煙と霞
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 霧の中で吸う煙草は湿気で味が濃くなるから旨いのだ、と女は言った。俺は酔いどれだが、不思議と喫煙習慣がつかなかったので結局その話は実感する事はなかった。

 風呂場に立ち込める湯気の中、その女が満足気に吐き出した煙が湯気に溶け込んで行くのを見送った。

 女の煙草はタール22mg、ニコチン1.4mgのクラシックモノ。

 狭いアパートで一晩でも過ごそうものなら、換気扇を回しつづけても三週間はヤニ臭さが残る代物だ。

 たまにソブラニーのようなこじゃれた洋物煙草を咥えれば小躍りして喜び、ピアニッシモみたような軽い煙草には「不味い。こんなの少し汚れただけの空気だ」と言って、一口二口で揉み消した。

 煙のせいで俺は、小学四年生の夏休み、父親の運転する自動車の窓から眺めた夏の青空一杯に広がった雲を思い出したので、長野の空の下で死にたいと話した。

 生憎、女は俺よりも先に死んだ。俺は葬式にも火葬場にも呼ばれることはなかった。

 ただ女の荼毘に付されて煙になる様子を思い浮かべながら、ベッドサイドの灰皿で燃やした白髪の匂いを思い出した。

 膝下に雲と霧のたゆたう美ヶ原の高原で、女の為に買い置いていた煙草「新星」に火をつけた。

 燻らすなり、むせ返った俺が、こんなに目のしみる煙草を旨いなんてとても思えなかった。

説明
2011/03/20に開催されたクロスジャンルイベント「fiction(@fiction_pr)」にて配布されたショートショートです。テーマは「煙」でした。
筆者は喫煙者習慣がないので、副流煙をつまみ食いする側としての立場です。
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タグ
ショートショート fiction  

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