ささめごと |
きゅっと唇を噛み,拳を握りしめて‥‥肩を震わせ耐えてはる姿が,何だかとても切のうて。せやから,俺は ―――。
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物心ついた頃から,気がつくと悪ガキ3人。同じ”明陀”の教えを守る家に生まれ,歳が一緒だった事もあって,何かにつけて共に行動する事が多かった。当然,寺での修行も一緒になる事が多く,それが当たり前の日常やった。ただ‥‥自分と他の2人と決定的に違うんは,修行を始めた動機や。
和尚は継がせる気は無いようやけれど,坊は寺を継いで建て直す気満々やったし,子猫さんは両親を亡くした後,明陀に育まれた恩義を返すんやと,強く決意して行動してはる。俺はと言うと,まあ,家が家なので,お父や兄貴達の姿を見てきた流れ上,修行する事自体に抵抗は無かった。せやけど,末っ子的な立場から物を言うんなら,家を継ぐ訳でもなし,明陀の僧になる必要も無ければ,まして祓魔師を目指す理由なんて何も無い。
そんな感じで何となく”流れ”で修行に励んどった。3人でいるのはようけ楽しかったし,いよいよキツうなったら投げ出してしまえばええ。続けにゃならん理由なんて,自分には無いんやから。‥‥そう思っとった。
例の「青い夜」絡みで,「明陀」は地元じゃ悪い意味で名が通っとったから,その寺の息子ともなれば,ちょっとした有名人やった。”祟り寺の息子”‥‥坊は陰でそないな風に呼ばれて,周りから距離を置かれてはった。慣れとったし,俺も子猫さんも一緒におったから,坊は気にする風でもなかったように見えとった。
けど。
あれはいつ頃やったやろか。確か,小学校の帰り道やったと思う。例の如く,上級生に「祟り寺」とはやし立てられて,「よう飽きひんなあ」‥‥なんて思いつつ,無視して通り過ぎようとしたら,不意に。‥‥坊の歩みが止まり。
「坊? どないしはりました?」
「あない奴らに構うこたない。早う帰りましょ。」
「‥‥やない」
「坊?」
「明陀は祟り寺なんかやないわ‥‥!」
叫ぶ訳でも喚く訳でも無く‥‥ただ,低く押し殺した静かな口調は,どこか震えてはって。それきり押し黙り,じっと足元を見つめ微動だにしなくなった坊を,伺い見ると‥‥きゅっと唇を噛み,拳を握りしめて‥‥肩を震わせ耐えてはる姿が,何だかとても切のうて。平気な訳やなかった。人一倍,生真面目な坊は,きっと‥‥ずっと,耐えてきはったんや。俺や子猫さんに余計な心配かけんと,気取られないように,きっと,ずっと我慢してはったんや。
‥‥自分が情けのうて,悔しかった。これが柔兄や金兄なら,気の利いた言葉の一つでもかけて,坊を励ますなり慰めるなり,出来るんやろか? 近くにおるのに,俺は,坊に何もしてやれん。そう思ったら‥‥何故だか,身体が勝手に動いとった。自分より一回りも二回りも身体の大きい上級生を相手に,取っ組み合いを繰り広げ,偶然近くを通りがかった金兄が止めに入るまで,それは続いた。
「お前なあ‥‥ちっこいくせに無茶すんなや。」
「ちっこい言うな! 背ぇなんてすぐ追い抜いたるわ。腕っ節だって,もっと強うなる!」
「おーおー,いっちょまえに吠えよるなあ。何やあったんか?」
「あいつらが悪いんや。坊を泣かすような事言いよるから‥‥」
「泣いてへんわ!!」
「‥‥きばりや,廉造。せやけど,無茶はあかんで?」
「うっさいわ! 金兄来んでも,俺が勝っとったわ!!」
「ぎょうさん傷こさえといて,よう言うわ‥‥」
「メイヨのフショウだから,ええんや! 俺が,坊を泣かすヤツから守ったんねん!!」
「だから,俺は泣いてへん言うとるやろが!!」
‥‥あれから数年。宣言どおり,金兄の背ぇは追い抜いたった。腕っ節だって,まだまだ強うなる筈や。まあ,それ以上に坊の背ぇがでかなるのが早かったり,腕力も‥‥何やようけ強うなってはる気はするが。そない些細な事はええねん。俺が,坊の隣にいる‥‥それが重要なんや。
この生真面目なお人はきっと,この先もその性格故に傷つき,けどそれを痛いとも言わんで,何もないフリして耐えはるんやろう。そんなら俺は‥‥せめて,その時隣におって支えてあげたい。もし,坊の行く手を阻む者がおるんなら‥‥俺は,全力で排除する。そうするためには‥‥俺は,強うならなあかん。修行して,もっと力つけて,祓魔師になって。この先もずっと,坊の隣におれるように。
せやから,俺は ―――。
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「おい,志摩! 何してんねん,遅刻するぞ。」
「志摩さん,坊が苛ついてはるよ。早うしたってや。」
「今行きますわ!」
制服を掴んで,バタバタと部屋を出る。ちょっと苛ついて,けど待つのが当たり前のように佇む坊の隣に,これまた当たり前のように陣取って。
「ほな行きましょか。」
「行きましょか,やないやろ! もっと早う支度せえ。」
「俺は,支度は早いですやん。支度に時間かかるんは,坊の方や。」
「志摩さんが遅なるんは,単に起きられんだけやもんね。」
「せや! 子猫さんの言うとおりや。」
「俺かてそんな支度に時間かけとらんわ!」
「ウソや〜。髪型決まるんまで,ようけ時間かかってますやん,鏡ん前で!」
「うっさいわ! 志摩,お前はもっと早う起き!!」
「そら無理やわ〜。俺布団と仲良うするんが好きやねん。」
「アホか!」
「あははははは」
いつもどおりの,他愛も無い会話。この日常を守るためにも,俺は ―――。
‥‥今はまだ,この気持ちに名前はつけないでおこう。蓋をして,鍵をかけて,心の奥に沈めておこう。口に出して名前を与えてしまったら,きっと‥‥この人を困らせるだけやろうから。
「好き,なんて‥‥よう言わんわ。」
独り言ひとつ呟いて,歩き始める。いつか伝える日が来るんかも知れんけど,今はまだ‥‥もう少しだけ,このままで。
説明 | ||
志摩が祓魔師を志した動機を捏造。志摩→勝呂風味。漫画のプロットなので短いです。 | ||
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青の祓魔師 志摩廉造 しますぐ | ||
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