SEASON 9.新酔の季節(後半)
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唯が来た時には立ち止まっていた廊下をすぐさま渡りきり部屋のストーブに火を点ける。

 

 

なかなか点かないストーブの前に俺と竜祈は待ち構える。

 

 

ボッという音と共に暖かい風が吹き出して部屋に流れ始める。

 

 

「竜祈さん、温まりますな〜」

 

「そうですな慶斗さん。やっぱ冬はこれに限りますな」

上着も脱がずにでかい体を小さくしてストーブで手を温める。

 

「ぬ〜!慶兄、竜兄、円が当たれないよ〜!」

俺と竜祈のせいで真後ろにいる円はまだ寒い思いをしていたが

 

「悪いな円。これは死活問題なんだ」

 

「そうだ、子供は寒くても外で遊ぶもんだろ。ちゃちゃっと遊んで来い」

 

「円は2人と同じ歳だよ。それなら慶兄達も外で遊ばないと駄目なんだよ」

文句を言いながら俺達の間に体を割り込まそうとするが小さい体の円に俺達をどかせる力はどこにもなくあっさりと押し返されてしまう。

 

 

「俺達は十分に大きくなったからいいんだよ。いいか円、竜祈を見てみろよ。無駄にでかくなって里優という伴侶も見つけているじゃないか。それはなんでなのか…いっぱい遊んだからこんなにも無駄にでかくなったんだぞ。円だって大きく成田だろ?」

 

「ぬぅ〜、円だって大きくなりたいけど竜兄みたいに無駄に大きくなりたい訳じゃないもん。あっ!慶兄には恋人いないじゃん!慶兄こそ外で遊んで無駄に大きくならないと駄目だよ。円は今日は小さいままでいいからストーブに当たりたいの!」

 

 

無理くりにでも体を押し込めてくる円を抑え込んでいたが急に竜祈が立ち上がった。

どうしたのかと思った俺と円は竜祈の顔を見上げた。

 

 

「お前らな…さっきから黙って聞いてれば無駄にでかい無駄にでかいって連呼しやがって。俺だって好きででかくなったんじゃねぇよ!でかければでかいで悩みはあるんだよ!」

握り拳で吐き出した言葉に俺は驚いた。

 

 

あぁ、知らなかった…

竜祈が自分の身長にコンプレックスを感じているなんて。

 

 

前に唯が言っていた意外と繊細なのかもという言葉は合っていたんだ。

流石は唯印のお言葉…有り難く頂戴しておこう。

 

 

「竜祈…悪かったな」

 

「円もごめんね。竜兄、座って温まろう」

俺達は悪かったと思い謝ったが竜祈はなかなか座ろうとしなかった。

 

 

円とばつの悪い顔を見合わせていると一連の話を聞いていたのか台所から里優が子供をあやす母親の様な顔をして部屋に入ってきた。

 

 

「竜祈さん、落ち込まないで下さい〜。私は〜そんな竜祈さんが大好きですから〜」

恥ずかしがることもなく恥ずかしい言葉を竜祈にかけた。

 

 

「里優…お前だけだよ。俺のことをわかってくれるのは…」

少し涙声になりながらも竜祈は里優のもとへと歩き始める。

 

 

手を握り見つめ合う2人には冬の寒さなんて関係ない。

そう思わせてくれる光景だったけど

「これで円も当たれる〜」

さっきまで竜祈が座っていた場所に円が座れるようになった。

 

 

「よかったな、円。竜祈が無駄にでかいおかげでストーブに当たれるようになっただろ」

 

「うん、竜兄が無駄に大きいのに感謝しないとね」

 

 

2人を見ているだけでは体は温まらない。

ストーブ前で2人はそう実感している。

 

 

「あっ、俺の場所がねぇじゃねぇか!っていうかお前らさっきの謝罪の言葉はなんだったんだよ!また連呼しやがって!封を締めて再送しろ!梱包して再送しろ!リボンも付けて再送しやがれ!」

竜祈の絶叫が部屋に響き渡る。

 

 

「竜祈が無駄にでかいの…ばんざ〜い!」

 

「ばんざ〜い!」

 

 

円と一緒に棒読みで竜祈の伸長を讃える。

釈然としない顔で竜祈は円の後ろに座り再びストーブに当たり始めた。

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「はぁ、微妙なあったかさだな。慶斗の家にはコタツはないのか?」

円がいる分の暖かさがこない竜祈は円の頭の上に顔を乗せながら淡い期待をしていた。

 

 

「一応あるけど出す気はないぞ」

 

「なんでだよ、コタツがあればこんな寒い思いもしねぇのに」

 

「そうだよ、慶兄。冬はコタツでみかんがベストなのに」

 

「それは人それぞれだろ。別に出さなくてもストーブがあれば十分だって」

 

「十分じゃねぇだろ、すでに2人が満足してねぇんだしさ。あっ、あれか!めんどくさいだけだろ?俺と円に任せとけって。すぐに出してやるから。なっ、円?」

 

「任せといて、コタツでぬくぬくしたいもんね。慶兄、コタツどこにあるの?」

さっきまで寒がっていたのにすでに熱くなっている2人はコタツを求めて神林邸を探索しようと部屋を出ようとしていた。

 

 

とっさに2人の手を掴んでコタツ探索隊の活動を妨害する。

 

 

「もう部屋も暖かくなってきたし今度でいいだろ?ちゃんと出しておくから我慢してくれよ」

 

「なんだよ慶斗、おっ?本当はコタツを入れてる場所に見られたくないもんが入ってるからじゃねぇのか?そうなら俺1人で行くから安心しろよ」

 

「ぬっ!竜兄ずるいよ!円もそれ見たい!絶対に一緒に行く!」

 

「いや、そういうことじゃなくてな…っと、おい!」

 

しかし、勝手な妄想に支配された探索隊は俺という重りを引きずりながらでも前に進んでいく。

竜祈にはわかるけど、なんで円にまで引きずられなきゃならんのだ。

 

 

ふん、ふんと鼻を鳴らしながら前に進む2人を制止させるパワーを俺が持ってる訳もなく部屋の出口まで到着してしまった。

 

 

もうここまで来てしまったら諦めるしかないのか…

っと思った瞬間、目の前のドアが開いた。

 

 

「はいはい、2人ともコタツは諦めてね。見られたくないものがあるかは気になるけど」

 

「だぁ〜!なんで諦めねぇと駄目なんだよ!慶斗の見られたくないものがそこあるんだぜ?気になってしょうがねぇだろうが!」

 

「竜兄の言う通りだよ唯姉!慶兄の見られたくないものがそこにあるのにコタツを諦めるなんて円には絶対にできないよ!」

 

「お前ら、コタツを探したいのか見られたくないものを探したいのかはっきりしろ。って見られたくないものなんか隠してない!」

 

「慶がちゃんと説明しないから悪いんじゃない。理由を言えば2人共納得してくれると思うわよ」

 

 

ぴたっと足を止めた2人はゆっくりと後ろの俺の顔を説明しろと言わんばかりの目で見てくる。

 

 

説明しろと言われても俺にはコタツを出さなかった理由なんてあったっけ?

唯を見るとあぁ、やっぱりねって顔をしていた。

 

 

はてさてどんな理由があったのか頭の中を必死に探してみるけど全然見当たらない。

 

 

「コタツを出しちゃうとどうなると思う?」

 

「ぽかぽかでぬくぬくでとろとろでぬっふぁ〜ってなるよ」

擬音ばっかりでめちゃくちゃだ。

 

 

けど温まりたいのは伝わるけどもう少し言い方はなかったのか。

 

 

「慶はね、コタツ出すとみんなでご飯食べる時窮屈になるだろ?ゆったりと食べた方がいいし楽しいに決まってるって寒い部屋で震えながら言ってたわ」

そういえば前に唯と2人でいる時にそんなことを零したような気がする。

 

 

自分で言った時は恥ずかしくなかったのだろうけど、人に改めて言い直されると恥ずかしいな。

 

 

「でも、去年はだしてじゃねぇか。俺は鮮明に覚えてるぞ。拓郎がコタツの中で屁をこきやがって大惨事になってたじゃねぇか」

 

「確かにあれはひどかった。あの空間はチェルノブイリと化した…つまりはチェルったな」

 

「ごめん、あれはもう思い出させないで。ちょっとしたトラウマなんだから…去年出してたのは4人だったからでしょ?6人になったから今年テーブルも買い直したしね」

 

 

探索隊は唯に言われて夏に炎天下の中、みんなで買いに行ったことを思い出したようだ。

 

 

「なっ、なんだよ、意外とかわいいとこあるじゃん的な顔は?」

 

「そんなこと思ってねぇぜ?なぁ、円?」

 

「勝手に想像されて言いがかりつけられても困るよね?竜兄?」

ニタニタ笑いながら俺の肩を叩いてストーブの前に陣を取り直した。

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「やっぱり日本の冬はストーブが1番だな」

 

「竜兄、いいこと言うね。ぬっ、いいこと言ったのは慶兄か」

 

 

まるで仲のいい兄妹のように肩を寄せ合い鼻歌を歌いながら時折俺の方をジロジロと見てくるのはなんでだろうか?

 

 

「そういや拓郎の奴まだこないな。そろそろ来てもいいぐらいだとは思うんだけど」

 

「そうだな、こっちは買い物もしてから来たからもうそろそろ来てもいいよな。拓郎…もといチェル郎」

 

「実家に帰ってからくる予定なのかもしれないよ。拓坊…もといチェル坊」

いつぐらいに来るのかとう〜んと3人で考えていると不意にドアが開いた。

 

 

「やっほ〜、おまたせ!いや〜寒いね、あれっ?慶ちん、コタツ出してないの?ストーブだけじゃ寒いでしょ」

 

「チェル、今その話をしてたとこなんだ。今年からは出さないことに決まったよ」

 

「いや、慶ちん、足ガタガタ言わせてるし…チェルって誰?」

 

「チェル郎!ストーブだけでも意外と十分なんだぞ。見てみろ!今の俺の心は熱くてしょうがないんだ」

 

「いや、心は見えないし…チェル郎って誰?」

 

「チェル坊!心は見るものじゃないよ!感じるものなんだよ」

 

「いや、竜祈が見ろ!って断言しちゃてるし…チェル坊って誰?」

 

「あら?トラウマ、やっと来たの?もうちょっとで料理出来上がるから待っててね」

 

「今来たとこだよ…ってトラウマ?」

 

「あっ、トラチェルさ〜ん、寒い中〜御苦労様です〜」

 

「うっ、うん…外人さんでも来てるの?」

五十嵐・トラチェル・チェル郎…もとい五十嵐拓郎は謎が謎を呼び何が起きているかわからない状態で部屋に入り不思議そうに座りこんだ。

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こいつには去年のあの大事件の記憶はないのだろう。

っというより帳本人なのだから単なる生活の記憶でしかないからな。

 

 

昔の大事件を掘り返すこともなく、というよりは記憶の奥の奥の方にしまっておきたかったから円がその話題をふってきても俺と竜祈は咳払いで蹴散らして掘り返させなかった。

 

 

それでも諦めの悪い円は何度もチャレンジしてくる。

 

 

みんなが黙った瞬間に入り込んできたり、お年玉をもらったんだという話から急に

「コタツの中で…」

と話がヘアピンカーブを曲がり始めたり、腕に口を当て力一杯息を吐き音を鳴らしたりと、当事者としてははた迷惑な行為がどんどんと行われてくる。

 

 

でなければ台所にいる唯の苦しむ声や物が落ちる音が止むことがないだろう。

 

 

唯達が料理を作り終わるまでなんとかこの話題をさせないようにしないといつものうまい飯にありつけない。

かと言って円をその事件から引き離す道具がうちにはない。

 

 

拓郎の家ならばゲーム機があったりして他のことに集中させることができるのに。

俺の家にも何か円の注意を向かせるものがあればとクローゼットを開けたりしてみたが案の定なにもなかった。

そもそもあれば真っ先にやっていただろうしな。

 

 

はぁと溜め息をついた時、クローゼットの奥にバスケットボールが転がっていることに気付いた。

何の意味もなくボールを取り出しおもむろにボールを横回転させ右手の人さし指の上に乗せた。

 

 

それを左手の人差し指に移し替え、右手でボールに回転を加えていく。

今度は人差し指から中指、薬指、小指、薬指、中指、人差し指と移動させ足りなくなった回転を右手でまた補って安定させる。

 

 

昔に先輩がやっているのを見てカッコイイと思いよく練習してたことを思い出した。

最初は指の上に乗せることもできなかったのに気付いたらここまでの芸当になったんだなと感慨にふける。

 

 

「ぬ〜!慶兄すごい。それどうやってるの?円もやりたいよ」

 

「んっ?それじゃあ、人差し指を立てて待ってろ」

 

「ぬっ、こう?キャモン!慶兄!」

ボールに回転をあたえしっかりと安定したところで円の人差し指へとボールを渡したがボールの回転に指がついていかないのか、指がボールの下をなぞるように円を描き始める。

経験上こうなるとボールを安定させることができなくなりボールは落ちてしまう。

 

 

「ぬ〜、慶兄は簡単そうにやってるから円でもできると思ったのに…慶兄もう1回!」

 

 

円からボールを渡されもう1度ボールを回し円へと渡してやるがあっさりとボールはどこかへ行ってしまう。

 

 

 

できないのが悔しいのかもう1回、もう1回と何回もやらされる。

そもそも簡単にできてしまったらあんなに練習した俺の努力はなんだったのかと切なくなってしまうが失敗する円を見る。とやっぱり難しいことができるようになったんだと嬉しくなった。

 

 

何回もやっているうちに円はストーブから離れ俺の近くにきて夢中になっていた。

 

 

 

なんだ、こんなことで円の注意をそらすことができるのかと安心していた矢先、大音量でバブッ!と音がなる。

もしかと思い拓郎の方を見るとさっきまでそこにいたはずの拓郎はいつの間にかストーブの前に移動しているじゃないか。

 

 

「あっ、ごめん。出ちゃった。いや〜すごい勢いだったから肛門が揺れて痛かったよ」

はははと笑う拓郎と音から嫌な記憶が頭の中を光の速さにも負けない速度で流れ始めた。

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そのおかげで俺と竜祈はお互い冷や汗をかきながら合った目が離せない。

 

 

台所の方では

「唯さ〜ん、どうしたんですか〜?具合悪いんですか〜?顔真っ青ですよ〜」

と見なくてもわかる唯の状況を里優が説明してくれている。

 

 

あの惨事を知らない円は俺達の異常な反応を不思議に思った顔をしていたが

「拓坊、出ちゃったじゃないよ。デリケートが足りないんじゃない?これで臭かったら…ぬーーっ!」

断末魔を残しその場にパタリと倒れこんでしまった。

 

 

俺達にもデリケートじゃなくてデリカシーだと突っ込む時間をあたえてくれない。

 

 

 

拓郎から溢れ出した毒ガスの臭いはストーブの暖かい風と共に部屋中に充満していく。

避難しようとドアを開けようとするがびくともしない。

 

 

「慶斗、早く開けろ!そこまできてるじゃねぇか!」

さっきまで拓郎の隣にいた竜祈が音を聞いた瞬間にドアの方まで避難していたようだ。

 

 

「開けたいのはやまやまなんだけど全然開かないんだよ。なんだよ、さっきまでちゃんと開いたのに」

 

「どけ!俺がやる!んっ?なんだ?俺の力でも開かない?やべぇ…助けてくれー!」

 

竜祈で開かなくても俺の力も足せば開くんじゃないかと一緒に開けようとしてみた。

すると少しだけドアが開いた。

 

 

感触的にはドアの向こうで誰かが開けさせまいと抵抗しているんだ。

誰かっていうと考えなくても1人しか当てはまらない。

 

 

「唯、お前だろ。わかってるんだ!早くそこをどいてくれ。お前だってわかるだろ?あの惨劇を」

 

「わかってるから開けたくないんじゃない。少しでも開けたら臭いがこっちまで来ちゃう、だから絶対に開けられない!里優、笑ってないで開けさせないの手伝って」

パタパタと足音が近づいたと思ったらドアがより強固になってしまった。

 

 

「里優、俺を見捨てるのか?お前は彼氏の俺を簡単に見捨てちまう奴だったのか?」

 

「竜祈さん、すみません…後でどんな罰でも受けます。今の唯さんに逆らう方が…よっぽど怖いです〜」

里優の言葉はドアが絶対に開かないことを告げる終焉の言葉となった。

 

 

「はっ、竜祈!窓だ!窓を開けろ!竜祈…」

さっきまで威勢の良かった竜祈はことが切れたのかピクリとも動かなくなってしまった。

 

 

「ちっ、円、円は大丈夫か?」

 

「け…慶……兄…今まで……ありがとう…ちょっとだけ…先に…行ってるね」

最後の力を振り絞った円はゆっくりと目を閉じる。

 

 

「って俺も逝くこと確定!?俺はまだあっちに行く気はさらさらないぞ!クソッ!」

息を止めてダッシュで窓へと詰め寄り一気に窓を開ける。

 

 

外に顔を出して冷たく澄んだ空気を吸い込む。

 

 

こころおきなく息を吸えるのがこんなにも素晴らしいことだとは思いもしなかった。

 

 

窓を開けた安堵からかその場にへたりこむ。

部屋の中を見ると空気の入れ替えのおかげで倒れていた竜祈と円がゆっくり体を起こし始めた。

 

 

「よかった、これで一安心だ」

ふぅと息をつくと今までの惨事に気付いていないのか

 

 

「慶ちん、寒いよ。窓締めてくれないかな?」

と何事もなかったかのように事件を起こした張本人はぶつくさと言い始める。

 

 

被害者の3人は何も言葉を発することなく拓郎の元に歩み寄り一斉に足蹴にし制裁を加えてやる。

第二次チェル郎事件は第一次チェル郎事件の教訓を活かし拓郎以外最小限の被害で留めることができた。

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入れ替えた空気はとても新鮮で清々しい気持ちにさせてくれるが折角温まった空気が抜けきってしまった。

 

 

拓郎を罰としてストーブから1番遠い場所に隔離し俺達3人はストーブを分け合い暖をとる。

 

 

「慶ちん、寒いよ〜、こんな所に僕を放置しとくともう1発どでかいのいっちゃうよ」

っと脅迫紛いなことを言ってくるが振り返る俺達の冷ややかな眼光と唯が壁を叩く音で即却下。

 

 

流石に拓郎も唯が壁を叩く程の拒絶しは驚いたみたいでいつもならしつこいぐらいに食い下がってくるが今回はあっさりと引き下がる。

そこだけは俺達も可哀相だと思ったが少しは反省してもらう為にもストーブは取り上げとかないとな。

 

 

「って、思ってたけど…なんでお前がそこにいるんだよ!」

 

「いいじゃんいいじゃん。細かいことは気にしないでさ。こうやってみんなくっついてればもっとあったかくなるでしょ?」背後から俺達がくっつくように腕をまわし始めた。

 

「ぬ〜、きついよ。円はゆったりとあたりたいの。余計なお世話だよ、この屁こき虫!」

 

「へっ、屁こき虫だ?生理現象だからしょうがないじゃん。お前だって屁ぐらいこくだろ!そりゃ盛大な音で大放出してるんじゃないんですか?」

 

「円はおならしないもん。出そうになったら口から出してるから大丈夫だもん!」

 

 

いやいや、口からは出ないだろ?

 

 

「それなら僕のは屁じゃありませ〜ん!ケツから出たゲップで〜す!断じて屁ではありませ〜ん!」

 

「お尻から出てるならそれはおならだよ!絶対におなら!」

 

「口から出したらゲップに変わるんですか〜?僕そんな話聞いたことありませ〜ん」

 

 

だから、口からは出ないだろ?

 

 

「口から出るわけないじゃん。ちょっと考えればわかることだよ!馬鹿!」

あっ、すんなり認めるのか。

 

 

「あっ、馬鹿って言った。馬鹿って言った方が馬鹿なんだぜ。円は馬鹿なんだ、バーカバーカ」

 

「ぬっ、円は馬鹿じゃないもん!拓坊が馬鹿なんだよ、バーカバーカ」

言い争ううちにどんどんストーブから離れて行く罵り合う2人。

 

 

「なぁ、慶斗、馬鹿って言った方が馬鹿って本当か?」

 

「本当かどうかは知らないけど小学生の口喧嘩によくある格言だろ」

 

「なるほどな。あっちで自分は馬鹿じゃない、お前が馬鹿だ、馬鹿!って言ってるけど、それを考えると2人も馬鹿で〜すって言ってるのと変わらないわけか」

 

「まぁ、そうなるよな。残念なことにそこに気付いてないのが拓郎と円らしいけど」

 

 

ヒートアップする拓郎と円はもうストーブはいらないだろうな。

 

 

場所を少し移動しゆったりと暖をとりながら竜祈と2人の攻防の実況・解説でこっちもヒートアップ。

さっきまで寒かった部屋は人の体温だけでどんどんと暖かくなっていた。

 

 

「はいはい、下品な言い争いはそこまでにして。料理できたからみんな運んでくれる?」

パンパンと手を叩きながら部屋に入ってくる。

 

 

唯が鳴らす終了の合図はヒートアップしている拓郎と円にはよく効く。

 

 

 

いつも口喧嘩を始めると俺達では止めることはできない。

できないというよりは始めだけはやめとけよと言っといて途中からは外野で2人の口喧嘩を楽しんでいるだけだ。

一応とめには入ってるけど大抵はうるさいとか邪魔しないでとか文句を言われ、下手をすれば2人からの口撃を喰らうはめになってしまう。

 

 

だから俺や竜祈、里優は口喧嘩を本気でとめる気はさらさらない。

だけど、何故か唯にだけは2人とも大人しく従うのだ。

俺と竜祈でもあまり文句を言ったりはしないけど簡単には引き下がらない。

まぁ、里優というオプションが付けば別の話にはなるけど、どうしてこの2人はこんなにも唯に弱いのだろうか不思議に思う。

 

「よし、さっさと運んじまおうぜ。俺朝飯も食べてないから腹減ってんだ」

 

「竜祈もか、俺も昼に起きてから飯食べてないんだ。拓郎達も早く運ぼうぜ、唯もそう言ってるわけだしさ」

 

「ふん、新年早々円を泣かすのも微妙だしこの辺にしといてあげるよ」

 

「ぬっ、それは円の台詞だよ、それに円は1回も泣いたことないもん」

 

 

睨みあい、そしてふんっとそっぽを向きながらも一緒に台所に向かう2人の後ろ姿はとても仲の良い兄妹に見える。

やれやれと竜祈と顔を見合わせ俺達も台所へと向かった。

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テーブルの上に並んだ料理達は正月にふさわしいと言えるものではなくいつも見るものばかりだった。

 

 

「ごめんね、おせちって作ったことなかったし材料もなかったからいつも通りってことで許して」

 

「いや、いいさ。おせちって仰々しくて、さあ食うぞ!って気分になれないしな。新年から唯の手料理が食べれるだけで十分だよ」

 

「おい、慶斗。うちの里優も作ってること忘れてんじゃねぇか?」

 

「忘れてるはずないだろ?里優にも感謝してるよ。2人の作る飯は外で食べるより数倍美味いしな」

 

「だよね。それに毎回ちゃんと盛り付けまでしっかりやってくれてるし」

 

「一方円は作らず食い散らかすだけ、同じ女の子のはずなのに」

 

「ぬっ!拓坊、それは失言だよ。円だってたまには手伝ってるもん」

 

「例えば?」

 

「ぬ〜〜〜〜〜〜〜…味見とか?」

 

「それって単なるつまみ食いじゃん。どおりで最近腹回りだけが成長してるわけだ」

 

「ぬーーーー!円すっごい気にしてることあっさりと言わないでよ」

 

「確かに〜円ちゃんの味見で食べる量はちょっと多いですね〜」

 

「里優もおいしいって言われてどんどん食べさせちゃうのも問題あるんじゃない?」

 

「そうですね〜、可愛いからどんどんあげたくなっちゃうんです〜。ごめんなさい円ちゃん。これからは気をつけます〜」

 

「ううん、気にしないで里優ちゃん。一杯食べてる円が悪いんだから。それにしても人が気にしてることをみんなの前で言うこのデリケートのない拓坊をどうにかしたよ」

 

「そのポヨンポヨンのお腹で何かしようってのか?僕はポヨンポヨンには負けませ〜ん」

 

「ポヨンポヨンじゃないもん、プニプニぐらいだもん!もう、唯姉からも言ってあげてよ」

 

「そうね、拓郎は人が気にしそうなことをさらっと言わない方がいいわね。特に女の子に対して失礼になることも言っちゃうのは問題よ。あと円、気にしてるなら自分で気をつかわなきゃ駄目よ。それにデリケートじゃなくてデリカシーだからね」

 

 

唯に怒られるとしゅんとなる拓郎は案の定、下唇を突き出してふてくされた。

円は円でまさか自分まで注意を受けるとは思っていなかったらしく声にはなっていないが、ぬ〜っと言っている口でいじけていた。

 

 

「よし、話は済んだところで冷めないうちに食べるか…うん?どうした竜祈?そんなそわそわして」

 

「どうかしましたか〜竜祈さん。嫌いな食べ物はなかったですよね〜?」

 

「いや、大したことじゃねぇから気にしなくていいぜ」

 

「お前がそわそわしてるとどうしても視界に入って気になるんだよ」

 

「そうですよ〜、気になることはすっきりさせてご飯を頂きましょう」

 

「ああ、んじゃ言うけど里優の腹がポヨンポヨンなのかプニプニなのか気になっちまってな。なっ、大したことじゃねぇだろ?よし食べようぜ!いっただきま〜す」

話をなかったことにするかの如く料理に箸を伸ばす竜祈、やっぱりという程に異変に気付く俺と唯。

 

 

「竜祈さん、いっただきま〜すっじゃないです!それに大したことです!ちょっと慶斗さん…席替ってもらえますか?」

そそくさと俺は席を立ち唯の隣に座る

 

 

入れ替わった里優は竜祈の隣に正座ししっかりと竜祈を見る。

 

 

竜祈はそれに気付いているからか里優を見ることなく料理に箸をのばす。

 

 

「竜祈さん…箸を置いてこっちを見なさい」

命令口調の里優なんて初めて見る。

 

 

こんなにも威圧感があるなんてびっくりだ。

 

 

「いいですか?さっき唯さんが拓郎さんに注意していたのを聞いてましたか?女の子に対してそういうことを言ったら駄目だと言ってましたよね?それなのにそんなことを言うなんてどういう神経してるんですか?」

 

「いや、すっきりさせた方がいいって…」

 

「言い訳は聞きたくありません。いいですか?いつもあなたは……」

竜祈もいつの間に正座していて怒られるたびに背中が丸くなっていく。

 

 

「向かいの席ではお説教、両隣りの2人は落ち込んじゃってるわね」

 

「こいつらを待っていてもしょうがないから先に俺達は食べてるか」

 

「そうね、ふふっ、慶、ちょっと円を見て」

ちらっと円を見るとあのいじけた顔でパクッ、パクッとこっそりと料理を食べているではないか。

 

 

「ったく、食べるかいじけるかどっちかにすればいいのにな。よし俺達も食べようぜ」

 

 

こうしてやっとありつけた飯は相変わらず美味かった。

 

 

後から拓郎もゆっくりと食べ始め、円はいじけた顔で食べ続けていた。

 

 

竜祈は相当里優の怒りをかったようで飯抜きの罰を与えられ部屋の隅で下唇を尖らしていじけていた。

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「ふぅ、食った食った、ごっそうさん。新年を迎えても2人の作る料理は変わらずに美味いな」

 

「あはは〜、ありがとうございます。そう言って頂けると作ってる甲斐があります〜」

 

「そうね、不味いなんて言われたらもう一生作らないつもりだけど」

 

「不味くなることなんてありえないだろ。味が落ちてもちょっと美味いぐらいのレベルにしかならないと思うぞ」

 

「日々精進してるからね。特に里優と作るようになってからは負けられないなって思って頑張ってるんだから」

 

「私もそうです〜、前は唯さんが作っていましたから〜竜祈さんに唯さんが作ったのより美味しくないって思われたくなくって頑張ってます〜」

 

「台所で熾烈な勝負が繰り広げられてるなんて知らなかったな」

 

「勝負って訳じゃないわよ?いい意味でライバルなの。お互いを認め合って己を磨いているんだから」

 

「仲間と書いてライバルって読む感じなのか…そういうのっていいな」

 

「自己満足でしかないんですけどね〜」

 

「いいじゃないか、自己満足でも。それが誰かのためになってたり、誰かが喜んでくれたりするんだろ?」

 

「そうですね〜、竜祈さんが美味しそうにご飯を食べてくれるのを見ると〜頑張ってよかったなって思えます〜」

 

「…今日はその飯を食えなかったけどな…」

部屋の隅から俺達の会話に紛れ込んできた声、罰を受けた竜祈が満腹感に浸っている俺達を恨めしそうに見ている。

 

 

「確かに言っちまったことは良くなかったかもしれねぇが…俺の腹は胃袋に何か詰め込めと鳴りっぱなしなんだよ!」

 

「朝飯も食べてないって言ってたもんな。里優、もう許してやったらいいんじゃないか?」

 

「はい…でも〜…」

 

「ここで許してやるのは甘いとか思ってるのか?」

 

「あっ、いいえ〜。それが〜…もう買ってきた食材がないんです〜。唯さんとあれもこれもと作っていたら全部使ってしまったんです〜」

絶望的な台詞を聞いた竜祈はワナワナと肩を震わせながら不気味な笑い声を上げ始めた。

 

 

「どうしたんだ、竜祈?どっかの閣下みたいな笑い方して」

 

「飯がねぇなんて聞いて笑わずにいられるかよ!」

 

「だからって閣下みたいな笑い方しなくてもいいだろ?」

 

「俺もなんでこんな笑い声が出たかわかんねぇんだよ!ちっくしょう!やけ酒してやる!酒を持ってこい!」

 

「何言ってるの?この家には調理酒ぐらいしかないわよ。それに私達は未成年なんだからお酒なんて飲んじゃ駄目じゃない」

 

「ふはははははっ!唯、甘いよ、実に甘いよ」

声がした方を見るといつの間にか金髪の閣下が降臨なさっていた。

 

 

「この家に酒が無い?未成年だから飲んじゃいけない?ふははははっ!その全てを僕が解決してしんぜよう!」

さっきまで落ち込んでいた拓郎は喜々として慌てて廊下に出て行き大きいビンを片手に帰ってきた。

 

 

「こんな流れもあるかもって思って持ってきてたんだ」

拓郎が高々と持ち上げているビンには酒という文字が書かれていた。

 

 

「お酒があるのはわかったけど未成年だっていうのをクリアしてないわよ」

 

「ふはははははっ!唯、甘いよ、実に甘いよ、甘いんだってばよ!」

 

 

確かに唯の認識は甘かった。

まぁ、それはしょうがないことだ。

酒の文字と他に書かれている文字が見えるのは俺と拓郎ぐらいなもんだ。

 

 

ついでに言うと甘いのは認識だけじゃないのだ。

 

 

「ほれほれ、皆の衆!この文字を控えおろう!そしてこの文字が目に入らぬか!」

拓郎はビンを突き出したがみんなはどこの文字を目に入れればいいのかわからない。

 

 

「拓郎、ラベルがみんなの方を向いてないぞ」

 

「ありゃまっ?失敗、失敗。よし、これでどうだ!」

 

 

持ち直したビンのラベルを見るとみんなはなるほどと感嘆の声を上げた。

 

 

 

 

 

―――――― THE 甘酒 ――――――

 

 

 

 

 

「ところでそれは日本酒か?洋酒か?」

 

「THEが付いてる時点で洋物なんじゃねぇか?」

 

「いや、甘酒なんだから日本製なんじゃないかな?」

 

「ぬ〜?難しいね、そのザ・甘酒」

 

「多分それは〜、ジ・甘酒と読むのではないでしょうか〜?」

 

「そうね。甘酒だから最初の文字はA。それなら正確に読むならジ・甘酒かもしれないわね」

 

「なるほどなるほど。じゃあ、日本酒か洋酒かどうかはわからないままだけど、こいつの名前がわかったところで飲みましょうか!ジ・甘酒!」

1人で一気に盛り上がる拓郎、もう酒でも入っているのか?

 

 

「っと、こいつはどうすればいいんだろう?いつも屋台で温かいのを飲んでるんだけど」

 

「普通に温めればいいんじゃないかしら?どうしてか家では出てこないし、外でも駄目って怒られるのよね」

 

「怒られるってのは謎だな。確か家ではただ温めてただけだったような気がするけど」

 

「そうですね〜、見てたことがありますので〜私がやりますね〜。では、その間に買ってきたお菓子を用意してもらってもいいでしょうか〜?」

 

「おう、この俺様に任せておけ!」

 

 

意気揚々と菓子が入った袋を持ち出してきてテーブルに並べようとするが

「でも竜祈さん、先に食べては駄目ですよ〜」

拓郎からビンを受け取り竜祈に釘を打ち台所へ行く、その姿を竜祈はそんな殺生なっと言いかねない顔で見送るしかなかった。

 

 

ここで何か里優の機嫌を損ねることを言ってしまったら確実に食べられる菓子を食べられなくなるとさっきの教訓を活かしているのだ。

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それでも何も食べていない竜祈は肩を落とす。

俺と拓郎は肩を叩いて慰めてやるしかできなかった。

 

 

こんな俺達ですまないと、俺達のも食べてもいいからと言ってやりたかったがいち早く食べようとしていた者がもう1人、俺達の中で1番背が小さくみんなと飯を食べていたはずの円だ。

 

 

どこまで貪欲、いや強欲なんだと思わされてしまう。

こっそりと自分が好きな菓子を服の中に隠しているのが見えてしまった。

 

 

これは竜祈と激突必至になりそうだが俺が言わなければ竜祈は気付かないだろうからほっとくとしよう。

 

 

「ほら、里優に出しといてって頼まれたんだから我慢しながら出しましょ」

 

「そうだな、お前任されたってでかい声で言ったんだしちゃんとやらないと里優に怒られるぞ」

 

「里優ちゃん怒ると怖いからね。ちゃちゃっと終わらしちゃおう」

 

「そうだよ竜兄、もうちょっと待てば食べれるんだから我慢しよ」

 

「まあまあ、みなまで言うな。わかってるよ、でもな、口の周りにべっとりとチョコをくっつけてる円にゃ言われたくねぇ」

 

「チョ、チョ、チョ、チョコなんて食べてないよ。食べたのはグミだよ……ぬはっ」

竜祈が何を言っているのか最初はわからなかった。

 

 

円の口の周りにチョコはついていなかったが円の発言で全てがわかった。

竜祈は円が服の中に隠しているのを見ていた、そして俺達が、特に唯が竜祈のそばに寄った時に食べているのを見ていたんだ。

あえてグミを食べていただろうと言わずにチョコと言ったのは竜祈なりのカマをかけたんだろう。

 

 

円は自分に対して違う事を言われたら思わず本当の事を言ってしまう性格をしている。

良いのか悪いのかわからないが俺には損な性格にしか思えないが嘘をうまくつけないところがいいと思う。

 

 

「ったく、里優にばれねぇようにしとけよ。よし、さっさと広げるか」

 

 

コンビニ袋を2つからドサドサと中身を出しテーブルへと広げて行くが

「これだと甘酒がきても置けねぇよな」

 

「むしろ菓子も全部置けてない状態だな」

 

「とりあえずは甘酒に合いそうな物だけ置いとけばいいじゃん」

 

「いらなさそうなのは私に頂戴。また袋に入れとくから」

 

 

どれが合いそうか、どれが合わなさそうなのか会議を始めようとしたがそこはお菓子女王のしきり……っというよりは円の独断と偏見で勝手に分けられてしまった。

 

 

ちょっと、お前っ、と注文をつけたいラインナップになってしまったがその前に

「お待たせ致しました〜、いっぱい作りましたので〜どんどんおかわりして下さいね〜」

里優がお盆に甘酒を乗せて戻ってきてしまい文句を言えずじまい。

 

 

まあ、食べるのは竜祈と円がメインになるだろうからいいかと里優から甘酒を受け取り飯を食べた時の席に戻った。

 

 

そして、それぞれが里優から甘酒を受け取ると思い思いに席についたが拓郎だけが立ちっぱなしだった。

「んじゃま、僭越ながらこの僕、五十嵐拓郎が乾杯の音頭をとらせていただきます」

 

 

成程、そういう事だったのか、拓郎らしくドンっと盛り上げようってつもりなんだな。

 

 

「へいへい、そんな事頼んでねぇぞ!」

 

「名前にチェルが足りないよ、拓坊!」

つられるように竜祈と円も茶化して場を盛り上げていくが

 

 

「そうだね、頼まれてないや。……でも、一言だけいいかな」

いつもならそんな事言わないでさ色ぼけヘアバン野郎、とかチェルはいらないよこの腹ペコ女王がとか言うはずなのに。

 

 

「おい、慶斗。思考がだだ漏れしてるぞ。誰が色ぼけヘアバン野郎だ?普段俺の事をそう思ってんだな」

 

「思ってる訳ないだろ。仲睦まじくていいなって思ってるよ。円も………………そんな事思ってないぞ」

 

「思ってるんだ、円の事腹ペコ女王だと思ってるんだ〜!」

 

「あの〜、そろそろいいかな?ううん、新しく年が始まって僕らはこうやって集まってる訳だけど、来年も再来年も……ずっとその先も集まって笑いあっていたいなって僕は思ってるよ。そう何があっても……」

拓郎らしくない言葉に俺達は驚いたけど拓郎らしい想いが詰まっていた。

 

 

誰も言葉を発しないまま湯呑を持ち上げ返事をした。

 

 

 

「へへっ、ほんじゃ、新年明けましておめでとう!今年もよろしく!くぅぁんぱぁ〜〜〜い!」

 

 

 

「「「「「かんぱ〜〜〜〜〜〜い」」」」」

 

 

 

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乾杯が済むとみんなが一斉に湯呑の中身を飲みこんでいく。

 

 

「っかぁ〜〜!あめぇ!実にあめぇ」

 

「そうでしょ、そうでしょ、僕が持ってきた甘酒は最高に甘いでしょ」

 

「グッジョブ拓坊、甘いもの最高だね。甘党の円にはたまらない一品だよ」

 

「久しぶりに飲みましたけど〜美味しいですね〜」

 

「久しぶり過ぎてこんな味だったって思い出すのに時間がかかったよ」

 

 

それぞれの感想が出尽くしたところである事に気が付いた。

唯が湯呑を両手でしっかりと持ちじっと中身を見続けていた。

 

 

「どうしたんだ?まじまじと見て」

 

「うん、甘酒ってどんな味するのかな?って思って」

唯の発言にみんなはまじすかっと驚きを隠しきれない顔で唯の顔を覗き込む。

 

 

「ほっ、ほら、家でも出ないし外でも飲ませてくれないって言ったじゃない。だから飲むのは初めてなの。どんな味がするのかなって、甘いのは聞いててわかったけど」

 

 

未知なる飲み物の前にいつもの唯らしさが消え、小刻みに震える小動物に見えてくる。

これが円なら飲んでみればわかるってと言えるところだけど、唯が相手だとどことなく言いづらい。

 

 

何度も湯呑を口元まで運んでは離してと繰り返しなかなか飲めないようだ。

これは長丁場になりそうだと座り直したところでポケットに違和感を感じた。

 

 

そうだ、こいつを出すのを忘れていた。

 

 

あんなに自慢してやるんだと決めていたのにも関わらず忘れているなんて1回脳外科に行った方がいいのかもしれないな。

 

 

「まあいいか、俺からも一言というより重大発表していいか」

 

「慶ちん、相変わらず突発的によくわからない事言うね。しかも、最初のまあいいかって何?」

 

「まあいいだろ、唯が飲むのに時間がかかりそうだから俺が発表させてもらうよ。その間に唯も覚悟を決めといてくれよ」

 

「う、うん。それで重大発表って何?」

 

 

立ち上がってポケットの中の携帯をしっかりと掴む。

こいつを出した瞬間にみんながひれ伏す姿を想像すると思わずニヤけてしまう。

 

 

「えっ、携帯電話?触らせて!」

 

「ほえ〜、慶兄いいな〜、円も欲しい」

 

「いいですね〜、私も欲しいんですよ〜」

 

「慶斗、俺に最初に貸してくれよ。なっ、いいだろ?なっ、なっ?」

 

「駄目だよ、竜祈に貸したら壊れて返されちゃうよ。まずはミスターソフトタッチの僕に貸してよ」

 

 

やばい、どんどんと想像が膨らんでいく。

 

 

「慶ちん、どうしたの?さっきから相当気持ち悪いよ」

 

「何でもないけど、もうちょっとオブラートに包んで言えないのか?」

 

「めんごちゃん!んじゃ、普段眠たそうな目をして無表情になのに急にニヤけたり目が見開いたりしてこっちの気分が害されるよ」

 

「そうか?それは悪かったな……って全然オブラートに包まれてないじゃないか!ふぅ、まあいいか。今から発表するけどみんな驚くなよ!」

 

「ぬっ?驚かなくていいの?拓坊の発言を『まあいいか』でスルーした方がビックリしたよ」

 

「俺は途中に入った俺のものまねのクオリティにビックリしたけど。できれば驚いてもらいたいな」

 

「ヘイ!ヘイ!慶斗!もったいぶらねぇで早く言えよ」

 

「あぁ、今から出すものを良く見ろよ!これが目に入らぬか〜〜〜〜!」

ポケットから取り出したるは黒光りする長方形の物体、そいつをどっかのご老人を讃えるアレの如くみんなの目に入れてやる。

 

 

さあ、驚け!さあ、慄け!さあ、我を讃えよ!

 

 

思わず瞑ってしまった目をゆっくりと開けると予想通りみんなは驚いた顔をしていた。

 

 

後はここから見せて触らせてのオンパレードになるだろうと思っていたが

「慶、なんで携帯持ってるの?」

 

「そうだよね、慶ちんが携帯持ってるなんて不自然だよ」

 

「あれだけ否定してたのに急に信者に成り下がっちまったのか?」

 

「でも〜、これで少し私達も楽になりますね〜」

 

「里優ちゃんの言う通りだよ。円、電源切るの忘れてるんじゃないかって、たまにドキドキしてたもん」

イメージと全然違う反応に今の状況がうまく飲み込めない。

 

 

そればかりかみんなは自分の上着のポケットやバッグの中をゴソゴソと漁り始め各々の携帯がテーブルの上に並んだ。

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「いや〜、慶ちんが携帯見るとすごい剣幕で色んな文句言うから」

 

「円達みんな持ってたけど、家に入る前に電源を切らないと駄目とか」

 

「慶斗さんの前では出してはいけないとか」

 

「携帯の話をしちゃいけねぇとか気を付けてきたな」

 

「でも、当の本人が持ったんだから私達も気にしなくていいわよね?あっ、気にする必要ないわね」

 

 

わぁ、と盛り上がる5人はハイタッチをして俺の前で携帯を出せる事を喜んでいた。

 

 

「あれ、もしかしてみんなは前から持っていたのか?」

 

「私は、ほら、竜祈と里優と一緒に遊園地に行ったじゃない?その辺りで買ったわね」

 

「あぁ、拓郎は置いて行った時か、あの時は楽しかったな」

 

「慶ちん……その後僕も一緒に行った時は楽しくなかったのかな?」

 

「そんなことはないけど、拓郎はいつ買ったんだ?」

 

「僕は竜祈と里優ちゃんと一緒に買いに行ったんだけど、竜祈いつだったっけ?」

 

「夏休み入ってすぐじゃなかったか?」

 

「そうですね〜、夏休みだと学校では会えないので〜買いましょうって事になりましたので〜」

 

「ってことは夏休みに家に来ていた時点で4人は持っていたのか……円は?」

 

「ぬっ?円は慶兄に出逢った時から持ってたよ。円、体弱かったからお母さんが買って持たせてくれてたんだよ」

 

「ってことは、半年以上も俺に気を使ってくれてたのか、長い間悪かったな」

 

「いいってことよ。それより番号とアドレス教えろよ」

 

「それが……」

 

 

携帯を開きみんなに画面を見せる。

 

 

「真っ黒になってボタンも何もきかなくなったんだ……昨日触ってる時に落したんだけどもしかして壊れたのか?」

 

 

拓郎は俺の手から携帯を取ると外側を見てボタンをいじり始めた。

 

 

そして、もっと丁寧に扱っていればと後悔する俺に

「慶ちん、残念だけどこいつはもう駄目だね。買い直した方がいいよ」

追い打ちをかけるように絶望的な言葉を放った。

 

 

「拓坊、円にも貸して」

あまりのショックに頭を垂れる俺の頭上を拓郎から円へと携帯は渡される。

 

 

「慶兄、この子はもうお亡くなりになってるね。そうだ!円の携帯を貸してあげるよ」

追撃の言葉で更にショックを受けたが円から渡されたショッキングピンクのプラスティック製の携帯を貸してもらうとショックも少し和らいだ気がする。

 

 

「あははははっ、わぁい携帯電話だ〜!ボタンを押しても何も変わらな〜い、うっれしいな〜……っておもちゃじゃないか!」

 

 

前言撤回、完全に弄ばれている。

こみ上げてきた怒りを抑える事ができずにショッキング・ピンク・テレフォンを床へと全力で投げてしまった。

 

 

「ぬっ〜〜〜〜!円のピンクのお電話が〜〜〜」

 

「あっ、悪い、つい」

 

「ついじゃないよ。ぬ〜、もう円は傷物だよ!慶兄、責任とってよね」

 

「いや、傷が付いたのはおもちゃの方で円じゃないだろ?おもちゃは弁償するけどさ」

 

 

しかし、頬を膨らませてプンスカと怒る円は全然聞く耳を持ってくれない。

それどころか将来家は二世帯住宅がいいとか子供は3人は欲しいとか勝手に俺が責任を取る前提で文句を言ってくる。

 

 

困ったなと思っていると

「慶斗さん、充電が切れていただけみたいですよ〜」

里優から思いもよらない救いの一言が告げられた。

 

 

「本当か?」

 

「本当ですよ〜、ここが電池の残量が表示されているのですが〜この様な時は残量がないんです〜」

 

「でも、携帯を持っている拓郎と円はそんなこと言ってなかったぞ」

 

「多分、からかわれたのですよ〜。壊れてなくて良かったですね〜、慶斗さん」

携帯を渡してくれる里優の笑顔はまるで天使の様だった。

 

 

「「ちっ」」

それに比べて舌打ちをしたこのいたずら兄妹の憎たらしい顔。

 

 

「おいっ、お前ら、俺に何か言う事はないか」

 

2人は片方の手で拳を作り頭を叩き、ウインクしながら舌を出す。

「「てへっ☆」」

 

「てへっ☆じゃねぇよ。俺がどれだけ落ち込んだのかわかるか?わかる訳ないよな?お前ら1回ずつ思いっきりシッペさせろ!」

 

 

立ち上がる俺を見るや否や拓郎と円は素早く立ち上がりテーブルを中心にして点対称の場所に位置をずらしていく。

 

 

右へ、左へと追いかけ回すが逃げる2人のこういう時の息の合いかたは厄介だ。

 

 

広くもないこの部屋の中で追いかけ回す時、何回もフェイクをかければいずれは2人はぶつかりその隙に捕まえられるはずなんだけど、2人も同じ方向に反応してその隙が全然うまれない。

 

 

いつもみたいに反発してくれればいいのに。

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「竜祈、捕まえるの手伝ってくれよ」

 

「っかぁ〜〜!あめぇ!実にあめぇ」

 

 

そんなに俺の考えがそんなに甘かったのでしょうか?

 

 

「えっ?手伝ってくれないのか?」

 

「甘い!もう1杯!」

 

「は〜い、唯さんのも温め直しましょうか〜?」

 

「ううん、大丈夫。竜祈の分だけ持ってきてあげて」

 

甘い、実に甘いのは携帯の事で忘れてた甘酒の方で俺の考えではなかった。

 

 

竜祈から湯呑を受け取った里優は俺達の騒ぎが無かったかのように台所へと出て行く。

俺と拓郎と円はその出て行く姿が自然で、驚きのあまり立ち止まり向かい合わせていた顔と視線が里優に向いてしまう。

 

 

「お待たせ致しました〜、お熱いですから気を付けて下さいね〜」

 

 

今度は戻ってきた里優から竜祈へ渡される湯呑へと顔と視線が向く。

 

 

「っつ、うぐうぐ……っかぁ〜〜!あめぇ!実にあめぇ……んっ?何だお前ら、俺を取り囲んで……痛っ!」

 

 

3人で一斉に小突いてやる。

 

 

「さっきから同じ事しか言ってないじゃん!僕らがさっきからバタバタしてるのになにまったりしてるんだよ!」

 

「俺の話聞いてたか?手伝ってくれって言ってんのに何があめぇだ」

 

「バタバタしてんのはお前らの勝手だろうがよ!こちとら腹減ってしょうがねぇんだよ!菓子と甘酒で空腹を満たしてカロリーを取りたい俺の気持ちがわからねぇのか?」

 

「わからないね。俺は携帯の一大事でそれどころじゃなかったんだ!それを何だ?甘い甘いで済ませやがって!」

 

「おっと、そんな事があったっけな。そいつはすまん!慶斗が殴った事は当然だな」

 

「わかればいいんだよ。さてさて俺も甘いものでもすすりますかね」

 

「っで、拓郎の言い分でも聞こうか?」

 

「全然かまってくれないじゃん?今日ここに来てから変なあだ名付けられたり、蹴られたりしかしてないよね?ここで慶ちんを手伝って僕を捕まえて離せよ〜竜祈って戯れさせてくれてもいいじゃん!」

 

「改めて自分がやった事を他人から聞くと可哀相な事してるのがよくわかるぜ。うし、それなら拓郎はもう1発殴ってくれ」

 

「わかってくれればいいんだよ。ぼっくもあっまいの飲もうかな」

 

 

俺と拓郎が元の席に戻ろうとするが

「ちょいと待て」

竜祈に呼び止められた。

 

 

振り返るとどさくさに紛れて戻ろうとしていた円の腕を掴んでいる。

 

「こらこら円、なんでお前が俺をポカスカ殴ったのかまだ聞いてねぇぞ」

戻る途中に掴まれたせいか片手、片足が上がったまま固まって滝のような汗をかいている。

 

 

「ほらほら、言わないと頭グリグリすんぞ」

 

「だって言ったら竜兄絶対に怒られるもん!グリグリされるもん!」

 

「言ってみないとわからないぞ。もしかしたら納得して頭を撫でてもらえるかもな。このまま言わないとグリグリ確定だ」

 

「ぬ〜……じゃあ言うよ……2人の流れに乗ってなんとなく」

 

「な・ん・と・な・く・じゃ・ねぇ!」

 

「ぬっ!はあああぁぁぁぁぁ。里優ちゃ〜〜〜ん、ヘ〜〜〜ルプ!」

誰もが聞いたら怒るような理由を聞いた竜祈の両拳は円の頭をグリグリと締め上げていく。

 

 

竜祈なりに手加減をしているだろうが、痛みに耐えられない円は速攻で里優に助けを求める。

しかし、珍しく里優はすぐには助けには入らない。

 

 

きっと竜祈が怒っているのはしょうがないと思っているんだろう。

 

 

「ぬううぅぅぅぅぅううう、唯姉助けて〜〜〜〜!」

円の最後の砦、唯に助けを求めるが全然反応がない。

 

 

反応が無い事に違和感を覚えた竜祈からも力が抜け円の悲鳴が止む。

違和感を覚えたのは俺達も同じ、唯を見ると湯呑をじっくりと未だに見ていた。

 

 

「唯さん、やっぱり温め直しましょうか〜?」

里優の気遣いにもまったく反応しない唯はゆっくりと湯呑を口に当て、傾けていく。

そしてどんどんと傾けられた湯呑は、もう中身がないと判断できる角度まで上がっていった。

 

 

その光景をあっけにとられてただただ見ている俺達の前に湯呑が置かれる。

 

 

「ふぅ、これ甘くて美味しいわね。里優、もう1杯もらってもいいかしら?ん?どうしたの、みんなこけてるけど?」

 

「そりゃこけたくもなるよ。僕達を無視して出てきたのが美味しいだもん。真剣な顔をしてるからどうしたのかと思ったよ」

 

「ごめんごめん、何かあった?」

 

「もう何かあった?じゃないよ!円の心からの助けまで無視するんだもん」

 

「まっ、そのおかげで俺は力が抜けて円は助かったわけだけどな」

 

「ぬ〜!竜兄、本当に痛かったんだからね。この〜!」

ポカポカと円は竜祈を叩き始めたがまったくダメージを与えられない。

 

 

「ははっ、止めろよ」

そればかり、円の攻撃を受けている両方の掌を前に出せば出すほど円の体は後ろに下がっていく。

 

 

どっちが攻撃しているのかわからない状態だ。

 

 

「あの2人は置いといて、別にびびるもんでもなかったろ?」

 

「そうね、何であんなに躊躇してたのかしら?」

 

「何でも初めてのもは怖いものではないでしょうか〜?はい、唯さん。おかわりです〜」

 

 

目の前に置かれた湯呑を持ち上げフゥと息をかけ冷ますとまたもや一気に飲み干した。

 

 

おぉっとみんなが歓声をあげ拍手で祝福すると同時に里優にもう1杯持ってきてもらい手拍子をする。

唯が湯呑を上げていくのに合わせ手拍子を速くしていく。

唯は手拍子に合わせまたもや一気に飲み干していく。

 

 

 

この行為が後の甘酒の乱と言われる大事件になるとは思ってもみなかった。

 

 

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「り〜ゆ〜、早くおかわり持ってきなさい」

空になった湯呑をテーブルに叩きつけおかわりを要求する唯、この異変を面白がって悪ノリを始める。

 

 

「ほらほら、唯様がおかわりを要求しておられるぞ、里優、早く持ってきてあげなさい」

 

「かしこまりました〜、唯様、少々お待ち下さいませ〜」

手を叩き、笑っている間に里優はおかわりを持ってくる。

唯は湯呑をもらうと冷ましてから一気に飲み干していく。

飲み干した後は歓声の中で新たなおかわり要求。

 

 

こんな事を2度繰り返していると上機嫌に上体を右、左と揺らして笑っていた。

 

 

いつもなら見れない上機嫌な唯を俺達は微笑ましく見ていたが

「ま〜ど〜か〜、ちょっとこっちいらっしゃ〜い」

頬を紅く染めた唯が円を手招く。

 

 

いつもならすぐに唯の所へ行く円がためらい始めた。

 

 

「ねぇ、慶兄、なんか唯姉、怖いよ〜」

 

「いや、いつもとはちょっと違うけどそんなには変わら……」

 

「円、早く来なさい」

貫くような声で俺はやっと異変に気付いた。

 

 

唯の目がすわってるじゃないか。

 

 

その異変に竜祈も気付いたのか嫌がる円を持ち上げ唯の側に置いて逃げる。

唯の側の置かれた円の顔は緊張を隠せない。

 

 

そんな円を唯は笑ったかと思った瞬間、思いっきり抱き締め始めた。

 

 

いつもなら喜ぶ円だけど、今回ばかりは恐怖を感じているんだろう。

その証拠に唯の腕の中で腕を伸ばしてこっちに助けを求めている。

 

 

俺達は頭を下げてすまんと謝るしかなかった。

 

 

「どうしたの、円?そんなにバタバタして。私、かあいいもの大好きなんだよ」

妖艶に笑う唯は色っぽいけど、慣れてない今の俺達には怖さ以外の何でもない。

 

 

「あれってやっぱり酔っぱらってるのか?」

 

「酔っぱらってる以外どう表現するんだよ、陽気になりましたっなんて言わねぇだろ」

 

「甘酒って酔っぱらうもんなの?ちっちゃい子だって飲ませてるじゃん」

 

「今携帯で調べてみたんですけど〜、アルコールが少し含まれてる場合があるようです〜。弱い人が飲むと酔う可能性があるみたいですね〜」

助けを求めている円をよそに小声で今の状態と原因を話し合う。

 

 

原因ははっきりとしている。

 

 

甘酒に対する知識が無かった事、何より大きい原因は唯が酒に弱い事を知らずにガスガス飲ませた事だ。

 

 

「もう済んじまった事はどうしようもねぇな」

 

「今は円だけで済んでいるけど、いつ俺達に向くかわからないぞ」

 

「僕的には嬉しいけど、大概こういうおいしい場面はスルーされるんだよね」

 

「でも、今日ならスルーされないのではないでしょうか〜?でも、もし次捕まるとしたら誰なんでしょうね〜」

 

 

ごくりと固唾を飲み考えてみるが、どう考えて見ても

「「「お前だろ!」」」

男性陣は一斉に里優を指差す。

 

 

「わっ、私ですか〜?」

予想もしていなかったかのように驚く里優に対して俺達は当然だろと頷いて返す。

 

 

「わっ、私、よっ、用事があるので帰りますね〜、……ひっ」

慌ただしく帰り支度を始めようとする里優の腕を掴むものがいた。

 

 

「り〜ゆ〜、どこに行くつもりなのかしら〜」

さっきまで円を撫でたり抓ったり思いっきり抱き締めたりしていたはずの唯だった。

 

 

円は解放されたのかというと唯の小脇に抱えられ拘束は現在進行形だ。

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「ほぉら、り〜ゆ〜、こっちに来なさ〜い」

 

 

来なさいというよりは強引に自分の元へと引き寄せる。

 

 

「いらっしゃ〜い、里優。うぅん、良い匂いするわね。髪もさらさらして気持ちいいし、何よりもかあいいわね」

引き寄せられた里優は今までの唯からは想像できない行動に驚いているのか苦笑いのまま固まり唯に良いようにいじられている。

 

 

それを羨ましく見ている奴が拓郎だ。

 

 

しかし、落ち込んだり考えたりしては嬉しそうな顔をする。

きっとスルーされた時と呼ばれて抱きしめられた時の想像をしているのだろう。

 

 

でも、さっき自分でも言っていたとおり、こういう場面でスルーされてしまうのは拓郎の役目になってしまっている。

別にその役をかってでたわけじゃないのだけど、今まで俺達が作ってきた流れがそうしてしまっている。

今回もスルーされるのがほぼ決まりだろうな。

俺は拓郎の肩を掴み静かに首を横に振るしかなかった。

 

 

「だよね、酔っぱらってるからって僕達に同じ事はしないよね」

拓郎の両肩を抑えてゆっくりと首を縦に振る。

 

 

「慶ちん……わかってるよ。僕だってそれぐらいわかってるさ。でも……夢ぐらい見たっていいよね?」

 

「あぁ、拓郎……夢を見る事は悪い事じゃないな」

 

がっちりと握手をする俺と拓郎の間に竜祈が入ってくる。

「慶斗、拓郎、夢見んのは布団の中じゃなくてもいいよな?」

 

竜祈の言葉に共感した俺と拓郎は握手していた手を離し竜祈を入れて円を描くようにスクラムを組み夢を見る事の意義を確認し合った。

 

「拓郎……」

しっかりと組んだはずのスクラムは唯の拓郎を呼ぶ声で崩れ去る。

 

 

「ゆぅ〜うぃ〜、僕は今すぐそっちに行くよ」

 

「あっ、てめぇ、何、自分だけ夢を実現してんだよ!」

 

「そういや、竜祈の発言を聞いていると唯に抱きしめられたいっていう風に聞こえるけど、里優に怒られるんじゃないか?」

 

「んっ、なっ何を言っているんだい、慶斗君?俺は里優にしてもらいたいって言っているんだよ?アンダスタン?」

 

「ならいいけど。まっ、ここは珍しくスルーされなかった拓郎を祝ってやろうじゃないか」

 

「そうだな、たまに可哀相だなって思う時あるしな。ほれ、拓郎、早く行けよ」

 

「ふぅ、もてる男ってのは大変なもんなんだよ。いずれ2人にもわかる日がくるよ。今行くよ〜、ゆぅ〜うぃ〜」

 

 

すかしている拓郎にいらつきを覚えたが

「……っと、竜祈、そこに座りなさい」

どうやら拓郎が望んでいた事は起こらなさそうなので忘れる事にした。

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「2人共、地元のみんなに会ってないの?いっつもみんなに2人ってどうしてるの?聞かれるのよ。毎回説明する私の身にもなってみなさいよ」

 

「いや、ほら、昔の事もあってなんか会いづらくてよ」

 

「言い訳なんて聞きたくないわ。あとそれと遅刻しないで学校に来なさいよ。なんで竜祈のクラスの担任の先生にちゃんとくるように言ってくれって頼まれないといけないの?拓郎もそうよ、丸ちゃんにいっつも言われるんだからね」

 

「それだったら慶ちんだって一緒じゃないか」

 

「人の事はいいの!今は拓郎にいってるんだから!んっもう、大声出したら喉乾いちゃったじゃない。里優、おかわり持ってきてくれる?」

 

「あの〜、唯さ〜ん。もう今日はこれぐらいにしといた方がいいと思いますけど〜」

 

「り〜ゆ〜、お・か・わ・り」

 

「はっ、はい、今すぐ〜」

唯の側からすぐに離れ台所へと向かいおかわりを用意して部屋に戻ってくる。

うまいと思わされたのは湯呑を唯の前に置くと唯から1番遠い位置に座り直したところだ。

 

 

おかわりがきた唯は円を小脇に抱えたまま一気に飲み干す。

もうここまでくると円の形をしたぬいぐるみを抱えてるようにしか見えてこない。

 

 

「ふぅ、美味しい。ちょっと里優、こっちに来なさい」

流石は唯だ、里優の行動を見過ごしていた訳ではなかった。

 

 

「それと拓郎と竜祈、なんか面白い事しなさい。全員が笑うまでずっとね」

なんという無茶ぶりだ、いつもの団欒中なら可能だったはずだけど、こういう状況で全員を笑わせるなんて辛い。

 

「よし、僕からいってみましょう!モノマネしま〜す!竜祈、僕が何か反応するまで僕に適当に話しかけて。よし、いくよ」

 

「拓郎、何やるかわからねぇけど、そんなんで笑いがとれると思えねぇんだけど……拓郎?おい、聞いてんのか?」

 

「……まあいいか」

 

 

一体何のモノマネなのかわからないが唯も笑っている事だし俺も笑ってやれば過酷な無茶ぶりも終わりにしてくれるだろうと無理やり笑った。

 

 

「ほら、みんな笑ったでしょ?いや〜、鉄板だね、慶ちんのモノマネは。唯、これでいいでしょ?」

 

「駄目に決まってるじゃない。みんな笑ってないもの。じゃあ次は竜祈ね」

 

「ちょっちょっちょっ、みんな笑ってただろ?なんで駄目なんだよ?」

 

「拓郎が笑ってなかったじゃない。全員が笑うまでって言ったでしょ?ちゃんと聞いてた?」

 

 

唯の話に愕然とする2人。

 

 

まさかネタをやっている人間まで笑ってないと駄目だなんてルールを誰が予測できただろう。

どっかで読んだ漫画の赤牌無しでチートイ、ドラ3で上がれというルールに近いルールじゃないか。

 

 

案の定、この後のネタ見せでは本人は無理やり笑ってるとかいちゃもんがついてなかなか終わる事がなかった。

結局最後に披露されたネタは即興で作った福笑いをやるというネタだった。

 

 

2人の努力は一体どこに飛んで行ってしまったのだろう。

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「ふぅ、笑わせてもらったところで最後は慶ね。ちょっとこっちに来て」

 

 

まさかトリを務めるために残されていたなんて考えていなかった俺はみんなの顔を見渡す。

みんなの顔は一様に諦めて唯の前に座りなさいと告げている。

 

 

俺の番が来るまでに異なるパターンが用意されていた。

できれば、竜祈と拓郎が受けた説教パターンをお願いしたい。

里優と円が受けたかあいいパターンだと後から竜祈と拓郎から何を言われるかわからないし、何よりどうリアクションをとっていいのか見当がつかない。

 

 

どうか説教パターンでありますようにと願いをかけつつゆっくりと唯の前に座ると顔を両手で抑えられた。

しかも、やらたと顔を近くに寄せてくる。

 

 

「これはどっちのパターンだ?っていうかどういうパターン?」

 

「「「「わかりませ〜ん」」」」

 

 

4人がわからないのは当然の話だ、わかるのは本当に目の前にいる唯にしかわからないんだから。

 

 

「パターンって何?慶には言いたい事がいっぱいあるんだからね」

これは長い時間を覚悟しないといけないと身構えていると唯の声は俺だけに聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で話を続ける。

 

 

「昔からだよね、鈍感で何を考えてるかわからなくて……でも、私が困ってる時に……それで………でも、今は……」

 

「お〜い、唯?大丈夫か?って、おいっ!」

 

 

瞼を閉じた唯の顔がどんどんと接近してくる。

しかも、このままの軌道でくるとしたら唇と唇が衝突してしまう。

 

 

世界がスローモーションに切り替わったようにゆっくりと近づいてくる。

周りから悲鳴とも歓声とも怒声ともとれる声が飛んでくる。

いや、これは完全に不可抗力で決して俺の責任ではないんだと周りに言ってやりたかったがそんな余裕は心臓の高鳴りでかき消されている。

もう受け入れてしまおう、そう、全てを受け入れてしまおう、俺もゆっくりと瞼を閉じて来るべき瞬間を待とう。

 

 

自分の中で長い時間瞼を閉じていたと思う。

実時間にしたら相当短い時間が過ぎただけなのだが唯の唇が衝突する瞬間がやってきた……そう、俺の胸に。

-17ページ-

「残念だったな慶斗。熱いチューができなくて」

 

「慶ちんにしては珍しく決心した顔したのにね。でも、一時はどうなるかと思ったよ」

 

「ぬ〜、円的にはブチューってしてるの見たかったのに」

 

「私も見たかったですね〜。それにしても唯さんの寝顔、可愛いですね〜」

 

「そうだな、こうして見るといつもと違って円よりも幼く見えるな。でも、これってどういうパターン?」

俺にもたれかかり寝ている唯はしっかりと俺を抱き枕にしているかのように腕を回している。

 

 

「「「「わかりませ〜ん」」」」

 

「聞いた俺が間違ってたよ。さてこれはどうしようかな?」

 

「それもわからないよ、後は慶ちんに任せるよ。んじゃ僕は家に帰らないといけないから行くよ。アドレス決まったらメールして」

 

「あぁ、いいけど俺、拓郎のアドレス知らないぞ」

 

「唯にでも聞いてよ。使い方聞かないとメールもできないと思うし」

 

「まあそうだな。わかった、決まったらメールするよ」

拓郎は帰り支度が終わると何も言わず背を向けたまま手を上げて家を後にした。

 

 

その姿を見送るとすぐに円も帰り支度を始める。

 

 

「円も帰るのか?もうちょっとゆっくりしてけばいいのに」

 

「唯姉にもみくちゃにされて疲れちゃったよ。それに元気になって初めて迎える元旦だもん。お母さん達とも一緒にいた方がいいかなって」

 

「そうだよな、引き止めて悪かったな。アドレス決まったらメールするよ」

 

「うん、それじゃまたね。あっ、ピンクのお電話の恨みはいつか晴らすかね」

 

「ちゃんと弁償するよ」

 

「ちゃんとだからね。それじゃあね、慶兄、里優ちゃん、竜兄」

 

 

何を急いでいるのか足早に家を後にしていった。

 

 

「まさかとは思うけど、お前達はまだ帰らないよな?唯がこんな状態なのに」

 

「いや、俺達もそろそろ帰らないとな。流石に元旦から里優を遅くに帰すのはまずいからな」

 

「竜祈さん、私1人でも大丈夫ですよ〜」

 

「駄目だ!お前を遅くに1人で帰さないって決めてんだよ。つーわけだから慶斗、後よろしくな」

 

「よろしくなって、唯はどうするんだよ?すっかり熟睡しちまってるじゃないか」

 

「泊めてやればいいじゃん。家には俺から連絡しとくから大丈夫だ!」

 

「大丈夫って娘を男の家に泊めても良いぞっていう親っていないだろ?」

 

「そこは里優を使うから大丈夫だ。問題ない!」

 

「完全に問題なのは唯ががっちりとホールドしてる事もなんだけど」

 

「じゃあ〜、私お布団敷きますからそこに寝て下さいね〜」

 

「里優……それはどういう意味でしょうか?」

 

「そのまま2人で寝ろって事だろ?唯も起きそうにないしな」

 

「起きないにしろ寝るのは別々でいいだろ?この手解いてさ」

 

「いつも世話になってんだ、たまには恩返しでもしたらいいじゃねぇか」

 

「抱き枕としてか?」

 

「おう、抱き枕として。ほれ、もう里優が布団敷いたみたいだから」

 

「うおっ、いつの間に敷いたんだよ。いや、でも、このまま寝たら息苦しいし唯の腕が下敷きになって痺れちゃうだろ?」

 

「問題ないだろ?ほれ、慶斗、横になれよ」

 

 

言われるがままに布団に移り横になろうとすると竜祈が唯の腕を俺から解いた。

 

 

「解けるなら別々でいいじゃないか。もう抱き枕としては機能してないぞ」

 

 

横になりながら竜祈に問いかけると唯は俺の服を掴み体を寄せてきた。

 

 

「抱き枕にはなってねぇかもしれねぇけど湯たんぽにはなってるだろ。しかも何も要求してないのに腕枕までしちまって、やるね〜、慶斗」

 

「見ていて羨ましいです〜、もう、毛布と掛け布団も掛けておきますね〜」

 

 

傍から見ればすっかり寝る体勢に入っている、でも、俺はそんな状態ではない。

 

 

「んじゃ、電気消すぞ〜、慶斗、間違いは起こすんじゃねぇぞ」

 

「そう思うならお前も泊まってけよ。電気消されても寝れないしさ」

 

「はい、おやすみなさ〜い」

 

 

俺の言っている事をちゃんと聞かずに電気を消して里優と竜祈は家を出て行ってしまった。

 

 

 

 

助けてくれる人はもうこの家にはいない。

かと言ってすっかり寝息になっている唯を起こすのも気が引ける。

しょうがないと自分に言い聞かせて目を瞑る。

 

 

 

自分でも驚くくらい時間が経つにつれて落ち着きを取り戻していく。

そればかりかどんどんと居心地が良くなっていく。

 

 

 

 

そして、俺はゆっくりと、ゆっくりと眠りに落ちていった。

-18ページ-

 

 

 

 

この日、俺は夢を見た。

 

全てが朧気だけど多分これは俺が小さかった時の記憶だ。

 

場面はどんどん変わっていくけど全部に共通する事がある。

 

俺は誰かの手を引いて歩いていた。

 

その誰かは全部の場面で困っている顔をしていた。

 

でも最後には笑ってくれる。

 

俺はそれが嬉しかった、ずっとその誰かの力になっていたかった。

 

そんな夢を見た。

 

 

 

 

説明
一年の計は元旦にあり!
そんなことを言っていた唯。
俺の一年はどんなことが起こるんだろう?
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