少女の航跡 第2章「到来」 3節「忘れ去れぬ事」
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 (カテリーナ…、カテリーナ・フォルトゥーナよ…)

 

 どこからか聞えて来る声。その声に気付き、銀髪の女はゆっくりと眼を開いた。

 

 ガラスのような青い瞳を持つ眼、陶器のような肌、完璧なまでに整った顔立ち。彼女の顔は、

ほんの少しも子供時代の面影を残さない。しかし眼と瞳だけは、未だに少し大きかった。

 

 刃のような銀髪を持つ彼女は、声に答えるかのように、ゆっくりと立ち上がる。

 

 彼女は、どこでも無い場所にいた。周りは漆黒の闇に包まれており、自分の姿だけしか見る

事はできない。

 

 夜の闇とは違う。一点の光さえも差し込まない闇が、彼女の周りへと広がっていた。

 

 そんな中で、彼女は真っ白なドレスを身に纏っていた。それは、まるで与えられたかのように

彼女の体に纏わり付いている。

 

 闇の中にいても、彼女は怯える事も無く、じっとその闇を見つめていた。

 

 すると、今度は彼女の頭上から声が聞えて来る。男の声、大人の声、そしてそれは、心の中

に残りそうな程、大きな威圧感を感じさせる。

 

 その威圧感にも臆する事無く、銀髪の女は頭上を見上げた。

 

 頭上からは白い光が降り注いで来る。闇の中を照らし出すように降り注いで来る光。その先

からは、何か、小さい影のようなものを見つけられた。

 

 だが、次の瞬間、女は何かに気がついたように眼を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 私が岩陰に座っているカテリーナの様子を伺うと、彼女は何かに気がついたように眼を覚ま

した。

 

 寝ている時の彼女には、全く隙のようなものが感じられず、眼を閉じているだけでまだ起きて

いるかのような雰囲気さえ漂っていた。

 

 さすがは『フェティーネ騎士団』の団長。18歳になったばかりの女とは思えない程の気配だ。

 

 夜の闇の中、焚き火の灯りに照らされている彼女の顔の眼が開かれると、ガラスのような青

い瞳が露になる。

 

「ごめん…、起こしちゃった…?」

 

 私は彼女に謝る。しかし、眼が覚めたばかりでも、ぼうっとしていないカテリーナはすぐに答え

る。

 

「いいや…。別に…。寝れていたわけじゃ、ないから」

 

 そうであれば、眼を閉じているだけに見えていた彼女の寝顔にも説明がつく。

 

 だが、カテリーナにしては不思議な口調だ。確固たる意志を持っておらず、どことなく曖昧な

口調をしていた。

 

 なぜそんな言葉遣いになるのか、私にはすぐに想像がついたが。

 

「クラリスさんの事、まだ思い悩んでいるの…?」

 

 カテリーナの眼が少し反応するのを、私は見ていた。だがそんな同様も彼女はすぐに押し殺

しゆっくりと立ち上がった。

 

 焚き火の灯りを受け、胸甲や肩当てを外したカテリーナの姿が浮かび上がる。野営中でほと

んどの鎧の部品を取り払った彼女の後ろ姿。背は私よりも高いが、特別に長身というわけでは

ない。だが、堂々としていて、存在感がある。そんな彼女の姿が、夜の闇に浮かび上がる。

 

「もう、半年になる。だから、随分と割り切れている」

 

 それは、感情を押し殺したような口調でもない。だが、いつものように淡々と述べているような

彼女の口調でもない。

 

「でも、話を聞いた直後は、随分と悲しそうだったから」

 

「私が…?」

 

 彼女はちらっと背後を振り返り、そう言った。

 

 クラリス率いる部隊が、『ディオクレアヌ革命軍』討伐中に全滅。部隊長だった彼女もその命

を散らした。半年前、その事を聞かされた私は耳を疑った。

 

 一年前、『フェティーネ騎士団』のカテリーナやクラリス達は、革命軍の手から『セルティオン』

の王を取り返し、その王都である、《リベルタ・ドール》をも救った。あの時、カテリーナやクラリ

スは、さながら、戦いの女神イライナのような強さを見せ、革命軍を圧倒した。

 

 頭の中に、クラリスの姿が思い浮かぶ。

 

 人間とエルフの血が流れていた彼女。私よりも年上の女性。どこか神秘的な匂いを漂わせな

がらも、強く優しく、私にも姉のように接してくれたあの人。憧れてさえいたのに。

 

 あの人が、もうこの世にはいないのだ。

 

 私などは半年足らずの付き合いだった。だが、カテリーナや、同じく子供の時からずっと一緒

だった、ドワーフ族のルージェラはどうだろう? 

 

 耐えられない程の悲しみだったに違いない。私は肉親を突然失う事がどういう事であるか、

知っているつもりだった。

 

 2人にとってクラリスは、種族が違えど、姉のような存在だったはずだ。

 

 私だって一人娘だから、クラリスを姉のように見てしまう事も良くあった。だがカテリーナ達は

子供の時から一緒だったのだ。

 

 話を聞いてから来る日も来る日も、ルージェラは沈んだ顔をしていた。あまり人前では見せな

かったが、一人泣き明かした夜もあったようだった。活発で元気の良い彼女が、悲しみに暮れ

ているすがたは、何とも悲しいものだった。

 

 だが、カテリーナはどうだっただろうか。

 

 元々口数が少ない上に、表情も少ない彼女。実の姉のような存在を失って、彼女は悲しかっ

たのだろうか。

 

 泣くような姿を全く見せなかった彼女。悲しさを無理矢理抑え込んでいるのだろうか。そのよう

にも見えなかった。

 

 クラリスの死を知り、悲しそうだったと言ったのは、カテリーナが、と言うわけでは無く、周りが

という意味でだった。

 

 カテリーナは私の方を振り返る。クラリスの事を思い出しているのだろうか? ルージェラだっ

たら、悲しさを隠す事はできないだろう。

 

 しかし彼女は、少し物憂げな表情を見せた後、

 

「それは、悲しくないと言ったら、嘘になるな…」

 

 と、それだけ言うのだった。だが、私の見るカテリーナはあまり悲しそうには見えない。

 

 初めて出会った時の彼女は、冷静で、女騎士としての風格があり、その上強かった。私より

も1歳だけ年上に過ぎない女性とは思えない程の存在だった。

 

 だが、彼女と接す時間が過ぎていく内に、カテリーナは不自然なまでに感情が表に出ないと

いう事に、私は気付いていた。

 

 泣いたりも怒ったりもしない、まるで笑わない。喜怒哀楽がまるで彼女には無いようだった。

 

 それも、無理矢理押し殺しているのではない。彼女は生まれた時から、そのような感情が存

在していない、欠落してしまっているかのよう。ただ、人形という程、人間味が無いと言う訳では

ないが。

 

「あなたは、気にしているの…? クラリスさんが死んでしまった時、自分がその場に行けなか

った事を…」

 

 カテリーナの表情を伺いつつ、私は尋ねた。

 

「…、後悔しても始まらないってのは、分かっている。そう思っているのは私よりもルージェラの

方さ。彼女は、姉と言うよりも親友のようにクラリスを想っていたから…」

 

 カテリーナは答え、私は背後を振り向く。離れた所ではルージェラが眼を閉じて眠っていた。

私達がクラリスの事を話しているなど知らずに。

 

「ああ…、そうね…」

 

「だが、どうしても分からない事があるんだ」

 

 カテリーナはルージェラの方は見ず、別の方向を向いてそう言っていた。彼女の視線の先に

は何があるのか、そこには夜の草原の闇しか無い。

 

「クラリスが死んだって事を私達に伝えたのは、彼女の守護精霊、アルセイデスさ。私達に真っ

先にその事を伝えに来た。あの時の事はあんたも覚えているはず…」

 

 彼女にそう言われ、私はその時の事を思い出す。

 

 あまりに唐突な出来事だった。カテリーナの元へと必死の様子でやって来たアルセイデス。

 

 今にも消えてしまいそうなくらいに姿が掠れ、その力をほとんど失った上に、大切な主の死を

伝えに来た風の精霊。彼女の声と顔が、今でもはっきりと頭の中に残っている。心に焼き付い

ている。

 

 そして、その声も、

 

 

 

 

 

“クラリスが…、クラリスが死んだの…。わたしももう駄目…。彼女、白い光に、白い、おっきな

光に飲み込まれて…、消えてしまったの…、ああ…、もう消える…”

 

 

 

 

 

 その言葉を残し、クラリスの守護精霊は消えてしまった。彼女の周りを取り巻いていた風も、

ぷっつりと途切れてしまったのだ。

 

「クラリスはハーフだったけれども、エルフが契約する守護精霊ってのは、必ず主を持つ。自分

が依存している森やらの場所にとどまっている時は大丈夫だけれども、外界にいる時は、必ず

主に宿っていなければならない。

 

 主が死ねば、精霊も消える。それだってのに、アルセイデスは、クラリスの死んだ場所から私

達の所まで、必死にやって来た。それだけ伝えたい事があったんだろう」

 

 カテリーナは考え事をするかのように、淡々とその事を述べた。

 

「白い光…」

 

 私は呟く。

 

「そう、白い光…。あんたが捜し求めているもの…」

 

 その言葉を聞くと、私の中に記憶が鮮明に甦って来る。私が13歳だった時、今から4年前、

故郷で起きた出来事。

 

 あれが、再び起こったとでも言うのか。この『リキテインブルグ』の大地で。

 

 そう考えただけで身震いがしてくる。あの記憶が甦る。今度は、クラリスを飲み込んでしまっ

たと言うのか。

 

「そろそろ聞いてもいい頃かもしれない…」

 

 と、心ここにあらずな私にカテリーナが尋ねてくる。

 

「何の…、事…?」

 

「あんたはあの光を見つけて、それで一体、どうしたいんだ?」

 

 率直な質問だった。私は少しの間考えてから答える。

 

「別にどうしようとか…、そう言った事は、まだ…、考えていないよ…」

 

 そう、私は、故郷を飛び出して来て、白い光、革命軍の足取りを追ってはいたものの、具体的

に何をしたいのか、とかは考えていなかったのだ。

 

「あんたがしたいのは…、やっぱり復讐か? 故郷と両親を奪われた事に対しての、復讐なの

か…?」

 

 カテリーナは尋ねてくる。私の頭の中では、上手く言葉が見つからない。

 

 少し考える。自分がそれまでの全てを捨ててまで、一体何をしたかったのか? 何を生きる

目標としたかったのか。

 

「私がしたいのは、復讐…、じゃ、ない…。多分、あの時何が起こったのか、なぜあんな事が起

こったのか…、それを知りたいだけなんだと思う」

 

 そう私が言うと、カテリーナは私と目線を合わせたまま静かに呟いた。

 

「そう…、それなら良かった…」

 

「どうして…?」

 

 彼女は私とは違ってすぐに答えて来る。

 

「復讐って事ほど、醜い事は無いからさ。あんたも、それが分かっているみたいで良かったって

事」

 

「ああ…、そう…?」

 

 別に私はカテリーナの言ったように考えているわけではない。だが、反射的にそう答えてい

た。

 

「明日は早いから、もう眠っておきな…。それと明日は、《シレーナ・フォート》に着く」

 

「はい、分かりました」

 

 カテリーナの心遣いを私は受け入れ、すぐに休むように寝床に向かった。

 

 

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4.シレーナ・フォート

説明
前節の出来事から再び半年ほどたって。カテリーナたちの新たな事情が展開していきます。

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