謎の味はツミの味 |
大嫌いな記号だらけの数学の公式のように、ここのところずっと考え事が私の頭をメリーゴーラウンドの如くぐるぐると回っている。
これはもう、「謎」と呼んでもいいと思う。
そう、貴方が大好きな「謎」だ。
さあ解いてみせて。容易いことでしょう?
「…貴様、何を考えている?」
「何も」
黒革張りの立派な椅子に腰掛けて、事務所にやってきた私を見るなりの第一声がそれか。
鞄をソファに置いて、コンビニで仕入れた大好きなプリンを大切にテーブルに置いた。期間限定のプリン、私は朝から心が躍っていた。学校に行く前に買ってお昼休みに食べても良かったけど、寝坊してしまって食事をとる暇もなく家を飛び出したのでコンビニに寄れなかった。叶絵に悔しいとずっと唸っていたら笑われたけれど。
「ネウロには私が何か考えているように見えた訳?」
プリンの蓋をゆっくりと剥がしながら、先程の問いに対する疑問をぶつけた。ああ憎らしい、その何もかもが分かっているかのような視線が。
「まあな。貴様は最近どこかおかしい」
「言い切るんだね」
「我が輩を舐めてもらっては困るな」
ふん、と鼻で笑う貴方。そんな仕草も大嫌い。
プリンをプラスティックのスプーンで一口分救って口に入れた。ああ、なんて美味しいの。コンビニの商品というチープな印象とはまるでかけ離れている滑らかな舌触り、ヴァニラビーンズの甘く可愛らしい香りが鼻腔をくすぐった。
「おいしい?!待ったかいがあった」
もう涙が出そう。もっとじっくりと味わって、明日も絶対買おう。
「そんなもので満足するのか、安いな」
「あー、この美味しさが分からないなんて魔人は損よ、絶対損!」
ネウロは「謎」しか食べない。
…いや、それは違うか。人間の食べ物もとる事は出来るけれど、それで満たされる事などない。
ああ、ネウロが「謎」を食するときはこんな感じなのかしら?
「…ねえネウロ。謎ってどんな味がするの?」
私のいささか妙な質問に、ネウロのそのふてぶてしい顔が一瞬歪められた。
「…そうだな…」
ネウロの座っていた椅子がぎしっと音を立てた。彼は立ち上がって、やがて私の目の前に立つ。私はソファに座っているから、彼を見上げる形になった。
ふいに、視界がぶれた。
スプーンを握っていた右手首をネウロが掴み、体と距離を置かされる。
その刹那、唇に感じた他人のぬくもり。
ああ、ネウロが私に口づけているのか。以外と私の思考は冷静にその出来事を追っていた。
唇が重なっただけではなく、ネウロは私の口の中へと自身の舌を侵入させた。彼の舌は私の口内をぐるりと舐め、あまつさえ舌を私の舌に絡めてきた。
「…んっ…」
深い口づけに呼吸とともにおかしな声が漏れてしまった。ちょっと恥ずかしい。恥ずかしいんだ、そうかとまた冷静な私が納得している。
やがて唇が離れて、頬が紅潮してだらしなく半開きになってしまった私の唇から、つうっと一筋の唾液が糸を引いた。
「いきなり何するのよ」
私は抵抗もせずにいた自分を棚にあげて、ネウロに非難の言葉を発した。
「謎はこんなに甘くはないぞ」
「は?」
「どんな味かと聞いただろう、もう忘れたのか鳥頭」
聞いたけれども、それとこの行動とどう結びつくかが分からない。
「けれど…まあ、こんなのも悪くはないな。あと、貴様の考えていた事が分かった」
ネウロは不敵に笑った。
「貴様は我が輩に惚れているな」
臆面もなくそんな言葉を吐けるなんて。
「…あんたなんか大嫌いよ」
心待ちにしていたプリンよりも甘くて苦いこの「謎」を、本当にほんの数秒で解いてしまった。ずっと持て余していた私の立場がないじゃない。
ふた口目のプリンをほおばってみた。カラメルソースにブランデーがきいていてほんのちょっぴり苦い。でもそのほろ苦さがプリンの甘さをさらに引き立てている。
「ネウロ」
「何だ?」
「私はどうしたらいいの」
憎らしいまでに私の全てを支配している貴方に気持ちを暴かれてしまった私はどうしたらいいの。
「貴様はどうしたいのだ」
「分からないから訊いてるの」
「好きなようにすればいい」
「じゃあ」
私は貴方を好きなままでいいのね?
視線を合わさずにそう呟いた。
「ああ」
またネウロに唇を塞がれる。私は貴方を好きなままでいてもいい。貴方も好きなようにしたらいい。
こうして突然気まぐれに強引なキスをする事も。
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魔人探偵脳噛ネウロ。ちょっと病んでる弥子ちゃんと余裕のネウロの何気ない恋の一幕。 | ||
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