戦火の女(ひと) |
空襲のさなか、郊外へと逃れるため、仲間のトラックに近隣の人たちを乗せた。乗せられる限りの人を乗せた。
「急ごう、瓦礫に阻まれて抜け出せなくなる。」
走り出そうとしたとき、大事そうに何かを抱えた一人の女性が駆け寄ってきた。
乗り込もうとする、手をついたトラックの荷台。過積載の車体が軋んだ。
「駄目だ、これ以上は乗せられない」
言いながら僕は思った。今ここで乗せなければ。
この人は助からないだろう。
「では、この子を。町外れに親戚が居ます。」
必死の形相で、彼女は荷物を差し出した。布にくるまれた、小さな赤ん坊。
頭上で兄が言った 眼鏡がススで曇っている。
「どれだけ人が居ると思ってるんだ。会えなかったらどうする」
僕は彼女を見た。
「かまいません。人に踏みつけられない場所に置いていっていただければ。」
「わかった。」
エンジンの音が強く響く。
初めはゆっくりと、徐々にスピードを増して、トラックは彼女から離れていく。
やがてその姿は、炎と瓦礫に阻まれて見えなくなった。
長い間苛まれて僕はそのときの情景を思い浮かべることが出来なかった。
今ではそのときの彼女の顔を思い出そうとする。炎の中の、強くて美しい。
町外れ、赤ん坊の親戚は見つからなかった。
今も、その子は僕の元に居る。
あれからずいぶん経った。
彼女からの連絡はない。
「おじさん!」
その時の赤ん坊はきれいな澄んだ瞳で僕に向かって笑う。
その子は、今では彼女に似てきた。
説明 | ||
ほんのちいさなエピソード。戦時に赤ん坊を育てるという無茶が若い青年になぜ出来たのか、わかりません。 | ||
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