真・恋姫無双 EP.69 大空編 |
ぽかぽか陽気に誘われるように、中庭の木陰で風はのんびりと空を眺めていた。客人の扱いを受けている風に、ここでやる事はない。せいぜい、七乃が忙しい時に美羽の相手をするくらいだ。そして今も、そんな風の膝を枕にして美羽は寝ている。
「先を越されてしまいましたねー」
気持ちよさそうな寝顔の美羽の頭を撫でながら、風は微笑んで呟く。すっかりこの少女に懐かれた風は、ほのかな愛おしさを感じていた。
基本的に美羽は素直で、風の言うこともちゃんと聞いてくれる。初めに風が想像していた我が儘放題の子供という印象は、今はまったく違ったものになっていた。
「んんっ……母様」
美羽の口から、寝言が漏れる。
「夢を見ているのでしょうか? 楽しい夢ならいいのですがねー」
そう言いながら、風は美羽の目元にわずかに残る涙の後を、指先でそっとなぞった。少しだけ心苦しい気持ちになりながら、風は少し前の出来事を思い出す。それは何気ない会話の中で、風が美羽に両親のことを尋ねた時だった。
「亡くなられたとは、聞いていますが?」
「妾が幼い頃の事での。よく、覚えてないのじゃ」
寂しそうにうつむいて、美羽は思い出を語り始めた。
「でも、ぼんやりとじゃが、とても優しかったのは覚えておる。妾はよく、泣いておったそうじゃが、母様がギュッと抱きしめてくれると、すぐに機嫌が良くなったのじゃ」
まるでその温もりを必死に思いだそうとしているかのように、美羽は自分の手を何度も握りしめた。
「何でかの、母様に抱かれると安心する……」
「それが、子供ですからねー」
「妾はもうオトナじゃ。自分のことは自分できる。それなのに七乃は、いつまでも妾を子供扱いするのじゃ。だから今も、本当のことは教えてもらえない……」
「本当のこと?」
「父様と母様が、死んだ時のことじゃ……」
無意識だったのかも知れない。美羽は風の服を、離すまいとするように握りしめた。
「七乃はの、もともと父様に仕えておったのじゃ。あの日、妾は幼かったゆえ、何が起きたのか覚えておらぬ。聞いた話では、賊が入り込んで父様と母様を殺したそうじゃ。危うく妾も殺されそうになったところを、七乃が助けてくれたらしくての」
「では、七乃様は美羽様の命の恩人ですねー」
「うむ」
わずかに上気した顔で、美羽は笑った。
「七乃のおかげで、妾はこうしておる。そしてあれからずっと、妾と七乃は一緒なのじゃ」
不意に、美羽の表情が曇る。
「じゃがの、あの時のことだけは教えてくれぬのじゃ。訊ねると、七乃が辛そうな顔をする。妾はそんな七乃を見とうない」
「でも、真実を知りたい?」
「……どうすれば良いのかの」
悲しげに眉を寄せる美羽を見ていると、風はたまらない気持ちになった。噂などでは知りようもない、この少女の苦悩と優しさに間近で触れて、風は思わずその小さな頭を撫でていた。
「風?」
「大丈夫ですよ、美羽様。この風に任せてください。事件の事はこっそりと調べてみます」
「本当かえ?」
「約束するです」
そう言って、風は小指を出した。
「何じゃ?」
「指切りと言うそうです。小指を絡めて……これが天の国の約束だと教えてもらいました」
「天の国かえ? すごいのじゃ!」
嬉しそうにはしゃぐ美羽を見て、風は心に決めた。この少女を、決して裏切るまいと。
最近は何かと、慌ただしかった。つい先日も、孫策と周瑜の二人が同時に病で倒れたと報告が届いた。むろん、そのまま鵜呑みにしたわけではない。
七乃は独自の密偵を使い、孫家の調査を行った。
(誰かを捜しているようですね。うーん)
しかし結束の固い旧臣たちからは、情報を引き出すことは出来ない。だが何か動きがあるのは確かだ。どこか殺気だって、落ち着かない様子なのである。
(まさか反乱なんて事は、今の時期に無いとは思いますが……念のために、用心しておいた方がいいですね)
目を通していた書類を置き、冷めた茶をすする。その時、開けていた執務室の窓から、美羽の声が聞こえた。気になって覗くと、中庭の木陰で美羽と風が談笑しているようだった。
「最近、私がいない時は美羽様、風さんといつも一緒ですね……」
ちょっとだけ嫉妬する。でも、守りたかった笑顔がそこにあるなら、それで七乃は良かった。
「あの時……」
守ることの出来なかった美羽の両親を思うと、自分の無力さを痛感する。仕方がなかったのかも知れない。賊が忍び込んだのは深夜だったし、自分は非番だった。それでも。
(それでも自分が許せない時があります……)
美羽を見る度に、七乃は思う。彼女を救えただけでも、良かったのかも知れない。
(このまま、済ませるつもりはありません。賊として忍び込んだ者には、それ相応の報いを受けてもらいます)
あれからずっと、犯人の手がかりを探し続けているのだ。目星は付いているが、確証がない。しかしもしも相手が美羽に手を出そうとするなら、容赦はするつもりはなかった。
「風さん……」
最近の美羽のお気に入り。何か裏があるのか、見定める必要があった。
久しぶりに街に出た穏は、露店を見て回っていた。珍しい一冊が見つかれば、幸運である。
彼女はとにかく、本が好きだった。本そのものというよりも、そこに詰まっている知識が好きなのだ。新しいこと、知らないことを知った時、穏はどんな時よりも興奮する。
人間には興味がなかった。だから雷薄のそばにいるのも、彼が持つ豊富な蔵書が目的だった。
(人間としての魅力はともかく、知識の価値をわかっている方ではあります)
今までもずっと、雷薄の蔵書を読みふけっていた。そしてたまには外に出ようと、こうして街に出てきたのである。
「なかなか、良いものがありませんね」
何冊か目にしたが、粗悪な写しだった。しかも複数の書から抜粋したもので、価値はない。
「はあ〜」
諦めかけたその時、視界にある書のタイトルが飛び込んで来た。ずっと探していた書だ。
「こ、これは!」
穏は震えながら、その一冊を手に取った。
「ご主人、これは一冊だけですか? 続きは?」
「あー、悪いね。それは偶然手に入ったもんでね、続きはないんだよ」
「そんな〜。洛陽があんな有様だから、取り寄せもできないし……」
がっくりと項垂れる穏に、ふと思い出したように店主が言う。
「そういえば、洛陽から来たって子がこの間、買い物に来たなあ」
「えっ!」
「別の書だけど買って行って、洛陽の話を少ししたんだ。かなりの書を読んでいるみたいだったし、もしかしたら彼女なら珍しいものを持っているかも知れないよ」
「誰ですか! それは誰なんですか!?」
「お、落ち着いてくださいな! 確か……何とかっていう医者のところにいたと……」
穏は目を血走らせ、鼻息荒く頷いた。医者なら何人か知っている。手当たり次第、当たってみよう。お金を払って書を買うと、穏はすぐに行動を開始した。
柱の陰に身を潜め、侍女は中庭の様子を伺っていた。そこには袁術と程cの姿がある。侍女は周囲の様子を伺い、軽く舌打ちをするとその場を離れた。
自室に戻った侍女は、服を着替えると街に出る。知り合いに声を掛け、足早に向かった先は大きな屋敷だった。正門ではなく裏口に回り、人目を気にするように中に入って行く。
この屋敷の主人は、雷薄だ。今、彼はこの街に滞在している。
侍女はそれから1時間ほどして、出てきた。その手に、小さく折られた手紙を握って――。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 中学生の頃、「69」を「シックスナイン」と言って大恥をかいたことがあります。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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