恋姫異聞録109 −画龍編−
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的盧に十分な餌を与え、寝床を整えた頃には丁度日は暮れ

一馬に世話を任せて厩を後にしようとした所で爪黄飛電が嘶いた

 

「悪かった、的盧ばかり相手してしまっていたな。飛電、直ぐには無理だが新城に戻ったら遊ぼう」

 

飛電に謝罪を述べて鬣をクシクシと揉むように撫でれば嬉しそうに頭を摺り寄せてきた

帰ってきたらもう一度厩に立ち寄ろう。飛電には済まないことをしてしまった

 

そんな事を思いながら飛電の鬣を撫でていたら一馬に

 

「兄者は馬の言葉も解るのですか?」

 

等といわれて首を傾げられてしまった。いくら俺の眼でも馬の心や言葉は解らない

俺は笑顔を向けて一馬の頭を撫でて「そうだ」と言えば驚いていた

何というか、冗談の通じないやつだ。だから誂いがいがあるのだが

 

俺は苦笑し、額を指先で押せば一馬は俺が冗談を言ったのだと理解し顔を赤くしていた

 

「後は頼む」

 

「何方へ行かれるのですか?」

 

「仕事だ、明日の朝には戻る」

 

そう言って厩を後にし、船を出すために港へ向い手頃な小舟を捜す

一人でも十分漕いで河を渡り華容へ行けるものは無いかと港の桟橋をうろつけば

稟が一人、闇夜の中、松明を持って立っていた。足元には小舟を一隻くくりつけた縄があり

どうやら俺を待っていたようだった

 

「船を用意してくれたんだな、すまない助かったよ」

 

「いえ、所で私の策は理解できましたか?」

 

「いや、半分だな。日の出前に潜入、日の出と共に牙門旗を立てる所までしか解らない」

 

桟橋に繋がれた船に乗り牙門旗を脇に抱えて櫂を拾い上げ水面に着けて答えれば

それで十分ですと一言。何かあるようだが張飛が待ち受ける砦に一人行かせるのだ

何か考えがあるのだろう

 

「聞かないのですか?砦に居る敵の数、そして策の詳細を」

 

「いや、別に構わんよ。やることだけ解れば十分だ」

 

櫂で水をかく練習をしながら応えるとクスッと稟が笑う声が聴こえた

視線を向ければ俺を見て稟は珍しく俺に微笑み膝を折って視線を俺に合わせてくる

 

「怖くないのですか?それと、二度も敵の中に向かわせる私を怒って居ないのですか?」

 

突然そんな事を言われ俺は少し考える。確かに怖い事は怖いが、こういった潜入なら何度もしてきた

前回のような真昼間に何かに紛れるわけでもなく目立った状態で敵の中を通り過ぎる訳ではないからな

演義で言えば周泰のようなことをさせられるのはあれっきりだろうし、きっと彼もこんな気持だったのだろう

 

「ん〜?怖いよ、でも今はそう言うのは慣れたかな」

 

「では怒っていますか?」

 

「何ぜだ?怒る理由が無いだろう、其れが最も上策なのだろう?」

 

何故そんな事を言うのか、理解出来なかった俺は首を傾げてしまう。稟は失敗すると解っている策を

俺にやれと言う訳はないだろうし、余程の自身があるから華琳の前で策を示したのだろうし

そもそも軍師を信じなければ軍で一体何を信じれば良いんだ?華琳は王であるから信じるは当たり前だが

軍を指揮する軍師を信じなければ足並み揃わず敵軍に一掃されてしまう

 

せっかくわざわざ目線を向けてくれているのだから眼を見て読み取ればいいのだろうが

俺は何となくそれで答えを出してはいけないような気がして櫂を置き、船に座り込み

考え込んでしまった

 

「・・・プッ、ククククッ。ゴメンなさい、いじわるな事をしてしまって」

 

「?」

 

「貴方は私も信じてくれるのですね。眼を見ないのはそういった事なのでしょう?」

 

「何を当たり前なことを言ってるんだ?同じ魏の仲間だろう、魏は家だ俺は家族を疑ったりしない」

 

今更こんな事を聞かれますます解らなくなり俺はきっと間抜けな顔をしていたのだろう

稟は先程よりも楽しそうに、声を出して笑っていた。目の端に涙を溜めて

 

そして手に持つ松明を水面に付けて灯りを消してしまうと急に暗くなったせいか

稟の表情は見えなくなる

 

「一つだけお話をしても良いですか?」

 

「構わないよ。まだ時間はある」

 

またもや珍しい事をする稟に不思議に思ったが、こんな珍しい事をするのだから

なにかあるのだろうと俺は稟の望むままに話を聴くことにした

 

「・・・何から話して良いのか、私が此処まで特に目立つ事無く敵の情報を利用して

戦を有利に進めていたことは解っていますよね?」

 

稟の言葉に今までの戦果を思い出す。北の烏桓討伐、武都攻略、荊州の攻略、どれをとっても

稟が策を使い攻略した筈なのだが、敵からすれば軍師の功績よりも春蘭や霞の強さが目立ったはずだ

なにせ軍略というよりも策略、計略を使い敵を弱らせるような戦いかたが多かった

北の烏桓族討伐も霞や一馬の戦績の方が目立ち、稟は経路や地理にかんする補助の方が大きかった

 

「ああ、そうだな。烏桓族も武都を攻めた時もそうだ、稟の印象は何というか情報操作に長けた軍師

って言う印象だ」

 

「ええ、それが軍師としてどういった意味を持つか解りますか?」

 

軍師として・・・そう言われて俺は考える。稟が言ってるのは軍師として敵が、もしくは仲間たちが

どういった眼で自分を見ているかということだろう。俺個人の考えからずればそれほどの情報戦

をすることが出来る。しかも敵の戦力を大幅に削ることの出来る軍師を恐ろしいと思う

 

戦とは情報が命。情報一つで敵を崩し、殲滅することすら出来る

俺の眼が良い証拠だろう、敵に知られ眼を逸らされるだけで俺の眼は無力になってしまうのだから

 

「判らないな。俺にはただ凄いとだけしか感じ無い」

 

そう答えれば、まだ眼がなれない暗闇の中で稟が笑ったような気がした

 

「違います。周りの軍師からすれば私は嘸かし卑怯者と映るでしょう。軍師とは昭殿と同じなのですよ

軍師とはどれだけ損害が出るかをおおよそ把握しています。其れがどういう意味か解りますよね」

 

「・・・」

 

つまりは仲間がどれほど死ぬか解っていてその場に突撃を命じる。軍師とは兵の命、死を背負う者だと

稟は言っている。それなのに自分は計略を用い、敵を掃討する際には春蘭や霞、一馬に任せていたと

そんな自分は軍師としては卑怯者なのだと

 

きっと稟はそんな卑怯者の策を貴方は信じてくれるのですかと言っているのだろう

 

「稟は此処に来るまでそんな思いをして戦っていたのか。すまないな気がついてやれなくて」

 

「昭殿?」

 

「有難う。今まで周りに卑怯者に見られるような事までして欺いてきたのは連合との戦を見通してなのだな

詠の代わりに俺の兄弟を動かすのは稟しかいない。俺は稟を信じているよ」

 

俺は立ち上がり、暗闇にぼんやりと見える輪郭に手を伸ばし稟の頬を撫でた

稟の表情は解らない。だが稟は俺の手に自分の手を添えて軽く握ってくれた

 

恐らく稟は俺の仕込んだ策を華琳から聞いているはずだ。諸葛亮に埋め込んだ恐怖の種

俺と詠が戦場に立ち俺に眼が離せない諸葛亮を騙し連合を討つのは稟しかいない

 

俺の兵を、兄弟の命を預けられるのは王のために己を滅し、卑怯者の名すら恐れぬ

誇り高き孤高の軍師以外に居ない

 

「良いですか、今日は月明かりが河を照らしてくれています。故に松明は不要、眼を暗闇に慣らしてください」

 

「解った、潜入して旗を掲げる。それだけでいいんだな?」

 

「ええ、それと・・・」

 

再度確認の為、自分のすることを口に出して言うと桟橋の奥から聞こえる複数の足音

先程まで松明の灯りで眼が慣れていたせいか、未だ眼は慣れず誰の足音なのか姿は輪郭だけしか見えない

 

「来ましたか」

 

「どういう事やっ!隊長が何処にも居らんと思ったら一人で船に乗って何処行かせるつもりやっ!!」

 

どうやら一人は真桜。直ぐ後に「そうなの〜!」と言う特徴のある語尾で沙和が居ることが解った

ということは後一人の影は凪だな。日が沈む前から俺のことを探していたようだ

軍師から説明は特に無く、模擬戦を始めてしまい俺が何処に居るのか聞くことも出来なかったのだろう

 

「まさかもう一度隊長一人、敵陣へ迎え等と言うわけではありませんよね」

 

少し威圧的な声で稟に問いかける凪。俺が一人小舟に乗るのを見て想像がついたようだ

暗闇に眼が慣れてきた所で見えたのは凪が今にも稟に掴みかかろうとして屈んだ稟の目の前に

見下ろすように立っている姿

 

「ええ、その通りですよ。昭殿には単独で砦へと向かってもらいます」

 

「なんやとっ!ええかげんにせんと幾ら稟でも許さへんで、あれは稟が進言したらしいなっ!?

この前敵のど真ん中を突っ切ってきたときウチらがどんだけ心配したかッ!!」

 

「そうなのーっ!何度も同じように成功するとは限らないのーっ!!」

 

眼が少し慣れ声を荒げ、稟に詰め寄って居るのが見えた。だが稟はゆっくり立ち上がると眼鏡を

指先で直すと無表情に詰め寄る沙和と真桜をみて其れが何か?と返す

 

稟の言葉に真桜と沙和は怒りが爆発する。だが其れよりも凪の爆発が早くその手には暗闇の中

煌々と光る氣が練られ稟へと向けられようとしていた

 

二人は驚くが稟はそれでも表情を変えず

 

「取り消してください、どうしてもと言うのなら私が代わりに」

 

「貴女では無理です。その光り輝く氣弾、そしてその気性では」

 

氣弾は撃ち出されぬまま霧散する

 

「そのまま私を撃つ事が出来ていればお願いしたでしょう。其れが出来ないならば無理です」

 

「くっ・・・」

 

「この前の策から私に対して不信感をいだいているのは解っています。昭殿にこういった策を与えているのですから

ですがこれこそが上策。昭殿の心を持たせるための策」

 

真っ直ぐに眼を向け凪に言葉をぶつける稟。凪達は稟の言葉に驚いてしまう

これこそが男の心を守るための策だと言っているのだから

 

「もしこの策が失敗し、昭殿の身に何かあった時は私の頚を貴女達に差し上げましょう」

 

「稟、あんたそこまで・・・」

 

絶句する真桜と沙和。しかし凪はやはり納得がいかないのだろう

真っ直ぐ過ぎるその性格のせいでもあるのだろう「ですがっ・・・」と食い下がろうとすると

ギシッと鳴る小舟

 

男は桟橋にゆっくり登ると稟と凪の間に入り、その背を稟に向け凪に手のひらをむけた

 

「凪、そこまでだ。俺は稟を信じる、俺が信じるものをお前は信じられんか?」

 

「た、隊長・・・・・・い、いえ、申し訳ありません」

 

暗闇ながらも男からは強い視線を向けられ少しだけ凪は体を震わせてしまう

今までこんなにも強く眼差しを向けられたことはない凪は焦り、顔を伏せて

無意識に身を隠すように片腕で自分の体を抱きしめていた

 

「戦で最も信じなければならないのは軍師だ解るな?留守を頼む」

 

伸ばした手を下ろし、フッと顔を柔らかいものに変えると男は目を瞑り震える凪

を急に抱きしめて頭を撫でていた

 

「怖かったか、悪かったな。だが仲間を信じろ其れが俺達の強さだ」

 

「あ・・・はい」

 

顔を真赤にして押し込まれた胸の中で頷くのを確認した男は手を放し

腰の剣を四つ鞘ごと抜き取り、一人ずつに投げていく

 

「預かっておいてくれ、邪魔になる」

 

小舟に再度乗り込むと稟は繋がれた紐をほどき、男は桟橋に残された皆を一度だけ見ると

櫂と漕いで暗闇へと消えて行った

 

「た、隊長何があったんや?雰囲気が前よりずっと、あれホンマに隊長か?」

 

「大丈夫、凪ちゃん?」

 

「あ、ああ。怖かった・・・だが其れよりも、何故だろう安心出来た」

 

暗闇に消えた男を眼で追うように三人は桟橋で呆然と立ったままに

稟だけはその理由を知るかのように少しだけ口の端を笑に変えると一人城へと歩を進めた

 

 

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船を進め一人河を渡る。月明かりが指し込み水面を照らし雲が無いせいか灯りが無くとも

十分に周りを確認することが出来た

 

これは迷わなくて良いが敵に発見されやすいな。外套は畳んでおくか、流石にこれは目立つ

 

俺は外套を脱ぐと綺麗に畳んで牙門旗を仕舞ってある風呂敷に一緒に入れてしまう

 

基本的に外套の中にきている服は黒の上下だからこれならば侵入に問題は無いだろう

 

「・・・牙門旗を目立つように立てるなら外套を着たほうが良いんだろうな」

 

となれば侵入後、中央の目立つところに外套を着たまま牙門旗を立てればいいということか

しかしこんなコトすればただの的だろう。まぁ俺は稟が言った事を信じてそのまま実行すれば

良いだけだ。何も無いまま俺をこんな所に行かせるわけはない

 

暫く進むと砦が見えてきた。望遠鏡で確認すれば急造なのだろう、木で造った柵が壁のように立ち並び

物見台が数カ所設置されていた

 

「此のまま進むのは駄目だな、真正面に物見台がある。少し迂回して東側から入るとするか」

 

北から真っ直ぐ進んできた俺は身を屈め、船の頭を左へ向け波音を立てずに櫂をこいでいく

 

東に回りこめば見えてくるのは暗闇で松明をもちうろつく兵士たち

 

岸には兵が数名、向こうの草群に船を着けて隠れながら進むか

都合の良いことに松明でわざわざ自分の位置を知らせてくれているし、眼を見て死角を奪う事も出来る

 

船を草群にゆっくりと入れた俺は音を立てず、敵の眼を見ながら死角を探り出す

此処から見えるのは三人。どうやら一人は酷く眠気に襲われているようだ、もう一人は全く

別なことを、明日の食事でも考えているのだな。後一人は緊張しながら周りを警戒している

 

「これなら死角は多い」

 

俺は風呂敷を片手に草群から普通に出て行く、特に体を屈めるわけでもなく真っ直ぐに砦の方へと歩いて行く

注意は此方に全く注がれない

 

なぜならば緊張しているものは怖いのだろう河にばかり注視し、もう一人は心ここに在らざれば視れども見えず

と言ったところだろう。此方に顔は向いているが見えていない。三人目は言うまでもなく

 

そのまま悠々と歩を進め、砦の前に来れば急造にしてはしっかりと作られた柵

これは奪ったあとそのまま使えそうだ等と考えながら侵入出来そうな場所を探すが

諸葛亮がこれを考えたのか、なかなかに死角や侵入のできそうな穴が無く少々困ってしまった

 

とりあえず物見台の兵の眼を避けながら柵に張り付き少し思案していた所で遠くからこの東門に

向かって灯りが二つ。どうやら馬車のようだ

 

俺は直ぐに望遠鏡で確認すれば、どうやら食料等を積んでいるのだろう馬車が此方に向かい

兵は数人護衛で着いており今からこの東門から入るようだった

 

「闇夜の方が襲われづらいと考えたのか?俺達からの兵糧攻めなんてのを考えたのだろうか」

 

まぁ良い、丁度よいからアレで中に入らせてもらうとしよう

 

そう考えた俺は風呂敷を体に縛り付け兵と行者台の兵の視線を把握し

柵から離れ大きく周りこんで足音を消しながら後ろから馬車へと近づく

 

ギシッ

 

「ん・・・?」

 

馬車が少し沈み頚を傾げる兵士、だが後ろの荷物を見ても何も変化は無く周りの護衛を見ても前を見たまま

誰も何も感じていないようだったので兵は気のせいかとそのまま門へと馬を進めた

 

あくびをしながら門の前で止まり、守衛の兵と軽く挨拶を交わす御者台の兵士と護衛の兵

 

「こんな時間にどうした?補給などとは聞いていないが」

 

「ああ、俺も突然言われたんだ。此処に居る張飛将軍が糧食を食い尽くしたって本当か?

寝ているところを突然起こされて困ったよ」

 

「何っ!?そんな話は聞いてはいないが」

 

守衛の兵は少し考えるが元々張飛将軍の大食は有名なことだし、(諸葛亮)軍師殿もその事を

事前に言っていたこともあって此方から伝令だけが行ったのかも知れないと頷き

確認の為、伝令や此処に来ている文官などに来てもらおうかとも考えたがこれほど遅くに

未だ会議を続ける上官を呼ぶのに気が引けた守衛の兵士は仕方がないと荷馬車へと槍を持ち近づく

 

「ということは糧食の追加か、何処から来た?」

 

「この近くの公安から河を渡って着たよ。孔明様からの命令らしい」

 

「らしい?どういう事だ?」

 

「だから言ったじゃないか、寝ている所を急に起こされて向かわされたんだ。糧食のことだから

急ぎだってのは分かるが流石に驚いたよ」

 

「らしい」という不確かな言葉に少しだけ違和感を感じた守衛は確認のためだと荷を一つ一つ開けていく

米の入った壺の蓋を開け、槍を突き刺し重ねられた保存食等にも時間を掛け丁寧に開けて確かめていく

 

「これで最後だな」

 

「随分と慎重にやるんだな」

 

「念の為だ、新野で我らの軍勢を一人で城の中に入った舞王の話を聞いて無いか?」

 

「ああ、聞いた聞いた。普通じゃ無いな、今まで忘れてたがありゃ天の御使だ、妖術なんか幾らでも使うんじゃ

無いのか?」

 

「だからだ、話だと兵が居ないはずの場所に万の兵を突然出現させたらしいからな」

 

驚き本当かと確認する兵に守衛は頷き、最後の壺を開けて中身を確認する

中身はどうやら酒のようで、水面に月を写し揺られて波を立てていた

 

「問題ないな、通って良いぞ。荷を降ろす場所は真っ直ぐ行って右に曲がったところにある天幕だ直ぐに解る」

 

「あいよ、ご苦労さん」

 

確認が終わり馬車を進め、数ある天幕のうち正面の天幕に突き当たった所で右を向けば

数名の兵が大きめの天幕の前で寝ずの番をしていた

 

そのまま馬車を進め、兵に糧食を持ってきたと言えば番をしていた兵士は頚を傾げる

 

「こんな時間にご苦労だな。もう入らんぞ、外にでも止めてくれ」

 

「えっ!?そんな筈は無いぞ、足りないと言われて持ってきたんだが」

 

「なに、誰からの命だ?」

 

「孔明様だ、寝てたところをたたき起こされて」

 

兵はおかしいと頚を傾げるが、孔明からの命だと聞いて自分たちの将軍が大食なのを思い出す

もしかしたらこの程度では直ぐに無くなってしまうと糧食を届けに向かわせたのではないかと

考えて見れば此処に着た時は予定よりも大幅に糧食を平らげていたと

 

「緊急の追加なのかもしれんな、念の為に門番でも調べたと思うが荷を検めさせてもらうぞ」

 

またかと溜息を吐きながら頭を後ろでにポリポリと掻きながら頷く兵士

お互い苦労するなと番をする兵に言われながら一緒に確認するが先ほどと同じ

問題が無いと解ると入りきらない糧食を卸すわけにもいかず荷馬車をそのまま天幕の横へと着けた

 

「直ぐに戻るのか?」

 

「まさか、休ませてもらうよ。馬車も回収しなけりゃならないし」

 

兵は馬車を降りると護衛の兵達と共に何処か休める場所はと聞き、番をする兵は案内すると

他の兵に天幕を任せるとこの場を後にした

 

天幕の隣に残された荷馬車では馬が繋がれたまま小さく嘶き、頚を振っていた

それと同時に微かに揺れる荷馬車

 

「・・・行ったか、しかしもう少し遅かったら落ちてたな。手が震えてるよ」

 

荷馬車の下に張り付いていた男は周りを確認しながら馬車から手を放し、周りの兵を確認する

 

しかし万の兵を出現させたか、偽りだと伝わって居ないのか?

あれは完全に騙しただけだったんだがなぁ

 

まあいい、この場に馬車が居るならもう少し此処で時間を稼いでも良いが、牙門旗を立てる場所も確認したいな

真下から見た感じだとあの中央の天幕が一番だろう

 

 

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ついでに情報も少し収集してしまうか

 

男は周りを見渡し、兵の脚が途切れた所で音を立てず這い出し身をかがめ周りを確認

己の眼を最大限に使い天幕の影に隠れ、置かれた荷や武器の影に隠れて周りの様子を伺っていく

 

中央の天幕の裏にお誂え向きの場所があるな、張の牙門旗が立っている

アレを下ろして俺のを立ててしまおう

 

眼を周囲に配りながら兵の死角を突いて移動しながら一つ、騒がしく声が漏れる天幕を見つける

大声で怒鳴る子供の声、男は不思議に思い声の漏れ出す天幕へと近づく

 

「大丈夫なのだっ!問題ないのだっ!!」

 

「将軍、新野では容易く兵を討たれたとの報告が入っていますっ!この地にも既に兵が向かっているとの報告が」

 

「いやいや、我らは快勝であったらしいぞ。あの舞王も恐れをなしたか一度も船から出てこなかったらしい」

 

「そんな報告は聞いていないぞ、あの甘寧殿が手傷を負わされたと聞いて居る。船も何隻か奪われたと」

 

天幕を覗けば文官達だろうか、赤い髪の小さな少女。張飛に報告を矢継ぎ早にしていた

 

なんだ?誰一人報告が一貫していない。情報が錯乱しているのか?甘寧が負傷?俺がおそれをなした?

此処に兵が向かってる?コイツラ一体何を言ってるんだ

 

良く見れば文官達に言い寄られ中央で胡座をかいて座る張飛の表情がどんどん不安なものになってしまっている

 

「うう〜。愛紗達は簡単にやられたりしないのだ」

 

「いえ、私の聞いた報告では関羽殿は酷く負傷したとか」

 

「おお、それは私も聞いたぞ。何でもあの赤馬、張奐に腕を刎ねられたとか」

 

「私もだ、負傷して一足先に公安へ戻ったとか」

 

支離滅裂な報告の中、関羽が負傷したという情報だけが文官達の中で一致し張飛の顔が青ざめる

そしていきなり立ち上がったかと思えば蛇矛をてに天幕から飛び出して行ってしまう

 

「しょ、将軍何方へっ!?」

 

「決まってるのだ、公安へ戻って愛紗の様子を見てくるのだ」

 

「それでは此処はどうするのですかっ!?」

 

「直ぐ戻るのだっ!」

 

振り向きもせず文官達を置き去りに、よほど義兄弟の事が心配なのだろう一目散に厩のある方へと走っていく張飛

 

・・・・・・これは稟の仕業か?こんな砦の文官の情報まで狂わせたのか?

一体どうやってこんな事を、お陰で張飛殿が居なくなった

 

呆気に取られ、男は頬を掻き。周りを見渡せば飛び出した文官に兵士達が視線を向ける

好都合とばかりに男はゆっくり影に身を滑り込ませ中央の裏手にある牙門旗へと身を寄せた

 

「・・・これが情報操作か。凄いものだ」

 

きっと張飛が少女だと解ってわざと不安を煽るように仕向けたんだろう

幾ら将軍だと言ってもあれぐらいの子が自分の家族に何かあって不安にならない訳がない

 

「しかし本当にどうやったんだ?まさか先刻の荷馬車も稟の差し金か?」

 

やれやれと軍師の知に及ばぬ自分を情けないと思いながら天幕より高く組まれた櫓に牙門旗がささる

その真下、中央の天幕の裏で腰を下ろし懐から干し肉を取り出して噛じる

空を見上げれば日が昇ってきたのだろうか、白んできていた

 

兵は誰も来ない、というよりも張飛殿が居なくなったことで先刻から慌ただしく動いて

外に向かって警戒に当たっている。いきなり指揮官である将軍が居なくなったのだあたりまえだろう

 

侵入者は厳重な諸葛亮案の砦だからか、それとも門番の慎重な検査の為かあまり注意をされていないように思える

アレだけ死角のない警備だ内部に侵入されることが無いとタカをくくっているのか

もしかしたら先ほど文官の一人が言っていた俺達が此方に兵を送っているという情報に踊らされているのかもしれん

 

「なんにせよ思っていたよりもずっと楽だ」

 

空を見上げもう少しか、そう感じた俺は風呂敷から外套を取り出し羽織り叢の牙門旗を取り出す

 

さて、日の出と共に牙門旗を変えて俺が立って・・・もしかしたらそういう事か?

 

一つの考えに行き着いた俺は流石に其れは無理があるだろうと呆れてしまう

だがこれが恐らく稟が示した計略なのだろう。確かに無血開城のようなものだ

おれの心は痛まない

 

「まるで子供の悪戯だ」

 

空が白めば日の出は早い、俺は稟の策に笑い出しそうなのを必死で堪え張の牙門旗を懐の鏃で取り外し

叢の牙門旗を縛り付ける

 

櫓で牙門旗を掴みながら俺は耐え切れず大声で笑い出してしまった

 

大声で笑ってしまい砦中の兵の視線が集まる

 

太陽の日が差す中、あったはずの張の牙門旗が無くなりそこには空と同じ深い蒼色の叢の牙門旗

 

さらには居るはずの無い人物がそこに居る

 

【魏の舞王】 突如万の兵を出現させた【天の御使】

 

兵達の顔が驚愕と恐れに染まりガタガタと震え出す

 

肝心の居るはずの指揮官、蜀の武ともいえる張飛が居ない

 

居るのは情報を乱された文官のみ

 

「うっ、うわああああああああっ!!」

 

兵の一人が叫ぶとまるで恐怖が感染するように他の兵達も叫び声を上げ口々に「敵兵が来る」

「逃げろ」「妖術で兵を呼ぶぞ」と悲鳴を上げて砦から出ていってしまう

文官ですら乱れた情報を鵜呑みにしてしまっているのも居るのだろう

兵が来ると「内部に他にも兵が居るかもしれん挟み撃ちに遭わぬよう一度砦から出て体制を立て直す」

と砦から出ていってしまう

 

「・・・一人ぐらい向かってくると思ったんだがな」

 

気がつけば砦には男一人が残され、兵達は誰一人残っては居なかった

まるで竜巻でも襲ったのかというかのように人一人居らず、天幕は慌てた兵に幾つか倒されていた

 

男は周りを見渡し、櫓から降りると江夏への門。北門へ脚を向ければ門からノックをする音

 

ノックというこの地の者がしない仕草に男は微笑み、門を開ければ稟が立っていた

 

「巧くいきましたね、ご苦労様です」

 

「ああ、お陰さまで。所で教えてくれないか?どうやってアレほど情報を混乱させたんだ?」

 

稟の後ろから数名の兵が俺達の横を通り抜け砦へと入って行く中、情報操作について問えば

「秘密です」とクスリと笑を残し中央の天幕へと行ってしまった

 

男は登る朝日に腕を伸ばして背筋を伸ばし、頚をコキコキ鳴らすと「先に帰る」と過ぎゆく兵に一言残して

稟とは逆方向に、江夏へと歩を進めた

 

 

 

 

 

 

ー西塞山ー

 

 

「報告します。華容が奪われました」

 

「何だと、早過ぎる」

 

「其れが・・・」

 

報告を聞き、周瑜は何も言えず固まっていた。ありえないとしか言いようの無い策

一度何処か二度までも魏で重要な位置に居る人物をまるで捨て駒のように使う策略

 

だが西塞山で呉の軍議に同席していた諸葛亮は特に驚くこともなく

鳳統もまた動じること無く報告を聞いていた

 

「ちっ、噂に聞いている郭嘉と言う者か。卑怯者が、味な真似を」

 

周瑜の言葉に二人の少女は同意はしなかった。確かに軍師としては死を背負わぬ卑怯な人物

とも捕らえられるが、此処まで鮮やかに兵を一人も減らすことなく砦をおとした人物に

警戒を強めるだけだった

 

無論、周瑜も口では卑怯者と罵りながらも幼き軍師二人と同じ思いを表情の裏に隠していた

 

「お前たちには想定内ということか?」

 

「はい、鈴々ちゃんは愛紗さんが傷ついたと聞けばきっとじっとしていられないでしょうから」

 

「だが、それでは我らの策に敵を迎えられまい。どうするのだ」

 

「少し早いですが、一度当てましょう」

 

一度当てるとの言葉に少し怪訝な表情をする周瑜。無理もない、一度当てるとは水上で戦う

と言っているのではなく。敵が今回手に入れた砦へ向かい陸での戦をしようと言っているのだ

 

水上でこそ地の利のある此方だというのに、わざわざ時間を稼ぐために陸に上がって戦いを挑もうと

言っているのだ

 

「心配は要りません。此方にはこれがあります」

 

「っ・・・これは、何故こんな物がある」

 

二人の少女の間に置かれた大きな荷物から取り出され卓の上に広げられた竹簡

そこには魏の軍師達の癖と得意とする陣形の細かく書かれたもの

 

特に賈駆の陣形と戦闘法が詳しく書かれた其れは外に絶対に出るはずのない物

 

「明命ですら魏の情報を持ち帰ることが出来なかったというのに、一体どうやって」

 

呟く周瑜はあるものに気がつく。竹簡の端に書かれた【風】という文字

 

「なるほど、ならば軍は我らが出さねばならぬな」

 

「はい、お願いします。私達はまだ全てが揃っているわけではありませんから」

 

笑顔で応える諸葛亮に周瑜は頷き、伝令を即座に飛ばす

赤壁での大計を必ずや成功させるために

 

 

説明
遅くなりました><

今からコメント等のお返事を書かせていただきます

何時も読んでくださる皆様、本当に有難うございます
(´▽`)
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コメント
まさにメタルギアアキラですね!それにしても稟すげー!(ラーズグリーズ1)
ねこじゃらし 様コメント有難うございます^^信頼こそが軍として、仲間としての強さですからね><叢雲のなは伊達では有りません!(絶影)
アロンアルファ 様コメント有難うございます^^風の動きに着いては今のところはご想像におまかせいたします^^砦を奪取するにも情報とハッタリだけですからね、仰るとおりかとw(絶影)
Ocean 様コメンと有難うございます^^仰るとおり、情報が重要であることは孫子も説いています。基本を疎かにしては勝つものも勝てませんからね、稟もようやく活躍いたしますので風共々楽しんでいってください^^(絶影)
KU− 様コメンと有難うございます^^どうやら巧く書けているようで、風の動きや回答になる話までそこら辺で楽しんでいただければと思います^^(絶影)
GLIDE 様コメンと有難うございます^^風は策士ですからねぇ、今回の事も覚えておいてくださればきっと後々楽しんでいただけるかと!(絶影)
根黒宅 様コメンと有難うございます^^見えてきましたか?ならば其れは秘密でお願いいたします><当たっているかは今後の展開でお楽しみください^^(絶影)
thule 様コメンと有難うございます^^( ゜∀゜)o彡゜程c( ゜∀゜)o彡゜程c( ゜∀゜)o彡゜程c( ゜∀゜)o彡゜程c(絶影)
oirann 様コメンと有難うございます^^風は一体何を、彼女は今後どういった動きをしていくのか、今後のお楽しみです><(絶影)
仲間の信頼を取り持つ昭さんまじイケメン!(ねこじゃらし)
風のこれも情報操作?しかし単独潜入・砦奪取すげーな(アロンアルファ)
情報操作は兵法の基本ですよねw 最良の為に策をなし、責任を受け止める稟の覚悟はイイですね。風の行動も段々と見えてきましたね、彼女の意図も。これは続きが楽しみだ(Ocean)
う〜ん、風のやりたいことが微妙に分からないな〜。(KU−)
風の意図が分からない…この後どうなるかなぁ^^(GLIDE)
なるほど。。。なんとなくだが、風のねらえが見えてきた。(根黒宅)
( ゜∀゜)o彡゜風( ゜∀゜)o彡゜風( ゜∀゜)o彡゜風( ゜∀゜)o彡゜風(thule)
風はいったい何を目的としているのでしょうか、気になる終わり方(aoirann)
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