伝える事がいくつかある。まず、董卓は洛陽にはいない」

 

一刀の言葉に一同は騒然とする。今回の騒動の渦中の人物である董卓その人が、その騒動の輪からとっくに外れていると、告げられたのだ。

 

「何から説明しようか………」

 

そして、一刀は説明を始める。董卓のこの戦における意図、董卓軍が必要以上に連合に損害を与えなかった理由―――。

 

「で、最後に、これは協…えぇと、劉協からだ」

「ちょっと、貴方!帝の名を呼び捨てにするなんて何のつもりですの!?」

 

一刀の発言に、袁紹が激しく抗議する。他の者も同様に、その視線に恐れと若干の敵意を込めていた。

 

「だって友達だし。あと、協は俺に真名も預けてくれたからな………疑うなら本人に聞いてみろよ」

「なっ……」

「麗羽、諦めなさい。こいつはこういう男よ」

「どんな男だよ、華琳。まぁいい。協曰く、連合が何か面白い対応を思いついた場合にのみ、そのまま放っておく。今回洛陽に兵を進めた事は特別に赦す………特赦に処すってさ」

 

その言葉に、今度こそ皆が閉口する。何か裏があるのか、それともそのままの意味なのか。

 

「堅苦しい形式は嫌いだから簡単に言うぞ。今回の事は不問とする。各々領地へと戻り、それを善く治めよ………勅命だ」

 

一刀は単刀直入に告げ、懐から竹簡を出して華琳に渡す。

 

「………ちょっと一刀!これ帝からの私信も混じっているじゃない!なんで私信に勅命が書かれているうえに、玉璽の印まで押されているのよ!?」

「面倒だったんじゃないか?………まぁいい。私信のところは飛ばして、印の直前だけ読んで回してくれ」

 

そう言うと、華琳は竹簡の端の方に眼を通して、隣の袁紹へと手渡す。順々に諸侯の手を渡っていくなか、その表情は様々であった。ある者は驚きに眼を見開き、ある者はほっとしたように安堵の息を吐き、ある者(雪蓮)はその内容に頬を綻ばせている。おそらく私信の部分を読んだのだろう。兄へと宛てられた手紙に、末妹の事を思いだしているのかもしれない。そして、竹簡は卓を一周し、一刀のもとへと戻る。

 

「と、このようなわけだ。質問はあるか?」

 

皆疑問は残るものの、(無茶苦茶な)勅命と(これまた無茶苦茶な)一刀の言葉自体は理解したようで、手を挙げる者はいなかった。と、華琳が口を開く。

 

 

 

-8ページ-

 

 

 

「貴方はこれからどうするの?董卓軍の将として働くのかしら?」

「ん?俺が董卓軍に客将として入ったのは、今回の戦を治める為だ。無事にそれも終わったようだし、俺と恋はまた旅に出るつもり」

「だったら私のところに来なさい」

 

華琳の言葉を皮切りに、それぞれの軍の代表者が次々と口を開く。

 

「あ!待ちなさいよ、曹操!一刀は元々ウチで客将をしてたんだから、またウチに戻ってもらうわよ!」

「あら、貴女に決める権利があるとでも言うの?」

「ま、待ってください!『御遣い』様!どうか私達の義勇軍に―――」

「ちょっと待て!北郷の乗る黒兎馬はもともと涼州でとれた馬だ。だったらその地で存分に走らせてもいいんじゃないか?」

「お姉様、ちょっと理由が弱いよ?」

「それを言うなら、幽州だって良馬の産地だ。よかったらウチに来て―――」

「お待ちなさい!北郷さんのようなお強い御方は、名門袁家の将こそ相応しいですわ!ぜひ私の城に―――」

「じゃったら妾のところでもよかろう。七乃、あの男、なかなかおもしろそうじゃぞ?」

「そうですねー。一緒に紀霊さんも戻って来てもらえたら楽しいかもしれませんね、お嬢様」

「だいたい、袁紹とか袁術ちゃんとかはいっぱい持ち過ぎなのよ!少しは遠慮ってものを―――」

「それを言ったら華琳さんも、将軍が数多くいるではありません?でしたら―――」

「妾の軍は、将軍は七乃だけなのじゃ。文醜と顔良のいるお姉様のところよりも―――」

「それを言ったら義勇軍は領地すら持ってましぇん!はわわ―――」

「ねぇ、袁術ちゃん。たまに貸してあげるから―――」

「いやじゃ!孫策のところは強い将ばかり―――」

 

華琳の言葉を皮切りに、室内が騒がしくなる。しばらくその騒ぎを聞いていた一刀はひとつ溜息を吐くと―――

 

『――――――っ!!?』

 

―――部屋を己の殺気で満たした。

 

「いい加減にしろよ?人の意志を尊重せずに勝手に話を進められるのはいい気分じゃない」

 

その殺気にあてられて華琳までもが硬直する中、雪蓮はトラウマが掘り起こされたのかぶるぶると震えている。

 

「ふぅ………孔明」

「ひゃいっ!?はわわ………」

「虎牢関で君と鳳統に言った事を忘れたのか?」

「虎牢関………あ!」

「つまりはそういう事だ。皆に説明しておいてくれ」

 

一刀はそれだけ残し、部屋を出て行った。しばらく皆が固まり、ようやく緊張が解けたかと思うと今度はこぞって孔明に説明を求める。小さな軍師は、はわわと目を回しながらも、一刀の意図―――『天の御遣い』としての行動原理を説明するのだった。

 

 

 

-9ページ-

 

 

 

「どでしたかー?」

 

城に戻った一刀を迎えたのは、食堂で飲茶をしていた風の直球の質問だった。どこに行くかは伝えても、何をするかは伝えておらず、それでいて過程をすっ飛ばしたいつもの風に、一刀は苦笑しながら答える。

 

「問題ないよ。華琳もずる賢い策を思いつくものだが、実際に今後が懸っているからな。連合に参加した諸侯全員が同じ事をすれば、今回の戦は権力闘争に敗れた十常侍の生き残りが黒幕で、その参加者は義に厚く、帝への信も揺るがない存在として広まるだろうな」

「ふむ。一番手っ取り早い方法ですねー」

 

どうやら、風にはこれだけの説明で理解できたらしい。恐ろしいのはその想像力か、はたまたあらゆる打開策を想定していたその頭脳か。

 

「で、恋と香は?」

「香ちゃんが稽古をつけて欲しいと中庭にいきましたよ」

「そうか。じゃぁ、俺も見にいくかな。風も来るか?」

「もちろんですー」

 

風はその口に最後のひと欠片を放り込むと、お茶で流し込んで席を立つ。皿や湯呑を片づける侍女に礼を言いつつ、風は一刀の隣に立った。

 

 

 

「ん…もっと、流れを読む………相手の目を見れば、次の動きがわかる………」

「えぇと、どうやるんですか………?」

「…で、その隙を突く………」

「………恋さんに隙なんかないですよぅ」

 

中庭に到着した2人の目に入るのは、それぞれ武器を構えてぶつかり合う恋と香。恋が稽古をつけているとの事だったが、恋の説明は彼女が天性の才によって自然に行なっている事であり、理によって武を追及する一刀や華雄とは正反対の説明である。

 

「………こうですか!?」

「違う…もっと、こう………ひゅってして、どばって振る」

「………わかんないです」

 

そんな状況を見かねてか、一刀は2人に声をかけた。

 

「恋、そんな説明じゃ分かりにくいぞ?」

「………でも、他に言い方がわからない」

「ひゅっ、じゃなくてびゅっ!てして、どばっ、じゃなくて、ずばっ!て感じだと思う」

「………そうかも」

「余計わかりません………」

 

涙目になる香は放置して、一刀は本題に入る。

 

「さっき華琳たちに会いに行ったけど、どうやらこのままで問題はないようだ。俺達も時機を見て、洛陽を出るぞ」

「そうですか。それじゃ、準備しないといけませんね」

「………ん、ご飯、いっぱい買っておく」

 

一刀の言葉を受け、2人は武器を下げる。

 

「あぁ、しばらくは放浪でもしよう。気ままに旅暮らしだ」

 

数日後、連合が洛陽から去る様子を城壁の上から見送り、唯と別れを告げた一刀達は、旅路へとつくのだった。こうして、董卓軍と反董卓連合の戦いは幕を下ろす。勝者も敗者もいない、奇妙な戦として。残ったのはいくつかの噂。董卓の善政、洛陽から長安への遷都、神速の張遼を捕らえた曹操軍の武勇、虎牢関を獲った孫策軍の猛攻、袁家の友情を重んじる礼節等々―――。だが、中でも民が好んで話題にするのは、その『天の御遣い』の武勇であった。

 

 

 

 

説明
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コメント
5p もう月ちゃん達も引っ越しましたち、 → 引っ越しましたし ですかね?(Shiki)
>>readman様 一気にコメントが来ましたねwww どうぞお待ちください(一郎太)
ここまでお疲れ様でした。次もわくわくします♪(readman )
>>M.N.F.様 はい、ないです。終わりがどこかも見えなくなるwww(一郎太)
五胡放浪だと・・・!? そうか、その手があったか!? いやないでしょ。(M.N.F.)
>>劉邦柾棟様 香の馬に関しては、前回霞に貰ったというていで登場させてますよ。まぁ、霞の馬なら相当の良馬であることはまちがいないですし、馬に関しては特に書かないかも。やっぱ恋といちゃいちゃさせたいですよね。作者もですwww(一郎太)
連続投稿失礼。  さて、次回からは四人で旅をするという事ですがやっぱり一刀と恋の乗る黒兎馬に赤兎馬だけだと二頭に負担がありそうなのでここは香にも二人と同じ馬を手に入れるという方向になるんでしょうか? それとも一度原点に戻って恋と出会った村に行くのでしょうか? 次回が楽しみです。(劉邦柾棟)
『反董卓連合編』 無事終了、お疲れ様でした。 確かにこのまま終わってもいい感じですが、まだ登場していない人達が結構いますよねえwww。 それに最終回なのに恋とのやり取りがあまりないというのもなwww やっぱり最後は恋とのいちゃいちゃ・ほのぼの・かわいい・お幸せにwwwという終わり方で無いと(劉邦柾棟)
>>gastador様 そのような機能はついておりません。つけられる技術がわが社には備わっておりません。………orz(一郎太)
>>ひとやいぬ ………(   )(一郎太)
>>Raftclans様 でも、一応は裏切り者なのであまりいい顔はされないかも………って七乃さんが何か言ってますねw(一郎太)
>>M.N.F.様 さて、本当に加入するのかという所ですね。もしかしたらずっとこのメンバーでいくかも………(一郎太)
>>とり様 作者も好きな国は中立といいながら武器とかもバンバン持ってるスイスですwww(一郎太)
>>320i様 適当に絡ませるかこの4人でいくか迷ってます(一郎太)
五胡でどんどんオリキャラだしてこ!!(gastador)
(∪・ω・∪)?・・・・・??・・・・・・・・!!(∪^∀^∪)なるほど!←∪は犬耳(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
こういう展開、あまり見かけないので面白かったです。この後は香の件もあって、袁術のところに顔出しもありそうですね。(Raftclans)
再び流浪の旅ガラスか・・・。 5人目加入はいつ、誰になるのかな?(M.N.F.)
更新速度が素晴らしい・・・。反董卓編おつかれさまです。中立ってカッコいいよね(とり)
>>Tomy様 あー…南蛮でゆっくり、ってのもいいな………(一郎太)
>>htyいぬ ほら、最初に雪蓮の城に行った時と同じ状況だよ(一郎太)
客将してたときに色々と「OHANASHI」されてたからかなwこのながれだと、荊州か益州の話かな。それとも、南蛮再びw(Tomy)
そういや雪蓮のトラウマって何でしたっけ?(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
平和的な終わり方乙ww 続き待ってます。(無双)
>>krd いたしかたないwww(一郎太)
>>hty 〇ねばいいのに………(ボソッ(一郎太)
変態になった、って最初からだろ?(運営の犬)
風が「あ?」・・だなんて・・・・一刀に似たんだな・・・・・あの野郎・・・・(運営の犬)
一刀「よし、風達の後の風呂、牝の残り汁入りの風呂♪たっぷり飲むぞ〜フヒヒヒヒ」(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
>>ヒロアキ様 なんか変な人がいるwww(一郎太)
香が落ちたーーー。(Yes!Yes!Yes!)(ヒロアキ)
>>シグシグ様 ありがとうございます!正直ここで終わっても問題ないような気もしますが、流石にそれは寂しすぎるので、もうちょっとだけ続くぞいwww ちなみに外に出てしまえばそれはもはや恋姫ではなくなってしまう(登場人物が4人になるぜ)ので、漢の内側で進めますw(一郎太)
反董卓連合編完結!おめでとうございます。今後、旅暮らしをする一刀たち・・・どこでどんな事をしてしまうのか、漢という枠を越えて五胡や羅馬まで行ってしまいそうで次回以降が楽しみです。(シグシグ)
>>氷屋様 しまたーorz ソンナコマカイコトマデツッコマナクテモ………(´・ω・`)(一郎太)
>>氷屋様 なんだろう。それは作者も本を読んでいてよく思うのですが、喋る場合と文字通りのイントネーションを比べると、違うことが多々あるんですよ。これは調べたわけでもなく個人的な解釈ですが、?マークはそもそもが外来のものなので、疑問文につけはするけど、声に出した場合のイントネーションまでは強制しないんじゃないかなーとか思ってます(一郎太)
>>はりまえ様 というかするする進めました。いい加減終わらせたかったものでorz 不動先輩は、あれ以上は書ける気がしないので、別の外伝で勘弁してください(一郎太)
>>アロンアルファ様 しばらくはギャグパートで行きたいです。真面目な話は書いていて疲れrorz(一郎太)
>>よーぜふ様 ゆっくりお待ちになってください(´・ω・`)(一郎太)
>>ネムラズ様 それはここで終わっておいた方がいいというあれですか?www(一郎太)
(復活)6p「自分たちは帝に仇を為してしまたといえる。」為してしまったですか、同p「そろそろ出てきたら、一刀?」でてきたら?、一刀」の方がしっくりきそう。さて次回からはぶらり諸国食べ歩き(主に恋が)の旅かなw(氷屋)
川の流れのようにするする進んだな。でもそろそろ不動先輩の話になるんでないかい?(黄昏☆ハリマエ)
一段落しましたね、お疲れ様でした。さてさてこれからどうなる一刀一行。黄○様漫遊記な展開ですか?(アロンアルファ)
ふう は にらみつける を おぼえた そしてやっぱし香さんも、ねw まあなにはともあれ、取れあえずお疲れ様です・・・つづきまだかなーw(よーぜふ)
良い最終回だったね……とか思いかけましたが、先の展望もあると言う事でわくわくですw(ネムラズ)
>>kou様 本当に疲れましたwww(一郎太)
>>2828様 Mなのでw(一郎太)
>>森番長様 描き方で言えば、華琳の所をでるトコで第一部で、これで第二部って感じですねw(一郎太)
>>M.N.F.様 とりあえずあざっす!(一郎太)
>>天覧の傍観者様 お久しぶりですぜ。ぶっちゃけ終わり方としては落ち着いてるんですよねw(一郎太)
>>ハセヲ様 作者が思うに、恰好つけてるだけだとおもいますwww(一郎太)
>>TK様 その辺は原作準拠ということでw(一郎太)
>>氷屋様 ここにもまた被害者(お馬鹿さん)が………orz(一郎太)
>>東方武神様 そんなプレッシャーかけないでくださいwww(一郎太)
長かった連合編もとりあえず終了ですね。お疲れ様でした(*^_^*)(kou)
打たれ強くなってきたなぁ香ww(2828)
第一部完ってところですかね、次からは第二部!ですね。とりあえず一区切りお疲れ様です、次も待ってます。(森番長)
とりあえずお疲れ様でした。(M.N.F.)
連稿失礼。彼の者は戦乱を支配し教授し己を示した。多くあり大きくあり覆うものであり想うものである。姫に託すは行く末の己の仁義と語る背中。(天覧の傍観者)
うpお疲れ様です。今回の章で大団円となるかと思いきや更に続くというあとがきを見て次回作を心待ちにしております。(天覧の傍観者)
最後まで一刀が格好よかった。これからの展開にも期待しています。(ハセヲ)
更新お疲れ様!何かだんだん一刀がハーレムになってるきがしなくもないww今後の展開も期待してます^^(TK)
いい意味でも悪い意味でも鍛えられちゃった香ちゃん、いい様に使い走りと化されそうだな(笑)風ちゃん本性がでてないっすか?・・・大丈夫そんなひんny(ガスッ)・・・・・・クフフフフ(氷屋)
連合編にようやく一区切り付いたか。お次は放浪の旅。どんな展開になっていくのか楽しみだね。(東方武神)
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真・恋姫†無双  一刀   董卓軍 反董卓連合 『恋と共に』 

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