SEASON 9.新酔の季節(前半) |
新しい年までのカウントダウンが始まる。
この時期のテレビは特番ばかりでまったく面白くない。
さっさと寝てしまえばいいものを何故か見てしまう謎。
やることもないし消してしまったら部屋が静かになってしまうのが嫌なんだ。
もしかすると地球に優しくない日なんじゃないか。
そんなことを考えているとコマーシャルが流れ始めた。
調度いいと思いトイレにたつ。
用を済ませた帰りに廊下に置かれた箱の存在を思い出す。
クリスマスの日に届いていた宅配便。
当日は唯と出かけていたから実際に届いたのは次の日だった。
差出人は実の父親の名前。
面倒で今の今まで開けることなく中身が何かもわからない。
どうせ大層な物でもないだろうとうっちゃけていた。
部屋に戻ってやることもないと思い箱を持って部屋に戻った。
「さて、何が入ってるのかな?」
退屈な時間に新しい刺激が入ってくると箱を開けるだけでもこんなにも楽しくなるなんて相当暇を持て余していたんだ。
鼻で笑った後に妙に虚しさだけが襲ってくる。
何でもいいのに暇つぶししていれば良かったと後悔する。
今更時間は戻らないことは知っている。
「よって今からこの箱を豪快に開封する!」
テーブルの上に置いた箱を全力で指差し一気にテープを引き剥がし箱を開ける。
箱の中身を覗くと流石は自分の親だと納得してしまう。
箱の中に更に箱が入っている。
「親父、昔からよく無駄なこと好んでやってたな」
まだ家に両親がいたことを懐かしむと同時に自分の謎な無駄なことを思い出す。
血とはこうやって脈々と受け継がれていくんだと確信した。
天井を眺めながら物思いにふける。
「んなことはどうでもいい!親父のやることだからっ…やっぱり!」
両手で頭を抱えてしまう、箱の中には更に箱が入っていた。
何重にも入れられた箱をどんどんと開けていく。
初めからおかしいとは思っていた。
大きな箱にしては軽すぎるし、ましてや差出人が親父、何かあるとは思っていたけどここまで面倒なことになるとは思わなかった。
次から次へと出てくる箱はワンサイズだけ小さくなっていくだけで、いつになったら本命にぶち当たるのか見当がつかない。
もう正直面倒くさくて開けるのをやめたいがやっぱり何が送られてきたかは気になる。
「所詮このサイズの箱がもとならそろそろ終わりだな」
ここまできたんだと気を取り直してまた開け始める。
ようやく箱は送ってきたものが入っているだろうものに到達した。
部屋には大きい箱から小さい箱まで引越しするには困らないぐらい散らかった。
片付ける人間の立場に立って送ってもらいたいもんだ。
ひとまず余計な箱を部屋の隅追いやり最後の箱をテーブルの上に置く。
これが最後と開けるみるとまた箱が入っていた。
「なんだっこれは〜!」
頭にきて中に入っていた箱を掴み上げ壁に投げた。
がどこかで見たことがあるものが箱に印刷されているのが投げる瞬間に見え、慌てて箱に飛びつき思い切り壁に体を打ちつけたがなんとか箱が衝突する前にとることができた。
まじまじと箱を見ているとテレビでたまに見るものが描かれていることに気づく。
これまではそんなものはいらないとか、持っていてもしょうがないとか、教室で見る度にみんなに真っ先に言い続けていた。
が、本当はずっと欲しかった。
ずっとずっと欲しかった。
それが今この中に入っている。
ゆっくりと箱を開けると真新しい黒い携帯電話が入っていた。
喜びと戸惑いでどう扱っていいのかわからず箱の中から出せずに時間だけが過ぎていく。
更に黒だからなのか光沢があって触ることができない。
ならばと思いまずは説明書を取り出し読むことにした。
しかし説明書は分厚く字で紙が覆われていてまったくと言っていい程に読む気になれない。
適当に説明書を放り投げ
「俺は携帯電話に触れる!」
自分でも意味のわからない決意を口にする。
そっと、そっと携帯を箱から出す。
指紋が付かないように袖で手を隠して色々な角度から凝視する。
これが自分のものだと実感すると妙にテンションが上がってくる。
「絶対に綺麗に使ってやろう。このフィルムは絶対に剥がさない!」
学校でそのへんにどんと置く生徒の姿を思い出すとその神経が信じられない。
なんでこんなに大事な物を雑に扱えるんだろう。
部屋の電気に掲げて光を反射させている携帯を見ながら思った。
「人は人、俺は俺だよな」
そう、俺は大事に使えばいいんだと心に決め説明書を読み直そうと思い目を逸らした瞬間、指紋が付かないようにと掴んでた袖から滑りテーブル上に落ちた。
呆然とそれを見ていた俺は携帯を素手でベタベタさわり付いているフィルムをいっさいがっさい剥がした。
「ははっ、そんなもんだよな。えっ?泣いてないって、これは心の汗だよ」
この家にいる見えない誰かに慰められながら説明書を探すが、適当に放り投げてしまったのがダメだったのかなかなか見つからなかった。
部屋中をひっくり返して探すもなかなか見つからない。
そんな簡単に無くなる大きさじゃないのに見当たらないのはおかしいと思いながらも今度は散らかしたものを戻しながら探す。
だけど出てくる気配がまったくない。
一通り元に戻し頭を掻きながら部屋全体を見渡すがそれらしきものが無い。
ふぅと息を吐くと手紙の様なものを見つける。
拾い上げ読んでみる。
「慶、元気でやってるか?父さん達は相変わらずやっている。この前久しぶりに日本に帰ったらお前と同じ歳ぐらいの子達が携帯を持っているのを見て、お前も欲しがってるんじゃないかと思って買っておいた。父さんと母さんのアドレスと番号を書いとくからメールでもくれよ。追伸 説明書わからないからといって投げるなよ。無くすからな。それじゃアデュー!」
流石は自分の親だと思う。
俺の行動パターン、思考を完全に読み切っている。
でも、最後のアデューだけはいただけない。
それでも買ってくれたのは嬉しい。
お礼を言おうと書かれていた番号にかけることにしたが、海外にいるってことは時差があるし、その時差がどれくらいなのかもわからない。
もし寝ていたら迷惑だしメールでも入れておくかと思ったが使い方がわからない。
色々とボタンを連打してみるが画面が切り替わったりするだけだった。
やっとメールが作れそうな画面に到達し文を作ってみるがボタンを何回も押すのが面倒になってきた。
それでも送ってやらないといけないと思い必死に作る。
作り始めてから1時間が経ったくらいでやっと文章ができた。
だけどアドレスをどこにいれればいいのかわかず携帯を床に置いて凝視する。
「やっぱり説明書がないと無理だな」
そう思いまた説明書を探す。
ひっくり返しては元に戻してを延々と繰り返す。
普段どうでもいいものは必要な時にはまったく見つからない現象がたった今ここで起きている。
苛立ちと眠気が襲ってくる中聞きなれない電子音が聞こえてくる。
どこからだと辺りを見渡すと携帯からなっている。
うるさいなと手に持ち受話器が置いてあるような絵が描かれているボタンを連打、それでも止まない電子音、止んだと思ったら画面が真っ暗になった。
パチパチと瞬きをし現実に起きていることを確認する。
「確かメールを作って送り方がわからないから説明書を探していて携帯がなってボタンを連打したけど文章が消えて画面も真っ暗…わからん、寝よ」
携帯をたたんでテーブルに置きそのままベッドに入った。
真夏の良く晴れた日
俺は円と並んで歩いている。
大きなマンションに入っていきエントランスで部屋番号を押してチャイムを鳴らす。
何も声をかけられることなくオートロックのドアが開く。
広々とした綺麗な廊下を進みエレベータで上っていく。
目的の部屋に着くとチャイムを鳴らすことなくドアを開け中に入ってく。
部屋の主は寝起きらしくボーっとしながら出てくる。
「ぬっ」
円は手をシュッと上げおはようと言わずに口癖で挨拶をかわす。
そのまま問答無用で中に入っていく。
慣れていないせいか部屋の広さに俺と円は驚いた。
何度来ても独り暮らしの部屋の広さではないと思わされてしまう。
部屋の主を無視して勝手にテレビを点け棚に詰めに詰められたアニメをあれでもないこれでもないと円と相談しながら取り出し勝手に上映を始める。
部屋の主は慣れた様子で俺達の相手をせずに朝飯作り食べ始める。
白の主人公と赤の宿敵の間に緑のヒロインが入りヒロインが死んでしまうシーンで円ハンカチをくわえ涙を流す。
俺も涙ぐんでしまい必死に堪える。
アニメが終わり円は置いてあったギターを弾き始める。
「できるっぽいな」
俺達のためにコーヒーをいれてくれた部屋の主が円を褒める。
調子にのって弾きまくる円と指導する部屋の主を俺は微笑ましいと思いコーヒーを飲みながら様子を見ていた。
マンションを出ると次の家を目指す。
家に着くとそのまま目的の部屋に入っていく。
部屋の主は物音に気付いて起きたみたいで寝巻も乱れている。
「ぬっ」
さっきみたいに手を上げ挨拶を交わすが少し遠慮しているのかさっきよりは手が上がってない。
だけどその行動が良かったのか
「かあいい〜っ」
と円に抱きつく。
暫く抱きしめた後円を離しおはようと挨拶しながらハイタッチを交わす。
ハイタッチと言っても円だけがハイタッチになっている状態だけど。
一連の行動を見ていたマンションの主も両腕を広げて挨拶を交わすが
「あっ、おはよう」
肩からずれ落ちた寝巻の紐を直しながら挨拶されるだけだった。
着替えるのを待っている間いじけているマンションの主を慰める。
その様子を見て着替え終わったのか階段を口に手を当て笑いながら降りてきた。
外に出ると更に気持ちのいい暑くもなく過ごしやすい陽気になっていた。
4人で歩いているからか階段を上っていると後ろから
「ロールプレイングゲームみたい」
「ほらっ、前見て歩かないと危ないわよ」
と楽しいそうな声が聞こえてくる。
次の目的地のアパートの前まで来るとアパートの主の相方が冷たい目をして立っていた。
どうしたのかと思い急いで玄関に向かうとレスリングのユニフォームの様なものを来ているアパートの主がいた。
どうしたのかと相方の方に聞くと
チャイムを鳴らして待っていると
「うおぉぉぉぉ!おっまえら、おはよぉぉぉお!」
と両腕を広げて勢いよく出てきたらしい。
確かにそれを見た人は引いてしまうだろう。
っと目の前に完全に引いている相方を見ながら思った。
こいつとしては笑わせたかったのだろうが裏目に出た結果だった。
女の子同士でワイワイやっているなかレスラーでもないのにこの服を着ていた主を慰める。
レスラーを着替えさせようやく揃ったところで目的地に向かう。
そんな中俺は空を見上げながら楽しくも思っているが悲しくも思っていた。
「どうしたの?置いてかれちゃうわよ」
「待ってくれよ」
その声に俺はみんなの方を向き走っていく。
そんな夢を見た元旦の昼、初めて見たはずなのに前にも見たような気がする。
考えてもしょうがないと思いテレビを点けるが特番ばかりでちっとも面白くない。
どうしようかと考えながらテレビを見ているとチャイムが鳴った。
冷たい廊下を裸足でヒタヒタと歩き玄関に向かう。
思わずちびてっとか言いそうになるぐらい冷たい。
進むのが嫌になった廊下の真ん中、進むも戻るも同じ距離。
戻れば天国、進めばある意味で地獄。
さて、どうしたものかと壁にもたれながら考える。
暖かい部屋でぬくぬくしてれば足もだし体も冷えることはない。
このまま進めば外からの冷たい空気に体温を奪われてしまう。
ここは大人しく引き返そうとしたがいつもにはない3択目が出てきた。
さっさと出てさっさと戻ればいいんじゃないか。
思い立ったら即行動だと玄関の方に体を向けると唯が隣で壁にもたれていた。
「先程は待って頂き有難う御座います」
深々と頭を下げる。
「さっき?何の話?それよりもいるなら早く出てよね。外にいるの寒いんだから」
「悪い、寒いから部屋に戻るか出るか迷ってたんだ」
「ここで?寒いのにここで考えてたの?足冷たくない?」
「足?……ちびてっ!」
「出てすぐ戻ればいいじゃない。考えてる時間でできたんじゃない?」
「それ、最後に出てきたんだ。今からそうしようと思ったら唯が隣にいたし、そういえばどうやって入ってきたんだ?」
「どうやってって普通に玄関からよ。鍵かかってなかったし、開けたら慶がいたから入ってきちゃった」
「そうか、悪かったな。ここで話すのも寒いから部屋に行くか」
唯と部屋に向かう途中に自分の戸締りのしなさに危なっかしさを感じた。
戻った部屋の暖かさはまさに天国。
なんであんなところで立ち止まってしまったんだろう。
「ちょっと、立ち止まんないでよ。廊下じゃ寒いじゃない」
部屋の入り口で暖かさに感動して立ち止まっていた俺の背中を唯が押す。
「悪い、あっ、ちょっと待っててくれ」
急いでテーブルの上に置かれた携帯を隠す。
携帯を持っていない唯に後から自慢げに見せびらかしてやりたいとそれはそれは強く思ったからだ。
「んっ?どうしたの、そんなに慌てて?見られたらまずいものでも置いてたのかしら?」
口に手を当ていたずらに笑う唯を見てこの後笑うのは俺の方だと思わずにやけてしまう。
そんな俺を見た唯はすぐに変なものを見る目に変わったのは言うまでもない。
俺から離れ壁際を歩きストーブの近くに唯は座った。
あからさまに距離を置かなくてもいいじゃないか。
テーブルの近くに腰を下ろすと唯は正面に座りなおした。
「明けましておめでとう。今年も宜しくね」
深々と頭を下げる唯につられて俺も何も言わずに頭を下げてしまった。
思い返せばニュースとかで冒頭の挨拶で頭を下げられると何故か頭を下げてしまう癖がある。
あれは一体何故なんだろうか?
そんなことは置いとくか。
「こちらこそ宜しく。今年も楽しくなるといいな」
「そうね、去年以上に楽しくしたいわね。そうだ!じゃあまず初詣に行かない?きっと楽しいわよ」
「まずって言うよりそのために来たんだろ?わざわざ元旦なのに」
「元旦だからじゃない。一年の計は元旦からって言うでしょ?」
「意味は知らないけど聞いたことはあるな。唯もわざわざ来てくれたし行くとするか。それじゃ着替えるから外で待っててくれよ」
「寒いから早くしてね。新年早々風邪なんかひきたくないんだから」
「わかってるよ。えっとどの服着ていくかな」
面倒でちゃんとしまわなかった部屋に散らかった服の中から探している間に唯は外に出ていった。
それを確認し隠した携帯を取り出す。
いつ自慢してやろうかと楽しみになってくる。
着替え終わった俺は外に出ると唯は空を見つめてぼ〜っとしていた。
「待たせて悪いな。空に何かあるのか?」
「ううん、何もないけど。ただ空気が澄んでるからかな、いつもより綺麗に見えてね」
緒に空を見てみるが俺にはいつもと変わらないようにしか見えない。
「そんなにしかめっ面になるまで見たって見えないものは見えないわよ」
「そうだよな、そういう感覚ってすぐ感じるもんだしな」
「頭で考えるより心に真っ直ぐに入ってくる感じするよね。それってきっと自分の本当の気持ちなんだと思うわ」
「本当の気持ちか…自分の気持ちってわからないけど、こういうのは信じられるもんな」
「慶のわからない気持ちって何?どんなことなの?」
改めて自分でもわからない気持ちがなんなのか。
「悪い、それがわからない」
「だと思ったわ。あっ、そろそろ行かない?立ち話してるだけだと寒いし」
「腹も減ったし熱いものでも食べて温まろうぜ」
ようやく歩を進めた足は初詣じゃなく飯のために動き始めた。
神社につくと大量の人の群れに出迎えられ境内まで進む気が薄れていく。
1人で来ているなら隙間をすり抜けて境内までさっさと行けるけど、流石に唯を連れて行くには十分な隙間もないし何より唯がついてこれないだろう。
「唯、屋台で何か食べて時間潰してもう少し人がひいてから境内に行かないか?」
隣にいる唯に問いかけるが返答が返ってこない。
ただの屍なのかと隣を見てるといるはずの唯がいない。
逆を見てしまったのかと視線を変えるとそっちにもいない。
ダンサーのように群衆の中で一回転して見るが唯が見当たらない。
逆回転もしてみるがどこにも見当たらない。
「つまりは…唯は迷子になった訳か。いい歳して迷子になるなんて唯もまだまだだな」
ふっと鼻で笑うと唯に何かを言われたのを思い出す。
神社について早々に唯の地元の友達に出会って立ち話が始める。
類は友をよぶって言葉が似合うくらい綺麗な子や可愛い子が勢揃い。
キャッキャ盛り上がる輪に交ることもできず、輪から離れて様子を窺っていると唯がこっちに向かってきて
「ごめん、もう少し待ってて、すぐ終わるから」
手を合わせて申し訳なさそうにお願いしてきた。
それに付け加えて
「人多いからここで待っててね。ふらっとどこか行っちゃだめよ」
と子供扱いするような注意を受けた。
退屈というものは時間が経つのが遅く感じるもので、唯達の井戸端会議がもう1時間は続いているんじゃないかと錯覚してしまう。
手持無沙汰な俺は何か退屈を凌げることはないかと辺りを見渡すが胸を打つぐらいの衝撃はない。
当分唯達の話は終わらないと思い散策を開始する。
歩いていれば何か見つかるかも知れないし動いている分退屈することもない。
すぐに戻るつもりで歩き始めたのはいいが何もなさすぎでずっと歩き回っていた。
その間に俺の隣には唯がいて一緒に歩いているつもりになっていたんだ。
つまりは迷子は自分で唯の心配していたことが実際に起きてしまったんだ。
まだまだなのは俺か。
きっと今頃俺がいなくなったことに気付いて心配しているだろうな、そう思い群衆の中から抜け出し屋台の後ろの道を駆け下りる。
横に並ぶ人の群れの中に唯はいないか通り抜けながら見るが流石に見つけるのは難しい。
下に行く程人は少なくなっていくがその中にも唯の姿は見つからない。
結局1番下まで降り切ってしまった。
そこにも唯が見当たらないことを確認しどうしようかと思っていると
「あれっ?唯の彼氏じゃん!」
唯の友達が近づいてきた。
「唯に会わなかったの?彼氏いなくなったのに気付いて大慌てで探しに行ったよ」
「唯にそこまで心配されるなんて憎いね〜、彼氏〜」
脇腹を肘で小突かれる。
「私が唯の彼氏だったら心配させることはしないけどな。っていうか私と代われ!」
この人はLの世界の方なのか。
「いや、その前に俺は彼氏じゃ…」
「そういう訳だから早く見つけ出してあげなよ、彼氏!」
ポンッと肩を叩かれそれだけ言い残すと手を振りながら去って行った。
彼氏だと勘違いされたまま俺は彼女達を見送るはめになった。
去って行く背中を見ながらちゃんと否定した方がいいかと思ったが心配している唯を見つける方が優先だと思い再び境内への道を上り始めた。
それに俺が否定するより唯が否定した方が効果が高いだろうし。
進めば進む程人の量が増えてくる。
この中から唯を探すにはいい方法はないのか模索する。
自由に移動できない分探せる幅が狭くなる。
どうしたものかと先頭を見るとさらに密集した人の群れが立ちつくしている。
このまま上っても埒があかない。
回りの人には悪いと思いながらも脇に出て屋台の裏から頂上を目指すことにした。
狭い人と人の間をなんとか抜け出し屋台の裏から先の道を見るとしょんぼりと立ちつくしている唯を見つけることができた。
急いで唯のもとに駆け付けると
「もう、どこに行ってたの?ちゃんと待っててって言ったでしょ!」
まるで迷子になった子供を叱る口調だった。
事実、俺は勝手に歩き回って迷子になったお子様、反論する余地はまったくない。
「悪い、心配したよな。下で唯の友達にも怒られたよ」
頭を掻きながら苦笑い浮かべて謝ると
「本当に心配したんだから…あんまり心配かけないで…」
照れ臭そうに下を向いて手を両手でしっかりと握った。
「もう探すの嫌だからはぐれないようにしてね」
そのまま手を握られたまま下まで行って最後尾に並ぶ、こんなにもしっかりと握られていたらはぐれる方が難しい。
それだけ心配してくれたんだろう。
「ありがとうな」
「んっ?何が?」
「何でもない」
お互い照れ臭くなったのか目をあわすことなく手をつないだまま境内を目指す。
頂上まで連なる人の群れは俺達の行く手を阻む。
隙間の無い道は俺達の歩を止める。
押し寄せる人の波は俺達の間を切り裂こうとする。
「手を握られてなかったら、もうはぐれてただろうな」
「ここまですごいとは思わなかったわ。昔はこんなに混んでなかったのに今年は人が多いわね、どうしたのかしら?」
「今年限定の賽銭箱でもあったりしてな。中に入ってる金額が表示されてたりとかさ」
「面白いかもしれないわね。でも、自分が入れた金額がわかられちゃうのはちょっと嫌かも」
「見栄っ張りな奴は入れる金額、直前で変えるかも知れないから神主さんはウハウハもんだと思うけど」
「私だったら今年はこの神主さんはこれだけお賽銭もらえるんだってまるわかりで置きたくないわね」
「確かにそれは嫌かも。それにしても人が多いな。これだけ人がいればはぐれた奴もいるだろうな」
「慶みたいに?」
「そう!俺みたいにっ!ってあれははぐれたとは言えないだろ?」
「う〜ん、じゃあ今回ははぐれたことにはしないであげるわね」
「わかってくれて助かるよ。んっ?唯、あれって」
俺の目線の先には見たことのある女の子が1人で辺りを見渡しながら人混みに流されていた。
自分の意志とは関係のない方向に押し寄せる力にあがなおうとしても多勢の力は個の力を無と帰してしまう。
個の力が強大であれば、多勢の力をすり抜けられる力さえあれば…
なんだか社会の縮図を見ている気分だった。
でもそんな気分に浸ってる状況ではない。
あれが拓郎なら浸っていたのに。
唯の手を引いて人の激流の中を進んでいき女の子の救出に向かう。
「あっ、慶斗さんに唯さん、明けまして〜おめでとう〜御座います〜」
さっきまで相方がいなくて寂しそうな顔を見せていたのに。
自分の方へ向ってくる俺達に満面の笑顔を見せてくる。
「あけましておめでとう、里優」
「久しぶり、里優。竜祈はどうしたんだ?」
キョロキョロと辺りを見渡した後俺の手をじっと見始めた。
「どうしたんだ?何かついてるのか?」
「実は〜竜祈さんとはぐれてしまったんですよ〜。私達も慶斗さん達にみたいに手を繋ごうって言ったんですけど〜、竜祈さん恥ずかしがって繋いでくれなかったんです〜」
里優にそう言われて恥ずかしくなった俺達はどちらともなく手を離した。
「あはは〜、照れなくていいですよ〜。お二人が仲がいいのは知ってますから〜」
「照れてるわけじゃないわよ、ねっ、慶?」
「そっ、そうだよ里優。照れてるわけじゃないよ」
「あはは〜、お二人の気持ちはよくわかってますよ〜。そんなことより竜祈さんどこに行ったんでしょうね〜?」
「そんなことって重要なことだと思うぞ」
「わかってますよ〜慶斗さん」
里優は1度でもそうだと思うと人の話を聞かないところがある。
それを思い出し諦めて里優と一緒に竜祈を探すことにした。
しかし背の高い竜祈を見つけるのはいつもなら簡単だけど、これだけ人がいれば竜祈ぐらい背の高い人だってちらほらいるし何より密集していて遠くまでは見えない。
「ここで探していても仕方ないから上まで行って待ってる方がいいんじゃないか?」
「それもそうね。上なら登ってくるところ見れるでしょうし」
「そうですね〜、もしかしたら竜祈さんも下から見つけてくれるかもしれないですしね〜」
「今頃必死に探してるだろうからどんなに小さくても里優の姿はすぐにわかるだろ」
「竜祈さん、視力いいですしね〜」
「それじゃ行きましょ。ほら、はぐれないように手を繋いで」
唯は里優の手を握ると何故か俺と手を繋がせ、逆の手と自分の手を握らせ始めた。
予想もしていなかった事態に俺はぽかんとしてしまった。
「唯、これは一体?」
「新年早々両手に華なんて滅多にないわよ。嬉しいでしょ?」
「嬉しいとかじゃなくて」
「前に拓郎さんから逃げた時を思い出しますね〜」
そういえば前にこうやって手を繋ぎつつ拓郎から逃げるために校舎内を走り回ったことがあったな。
そう遠くない昔を思い出しながら人の波のテンポに合わせ階段を1歩1歩のぼっていく。
その間に俺の右側にいる唯の声は俺を通り越して里優に届き、里優の声はまた俺を通り越して唯に届き会話が進んでいく。
2人の間にいるはずの俺の存在がまったくないかのようにどんどんと進んでいく。
唯に両手に華と言われたもののこれじゃ糸電話の糸状態じゃないか。
だるんだるんに緩んだり切れる限界ぎりぎりまでぴんとなればよろしいんでしょうか?
声に合わせて全身を振動させてればいいんでしょうか?
いやいや俺を通してない時点で糸電話でもないか。
待てよ、もしかしたらここに俺がいなかったら実は会話が成立していないのかもしれない。
ってことはやっぱり俺は糸係であってるんじゃないか?
そんなことを考えているといつのまにか階段をのぼりきっていた。
このままお参りしていいのかと考えてしまう。
仮にお参りを完了させたとして竜祈を見つけてその事実を告げてしまったら
「そっか、もうお前らガンガン鐘鳴らしてきたのか。ふ〜ん、そっかそっか…」
と言いながらまた1人でふらふらとどっかに言ってしまってはぐれることになりかねないな。
かと言ってお参りせずにおみくじを引きながら待っていて合流したところでまたこの列の最後尾からここを目指したくない。
都合良く賽銭箱の前に着いた時に竜祈と合流できればいいんだけどな。
本当に都合よく現れてくれないものかと願ってしまう。
徐々に賽銭箱に近づくにつれてその願いは強くなっていく。
それと同時によくわからない殺気が近づいてくるのも感じている。
後ろから聞こえる押すなという声と割り込むなという声がどんどんと自分達に迫ってくるのが後ろを振り向かなくても手に取るようにわかる。
気付いているのは俺だけなのか唯と里優は話に夢中になっている。
もしかすると気のせいなのかとも思ってみたが感じていた殺気は完全に俺をロックオンした模様。
これを気のせいだとするとこの世で起きている全ての事象は気のせいだということになってしまう。
それぐらいにすぐそばまで発信源は迫っている。
振り返る勇気もなくただただ思い過ごしであることを願うが、その願いは叶わずずっしりと重い手が俺の肩を掴んだ。
全身にこれまでの人生で上位には入るだろう緊張を感じた。
「おいっ!俺の女と仲良く手を繋いで歩いてるのはどこのどいつよ?」
緊張が一瞬にして溶けていく。
殺気の込められた声の主が知っている都合のいい奴で良かった。
「神林の慶斗君だけど、後ろ姿で気付かないのはどこの誰?」
俺は振り返り腰に手を当て胸を張りおどけて返す。
「秋原の唯ちゃんだけど、その隣の女の子に気付いてないのはどこの何様?」
俺と同じ格好で唯もおどけて返す。
「二宮の里優ですけど〜、自分の彼女見失って〜彷徨っていたいのは〜どこの人なんですか〜?」
俺達につられてなのか里優までおどけて返していた。
「そいつはなんと、橋爪の竜祈ちゃんです、てへっ」
両方の人差し指を頬に当て笑いおどけながら返してくる竜祈。
「まったくと言って可愛くないな」
「可愛くないわね」
「可愛くないですね〜」
俺達は改めて賽銭箱へ体を向けそんな竜祈への酷評を洩らし合った。
再び歩みを進めた俺の肩を今度はがっちりと掴んでくる。
「すみませんでした!なんかすみませんでした!」
捨てられた子犬のような目で置いてかないでと必死に訴えてくる。
何も言わずに頭と顎の下を撫でてあやしてみる。
「くぅ〜ん、そこ気持ちいいワン!」
かまってもらえたのが嬉しかったのか犬語になる竜祈。
「まったくと言って可愛くないな」
「可愛くないわね」
「可愛くないですね〜」
俺達は改めて賽銭箱へ体を向けそんな竜祈への酷評を洩らし合った。
再び歩みを進めた俺の両肩を今度はがっちりと掴んでくる。
「はいっ!すみませんでした!調子にのって申し訳ありませんでした!」
何も言わずに竜祈の肩を叩き何度か頷きながら竜祈を里優の隣へと押し入れた。
「これでやっと揃った訳だしこれ以上はぐれないようにみんなで手でも繋ぐか」
俺は唯と竜祈の手をとりしっかりと握った。
「なっ、そんな恥ずかしいことできるかよ」
真っ赤にした顔を向けてくる竜祈の奥で残念そうな顔をしている里優が見える。
「そういうなよ。ほら手を貸せよ」
強引に竜祈と里優の手を取り無理やりに握らせる。
お互い気恥かしいのかしっかり手を繋いでいるのに目を合わせないようにし始める。
くすくすと笑う唯と一緒に笑いながら2人の様子を見守る。
俺の手はしっかりと唯に握られていたが、賽銭箱に十二分にご縁がある金額を放り込み必死に鐘を鳴らしまくり手を合わせて願いをかける。
っと言っても叶えたい願いは大したものじゃなくて健康に1年暮らしたいとか楽しく暮らしたいとか普段誰でも思っていることしか思いつかなかった。
それよりも金を入れることで願い事が叶うとしたらここにいる神やら仏達はろくなもんじゃない。
金を入れないと叶えてくれないなんて金を払わないと商品が買えないのと変わらない。
お前はコンビニかっ!?とさえ思えてくる。
ちょっと待てよ、逆に言えば願いを金で売っているとするとこいつらは願いを叶える素を作って梱包、発送しているとするならそれに金を払うのは納得できる。
う〜ん、信仰心もなかなか世知辛いなと頭を掻きながら思った。
ふと隣を見ると唯が俺を見ていた。
唯は慌てて手を合わせて目を瞑り願いをかけ始めた。
何事かと近くによってみるがまったく反応しない。
いや、反応しないのではなく俺の存在に気づいているけど反応しないようにしている。
頭を撫でようが髪で遊ぼうが後ろで体を使って円を描いても動じない。
「お〜い、竜祈と里優も手伝ってくれないか?」
きょとんとしながらも寄ってくる2人にぼそぼそと耳打ちをする。
この行動に唯は少し反応をみせるが必死に何かを願っている素振りをみせる。
いつまで心がもつか楽しみになってくる。
唯の後ろに並んでいる人達にすみませんと言いながら場所を確保。
唯の後ろに里優、俺、竜祈の順に並ぶ。
竜祈に足でタンッタンッタンッとリズムを刻んでもらう。
3人がうまくリズムに乗ったところで竜祈からの「はっ!」という号令で一斉に里優が上に、俺は横に、竜祈は下に腕を伸ばす。
次の号令で里優の右腕は上、左腕は下、俺の両腕はキープ、竜祈は里優と逆に腕を伸ばし、次の号令で全員が真上へ腕を上げ里優から円を描くように両腕を動かしていく。
唯が反応するまで延々と千手観音を繰り返した。
さすがに観念したのか唯は俺達を置いてさっさとおみくじが売っている広場の方へと行ってしまった。
慌てて追いかけると唯は腕を組んで明らかに怒っている素振りだった。
「ちょっと、さっきのは何なのよ!」
「悪い、ちょっと調子にのってしまって。全然何も言わないからいつまでもつか気になって」
「気になってじゃないわよ。中にいたお坊さんも呆然としてたのよ」
「坊さんは呆然としてたんじゃねぇよ。あまりの出来に言葉を失っちまったんだよ」
「そうだとしても恥ずかしいじゃない。色んな人に見られてたんだから」
「あはは〜、唯さんすみません。やってるうちに〜楽しくなってしまいまして〜」
「里優ちゃんの言うとおりだよ唯姉!円もすごい楽しかったもん」
「里優も円も楽しかったって、やられてた身にもなってよね」
唯はプイッとそっぽを向いてむくれてしまった。
むくれた唯を見て俺達は笑っていたが妙な違和感を感じ笑いが止まった。
もちろんむくれていた唯も違和感を感じこちらに目を向ける。
「いや〜、でも楽しかったな」
「俺の号令がよかったんだろうな。里優どうだった?」
「竜祈さんかっこよかったですよ〜。あっ、もう1度やりませんか〜?」
「ぬっ、里優ちゃん名案だよ!もう1回やろうよ」
「お願いだから止めて。本当に恥ずかしいんだから」
はははっと笑い出すみんな、一斉に1人を除いて笑うのを止める。
「違和感はお前か!」
「ぬ〜!しまった〜!」
俺達に見つかった円はその場でへたり込んでしまった。
合流した円を引き連れ離しながら階段を下る。
「円は正月とかハワイに行くって言ってなかったか?」
「冬休み前にそんなこと言ってたわね」
「その割には肌焼けてないな、白いままだぜ」
「泳いだりしなかったんですか〜?」
「現実は常に辛いものなんだよ。ハワイはハワイでもハワイアンセンターだったんだよ」
ふっふっふっと不気味な笑いをしながらどんどんと暗いくなっていく円。
「お風呂でぽつん、プールでぽつん、ご飯食べる時でもぽつーんとしてたよ。今日だって1人で初詣」
「初詣は俺達としたからいいじゃないか」
「でも、ハワイに行ってることになってるから慶兄達に会いたくなかったんだもん。ハワイは実はハワイアンセンターで円が思ってたより早く帰宅しましたなんて言えないし、肌は全然焼けてなくてまっ白いままで帰ってきたらどうしたの?って聞かれて時間が経ったから元に戻ったんだよ!って嘘はつけないしさっさと帰るつもりだったのに」
「だったのに?」
「慶兄達のフラダンスを超える魅惑のダンスに円の心は奪われちゃったんだよ!」
自分のプライドなんかより楽しそうなことをとってしまった訳か。
あぁ、なんて可哀相な子なんだ。
「でもね」
そういうと円は階段を駆け足で降り俺達の前に立ちふさがった。
「もうばれちゃったから今日からみんなと遊べるもん!」
屈託のない笑顔で嬉しそうに声をあげた。
「そうね、じゃあ退屈してた円のためにこれから慶の家で新年会でもしてあげましょ」
「そうですね〜、こうして会えたのも何かの縁ですし〜」
「本当に?わ〜い!早く慶兄の家に行こうよ」
「お前ら、まだ家主がいいとは言ってないぞ」
「かてぇこと言うなよ慶斗。暇にしてたんだろ?」
「暇なのは認めるけどさ、んっ?」
後ろから勢いよく何かがぶつかった。
振り向くとどこかで見たことがある女の子がいた。
俺は女の子と同じ目線の高さまで屈んでまじまじと見るが思い出せない。
「夏祭りの時のお兄ちゃんだ!」
ズビッと指を指されるがまったく思い出せない。
「慶斗さん、まさか…」
「そういう趣味だったのか…」
「円というものがいるのに…」
ひそひそと誤解の声が聞こえる。
円の発言は別としてそんな誤解は勘弁してもらいたい。
「もしかして夏祭りの時に迷子になってた子じゃない?ほらっ、親御さんのところまで連れてったじゃない」
そんなこともあったような気がするが思い出せない。
考えていると唯がその子を持ち上げて俺の上に置いた。
自然と肩車する姿勢になり立ち上がってみるとその時の情景が思い浮かんだ。
「あぁ、あの時の子か。今日はどうしたんだ?もしかして迷子か?」
「ううん、違う。ほらお兄ちゃんが上から降りてきてるもん」
上の方を見ると見たことのある金色の頭をした男が猛ダッシュで階段を駆け下りてきてる。
そいつは俺達の所まで来ると下を向き息を整えながら
「すみません、はぁ、うちの妹、はぁ、が何か、はぁ、ご迷惑かけてませんか」
話し始め、顔を上げた瞬間に
「って、慶ちんかい!」
大げさに階段の上でづっこけた。
それができるってことは俺達の存在に気付いていたんじゃないのか?
そんな疑問を持ちつつも竜祈と拓郎を引き起こす。
途中で「おぉ、すまんね」と言い出しそうな顔を見せ思わず手を離そうかと思ったが、妹が見ている前でそんな扱いをしたら拓郎よりも見ている妹が可哀相だと思い普通に引き起こす。
拓郎は服についた砂を払い落すと
「おぉ、すまんね」
と、さっき見せた顔を改めて見せる。
妹の前じゃなければきっと竜祈と一緒に突っ込みを入れるところ。
今日は妹の顔に免じて止めておこうと固く決心した。
そんな俺の思いと拓郎の存在をよそに妹の周りにみんなは集まっていた。
「拓郎の妹見るの初めてだな。拓郎と違って可愛いじゃねぇか」
「可愛いですね〜、私の妹にしたいぐらいです〜」
「あっ、私も妹にしたい。連れ回りたいわね」
「いいですね〜、服選んだりしてみたいです〜」
「なんか着せ替え人形みたいにしちゃいそうね」
どんどんと妹がいたらという妄想を膨らますお姉さんが2人。
その2人の間で自分を指差しながら交互に顔を見る円。
妹的存在の円はここにいるよと無言で主張しているけど、本当の妹には勝てないのがわかったのか久しぶりに会ったのに全然相手にされない拓郎と寂しさを分かち合い始めた。
こっちでわいわい盛り上がっているお姉さん方は気付いていないだろうけど、拓郎に慰められている円は傍目から見ると金髪のお兄さんの妹に見える。
あながち円の主張は間違っていないけど、あいつに俺達と同じ歳だという自覚はあるのだろうか不安になる。
本物の妹を囲む会から外れて偽の妹を慰めようの会の会場に移動すると会長の拓郎に迎えられた。
「やっほ〜、慶ちん!久しぶりだね」
「冬休み前の終業式以来だからな、ずっとあっちの家にいたのか?」
「う〜ん、まあね。でも、相変わらずうまが合わないというか気をつかうっていうかで疲れちゃったよ」
自分の妹の方を見ながらふぅとゆっくりと息を吐いた。
「疲れてるけど妹さえいれば大丈夫って顔してるな」
「あっ、わかります?あの屈託のない笑顔見てるとお兄ちゃん頑張んなきゃって思うんだよ」
そんなことを言ってるお兄さんの方が屈託のない笑顔をしている。
「この後、俺の家で新年会をやるみたいなんだけど、拓郎はどうする?妹も一緒でも構わないけど」
「どうしようかな?流石に妹の前でははっちゃけた姿は見せられないからな」
さっき豪快にこけた姿を見せていたのはどこのどいつだ。
「せっかくお呼ばれされたんだし行こうかな〜、どうしようかな〜」
完全に行く気になっているのがわかる表情。
妹がいる手前いつも通りには振る舞えないないのか。
全然こっちの方なんて見てもいないのに。
「よし、そこまで誘ってくるなら行くしかないよね」
拓郎の頭の中で何が起きたのかは大体想像できる。
でもあえて突っ込まない、突っ込んでたまるか。
遠い目で見ている俺に気付いているのか早く突っ込んでと目線で合図を送ってくる。
その行動にも突っ込んでやりたいところだけど何事も我慢が大事である。
ここはじっくりと構えてみせる。
一進一退の攻防は長くは続かないと思う。
なぜならこういうことに関しては俺も拓郎も長く我慢できる性格じゃないから。
お互い見つめ合ったまま奥歯を噛みしめる。
多分イライラは絶頂を迎えているだろう。
長く我慢できる性格じゃないのに加えてお互い負けず嫌いという自分でも面倒だと思う性格をお互いしている。
なんでもいいからこの空気を打開してくれる人間はいないのか?
っているじゃないか、目線を下げれば我が妹、円がいるではないか。
アイコンタクトだけで打開せよと指令を送ってみるが気付いているのか気付いてないのかさっぱりわからない。
いや、わかっているんだろうな。
にやっと笑って唯達の方へと走って行ってしまった。
取り残された俺と拓郎はふうふうと息をあげる。
何故新年早々に神社でこんなことをしているかさっぱりと理解できない。
ここは1つ俺が折れてしまえば済むことじゃないか。
こんなことで勝った負けたなんて頑張ったってしょうがないじゃないか。
よし、突っ込んでやろうとすっと拓郎を見ると俺の意志がわかったのか敗者を見るような目に変わりやがった。
そんなものを見てしまったらもう意地でも突っ込んでたまるかと固く決意した。
睨みあうここと数時間は経ったのだろうか?
いや、現実世界では数分、数秒しか経っていないだろう。
俺にはそれぐらい長く感じる時間が経っている。
「ねぇ、2人とも何してるの?そろそろ新年会しに慶の家に行きましょ」
俺と拓郎の間に唯が割って入りお互いの顔を見ている
こうしてあまり意味のない勝負は引き分けに終わってしまった。
俺の決意は一体なんのためにあったんだろうかわからないが負けなかっただけよしとしておこう。
「拓郎はどうするの?家族で来てるってまひるちゃんから聞いたけど」
「そうだね、せっかくだし僕も行くよ。まひるは親に預けてから行くから先に行っててよ。まひる〜!行くよ!」
さっきまでの睨みあいはなんだったのかわからないぐらいあっさりと参加を表明して拓郎は妹の手をとって階段を上っていった。
階段を仲良く手を繋いで上っていく2人の姿をみると血は繋がってなくてもやっぱり兄妹なんだと思った。
それと同時に1人っこの俺には羨ましくもあった。
兄弟がいるという感覚は一体どういうものなんだろう?
きっと聞かされてもわからないその人にしか持てない感覚。
円の相手をしてもわからない感覚なんだろうな。
「ぬっ?円の顔に何かついてる?」
「少し背伸びたか?」
「そんな急に伸びないよ」
「だろうな。ミリ単位でも変わってないな」
「ぬ〜〜!わからないよ慶兄!もしかしたらミリ単位で変わってるかもしれないもん!」
「ああ、そうだな。マイクロ単位でなら伸びてるかもな」
やっぱり円を相手にしても感じるものじゃないなと円にあちこち叩かれながら実感する。
一通り円をからかった後、拓郎はいないけどみんなでぞろぞろと我が家を目指す。
途中で新年会って何が必要なんだろうと話し合い結論が出ないままにコンビニに寄って適当に飲み物やお菓子を買い込んだ。
大量になった袋を持つ竜祈の姿はすごい頼りになる。
ただ単に力があるとかじゃなく、背中から感じるオーラみたいなものがそう感じさせる。
さっき妹の手を引いて歩いて行った拓郎にも竜祈とは違うけど頼もしさがあった。
育ってきた環境の差なんだろうか?
それとも元々持っている性質なんだろうか?
今の俺の背中にはどれくらい頼もしさがあるんだろうか?
同世代の友達を見てそう思うのは自分で頼りないと思っている証拠だ。
深い溜め息の先にいる竜祈は両手に大量の荷物と里優と円、その後ろを歩いている俺は小さい袋と隣に唯。
唯は俺が置いてかれないように隣を歩いてくれているのか頼りない俺ですみませんと思いとりあえず拝んでみた。
「えっ?ちょっ、何?急に」
と当然の質問を唯にされて
「いや、何でもない、気にしないでくれ」
と当然納得してもらえない答えを返す。
やっぱり男に生まれたからには頼られる存在にはなりたいもんだ。
今年は頼りになる男になると目標でも立ててみるか。
歩きながら目標を達成するにはどうすれば考えてみるがそもそも努力すればなれるものか疑問だ。
足を速くしたいなら毎日走ったりすればいい。
勉強ができるようになりたいなら毎日勉強すればいい。
料理が得意になりたいなら教わったりすればいい。
でも、頼りになるとかそういうオーラみたいなものはどうすれば身に着くのだろうか。
歳を重ねるだけでついていくとは思えなし、それに今年の目標なのに何年も待っていられない。
さてさてどうしたものかと顎に手を当てながら考えてみる。
「う〜ん、やっぱりこの目標は辞めてしまうべきなんだろうな。って速攻で諦めてたら何も始まらないか…何事も踏み出さないと駄目だよな」
いい案は浮かばなかったけど初めの一歩は踏み出せそうだ。
だけど、さっきから前に踏み出しているはず足はその場だけを踏みしめて回りの景色が変わらない。
こころなしか前に進むことを拒否させられている気がする。
これは俺の辞めてしまえと思っているのが影響しているのか?
ならばもっと強く踏み出してしまえばいいだけだな。
「うお〜!せ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜のっ!」
「せ〜〜〜のっ!じゃないわよ、もう家の前よ。どこに行く気なの?」
振り返れば唯が俺の服を全力で引っ張っていた。
やっぱり俺には頼りになる男になる目標は無理なのかな。
玄関の鍵を開けて冷え切った家に入る。
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時間は黙っていても過ぎていくもの。 世の中は新年を迎える。 俺は何かを迎えたのかな? |
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