恋姫異聞録108 −画龍編− |
江夏の城門を通りぬけ、市街地へと入れば市民は一人として見受けられなかった
戦場付近の城となる為、予め民を近辺の城か空城へと移動させていたのだ
居るのは魏から移動してきた虎豹騎と精強な近衛兵、季衣と流琉率いる虎士だけだ
城門の外と港に居たのは殆ど工作兵だろう、外に簡易的な炉を作って鏃を作成していたようだし
船の数を揃えた後は、俺が諸葛亮にハメられ奪われた矢を補充しているといったところなんだろう
政庁へと脚を進める中、付近を見回せばやはり攻略したばかりの地とあってそれほど発展した
城には見えなかった。此処を治めて居た者が居なくなってしまっていた事もあってだろう
劉表も居らず降伏するはずの劉j、そして肝心の文聘が居ないのだから無理もない
本来ならば我欲の強い蔡瑁ではなく忠義心の厚い文聘が水軍を率いて仲間に加わってくれていればどれだけ
ありがたかったか
これも時間の流れが早いからか?彼らが居れば赤壁への道もわざわざ水路を使わず済んだのだが
だが其れは逆に好都合なのかも知れない、万が一赤壁で破れ攻めこまれたとして此方は失う物が少なく済む
なにせ民は此処に居ないのだ
前も劉備殿が移動した時に思ったことでもあるが、国とは民なのだ
幾ら土地があってもそこに住み、地を耕す者が居なければ意味が無いのだから
秋蘭に手を引かれながら質素な政庁へと入れば、殆ど整備や手入れがされていなかったのだろう
ボロボロの扉が申し訳程度に俺を迎え、手をかけ軽く押せばキィ・・・と音を立て蝶番が外れて倒れる
「・・・酷いわね。戦が終わり次第、早々にこの地に手を入れなきゃ駄目ね」
呆れ顔で詠が倒れた扉を見れば、舞い上がる砂煙で咳き込む桂花が俺に喚いてきた
もう少しで扉に潰される所だった、わざとやったのだろうと詰め寄ってくる
さて、どうやって宥めるかと思っていたら身長差があるためぴょんぴょん跳ねながら抗議する桂花に
詠が吹出し、矛先が詠へと移ってくれた。気が俺からそれたのなら宥めるのも簡単だ
「華琳が待ってる。先に行くぞ」
「えっ?ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
後で覚えておきなさいよと言う桂花に詠は何時でも来なさいよと挑発していた
相変わらず桂花は気が強いな、噛み付かない相手など数えるほどしか居ないんじゃないか
少し呆れつつ、更に歩を進めれば桂花は俺の先に出てそっちじゃない、こっちだと指を差す
どうやら会議室は酷い有様でとても使える状態では無かったようだ
案内されるままに歩を進めると中庭に出た
温かい日差しが差し込む短く刈り取られた芝が生える中庭に
朱の長方形の卓が中央に置かれ、華琳は上座に座り茶を啜っていた
隣に立つ春蘭は俺の顔を見ると軽く笑い、秋蘭は俺を華琳の近くへと導き座らせる
対面には既に稟が座っており、目礼だけしてきた
俺は其れを軽く返すと俺の隣の椅子を引いて詠が座り、秋蘭は春蘭の逆へ、華琳の左へ俺と華琳の間に立つ
桂花は俺の座った位置を「その場所は私の場所よ」と睨みつけてくるが
華琳が早く座りなさいと促し、俺を睨みつけたまま稟の隣に座っていた
「霞達は呼ばないのか?」
「はい、敵は目と鼻の先ですから」
俺の問に稟は当たり前のように答える。どうやら此処から先は将と軍師は己の仕事を重点的にこなすようだ
軍師は策を考え、将は手足のように動く。負けられぬ戦いだからこそ霞達は余計な事を考えず
戦いに集中出来るようにする様だ
「では始めましょう」
「先ずは報告を、稟」
茶器を置く華琳の言葉と共に、春蘭が稟へと報告を促す
決戦だというのに霞達が居ないだけで何時もの軍議風景と何一つ変わらない
「敵は赤壁で戦をする為、呉は柴桑の目の前であり赤壁の東、西塞山へと軍を進めています。
蜀は西の武陵が領土の公安に兵を集めています。数日のうちに赤壁で全ての軍を合流させるつもりでしょう
我らは今後、赤壁で有利な戦をする為に赤壁の北に位置するである華容に陣をはる必要があります」
淡々と斥候からの情報を報告する稟
やはり華容か、江陵の地である華容に陣をはりたいと思っていることを敵も解っているはず
ならば敵も唯見ているわけでは無いだろう
「先日新たな報告で敵、蜀軍の将である張飛が兵数名を連れて華容に入ったと報告がありました
恐らくは此方の進軍速度の速さに手をうってきたのでしょう。先に我らが陣を張る場所を奪い赤壁で
合流する時間を稼ごうとしているようです」
・・・・・・合流する時間を稼ぐだけか?
違うだろう、時間を稼いでいるのは赤壁で戦う時間と場所を調整しているはずだ
諸葛亮と周瑜殿が狙うのは赤壁での火計、アレの条件は決まった日、決まった時間に吹き荒れる風だ
俺達に追い風として吹く風が逆風に、俺達に炎が襲いかかる風へ誘いこもうとしているだけだ
巧いことだ、軍をわざと完全に合流させていないのだろうな
此方が合流の時間を稼いでいるのだろうと思わせるために
先の事を知らないならば、これほど巧妙に隠されている事に気付く事など無いだろう
此方は赤壁の風土の事など知らないのだから
チラリと秋蘭が俺を見る。眼に何時もと違う色が見て取れたのだろう少し不思議な顔をしたが
秋蘭の表情の機微を解らない稟や桂花は何も気がつかない
俺は自分の感情を知られぬよう表情を消す
まだ火計をすると決まってはいないのだ、こんな早い段階に口にすることではない
言うならば黄蓋殿が寝返りをしてきてからでも十分に間に合う
変に口に出して、敵の間者に聞かれても意味が無い
ましてや歴史を知っている、占い師が言ったからと言っても常に時の流れは揺れている
呂布が死なず、劉表は居らず、秋蘭は死んでいないのだから
「ですが、それだけでは無いかと」
「!」
終わらぬ稟の報告につい眼を見開いてしまった俺はゆっくり卓に肘をつき手を口元で組表情を隠す
視線を稟へと向ければ稟は交差した視線を躱すように眼を伏せる
「何か敵は此方を調整しているように見受けられます。合流だけを狙って居るのでは無いかと」
「そう・・・ならば何を狙っていると言うのかしら?」
華琳が楽しそうに笑を浮かべ、稟に続きを促す
気がついたか、何処まで予測している?やはり郭嘉は天才だ、俺から言わせれば戦ならば
郭嘉は諸葛亮や?統などよりずっと上だ。先見の明に優れ、戦略に優れた軍師
孫策の暗殺を予測し、呂布の水計を荀攸と共に考え縛り首にし
袁家の争いまで予測して大国の袁家を無視させ劉備を攻めさせた
確かに赤壁まで生きていれば、郭嘉は必ず敵の計略を見破っていたはずだ
隣の華琳を見れば敵の企みを楽しんで居るのだろう。下手をすれば其れごと食い破れと言いかねん笑だ
「・・・此処ではまだ何とも言えません。唯、敵の動きから沿う感じられると言うだけです」
「何よそれ、感じるだけなら備えることも出来ないじゃない」
不確かな事を口にするなと毒を吐く桂花にそうですね、失礼しましたとだけ言って報告を終える稟は
俺に視線をわざと合わせる。どうやら本当に火計を解っているようだ
伊達に大陸を廻っていないとその視線から感じる。確かに風がこの地の風土病を知っていた事を
考えれば稟が風の吹く時間を知っているはずだ
言わなかったのは何処に間者が居るか解らないから、俺の眼を攻略されていると
思ったからだろう。風の真名を持つ間者など居れば、此処で口にして違う策をされても困る
しかし敵は稟の事を警戒しているだろうか、此処まで見通せることを敵は知っているだろうか
いや、知らないはずだ。確かに稟は春蘭や霞と烏丸族や武都を攻略した際、大して目立つことは
無かった。まるで料理の下拵えをするかのように、破壊工作や扇動をして戦を有利に進めていいただけ
派手に戦って報告があったのは春蘭と霞だけだ。敵には情報操作の得意な人物とだけ映っているだろう
もしや稟は此処まで見通してあえて目立たぬように通してきたのか?
はっと顔を上げれば稟は俺を見つめて意味ありげな微笑を向けてきた
まいった。そういう事だったのか、俺の眼よりも見えているようだ
確か、俺の知る歴史では神算にして慧眼の持ち主
演義でも凄まじい洞察力の持ち主だったはずだ、彼女の命を救えた事に感謝しなければ
そんな俺の考えを知ってか華琳は俺を見て眼をぎらつかせていた
楽しいのだろう、戦は嫌いだがその才を力を振り絞りぶつけ合う事が
戦以外でそれが出来るようになる世の中に早くしたいものだ
俺は息をゆっくり吐き、手を卓のしたへと戻した
「それで、私は此処からどうしたら良いのかしら?」
ある程度は想像が付いているのだろうが華琳はわざと稟に策を促す
「はい、先ずは華容を奪います。既に簡易的な砦を作っていることでしょう」
「兵はどれくらい送ったら良い」
「兵は居りません。昭殿のお一人で十分」
稟の言葉に詠は眉を潜め、春蘭は少し強い視線を送り桂花が呆気に取られる中
俺は視線をそのままに軽く秋蘭の手を握った
ぞわりと毛が逆立つような秋蘭の殺気は一瞬だけ漏れるが、男の手に握られ風船がしぼむように
何時もの表情を見せていた
そんな中、華琳は楽しそうに笑顔をみせていた。一体どうやって俺一人で砦を
張飛の居るあの場所を奪うのかと
「で?俺は一人でどうやって砦を落とすんだ」
「何も要りません、一人で小舟で砦に行って下さい。それと牙門旗を敵の砦の真ん中に立ててもらえれば結構です」
口から出たのはそんな言葉、そして差し出されるのは叢の牙門旗を畳んだ風呂敷
差し出される牙門旗を受け取り、頭の中で考える。稟は一体何をさせようとしているのだろう
一人で小舟で砦の真ん中に、ということは潜入して旗を立てろと言ってるんだろう
だが立てる事はできるがその後どうするんだ?張飛と戦えと言ってるのか?
「・・・良く解らんが、其れをやれば砦は落とせるんだな。了解した」
「ちょ、ちょっとアンタほんとに馬鹿ね!そんなの策でも何でも無いわ、死ねって言ってるようなもんじゃない!!」
「ん?稟が落とせるって言うんなら大丈夫だろう」
「前から思ってたんだけど頭の何処かが壊れてるんじゃないのっ?
この間も一人で敵の真ん中突っ切って行ったらしいじゃない、死ぬのが怖くないのっ!?」
「死ぬのか?」
喚く桂花に俺は不思議そうに首を傾げ、稟の方を振り向いて問えば笑顔で返された
「死なんようだ、大丈夫だろう」
「今のどの辺が死なないって意味なのよ。詠、アンタ良くこんな奴の軍師で居られるわね」
解る?と言って詠は隣で大仰に溜息を吐いていた
まぁ何とかなるだろう。牙門旗を真ん中に立てるなら見せつけるという意味があるんだろう
ならば潜入は昼間?いや違うな、昼間なんかに入り込めるもんじゃ無い。ならば
日が昇る前に入り込んでってことか
牙門旗を見ながら考えを纏めていると、握った手を少し強く握り返し親指で俺の手の甲をなぞる秋蘭
見上げれば少しだけ表情が曇っていた。心配してるんだろう、当たり前か敵の砦に一人でだからな
「続いて桂花、報告を」
「現在、呉と蜀が各地に飛ばした文には天子様を欺き、己の私利私欲で地を奪う逆賊を撃つ為
我らは立ち上がると書いてあるようです」
私は天子様を抱き込む逆賊だそうよと俺に楽しそうな表情を向ける華琳
どうやら俺をからかっているらしい、呉との和議に失敗した俺を試しているのもあるんだろう
もうあの事からは立ち直ったのかと
俺が頷けば満足そうな表情、やはりそうだったようだ
しかし、あの大義名文をどうしたら良いものだろうか
桂花は俺に気を使って口にしなかっただろうが、呉を欺いた等と書いてあったはずだ
許靖の事は後悔していない、美羽の事など尚更だ。だが欺いたということは事実
関羽に美羽の事は言ったが、其れが何処まで通用しているか
「我らの地の豪族達は連合の飛ばした文には一切反応していないようです
当たり前の事ですが元々我らが天子様をどう扱っていたか十分に知っていた事もあるでしょうし
美羽の作った薬や作物の恩恵を受けていますから。ですが呉と蜀の地に住む者たちにその事は伝わりづらい。
それに呉と蜀、特に呉ですが民や豪族達を取り込むのに随分と力を注いだようですから
例え偽りであろうと呉の味方をするでしょう」
やはりそうか、呉を訪問したとき案内された部屋を見て理解していたが
地の者との信頼を十分居築いた所は強い。些細なことで裏切ったりはしないものだ
此方が戦う理由というのが必要になってきた。ただ攻めると言うことは侵略行為
最も下卑た理由だ。乱を治める為というのが俺達の戦う理由だが
大雑把すぎて敵のような名文とは言えない
面倒な事だが、何時の時も戦いは勝者こそが正義なのだが
その前に俺達こそが正義であると声を大きく叫ばねばならない
滑稽なことだ、正義など人を殺している時点で何処にも無いというのに
肘掛けに肘を突き、頬杖をつく華琳は少しだけ表情を硬くする
俺と同じ考えなのだろう。此処は最もな理由を付けて此方の士気をあげるしかあるまい
下手に何も叫ばず戦を行えば戦いに対する士気が違うどころか、呉や蜀の地を治めた時が
問題になる。何故侵略者に国賊に力を貸さねばならぬのかと
俺達は何時も先を見て、何年も先の事を見据えて戦をせねばならない
此処で唯勝てば良いわけでは無いのだから
少しだけ眼を伏せて考え込む華琳を見て桂花はニヤリと鋭い笑を見せた
「ご安心を、既に手はうってあります。必ずやそこの馬鹿が砦を落とすまでに
華琳様に素晴らしい報告をしてご覧に入れましょう」
「フフッそう。楽しみにしているわ」
「はい。感謝するのね、アンタの失態を私が全て帳消しにしてあげるわ」
自信たっぷりに報告する桂花は華琳の反応に満足げに頬を染め、俺の方に振り向くと
高圧的な言葉をぶつけてくる
だがその言葉は借りはコレで返すわよと言っていた。どうやら尚書令の事を言っているのだろう
ということは尚書令であることを利用した何か、例えば勅命でももらってきたか?
確かに勅命ならばある程度は対抗できるだろう。まぁ此方が無理やり書かせたと言われることもあるだろうが
「次、昭の報告を」
「詠、頼む」
俺は頷き、詠に報告を任せれば兵が侍女代わりに持ってきた茶を一口啜って口を湿らせる
「私からは兵を見てもらえれば解るでしょ。練兵は上々、鹵獲した船は三隻、いずれも蜀の船よ
損害は兵三百、船は無し。水上での戦い方は竹簡に纏めて置いたから稟と桂花は眼を通しておいて頂戴」
「敵は誰と?」
「報告は行ってると思うけど蜀は厳顔、魏延、関羽、馬超、馬岱。途中で厳顔と魏延は行方不明
呉は甘寧だけね。甘寧率いる呉の水軍が一番厄介だったわ、一番楽だったのは関羽の兵
此方よりも練度の低い兵を連れていた」
「此方よりも練度が低いということは、練度の高い者は公安に集まっているということか」
詠の報告を今始めて聴く俺も納得していた。練度の高いものは決戦に向けて集めてあるのだろう
練度の低いものが此方に集まっていたのは、俺達を引き込む為にある程度距離を取って
戦おうと、後は矢を使った撃ち合いになるだろうと考えていた証拠だ
矢を放つだけならば練度が低かろうが問題はない。だが詠はそんな事などお構いなしに
船を突っ込ませた。恐らく敵は予想外だっただろう、此方が突撃船の艨衝しか運用してなかったことも
矢を放つよりも突撃して白兵戦を繰り返してきたことも
今ならば何故呉が甘寧しかよこさなかったのかよく解った
元々やつらは矢だけで戦うつもりだったのだ、だから此方から矢を奪った
だが詠は其れをしってか船を突撃させる方法を取った。だからこそ敵船を奪い
殆ど兵を死なせること無く此処まで来ることが出来たのだ
「昭、少し驚いて居るようだけど。まさか戦績を知らなかったとか言うんじゃ無いでしょうね?」
「知らなかったと言ったら?」
そうだったのかと華琳はまさか寝るとは思わなかったのだろう
俺の事だから起こせる者が居らずとも、寝ること無く此処まで戦を続けてきたのだろうと
まぁそうだろうな、俺の性格を知っている華琳なら寝るとは考えて居なかっただろう
矢を奪われ、その後戦に参加せず寝ていたんだから間抜けな話だ
こうなることは予想が付いた。桂花も俺に呆れていた
「仕方無いだろう。俺を起こせる奴が誰も居なかったのだから」
「確かにそうね、今回に限って誰も貴方を起こせる者が居なかったわ。けれど貴方はこういう時
寝ないと思っていたから」
「詠に無理やりだ」
「随分と信頼してるのね」
俺の答えに華琳は何処か嬉しかったようだ。きっと信頼する者が、俺の人との繋がりが
深くなったのを喜んでくれているのだろう。華琳は俺が繋がりを最も欲していると知っているから
「華琳の連れてきた虎豹騎と虎士を少し揉んであげるわ。水上の戦いはまだなんでしょ?」
「随分と自身があるようね。良いわ、桂花、稟、詠の報告書を熟読した後、即座に模擬戦を行いなさい。
敵に対する監視は怠らないように期間は昭が砦を落とすまでよ。敵はそこまでしか待ってくれないでしょうから」
返事と共に立ち上がり、軍師達は早速詠の用意した水上での戦い方についての竹簡を読む為
俺達の船へと歩を進め、春蘭も虎豹騎達と準備をする為、華琳に礼をするとに下がって行った
秋蘭は俺の手を名残り惜しそうに放し、姉の後を追って中庭から出る
「終わったら戻ってきなさい。少し話がしたいわ」
「すまんな」
俺は華琳に謝罪して直ぐに椅子から立ち上がり小走りに中庭からでた秋蘭を追いかけた
中庭から屋敷内に入り、廊下に出たところで直ぐに追いつき名を呼べば
振り向き、少し俯きがちにとぼとぼと俺に近づくとポスっと額を俺の胸に押し付けてくる
どうやら少し怒っているようだ。前回と同じように又一人で戦地に赴く事に心配であり不満のようだ
髪に隠れていない左の頬が少しだけ、娘の涼風が怒った時のように膨れていた
「直ぐに行くのか?稟が示した策は私は意味が解らない、この前の事もある。大丈夫ではあるのだろうが・・・」
「ああ、大丈夫だ。死を恐れず、だが死を選ばず。其れが魏の兵だ、将である俺は其れを実践しなくてはならない」
私はただ心配なのだと額を押し付ける秋蘭に俺は抱き締めて背を優しくさする
少しだけ体が震えていたのが解った。一度だけではなく二度目の単独での戦い
怒りと心配、そして怖いのだろう俺が一人で敵の中に入ることが
華琳の前で弱さを見せる事はできず。抗議することも我慢してしまったことに
自己嫌悪もしているようだ。俺は何と幸せ者なのだろうか、最愛の人がこれほど心を痛め
想ってくれている。俺を支えてくれているのはやはり秋蘭だ、この人のためなら幾らでも強くなれる
少し体を放し頭を撫でて、頬を撫でれば秋蘭は少しだけ笑顔を見せてくれた
「早く帰ってきてくれ。姉者と待っている」
「ああ、食事を用意しておいてくれ。此処に来るまでたいした物を口にしてないんだ」
解ったと答えると秋蘭は俺を強く抱きしめ、頬を擦り付けると柔らかい顔を向けてくれた
中庭に戻れば給仕の兵も既に居らず、一人頬杖をついて空の茶器の縁を指でなぞる華琳がいた
俺を見るなり指でそこに座れと隣の椅子を指差し俺は頷いて素直に椅子に座った
「稟の策は理解しているの?」
「半分だな、後は良く解からん」
「貴方の眼でも見えない事があるのね」
そう言うと華琳は自分の茶器に注意を促した
茶が無くなったから俺に給仕しろと言っているらしい
俺はお湯の入ったケトルのような物を手に取る。この地方の独特なものなのか、それとも華琳が
変わったものを羅馬から取り寄せ使っているのか解らないが、茶の葉を一撮して適当に茶器に投げ入れ
お湯を注ぐ。正しい入れ方ではないが、既に前の茶で茶器は温まっているだろうし
特に正しい入れ方をする場面でも無いからと少々乱暴に茶を入れれば
華琳は「まったく・・・」と少し呆れただけで俺の入れた茶を茶器の蓋をずらして飲んでいた
「少し付き合いなさい」
椅子に座り、同じように自分に茶を入れる。茶をこす急須のような物が無い代わりに
茶器に入れた茶葉が自分の口に入らぬよう、蓋をずらして茶を飲む飲み方
もう慣れたが、始めは口に茶葉が入って飲みづらかったのはいい思い出だ
その度に華琳に注意されていた。作法などまるっきり知らなかったからな
「敵はどうだった?」
「厳顔殿と魏延か?魏延は見ていないから何とも言えんが厳顔殿なら怖いの一言だ」
「怖い、貴方の評価を聞かせて頂戴」
「三つ。柔と豪そして繊だな固く強い剛ではなく、優れて力強い豪だ。彼女はまるで張られた琴線
戦場の空気、風に共鳴し柔軟に対応する。繊細さを持ちながら力強い強さを見せ華のように刹那に
美を見出す人物だ」
男の評価に口元によせた華琳の茶器が止まる。今までに聞いたことの無いほどの男の高い評価
馬騰や韓遂、己の気に入る関羽ですらここまでの評価をしたことの無い男から
信じられない程の評価をされる厳顔に華琳は茶器を置き、続きをと一言
「義父や銅心殿のように英雄とは言えないだろう。だが彼女の経験値は恐ろしい物がある
奢りも無く目も澄んでいる。力に頼るだけの人ではない、俺達魏の兵のようだ命を掛ける場所をよく知っている
危うく俺は殺されそうになった、強いぞ彼女は」
楽しそうに笑いながら話す男に華琳は少しだけ体を震わす
歓喜の震えだ、是非ともその人物を手に入れたいと
「厳顔殿を手に入れたいか?」
「ええ、勿論よ。それほどの人物、劉備などではなく私に使える方が幸せというものだわ」
「そうか、なら俺は死ぬな。春蘭か秋蘭の何方か一人もだ」
「それほど、呂布よりも上だと言うの?」
「単純な武力なら呂布の方がずっと上だ。彼女は面倒なんだよ、罠にはかからんだろうし
俺の眼は通用しない、恐らく次に戦う時は一人で来るだろうし春蘭が相手なら適当に攻撃をいなして
背後の兵を潰すだろう、秋蘭ならば射程を見極め矢を撃ち落とす後は同じだ。戦上手だぞ彼女は」
俺の言葉に華琳は眼を丸くしていた。其れもそうだろう、春蘭と闘いつつ兵を動かし虎豹騎を
蹴散らすといっているのだから。普通なら考えられんが彼女はできてしまうだろう
前に一度戦った時よりずっと手ごわく感じたのは彼女が一人、自由だったことが主だ
周りを気にせず、周りを巻き込み流れにするのが彼女の戦い方のはず
銅心殿や黄忠殿が居たときは、純粋に一騎打ちを楽しみにきていたのだろうな
一体どれだけの修羅場をくぐってきたのか解らないが、よほど戦が好きなのだろう
戦の嫌いな俺には共感できん事だが
「蜀で気をつけるべきは関羽と厳顔という訳ね。どうにか手に入れたいものだわ」
「後一人、贔屓では無いが翠だ。あの調子なら義父を超えるだろうな、西涼の錦という名では
不足ではないかという所まで来ている」
「馬超ね、報告にもあったけれど対峙するたびに別人のようになっているわね」
「そのようだ、嬉しいような嬉しくないような複雑な気分だよ」
義妹が成長する姿は嬉しいに決まっているのだが、戦で兄弟を多く殺される事に繋がる
成長であるから何とも複雑だ。成長すれば成長するほど手ごわくなるのだから
義妹の事を思い出し少し複雑な表情をしてしまっていた時、華琳は一つの竹簡を俺に差し出した
どうやら読めと言っているらしいので手に取り竹簡を広げれ中に眼を通す
「城を出るときに風から渡されたわ」
「そうか」
竹簡を渡され眼を通した男を見ながら華琳は少しだけ息を飲む。あの城を出る前の自分と同じように
怒りで恐ろしい笑を作り出すのか、それともその瞳は濁ってしまうのかと
だが竹簡に眼を通した男の表情は華琳の予想外のもの。瞳も穏やかなもので彼の心は揺れていないように見えた
「ん?どうした、俺の顔をじっと見て」
「いえ・・・何でもないわ」
華琳は気がつく。彼の心は揺るがず、空を覆う厚い雲の固まりのようになっているのだと
その竹簡から読み取れるものは、恐らく彼の逆鱗に触れたのだろうと
コレならばまだ眼を濁らせ怒りを其の身全体で獣のように発して居た方がまだ良いと思った
なぜならば彼から感じるのは何時もと決して変らぬ、いや変わらなすぎる表情、雰囲気
近くにて感じるのは何時ものような安心感。其れがなにより恐ろしい
戦地に居るならば多少の緊張感や焦燥感、圧迫感などがあるはずだ
無論華琳自身もだがそれを全く彼からは感じることが出来ない
華琳は思う。これが雲の夏侯昭と言う人物の完成形なのだろうと
唯一の欠点である感情の爆発が消えてしまっているのだ
完成させたのは風が渡したこの竹簡
華琳からすれば怒りがこみ上げるのみ
「それで、風はコレを渡して何処へ?」
「漢中へ行くそうよ。厳顔と魏延が居なくなったと忠告はしておいたわ」
「それだけでは無いだろう?」
「ええ、兵を追けさせている。近くの武都には統亞達もいる事だし心配は要らないわ」
男はそうかとだけ言って、竹簡閉じると立ち上がり稟から渡された牙門旗を脇に抱えると
中庭を出ようとするところで立ち止まり、華琳の方を向き何時もの変わらぬ表情を向ける
「なぁ、修身斉家治国平天下って知ってるか?」
「礼記ね貴方が言いたいことは解っているわ。戦が終われば民の家であるこの城を優先的に
修繕させる。心配無用よ」
「言うまでも無いか」
「私からも貴方に言葉をあげる、上善水如。今の貴方はこの言葉が似合うわ」
老子か、随分と俺を評価してくれたものだ。今の俺は柔軟さと慎み、力強さを持っている
というのか?いや、慎みではないな。俺が華琳のしたいこと、兵の遺族を慰めている姿
を言っているのだろう
「フフッ。貴方はちゃんと慎みを持っているわ、無欲な所などそうでしょう?」
どうやら考えを読まれたようだ。
俺は手を振り身を翻して中庭に華琳を残し、船へと脚を向けた
彼女の期待に答えねば、せっかく貰った言葉を裏切らぬように
政庁から出て華容へ向かうにはまだ日が高いと思った俺は爪黄飛電が気になり厩へと脚を運んだ
飛電のお陰で一馬は驚く速さで兵を連れてきてくれたのだ、礼をしなければ
野菜でも持っていけば喜ぶだろうか、きっと此処に来るまでに秋蘭も運んできてくれたはずだ
輜重隊が待機する食料庫近くへ脚を運び、野菜くずを多めに貰った俺はそのまま厩へと向かった
日が暮れるまで時間もまだあることだし、凪達にこのことを言えばきっと止めるだろうから
飛電の世話でもして時間をつぶすかと厩の番をする兵に声をかけ、中に入れば
手綱を繋がれた絶影と爪黄飛電。そして少し離れたところに痩せこけてガリガリの今にも倒れそうな馬が一頭
俺はとりあえず絶影に野菜くずを少し与え、飛電のたてがみを撫で野菜くずを多めに飛電の口へと
持っていった。美味そうにモリモリと食べる飛電は喜んでいるようで、少し食べては俺に頭を摺り寄せてきた
飛電の体に藁を束ねたブラシを掛けながら離れた場所の馬に目を引かれる
あんなに痩せて、きっと人が居なかったから餌も満足に食べられなかったんだろう
寝藁まで食べた様子がある。そう思った俺は飛電の野菜くずを少しだけ手にとり
痩せこけた馬の方へと近づいていった
「昭様、その馬はやめたほうが良いですよ。此処で死なせた方が良い、きっと他の連中も
解ってて餌をやらなかったんです」
番をしていた兵が俺に向かってそんな事を言う。不思議に思った俺は痩せこけた馬に構わず
餌を与えてみると、弱々しく俺の手にある野菜くずを少しずつ食べていた
兵はそんな俺の姿を見ながら眼を手で覆い、どうぞ乗る等と言わないでくださいと懇願していた
何があって懇願し死なせたほうが良いなどと言っているのだろうと思い痩せた馬をよく見るが
俺には全く解らなかった。なので水もないようだし水を汲んで飲ませてやれば
よっぽど乾いていたのだろう喉を鳴らしごくごくと水を飲んでいた
「ああ、お辞め下さい。額の白い模様を御覧ください、模様が口に入り歯まで行っている
コイツは凶馬、的盧でございます。跨る等したら命を奪われますよ」
言われて俺は水を飲む馬の額へ目線を移せば確かに白い模様
的盧と言われ思い出す。そういえば劉備殿は的盧に跨っていただろうか?
いや、跨っていなかったはず。もし的盧を手に入れるなら華琳が本来は劉備殿に馬を与えようとして
断り、痩せこけた馬を見つけ其れを貰い受けたという話だったはず
それも力を発揮したのはこの荊州のはずだ
もしやと思い、俺は兵に一馬を呼ぶように指示をした。考えが間違っていなければ
この的盧は一馬の相棒になってくれるはずだ、戦までに馬体が戻ればなお良い
水を飲ませ、更に飼葉を集めて的盧に喰わせる。少しでも早く力を付けさせ元の体に戻すために
「兄者、お待たせしました。何用ですか?」
「待っていたぞ一馬、コイツを見てくれ」
言われて眼にしたのは凶馬、的盧。一馬は露骨に嫌な顔をした
其れもそうだろう、真名に馬と言う字を持つくらいだ馬には詳しいはずだ
だがそれに構うこと無く俺は一馬を呼び寄せ、コイツを相棒にどうだと進めた
「兄者、この馬は的盧ですよ。私に死ねと言うのですか!?」
「大丈夫だ、そんなに嫌なら俺が乗るがその時は飛電を頼む」
「正気ですかっ!?この馬は乗るものを取り殺す馬ですよっ!!」
俺を心配した一馬の必死の言葉に動じず頭をぐしぐしと撫でれば、ちゃんと聞いてくださいと
声を荒げ怒ってしまった。まあ無理も無いか、解らなければこの馬はずっと唯の凶馬で
飢え死にさせられていたはずだからな
「コイツを凶馬から電光石火の速さを持つ俊馬に変える言葉を教えてやる」
「何を言っているのですか兄者、お辞め下さい」
馬に近づく俺の胴に腕を回し、馬から遠ざける一馬に呆れつつ俺は耳元である言葉をささやいた
一馬は変な顔をしていたが、その言葉を言ってみろと促す
「兄者の言葉は信じますが、これは流石に」
「良いから言ってみろ。でなければ凶馬のまま俺が跨るぞ」
何故私なのですかと俺に困ったように問うが言っても理解できないだろう言うならば天の知識だ
それに劉性を持たない俺ではきっと駄目だ。一馬は本来劉備の養子
ならばきっと出来るはずだ、劉備が認め養子にした者なのだから
一馬は渋々俺を見ながら「凶馬になど跨がれては困ります」と的盧に近づき
耳元で言葉を掛ける
「我と共に生きるならば努力すべし」
瞬間、一馬の言葉に応えるように蹄を地に押し付け後ろ脚で蹴り上げる
踏みつけられた大地は蹄の後を鮮明に残し、巻き上げる砂塵は瀑布の如く
その細く骨の浮きだした体からは想像の出来ない蹴り足を見せる
「あ、兄者。コレは一体どういう事ですっ!?」
「コイツは的盧。凶馬などではない、馬に人の生死を変えられる事など出来るはずが無いだろう
爪黄飛電、絶影に並ぶ名馬の一頭だ」
新たな名馬の誕生と一馬の新たな力となることを想像し男は笑っていた
出発前にいいものを見た。十分に食事を取らせ、後で華琳に報告せねば
砦陥落の知らせと共に、名馬と一馬の武があがることを言えば多少は
矢を奪われた事に対して罰を軽くしてくれるだろう
先刻は言わなかったが、きっと戦が終わり次第、俺は華琳に何をされるか解からんからな
男はやれやれと呟き、一馬の頭を撫でると西涼にまで脚を運ばずに良い馬が手に入って良かったと
さっそく義弟と共に的盧の餌と寝藁の調達に向かった
説明 | ||
もう少しで落ち着きさそうです ライフラインも随分回復しました 仕事もそろそろ始まりそうです( ´ー`)フゥー... 今週末には皆さんの応援メッセやコメにお返事出来ると 思います。遅くなってごめんなさい 何時も読んでくださる皆様、有難うございます>< |
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コメント | ||
的盧タン…よかったなあ;;(ねこじゃらし) flower 様コメンと有難うございます^^予想を外せたようでなによりです><劉gにつきましては仰るとおりです。長男だからと間違って記憶してました、修正しておきます><恥ずかしい・・・(絶影) Ocean 様コメント有難うございます^^流石ですね、故事の言い合いは結構わたしも好きな部分です><身を修め家を整え〜のあたりが何とも昭らしいのではないかと使ってみました^^(絶影) HIMMEL 様コメンと有難うございます^^結構纏めて読むほうが話が繋がって良いかも知れません、伏線が結構多いのでw翠はこれかも強くなりますよー!兄妹の戦いに悩む彼の心の揺れも楽しんでいってください^^(絶影) GLIDE様コメント有難うございます^^仰るとおり、霞はきっとうらやましがるでしょうねw大宛馬も結構なものなんですが、それ以上な馬となると流石に眼を奪われるでしょうからね^^(絶影) KU− 様コメント有り難とうございます^^ご指摘有難うございます^^修正しておきます><何時もご心配していただき本当に有難うございます!無理せず頑張っていきますので今後とも宜しくお願いいたします><(絶影) 稟が随分と無茶な要求をw どんな意図があってなのか、続きが楽しみだ。風の書いた文と行動も気になる。個人的に3Pの昭と華琳の故事の言い合いが面白かったw (Ocean) 纏めて見たので遅れましたが、ご無事で何よりです。マイペースで更新して下さい。義理妹の成長を嬉しく思う反面、敵なので辛くなるって昭の心境が良いですねw再戦が楽しみです。(HIMMEL) 一馬に新しい馬が仲間になったか。これは霞が羨ましがるだろうなwww(GLIDE) ある程度は回復されたようで何よりです。無理はなさらずにゆっくりで構いません。1Pは「舞がある」は「舞い上がる」だと思うのですが(KU−) |
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