虚界の叙事詩 Ep#.22「最深部へ」-2
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タレス公国 ゼロ対策本部指令室

 

12月4日 4:22 A.M.

 

(紅来国との時差 −20時間)

 

 

 

 

 

「どうなっているのだ。今の、《青戸市》の現状は…!」

 

 指令室に、ドレイク大統領の声が響き渡った。既に12時間。『SVO』メンバーと、『帝国』の

浅香国防長官が、《青戸市》の大地に足を踏み入れてから、12時間の時間が経つ。その間、

彼らからの連絡は、途切れ途切れにしかやって来ていない。

 

 特に、ここ6時間に関しては、一切の連絡が途絶えていた。

 

「詳しい事は不明ですが、『SVO』の者達は、既に『ゼロ』のいる、《池下地区》へと接近してい

る模様です」

 

 そう言ったのは、ドレイク大統領と同じく、作戦の開始から指令室で様子を見守っている、原

長官だった。

 

「ですが、先程から、『ゼロ』の方に顕著な変化が現れているようです…」

 

「どう言う事だ…?」

 

「何でも、特異エネルギー波の反応が、急激に上昇しているとかで…」

 

 原長官のその言葉は、ドレイク大統領を驚かせた。

 

「急激に、上昇だと…。一体、何が起こっているというのだ?」

 

 その時、ドレイク大統領と原長官のみがいる指令室の呼び出し音が鳴った。ドレイク大統領

は、指令室前に立つ、自分の補佐官の姿を確認し、中へと入れさせた。

 

「どうした…、何が起こった?」

 

 ドレイク大統領よりも明らかに年上で、顔の老けているその補佐官は、恭しい様子で大統領

に言った。

 

「大統領…、そろそろ、『ゼロ』に対する“最終攻撃”の命令について、『帝国』側と協議しなけれ

ばならない時間です…」

 

「そうか…、分かった…」

 

 ドレイク大統領はついていた椅子から立ち上がった。

 

 彼はいたって落ち着いていたが、原長官は違った。

 

「“最終攻撃”ですと…? 私は、そんな話は聞いていませんが? 大統領?」

 

 指令室を出ていこうとする大統領を、原長官が咎めようとする。

 

「ああ、そうだろう。君には誰にも言っていないだろうからな。我々と『帝国』で極秘に進めた作

戦だ」

 

 指令室を出る大統領、それには原長官も続いた。

 

「まさか…、あの『ゼロ』に対して、何かをするのですか? 大統領。お言葉ですが、無理なお考

えを…。彼相手に兵器類の使用を行う事は、逆に、その性能を乗っ取られ、壊滅的な反撃をも

たらすものだと、大統領もご存知のはずです」

 

「分かっている。だが、『ゼロ』に対しても効果的で、かつ、その性能を乗っ取られないような兵

器があると、『帝国』側が進言して来たのだ」

 

 ドレイク大統領と原長官は歩を進め、やがて、会議室の前へとやって来ていた。

 

「それは、どのような兵器なのですか? 大統領?」

 

「中で話を聞けば分かる…」

 

 ドレイク大統領は、原長官を先に部屋の中へと入らせた。

 

 既に会議室内には、『タレス公国』の軍の高官達が集っており、いつでも『帝国』との作戦会

議は行える状態だった。

 

「一つ、断っておきたい、原長官。『SVO』は、任務の為ならば、全てを犠牲にできる覚悟がで

きている者達なのだな?」

 

 ドレイク大統領の質問は、今更ながらというものだった。だが、それには裏の意味が含まれ

ているのだと、原長官は直感した。

 

「え、ええ…。ですから、彼らはこの任務に、彼らの意志で志願したのです…」

 

 自分専用に開けられている座席に着きながら、原長官は答えた。

 

「そうか…、では始めようか。お待たせした、『帝国』の方々。これより、『ゼロ』に対する“最終

攻撃”についての作戦会議を行おう」

 

 会議室は、相変わらず、立体映像のスクリーンにより、そのまま『帝国』側にある会議室へと

続いているかのように見せられていた。

 

 『帝国』側の座席には、『皇帝』ロベルト・フォードの姿もある。『帝国軍』高官達の姿もその場

にあった。

 

 そのスクリーンにまず現れたのは、巨大な戦艦の立体映像だった。空母でも、戦闘機でもな

い。それは、空中を航行できる、戦艦だった。

 

「これは…!」

 

 原長官は驚きながら声を上げた。映像に現れた戦艦の姿形は、原長官は何度も見ているも

のだった。

 

 それは1週間前、彼も知らないものであったし、『NK』の防衛庁で見たものではない。この『タ

レス公国』の地で知ったものだった。

 

「我が国の空軍戦艦、『リヴァイアサン』です」

 

 『帝国』の空軍将軍が画面の前に表示され、堂々と言った。

 

 一同は黙った。なぜなら、彼らはこの戦艦が何者であるのか良く知っていたからだ。

 

「ミスター・ハラ。お気持ちはお察しします。確かにこの戦艦、『リヴァイアサン』に搭載されてい

る兵器は、貴国に壊滅的な被害をもたらしました…。ですが、今、人類に残された兵器は…」

 

「もう、良い。それ以上言わなくても、構わん。状況は分かっている…」

 

 原長官は『帝国』の将軍の言葉を遮り、言った。

 

 彼は分かっていた。確かにこの兵器は、自分の祖国を、今まで自分の人生を賭してまで守っ

ていこうとした国を、再生不可能なまでに破壊した。

 

 しかしそれは、『帝国軍』がやったのではない。直接の引き金は『ゼロ』が引いたのだ。それ

は原長官自身でも分かっていた。

 

 今は、愛国のプライドや、名誉などの為に動いている時ではない。今は、人類の明日がかか

っているのだ。

 

 しかし、彼には気がかりな事があった。

 

「…、我々は、この戦艦に搭載されている兵器、高威力原子砲を、『ゼロ』に対する“最終攻撃”

に使用しようと考えております。前回この兵器を使用した際は、つまり…、作戦失敗となりまし

たが…」

 

「待て、待て。だとしたら、『SVO』のメンバー達はどうなるのだ? 彼らは、現在、『ゼロ』へと

接近している…。だとしたら…」

 

 原長官は、それが何を意味するのか知っていた。だが、確認する事にも抵抗があった。

 

「…、ハラ長官…。君にももちろん話そうと思っていた…。だが、君の気持ちを考慮し…」

 

 ドレイク大統領は、原長官に近付き、言ってきた。

 

 だが、原長官は、

 

「大統領。止めてください。私の気持ちなど、もはやどうでも良い。それに彼らは諜報組織のメ

ンバーなのです。覚悟はできているはずです」

 

「そうか…、でははっきりと言おう…」

 

 ドレイク大統領は静かに言った。

 

「『SVO』メンバーは、この作戦上、“囮”となっています。『ゼロ』に対する“最終攻撃”をより確

実にし、彼をこの世から抹消する為に必要な、彼を誘導する為の“囮”となってもらうためです

…」

 

 『帝国』の将軍が言った。

 

「『SVO』のメンバーをもってしても、『ゼロ』を倒す事はできない…。それは『帝国軍』でも、いか

なる艦隊でも不可能…。その戦艦がどの程度の兵器をもっているかは良く知っている…、だ

が、本当に『ゼロ』を倒す事はできるのか、という事だ…」

 

 すると、『帝国』側では、俄かに動きを見せた。

 

 『タレス公国』側での画面が流れ、そこには戦艦『リヴァイアサン』だけではなく、同じような機

体の画像が幾つも出現した。

 

 合計5機の大型戦艦が出現した時、画面は止まった。

 

「戦艦『リヴァイアサン』と、同型の機体4機です。現在、5機とも、『紅来国』《青戸市》へと航行

中です。残り3時間ほどで高威力原子砲の射程距離内に入ります」

 

 『タレス公国』側で思わずため息が漏れる。

 

『帝国』では、一つの都市を一撃で消失させられるほどの戦艦を搭載した兵器を、『リヴァイア

サン』の他にも4機建造していたのだ。

 

 原長官が防衛庁にいた時、『SVO』の潜入捜査では、戦艦が4機ある事のみならず、1機の

建造記録も発見できなかった。

 

 この4機の機体が、どれほどの破壊力を秘めているかは想像したくも無い。話によれば、1

撃の高威力原子砲の力でも、大型の隕石を破壊する事ができるという。

 

 それが4機ある。

 

 だが、それは味方ならば心強いという意味でもあった。しかし、この兵器を使うとなれば、『S

VO』メンバーはもちろん。『帝国』は、あの浅香国防長官を失うという事にでもある。

 

「だが、良いのか? 『帝国』のフォード皇帝殿。現地には、アサカ国防長官もいらっしゃる…。

我々としても、全力で彼女を《青戸市》から帰還させたいと思っている。もちろん、“最終攻撃”

の前にだが…、もし、それが上手く行かなかった場合も考えられる…」

 

 ドレイク大統領は、『帝国』側の画面の奥の方に堂々と座り、じっと様子を見守っている、ロベ

ルト・フォード皇帝に尋ねた。

 

 すると、彼はその口を開く。それだけで、一斉に彼の方へと注目が向いた。

 

「もちろん…。我々『帝国軍』も、彼女を全力で呼び戻すつもりでいる。しかし、彼女は国防長官

…。“最終攻撃”についても知っている。状況は分かっているし、何より自分自身の意志であの

場にいる…。彼女が帰還したがっているのならば別だが…。

 

それに彼女は、『ゼロ』や『SVO』のメンバー達と全く関係が無いわけではない。むしろ、いるべ

くして、彼らの元にいる…。だから、もし、誰も反対が無いのであれば、私としても“最終攻撃”

に対して反対をするつもりは、無い」

 

 『皇帝』は断言をした。それは、つまり、この場、更には『帝国』にいる者たちの間で、『ゼロ』

に対する“最終攻撃”への意志がまとまったという事も意味していた。

 

 だが、その為に払う代償の事を考えると、原長官は決意を鈍りそうだった。

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『青戸市』《白越地区》

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇が廃墟の街を覆い付くし、寒々しい空気と音が周囲に鳴り響いている。それは、廃墟

の建物の窓ガラスを失った空洞が、丁度、笛の孔ような役割を果たしているからだ。

 

 夜になっても、『SVO』のメンバー8人、そして『帝国』の国防長官、浅香 舞を加えた一行

は、行動ができないでいた。

 

 闇に閉ざされた世界では、どこに何が潜んでいるか分からない。更にこんな廃墟の土地で

は、どの場所がいつ崩落するか、分かったものではない。という事もあったかもしれない。だ

が、一番の理由は別にあった。

 

 何とか、香奈が与えた電気刺激と、沙恵自身の『治癒能力』で、沙恵の容態は安定してい

た。登も、切り裂かれた首の傷の応急処置も終え、生死の境を彷徨う事は無くなった。

 

 しかし2人とも、体の筋肉や骨格組織、更には内臓にも、即座に病院に運ばねばならないほ

どの損傷を抱えていた。

 

 2人とも自分で立つ事は適わず、いくら沙恵の高い『治癒能力』があったとしても、歩けるよう

になるまで、まして、この廃墟の道を歩いていき、『ゼロ』を倒しに行く事ができるようになるま

で、1週間、いや、もっとかかってしまうだろう。

 

 更にその間、先程起こったような敵の襲撃があったら…。

 

 一行は、廃墟ビルの中でも、倒壊の危険の無さそうな、それでいて、敵からの襲撃に即座に

対応できる見通しの良い場所に、一時の陣を構えていた。

 

 どうせ先程のような敵や、瓦礫の巨人達には、目でなく、『力』の感覚で居所がばれてしまう。

下手に隠れる事も無駄だった。

 

 ただ負傷者を安全に保護、そして治療させられる場所が必要だったのだ。

 

「いいよ…、あたし達の、事は…」

 

 沙恵は、先程から仕切りにそう言うばかりだ。喋る事ですら、苦痛なはずだというのに。

 

「ううん。いいの。あなた達を置いてなんて行けない…」

 

 香奈は、沙恵にそう答えた。だが、それは、本来ならばしてはならない事。どんな時であろう

と、自分達は任務が最優先で無くてはならないのだ。

 

「ばか…。そんな事言って…! 相手は『ゼロ』なんだよ…! うぅ…!」

 

 声を上げた途端、沙恵はうめいた。傷が痛んだのだ。無理も無い。つい先程まで、彼女の胸

には穴が開いていたのだから。肺に溜まった血を除去するのは、相当に難な仕事だった。

 

「早く行かなきゃって言うんなら、あたし達もそうしたい…。あなた達の事は心配だけれども、そ

れが任務だからって事も分かっている。だけれども、どうもあの、国防長官の人が、さっきから

何かを待っているみたいなの…」

 

「待っているって…、な、何を…?」

 

「さあ…?」

 

 当の舞は、『SVO』メンバー達には何も言って来なかった。彼女は腕時計を見つめながら、

何かの時間を推し量っているようだった。

 

 そんな彼女へと、隆文が近付いていく。

 

「なあ、浅香さん。いつまでもここにいるわけには行かないっていうのは、俺達にも分かってい

るんだ。そろそろ話してくれないか? あんたが何を待っているのかって言う事を」

 

 舞は隆文の方を振り向く。

 

「待っているというよりも、計算していると言った方が良いでしょう。数時間前、本部との通信が

できない状態になりました。我々への救助部隊も、沿岸部にいる、あの“瓦礫の巨人達”に阻

まれてできない状態です。

 

 前は『ゼロ』にもっと近付かなければ、通信の妨害などされなかったと言うのに…。つまり、

我々は孤立無援になったという事です」

 

 舞は隆文のみならず、その場にいる全員に言い聞かせるかのように言うのだった。

 

「ああ、そんな事くれえ分かってるよ。だからどうするって言うんだ? オレ達は引き返すって言

うのか? こんな所まで来て!」

 

 苛立っているかのような浩の声。

 

「そういう訳にも行かないわよ。今、わたし達の感じている『ゼロ』の『力』は、わたし達が、ここ

へ上陸した時よりもずっと増してきている…。それが、一体何を意味しているかという事くらい、

分かるでしょう…?」

 

 絵倫が、浩を戒めるかのように言った。

 

 全員が息を呑んだ。もちろん絵倫だけでなく、この場、廃墟の建物の中にいる9人ならば皆

感じている。

 

 『ゼロ』の『力』は、今までに無くその強さを増していたのだ。以前は、もっと接近しなければ、

その『力』の重圧にも似たものを感じる事はできなかっただろう。だが今は、『ゼロ』がいるはず

の《池下地区》までは10km以上は離れているそれなのに、はっきりと『力』を感じる事ができ

ていた。

 

 しかも、一行の感じている『力』は、更にその強さを増していた。

 

「『ゼロ』の『力』は、彼がこの《青戸市》に戻って来た事で急速に高まっているようです…。今、

私が感じている限りでは、『NK』や、我が国を破壊させた時と、同程度かそれ以上…。更に高

まっているようです…」

 

「今、奴を我々が止めなければ、更なる被害が世界を襲うだろう…、な」

 

 と、太一が静かに言った。

 

「我々がどうあれ、『帝国軍』その他の連合軍の作戦は遂行されます…。ですが、我々が『ゼ

ロ』の元に辿り着いていなければ、その作戦は失敗に終わるでしょう…」

 

「分かっている。俺達が囮になって、『ゼロ』の奴を引き付ける。そこに軍が総攻撃を仕掛ける

っている作戦だろ」

 

 隆文が舞の言葉を遮るかのように言った。

 

「おいおいよ。まるで自分達の軍事力を過信しているかのような作戦だぜ…! 今更だけど、

言わせてもらうけどな。相手は『ゼロ』なんだぜ? 核攻撃を、逆に自分が操っちまうような奴な

んだぜ…?」

 

 不満も露わな浩。

 

「私も承知しております。だから、今回も我々は、ただ単に総攻撃を仕掛けるつもりはありませ

ん。ある兵器を使い、『ゼロ』を完全破壊するつもりです」

 

「そう言えば、俺達はその“最終攻撃”については、何一つ聞かされていなかったな? 資料も

何も、与えられなかった」

 

 太一は舞に向って言う。彼はその言葉をいつ彼女に聞くべきか、そのタイミングを推し量って

いたようだった。

 

 すると舞は、ほんの少しだけ間を置いて皆に向って言った。

 

「戦艦『リヴァイアサン』…」

 

「それってよ…?」

 

 浩が確認するかのように尋ねた。

 

「ええ、ご想像の通り。我々は戦艦『リヴァイアサン』を用いて『ゼロ』への“最終攻撃”を仕掛け

ます。もはや、人類に残された兵器はそれしかありません」

 

 だが、堂々たる舞の言葉を隆文は遮った。

 

「おいおい待ってくれよ。それって、一度、あんたらが『ゼロ』に向って差し向けた戦艦だろう? 

だが、結果はどうなったか分かっているよな? 高威力原子砲だかは、俺達の国に向けて発

射させられた。何故かって、『ゼロ』に向って使おうとしたからだろう…? 同じ失敗を繰り返す

つもりなのか?」

 

 すかさず舞は答える。

 

「もちろん、そのつもりはありません。今回は同型の兵器を搭載した、全く同型の戦艦を他に4

機、計5機の艦隊として、すでにこの地に向かわせています」

 

 だが舞に、更に浩が詰め寄った。

 

「おいおいおいよ、数を増やせば良いってもんじゃあねえんだぜ? それに、また『ゼロ』に兵

器を乗っ取られたら、どうなるってんだ? あんたも、嫌って言うほど経験しているだろう?」

 

「我が軍が行うのは、遠隔地からのピンポイント攻撃です。攻撃方法も、ミサイルのようなもの

を発射するのではなく、エネルギーをレーザーのように発射するのですから、操られようも無い

でしょう? ここから10km以上は離れた場所からの攻撃ですので、彼に艦隊を乗っ取られる

心配も無い」

 

「じゃ…、じゃあ、あたし達はどうなるんですか?」

 

 沙恵の元で心配そうにしている香奈は尋ねた。

 

 一同は黙りこくる。その答えは舞が答えるまでも無く、彼らには分かっていたのだ。

 

「ご存知の通り…。あなた達…、いえ、我々は囮なのです。『ゼロ』に“最終攻撃”を感づかれれ

ばどうなるでしょう? 地下に潜るとか、何かを彼はするはずです。そうすれば、攻撃は『ゼロ』

を打ち倒すには不完全なものとなってしまいます。

 

 だから、我々は『ゼロ』の注意を引き付けなければならない。それは、『ゼロ』と同じ実験を受

け、似た波長を持つ我々ででしかできない事なのです」

 

 舞は覚悟が定まっているかのように、はっきりと言うのだった。

 

「ちッ…、確実性の無い話だ…」

 

 と、浩は言ったが、

 

「だが…、俺達に残された方法はそれぐらいのものしか無い…。しかも今、どんどん『ゼロ』の

『力』が増しているというのなら、早めに行動を起こさなければならないようだな…」

 

 太一が言った。

 

「ええ…、ですから、私は、艦隊が『ゼロ』のいる《池下地区》を射程距離におさめる時間を知っ

ています。その時間を推し量ったところ、今からおよそ5時間後、攻撃可能な射程に艦隊は入

るのです。もし我々が歩いてこの場所から《池下地区》へと向うのでしたら、同じく5時間ほどか

かるでしょう…。

 

 艦隊より早すぎても、我々は長時間『ゼロ』を引き付けていられないでしょうし、遅すぎても駄

目です」

 

「なるほど…、もう出発しなければいけないってわけね…」

 

 と、絵倫。

 

「だ、だけれども沙恵達は…? この怪我じゃあ、一緒に連れてなんていけそうに無いよ」

 

 沙恵と登を心配し、香奈が言った。

 

 すると隆文は、

 

「…、本部はこの場所を知っている。2人はこの場所で待っていてもらうしかないな…。負傷をし

た体で危険かもしれないが、ここなら《池下地区》から10km以上は離れている…、“最終攻

撃”の直撃は受けないで済むと思う…」

 

「ふ、2人だけこの場所に残して行くって言うの!?」

 

 香奈はリーダーの決断にうろたえる。しかし、

 

「僕らは一行に構わない…。いや、むしろそうすべきだと思う…。君達は行ってくれ…、僕らの

事など忘れて…。君達と共に行けないのが、残念だ…」

 

 登はもう覚悟など決めてしまっているらしい。

 

「あ、あたしも…、登君と同じ意見だよ…。怪我の心配ならご無用。自分で何とか手当てできま

す…。それよりも、あなた達の方が心配だよ…」

 

 沙恵は、無理して平静な顔を繕いながら皆に言うのだった。

 

「沙恵…」

 

 弱っている自分の親友を見て、香奈は形容しがたい気持ちに襲われた。

 

「香奈…、もしかしたら、これがあなたとの最期のお別れになってしまうかもしれない…。でも、

迷っちゃあ駄目だよ…。あなたが行く道は2つに1つなんかじゃあない。1つだけなんだから…」

 

 沙恵ははっきりと香奈に言った。

 

「う、うん。分かっている。もう、覚悟は決めたから…、大丈夫」

 

「登よォ…! 後はオレ達に任せな。お前はもう十分働いたぜ。だから、安心して待っていろ

よ」

 

 浩は登の前で拳を握り締めて見せている。

 

「あ、ああ…」

 

 そんな浩の事が、登にとっては少し心配であるらしかった。

 

「よし。じゃあ、俺達は行って来るぜ。もう、会う事も無いかもしれないが…、会えるとしたら、

『ゼロ』を倒した後でな。そしたら、皆で、任務終了後の打ち上げと行こう!」

 

「やれやれ…」

 

 楽観的に言う隆文に、絵倫は少し呆れた様子を見せつつも苦笑していた。彼の言葉が少し

場の空気を解きほぐしたからだ。

 

「よし、今回ばかりは、朝まで飲み明かしたいぜ。先輩」

 

 と、浩も調子を合わせるのだった。

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 あれはつかの間の楽観でしかなかった。香奈は《青戸市》の大地を踏みしめながら、1時間

前の事を思い出していた。

 

 自分達は『ゼロ』への“最終攻撃”の為の囮となる。それは、ほぼこの地から生還できないも

同然の作戦だった。

 

 たとえ、『ゼロ』の追撃を乗り切ったとしても、高威力原子砲による追撃が、自分達に最期の

時を与えるだろう。それは、逃れようの無い死への道だった。

 

 今歩いている、この高速道路跡の道こそが、その死へと向わせているようだった。

 

 先の方の道が、夜の闇に消えている。十数メートル先は、全くの視認不可能だった。

 

 隆文が、本部との通信が途絶える前に入手していた、衛星からの情報では、この高速道路

跡こそが、『ゼロ』のいる《池下地区》へと向かう道だった。破壊はそれほど酷くは無く、道も途

絶えることなく続いている。

 

 この高速道路を辿っていけば、迷わず《池下地区》へとたどり着けるのだ。

 

「だが…、本部との連携が取れないまま、我々だけが勝手に作戦を実行して良いものだろうか

…? 失敗はできないんだぞ」

 

 暗闇の中に聞えて来る太一の声。彼は大型の懐中電灯を持ち、隆文や舞と共に先頭を歩い

ている。彼らの持つライトの光が、幾つかのラインとなって、暗闇の中へと溶け込んで行ってい

た。

 

「我々軍は、『ゼロ』に接近すれば、一切の通信機器が使用できなくなる事をすでに承知済み

です。本部は連絡が取れずとも、合図で作戦を実行します。

 

 今、『ゼロ』は地下に潜っているようですが、それでは高威力原子砲も意味を成さない…。軍

は、地上に出てきた『ゼロ』へのピンポイント攻撃を行います」

 

 舞は太一の質問に請け答えた。彼女の答えを聞いていると、ますます自分達が生き残れな

い気が、香奈にはしてしまった。

 

「つまり…、オレ達は、『ゼロ』の奴を地上までおびき寄せるって事をすりゃあいいんだな?」

 

 簡単な事であるかのように浩は言う。彼も、『ゼロ』がどれほどのものか、知っているというの

に。

 

「ええ…、上手く行けば、良いですがね…」

 

「大丈夫、香奈?」

 

 背後から絵倫の気遣う声が聞えてきた。香奈は特に気配を周りに見せること無く、ただ黙々

と思考しながら歩いているしかなかった。

 

「う、うん…。大丈夫…」

 

 だが、香奈の答えは、余計に絵倫の心配を煽った。

 

「沙恵と登の事、心配なの?」

 

「まあ、それはもちろん…。2人とも酷い怪我をしているから、もし、何かに襲われたりでもした

ら、と思って…」

 

 香奈は絵倫と並んで前を進みながら答えた。

 

「ええ、そうね…。確かにそれはわたしも心配だわ。実に心配よ。でも、今はああするしかなか

ったのよ…」

 

「『ゼロ』…、いよいよ決着が着くんだね…?」

 

「感じている? 香奈…? まるで背筋に氷を差し込まれているかのような感覚よ…。ここか

ら、奴のいる所まで何キロも離れているって言うのに…」

 

 絵倫の感じている感覚の似たようなものは、香奈もはっきりと感じていた。ただ、香奈の場

合、全身を押し潰されそうになるような感覚だったが。

 

 それは、『ゼロ』の『力』が急激に増しているという事を意味していた。《池下地区》を中心とし

て発せられている、一種の巨大な匂いが、『SVO』メンバーにも覆いかぶさって来ていた。

 

「もうすぐよ…。ええ…、もうすぐだわ…」

 

「うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 それから3時間ほども一行は歩いたが、不思議と疲労の色は誰も見せなかった。その間も、

手を伸ばして来る『ゼロ』の気配が、彼らの体を極度に緊張させ、疲労を感じさせなかったせい

だろう。

 

「俺達は、《池下地区》に入ったぜ。皆、ここから、『ゼロ』がいるであろう、研究施設もそう遠く

はない。1時間とかからずに着く…」

 

 隆文がそう言いかけた時、

 

「待って下さい! 何か、近付いてくるのを感じます!」

 

 周囲の静寂を打ち破るかのように響き渡る舞の声。即座に一行は周囲に警戒を巡らせた。

 

 瞬間、彼らははっきりと感じる。何者かが接近してくる気配。しかも、ただの気配では無い。

 

 一行は、その感じられる気配が何であるのか、良く知っていた。

 

「『ゼロ』…? いや、まさかな。奴の気配は別に感じる」

 

 と、一博が言った。

 

「ああ、昼間、俺達に襲い掛かってきた奴の気配だぜ…」

 

 隆文は呟くように言う。直後、彼は、何かに気がついたようだった。

 

「おいッ! 凄まじいスピードだッ! また、凄いスピードで接近して来るぞッ!

 

 危ないッ!」

 

 隆文は叫び、最も無防備だった、香奈の体を身を守るかのように自分が覆いかぶさり、共に

倒れた。

 

 直後、まるでミサイルが接近して来るかのような音と共に、一行のいる、高速道路の路面に

激突して来る何かがあった。

 

 高速で杭を打ち込んで来たかのような衝撃と、音が周囲に広がった。

 

「あ…、危ねえ…」

 

 間一髪でその攻撃を逃れた隆文は、思わず呟く。更に、彼に守られた香奈は、とても意外そ

うの彼の顔を見上げて言った。

 

「あ…、ありがと…」

 

 香奈にとっては、今まで隆文に直接助けられた事など無かったからだ。

 

 だが、その意外な顔もすぐに警戒のまなざしに変わる。今、路面に高速で突っ込んできた何

者かは、すぐに今度はゆっくりと身を起こしたからだ。

 

「こ、こいつぁ…、昼間に襲ってきた奴だぜ…、登と沙恵をあんなにした野郎だ…!」

 

 砕けた路面から、鋭利な武器と化した自らの腕を引き抜く男を見つつ、浩が吐き捨てる。

 

「もうすぐ、『ゼロ』のいる場所に辿り着けるというのに! また襲ってくるとは…! しかも、気

配は1つだけではありませんよ!」

 

 舞が皆に注意を促す。

 

「ああ、分かっているぜ…、国防長官さんよォ…、あんたの背後からもう1人、気配が迫って来

ている事がな…」

 

 隆文は、舞の方を振り返ろうともせずに言った。

 

 もう1つの気配。『ゼロ』と同じ実験を受けた者だからこそ感じる事のできる、彼と同質の気配

は、舞と太一の立つ位置から、更に先の場所から接近して来ていた。

 

 それは、のっそりと歩くような動き。そして、まるで何かを引きずるかのような音があった。既

に目の前にいる、目にも留まらないほどの高速で動く事のできる男とは対照的に、動きは遅か

った。

 

 だが、巨大な質量を持つ物質がそこにあるかのように、のっそりとした、重厚な気配を漂わ

せている。

 

「ちッ…! こんなにすぐ近くに『ゼロ』が迫ってきているってのによォ…! また2人か…! 面

倒臭せえぜ…!」

 

 と浩は吐き捨てつつも、すでに拳を打ち鳴らし、戦闘態勢に入ろうとしていた。

 

「どうする…! こいつらとここで戦うのは、あまりに危険だ…! いや、戦って負ける事が決ま

っているわけじゃあない…! だが、あと少しで『ゼロ』と戦うって言う時なんだ…! すでに俺

達は2人の戦力を欠いているんだぞ…!」

 

「構うかよ! オレはそう簡単にくたばらねえッ!」

 

 隆文の心配をよそに、浩はすでにやる気満々だ。昼間は、高速で動く男の動きすら捉えられ

なかったという事を、彼は覚えているのだろうか。

 

「だが、こいつらを倒さない限りは、先に進めそうに無い…! こいつらから逃れて、『ゼロ』の

元に辿り着こうなんて事はできそうにない…!

 

 こいつらは、『ゼロ』自身が差し向けた刺客なんだからな…! 俺達を、奴の元に近づけない

為に、奴自身が差し向けた刺客だ…」

 

 太一の警戒も露になっている声が響き渡った。

 

「太一…、任せられるか…? お前なら、そっちの奴を倒すことができると思うか…? どうやら

俺達は、この男だけで精一杯になりそうなんでな…」

 

 太一のいる方向を振り向き、隆文が言う。そんな太一、更には舞の背後からのっそりとした

動きで、巨大な体躯の男が接近してきていた。

 

 その男も、体格こそ大柄だったものの、今までに『SVO』の前に現れた、『ゼロ』の姿に酷似

した者達と特徴が似ていた。

 

 青白い肌。全身を覆う、金属のような物体。そして、体自体から醸し出されている、『ゼロ』と

同質の気配。『SVO』メンバーならば、目で見ずとも、その男の気配を読む事はできる。

 

「ああ…、任せておけ…」

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 巨大な体躯を持つ、『ゼロ』に似た姿を持った男は、鉄塊のようなものをその手から延びる鎖

のようなもので握り締めていた。それはちょうど、巨大な槌、または鎖鎌のような形状を持って

いる。

 

 彼の武器は、その体と一体化しており、体中を走る発光する線もそのまま武器へと伸びてい

た。

 

 まるで、高速道路を走る車の光を、露出しっ放しで撮影した写真のような光の軌跡を残しな

がら、男はその鉄塊を、太一達の方へと振り下ろした。

 

 アスファルトの路面を砕きながら、男の武器は振り下ろされた。

 

 太一と舞は、その男の武器をかわす。至近距離で振り下ろされた武器だったが、2人にとっ

て避け切れないものではなかった。

 

「このまま、この男と、戦い続けるか…? あんた…?」

 

 大柄な肉体を持つ敵の背後に、まるで彼の死角に入り込んだかのように攻撃を避け切った

太一が、舞に尋ねる。

 

 太一と同じように男の攻撃を避けた舞は、

 

「いえ…、この男と戦うのは、リスクが多すぎます。『ゼロ』が刺客を差し向ける目的は、我々の

戦力の低下と時間稼ぎに他なりません。我々を刺客と戦わせ、負傷させて戦力を削いで行こう

というつもりでしょう…」

 

 と言う。彼女がそう言い切った所で、巨体の男は、大柄な肉食動物のような反応の仕方で、

太一達が攻撃を避け切った事を知った。

 

「あれだけの、『力』を持っていながら、今更俺達の戦力など削いでどうなるという考えもできる

が…、奴の『力』が完璧になるためまでの、時間稼ぎだったとしたら、尚更急がねばならないな

…」

 

 そこで、太一と舞は顔を見合わせた。同時に、振り向きざまに大柄な肉体を持つ男は、手に

した鉄塊を2人の方へと振り払った。

 

 鉄塊は、2人の残像をすり抜け、男の手と一体化している鎖から解き放たれた。すると、まる

で車輪のように路面を砕きながら走っていく。おそらく、人、一人など、簡単に轢き殺せてしまう

ほどの威力はあるだろう。

 

 太一と舞は、すでに高速道路跡から、倒壊した廃墟ビルのかつて壁面だった場所へと飛び

移っていた。ビルはおよそ、30℃ほどの角度に傾斜して、段々と連なる地形を下に向って下っ

ていく坂道を作り上げている。

 

 それは、人工物が天然に造り上げた坂道だった。

 

「この先を下っていけば、例の研究施設に辿り着けるのだな…?」

 

 まるで確認するかのように、太一は舞に尋ねる。高速道路から飛び移ってきたばかりで、2

人は、横倒しになったビルの上に不安定ながらも着地していた。

 

 2人の先には、倒壊したビルや、廃墟の建物の屋根が、山の下り坂のように伸びている。

 

「辿り着けるどころか…、まさにこの先に施設はあるんですよ…。衛星の地形図で確認済みで

す…」

 

 と、舞が言った時、自分達の背後から何か、激しい物音がするので太一は後ろを振り返っ

た。すると、背後からは、車輪のような形状の、発光したラインが軌跡を残す奇妙な物体が接

近してきていた。

 

 それは、さながら一つの車輪であり、まるで意志でも持っているかのように、2人の元へと接

近して来る。

 

「あのでかい男…。車輪のような物体を敵に投げ付け、それを追跡させる事ができるらしい

…。あの車輪に巻き込まれれば、アスファルトだって粉々のようだ…」

 

 背後からやって来る敵の武器を確認しつつ、太一は言った。

 

「あの程度の速さの車輪…。避けきれないあなた達じゃあないでしょう…?」

 

 舞は、今更ながらの事を言うかのように呟く。しかし太一は、

 

「ああ、もちろん…、一つだったら、簡単に避ける事ができる…。だが、あれは…。あんた! 

急いだほうがいい。あいつは、車輪を幾つも俺達へと追跡させる気だ…!」

 

 太一は叫び、彼は坂道の下り坂へと飛びだして行った。次いで、舞もその後に続く。

 

 そして、2人の背後からは、1つではなく、およそ10の巨大な車輪が、光の軌跡を残しつつ2

人の跡を追跡し始めた。

 

 ビルの壁面を砕きながら、車輪は加速し、2人の跡を追跡していく。

 

「た、太一ッ!」

 

 その光景に思わず隆文の声が響いた。

 

「俺達の心配はするなッ! 敵には構わず、すぐに跡を追って来いッ!」

 

 太一の声が、車輪のいびつな音に混じりながら、廃墟に響き渡った。10ほどの車輪のさらに

背後からは、巨大な体躯を持つ男自らも、倒壊したビルが造り出す坂道へと姿を現し、2人を

追跡しだした。

 

 

 

 

 

 

 

「あのビルを下っていけば、確かに、『ゼロ』のいるって言う研究施設に辿り着ける…。だが、繋

がっているかどうかも分からない道なんだぜ…! さっきの高速道路を走っていくよりも確かに

近道だが…!」

 

 太一と舞が行ってしまった後を見ながら隆文が言った。

 

「そんな事より、今は目の前の敵をどうするかって事の方が大事よッ!」

 

 絵倫が叫ぶ。しかし隆文は、

 

「ああ、分かっている。だが、俺達の目的は、あくまで『ゼロ』だ。こいつらじゃあない。幾ら妨害

されていようと、俺達は『ゼロ』を倒しに行かなくちゃあならない…。こんな所でこいつらと戦っ

て、無駄に戦力を落とすわけにはいかない…」

 

 隆文達の目の前にも、男が迫ってきていた。手の先を鋭利な形状の武器へと変え、隆文へと

迫る。

 

 この男をどのくらいの早さで倒し、太一達と合流するか、隆文は推し量った。だが、昼間に襲

われたとき、この男によって、登と沙恵の2人が戦闘不能にまで追い込まれている。しかも、こ

の男を倒す事さえできなかった。

 

 太一達だけ、先に『ゼロ』の元に到着できても、あの国防長官と共に、『ゼロ』を倒す事のでき

る可能性は、非常に低いだろう。

 

 だから、何としても、目の前の男を早急に倒したかった。

 

「先輩ッ! 後ろだぜッ! 後ろだッ!」

 

 浩の声が響き渡る。いつの間に背後へと回られたのだ? 隆文が気付くよりも前に、彼は肩

を刺し貫かれていた。いや、浩が一瞬早く気付かなかったら、肩ではなく、急所を刺し貫かれて

いた。

 

 速い。あまりにも速くて、この男の動きは、隆文には視認する事ができなかった。

 

 だが、直後、隆文の体から、その男は何かに吹き飛ばされたかのように後方へと吹き飛んで

いく。

 

 それは、絵倫が起こした風だった。彼女の風によって、男の体は、大きく後ろへと吹き飛ばさ

れる。男が、隆文の体から刃を引き抜く間も無い出来事だった。

 

「さあッ! 今の内よッ! 太一達を追うわッ!」

 

 彼女が皆を先導し、先陣を切って走り出す。すでに彼女の体は倒壊したビルへと飛び乗って

いた。太一達の後を追う。一博と香奈も、彼女に続いた。

 

「先輩ッ、大丈夫かよ!」

 

 浩が、肩を貫かれた隆文を心配して言う。

 

「ああ、大丈夫だ。お前も早く行け…! 追い付かれない内にな」

 

 そう言う隆文の言う言葉が、本当であるという事を示すかのように、絵倫の風によって吹き飛

んでいた男は、即座に体勢を立て直し、隆文達の元へと、再度急接近して来ようとしていた。

 

 隆文は、傷を庇いつつも、浩と共に、倒壊したビルの上へと飛び乗った。そして、傾斜してい

る坂道を一気に下り出す。

 

 倒壊したビルの上は、まるで巨大な何かが、何かいびつな車輪のようなものを引きずって言

ったかのように足場が一直線に、荒々しく陥没している。走って下っていくには、足場が悪すぎ

た。

 

 隆文達は足を取られまいと道を下っていくが、背後からは、ミサイルのような勢いで男が接近

して来る。

 

 足場の事を気にしているような暇は無かった。

 

 隆文は、肩を刺し貫かれた左腕を庇い、右腕だけで手に持っている鞄のとっての部分にあ

る、あるスイッチを押した。すると、彼の鞄の下にあった穴から、小さな玉のようなものが、一定

間隔を置いて、地面へと放り出される。

 

「な、何だッ? 先輩、それは…?」

 

 浩が彼の鞄から出て行き、地面へと張り付くようにして次々と設置されている奇妙な物体を、

不気味がって言った。

 

「超小型の地雷さ」

 

「じッ…、地雷だとッ…!」

 

 浩が驚きおののいた瞬間、彼らの後方で突然、爆音がし、爆風が背中から彼らの身体を煽

った。

 

「奴が、幾ら脚が速かろうと、地面に足を付いていないという事は無いだろうからな…、最も、

地雷なんかで奴を倒せるとは思っちゃあいない…、それに、普通の地雷よりも全然威力はチャ

チなんだ…」

 

「しかし、奴の動きを遅らせる事はできるって訳か…。先輩、とんでもないものを鞄の中に潜め

ていたもんだぜ…」

 

 そう浩が言うのが速いか、彼らの背後で再び爆発が起こる。

 

「俺が、一番後ろを走る。お前は、早く皆に追い付け! いいな!?」

 

「怪我した先輩を見捨てる訳にはいかねえぜ…!」

 

 と浩は言うが、

 

「いいや駄目だ。今はそんな事を考えている場合じゃあない…!」

 

「しかしよォ…!」

 

 その時、2人の背後で再び爆発が起こる。その位置までの距離は確実に2人のすぐ近くまで

接近してきていた。

 

 だがそれだけではない。爆風のようなものが、背後から手を伸ばし、2人の間をすり抜けて行

ったのだ。

 

 追跡してきた男は、その一瞬で、隆文と浩を追い抜いていた。

 

 仲間達が走り去っていく坂道。そこに男は堂々と立ち塞がる。

 

「しまった…! こいつは地雷の爆風を逆に利用したんだッ…! 爆風を利用して、加速しやが

った…!」

 

 明らかに自分の策が甘かった。隆文は思う。簡単に自分の攻撃をそのまま利用されている。

 

 男は、素早く攻撃に転じる。鋭利な刃が目にも留まらぬスピードで走り、隆文と浩は斬り付け

られた。

 

「先輩ッ!」

 

 浩が絶望的に叫ぶ。

 

「心配するな、深手じゃあない。それよりも、ここは俺が食い止めるッ! お前は先に行けッ!」

 

「何言ってんだッ!? 先輩!」

 

「地雷の爆風を利用されたのは、俺の責任だ。だから、お前は皆と共に先に行くんだッ! 『ゼ

ロ』を止めるには、1人でも多くの力が必要だ!」

 

 必死になって隆文は叫ぶ。しかし浩は、

 

「いいや、それはできねえぜ!」

 

「な、何を言っているんだ!? そんな事を言っている場合じゃあー」

 

 だが、浩は、それより先の隆文の言葉を遮る。

 

「先輩、リーダーのあんたは今、皆の所にいなきゃいけない存在なんだぜ? 代わりにオレな

んかがいてみろ、オレなんてのは、はみ出し者なのさ…」

 

 そう言いつつ、浩は隆文よりも前に出て、目の前の男と対峙するのだった。

 

「それにちょうど…、沙恵を痛めつけた野郎と真っ向勝負できるしな。オレがあいつの分をしっ

かりと仕返ししておいてやる。もっとも―、

 

 もっとも、オレなんて、あいつに相手さえしてもらえなかったがな?」

 

「ひ、浩…」

 

 今までに浩が見せる事も無かった、自虐的な様子が、隆文にとっては意外だった。もしかし

たら、彼は命を賭して、ここでこの男を食い止めようとしているのではないのか。

 

「行け、先輩! 考えている時間なんて無いはずだぜ…! オレも、いつまでここで持つかなん

て、分からねえしな!」

 

 浩は、そう言いつつ、今まで仲間達の前で見せた事も無いような決意をその顔に露にした。

そして、その巨大な拳を前に構える。

 

 目の前の男は、浩のその姿に触発されたのか、彼へと飛び掛ってきた。

 

 浩は、目にも留まらぬスピードのその男の動きを真正面から受け止めた。

 

「ちぃ…! 予想以上に力もあるぜ、こいつ…! 先輩! 早く行けよ! 一応、オレも努力っ

て奴をさせてもらうが…、いつまで持つかなんて、分かったもんじゃあねえ!」

 

 一瞬、隆文は迷った。浩一人で戦っていけるような相手ではないだろう。もし、自分がここで

行ってしまえば、浩はこの男に倒されるだけだ。

 

 だが、

 

「先輩ッ! 誰かを犠牲にするってんなら、あんた自身じゃあなくてオレにしろよ! 安心しな!

 オレはそう簡単にはくたばらねえし、こんなシケた街で、グロい奴にやられるような奴じゃね

え!」

 

 その浩らしい言葉が、隆文にとっては、奇妙な説得力を持っていた。

 

 彼は無駄死にをするつもりはない。ただ、仲間達の為に戦おうとしているのだ。

 

「すまん…、浩…」

 

 もう、隆文には行くしかなかった。浩の言う努力を、彼の為に無駄にしない為にも、彼は立ち

上がった。

 

 浩が全力を込めて男の動きを止めようとしている。隆文はその脇をすり抜け、倒壊したビル

の斜面を、仲間達の元へと、一直線に走って行った。

-5ページ-

 一方、一行の中で最も先頭を付き走る太一と舞は、依然として追跡してくる車輪に襲われて

いた。

 車輪は、まるで意志でも持っているかのように、太一と舞を正確に追跡して来る。車輪の大き

さは大型のトラックのタイヤ程。そして、それは瓦礫をいびつな形に組み合わせて作り上げた

かのような形状をしている。

 しかし、今、2人の足場となっている、ビルの壁面を砕くかのように疾走してくる車輪の破壊力

は十分だろう。

「おい! 研究施設まではどのくらい近づいた!?」

 太一が舞に叫びかける。

「もう、1kmも無いでしょう! 衛星からの写真では、この先、倒壊したビルから他の建物の屋

根へと飛び移り、平地に降りなくてはなりません!」

 舞が、走りながら、太一に叫んだ。目的地である研究施設までの道程は、太一にも分かって

いたのだが。

 だから、倒壊した建物の上を行くという作戦に打って出たのだ。足場は悪いが、この方が遥

かに早く目的地に辿り着ける。

「あそこで! あそこで建物は終わっています! その先は飛び移っていかないと!」

 舞が、続いていた高層ビルの終点を指差した。暗闇の中でも、2人の持つ大型電灯に、はっ

きりと照らされている。

 背後からは、車輪がペースを落とす事なく接近して来ていた。2人はその車輪に追い付かれ

ないよう、全くペースを落とさず、倒壊した高層ビルから、橋渡しのようになっている瓦礫に乗り

移り、隣の建物の屋上へと移動した。

「あなたの仲間は…! 付いてきているのですか!?」

 建物を乗り移った所で、太一の方を振り向き、舞が聞いて来た。だが太一は、

「さあな…? 多分付いて来ているんじゃあないのか…? だが、今の俺もあんたも、仲間の事

など構ってはいられないはずだ…」

 そのように言った太一の背後では、2人と同じように、高層ビルの斜面を疾走してきた車輪

が、まるで意思でもあるかのように、建物同士の間隔を飛び越えてきていた。車輪は道が終わ

っていても、飛び越えるようにして2人を追跡してきている。

 さらに、10数の車輪の向こう側には、『ゼロ』に酷似した姿の、大柄な男も接近して来てい

た。

「確かに…、このまま彼らに構っていても仕方が無いでしょう…。ですが、この者達は、この私

達を、どこまででも追いかけ、襲ってくるでしょう…。例え、『ゼロ』の目の前であっても…」

 接近する車輪達。およそ、10階建ての建物の屋上に立つ舞と太一は、それらに対して身構

えていた。

「彼らは、ここで排除しておかなければなりません…。『ゼロ』に加え、この者達の援護もあった

としたならば、我々が、『ゼロ』に対する作戦を成功させる確率は、非常に低くなるでしょう

…!」

 舞の目の前に1つの車輪が追い付こうとしていた。それは、夜の闇の中で、ぼうっと光る青白

い光を放ち、いびつな形に形成された瓦礫の塊は、奇妙な蠢く音を放っている。

 舞は刀を抜き放っていた。車輪は、車の速度、時速60kmほどで接近して来ている。舞は、

車輪が自分に接近してくる瞬間を見際め、刀を振り下ろした。

 ただの刀、そして舞でなければ、自動車と同等の速度で迫って来る車輪に刀を振り下ろして

も、それは弾かれるだけだっただろう。しかし舞の刀は、的確に、車輪の構造の最も脆いであ

ろう位置を打ち、彼女の前で真っ二つに切断していた。

 二つに別れ、舞の側を掠めていく車輪。破壊してしまったかのように思えたが、直後、舞はそ

の車輪が、2つに切断されても、まだ自分を追跡して来ている事を知った。

 舞は飛び退り、まだ追跡してくる車輪から身をかわそうとする。そこへと、更にもう一つの車

輪が接近して来ていた。

「馬鹿な…、破壊されても追跡してくるなんて…!」

 舞は、再び刀を振り払い、2つに割れている車輪を、更にもう一つに切断した。しかし、更に2

つに分裂した車輪は、その姿になっても、舞を追跡して来ていた。

 そして、舞が刀を振り下ろした際の、瓦礫の細かい破片でさえも、彼女を正確に追跡して来

ていた。

 破片が、更に刀を振ろうとした舞の腕へと突き刺さる。そのせいで、刀は正確な軌道を外れ、

舞の刀は新たな車輪に弾き飛ばされていた。

「何という事…、破片でさえも…、か…!」

 思わず舞は叫ぶ。彼女にとっては、痛みよりも、車輪の驚異の方に驚きがあった。細かく切

断された破片でさえも追跡してくるとは。

「やはりな…、奴が繰り出して来た車輪だが…、あれはただの仮の姿に過ぎない…。本来は、

俺達を正確に追跡してくる誘導弾というだけだ。瓦礫の誘導弾を塊にして車輪のような形にし

て、俺達へ向けて放っただけだ…!」

「つまり…、車輪を攻撃して破壊する事は、逆効果という事ですか…?」

「ああ、そうだろう…、返って追跡してくる誘導弾を増やすという事になるのだからな…」

 舞は、自分を追跡してくる車輪と、その破片から身を守りながら、太一に言った。

「では、その誘導弾を放った、あの大男を先に倒さなければなりませんね…、でないと、私達は

ただ車輪にやられるだけ…」

「ああ、そうだろうな…、だが、大男の方は、俺達が戦うまでもなく、後ろから追いかけてくる俺

の仲間が何とかしてくれるかもしれないだろうがな…」

 太一は、自分に向って接近してくる車輪を避けつつ、そう言った。

 

 

 

「香奈ッ! 井原ッ! あそこでこのビルの足場は終わっているわよッ!」

 後から太一と香奈を追跡する3人の中で、最も先頭を走る絵倫が叫んだ。彼女の持つ大型

懐中電灯は、崖のようにぷっつりと足場が途切れている、ビルの末端部を照らし出している。

「先輩達は? 先輩と浩は、付いてきているのか…?」

 一博が、心配になったかのように背後を振り返る。しかし、彼が向いた先には、漆黒の闇が

広がっているばかりだった。

「分からない…! でも今は太一達に追い付くしかないのよ!」

 そう言いつつ、絵倫は、建物の末端部へと達し、電灯を使って周囲を照らした。ちょうど、飛

び移れるか飛び移れないかという距離の所に、別の建物が建っている。

「あそこから…、太一達は行ったわね…!」

 と、絵倫が確認を取ったように呟いた時だった。

「絵倫ッ! 危ないッ!」

 香奈が叫び、絵倫の身を伏せさせる。直後、闇の空中から、ぼうっとした円形の物体が彼女

の方向へと飛び込んで来ていたのだ。

 それは車輪の形状をしていた。まるでミサイルのように、彼女達の元へと襲い掛かってくる。

 寸での所で車輪を避けた絵倫達。車輪は、彼女達の足場である倒壊したビルの壁面を砕

き、通り過ぎて行こうとする。だが、それだけでは終わらなかった。

 さらに、もう2つの車輪が絵倫達の方へと迫って来る。

「野原先輩ッ! やばいッ!」

 一博が叫ぶ。彼はすでに抜き放っている彼の武器である大剣を構えようとしていた。

「いいえ、井原、その必要は無いッ!」

 そう叫び、絵倫は今度は香奈の身を伏せさせた。そんな2人の元へと2つの車輪は飛び込ん

でくる。しかし、彼女達にも一博にも車輪が激突する事は無かった。まるで、その軌道をそらさ

れたかのように、車輪は3人のいる位置を避けて飛んでいく。足場となっているビルの壁面へ

と、次々とめり込んだ。

「空気の流れを操って、この動きを反らしたわ…。何なのよ! これは!」

 と、絵倫が言う間も無く、今度は一博が、

「先輩ッ! 大変だ。車輪が戻ってくる!」

 すると彼の先の方から、一番最初に飛び込んできた車輪が絵倫達の方へと戻って来ている

ではないか。

 一博が避ける間も無かった。彼は剣を構え、その車輪の衝撃を正面から受け止めた。小型

車が正面からぶつかって来たかのような衝撃を彼は味わう。

 それでも肉体が押し潰されないのは、一博が『力』によって、自らの身体能力を爆発的に向

上させているせいだ。

「一博君ッ!」

 一博は、満身の力を込めて車輪を受け止めている。ほんの少しでも彼が力を緩めれば、一

博の身体はいとも簡単に押し潰されてしまいそうだ。

「気をつけるんだ…! たぶん、他の車輪も襲い掛かってくる…!」

 そんな状態でも一博は香奈と絵倫に注意を促した。一博の注意に、絵倫達は、ビルの壁面

にめり込んだ車輪に注意を払う。

 するとそれらは、まるで意志でも持っているかのように、再び回転を始め、飛び上がるかのよ

うにして、絵倫達へと飛び込んで来る。

「絵倫ッ!」

 香奈が叫ぶ。すると絵倫は再び風を『力』で操り、その車輪の軌道を反らす。車輪は絵倫の

ぎりぎりの所をかすめて行った。

「こんな事をしている場合じゃあないのに…! これは、新たな敵の仕業なの…!?」

 必死になって絵倫は言っていた。

「間違いないよ! 先輩! この車輪から、あの『ゼロ』に似たような『力』を感じられる…。また

奴からの刺客だろう…!」

「この車輪に構っていたら、いつまでたっても、太一達には追い付けない…! いえ、多分、敵

は、わたし達の『力』を弱らせるつもりなのかも…? このままこんな所で『力』を使い続けてい

たら、『ゼロ』と戦う前に、わたし達は力尽きてしまう!」

 絵倫がそう言った時だった。

「絵倫ッ! おいッ! 皆ッ!」

 遠くの方から声が聞えて来る。それは隆文の声だった。

「隆文!」

「うおお! 身を伏せていろ! 井原!」

 そう叫び、隆文はマシンガンを構え、それを車輪に向って放っていた。効果があるかないか、

だが車輪は一部を崩壊させ、一博の車輪を受け止めている身体への負担は減った。

 一博はすかさず剣を振りかぶり、車輪へと刃を振り下ろす。

 彼の一撃で、車輪は粉々に砕け散った。

「先輩! 大丈夫だったか?」

 一博は、隆文の方を見て言った。だが隆文は、

「俺の事を気遣っている暇はないぜ、井原! 一刻も早く、太一達に追いつかないと…」

「ねえ! 西沢はどうしたの!?」

 絵倫が、この場にやって来ていない、浩の存在にすぐ気付く。

「あ、あいつは…、俺だけ先に行かせるって言って、残っちまった。だから、奴は今、たった一

人で、敵と戦っている…!」

「ええッ! そんな!」

 と、香奈は衝撃を感じ、思わず言った。

「あいつの覚悟を無駄にしないためにも、俺達は、先を急がないと…!」

 隆文がそう言い、その場にいた者達が行動を再開しようとした時だった。

 まだ、破壊されていない車輪は2つあった。その2つの車輪が一斉に隆文の方向へと走り出

したのである。

「危ねえッ!」

 だが、すかさず一博が飛び出し、その車輪を正面から取り押さえる。再び、巨大な体躯が、

車輪を押さえていた。

「い…、井原…!」

 隆文のすぐ正面で、一博は車輪を受け止めていた。

「は、早く先に行けよ…、先輩! ここはおれが何とか食い止める…!」

 一博は隆文の正面で何とか踏ん張り、車輪を抑えていた。彼が少しでも力を緩めれば、車輪

は彼の身体を轢いてしまうだろう。

「お…、お前まで、浩みたいな事、いいやがって…!」

 だが、さっさと行こうとしない隆文に、一博は思わず声を上げた。

「早く行け! 先輩! おれの身体が持つ内に…!」

 一博の、あまりに必死な様子に、隆文達は、さすがに応えずにはいられなかった。一博の事

を心配しつつも、その場から先へと行かなくてはならなかった。

「す…、すまない…! 一博…!」

 そう言い、隆文、絵倫、そして香奈は、その場に一博を置いていき、太一達の後を追うのだっ

た。

-6ページ-

「あいつは! 追って来ていますか!?」

 舞が背後を走る太一に叫びかけた。すでに先頭を走る2人は、ビルの立ち並ぶ市街地を抜

けており、闇の中の下り坂を走っていた。

 この先に、目的地の隔離研究施設跡がある。もうそこまでの距離は1kmを切っていた。その

場所へ近付くにつれ、舞ははっきりと、『ゼロ』の存在を感じていた。そして、その気配がどんど

ん強まって行く事も。

 今まで、『ゼロ』の目の前でしか感じていなかった、強大な気配が、離れた距離からでも、はっ

きりと舞には感じる事ができていた。

 今、『ゼロ』を逃すか、倒す事ができなかったならば、おそらく、二度と、誰も『ゼロ』を止める

事はできないだろう。例え、どんなに強力な兵器をもってしても、彼を取り逃がすだろう。

 そして『ゼロ』は、それ以上の破壊を、何のためらいもなくやってのけるに違いない。

 舞は、今まで自分に何度も言い聞かせて来た決意を胸に、闇の中の坂道を下って行ってい

た。あと、数百メートルで、研究施設の敷地に入るはず。

 しかし、今のままの戦力で『ゼロ』と対峙しても、勝負にはならないだろう。舞と、太一しか、そ

の場にはいなかった。

『SVO』の残りのメンバーが後ろから追って来ていれば良いのだが…。

「多分、車輪は、研究施設の中までも追ってくる…。どこかで破壊しなければならない…。い

や、車輪を破壊しても無意味だろう…。それを操っている本体を倒さなければ…!」

 舞の後ろから付いてきている太一が言った。

「ええ、分かっています!」

 2人の背後から執拗に追跡してくる車輪。それは、ただ太一と舞を追跡して来るのではなく、

どこかに本体がいるはずだった。

「研究施設まで、300m程だ。ここらで勝負を決めよう」

 太一が言った。

 背後を振り返れば、2人が駆け下りてきた斜面の上方から、猛スピードで接近して来る、ぼう

っと光る光のようなものがある。その数はおよそ十数だった。

「『ゼロ』の影響か、おそらくそうなんだろうな。今、仲間達がこっちにやって来ているが、無線を

入れても連絡が取れない…、」

そう言いつつ、迫って来る車輪に対して身構え、太一は警棒を抜き放っていた。

「俺が、あの車輪を引き付けている。あんたは、どこかに潜んでいる、車輪を操っている男を倒

す事はできるか…?」

「ええもちろん。ですが、これだけの車輪を、あなたが全て引き付けておくのは、難儀なので

は?」

 操行している内にも、闇の中から車輪は迫ってきていた。そのぼうっと光っている光の内一つ

は、車輪を操っている敵に違いない。

「ああ、だが、あれは、さほどのスピードを持っているわけじゃあない。かわす事なら、俺にだっ

てできる…!」

 そう言う太一を、舞はちらっと見やった。

「分かりました」

 

 

 

「一博に、あの車輪達を抑えきれると思う!?」

 絵倫の声が響いた。彼女や隆文達も、すでにビル郡は抜け、隔離施設へと向う斜面へと達し

ていた。

 9人いたはずの仲間達は、今ではこの場に3人しかいない。隆文、絵倫、そして香奈だけだ。

その内、2人は先に行ってしまっているだけだが、一博まで欠いたのは、隆文にしてみれば痛

手だった。

 5人で『ゼロ』のいる隔離施設に突入する事になろうとは、これでは当初思い描いていた作戦

とは大分異なる。

「太一達に、早く追い付かないと…」

 焦った様子で香奈は言っている。3人は遅れている分、彼らに追い付かなくてはならなかっ

た。

「隔離施設まではあと800m程だ。『ゼロ』の気配は感じているか? 絵倫?」

「ええ…、もういやと言うほどね」

 そう言う絵倫の顔色は、少し翳りが見える。仲間の事を心配してか、それとも、『ゼロ』の『力』

を感じているせいなのか。

 だが、それはもちろん隆文にも分かっていた。

「ああ、分かっている。分かっているぜ…、絵倫。この押し潰されちまいそうな気配は俺だって

感じている…。まるで、この斜面の先に『ゼロ』がいるって事を、強烈な匂いで感じさせられてい

るようだ…」

 そう呟くと、隆文はポケットに入れていた双眼鏡を手にした。それは、カードほどのサイズで、

暗視モードも備えている。小型ではあったが、性能は十分だった。

 隆文がその双眼鏡を斜面の下の方へと向けると、そこには、1kmも離れていない所に、塀

に囲まれた施設が現れていた。

 それは、低い建物が幾つも建っている、工場のようにも見える施設だった。

 繁華街のような雰囲気も、軍施設のような無骨な雰囲気も無い。

 むしろ殺風景とも取れる建物だった。だが、その建物は、『SVO』のメンバー達にとっては特

別な意味を持っている。

 隆文はその衛星画像を、すでに何度も見て、詳細な施設の配置まで把握していた。

「ああ…、もうすぐだ…、あと少しで、俺達の決着がつく…」

 

説明
ついに最終決戦の地へとやってきた主人公たち。しかしながらそこには、突然変異によって誕生した生命体たちがおり、彼らを次々と追い詰めていくのでした。

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オリジナル SF アクション 虚界の叙事詩 

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