僕はまた竜を仰ぎ空を見る。
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僕の幼馴染は竜を愛していた。

 

この街に住む誰よりも白い透き通る肌をもち、腰まで伸びた黒い髪を風に預けながらいつも空を見上げていた。

 

いつだったか彼女の隣に座り同じように見上げてみたけれど、そこにはただ変わらぬ空が穏やかにただあるだけだった。

 

空を見上げている間、彼女は何も語らない。

 

隣に座る僕にも気づかない。

 

僕はただ、その綺麗に整った横顔を眺めては、彼女の目に自分が映らないことを寂しく思うだけ。

 

きっといつまでも彼女は空を見上げ竜を探し、

 

僕は彼女の目がこちらに向けられないかとただ待ち続ける。

 

そんな日々が続くことを悲しくも思い、同時に安堵していた。

 

竜はとても美しい姿をしているが、不吉の前触れとして伝えられている。

 

竜が現れると、それを見た1人目は死に、そのものの住む街や村は災害によって滅びるとされていた。

 

だから誰もがその名を口にすることを嫌がったし、自ら探すようなものもいなかった。

 

子供が好奇心から手を出すことも稀にあったが親がそれを許さなかった。

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僕の幼馴染には親がいない。

 

それが原因だったのだろうか、彼女は竜に憧れ、愛し同じものになりたいと言った。

 

僕は大人たちから聞いたとおりに、そのままの口調で彼女に言い聞かせた。

 

しかし、彼女は考えを改めるどころか僕を寂しそうな目で見返すだけでそれから語らなくなってしまった。

 

彼女の隣に座る、だけど彼女は拒みもせず、笑いもせずいることだけを許してくれた。

 

これ以上拒まれたくないと、僕は隣で呼吸だけをした。

 

 

 

「ラル!竜が来た!」

 

隣のまた隣の町が竜によって滅びたというニュースが流れた。

 

ラルの家にはテレビもラジオもない。新聞を投げ込む郵便受けさえもなかった。

 

誰もがそのニュースに絶望し、逃げるかと騒いでいるころ僕はそれをみて興奮した。

 

これでラルが振り向いて言葉を交わしてくれると思ったのだ。

 

そうなればもうこの前のような間違いはしない。同意し、一緒に空を見上げ今度は彼女と竜はいつ現れるのだろうかと笑いあうのだ。

 

町のはずれにあるその場所に向かい、僕はかつてないほどの喜びと共に駆けた。

 

鍵のついてないドアを勢いよく開けると小さな窓一つしかないうすぐらい部屋でラルがこちらを背にして立っていた。

 

「ラル…知っているかい?近くまで竜がきたんだよ」

 

喜んだ顔をこちらに向けてくれるとそう思った。

 

だけどラルは動かない、ただこくんと首を曲げて頷いただけだった。

 

何度も同じ台詞を繰り返してもラルは動かない。

 

返事をすることもしなくなった。

 

どくん、どくんといつの間にか耳に届くようになった心臓の音。

 

僕は言いようのない不安とこみ上げる嗚咽を誘う何かにどうにかなりそうだった。

 

暗く狭い、部屋というよりも小屋と言った方がふさわしいその場所で僕とラルは別々にいた。

 

僕はラルの側へたどり着きたかった。

 

そのために見つけたチャンスを早く教えたくて、息切れをするほど走って、暑いわけでもないのにシャツを汗で濡らしていた。

 

笑顔が見たかった、ただそれだけだった。

 

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「ラル!」

 

腕を伸ばした、ラルのほうへ。せめて顔だけでも見たかった。綺麗だとずっと眺めていた横顔を。

 

「ハル…お願いだから来ないで」

 

震えた声に伸ばした手を止めた。

 

それが拒絶の言葉であっても久しぶりの幼馴染の声だ、嬉しさで涙が出そうだった。

 

願いどおりに一歩下がってやった。

 

「訳を話してくれないか?そうじゃなければ僕は君の方へ行く」

 

奇妙な脅し文句だった。こんな状況でなければまるで強盗か何かだ。

 

ゆっくりと深呼吸しているのがわかる、ラルはとても震えていた。

 

それでもゆっくりと、震えを堪えながら口を動かし始めた。

 

 

 

「―ずっと竜になりたかった。誰が何を言おうとあんなにも綺麗な生き物はいない

 

あんなにも自由な生き物はいないと思った。

 

見上げればそこに竜があり、その向こうに見える空ならとても美しいと思った。

 

竜になって空を飛びたいと思っていたの。

 

夢を見たわ、手足の爪が鋭く伸びてそれにあわせるように指先が爬虫類のように色を変えて

 

背中に熱を感じるの…何かがそこから外に向って生えようとして熱は体中に伝わって

 

喉の渇きを感じる頃には体は全て形を変えていた。

 

焦がれたその姿に歓喜したわ、だってずっとなりたかったんだもの。

 

だけど、それは夢でしかなかった。夢だと思っていたの…。」

 

 

 

そこまで言い終えて、ラルはそのままに腕を大きく広げた。

 

大きくとても大きく、それは人のものじゃなく真っ白い色をしたこうもりの羽のようだった。

 

光に透き通るような薄いまく、先になるにつれて細くなる指先に伸びたするどい爪。

 

美しいと思った。

 

恐怖よりも、ただ純粋に美しいと思った。

 

「ハル、竜の呪いはね殺すことなんかじゃないんだ。仲間を増やしているんだよ。」

 

竜は自分の姿を見たものを竜に変え、その竜は自分の住処を壊してまた誰かを竜に変える。

 

「いつかこの世界は竜の住処となる」

 

竜だけの世界、それはラルにとってとても素晴らしい世界になるはずだ。

 

自らを竜に変えるという願いが叶っただけじゃなく、世界そのものが竜に支配されるというのだ。

 

それなのにラルの様子はちっとも嬉しそうではなかった。

 

「ハルは人間でなくちゃいやだよ」

 

今にも泣き出しそうな声だった。いや、泣いていた。

 

「どうして?」

 

声をかけると同時にラルは僕の方を振り返った。自然と息を呑む。

 

竜に変化しつつあるラルの姿は今までみた何よりも美しかった。

 

「だから、ハル…私を殺していいんだよ」

 

ラルの瞳は僕が握り締めていたナイフを見つめた。

 

もし、自分達の住む村や街の誰かが竜を見てしまったときの対処があった。

 

そこに住む長だけが知っていた方法、僕の父は街の代表だった。

 

父にこのナイフを渡されたときラルをつれて逃げようと思った。

 

人間であるラルを殺すなんて僕には出来ないと思ったから。

 

「ラル…なんで人間を愛してはくれなかったの?」

 

どうして竜を見ようなんて思ったんだ。どうして僕を見てくれなかったんだ。

 

思いだけが巡り、上手く言葉にはならなかった。

 

「愛していたよ」

 

それだけ言うとラルはその腕を大きく、

 

大きく広げて突き出したナイフごと僕をその中に包んだ。

 

暖かさを感じながら僕はゆっくりと目を閉じた。

 

遠くの方で誰かが叫んでいたけれど、僕は寝た振りをした。

 

幸せな夢が見れそうだったし、

 

その向こうに見えた小さな窓からこぼれる青い空が僕の目には眩し過ぎたから…。

 

 

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竜の呪いは命そのものだった。例え呪いを受けた者が殺されようと、

 

今度はその殺した者に呪い伝染するのだ。

 

ただ、本体そのものから受けた呪いよりずっと進行は遅く、

 

生きている間に竜に変わるかもわからないものだった。

 

父もそれを知っていたから僕を使った。

 

呪いごと僕らを焼き尽くす気だったのだ。

 

ラルの体は僕を包み火から守った。

 

そして今、僕の体の中で眠っている。いつ目覚めるかわからない君と一緒に僕は旅に出た。

 

帰る場所がないのは寂しいけれど、それでも僕は前よりもずっと幸せだ

 

だって大好きな幼馴染とずっと一緒だから

 

だから僕は今日も

 

竜を仰ぎ空を見る。

 

説明
1年ほど前に書き上げたドラゴンの
出るファンタジー小説です。
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