恋姫外史の外史 その1?2【嫌いなんて】
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●○●○

 

「んー、んまいっ!」

寝台の端っこでハチミツの乗ったさじを舐めた妾は、思わず足をぱたぱたさせてしまう。

こんなに甘くておいしいものを妾は他に知らん。

というよりハチミツと並ぶような、ましてや越えるようなものは存在しないじゃろうな。

それをこうして食べられるなんて、妾は世界一の幸せものじゃな。

「おいしいですか?理由ありハチミツ」

「うむ、おいしいぞ!」

荷物の整理をしている七乃にもこの幸せを分けてあげたいけど、ハチミツを分けるわけにはいかないから、代わりにめいっぱいの笑顔をあげることにした。

「よかった。お嬢さま、喜んでくれて」

七乃も嬉しそうにしている。

もしかしたら、さっきので妾の幸せを分けることができたのかもしれん。

「そういえば、なんで理由ありなんでしょうね。味が少し違ったりとかしてないんですか?」

「ぜーんぜん。違うことなんかないぞ。……たぶん理由っていうのは、あれじゃな。妾にこうやって食べてもらいたいっていうのが理由なんじゃないかの。わざわざハチミツのほうから安く売ってくれって、あのおっさんに頼んだりして。うむ、きっとそうじゃな。ハチミツは妾の味方じゃからな」

「さっすがお嬢さま!普通なら怪しがるところを、疑いなんか微塵も持たずにどこまでも前向きに捉えるなんて!」

「ふふーん。もっと褒めてもいいんじゃぞ?」

気分の乗ってきた妾は、隣に置いているハチミツつぼにさじを突っ込んだ。

「はい、そこまでー」

突っ込んだところを七乃に止められてしまった。

「ん?」

「一日ひとさじ、です。あんまり食べちゃうと、またすぐに無くなっちゃいますよ?」

「むぅ……」

せっかく気分も乗ってきたっていうのに、七乃ときたら……

だけど、ここで不機嫌になる妾じゃない。

今日の妾はひと味もふた味も違うのじゃ。

「そうじゃな。すぐになくなったらもったいないのじゃ」

妾はさじをひっくり返してから、つぼの端っこをコンコンと叩いてハチミツを中に落とした。

それでもちょっと残ったぶんがもったいないから、さじを口にくわえる。

今日はすごい発見をしたからの。

気分もいいし、一日くらいはガマンでもしてやるのじゃ。

と思ってたら、目の前の七乃が変な顔をして妾を見ているのに気づいた。

「どうしたのじゃ?」

妾はさじをとってから、七乃に聞いた。

「いや、今日はやけに素直に聞き入れてくれたなぁって」

「妾はいつも素直じゃぞ?」

妾は当たり前のことを言っただけなのに、七乃はなぜか苦笑いしている。

「……そうでした」

七乃は隣に座ると、妾の髪をなでる。

「お嬢さまはいつも素直ですもんね」

苦笑いしたり、普通に笑ったり、なんだか忙しそうな七乃なのじゃ。

だけどどっちの七乃もいい。

どっちの顔をしてても七乃は七乃だから、ほっとする。

こうして髪をなでてくれるのも気持ちがよくて、ほっとする。

なんでじゃろう。

「……お嬢さま」

「んー?」

「大事な話――というより、お願いごとがあるんですけど……いいですか?」

「かまわんぞ。なんじゃ?」

妾は少し言いにくそうにしている七乃を見上げた。

「あの、ですね」

「うむ」

「その……一食、抜きませんか?」

「へっ?」

「一食だけ」

「えっ?」

「今日の夕餉だけでいいんです」

七乃の言ってることがさっぱりわからなかった。

「食べないのかや?」

「食べないというか、食べられないというか……さっきのハチミツへの出費で本格的な財政難になりまして……このままだと三日も待たずに一文無しになっちゃいそうで」

「う、うむ」

「実はギリギリ、お金が全部無くなる前には収入の目処がつきそうではあるんです。だけど、その間を持たせるのに最低でも一食は抜かないと、どうにも辛い状況でして。……朝に野宿もアリだ、みたいな話はしましたけど、それはやっぱり物騒ですし……」

最初は冗談かと思ったけど、七乃は本気みたいだった。

こうなったら、もう、夕餉抜きは覚悟しないといけないのじゃ。

……いつもなら。

「お嬢さま、すみません……」

いつもだったらどうにもならない。

妾がだだをこねて、それで終わり。

夕餉が食べられないうえに余計におなかが空いてしまうところ。

でも、妾にはこの問題をどうにかできる策がある。

さっき発見したアレを試してみるのじゃ。

「……お嬢さま?」

「嫌いじゃ」

「えっ?」

「七乃なんか大嫌ぁーいじゃ」

「えぇっ!?」

七乃はびっくりしているみたいだった。

妾は七乃を見ないで続ける。

「妾ははらぺこなのじゃ。一食だけでもガマンなんてしたくないのじゃ。だから夕餉をガマンしろなんて言う七乃なんか大嫌いじゃ。嫌いも嫌い、大嫌ぁーいなのじゃ」

ちらっと七乃の顔を見た。

やっぱりびっくりしている。

びっくりしているだけで、なにも言わない。

……失敗したかの?

「……そう、ですよね」

七乃は少しうつむいて、なにかつぶやいた。

と思ったら、立ち上がった。

「ごめんなさい。さっきの話はやっぱり無しです。夕餉の調達してきますから、ちょっと待っていてくださいね」

「……うむ!」

七乃が部屋を出てから、妾は辺りを見回した。

誰もいない。

当たり前だけど。

「……すごいのじゃ」

やっぱり妾の発見はほんとだったのじゃ。

妾が『嫌い』って言っただけで、なんでも叶う。

さっきはハチミツで、今度は夕餉。

ほしいものが手に入った。

一回だけだとほんとかどうかわからなかったけど、二回も続いたんだから、これはもう間違いないのじゃ。

「すごいのじゃ!」

この言葉があれば妾は無敵なのじゃ。

向かうところ敵なし、というやつじゃ。

これでこの先、お金がなくて困るということもないじゃろ。

それだけじゃなくて、兵も集めて、国を持って、ゆくゆくは大陸全土を……

「むっふっふー。やっぱり最後に勝つのは妾なのじゃな。さすが妾。自分で自分のことが怖いのじゃあ」

このとんでもない発見がうれしくてうれしくて仕方ない。

ずっと胸のとこがどきどきしている。

七乃にはもうちょっと後になったら教えてやるのじゃ。

いっつも妾のほうがびっくりしてばっかりだから、たまには妾が七乃をびっくりさせたい。

妾のこの力で兵を集めて、国を持って……びっくりした七乃の、それでもうれしそうな顔が目に浮かぶのじゃ。

まだ胸のとこがどきどきしている。

今は七乃にまだ気づかれたくないから、どきどきも隠さないといけない。

妾は両手で胸を押さえた。

押さえたところで、右手にさじを持ったままなのに気づいた。

そこから、さっき七乃が座ったのとは逆のほうに置いてあるハチミツつぼに目がいく。

妾はまた辺りを見回した。

当たり前だけど、誰もいない。

七乃もいない。

帰ってくる気配も……ない。

もうひと口ぶん舐めても気づかないじゃろうな。

いや、もうちょっと舐めても大丈夫じゃろうな。

妾はさじを握り直してハチミツつぼに突っ込もうとした。

突っ込もうとした……けど……

「……やっぱり、やめとくのじゃ」

ちょっと前まであんなに食べたかったハチミツなのに、今はそんな気分じゃなかった。

なんでじゃろ?

それに、胸のとこがまだもやもやしてる。

どきどきもしてるけど、もやもやもしてる。

七乃がハチミツ買ってくれて、もやもやもなくなったと思ったのに。

なんでじゃろ?

妾はとりあえず、口を開けたままのハチミツつぼにふたをかけた。

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○●○●

 

「ごちそうさまなのじゃ!」

妾は椅子の背もたれに寄りかかって、今いっぱいになったばっかりのおなかをさすった。

「キレイに食べましたねぇ」

「ふふん、この程度は朝飯前なのじゃ」

肉まん五個なんて妾の敵じゃないのじゃ。

妾はあと片づけをしている七乃を眺めながら言った。

「七乃はほんとに食べなくてもよかったのかや?」

「えぇ、なんか親切なひとばっかりで、お店でたくさん試食させてもらいましたから。もうお腹いっぱいで、いっぱいで」

「ふーん。妾も行けばよかったかのう」

そしたら妾のおなかも、あとちょっとは膨れてたかもしれん。

「うーん、そうですねぇ……次ももらえるかもしれませんし、明日は一緒に行きましょうか」

「うむ!」

明日は妾も七乃も食べきれないくらい試食をしてやるのじゃ。

わざわざ妾が頼んでやったら、そのくらいは容易いじゃろう。

それに、いざというときはアレを言ってやるのじゃ。

妾は椅子から下りて、両手を天井に向けて思いっきり伸ばした。

「んー……それじゃ寝るとするかの」

「もう寝ちゃうんですか?」

「起きていてもすることなんかないじゃろ?今日は早く寝て、明日に備えるのじゃ」

妾が飛び込むと、寝台はギシギシ音を鳴らした。

座ってるときも思ったけど、あんまり柔らかくない。

それを忘れてたから、今打った鼻が痛い。

「食べてすぐに寝たら、牛さんになっちゃいますよー」

「なったらなったで、そのときはそのときなのじゃあ……」

鼻は痛いけど、それでもやっぱり布団は布団なのじゃ。

こうしてうつぶせで寝てると、だんだん眠たくなってくる。

鼻の痛さもなくなってきて、今すぐにでも眠れそうなのじゃ……

「せめて寝間着には着替えましょうよ」

……七乃が静かになったらすぐに眠れるのに。

寝間着くらい、べつに着替えなくてもよいではないか。

それに妾は、妾が眠ろうとしてるときに邪魔されるのが一番イヤなのじゃ。

だからほんのちょっとだけ腹が立ってくる。

「お嬢さま」

「――もぉっ!文句ばっかりうるさいぞ!また七乃のこと嫌いになるぞ」

部屋の中が静かになる。

七乃はまた、びっくりしたような顔をしてるのかの?

うつぶせになってるから、わからん。

「……わかりました。もう、いいです」

また効果が発揮されたのじゃ。

でも、三回目になると感動はあんまりない。

感動はないけど、相変わらずもやもやは残っておる。

どうしてじゃろ?

「寝間着に着替えたら私も寝ますね」

「うーむ」

七乃がこっちに来る前には眠りそうじゃな……

起きたらもやもやもなくなっておるかの?

……眠る前にあんまり考えごとはしたくないのじゃ。

「次からはやめてくださいよ。それ」

「うーむ……」

まぁ……起きたときのことは起きたときに考えればいいじゃろ……

七乃の言うとおり、次からは寝間着にも着替えるし……今日はもう……寝る……の……じゃ……

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●○●○

 

「……ついに、やったのじゃ」

「ついに、やりましたね」

妾は玉座に体を預けて、部屋中を見渡した。

壁がどこにあるのかわからないくらい、広い部屋。

ここにいるのは妾と隣に立ってる七乃だけ。

「ついに大陸全土を制覇したのじゃ!」

「お嬢さまっ、おめでとうございます!ぱちぱち?」

七乃の拍手の音が部屋中に響く。

「ひゅー、ひゅー」

「にゃはは!くるしゅうない!くるしゅうないぞ!」

妾は込み上げてくる笑いを抑えずに、大きな声で笑った。

ついについに、ようやくここまできたのじゃ。

思えば、旅に出てから色んなことがあったのう……色んなこと……色んな……色々あり過ぎて思いだせないから、思いだすのはまた今度にするのじゃ。

「まさかこんなに早く、こんな偉業を成し遂げることができるなんて。さすがはお嬢さま。すごすぎますぅ!」

「妾がちょーっとだけ本気を出せば、このくらいは楽勝なのじゃ。楽すぎて逆に物足りないくらいじゃったのう」

「お嬢さま天才!お嬢さまかわいい!」

「にゃはははっ!もっともっと褒めるのじゃあ!」

今はとにかく、このうれしさを味わうべきじゃな。

妾はさっきより、もっともっと大きな声で笑った。

「お嬢さますごいっ!お嬢さま最高っ!」

「もっともっともっと褒めるのじゃあ!」

褒められるたびに、新しいうれしさがひとつずつやってくる。

今の妾は最高に気分がよいのじゃあ……

「ちょっと待ちなさい!」

聞き覚えのある声がして、妾と七乃はそっちのほうを見た。

そこには見覚えのある――

「――そそそそ孫策ぅ!?」

どう見たって、あれは孫策だった。

なんで孫策がここにいるのじゃ!?

「警備の兵たちは!?」

「あんな雑魚ども、三秒で刀の錆よ」

何回まばたきしても、孫策は孫策だった。

何回まばたきしても、ちっちゃい犬とか猫とかに変わったりしない。

「このときを今か今かと陰で待ちわびていたのよ。さぁ袁術、私に天下を渡しなさい。あなたには荷が重すぎるわ」

「ひとの領地を奪ったり、恩を仇で返したり、相変わらず卑怯な手を……」

「合理的と言ってちょうだい。ほら、さっさとよこす。今すぐよこす。今なら命だけは助けてあげるわ」

会いたくない。

顔も見たくない。

声も聞きたくない。

「ガクガクブルブル、ガクガクブルブル……」

「お嬢さまっ」

体が、体が震える。

頭がふらふらする。

涙が止まらん。

「ガクガクブルブル、ガクガクブルブル……」

「今こそあの恩知らずの身の程知らずに、ぎゃふんと言わせてやりましょう」

なんで七乃は平気なんじゃ。

妾は、怖くて怖くて仕方ないのに。

どうにかできるわけないじゃろ。

「お嬢さまのあの力を使うんです」

ぴたっと震えが止まった。

あの力。

そうじゃ、妾にはあの力があったのじゃ。

大陸全土を制覇したあの力が。

「……ねぇー、まだー?」

「もうちょっと待ってくださーい」

怖くなんかない。

あんなの全然怖くない。

これっぽっちも怖くない。

頭の中で何回も言いながら、妾は立ち上がった。

濡れた顔を袖で拭って、階段下の孫策をキッと睨んでやる。

「孫策。妾が直々に相手をしてやるのじゃ」

怖がるのはもう、妾じゃない。

あの力で目にもの見せてやるのじゃ。

「へぇ、面白いじゃない」

妾が怖い顔で睨んでるというのに、孫策はまだまだ余裕たっぷりだった。

ふんっ、余裕でいられるのも今のうち――

「死ぬわよ?」

刀を抜いた孫策が妾を見上げる。

顔も目も、全然笑いもしない。

怖い。

やっぱり怖い。

「なな――」

「お嬢さま、ファイト」

「う、うむ」

妾がよそ見をしてる間に、孫策が階段を駆け上がってきていた。

目の前の孫策が刀を振り上げる。

「でやぁっ!」

あ、危ない!

「――嫌いじゃ!」

妾は反射的に目をつぶって、叫んだ。

「孫策なんか大っ嫌いじゃあっ!」

いつの間にか握ってた手にぎゅっと力が入る。

それだけで、なにも起こらない。

痛くもない。

妾はゆっくり目を開けてみた。

「……う」

孫策が刀を振り上げたまま固まっている。

「う?」

「……うわー、や、ら、れ、たー」

孫策はそう言いながら、上がってきたばっかりの階段を下りて、床に顔から倒れ込んだ。

その姿をじっと眺めるけど、孫策はうつぶせになったままでぴくりともしない。

妾がそうしてるうちに、七乃は駆け足で階段を下りて、孫策の横にしゃがんだ。

「ちょんちょん」

それから、孫策の後ろ頭を指でつっつく。

「ぎゃふん」

孫策がぎゃふんと言ったのじゃ。

……つまり?

「お嬢さまの大勝利ぃーっ!」

つまり、妾が孫策に勝ったということじゃ!

「やったのじゃ!ついについに孫策をこらしめてやったのじゃ!」

「おめでとうございますぅ?」

七乃の拍手を受けながら、妾も急ぎ足で階段を下りた。

近くで見下ろしてみても、足もとの孫策は倒れたままで少しも動かない。

その姿を見て、体の奥のほうからまた新しいうれしさが込み上げてきた。

しかもこれまでのうれしいのより、百倍は嬉しい。

「麗羽も冀州に閉じ込めてやったし、これで妾の邪魔をするやつはいなくなったのじゃ!」

「はい?。あとはもう、好き放題のやり放題ですねぇ」

「好き放題のやり放題……よい響きなのじゃ!それじゃ、さっそく好き放題のやり放題をするとしようかの」

今日は今まで生きてきた中で最高にうれしくて、最高に楽しい日なのじゃ!

妾はそのうれしいのと楽しいのを全部一緒に人さし指に込めて、七乃にびしっと突きつけた。

「七乃、ハチミツを持って参れ!」

「今日はダメですよ」

びしっと伸びてた人さし指が、しなっとしおれた。

「へ?」

「今日はダメですよ」

「なにが?」

「もちろんハチミツを舐めるのが、です」

「……んー?」

ハチミツを舐めるのがダメ。

いまいちわからなかった妾は、七乃のその言葉を頭の中で繰り返して言ってみることにした。

ハチミツを舐めるのがダメ。

ハチミツを舐めるのが、ダメ。

ハチミツを舐めるのが……ダメ!?

「――にゃ、にゃにゃにょ!」

「はい?」

「にゃんで!?にゃんでダメなのじゃ!?」

「にゃんでも、わんでもありませんよ。だってもう夜ですよ?夜はハチミツを舐めない約束ですよね?」

七乃の言った通り、辺りが暗いから今は夜なんじゃろうけど……

せっかく邪魔がいなくなったと思ったのに。

こんなとこで、いつしたかわからんような約束が立ちはだかるなんて思わなかったのじゃ。

「それはそうだけど……べつによいではないか。お金がないわけでもないし、ガマンしなくても」

「ダメです。約束は約束ですからね。その代わり、朝とお昼にはいっぱい舐めたじゃないですか」

そうだったかの?

そんなの全然覚えてない。

「いっぱいってどのくらいじゃ?」

「一壺ぶんです」

確かに少なくはない量なのじゃ。

だからといって、ここで引き下がる妾じゃない。

これまでの妾とは違うんじゃからな。

だって、この大陸で一番偉いんじゃからな。

だから一番偉い妾は七乃の服の端っこを掴んで反論する。

「でもでも、やっぱり夜だってハチミツ舐めたいのじゃ。やり放題なんだから、舐め放題もしたいのじゃ」

「ダメですってば。あんまり舐め過ぎると虫歯になっちゃいますよ。それに、ハチさんたちの仕事量にも限界がありますし」

「そんなもん知らん」

ハチより妾じゃ。

妾は服を掴んでる手を左に右に揺らす。

「虫歯、痛いですよ?」

「そのくらいガマンする。その代わり、妾がガマンしたぶんハチたちを働かせるのじゃ」

それがハチの務めというものじゃろう。

妾は、今度は両手で服を掴んで前と後ろにばたばた揺らした。

「我慢できないと思うなぁ」

七乃もしつこいのじゃ。

なんでそこまで妾の言うことを聞こうとしないんじゃ。

なんでなんじゃ。

妾は両手をばたばたさせながら、なんでを頭の中にいっぱい並べて、答えを探した。

並べながら……ばたばたさせながら……並べながら……ばたばた……

そのうち、やっと答えらしいものが見つかった。

妾は並べるのとばたばたを止めて、七乃を見上げる。

「……なぁ、七乃。ひょっとして妾にハチミツ舐めさせたくないだけじゃないかや?」

「まさか。そんなこと思いませんよ」

すぐに否定された。

「じゃあ、ハチミツを持ってくるのじゃ」

「ダメです」

あんまりダメダメ言われると、だんだん腹が立ってくる。

もうちょっと前ならイライラも抑えられたかもしれんけど、すでに散々言われてるから、さすがの妾も抑えられん。

「ダメじゃない!今すぐ持ってくるのじゃ!」

「持ってきません」

頭にきた。

ぷちっと、カンニン袋のヒモが切れる音が聞こえた。

「もぉっ!なんでそんなにいじわるするのじゃ!七乃は妾が嫌いなのか!?」

「そんなことありませ――」

「そんなことある!そんな七乃、妾も嫌いじゃからな!」

七乃はびっくりもしないで妾を見た。

これまで見たことないくらい、冷たい目だった。

「わかりました」

目も冷たかったら、声も冷たい。

その冷たさで、妾の頭の熱が一気になくなっていった。

妾がなにか言う前に、七乃が妾の横を通って、向こうのほうに歩いていく。

「ど、どこに行くのじゃ?」

「ハチミツですよ。取りに行ってきます」

……なんじゃ、結局とりに行くんじゃな。

心配して損したのじゃ。

相変わらず声は冷たいけど。

「早くとってくるのじゃぞ」

「はーい」

七乃もなんか理由があってイライラしてるだけじゃろ。

今だけじゃ、今だけ。

戻ってきたらイライラもなくなってるじゃろうな。

妾は七乃の背中が見えなくなってから、しゃがんだ。

「つんつん」

それから、さっき七乃がやってたみたいに、孫策の後ろ頭をつっついた。

「ぎゃふん」

またぎゃふんと言った。

……面白い。

「つんつん」

「ぎゃふん」

「つんつん」

「ぎゃふん」

「つんつん」

「ぎゃふん」

でも何回もやってると飽きてくるのじゃ。

孫策はこのあと、どうしてやろうかの。

やっぱり、麗羽のいる冀州に一緒に閉じ込めてやるのが一番じゃな。

邪魔なやつはみんなあそこに送ってやるのじゃ。

そのとき、お尻になにかがぶつかって、妾は前のめりに倒れてしまった。

「いたた……」

妾はお尻をさすりながら、立ち上がって後ろを振り向いた。

「あっ」

そこには横向きのハチミツつぼがひとつだけ転がっていた。

これが当たったんじゃな。

ということは……

「七乃?」

これをとりに行った七乃はどこにいるんじゃ?

きょろきょろ辺りを見回す。

いない。

今度はその場でぐるっと一周した。

いない。

逆回りに一周もしてみる。

いない。

「うーん……」

なんでいないんじゃろ?

……とりあえず考えるのはやめにするのじゃ。

妾はまたしゃがんで、つぼを起こした。

ふたもとって、中に指を突っ込んですぐにとりだすと、とろとろのハチミツが絡んできた。

それを口の中に入れる。

「うまぁ……」

甘くておいしい、よいハチミツなのじゃ。

妾はまた、指でハチミツをすくうと、口の中に入れた。

やっぱりおいしい。

「……うむ、おいしい」

何回もハチミツをすくって、舐めて、すくって、舐めて……何回も何回も繰り返した。

ハチミツは相変わらずおいしい。

「おいしいけど……」

なにかが足らん気がする。

「七乃ぉ?」

七乃が歩いていった暗闇に向かって、呼びかけた。

何秒か何十秒か待っても返事がない。

「七乃ぉーっ?」

今度はさっきより大きい声で呼んだ。

返事がない。

どうしたんじゃろ?

さすがに心配になってきたのじゃ。

「迎えに行ってやるかの」

妾は七乃が歩いていったほうに駆けていった。

でも、なんとなく気になって、さっきまでいたほうを振り向く。

孫策がいない。

「……孫策め。逃げよったな」

物音も立てずに逃げるなんて、さすがは逃げ足の早い孫策じゃな。

そこだけは褒めてやるのじゃ。

 

説明
中編です。
今回のこのお話、「外史の外史」と銘打ったのは、実は「恋姫外史」というタイトルで既にいくつか書いているからです。
ストーリーは真・恋姫の袁術ルートの最後、美羽と七乃さんが南に向かってからのお話です。
ただ、「恋姫外史」のほうは、オリジナルキャラクターが主人公のうえ、さらには自分用に書いているので、とてもじゃないですが他人様の目に触れられるようなお話ではありません。
しかし、どこかひとの目につくような場所で読んでもらいたい。
それなら新しく書こう!
――というわけで今回のお話、「恋姫†無双シリーズ」の外伝である「恋姫外史」のさらに外伝「恋姫外史の外史」を書いたというわけです。
題に数字を振ってはいますが、続きものを書くというわけではありません。
美羽と七乃さんのドタバタした毎日の1ページを切りとるような形で、短編をいくつか書いていけたらいいなと考えています。
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真・恋姫†無双 美羽 七乃 外史の外史 

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