ひまつぶし
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神のみぞ知るセカイ・ハクアSS

 

ひまつぶし

 

 

 

「こんにちは〜」

 

 今日も今日とて、挨拶もそこそこにハクアは桂木家のドアを開け、中に入った。まるで自分の住処ででもあるかのようにその動作は自然だ。これは桂馬やエルシィが暮らすこの家が喫茶店をやっていることももちろんあるが、それ以上に彼女が足繁く通っていることの証左でもあった。

 だが、今日はそんな彼女に応える声はどこからも聞こえてこなかった。

 

「……なんだ、誰もいないんだ」

 

 ハクアは確認するように呟いた。

 開店前の店内には客はおろか店の主人である麻里の姿もなければ、最近ようやくウェイトレスらしくなってきた彼女の友人・エルシィの姿もなかった――――もちろん彼女があえて意識しないようにしているもう一人の姿も当然、ない。

 

(どうしよう?せっかく来たのにこのまま帰るのもバカみたいよね。店のドアに鍵がかかってなかったし、待ってれば誰か戻ってくるかも)

 

 他にいい考えも浮かばなかったハクアはとりあえず誰か来るのを待つことにした。

 することもなく、既に見慣れてしまった店の中をそれでも確認するように見てまわる。

 使い込まれたコーヒーミルもティーセットも百年前からそこに在ったような顔ですましている。

 窓辺に置かれた鉢植えは今日もあたたかな陽を浴びて鮮やかな緑色に輝いている。

 床の上やテーブルはピカピカに磨かれチリひとつない。

 全ては彼女の記憶どおり、何の異常もなかった。

 

(あーっ、もう、退屈!……早く誰か帰ってこないかしら)

 

 もともと大して広くもない店だ。しかも頻繁に訪れているハクアである。ものの五分とかからず巡回を終えてしまった。

 こうなるともう、他にすることがない。

 

(お茶でも淹れて……ってお店のものを勝手に使うのはいくらなんでもマズイわよね。掃除や食器の手入れは完璧にやってあるみたいだし、私が手伝ってあげられそうなことなんて見当たらないか)

 

 そうやって『すること』を探しては自分でダメ出しをして放り投げ――――そんなことをしているうちに、駆け魂隊のマニュアルでも読み返していようか、なんてことまで思いついてしまって軽い自己嫌悪に陥ってしまう。

 せっかく遊びに来たんだから息抜きは息抜きとしてはっきり区別をつけるべきだろうとも思う。

 こんなところでナナメ読みしたところで大して身につかないし、第一、マニュアルの中身なんてとうの昔に頭に入ってしまっている。

 なにもムキになって仕事を見つける必要なんてどこにもないのだ。

 暖かな日差しを浴びながらのんびりしていても何の問題もない。

 ただ座っているだけでも店番がわりにはなるし、麻里やエルシィには感謝さえされるかもしれない。

 問題なのは、なんとなくじっとしていられない彼女自身の方だ。

 待っていればそのうち現れるかもしれない、心の片隅にいつもそんな考え――――あるいは期待といってもいいかもしれない――――があって、ふと意識がそちらに向いてしまうと焦りともつかない何かに背中を押されるような気持ちになってしまう。

 そうなればゆっくり日向ぼっこなんてとてもしていられない。

 

(まったく、何やってんだろう、私…………)

 

 盛大にため息をつきながらハクアはそんなことを思った。

 

(こんなんじゃ昔みたいな調子なんて取り戻せないわよね)

 

 彼女の今の最優先はかつての優秀な自分を取り戻すことだ。他に重要なことなんてない。……そのはずだ。

 頭ではそう考えながらも、その背中を押される感じがハクアはキライではなかった。

 その時だった。

 陽の光を受けて何かがキラリと光った。

 さっきなおざりに見てまわった時には気づかなかったそれは、柔らかな雰囲気で統一された店の中で唯一、硬質の輝きを放っている。

 興味を引かれたハクアが近づいて確かめてみると、それは誰かが置き忘れたらしいゲーム機だった。

 

(これって確か桂木がよくやってるのよね。ぴーなんとかぴーとか言う……)

 

 桂木家でゲームをする人間は一人しかいない。とすれば、これは彼が肌身離さず持ち歩いているものだろうか。

 普通ならあの桂馬が忘れ物――――それも他ならぬゲーム機――――をするとは考えにくいし、店の客の物という可能性の方がよほど高いだろう。

 だが、ハクアはそれを見た瞬間、桂馬のものだと思った。理屈ではなく直感でそう決めつけた。

 そして――――

 

(ア、アイツのだったら私が触っても大丈夫よね。ちょうどヒマだったし、たまには桂木の趣味につきあってあげてもいいかな)

 

 心中で誰にともなく言い訳しながら白いマシンを手に取る。

 一見冷たそうなプラスチックの外装は日差しの温もりを含んでいた。

 そんなところもアイツらしい、そう思ったハクアはクスリと笑みを漏らした。

 

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 しばしの時が流れ――――

 

「おい」

「…………」

「おい、お前!」

「…………なによ?」

 

 何度も呼びかけられたハクアはようやく顔を上げて声の主の方を見た。

 

「なんだ桂木じゃない……今いいところなんだから後にしてよ」

 

 イライラした様子の桂馬を上目遣いにチラっと確認すると、すぐにまたゲーム画面の方に戻ってしまう。

 

「人のPFP勝手に使っておいてなんて言いぐさだ。いいからさっさと返せ」

「お前はいつもやってるんだし、ちょっとくらいいいじゃない」

 

 苛立ちを乗せた声で桂馬は当然の主張をしたものの、ハクアはまったく聞き入れるつもりもないようだ。

 もちろん、ハクアのそんな態度が桂馬には面白かろうはずがない――――周囲がどうあろうともゲームに熱中する彼女の姿は普段の彼に瓜二つなのだが、人は得てして自分自身のことにはなかなか気づかないものだ。

 なおも返せ、返せと騒ぎ立てる桂馬にハクアもしばらくは我慢してプレイを続けていたものの、ついには我慢の限界を超えてしまう。

 

「もう、うるさいな。静かにしてよね!」

 

 文句を言うのと同時にハクアの手が動いた。傍らに置いてあったトレードマークの鎌を掴むやいなや桂馬を一撃する。刃ではなく柄の部分だったとはいえ、ぶん殴られた勢いで桂馬は大きく吹き飛ばされた。

 邪魔者を黙らせたハクアは改めてプレイを再開しようとしたが――――

 

「あーーーっ……もう、お前のせいでやられちゃったじゃない。どうしてくれるのよ!」

 

 ゲーム画面では自キャラの女の子がお化けに捕まってへたり込むと共に『GAMEOVER』の文字が浮かんでいた。

 吹き飛ばされはしたものの素早く回復した桂馬は、ハクアの剣幕にも涼しい顔で

 

「フン、この程度の騒ぎでどうにかなるなんて……ボクなら何があろうとも続けられるぞ」

 

 そう返した。

 

「騒いでたのはお前じゃない!」

 

 当然ながら納得出来るわけもなく、ハクアは桂馬にさらに詰め寄る――――そして、それは桂馬の狙いでもあった。

 ハクアの注意が逸れた隙を狙った桂馬の手がPFPへ素早く伸びる。

 だが、その動きは寸前で気づかれ、手は空を切った。

 

「おっと!残念でした」

 

 苦り切った表情の彼とは対照的に、邪魔をされてご機嫌ナナメだったハクアは一矢報いてやったことで余裕を取り戻していた。今や彼女はわずかに微笑んでさえいる。

 それに気づかないまま彼女は言葉を続ける。

 

「それにしても思ったより面白いのね、これ」

 

 言われた桂馬は改めてPFPの液晶画面を確認した。見慣れた立ち絵とテキストの組み合わせではなく、女の子が迷路の中でモンスターから逃げまわるデモ画面が表示されていた。

 桂馬の頭脳がゲームに関する膨大な知識の中から瞬時に相応しいものを選び出す。

 

(こいつは……『放課後アドベンチャー』のミニゲームだな。ヒロインを操作してお化けに捕まらないようにしながら宝石を集めていくんだったか……ドットイート型がお気に入りとはな。ゲームの趣味までレトロなもんだ)

 

 そう思いながらも、桂馬は口に出しては

 

「そいつはよかったな」

 

 とだけ返した。正直に全部言って自分自身がどうこうされるのはもとより、大切なPFPに何かあっては困るのだ。

 彼にとってセーブデータは何物にも換えがたい。

 

「ね、ねえ……エルシィが帰ってくるまで私もヒマだし……他に人もいないし……しょうがないからお前とゲームしてあげてもいいわよ」

「だから、それはボクんだって言ってるだろ。それに……そもそもそのゲームは一人プレイ専用だ!」

「えっ、そうなの?」

「まったくそんなことも分からずにプレイしていたのか。だいたいだな、ミニゲームばっかりやってないで本編をやれ、本編を」

「べ、別にいいでしょ。遊び方は人それぞれじゃない……もういいわよ、一人で遊んでるから」

 

 そう言ってハクアはまたゲームをやり始めた。

 だが、先ほどとは違ってあまり集中出来ていないようだった。本人は隠しているつもりなのだろうが、目の端で桂馬の様子を窺っているのがまる分かりだ。

 そのくせ彼がハクアの方を気にする素振りを見せると途端に、いかにも『忙しいから話しかけないで』といった様子を装うのだ。

 桂馬は内心でひとつ、大きなため息をつく。

 

(ここはPFP奪還のためにもボクの方から折れてやるか)

 

 そう心に決めるとハクアに話を切り出した。

 

「おい、こっちのゲームなら協力プレイできるし、つきあってやるぞ」

 

 桂馬はそう言いながら懐からもう一台のPFPを取り出す。

 声をかけられてハクアは一瞬ドキッとさせられたものの、すぐに不機嫌そうな口調で返す。

 

「……さっき私が誘ってあげたのを断ったくせに、今になって何よ」

「仕方ないだろ、このゲームは協力プレイだと色々ボーナスがつくんだよ」

「ふぅん、そ、それじゃあ仕方ないわね……まあ私もヒマだし?つきあってあげてもいいわよ」

 

 ハクアのその答えに引っかかるものがないではなかったが、とりあえずOKが出たのを良しとすることにして、手早くゲームを起動させ協力プレイの準備を進めていく。

 淀みなくPFPを操作する桂馬――――だが、新しいキャラを登録する段になってその手は唐突に止まってしまった。

 キャラの登録枠をすべて使い切ってしまっていたのだ。新しいキャラを作るには誰か一人を消さなくてはならない。

 逡巡しているうちにふと桂馬が顔を上げると、なんだか落ち着かない様子のハクアがいた。

 彼の鋭い観察眼は目と目があう寸前で彼女が慌てて視線を逸らしたのを見逃してはいない。その瞳が期待からか普段よりも明るいラベンダー色だったことにも気がついていた――――気がついてしまった。

 

(ええい、クソッ。何だってそんなに楽しみにしてるんだよっ!)

 

 後で絶対後悔する。それは彼自身、よくわかっていた。

 ほどなくして準備を終えた桂馬はPFPをハクアに押しつけた。

 

「……いいか、エルシィが帰ってくるまでだからな!」

「と、当然でしょ!」

 

 やがて冷静な桂馬の指示とそれに言い返すハクアの声が静かだった店の中に響きだす。

 

 

 

 ――――エルシィ達が戻ってくるにはまだまだかかりそうだった。

 

説明
神のみでハクアメイン。タイトルどおりの内容です。出来映えの方もお察し。

4/21注記:問題しかなかったラストシーンを加筆・修正しました。

8/8注記:登録ユーザーが増えまくりでもはや制限の意味がなくなったので(元々意味のある制限ではないのですが)、誰でも見られるようにしときます。ついでにちょっとだけ本文を手直ししました。
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コメント
>ダブルフォルトさん ありがとうございます。これからも可愛いと言って頂けるようなものを書いていきたいものです。(さむ)
ハクアさんが可愛らしいです(ダブルフォルト)
タグ
神のみぞ知るセカイ 桂木桂馬 ハクア 

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