虚々・恋姫無双 虚廿玖(続) |
再戦七日目。
一刀が管路に手に落ち、華琳も居ない状況で甚大が被害を受けた魏の軍勢はこれ以上戦いを続けることができないぐらいになっていた。
「このままでは……」
「…くっそー!」
ガーン!
春蘭が八つ当たりにそこに会った岩に自分の七星餓狼をぶつけると、岩が真っ二つになってしまった。
「私がもっと頑張っていれば……」
「姉者……」
そう悔しがる春蘭を見ている魏の将たちの顔には、少なからずと憂いが見えていた。
一度蜀軍とともに五胡軍を押し返していた秋蘭や流琉さえも、半日と言えどこの西涼の戦いの厳しさ蜀のそれとは段違いだということが伝わってきた。
秋蘭は、初めて春蘭に会った時、あれほど疲れている春蘭の様子を始めて見た。
猪のような猛将で、疲れることなど知らぬと思っていた姉者の四肢が悲鳴をあげていた。
何日も昼夜を問わず続く戦い、その戦いで今までになく春蘭は奮起していたのだ。
春蘭だけではない。
霞や、あれだけ普段は真面目を知らない沙和や真桜さえも、この戦いでは全力を出さざるを得なかった。
そして、軍師である郭嘉さえも、自分が持っている全ての智謀を持って敵に当たった。
だが、最初の戦いからして半月以上続いたこの戦いの中、彼女たちは身も心も疲弊していたのだ。
限界という単語の意味さえも彼女たちが頑張ってきたことには弱々しい。
言葉のとおり死ぬ気がここまできた。
そして、そんな彼女たちを支えていたのは何か、言わずとも分かることだった。
それは曹孟徳。
我らが覇王であった華琳さま。
彼女の願いが自分たちの願いであった。
「……前日、華琳さまがここに訪れていました」
「!」
稟の言葉に全員が驚く。
本陣に残っていたはずの華琳さまが何故…?
「どういうことだ?昨夜そのような話は聞いてないぞ」
「そんな報告は入っていません。ですが、私だけの時、たしかに華琳さまが私の前にいらっしゃいました」
「………」
「あまりの状況の厳しさに、幻を見ていたのかもしれません。ですが…」
外観でみた稟の疲れは明らかなものだった。
だが、その目の光だけは秋蘭や流琉よりも清い。
「絶対に負けるなと、そう命じられていました」
「「「「………」」」」
「ですから、私は…いえ、我々はなんとしてもこの戦いで勝たなければならいません」
「……そんなこと、言われなくても分かったる」
霞を閉じて静かに呟いた。
「稟が見た華琳さまはほんものや。ウチも昨夜、稟が華琳さまとチューしてるのを見たからな」
「なっ!」
誰も見ていないと思っていた稟は霞の言葉に取り乱す。
「なんだとー!貴様、私たちに抜いて華琳さまと…!」
「し、しょうがないでしょ?!あの時、皆そこに居なかったのですから!」
「…しかし、もし華琳さまが本当にここにいらっしゃっていたとすれば、今一体どこに……」
「それは……」
稟はもう一度昨日華琳さまが仰っていたことを思い出す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「私があの子を連れて帰ってくるまで、絶対に負けては駄目よ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まさか……」
稟の脳裏に嫌な予感がよぎった。
「まさか…何だ?」
「華琳さまはこう仰っていました。あの子を連れて帰ってくるまで、絶対に負けるな、と」
「あの子……北郷のことか?」
「でも、一刀ちゃんなら華琳さまと一獅ノ本陣に居たんちゃう?」
「……一刀殿のことです。また無茶な真似をして……!!そうです!あの時紗江殿が…!」
「うん?」
稟の頭の中で何かがパチッと繋がる。
「城を出る時、紗江殿はこう言っていました。この絶たずに湧いてくる五胡の兵の形をして土人形どもを作っている妖術使いがいると、あいつを殺せば戦いに勝てると、あの時、一刀殿がなんといっていたか、覚えていますか?」
「「「!!」」」
それを聞いた霞、沙和、真桜の頭にも稟と同じ景色が浮かんだ。
「あのド阿呆が!」
「一刀ちゃん、もしかして一人であの妖術使いを探しに行って…」
「それをまた大将が探しに……」
「!もしそうだとしたら不味い…!」
罠だ。
そうに決まっていた。
なのに一刀はそれを知らず、ただ傷つく人たちを見ることが我慢できず、戦いを終わらせようと敵の本陣に突っ込んだ。
そして、そんな一刀を助けに、華琳さまも罠を知っていながら虎口に入る。
「つまり…どういうことだ、秋蘭?」
「………」
春蘭が追いついて来れなかったのか、秋蘭に聞く。
秋蘭は蒼白になった顔で答えた。
「つまり…北郷と華琳さまが今敵の手の中に落ちているということだ」
「!!」
口で発してしまうと更に絶望が衆の中に染り込んだ。
「…っ!」
「待て、姉者!」
「放せ、秋蘭!私は…私は華琳さまを助けに行く!」
「落ち着いてください、春蘭!今の我々は、華琳さまと一刀殿がどこに向かったのかも知らないのですよ!」
「そんなの決まっているであろ!」
春蘭は何を言っているのかのように、敵が渦巻いている西を指す。
「あの妖術使いというのがこの兵たちを作っているのだとすれば、こいつらを全て蹴り飛ばしてしまえば、その先に華琳さまと北郷を攫ったやつが居るはずだ!」
「………無茶です!今の我々だけでそんなことをするのは全滅したいといっているようなものですよ!」
けど、春蘭が言っている言葉こそ今できる唯一の打開策。
だけど、実行できる力が足りない。
馬騰と韓遂たちの助けを得る?
馬鹿な話だ。
今やろうとしているのは自殺行為だ。
もはやこの戦いは長期戦を練らなければならない。
そんな危険な攻撃に他国の軍が手伝ってくれるはずもなかった。
それに、彼らがもし助けてくれるとしても、本当にできるかどうか分からない。
「……じゃあ、どうすれば良いというのだ!このままでは華琳さまが…!」
「………」
稟は悶々と考える。
何か、あるはずだ。
なくても創りださねばならない。
勝つための策。
大切な方との約束を守る方法が………
「伝令ー!」
その時、
彼女の心の中を灯す灯りが現れた。
「東から劉の文字と孫の文字の軍が接近中。蜀と呉の援軍が到着しました!」
「!」
「来たか」
秋蘭の顔から少し血気が戻ってくる
「よっしゃー!これでまた戦えるでー」
「でも、もう私たちの軍はボロボロなのー」
「せやな…このまま戦いを続けるとしても、あのピンピンしている援軍にくらべりゃ、ウチらの軍は雑兵同然やな…」
「……真桜、沙和!」
「ひぐっ!」
「い、いや、ウチはそんなつもりで言ったんじゃなくてな…」
稟の一喝のような呼びに二人は驚くも、
「今すぐ各々呉に行って、今私たちがした会話を呉の周瑜殿と桂花たちに伝えてください。私は蜀軍に行って、策のための兵を分けてもらいます」
「策って……稟、まさか…」
「はい!いくのです!どれだけ無茶だとでも構いません!一刻も早く、あの土偶どもを片付けるのです!」
時間を戻して6日目の深夜。
ヒヒィィィー!
「着いたぞ!」
「はいっ!」
劉備の許可を得て、先に軍を出して来た諸葛孔明と、彼女の護衛を兼ねて共に来た関羽。
孔明は馬から降りた途端に、本陣の灯りが残っている天幕に向かった。
「おねえさま……!」
あの方にまた会うことを恐れていた。
五丈原での戦い。
あれほど恐ろしい策を実践に出すような、鬼のような軍師。
憧れた先輩であった、司馬仲達の戦いを一度見た瞬間、伏龍孔明は彼女と再び会わなければならないという状況を恐れていた。
だけど、
彼女からの手紙を見た途端、
嫌な予感がした。
もしかしたら自分は、取り返しのできない過ちを犯してしまったのかもしれない。
何故?
何故私はお姉さまの誘いにすぐに乗らなかったのだろう。
何故雛里ちゃんだけを送ったのだろう。
桃香さまの側から二人とも離れるわけにはいかなくて?
違う。
怖かったんだ。
お姉さまと会う時間を、少しでも遅くしたかった。
「お姉さま!」
天幕の入り口に立って中の様子伺いもせず中に突っ込んだ、孔明の前には、
誰も居なかった。
灯りがあるまま、人はあらず。
違う天幕かも知れない。
だけど、孔明は感じていた。
ここだった。
だって、あの人の匂いがしているもの。
一度しか会えなかった。
五丈原でなんて、手紙をもらったのが全部で、後は燃える五丈原を見守っていただけ。
だけど、たしかにここは司馬仲達、紗江お姉さまの部屋だった。
「……!」
そして、その灯りがある円卓の上には、「孔明は見よ」と書かれている書簡が巻かれていた。
「………」
自分への手紙。
孔明は、深呼吸をして、その巻物を開いた。
「…朱里!」
一歩遅く孔明を追ってきた関羽は、書簡を持っている諸葛亮の姿を見た。
「何をしているのだ?誰も居ないのに中に勝手に……」
「ちょっと静かにしてください、愛紗さん…」
「……朱里?」
さっきまでの慌てていた孔明の姿はそこにあらず、真面目な声を出している諸葛亮の背中を見ながら、関羽は何かを感じた。
「………どうして…」
「…?」
「どうして私はこんなに……馬鹿なのでしょうか」
「朱里?」
「すぐそこにいましたのに……私が望んでいた目標がすぐ前に…手を伸ばせば届く場所にあったのに……もう二度と届かなくなってしまいました…」
「朱里!」
孔明の背中が崩れ落ちるのを見て関羽は慌てて彼女を支えた。
「しっかりしろ、朱里」
「…大丈夫です、愛紗さん……心配をかけてごめんなさい」
「……一体、なんと書いてあったのだ」
「……」
孔明は何も言わずに、関羽に持っていた巻物を渡した。
関羽をそれを受け取って、自分の目で内容を読んだ。
『朱里ちゃん、
あなたたちに出会った時のことを、少女は良く覚えていません。あの時まだ少女は本当の意味で少女ではなかったので、二人があの時見ていた少女は、もしかしたら本当の少女とは違う姿かもしれません。
でも、少女は長安にあなたが居たと知ってから悲しかった。あなたと戦わなければいけないからではなく、あなたを傷つけることが嫌だったから。だけど、あの時の少女は華琳さまの軍師、少女は少女が仕えるべき方のために全力を果たしました。
だけど、本当は……本当は会わなければ良かったって思ってもいました。
あなたに言っていないことがあります。雛里ちゃんにはすでに言っていましたが……少女はあの連合軍の時からすでにこの世の者ではありませんでした。
もう死んだわたくしがあなたたち後輩たちを誑かしてしまったと思うと…少女が二人に前に現れた事自体、間違いだったのかもしれないという気持ちになってしまいました。
でも、雛里ちゃんは言ってくれました。例え死人といっても、少女を憧れたお姉さまだったと、そういってくれました。
朱里ちゃん、
あなたは少女のことを嫌っているのでしょうか。どうしてもそれだけは分かりませんでした。
少女のことを嫌っているのでしょうか。それともあのような酷い策を実行する少女を軽蔑するでしょうか。
あなたに聞きたかったです。あなたが思っている少女を……
ごめんなさい、最後まで勝手なことばかり言ってしまっていて……
後のことは、あなたたちに任せます。どうか……』
文章はそこまでであった。
途中で内容が絶たれたように、続かない書簡を見終えて、関羽は孔明を見る。
「朱里…」
「私が馬鹿でした……雛里ちゃんと一獅ノここに来るべきだったのに……私が迷った挙句に…お姉さまを寂しい思いのままに逝かせてしまいました……」
「…………」
関羽は泣いている孔明を静かに抱きしめた。
孔明は今まで頑張ってくれた。それは関羽が一番よく知っている。
幼い彼女がいなかったら、劉備と自分たちはここまで上がって来れなかった。
そんな彼女がいてからこそ、蜀が成り立てた。
そんな孔明が、こんなにも弱くなっている。
国の軍師でなく、一人の女の子になって悲しんでいた。
だけど、その姿もほんの少し、
「……何かが…あるはずです」
「朱里」
女の子は立ち上がった。
そしてその目は、軍師の目。
「お姉さまがこのような愚痴だけを残していたはずがありません。何か…あるはずです。今の状況覆す策を練ってあったに違いありません」
「だが…書簡の内容はこれで終わりだぞ?他に何が……」
「……!!愛紗さん、それ、ちょっと見せてください」
孔明は、何か閃いたかのように関羽に言った。
「あ、ああ」
関羽から書簡をもらった孔明はもう一度その書簡を読んでいった。
「……すごい」
「何だ?」
「文を両方でも意味があるようにしておいたのです。普通に読んでも、水鏡女学院の暗号のように読んでも…」
「何?」
「この通りなら………」
孔明は書簡を見終えて、外にでた。
関羽は一瞬崩れたと思った彼女がこうも早く立ち直れるのを見て追いつかなくなったが、すぐに彼女を追いかけた。
・・・
・・
・
関羽と孔明が行った場所は陣から北に進んだところにある黄河の上流。
「こ、これは……!」
「……これだけを準備するに三日、いえ、水の溜も考えると一週間は……お姉さまは、最初からこの策を最後の切り札をして持っていたのです!」
彼女らが見ていたのが黄河の上流の支流の一つ。
だが、その水は流れていなかった。
「お姉さまの策によると、他の支流にもこのような仕掛けが用意されてあります。水流を止めるための防柵は、下側に設置されている火薬を点火させると一斉に他の黄河の水流を止めてしまうのです。そして、この最初に防いであった水のところを爆発で流してしまえば…見事な水攻めが完成するのです」
「なんてことを……そんなことをすれば他の黄河の水を当てにして生きている魏の民たちは…」
「もちろん、策を成功させたあと復旧する作業も必要でしょう。だけど、このような策、考えても普通実行させようとなんてする外道…むちゃな軍師はそういません」
自分の先輩を外道を言った孔明は少し咳を払って言い直す。
「ですが、これこそ一番効果の高い方法……水攻めを使えばあの土人形たちを一気に片付けることができるでしょう」
「そのための仕掛け、というわけか?」
「はい…恐らく、一週間前にここを通った魏のみなさんはこのことを知りません。私たちが軍を進めてこのことを知らせ、策に参加してもらわなければなりません」
「………危険はないのか?」
「…不思議なことに、こっちの軍の危険は少ないです。だからこそ、紗江お姉さまも待っていたのだと思います。私たちが来るところを……」
このような外道な策を練ったのは司馬懿本人、だけど、実行させるのはその後輩の諸葛亮と、そして大陸を守ろうとする皆の衆。
「本当に……最低の先輩です。お姉さま」
関羽はそんな物言いをする孔明が本気でそう言っているとは思わなかった。
さっきまであった悲しみに滲んだ顔の孔明はそこにあらず、明るい微笑みをしている諸葛孔明がそこにいたからだ。
「けふっ!」
「?」
突然、くしゃみをする管路を見て于吉が振り向く。
「どうしたのですか?」
「なんでもありませんわ。これだから五胡の地は嫌いですわ。風が強くて砂だらけで体に悪いのです」
「はぁ……」
そんな管路を見ていた于吉がふと目を細めた。
「魏と馬騰軍が引き上げていますね」
「え?」
管路がその話を聞いて于吉の前の象棋盤を見た。
本当に、西涼にあった魏の軍が後退していた。
「おかしいですね。援軍が来ているところに、ここでわざわざ勢いを利用せず後退するとは……」
「こっちがおもったより、魏の状況が厳しいのでしょう。呉と蜀の軍に頼ってまず戦線を後退させ、長期戦を見計る。そんなところでしょう」
「……そうでしょうね」
何かすっきりしない顔をしながらも于吉はその椅子から立つことはなかった。
「……うぅぅ…」
「うむ?」
「あら」
縛られていた一刀が呻く声を聞いて管路が一刀の方に行った。
「随分と悪夢に魘されているようですね」
「あなたがやっておいて良くいいますね」
「まぁ、そういうことですが……わたくしめでも、鬼ではありませんわ」
と言いながら、管路は水を取って気が弱い一刀の口に水を流し入れた。
「本当に、あなたらしくありませんね」
「…何です?」
「いや、あなたがそんな優しいことをしてあげるなんて、と思いましてね」
「………ふふふっ」
于吉の話を聞いた管路は少し微笑んで、一刀に興味を失ったのか、外を見る。
彼女にとって自分の手に落ちた魏の将たちも、一刀も、もう興味の相手ではなかった。
「あとは……あなたさえ抑えれば、わたくしめの勝ちですわよ。覇王、曹孟徳……さぁ、ここに来て、あなたの天の御使いを取り戻してみなさい」
皆がそれぞれの思いを持って戦い抜くここは戦場。
そして、その終幕は後が近い。
「……お姉……ちゃん……」
・・・
・・
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説明 | ||
これが終わったら孔明と紗江の話でも特別編で書いてみようかな・・ | ||
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・・・え?(TAPEt) 董卓が自軍を守るために使った策を敵を殲滅する策にするとは思いませんでした。これで兵には勝てるが、管輅をどうするか、何か策はあるのだろうか……(山県阿波守景勝) |
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