恋姫異聞録113 −画龍編− |
北より援護を開始した魏軍本隊の接近に素早く反応した呉は殿についた黄蓋と
流れの変化を嗅ぎとった程普の活躍によって兵の数を減らすこと無く自軍の船へとたどり着き
陸の倍の速さで船を離し、脱兎の如くその場から姿を消していた
そのあまりの速さに追撃をしていた秋蘭は驚いていた
自ら率いる弓兵の矢の射程範囲から河に入ったとたん、一気に脱出していたのだから
「はーっ疲れたわ、思い通り戦えないってのは辛いわね。相手を殺さない様に、なんて無茶言うんだもの」
「仕方あるまい。あの時、楽進を殺していては折角居なかった舞王がずっと早くあの場に来ていただろうからな」
船室で鎧を脱ぎ、体の痣をさすりながら孫策は本当に疲れきってしまったと壁に寄りかかっていた
周瑜はそんな孫策の体を手で触診しながら骨の折れている箇所が無いか確認しながら孫策の無事を安堵した
無茶な注文を、自分の言葉を信じて素直に自分の欲を優先させず仕事をこなしてくれた事に感謝しながら
口から流す血はすぐに止まり、外傷もそれほどではなく。骨折も無いとわかると軟膏を痣に塗りつける
其の様子を黄蓋は腰に手を当てて笑いながら見ていた
「ねぇ祭。一つ気になったんだけど教えてくれる?」
「ふむ、聞きたい事というのは策殿の目の前で急に敵兵の士気が上がったということでしょうか?」
「そうそう、そうなのよ。彼が現れてから急によ!兵の眼も顔付も急に変わった」
「フフッ。それならば簡単な事、舞王は兵の心を熱くさせる者なのでしょう」
「兵の心を熱く?」
目の前で下がる兵の士気を急に膨れ上がらせ、押される前線をその場に居るだけで維持し続けた男に
疑問を持った孫策は不思議そうに黄蓋に問い、周瑜は孫策の言葉に士気とはそのように
唯存在するだけでは上がるものでは無いと孫策の体に包帯を巻きながら黄蓋の答え耳を傾けた
「前の反董卓連合の時の話を知っておるか?あの者は死した兵の亡骸を大事そうにだきかかえ墓を作っていたそうじゃ」
「ええ、知ってるわ・・・そういうコトね。呉なら会陽くらいしか、それでも彼には及ばないか」
納得したのは孫策だけ。周瑜は顎に手を当てそれがなぜ士気を上げる要因になるのか解らなかった
兵が死ぬのは当たり前、王と同列の者が死者を弔う。そんな事は馬鹿馬鹿しいことだ
それよりもすることは沢山ある。生きているものを優先に、兵は戦で減る事を気にしていては戦など出来ないと
「呉起を知っておるじゃろう?呉起の率いる兵の士気は驚くほどに高いものだったそうじゃ
呉起が士気を上げるに何をしたかは知らぬか?」
「呉起とは呉子の・・・確かに存じては居ますが」
「軍師の考えが染み付いておるな。それでは理解はできんし、舞王を理解することも出来ん
やはり冥琳、御主には舞王を手に入れたとしても扱えん」
「どういう事でしょうか?」
自分には扱えないとの言葉に少しムッとした表情で黄蓋に問う周瑜
孫策はそんな黄蓋の前で見せる子どもっぽい周瑜に微笑んでいた
「なんだ?」
「なんでもないわよー。フフッ」
解らない事を馬鹿にされたと思ったのか、周瑜は孫策の事を少し睨むが孫策は素知らぬ顔で黄蓋に話を促した
「良いか、舞王は兵を一緒くたに見ることをせず。一人ひとりを大事に、そして生きろと吠える将だと言うことだ」
「・・・そんな事をしていては勝てる戦も勝つことは出来ません」
「じゃろうな。じゃからこそ武王曹操の影なのじゃろうな。武王は兵が死ぬことを軍師と同じに考えておる
その武王から切り離された良心というか楔というか、恐らく王が出来ぬ威厳を損なう泥臭い部分を舞王はやっているのじゃろう」
「何を馬鹿なことを、軍師が兵の命を背負い死地に兵を送る気持ちを解らぬわけではないでしょうっ!!」
「解らぬ訳ではない。じゃが御主もそうじゃろうが兵を死地に、兵が死ぬことが慣れてしまい
冷静に兵の死を、まるで盤上の駒の様な眼で見てはおらんか?」
「なっ!!幾ら祭殿でも許せません」
黄蓋の言葉に声を荒げる周瑜。だが黄蓋は動じず、孫策は詰め寄る周瑜を見て思う
言われた言葉は図星なのだと。だからこそこんなにも声を荒らげて黄蓋の言葉を否定しようとしているのだと
「落ち着け、別に責めている訳では無い。度重なる戦で死地に兵を贈るたびに背負っていては心が先に壊れる
軍師ならば、いや将であっても兵であってもそれを見続け、背負う事など出来はせぬ」
「あ・・・・・・」
穏やかな眼で見詰める黄蓋に、周瑜は黄蓋もまた同じなのだと感じ言葉を無くしてしまう
何時しか戦場という場所に慣れ、兵の死と言うものが日常になってしまい死者や兵に対する感情が薄れて居ると
気がついた周瑜は己の冷たい心に嫌悪感を覚え、背負っていた兵の死。今回の作戦を思い出し嗚咽を漏らす
「良いか、それが出来るからこそ舞王は居るだけで兵の士気を上げる。武はなくとも人を繋ぐ力で戦っておる」
黄蓋は言う、だからこそ兵の心を熱くするのだと。兵を兄妹と呼び、其の死に涙を流し己の中に取り込み
体に、心に傷を残し戦場を歩く将が兵の心を揺さぶらぬはずはないと
「そうですね、私にはアレを扱う事は出来ませんでしょう。ですが、舞王など無くとも戦に勝つことは出来る
それに私はそもそもアレを必要とはしておりません」
「ハッハッハッ。そうじゃな、舞王など居らずとも呉の都督殿ならば戦に勝つことが出来るじゃろう」
話を聞いた周瑜はそれでも心を折ったりはせぬと体を伸ばし思い出した兵の死、背負っているものを背負い直す
黄蓋は周瑜の姿を嬉しそうに見つめ、その隣では孫策が「えぇ〜私はあの人欲しいわよ」とボヤいて
周瑜に叱られていた
・・・ようやく舞王の正体が分かってきた。アレは戦と言う舞台で舞い踊る演者
前線で昭王を演じ、仲間には呉起を演じ、一騎打ちでは孫武を演じる
というても元々、本質的に呉起のような性格なのじゃろうがな
「さて、では隠していることを聞こうか冥琳」
「・・・はい」
ようやく話せると思い、気が抜けたのか周瑜は船の揺れそのままによろけて黄蓋にしがみつく
黄蓋の服に付く化粧、口から香る酒の匂い。少し粗い息で黄蓋はすぐに理解した
口に着けた紅は蒼白な唇を隠し酒は顔色を赤くし隠すため、荒い息は病の進行状況を表していると
「昭っ!」
敵を追い払い、砦に戻った秋蘭は門を潜り中に入ると天幕から出てくる血だらけの男に驚き駆け寄った
笑顔で迎える男の体を触り、怪我を確かめる。だがその体には血が付くのみでその血のしたからは
痣のようなモノが残っているだけ。矢で討たれたような点の様な痕に槍で突かれたような少し大きめの点
他には斬られた様な線の様な痕
「前線に立ったのだな。無茶をしないでくれ、今回は華琳様のお側に居るのでは無かったのか?兵を指揮しても
後ろで指示をするだけでは無かったのか?」
瞳を涙ぐませ、男にきつく抱きつくと男は秋蘭の頭を撫でようとするが、先程まで一馬を抱えて手が血だらけ
だったことを思い出し手を止める。すると秋蘭は抱きついたまま顔を上げて何時も来るはずの手が自分を触らない事に
気がつくと周りを何かを捜すようにキョロキョロとしだす
「どうした?」
男の問に何も答えず、男が出てきた隣の天幕に男をグイグイと押していくと中央に座らせて男の外套を脱がせ
上着を急に剥ぎとり始める
「お、おい」
「動くな。やはり服の中まで血だらけだ」
そう言うと腰に着けた袋から手ぬぐいを取り出して男の体から流れだす滲んだ血を拭き取り始めた
男はそんな秋蘭を見ながら顔が綻び、また手が伸びるが血だらけの手を思い出し
自分は秋蘭の頭を撫でるのが癖になっている。秋蘭の噛み癖を言えないなと苦笑していた
「なあ秋蘭、それより華佗は来ているか?」
「華佗?それならばきているぞ。今しがた流琉と此方の砦に向かっているはずだ」
「良かった、ならすぐに俺が出てきた天幕に向かってくれるように言ってくれないか?一馬が酷い怪我をしてしまってな」
「何?誰か居るかっ!」
叫ぶ秋蘭の声を聞いた兵は天幕の中に入り、上半身裸の男と秋蘭を見て「失礼しましたっ」と天幕から出ようとする
「何を勘違いしている。体を拭いているだけだ、流琉にすぐに華佗を此方によこすように伝えてくれ」
「はっ了解いたしましたっ!」
秋蘭の低い声に兵は萎縮し、華佗を呼べとの言葉に全力でその場から流琉の居るであろう砦の外へと消えていく
その姿に男は笑い、秋蘭はそんな男の頬を両手ではさみじっと瞳を直視する
「この状況なら誤解されても仕方ないだろう・・・ん?」
「華佗を呼ぶほど一馬が傷ついたというのに眼は濁っていない。本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
「ならば怒っているか?」
「うん。凄くね」
笑顔で怒っていると言う男に秋蘭は悲しい顔をすると、頭をぎゅっと抱きしめる
男は不思議に思い、顔を見ようとするが強く抱きしめられて顔を動かすことが出来ず
振るえる秋蘭の腕に気が付き、自分からも優しく抱きしめて返した
「・・・」
「秋蘭?」
「怒りを解き放つは今では無いのだな、前の定軍山のようにならぬと言えるか?」
「それは約束するよ。秋蘭のお陰で俺は成長することが出来た」
男の返答に安心したのか、顔を柔らかいものに変えて腕を放し血で濡れている男の頬を手でゴシゴシ
と優しく拭き取る。男はつい抱きしめてしまって腰の辺りの防具と服が血で濡れた事に
溜息を吐いていた。こんな綺麗な女性を血で汚してしまったと
「すまない、血が着いてしまった。せっかく綺麗な蒼なのに」
「フフッ、良いさ。戦なのだから血で汚れるのは当たり前だ。それよりも良かった。本当に怪我は無いのだな」
脱がせた外套と上着をたたみ腕に巻かれた包帯を丁寧に解いていく
包帯を解けば外側は真っ白な包帯であるのに腕に近づくたびに血の色で染まった包帯が顔を出す
しかし傷だらけの腕には痣の様なものが残っているだけで傷と呼べるものは何一つついてはいなかった
「一馬は大丈夫なのか?」
「ああ、衛生兵に聞いたところ脳震盪で意識が朦朧としているようだ。額を割ったのは逸れた矢の切っ先で
割っただけ。頭蓋は割れていないらしい」
「そうか、よかった」
腕の血を拭きとり、腰の袋から新しい包帯を取り出すと同じように厚く丁寧に指先まで巻いていく
やはり心配させてしまったか。赤壁ではもう少し心配させてしまうかもしれないな
敵には手の内がバレているか・・・クックック、諸葛亮よ。嘸かし今は嬉しくて仕方が無いだろう
皆の前で笑っているのではないか?俺の弟にあんな傷を負わせ笑っているのか?
楽しいなぁ、さぞかしキサマの顔が歪む様は滑稽だろう
秋蘭が包帯を巻きながらチラリと男の顔に視線を合わせれば見たことのない
キュゥっと男の瞳が細く鋭い形に変化し、口元は酷く歪な笑に変わる。それは酷く冷たく
冬の極寒の寒さの中の水を思わせる。手を入れれば体全身を凍りつかせるような鋭い冷気を持った瞳
「っ!昭っ!!」
「ん?どうした?」
「・・・・・・いや、何でもない」
驚き、声をかければ男は何時もの暖かく優しい顔。瞬きをして何度か男の顔を見るが
その表情は変わらず同じ顔付。秋蘭は今見たものは幻だったのだと首を振り、男の上着が
また着れる物か見れば、血だらけでとても着れるモノではないので外套を着させて
外套の腰帯で前がはだけないように縛り付けた
「違う上着を用意してあるが、どうせ行くのだろう?」
「もちろん。今日は爲と敏、偉と静が殺された。弔ってやらないと」
「外套は脱ぐのだぞ。それは旗でもあるのだから」
「ああ、じゃあ行ってきます」
秋蘭ですら知らない一般の兵の名を口にし、外套を揺らしながら綺麗になった手で秋蘭の頬を撫で
天幕の外へと歩く男を秋蘭は見送る。砦の外へと歩く男に、何時しか兵は泣きながら一人ひとりと
男の側に駆け寄り、集まっていく。恐らくは共に外で横たわる兵の弔いをするつもりなのだろう
「助かったわ秋蘭。着いて来なさい、軍の再編成をするわ。いよいよ決戦よ」
「は、了解いたしました」
春蘭と桂花を引き連れた華琳は男を見送る秋蘭に声をかけ、秋蘭と同じようにその場から砦の外へと
歩く男を見送っていた
「華琳様宜しいのですか?」
「構わないわ、何時もの事だもの。それより詠は昭の元に行くように言いなさい、今軍議に参加しても
精神状態の崩れた今、その頭脳を有効に使うことなど出来はしないわ」
「は、そこの貴方。詠に昭の元へ行くように伝えて」
華琳の言葉に桂花は近くの兵へ伝え、すぐに詠の元へ向かうようにと走らせた
砦の外へと走る兵の後ろ姿をチラリと確認すると、クルリと身を翻して中央の天幕へと歩を進める華琳
其の両脇を固めるように秋蘭と春蘭が側に立ち、桂花は先導するように前に立つ
「さて、追い詰められたのは此方か。それとも貴女達なのかしらね?」
少女は呟き、短いスカートをなびかせ天幕へと消えていった
砦の外では大量の血が大地を染め上げる。特に酷いのはやはり伏していた奇襲の騎馬兵が居た場所
其の場所は馬までもまるでハリネズミのように矢が突き刺さり、大きな体を地面に横たえていた
馬でこれなのだから、騎乗していた兵などは目も当てられない程のもので
男は其の場所に近づくたびに顔が固くなっていた
騎馬兵達の横たわる場所へと近づけば、真っ黒に体を染めた小さな人影がよろよろと死体を担ぎ
一人ひとりズルズルとひらけた場所に運んでいた
気がついた兵が駆け寄ろうとするが、男はそれを止め「此処を頼むよ」と一言
往復を繰り返す真っ黒で小さな人影へと近づいていく
男の胸元くらいの背の高さの人物はよろよろと兵を持ち上げ、またよろよろと運と
綺麗に横たわらせた場所へと連れて行くが、血で滑り地面に突っ伏してしまう
其の人物はムクリと立ち上がると血で濡れた顔を腕でゴシゴシと拭くともう一度、兵の遺体を持ち上げるが
男が来る前から一人で多くの兵を運んだのだろう。体力が限界になっていたこともあり
また血でぬかるんだ土に脚を取られ地面にべちゃっと倒れこむ
「・・・・・・う・・・うぅ」
体を起こし、その場にぺたんと腰を下ろした状態で顔を伏せて嗚咽をもらす
その瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れ、血で濡れた頬を伝っていた
「詠」
赤黒く染まった人物は、背後から急にかけられた言葉にハッとなりまた袖で顔を拭う
「な、なによ。これくらい兵が減るのは解っていたわ、情報が流れているってことは戦術もバレている
こう言うことがあるってことだし覚悟はしてた。それとも何?僕を笑いに来た?それとも兵を大事にする
雲の軍師は失格?もう僕は要らない?そうよね、この先全てを知られている僕はいても意味が無い」
「・・・」
「そんなこと無いか、次は僕はアンタの隣で立っていれば良いだけだからね。むしろ立っていなきゃ変に思われるし
もし僕が駄目でも風も稟も、仲は良くないだろうけど桂花も居るし鳳だって居る。次が終われば僕はお払い箱」
自分を責める言葉を次々に吐く詠。だが男は何も言わず、外套を脱ぎ詠に投げる
そして運んでいた兵を抱き上げ背に担ぐと無言で綺麗に横たえている場所へと歩き出した
「待ちなさいよっ!何とかいってよっ!!それとも僕は語る資格もないのっ?!それほど怒ってるのっ!?」
外套を握り締め涙を流し遺体を運ぶ男の前に立つと、男は首を傾げる
「さっきから何いってんだ?皆がかわいそうださっさと運ぶぞ、お前は俺の軍師だろう」
「えっ・・・あ・・・・」
止まり、固まる詠の隣を男は背中で眠る兄弟を担ぎ直して体を流れる血で詠と同じように赤黒く
染めながら通り過ぎ行ってしまう。詠は行ってしまう男に急いで追いつき、何時もの横ではなく一歩後ろを
とぼとぼと着いていった
「・・・御免なさい。劉弁様が居らっしゃったから浮かれていた部分もあった。大軍だし油断もしてた
知ってたのに、眼が攻略されているし」
「・・・」
「怒ってるわよね。沢山兵が死んだし、一馬だって」
下を向く詠は急に立ち止まる男にぶつかり「ごめん」と一言あやまるが、男は兵を静かに横たえさせ
腰に着けた袋や服、手を確認し遺品となる物を後で遺族に渡すため外していく
詠はその姿をじっと、焦点の合わない眼でじっと見つめていた
「なぁ」
「なに?」
「立場が逆だったらお前はどうする?」
顔を上げ真っ直ぐ見つめて一言だけ男は言うと詠は云わんとしたことが解ったのかもう一度、今度は深く頭を下げて
男の手伝いを始めた
もし逆の立場なら、詠は男になんと言ったのか。それは
一度の失敗くらいで僕はアンタを疑ったり要らないなんて思わない。勿論仲間が死んだことは怒っているけど
それは戦なら当たり前、殺し合いをしているんだから。ただ次は向こうの思い道理なんかにさせないでしょ?
きっとそう返しただろう。男は俺も同じ気持だと言っているのだ
多く語らず、友でありお前を信頼している俺はお前を責めるようなことを考えるか?と一言だけで伝える男に
詠は鼻を啜りながら死んだこの男の兄弟の、今や自分の兄弟とも言える兵の仇は必ず取ると心に決めた
「有難う。アンタと友達で良かった。急ぎましょう、敵はきっと合流を果たしているはずよ」
「だろうな。次は総力戦、詠が騎馬を持ってきた事がどれだけの意味を持つのか思い知らせてやろう」
「うん、まかせなさい!敵が何処まで騎馬の活用を考えているか知らないけど此方は月が、僕の月が居る事を
思い知らせてやるわ。騎馬民族の戦闘法を見せてやる」
血で濡らさない様に外套を羽織る詠の強い瞳を見て男は頷く
もう大丈夫だ。二回目の大敗か、しかも今回は自信のある戦闘法での負けだ衝撃が大きくて当たり前だろう
詠の強さは知っている。心配なんかはしていない、心配などすればそれは詠を疑うも同じ
さて、どうやって殺してやろう。お前は今後語られる歴史の中でさえ凡夫以下の人物と語られる人間にしてやる
語られぬのではなく、嘲笑と嫌悪の対象として語られるようにだ
遺体から指輪と服の裏に縫われた名前を剣で切り取ると詠に手渡し、詠は腰の袋にそれを大事にしまう
男は眠る十代の少年の頭を撫でて立ち上がると兵達の元へと歩く。次の兄弟を弔うために
いよいよ赤壁だ。黄蓋殿よ、此方に居らっしゃる事を考えて居るのだろう?
火計の準備は整っているか?こっちは誰もその策を知りはしないし火計も考えては居ないだろう
?統よ、居るのか?連環の計とあの占い師は口にしていた、ならば来るのだろう
どのように華琳に面会をするのか、面会をした後に同じように俺達の船を鎖でつなぐのか?
いずれにしろ今後の展開というやつを楽しませてもらおう
男は無表情にまた大地に寝そべったままの血で染まる兄弟を担ぎ上げ、仲間の横たわる綺麗な場所へと運ぶのだった
砦の北門では護衛の禁軍に囲まれた劉弁が馬に乗り、手には斬蛇剣を握りその場を後にしようとしていた
華琳は船まで送ると申し出たのだが、戦場で時間はいくらあっても足りない時があると断られ
攻めて門までと、門には華琳と共に居た将が付いてきていた
「私はこれで戻らせてもらう。まだかまだかと妹が泣いているかもしれんからな」
「わざわざこのようなところまで脚を運んでいただきなんとお礼を言って良いか、協様にも曹操が感謝を述べていたと
お伝え下さい」
「うむ、最後に慧眼と詠の顔を見ておきたかったが無理そうだな。残念だ、私は陛下のお側でお前たちの無事を祈ろう
そうだ、于禁に戦が終わり次第、礼を送ると伝えてくれ」
そう言うと、劉弁は自分の兵を引き連れ胸を張り船に向かい華琳たちは姿が見えなくなるまで見送っていた
男が砦に戻る頃には日が暮れ、血だらけの男と詠を見て桂花は怒鳴り、天幕に入ろうとした所で追い出されていた
「水を汲んできた。詠も使うであろう?昭にはこれもだ」
天幕の側でどうしたものかと顔を見合せている二人の所に表れたのは春蘭
紅い衣装と防具を身につけ、その腰には薄紅色の大剣をぶら下げ男には着替えを
桶に汲んだ水と手ぬぐいを二人に差し出した
どうやら砦に赤黒く濡れた二人を見て、わざわざ汲んできてくれたらしい
「気が利くじゃない、華琳の側に居なくていいの?」
「ああ、今は秋蘭が側に居るし、私達武官の仕事は今は無い。有るのは将として兵を労い寝食を共にすることだ」
そうだろうと男に首を少し傾げて問う春蘭
顔を拭きながら詠は関心したように眼を丸くして春蘭の顔をまじまじと見ていた
「呉起?凄いわね、ちゃんと意識してるだなんて」
「昭から習った。呉起という人物は私の心を熱くさせる素晴らしい人物だ。誰かと似ているからよけいにな」
春蘭の言葉に詠は男を見るが、男は誰のことだ?華琳か?凪達も確かにそうだなと首を傾げるばかり
冗談ではなく本気で解っていないとわかると、詠は溜息を吐いて男の腰を肘でつついていた
「そろそろ華琳様の元に行って来い。二人を待っているはずだ」
「解ったわ。有難う春蘭」
「先に行っていてくれ、俺は一馬の様子を見てから行く」
一馬の名前で二人の表情は硬くなるが、男は大丈夫とばかりに二人の肩を叩き一馬の療養する天幕へと入っていく
詠は男のその仕草や雰囲気にやはり秋蘭と同じように怖さを感じたが、怖さをかき消すように深呼吸をして
自分はアイツを、自分を信じてくれる雲を信じるだけだと呟き。春蘭もまた、少しだけ顔を悲しみに染めるが
武具と剣を揺らして砦の外へ、敵の襲撃に備えるため霞の元へと行くのだった
天幕に入ればそこには一馬以外に華佗と凪達三人。男が入ってくるなり皆は笑顔になっていた
「隊長!一馬くん無事なの〜」
「あんときはどうなることかと思ったけど、ホンマ無事でよかったなー」
「額の傷もそれほど深いものでは無いそうですよ」
駆け寄り一馬の容態や、一馬の無事を安心する三人は男を気遣ってか少々大げさに喜んでいた
男は有難う、一馬を心配してくれてと返し、寝台の横に座る華佗の元へ
「額は七針ほど縫ったが命に別条無い。鍼で回復力を上げているから明日には動けるだろう」
「そうか、済まないな俺の弟を。それで風土病はどうだ?」
「いや、気にするな。風土病は風の言っていたとおりの対処で発病はない。水を沸かしてから飲むようにさせているし
いざとなれば美羽から貰った薬草を調合した薬もある」
懐から取り出した薬を見せる華佗に男は頷き、手を握ってもう一度、頭を垂れて感謝を述べていた
「ところで大丈夫なのか?話しによると此方の情報が漏れているとの事じゃないか」
「そうだな。一体何処から漏れたのか、まぁお前の命は俺が守ってやる心配するな」
溜息交じりに答える男の言葉に、その場に居た凪達三人はある人物の名を脳裏に思い浮かべる
情報が漏れたのは全てあの人物の仕業であろうと。自分たちの隊長の眼を攻略され
もしや呉との同盟をブチ壊しにしたのもあの人物の仕業ではないかと
「あの、隊長」
「ん?」
意を決した三人は頭に浮かんだ人物の名を男に言おうとしたが、先日の夜の事を思い出し言葉は止まる
【俺が信じるものをお前は信じられんか?】
稟と揉めた時に男から放たれた言葉。それを思い出した三人は笑顔で言葉を待つ男に何も言うことは出来なかった
「えっと・・・」
「そ、そろそろ華琳様の所に行かなくてもいいのなのー?」
「そうや、一馬の事はウチらにまかして。隊長は華琳様んとこ行って軍議に参加せな」
言葉を濁し、華琳の元へどうぞと繕った三人に男は首を傾げるが、確かにと華佗と凪達三人に
弟の事を任せ、天幕の外へと出て行った。そんな中、凪は天幕から出る瞬間
心配で男の袖をつかもうと手を伸ばすが、その手は袖を掴むこと無く男を送り出していた
長江を南下し赤壁へと向かう呉の船団。中央の楼船からけたたましい怒鳴り声が響き渡る
同時に何かを破壊する様な音まで響き、中央の楼船に周りの船は何事かと集まっていく
中央に座する楼船とは勿論、孫策の乗る船。王に何かあったのだろうか、もしや魏の奇襲かと
慌ただしく船に乗り込む兵達。だがその目に映ったのは魏の兵士の姿でもなく
ましてや敵将が武器を振るう姿でもなかった
「そこに直れっ!あれほどの攻めを見せておきながら曹操の首を取らずに帰るとは何事かっ!」
「敵の増援が来ていたことを見ては居られなかったのか?あのままとどまれば我等は敵に飲み込まれて居た」
大声で怒鳴りあい、それどころか船室の前で武器を構えるのは黄蓋と周瑜
どうやら先程の戦でなぜ砦まであと一歩だというのに攻め込まなかったのかと黄蓋と周瑜は口論をしていたようだ
「そもそも儂は魏と戦うことを望んでは居なかった。魏と同盟すことこそが民を思う事であり陛下のお心に
背くものでは無かったはずなのだ。それを押してまで戦を起こしたというのに何故あそこで攻め手を止めるっ!」
「此方には兵は少ない。無理をして攻めこみ全滅などしてみろ、雪蓮を失いそれこそ祭殿の案じる孫家の血筋が
絶えてしまうと言う事になりかねんのだぞ」
加熱する二人、駆けつけた周泰も二人を前にオロオロとするだけ。重鎮二人の諍いを止めたくはあるが
自分にそんな事が出来るのだろうかと何も出来ずにいた
周りの兵も普段はそれほど声を荒げる人物ではない黄蓋の姿に驚き戸惑う
だが確かに黄蓋の言っていることは間違っては居ないのだ、証拠に自分たちは陛下の意思に牙をむいているのだから
「やめよ。どうした祭、言っていることは分かるがもう動き出してしまったのだぞ?」
「引っ込め会陽、貴様とて舞王と酒を酌み交わし魏の心根は知ったはず。儂と同じ気持であるのは間違いなかろう」
蛇矛を睨みあう二人の間に挿し込み止めるのは小柄な老兵、程普
黄蓋の剣幕に片眉を上げて不思議そうな顔をするが、何かに気が付き頷き蛇矛を下ろす
「間違いは無いが、今は冥琳が呉の総司令。御主がして居ることは軍の統率を乱す行為
司令官に武器を向けている以上、処罰の対象と成り得るぞ」
「儂が処罰を受けるだと?無能な司令官に付き従い兵を殺すことのほうが罪ではないのか」
怒り心頭とばかりに程普にまで声をあげる黄蓋に程普は目を伏せ、仕方が無いとばかりに兵に指示を出す黄蓋を捉えよと
だが一度の命では兵達は動かず、程普は心の中で笑い怒鳴り声で再度捕らえよと叫んだ
「よかろう会陽。貴様もその無能な指揮官と共に朽ちるが良い。古くから孫家に仕えた儂を捕らえるというのだからな」
「応よ。我が身、我が魂魄は孫家と共に有りだ。王が冥琳の声を信じろと言うならば、ワシらは例え陛下の声であろうと
異を唱えてやろう」
「会陽殿・・・」
大声で笑い、体を黄蓋との間に入れる程普に周瑜は背の影で誰にも見られぬよう唇を噛み締めていた
黄蓋を囲み「失礼いたします」と縄をかけようとする兵達。だが黄蓋は「縄など要らぬ」と兵に囲まれながら
楼船に隣接された露橈へと乗り移り、武器を程普に投げ渡した
「しばし大人しくしておれ。冥琳、我主は疲れたであろう後ろで休め、後で事情を聞く」
「はい、会陽殿。いえ程公、お手を煩わせてしまい申し訳ない」
「構わんさ、戦の後で頭に血が上ったのだろう。刑は鞭打が妥当でございましょうか嬢よ?」
嬢と呼ばれ船室から出てくるのは孫策。その後ろには孫権が共をして程普と周瑜、そして心配する
周泰と兵の前へ出る
「事情はご存知で?」
「知らない、外で急に始めちゃうから何があったのか見ようとしたのに危ないからって止められちゃってねー」
そう言って側に立つ孫権を腰に手を当てて「心配しすぎよ」と呆れたように見ていたが
孫権に「姉様は危機感が足りません」と怒られていた
「はっはっはっ、今度は此方を止めねばなりませんかな」
「お願いするわ、じゃあ話を聞かせてもらおうかしら」
「御意、お前たち持ち場に戻れ。詳細は王へお答えした後に伝えよう」
船室に下がる孫策と孫権に礼を取り、兵に持ち場へ戻るようにと指示すれば兵は素直に程普の言葉にしたがって
寄せた船に戻り船を持ち場へと移動させる。そんな中、周泰が一人争いを止められなかったと落ち込み立ち尽くす
「我主も戻れ、心配するな。祭の側に着いて何かあれば聞いてやってくれ」
皺と傷だらけの顔をクシャっと笑に変えて頭を撫で「ただし酒はくれてやるなよ」との言葉に
周泰は笑い、強く頷いて露橈へと乗り移っていった
楼船の周りから船は離れ、周瑜も兵に任せた程普は説明の為に船室へ入ろうとすると耳に船とは違う水の跳ねる音を聞く
明らかに魚などではないその水音に程普はニヤリと笑い、確かめもせずに船室へと入っていった
砦の中央にある天幕では軍議が開かれ、手の内が戦術が殆ど漏れていることに対する話を進めていた
中央には長い机が置かれ、地図を広げて華琳は上座へその隣に秋蘭が立ち
稟と詠、そして桂花が座り。華琳の対面には昭が座っていた
軍師たちの顔は深刻なもので、これからの戦を一体どうしたものかと頭を悩ませていた
「あの戦いから此方の手は全て知られていると考えたほうがいいわね」
「でしょうね、今一度戦術について各々の癖や趣向を見直すというのは?」
「無理よ、短時間で全てを変えるなんて出来るわけ無いじゃないっ!」
「此のまま敵に蹂躙されるのを待つだけとはいきませんでしょう」
少しピリピリとした空気と口調で稟と桂花が意見を出し合い赤壁での策を練る
華琳はその様子を少し厳しい表情で見つめ、秋蘭も同じようにどうするべきかと思案顔
男と詠は眼を伏せ、腕を組んで考える
・・・・・・よくやるもんだ、俺には出来んな。笑ってしまいそうだ
いい加減、少し口を開こうかと男が思った時。天幕が開かれ斥候に出た兵がずぶ濡れで入って来ると
稟の側に駆け寄り耳打ちをする
「何かしら稟」
「は、黄蓋と周瑜が仲違いをしたとのことです。恐らく黄蓋には処罰が下されると」
稟の報告に驚き、眼を丸くする桂花。詠は相変わらず目を伏せ黙ったままで、男は少しだけ微笑んでいた
きたか、ようやくこの目で苦肉の計が見れるということだ。さてどうやって此処に来る?
兵を引き連れ抜けだしてくるつもりか?いずれにしろ此処に来るまで時間はある、のんびりと待たせてもらうか
「兵達と飯を食ってくる。続きはそのあとで良いか?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!まだ何も決まっていないじゃないっ!!そんなことより敵将が仲違いをしている
この状況を利用する為の話し合いを」
「俺は軍師じゃないから頭が悪いんだ。桂花は俺よりずっと頭が良いだろう?」
だから後は任せたと天幕から出ていってしまう男。身勝手な行動に桂花は怒りのまま怒鳴り散らすのかと
思えば、もう十分に男の性格とそれに対する華琳の考えを理解したのか「まったく」と一言で済ませ
稟との話し合いに戻っていた
「秋蘭、詠を連れて行っていいわよ。今解っているのは詠の戦術が全て知られているということだけ
ならば詠は此処で軍議に参加し続けるのは意味が無い」
「宜しいのですか?」
「ええ、詠も昭や華佗の手伝いをしていたほうが気が晴れるでしょう」
椅子に座り余裕のある顔で茶を飲む華琳に秋蘭は「承知いたしました」と頭を下げ
詠の肩を叩いて男の後を追う。詠は「別に大丈夫よ」と言うが、王の命でもあると言って無理矢理に
その場から手を引き連れだしていた
「本当に大丈夫なのに、でもまぁ次はそれほど役に立たないだろうしお言葉に甘えるわ」
「それが良い。何時も昭をすまないな、次の戦でも守ってやって欲しい」
「ううん、守られてるのは結局僕の方だし」
詠は苦笑いと溜息で返すと「華佗の手伝いに行くわ」とその場を後にした
治療を続ける華佗の天幕に向かう詠を見ながら秋蘭は男が向かった方向
砦の外へと陣をはりながら食事をする兵の元へ向かう男の後を追い、走りだした
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今回は黄蓋の例の策が始動し始めました 次回から本格的にうごきだすと思います 何時も読んでくださる皆様、本当に有難うございます 私が頑張れるのも皆様のお陰ですm(_ _)m |
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コメント | ||
とても面白い!今後の展開が気になる所です(TMP8000) 先憂後楽 様コメントありがとうございます^^なかなかの目の付け所!彼女たちは鍵になりますので、今後の展開を楽しみにしていてくださいね^^(絶影) KU− 様コメントありがとうございます^^必要ないwは完全に強がりですねぇ。はいwここから書くにも頭を悩ませる感じなので、正直煙が出そうですw(絶影) GLIDE 様コメントありがとうございます^^いよいよです!そうですね、長かったような、短かったような。ですがよくよく考えると一年以上書いてるんですよねwちょっと自分にびっくりしてますw(絶影) アロンアルファ 様コメントありがとうございます^^いよいよですよー。不利な状況です!此処からどうやっていくのか、果たして勝つことが出来るのか、乞うご期待です!!(絶影) Ocean 様コメントありがとうございます^^呉起を彷彿とさせる。その通りだと思います。彼の行動は殆どが似ていますから、だからきっと兵を送り出す親なんかは泣くのかもしれません。同じように命を容易くかけてしまうと(絶影) Night様コメントありがとうございます^^本当にお疲れさまでした、そしておめでとうございます><私もきっちりと最後まで書き終わらせてNight様のSSを存分に読むんだ〜!!(絶影) 稟ちゃんが結構余裕そうなんだよなー 風と何かしらの策があるとは思うんだけど・・・ そこらへんも期待して次回も楽しみに待っております。(先憂後楽) 昭が必要ないね〜。昭がいたから魏から援助されてたはずなんだがな〜(苦笑)いよいよ本格的に動き始めますね、どうなるか楽しみにしています。(KU−) いよいよ赤壁か。長かったような短かったようなw(GLIDE) いよいよ赤壁の戦いに突入しますね、この不利な状況をどう動かすのか楽しみです。(アロンアルファ) 呉起……確かに、昭が兵にしてきたことは、彼を彷彿させるんでしょうね。孫子を祖とする呉陣営は特に。いよいよ、赤壁の戦いの要の一つ、苦肉の策がいよいよ行われようとしてるが、昭は魏はどう対処するのか、楽しみにしていますww(Ocean) 更新お疲れ様です。漸く・・・漸く他の人のSSを読める日がきました!一体どこまで読んでいたのか覚えていないので、多分最初からになるかと思いますが、読み返してきます・w・ノイヤッホーイ(Night) |
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