真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜 32:【漢朝回天】 過去 現在 未来
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◆真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜

 

32:【漢朝回天】 過去 現在 未来

 

 

 

 

 

孫堅こと、孫文台。この名は華祐にとって特別なものである。

 

歳若い頃の華祐は、己の武才に自信と誇りを持っていた。

確かに、それに恥じないほどのものを有していたが、それゆえに慢心していたところもあった。

そんな鼻っ柱を叩き折ったのが、孫堅である。

何度立ち向かっても太刀打ちできず、ただ黒星を重ねるばかり。これまで培ってきた武への自信が粉々にされた。

 

その後の華祐は、打倒孫堅を掲げ更なる精進を重ねる。

だが再戦の機会を得ることなく、孫堅は他界。彼女にとって、永遠に敵わない相手となってしまう。

やがて、孫堅以外に負けたことがないという事実は、華祐の中で歪みを見せていった。

事実、彼女が敵わないと実感したのは、孫堅と呂布くらいのものだった。

だが孫堅は既に故人、呂布は同じ主に仕える仲間である。

ならば、敵となるだろう下野には自分に敵う者などいないじゃないか。

自分は最強じゃないか。

そんな歪んだ思いが、また質の違う慢心を生み。

慢心が視界を狭まらせ、"猪"と呼ばれる軽率さを生んだ。

挙げ句、ここ一番という場面において関雨に敗れ、味方である董卓勢に多大な損害を与えている。

 

我ながら度し難い、と、華祐は苦いものを感じる。

もうあんな醜態は見せない。

そう自戒する今の彼女にとって、孫堅という存在は非常に大きなところを占めている。

 

 

 

華祐の場合、かつていた世界では、董卓に仕えるよりも前に孫堅に出会っている。

自分の顔を見ても孫堅はなんの反応も示さなかった。

ということは、この世界の"華雄"は彼女と会っていないのだろう。

"華雄"に対する、かつての孫堅の位置に自分が立っているのかもしれない。華祐はそう考える。

 

この時点で、彼女の知る歴史と比べかなりのズレが生じていた。

自分が関わったことで歴史が変わる。それは華祐も理解出来る。

だがあずかり知らぬところ、自分がこの世界にやって来たよりも前の時点で歴史が異なっている。

これが一刀ならば"平行世界""パラレルワールド"といった言葉が出て来るかもしれない。だが華祐にはどう捉えればいいのか分からなかった。

 

とはいえ。

今の彼女にとって、それらは大きな問題ではない。

それ以上に胸の内を占めるものがある。

 

この世界の孫堅は、どれほどの武を有しているのだろうか。

 

武の道に生きることを第一と決めた、そんな華祐にとって、強者と見れば手合わせをしたくなることは必然。

しかも目の前にいるのは、かつて手も足も出なかった相手である。

自分の知る孫堅と同じならば、今であればいい勝負が出来るはず。華祐はそう考えていた。

 

いや、考えるよりも前に、口をついて言葉が出て来た。

 

「我々は、一日の修練の最後に一対一の立会いをしている。

切磋琢磨したものをぶつけ互いに高め合う、というわけなのだが。

孫堅殿。よろしければ一手、ご教授願えないだろうか」

 

かつて敵うことのなかった相手。取り戻せない黒星を抱えたままだった華祐。

今ならば、形はかなり異なるものの再び挑むことが出来る。

はっきりと感じる、歓喜。胸の内に高まるものを抑えることが出来ない。

 

経験を積み、頭を使うようになり、以前の自分よりも遥かにマシになったという自負はあったが。

性根の部分は猪のままらしい。

華祐は人知れず苦笑する。

 

 

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「そういうわけで、一手願えることになった。すまんが勝手に決めてしまったぞ」

「えー、そりゃずっこいで大華」

「話に聞く江東の虎、私も相手をしてもらいたいぞ」

 

華祐の言葉に、張遼と華雄が声を上げ不満を露にする。

呂布もふたりに同意するようにコクコク頷きを繰り返していた。

 

「すまないが早い者勝ちだ。私もやはり武将なのだなとつくづく思った」

 

自分が相手をしているつもりでしっかり見ていろ。

その言葉で、三人は渋々といった風に引き下がった。

 

名の知れた将と、既にその実力を良く知る者との立会い。

確かに、観戦するだけでも得られるものは多いに違いない。

三人それぞれに、自分が立ち会うのとはまた別の高鳴りを感じている。

一方で、華祐が終わった後直ぐに自分も一戦願い出よう、そう考えていた。

 

 

 

ちなみに。

このところ董卓軍の中で、華祐は"大華"と呼ばれている。

仲間内で同じ "かゆう"という名前がいるのは呼ぶのにも紛らわしい。

実力の程そして外面も加味し、じゃあ華祐を"大華"、華雄を"小華"と呼ぼう、と。

渾名のつもりで、張遼が何気なく口にされたのが切っ掛け。

驚くほどあっという間に広まっていった。

いつの間にやらその名が定着し、賈駆などの文官にまで通じてしまうほどになる。

華祐も華雄も、初めこそ共に反発していた。

だがいくらいっても改まらない董卓軍の面々に、華祐はすぐに諦め、華雄は怒鳴り疲れて引き下がった。

 

一般兵にしてみれば、上司である将を渾名で呼ぶのはさすがに躊躇われることもあり。

長く付き合いのある華雄に対しては、表向きは"華雄"とそのまま呼ばれることになった。

もちろん裏では小華殿などと呼ばれていたりする。

悪意を持ってのことではない点が救いといえば救いだろう。

また華祐の方は、表立って"大華"と呼ぶことを兵に許していた。

戦場で上がった声にふたりが同時に振り向く、なんていうことは御免蒙る。

そう笑って見せたところにまた、兵たちがこぞって華祐を"姐御"と慕うようになるのだが。

それはそれでさて置くとする。

 

 

 

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そんな華祐が、董卓軍将兵らの注視を一身に受けて、ひとり、修練場の中央に歩み出る。

待ちきれぬとばかりに、早々に中央へと進み出ていた孫堅がそれを迎え入れた。

 

手にした得物をひとり、さも楽しそうに振り回している孫堅。

身体を解す準備運動代わりなのだろうが、その剣筋は実に鋭い。

華祐自身が、以前にいた世界では難なく吹き飛ばされているのだ。そこいらの兵では、その準備運動のひと振りでさえ受けきれるかどうか分からない。

逆に安心もする。この世界の孫堅は、華祐の知る"孫堅"と同様の武を持ち、やもすればそれを超えたものを有していることが感じ取れたからだ。

 

この世界において、孫堅がまだ存命であり、袁術の旗下にいる。これに関して、華祐は既に鳳灯から聞いていた。

今の孫堅は、その高い武の程を知られ、"江東の虎"という別名をもって広く名を馳せている。

黄巾賊の出現を待つまでもなく、江東一帯に頻発していた騒乱をことごとく鎮圧せしめたことで頭角を為し。更にその地を平定し民に安政を施すといった手腕を発揮した。

地元領主や果ては朝廷といった上に立つ者たちを初めとして、ごく一般の民たち下の者たちにま至るまで、孫堅の名は既によく知られているのである。

 

かつて会った"孫堅"がどういった経緯をもって武を磨いていたのか。華祐はそれを知らない。知りようがない。

だがこちらの世界の孫堅は、広くその実力と名を知られるに値する経歴を経ている。

「身をもって得た経験こそ至上」と考えている華祐にとって、例え初対面であったとしても、今、目の前に立つ孫堅という人物は尊敬に値すると感じていた。

 

それこそ、胸を借りるつもりで。

華祐は、孫堅の前に立つ。

 

「あくまでも修練の一環なので。"本気になり過ぎない"ようお願い致す」

「本気でやるなとはいわないのか?」

「それでは私たちが面白くないではないですか」

 

本気にならず相手取れる武ではないでしょうに。

苦笑をこぼす華祐。

だがその表情は非常に好戦的な、物騒なものへと変わっている。

対する孫堅もまた、そうでなくてはな、とばかりの表情を浮かべていた。

 

「本気でやっていただかねば、困ります」

「本気を出しちゃ拙いんじゃなかったのかい?」

「一応いっておかなければいけない、体面というものですよ」

 

華祐はそういいながら、手にした戦斧を派手に振ってみせる。

斬り裂くのではなく、空気ごと薙ぎ払うかのような轟音を上げて周囲を震わせた。

修練用とはいえ片手で扱うようなものではない得物は、華祐の胆力のままに振るわれ。振り抜かれたそれは意のままに動きを止める。

ただ一振り。

それだけで、自身の持つ武の威を表してみせる

 

「なるほど。ちょいと捻ってやろうというつもりじゃ、こっちが怪我しちまうね」

 

愉快そうに、孫堅も手にした剣を弄ぶかのごとく振り回す。

振り回すとはいうものの、その動きはまるで演舞のようでもあり、変幻自在そのものだ。

円を描きながら走る剣筋は鋭く速い。右手で一閃、振り切ったかと思えば次の一閃は左手から繰り出される。

遠目からならばその剣の流れを見て取れるかもしれない。だが目の前に対峙した状態となると、死角どころか、見えていても想像の埒外から剣戟が降りかかってくるように見えるだろう。

速さと上手さに裏打ちされたそれらは、何気ない無造作な所作から繰り出され、立ち会う人間に先を読ませることを難しくさせている。

 

例え修練用の得物であろうと、ひとつ間違えば只では済まない。

実際に対峙してみて、華祐はその思いを新たにする。

 

そして孫堅もまた、同じ思いを感じていた。

手にした得物ゆえに、力のみに目が行きそうではある。

それだけではない。当たればそれこそ只では済まないだろう一撃を、意のままに操ってみせる上手さが華祐にはある。あると見て取った。

 

互いの実力の程を読み、それを理解して同様に高揚する。

ふたり共に、武を振るうひとりの人間として、目の前に立つ者と対峙できることに喜びを感じていた。

 

「さてと。それじゃあ行くかい」

「では」

 

華祐が手にするのは、模擬戦用の戦斧。片や孫堅が手にするものもまた、模擬戦用の長剣。それぞれが愛用する武器と同じ形を成したもの。

手に馴染ませるように、互いに幾ばくが武器を握り直し。構え、相対する。

 

地を踏む音がふたつ鳴り、周囲から音が引いて行く。

 

合図はない。

視線が交わると同時に。

ふたりは相手へと向け跳びかかった。

 

 

 

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やはり、速さでは孫堅。

華祐が間合いを捉えたとき、孫堅は既に剣を振り被っている。

振るわんとした戦斧をすぐさま防御に回し、華祐は辛うじて一撃目を防いでみせた。

 

だがそれは始まりでしかない。

挙動のひとつひとつが速い。華祐に立て直す暇を与えないまま、孫堅の剣戟は数を重ねていく。

華祐の戦斧が一振りなされる間に、孫堅の剣ならば三合は振るわれる。

速いだけではない。勢いもあり、なによりも変化が激しい。

上から下から、右から左から。

方向角度あらゆるところから斬り込んで来る剣に、華祐の意識は方々に散らされる。構えを崩される。

 

足を止めて受け続けるのは愚。

剣戟を受け、身をかわしながら、華祐もまた足の運びを速める。自分の得意な間合いへと距離を取ろうとする。

 

しかしそれ以上に孫堅が速い。

華祐がどれだけ足を速めようと、すぐさま孫堅に具合の良い間合いへと詰め寄られる。

 

武を交わす、とはいうものの。実際には一方的なものになっていった。

孫堅の振るった剣は瞬く間に五十を数えるまでになり。

対して華祐から手を出した数は両手で数える程度である。

だが華祐は、すべて受けきる。

なにも出来ずにナマス斬りにされかねない孫堅の剣戟を凌ぎながら、数は少なくとも攻撃を返している。

それだけでも彼女の武才の高さはうかがい知ることが出来るだろう。

 

目の前の立会いを、自分の姿に置き換える。董卓軍の将兵は常にそれを意識させられている。

凝視する将兵たちの頭の中では、孫堅と相対した自分が幾度となく切り刻まれていた。

呂布や張遼の速さに目の慣れている董卓軍の将兵らが見ても、孫堅の剣筋はとてつもなく速い。

想像の中で立ち合うたびに、彼ら彼女らはその速さに翻弄され、自身を血まみれにさせていた。

 

 

 

傍から孫堅を見ると、その速さに強く目を惹かれる。

だが彼女の攻撃は、速いだけでなく、重い。

ただ力任せに振り回しているわけではない。

腕の振り、腰の捻り、足の運びといったあらゆるものが、剣の一振り一振りに込められている。

それらの要素すべてが凝縮され、剣筋に乗る。

このことで、孫堅の細い外見からは想像できないほどの一撃が生み出されている。

華祐とて、受けてばかりでは力尽きてしまうことは想像に難くない。

 

「さすがに、このままでは後手後手だな」

 

受けるだけでも難しい剣戟。それが絶え間なく襲い掛かって来る。

ひとつ受けたとしても、反撃に移るよりも前に次の剣戟が向かってくるのだ。

攻められ続ける限り、反撃する糸口を掴むことが出来ない。

ならば大きく下がり逃げるか。

それも愚策だろう。速さで勝る相手に対して、更に大きな隙を与えることになるのは目に見えていた。

ならばどうするか。

 

 

 

華祐の動きが変わる。

ひたすら受け続けてきた剣戟を、いなし、流した。

 

孫堅の剣筋が乱れる。

生まれたわずかな隙。

華祐にはそれで十分だった。

 

声にならない気合と共に、華祐の戦斧が振るわれる。

轟音。

孫堅が綴る剣戟の隙間を強引に引き裂く。

 

「くぁっ」

 

楽しげだった孫堅の笑みにヒビが入った。

速さには劣っても、力では勝る華祐。

振るわれた戦斧をさすがの孫堅も受けきれず、勢いに身体ごと流される。

さらに広げられた隙。

孫堅がそれを立て直すよりも速く、華祐は次の一撃を振るう。

 

「行くぞ孫堅殿」

 

これまでよりも深く踏み込み、華祐は己の武器を振るう。

すべてを叩き潰さんと呻りを上げる戦斧。

孫堅はその一撃を受け。だが受けきることは出来ず、無理矢理弾くことで難を逃れた。

 

 

 

華祐の手数が増える。

剣戟を受け止めるだけではなく、受け流しも織り交ぜることによって、孫堅の動きを誘導し限定させる。

体捌きと力の強弱、ただそれだけで相手を自分の間合いに誘い出す。

 

孫堅もそれが出来ないわけではない。

流される勢いを逆手に取ることも、出来ないわけではない。

だがそれ以上に、華祐のいなし方が巧みだった。

刃先、斧頭、柄、石突と、戦斧のあらゆる箇所を用いて受け、流し、いなしてみせる。

ただでさえ重い戦斧でそれをこなすこともそうだが、相手は"江東の虎"、孫堅である。

あの速く重い剣戟を、どうやればあれだけ捌くことが出来るのか。

見ている将兵には、想像ですらそれに追いつけていなかった。

 

 

 

華祐の攻撃に流れが生まれていた。

 

捉えどころのない孫堅の剣戟。ならば捉えず流してしまい、自分の間合いに引きずり込めばいい。

手を出すたびにいなしてみせ隙を作り。

一方で、力づくで受け止めて押し返し自らの距離を作る。

相手が組み合うことを嫌えば、それこそ自ら寄って勢いのままに得物を振るう。

 

華祐はひたすら自分に都合の良い舞台を作ろうとする。

相手の得意な場所に立つ必要はない。そこが動き難いのであれば、相手の立つ舞台そのものを強引に作り直す。

自分の方に、相手を合わせてやるのだ。

 

だが言葉やその傍目ほど、簡単にこなしているわけではない。

未熟な相手であればその労は少ない。だが才に秀でた者であれば、大なり小なり同じことをしてくる。

いわゆる、駆け引きというものだ。

 

華祐は基本的に力押しを好む。

戦斧で剣戟をいなすなど明らかに高度な技巧を見せているのも、彼女にとってはしょせん"従"でしかない。

技巧を凝らし、自分の好む場を形作るために駆け引きを巡らす。

整ったところで、力任せにすべてを叩き潰し薙ぎ払うのだ。

 

単純な力強さだけでは足りない。

更に加味されるなにかが必要だと考え、華祐は器用さを求めた。

その結果、今の彼女のような戦い方を修めるに至る。

 

戦い方の再構築。それを試行錯誤する切っ掛けもまた、孫堅だった。

歯牙にもかけられなかったとはいえ、かつて相対した際に感じられた、力以上のもの。

単純な力であれば、かつての"華雄"であっても、孫堅に負けることはなかったろう。

かなり後になり思い返せば、孫堅の振るう武には、押し返しきれない力が込められていた。

力で振るわれるだけの武ではない、そこに加味されたもの。それが、更なる重さとして伝わってくる。

 

それがなんなのか、当時の"華雄"は分からなかった。

だが今の彼女なら、華祐ならば分かる気がする。

いうなれば、それは "自信"ではないだろうか。

己の振るう武が打ち立て積み重ねてきたものに対する信頼が、ひとつひとつの所作から迷いを消していく。

余計なものが削ぎ落とされ、同じだけの"武の程"が身に付いていき。

動きの軽やかさと鋭さ、一撃の重さが増していく。

 

武を振るう自分のすべてから、不純なものが減っていき、その純度が上がっていくのだ。

 

少なくとも、華祐はそう考えた。

だが今の華祐とて、積み重ねてきたものに対する自信は相当なものだ。負ける気はない。

そう。負ける気はない。

 

一見追い詰められているように見える孫堅が、本当に楽しそうな笑みを浮かべている。

純粋に、今、互いに武をぶつけ合うことを楽しんでいるからだろう。

 

きっと、自分も同じような顔をしているに違いない。

 

そんな思いの通り、華祐は、心から楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

 

 

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互いに得物を交えた数が三桁を越す。

だが華祐が戦い方を変えてからこちら、孫堅の剣のほとんどが思う様に届かなくなる。

手を変え品を変え、あれこれと向き合い方を試してみるもことごとく、流され、いなされ、受けきられ、自分なりの動きを取ることが出来ないでいた。

それでも孫堅は、華祐の反撃をすべて凌ぎきっている。

危ないところも多々あるにはあったが、致命打はひとつも受けずにいるのだ。ふたつ名を得るほどの武は伊達ではない。

 

幾度目か分からない、流された孫堅の剣戟。

勢いに乗せて、そのまま反転してみせ再び剣を振るう。

戦斧の柄にそれは阻まれたが、華祐の出だしを潰すことになり。

その刹那に後方へと二度飛び退る。

一度ならばまだ華祐の間合いだったが、二度飛ばれたことでその外へと外れてしまう。

 

「結構本気でやってるつもりなんだけどね。ここまで凌がれるとは驚きだ」

「そういっていただけるとは光栄だ、孫堅殿」

 

相変わらずの笑み。楽しそうな表情とその声音が、華祐の戦いぶりを賞賛している。

彼女の言葉は心からの本音だった。

 

それに対して返す華祐の言葉も、心から出たものだった。

かつて歯牙にもかけられず翻弄されていた自分が、正面から得物を交わしそれなり以上に立ち会うことが出来ている。

格別の思いがある。

嬉しくないわけがない。

 

だが、満足出来ているわけではない。

欲が沸く。

勝ちたい。

武の道を進まんとする矜持が、勝利という結果を欲する。

 

勝てるかどうかではない。

勝ってみせる。

 

胸を借りるつもりだった気持ちが、より勝ちを求めるものへと変わっていく。

胸中の思いそのままに、強く戦斧を握り締めた。

表情が引き締まる華祐。

 

 

 

反して、孫堅は未だ笑顔のままだった。

 

 

「もう少し、本気を出すことにしようか」

 

いうや否や。孫堅が、華祐に肉薄する。

正に、瞬く間。

その姿を辛うじて捉えた華祐は反射的に構えを改め、これまた辛うじて孫堅の一撃を防いでみせる。

刃と刃が弾け合う音が鳴る。

その音はこれまで以上に鋭く響いた。

 

「どれだけいなせるかな」

 

華祐がその言葉に応える暇もなく、二撃目三撃目が彼女を襲う。

 

孫堅は、さらに速度を上げてみせる。

例えるなら、一般兵の速さが一、華祐が二。先ほどまでの孫堅が三なら、今の速さは五にまで届く。

途切れない金属音。得物同士がぶつかり合い、最初の音が引く前に次の音が立つ。

 

「く、はっ」

 

華祐は追い込まれていく。勝ってみせるという光明が吹き消えそうになるほどに。

元より余裕などなかったが、熱くなりながらも落ち着いて対処し、反撃を返すことは出来ていた。

だが今はそれさえ覚束ない。

速すぎる。重すぎる。振るわれる剣戟に曝されないよう防ぐだけで精一杯だった。

 

そう。それでも、華祐はなんとか防ぐことは出来ていた。

孫堅の表情が、その様を見て幾ばくか引き締まる。

 

「っつ」

 

振るわれる剣筋が更に変わる。明らかに、華祐の表情が必死なものになる。

ほんのわずかな、ずらし、溜め、強弱の変化。

速さの乗った剣戟に、虚が混ざり出す。

 

外から立ち合いを見る将兵たちには、なにが起きたか分からない。

だが、華祐が明らかに余裕をなくしたことは見て取ることが出来た。

 

目で見るだけでは追いつけないほどの攻撃。そしてそれらに対応することが出来る華祐。

さすがにいなすまではいかないが、なんとか防ぐことは出来ていた。

だが、そこが却って仇となる。

速さに対応出来るがために、ちょっとした牽制の動きにまで反応 "出来てしまう"。

力の及ばない将兵であれば、その牽制に気付くことさえないはず。

気付いてしまうがために、無意識に身体が反応を見せる。

その反応が、隙になる。

虚の動きであるならば、その後に来るのは実。

刹那ともいえるわずかな隙間に、孫堅は自らの刃を捻じ込んでくる。

 

重ねられる、目に捉えることさえ困難な剣戟。そのひとつひとつに虚実が混ざる。

ひとつとして判断を誤れば、得物を取られ切り刻まれるだろうひと振り。それが、十、二十、三十と続く。

反響するかのように鳴り響く、得物が噛み合う音。

絶え間ない衝撃音に晒されながら、華祐はひたすら、孫堅の剣を受けることに集中する。

もはや焦りなどというものではない。ただただ必死に、堪える。

 

 

 

突如、孫堅が更に深く踏み込んで来る。

刹那、思考よりも先に身体が動いた。

 

華祐にとっては、武器の振るい難い至近距離。

確かに戦斧という武器は、懐に入り込まれると十分な威力を発揮できなくなる。

だが華祐とてそれに対処する術を得ていないわけではない。

不安の残る部分だからこそ、受け方捌き方をその身に叩き込んでいる。

相手の動きは速い。だからこそ華祐の身体は反射的な動きをする。

孫堅の剣戟を受けるべく動く。動くのだが。

戦斧を振るい難い距離であることに変わりはない。

 

次の動きに繋がるまでの刹那。これが長くなればなるほど大きな隙となる。

肉薄する孫堅。迎え撃つ華祐。

集中し過ぎたことで意識が若干朧ろ気になり、挙動が遅くなった。その時点で、華祐に刹那ひとつ不利。

次いで手にした得物の振るい難さをもって、刹那ふたつ。

振るった剣が、華祐の身ではなく戦斧の出先を潰し。生まれた反動がそのまま孫堅の次手に繋がった。刹那みっつ。

触れ合う程に近づいた場所で、剣を振うべく身を捻った孫堅。その勢いに合わせ、振り乱された長い黒髪が踊り。

刹那、華祐の視界を奪って見せた。

 

重ねられた刹那の差。わずかというには余りにわずかな隙が生み出され。

孫堅は姿を消す。

視界を取り戻した先にない相手の姿。何処に、と意識を広げたことがまた、新たな隙を生む。

 

既に死角にもぐりこんでいた孫堅が、そこから華祐の背後を取ることは容易く。

気がつけば。

華祐の背後に立った孫堅は、その剣先を首筋に突きつけていた。

 

 

 

最後は、時間にしてみれば指折る程度の短い攻防。

だがその密度は、この仕合の中で最も濃かったといえる。

 

「……張遼、見えたか?」

「……見えたことは見えた。けどな、どうしてあぁなったかがよく分からん」

「……恋の戟なら、こうして返して……」

 

華雄、張遼、呂布。

それぞれが、ふたりの攻防を噛み砕き租借しようとする。

 

自分ならどうするか。

華雄は、華祐に自身を重ね。

張遼は、孫堅に自身を重ねる。

呂布は、華祐と孫堅両方に自身を重ねていた。

 

それぞれがそれぞれに、目指す形を頭に描きながら。己を高めんと試行錯誤する。

してはいるのだが。

まずは一戦願わねば話にならん、と。

あれだけの立ち合いを目の当たりにしながら、むしろ気持ちはより高まっている三人だった。

 

 

 

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「思いつきでやってみたけれど、案外うまくいくものね」

 

笑顔を取り戻し、突きつけた剣を収めながら。孫堅はさも大したことのないようにいう。

 

「それだけ見事な髪、こんなところで切られてしまうのはもったいないのでは?」

「あら、貴女を相手に勝ちが拾えるならさほど惜しいとは思わないけど?」

 

二度も使える手じゃないし、まぁ切られなかったからいいじゃない。

孫堅は愉快そうに、皮肉にも似た華祐の言葉を笑い飛ばした。

 

褐色の肌に映える、長い黒髪。同性の華祐でさえ、落としてしまうには惜しく感じる。少なくとも、平時の修練中にそんなことになるのはもったいないと。

そう、この立ち合いはあくまで修練だった。

どれだけ本気になっていたとしても、華祐の中でその意識はどこかに残っていた。

彼女の視界を覆った孫堅の黒髪。強引に掃うのが遅れた理由は、そのせいかもしれない。

武人として生きると息巻いてみても、華祐とて女性なのだ。髪に手をかけるのはやはり躊躇われる。

 

そこを突かれたのかは分からない。偶然だといってしまえばそれまでだ。

相手の髪が自分の視界を奪うなど、そもそも誰も想像だにすまい。

 

結果として、失った視界に対して対処の遅れた華祐は敗れた。

だがそこ以外では、決して引けを取らなかったと思う。

 

「この髪、お気に入りなのよ。相手に手を触れさせずに勝つって、素敵でしょう?」

「次は、躊躇わずに斬ってみせます」

 

髪の長さが、すなわち勝ち続けている証なのだ、といわんばかりに。

孫堅は見せ付けるように自らの髪を梳いてみせる。

 

「次に私と仕合うときは括っておく方がよろしいかと」

「そうね、考えておくわ」

 

髪の長さが、そのまま己の武への自信となる。

 

考えてみれば、武器を持った相手と立ち会おうというなら長い髪など邪魔でしかない。

戦場というものはほんの少しのなにかで命の有無が左右される。髪に武器を取られる、敵に髪を引かれるなど、不利になる場面は簡単に想像できるだろう。

 

それを分かっていてもなお、髪を伸ばし続ける。

孫堅にとってその長い黒髪は、敵に手を触れさせないという矜持の現われなのだ。

髪を流れるに任せていても、なんら遅れを取ることはない。

そんな想いが、彼女の髪にはかけられている。

髪の長さは、そのまま孫堅の戦歴でもあった。

 

 

 

敗北を知り、弱さを知り、不足を知り、至らなさを知り、小ささを知り。

経験を積み、精進を重ね、思考を巡らせ、想いを募らせ。

自身の中に積み重ねられた武の程に手応えを感じながらも、まだ届かなかった。

 

それでも、一端に手を触れた感触はあった。

華祐は、戦斧を握る手に力を込める。

 

まだ、足りない。

 

その実感を新たにして、この日の負けを受け入れる。

華祐は負けた。

だがいずれ、その黒髪貰い受ける。

 

彼女の表情は、負けた者のそれにしては力強さを湛えていた。

 

 

 

 

 

「私も髪を伸ばしてみるか……」

 

髪の長さは重ねた武の証、という考え方。

華祐の小さい呟きは、誰に聞こえることなく流れた。

 

 

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・あとがき

華祐さん、渾名ゲット。

 

槇村です。御機嫌如何。

 

 

 

 

今回はタイマンオンリーでお送りしました。

 

それにしても、一対一の仕合で一万文字いくとは思いませんでした。

書き方がくどいだけあるな。

 

でもどうなんだろう。こんな書き方でもいいんだろうか。

読み手の皆さんに、くどくて読み辛いんだよ、とか思われていないだろうか。

真面目に聞いてみたい。

でも槇村的には、「ガキィン」「ビュン」「ガガガガ」みたいな擬音を並べるのが好きではないので。

どうしても地の文が多くなる。

なんとか表現しようとしているのですが、出来ているだろうか。

 

 

 

書きながら、孫堅さん強すぎじゃね? と、正直思ったりもしました。

でも頭の中で、そんな動きをしてくれたものだから。私は文字でそれをなぞっただけです。

 

一応、一巡組を含めた強さランキングみたいなものは、槇村の中で作ってあります。

強さのインフラは起こさないように気をつけてはいますが、読み手にどう映っているかまではちょっと分からん。

 

戦闘シーンを、もっと気持ちよく書きたいです。

殺陣とか格闘とか、魔法とかでもいい、戦闘場面の描写がうまく出来ている小説をご存知の方、教えてもらえませんか?

 

説明
華祐vs孫堅。勝負。

槇村です。御機嫌如何。



これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。
『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーしたお話。
簡単にいうと、愛紗・雛里・恋・華雄の四人が外史に跳ばされてさぁ大変、というストーリー。
ちなみに作中の彼女たちは偽名を使って世を忍んでいます。漢字の間違いじゃないのでよろしく。(七話参照のこと)

感想・ご意見及びご批評などありましたら大歓迎。ばしばし書き込んでいただけると槇村が喜びます。
少しでも楽しんでいただければコレ幸い。
また「Arcadia」「小説家になろう」にも同内容のものを投稿しております。

それではどうぞ。
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コメント
自分も疑問に感じたのがまず髪でした。もしや祖父母からの隔世遺伝or父親がピンク・・・?(O-kawa)
黒乃真白さま>そういっていただけると嬉しいです。これ以降も、こんな感じで進めようと思います。うむ。(makimura)
たすくさま>あれですよ、兄弟姉妹がひとりだと黒髪で、三人だと桃色、四人だと紫とか、そんな設定なんじゃね?(無茶苦茶だ)(makimura)
青眼の白犬(ブルーアイズホワイトドッグ)さま>そ、そうなんですよじ実わわ。(明後日の方を向きつつ噛みながら)(makimura)
氷屋さま>試しに擬音アリのテキストも書いてみたんですが。うん、駄目。あれは駄目だ。私には合わないことを痛感しました。(makimura)
ネムラズさま>戦闘シーンが思ったより好評でなにより。よかったよかった。 そして孫堅さん、次話にて呂布さんにも勝っています。超強ぇー。(makimura)
sakamakiさま>槇村の中で、親父さんの設定がかなり出来上がっております。呉陣営の設定を考えていて、むっちゃ楽しかった。(makimura)
よーぜふさま>ふふ、下手に惚れると怪我するわよ?(語弊でもなんでもない)(makimura)
シグシグさま>本当にねぇ、孫堅さん超強ぇー。 雪蓮さんらの母親、っていうのを忘れそうになったのは秘密です。(makimura)
dorieさま>そういっていただけると嬉しいです。よし、このノリで行くぜ。(makimura)
PONさま>正直、その部分をここまで突っ込まれるとは思っていませんでした(笑)(makimura)
アロンアルファさま>槇村の持つイメージとして、孫堅さんは「強さ」 「旨さ」 「勘」を持っていて、華祐さんは「強さ」 「旨さ」、呂布さんは「強さ」 「勘」、みたいな違いがあります。トータルの強み、とでもいうのだろうか。(makimura)
槇村です。御機嫌如何。書き込みありがとうございます。(makimura)
自分も擬音は極力省きたくなる性分なので大変よろしいのではないかと存じます。(黒乃真白)
孫堅が黒髪・・・ ということは三姉妹の父親がピンク髪なのか…(たすく@蒼き新星)
え、娘三人ピンクなのに母親黒髪なの?(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
戦闘シーン読みいっちゃいました、確かに擬音控えたからか話にのめりこみやすかったです。(氷屋)
良い戦いでしたね……この感じだと呂布とも対等以上にやり合えそうな。そしてこういう戦闘描写は大好物です。(ネムラズ)
堅さんかっこいいなw、という事は旦那さんがピンク髪なのか?気になるよ、ところでお子さま達は今何をやってるんだろう? (sakamaki)
・・・堅殿・・・ほれてまうやろー!ww(よーぜふ)
今回はあついですね!!!堅ママ強い!呂布とでも孫堅が強いのかな?関雨や呂扶とはどうなんだろう?ってつい比べたくなりますね。やっぱりそれと、最後の方の孫堅と華祐との会話を読んでると、やっぱり雪蓮の母親だなぁって感じがしますね。(シグシグ)
戦闘シーン、よかったと思います。擬音を控えたのがよかったのではないかと。(dorie)
あれ孫堅はピンク髪じゃないんだwってのが一番印象に残った感想でしたw(PON)
呂布と引き分ける華祐に勝つってドンだけ強いねん孫堅さん!?(アロンアルファ)
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