真・恋姫?無双外伝 〜〜受け継ぐ者たち〜〜 第三話・『マイ・ネーム・イズ・・・』 |
第三話 〜〜マイ・ネーム・イズ・・・・〜〜
ここは蜀の中心に位置する都、成都。
その賑やかな街の奥にそびえるのは、この国を統べる王が住む城だ。
そしてその城の城壁・・・・・この都を一面に見渡せるその場所に、少女は立っていた。
少女の名は、関興。
真名は、愛梨という。
今から十数年前・・・・・・いまだこの大陸に数多くの群雄が入り乱れた戦乱の時代に、武神と名を馳せた関羽の娘だ。
彼女の母親は常に気高く、凛々しく、強く・・・・そして美しかった。
そんな母親に彼女は憧れ、いつか自分も母の様になりたいと願いながら育った。
しかし運命とは残酷なもので、今から五年前・・・・母は病に倒れ、帰らぬ人となってしまった。
残されたのは守るべき大切な姉妹と、母たちが築いたこの蜀という国。
彼女がこうして城壁から街を見るのは、そうすることで母たちとの思い出に浸る事が出来るからだ。
「・・・・・母上。 やっとです。 やっと、会えたのに・・・・・・」
城下に広がる街を見ながら、今は亡き母に語りかけるように呟く。
彼女には、待っている人がいた。
八年間・・・・ずっと待ち続けている人だ。
そしてその願いがようやく叶ったのだと、彼女は信じていた。
だが、運命はそう簡単に彼女の願いを聞き届けてはくれなかった。
「愛梨ちゃん」
「・・・・・・桜花か」
真名を呼ばれて振り向いたそこに居たのは、桜花だった。
桜花は愛梨にとって母親の違う妹に当たり、この蜀漢の初代皇帝である劉備の娘だ。
生まれつき目が見えず、身体の弱い妹。
しかしさすがに生まれてから十数年間過ごしたこの城・・・・・目が見えずとも、一人で出歩くことは苦もなかった。
「こんなところで会うなんて偶然だね」
「北郷殿はどうした?」
「厠に行くって言ってそれっきり。 多分城の中を散歩でもしてるんじゃないのかな」
「・・・・・そうか」
それだけ聞いて、愛梨は再び城壁の外へと目を向けた。
桜花は愛梨の隣に歩み寄り、同じように城壁に手をかけて街を眺める。
「気にしてるの? 人違いだって言われた事」
「・・・・・・・・・・」
桜花の質問に、愛梨は応えようとしない。
しかしそれは、桜花には肯定しているように思えた。
「そうだよね。 ずーっと待ち続けて、やっと会えたんだもんね」
その言葉は愛梨に言っているようで、同時に自分にも言える事。
愛梨と同じように、桜花もずっとその人を待ち続けていたから。
「私もね、本当の事言うと寂しいよ。 でもさ・・・・」
「?」
桜花はそう言いながら愛梨の手に自分の手を重ねると、優しく笑った。
「こうやって落ち込んでても仕方ないでしょ? 私たちのこと覚えてなくたって、こうやってやっと帰ってきてくれたんだから♪」
「桜花・・・・・・・」
愛梨がこうして落ち込んでいる時は、いつも桜花はこうして笑ってくれた。
さっき自分でも言ったように、桜花自身も悲しくないはずはないのに・・・・・それでも愛梨を励まそうと、自分の感情を抑えていつも通りの笑顔を向けてくれるのだ。
重ねられた手の上に更に自分の手を重ね、桜花の想いに応えるように愛梨も笑顔を返した。
「そうだな・・・・・お前の言うとおりだ。 たとえどんなふうに変わろうと、あの方はあの方なのだしな」
「そうそう。 それでこそ愛梨ちゃんだよ♪」
「・・・・・ふふ」
「あはは♪」
なんだかおかしくて、二人はどちらからともなく笑い声を洩らした。
「ありがとうな、桜花」
「ん? なにが?」
「とぼけるな。 私を気遣って来てくれたのだろう?」
偶然・・・・なんて、とんだ大ウソだ。
桜花が何の用もなく、こうして城壁に来ることなどそうありはしない。
落ち込んだ時に愛梨がここに来ることは、桜花にしてみればお見通しだった。
「ん〜〜? なんのことかなぁ〜? 私はただちょこっと風に当たろうかと思っただけだよ♪」
「フフ・・・・ならばそういうことにしておくか」
言葉にしなくとも、お互いの考えている事はだいたい分かっている。
だから愛梨も、それ以上聞くことはしなかった。
「ねぇ、愛梨ちゃん。 そんなことよりさ・・・・」
「ん?」
「やっぱりさ、カッコよくなったよね♪」
「なっ・・・・・・」
突然の桜花の一言で、愛梨は思い出したように顔を赤く染めた。
もちろん、カッコよくなったというのは愛梨の事ではない。
「背も高いし、優しそうだし、顔は見えないけどカッコいいでしょ?」
「そ、それは確かに・・・・・いや、そうではなくて、あの人は昔から・・・・・・・その・・・・・・」
「あはは。 愛梨ちゃんったら照れてるの?」
「べ、別に照れてなんかいないぞ!」
「はいはい。 でもやっぱり親子だからかな? ぽりえすてる・・・・・だっけ? あの服を着てると本当にそっくり。 なんだか、まるで昔に戻ったみたい」
「そうだな。 あの服を見ると、確かに昔を思い出す」
昔というのは、まだ彼女達の母親が生きていた時・・・・・この蜀漢ができて間もなかったころのことだ。
今までに彼女達が失ったのは、母親だけではない。
「・・・・・まるで、父上が居た頃の様だ」
母親がこの世を去るより前、彼女達の前から突然姿を消した父親。
そのために幼いころの僅かな記憶しかないが、父はいつも娘たちに優しかった。
だから愛梨たちも、父の事が母と同じくらいに大好きだった。
「愛梨ちゃんはお父さんが大好きだったもんね」
「なっ・・・・! 桜花の方こそ、父上にベッタリだったではないか!」
「え〜? そんな昔の事覚えてないも〜ん♪」
再び顔を真っ赤にする愛梨だが、桜花は素知らぬ顔で受け流す。
愛梨の方が姉であるはずが、こういう時は桜花の方が一枚上手の様だ。
「さ、そろそろ戻ろうか。 まだ今日の分の仕事もたくさんのこってるしね」
「はぁ〜。 まったくお前は・・・・・・仕方ないな」
マイペースな桜花に半ばあきれつつも、愛梨も仕方なく頷いた。
仕事に戻ると言って部屋を出たものの、ずっとこうして城壁にいたので、事実仕事は終わっていないのだ。
残った仕事を終わらせるため、二人は部屋に戻ろうと歩き出したその時・・・・・・
「桜花お姉さま〜〜〜っ!」
「?」
まさに二人が向かおうとした方向から、二つの小さな人影がトテトテと走ってきた。
もちろん桜花にはその姿は見えていないが、良く知った声なので誰かはすぐに分かった。
「きーちゃんとうーちゃん・・・・・・そんなに急いでどうしたの?」
息を切らしながら走ってきたのは、小柄な二人の少女だった。
ちなみに、桜花にきーちゃんと呼ばれた方は腰まで伸びた長いツインテールの少女で、真名を煌良(きらら)。
うーちゃんと呼ばれた方は肩まで伸びた髪に大きなリボンが特徴の少女で、真名を麗良(うらら)という。
この二人は愛梨と桜花の妹に当たるのだが、詳しい紹介は今は省かせてもらうことにする。
「はぁ、はぁ・・・・それがですね・・・・・ぜぇ・・・・・」
二人は桜花の前まで駆け寄ってきて、麗良の方が桜花の質問に答えようとするが息が切れていて上手く声が出て来ないようだ。
「ああ、落ちついてからでいいからね? ほら、深呼吸して」
「はぁ・・・はぁ・・・・はい。 すぅ〜はぁ〜」
桜花の言うとおりに、二人は大きく息を吸って吐いた。
「はぅ〜・・・・落ち付きました。」
「それで麗良。 何があったのだ?」
「はわっ! そうでした。 いま遠征に出ていた兵から連絡がありまして、北方の村が盗賊に襲われているらしいんです!」
「えぇ!?」
「なんだと!?」
突然の麗良の報告を聞いて、愛梨と桜花の表情には驚きと険しさが入り混じる。
この蜀という国が成立してから十数年。
この近辺の治安は、昔に比べれば確実に良くなっている。
しかしいまだに盗賊や野党の類を根絶するには至らず、こうして領土内の街や村が襲われることも少なくはない。
特に麗良が言う北方の村はこの成都から最も遠く警備も行きとどかないため、特に賊に狙われる事が多かった。
「それで、敵の数は?」
「えっと、ですね・・・・・・きーちゃん、どうだったっけ?」
「あぅ・・・・・・“コショコショ”」
麗良に話を振られ、煌良は少し恥ずかしそうに麗良の耳元に顔を寄せてヒソヒソと耳打ちした。
彼女は極度の恥ずかしがり屋の為、たいていはこうして麗良を経由してしか人と会話ができないのだ。
「うん・・・・うん、ありがとう。 報告によれば、敵の数はおよそ百。 今は遠征で立ち寄った兵が応戦していますが、少数なのでいつまで持つか・・・・・・」
「わかった。 桜花、兵を百連れて行くぞ!」
「え? それはいいけど・・・・・愛梨ちゃん、一人で行くの? 心(こころ)ちゃんも連れて行った方が・・・・・」
「あいつにはもしもの時の為に城に残ってもらわなければならん。 それに、賊の百や二百ごとき私の敵ではない!」
「あ! 愛梨ちゃん!?」
桜花の制止も聞かず、愛梨は走り去ってしまった。
「大丈夫ですよ、お姉さま。 愛梨お姉さまが負けるはずありません」
「・・・・・“コクコク”」
「・・・・・うん。 そうだよね」
愛梨の強さは、桜花が誰よりも知っているし信頼もしている。
ましてやこちらと敵の兵数は互角・・・・・愛梨が負けるはずなどない。
しかし走り去っていく姉の背中を見ながら、桜花は心配せずには居られなかった――――――――――――――――
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「う〜ん・・・・・」
城の中庭にある木造りの長椅子に座りながら、俺は一人考えごとにふけっていた。
「なんで俺はトイレの場所なんて知ってたんだ?」
いまだに信じられないけど、俺は現代の学園の裏山から大昔の中国・・・・しかも三国志の時代に飛ばされていまこうしてここにいる訳で。
それはまぁ良しとしよう。
いや、この時点で十分良くはないんだけどさ・・・・・・
それよりもある意味で不思議なのは、俺が間違いなく初めて来たはずのこの大きな城の中でどうして迷わなかったのかと言う事。
現代の住宅じゃあるまいし、なんとなくでトイレの場所なんて分かるはずはない。
ひょっとすると、俺には自分でも知らない未知の能力があるとか?
学園の裏山から別世界にワープし、更にその世界のトイレの場所を把握できる能力・・・・・・・そんなの嫌すぎる。
「はぁ〜・・・・・」
いくら頭をフル回転させても脳内の俺から答えが帰って来る気配はなく、口から空しくため息が漏れるだけだ。
「あ。 そういえば・・・・・」
そんな時、俺はふと思い出したように制服のポケットに手を伸ばした。
取りだしたのは、裏山を歩いているときにひもが切れてしまった翡翠のペンダント。
今までずっと肌身はなさず身に付けていた宝物だ。
気付いてしまうとなんだか付けていないと落ち付かないので、俺はとりあえずペンダントを付けなおすことにした。
「っと・・・・・あれ・・・・?」
首の後ろで切れたひもを結ぼうとするけど、これがなかなか上手くいかない。
う〜ん・・・・・俺ってなかなか不器用?
「くそ、この・・・・・・っ」
「失礼します。」
「え?」
俺がひもを結ぶのに苦戦していると、突然後ろから女性の声が聞こえた。
それと同時に、声の主は俺の手からペンダントのひもをするりと奪い取った。
「えっと、あなたは・・・・・」
「あ、動かないでください。」
「え? あ、はい・・・・・」
振り返って正体を確かめようとするけど、一言で制されて俺はおとなしく正面に向き直った。
そうしてじっとしている事わずか数秒。
声の主は鮮やかな手つきできれいにひもを結んでくれた。
「はい、終わりましたよ」
「どうもありがとうございます」
お礼を言いながら振り返ると、そこにはかなりの美女が立っていた。
歳は俺より少し上くらいかな?
長い髪を後ろで束ねて、チャイナ風の服を着たその女性は、にっこりと優しい笑顔を向けてくれていた。
桜花に愛梨・・・・それにさっき庭であった女の子といい、どうしてこの城にはこんなに可愛い子が多いんだろう。
「それで、あなたは・・・・・」
「これは申し遅れました。 私は黄叙(こうじょ)。 この城で劉禅さまに仕えている者です」
「黄叙さん。 はじめまして、俺は北郷章刀っていいます」
それにしても、劉禅さまに仕えてる・・・・か。
てことはやっぱり桜花は本当に皇帝なんだな。
「フフ。 はじめまして、ねぇ・・・・・」
「?」
なんだろう?
黄叙さんは少し怪しげな笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込んできた。
「あの、何か・・・・・」
「フフ。 いいえ、何でもありませんわ。 それでは私は仕事がありますので失礼します。 またゆっくりお話しましょうね、北郷さん」
「はぁ・・・・・」
そう言って軽く頭を下げ、黄叙さんは廊下の向こう側へと歩いて行ってしまった。
廊下に残されたのは、その細いシルエットを見送りながら立ちつくす間抜けな俺だけ。
なんていうか、変わった雰囲気の人だったな。
ああいうのを大人の魅力っていうんだろうか?
「・・・・・さて、俺もそろそろ戻らないとな。」
トイレに行くと言って部屋を出ただけなのに、気付けば随分と経ってしまった。
これ以上は桜花が心配してしまうかもしれないし。
そんなこんなで結局考えごとは何一つ答えが出ないまま、俺は部屋へと戻ることにした―――――――――――――――
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ガチャ。
「あ。 お帰り、章刀さん」
「ああ、ただいま。」
部屋に戻ると、桜花は部屋を出る前と同じ様子で出迎えてくれた。
「厠に行くだけなのに随分かかったね。 もしかして迷っちゃった?」
「あはは、まぁ少しね。 それより桜花、入ってきたのが俺だってよく分かったね」
部屋に入った時俺の方を振り向きはしたものの、目が見えない桜花はもちろん目を閉じたままだ。
なのに声を聞く前に、桜花は俺の名前を呼んでいた。
「あはは、簡単だよ。 私は目が見えない代わりに、音とか人の気配に敏感なの。 だから今章刀さんがどこに立ってるのかも分かるよ」
そう言いながら、桜花は少し自慢げに俺の方を指さして見せた。
すげぇ・・・・ドンピシャだ。
「すごいな。 超能力みたいだ。」
「えへへ♪」
「あ。 そういえば愛梨はまだ仕事してるのか?」
「ぁ・・・・・えっと・・・・・」
「?」
愛梨の名を出したとたん、今まで明るかった桜花の表情が目に見えて沈んでしまった。
「何かあったの?」
「うん。 その、ね・・・・・愛梨ちゃんは今、村を襲ってる盗賊を退治しに行ってるの」
「えぇ!?」
あまりの驚きのせいで、つい大声を出してしまった。
今桜花の口からでたばかりの言葉が、俺には信じられなかった。
「退治しに・・・・ってことは、戦いに行ったのか?」
「・・・・うん」
「そんな・・・・・」
戦ってるって・・・・愛梨が? 盗賊と?
あまりに唐突過ぎて、同じ疑問を頭の中で何度も繰り返す。
そうしているうちに、少しずつゆっくりと桜花の言葉が俺の中で現実味を増して行く。
ほんの少し前まで俺と会話していたあの女の子が、今戦場にいるという事実が。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、章刀さん」
「え?」
「味方の兵隊さんもたくさんいるし、愛梨ちゃんは強いもん。 盗賊なんかに負けたりしないよ」
「桜花・・・・・」
俺に心配をかけまいとしてか、桜花は俺に笑顔を向けてくれる。
だけど、その笑顔が無理をしてつくったものだってことは明らかで・・・・・
そんな風に気丈にふるまう桜花の姿が、俺には辛かった。
「心配しなくても、もう少ししたらきっと無事に・・・・・」
“ガチャ”
「劉禅様、失礼します!」
「?」
桜花が言葉を続けようとした時、部屋の扉が勢いよく開かれた。
入ってきたのは、鎧を身につけいかにも兵士という風貌をした男だ。
恐らく兵士として相当な訓練を積んだであろうその屈強そうな男は、しかし肩で息をしていて、相当急いで来たらしい。
「何かあったんですか?」
兵士のただならぬ様子を感じ取ったのか、そう問いかける桜花の声にも焦りの色が浮かんでいた。
「はっ。 たった今賊の討伐に向かった関興将軍の部隊の兵士から連絡があり、関興将軍が・・・・」
「愛梨ちゃんに何かあったの!?」
「その・・・・関興将軍が、敵の盗賊に捉えられたと・・・・・・」
「なっ!?」
「そんな・・・・・」
俺も桜花も、その報告には驚きを隠せなかった。
それは、たった今俺が懸念していた事が現実になったようだった。
愛梨は無事に帰って来る・・・・
そう桜花が言おうとした矢先に、最悪の報告が届いてしまったのだ。
「どうして!? 愛梨ちゃんが盗賊なんかに捕まるはずが・・・・」
「はい。 もちろん最初は関興将軍の率いる部隊が賊を圧倒していたのですが、どうやら村の中に逃げ遅れた民が居たようで・・・・・その民を盾にされて、関興将軍も打つ手が出せなくなってしまったのです。」
「なんて酷い事・・・・・・」
「桜花、すぐに助けに行こう!」
「うん! すぐに兵隊を集めて下さい! それから、心ちゃんにも連絡を。」
「それが、ダメなのです」
「ダメって・・・・何が?」
「関興将軍を捉えた盗賊たちから要求があり、将軍を返して欲しければ代表の者が一人で来いと。 もし援軍を呼んだ場合は、将軍の命は保証しないと言っています」
「そんな・・・・・・」
桜花は今にも泣きそうな顔でうつむいてしまう。
恐らく盗賊たちの要求は、金と食糧。
それから、自分たちをこれ以上追わない事・・・・・そんなところだろう。
もし本当にそれで愛梨が助かるのなら、桜花としても迷う必要なんてない。
けれど相手は盗賊・・・・・要求どおりにしたところで、愛梨が帰って来る保証なんてない。
援軍は出せない。
だけど要求をのむ訳にはいかない。
だったら・・・・・・・
「俺が行く」
「え・・・・・?」
少しの沈黙のあと、俺はそう言った。
そう言わずには居られなかったんだ。
「用は俺が一人で行って、愛梨を助ければ問題ないんだろ?」
「それは・・・そうかもしれなけど、そんなこと章刀さんに頼めるわけないよ!」
「心配しなくても大丈夫だよ。 こう見えても、俺は結構強いから」
別に桜花を安心させる為に行っているわけでも、強がっているわけでもない。
自分で言うのもなんだけど、俺は多少なら腕に覚えがある。
学園で所属してた剣道部でも、はっきり言って敵なしだった。
この時代の人間の平均的な能力がどのくらいかは分からないけど、ただの盗賊相手なら勝てる自信はある。
「残ってる敵の数はどれくらいなんですか?」
「詳しくは分かりませんが、恐らくは二十前後かと。 今は関興将軍を盾に、村の屋敷に立て籠っています」
「二十人か・・・・・・」
「やっぱり駄目だよ! 章刀さんをそんな危ない所に行かせるなんて・・・・・」
敵の数を聞いて更に不安になったのか、桜花は泣きそうになりながら俺の腕をつかむ。
腕に伝わるその力強さが、桜花の気持ちをそのまま表しているようだった。
だけど、危険だからって逃げる訳にはいかないんだ。
俺の腕をつかんでいた桜花の手をそっと握り、彼女の顔を見つめる。
「心配しないで桜花。 絶対に愛梨を助けて、無事に帰って来るから」
「でも・・・・・・・」
「愛梨も桜花も、俺を助けてくれたよね? 二人とも、本当に感謝してる。 だから今度は、俺が愛梨を助けたいんだ。」
この気持ちにもちろん嘘はないけど、本当はこんな理由なんてなくていい。
これはただ、桜花を納得させようとして言ってるだけ。
助けてもらったとかは関係なしに、いま一人の女の子が危険な目に遭っているなら助ける。
理由なんてそれで十分だろう?
なぁ・・・・・父さん。
「桜花。 お願いだから、愛梨を助けに行かせてくれないか?」
「章刀さん・・・・・」
俺の名を呼びながら、桜花の目から一粒の涙が伝った。
そして俺の手を握り返して、ゆっくりと頷いた。
「お願い・・・・・愛梨ちゃんを、助けて・・・・・・・」
「ああ。 任せとけ!」
桜花にしっかりと頷き返して、彼女の手をほどく。
そしてすぐにでも愛梨を助けに向かおうと、部屋を出ようとした時・・・・・
「あ! 待って章刀さん!」
「?」
部屋を出ようとしたところで、急に桜花に呼びとめられた。
「戦いに行くなら、これを持って行って」
そう言いながら、桜花は部屋の棚から何か包みを取りだして俺に差しだしてくれた。
「これは・・・・・」
包みを開けると、そこに入っていたのは一振りの刀だった。
多分この時代の中国にはめずらしい、日本刀を思わせる細身の刀だ。
「きっと章刀さんなら、この剣を使えると思うから。」
「・・・・・ああ。 ありがとう」
俺は言われるがまま、桜花から差し出された刀を手に取った。
初めて手にする真剣の重みを、手にずっしりと感じる。
それは、俺にかせられた責任がそのまま重さになったように感じられた。
「それじゃ、行ってくる。」
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どこまでも続いているかの様な見渡す限りの荒野。
その周りには水墨画でみたような背の高い山々が連なり、壮大な光景が広がっている。
耳に響くのは馬のひず目の音と、荒野に吹く風の音だけ。
乾いた風は荒野の砂と土の匂いを運び、俺の身体にぶつかって来る。
盗賊にとらわれた愛梨を救うべく、今俺は村を目指して馬で駆けていた。
そしてその前を、案内役の兵士が数人同じように馬を操っている。
もちろん馬に乗ったことなんて一度もないけど、幸い俺は筋が良かったのか乗りこなすのに苦労することもなかった。
テレビや映画でしか見たことが無いような壮大な荒野を駆けていると、まるで物語の登場人物になったようにさえ感じる。
だけど、今はそんな気持ちに浸っている暇はないんだ。
一刻も早く村にたどり着かなければ、愛梨の身が危ない。
要求を出している以上盗賊たちがそう簡単に愛梨に危害を加えるとは思えないけど、そんな保証はどこにも無いんだから。
「待ってろよ、愛梨・・・・・!」
小さく呟きながら、手綱を握る手にも力がこもる。
実は俺には、こうして馬を操りながら感じている事があった。
俺は愛梨を助けに行くと自分で言った時、そこに理由なんてありはしないし必要ないと思ってた。
父さんがそうだったように、そこに困っている人や苦しんでいる人がいるから助ける。
ただそれだけだと思ってた。
もちろん今だって、愛梨に受けた恩を抜きにしてもただ彼女を助けてあげたいって思ってる。
・・・・だけど、どこか違うんだ。
助けてもらったからとか、今彼女が危険な目に遭ってるからとか・・・・そんな事を全部抜きにしても、あの子は俺が助けてあげなきゃいけない。
なぜかは分からないけど、そんな気がしていたんだ。
「北郷殿、村が見えてきました」
「ああ」
前を駆ける兵士の言葉通り、荒野の向こう側に小さく村が見えて来た。
まだしっかりと確認はできないが、うっすらと煙が上がっているようにも見える。
「急ごう!」
俺は手綱をピシャリと弾き、馬の脚を更に急がせた。
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「着きました。 ここが盗賊たちが立てこもっている屋敷です」
村が見えてから数分後、俺たちはやっと目的の村に到着した。
今いるのは、盗賊たちが愛梨を捕えているという屋敷の前だ。
都から遠いということもあり小規模な村だが、一番奥に位置するこの屋敷だけはかなり立派な作りになっている。
なるほど、盗賊たちが好んで使いそうだ。
屋敷の前には、愛梨を人質にとられて手を出せずにいる兵士達が悔しそうに屋敷をにらんで立っていた。
「北郷殿、本当にひとりで行かれるのですか?」
案内役として着いてきてくれた兵士の一人が、心配そうに声をかけてきてくれた。
「ああ、案内ありがとう。 後は俺一人で行くよ」
「・・・・ご武運を」
そう言ってお辞儀をし、兵士は後ろへと下がって行った。
俺は屋敷を見つめ、桜花から預かった剣を握りしめながら覚悟を新たにする。
「さて・・・・行くか」
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話しはほんの数分前・・・・・章刀達が村に着く前にさかのぼる。
ここは屋敷の一番奥にある大広間。
壁際に立てられたろうそくで明かりを取っただけのうすぐらい部屋の中に響くのは、盗賊たちの下品な笑い声。
「ヒャッハッハッハ! みたかよ兵隊どものあの面。 まるで信じらんねぇって感じだったぜ」
「まったくだ。 それにしてもお頭、上手くやったな」
男たちにお頭と呼ばれているのは、部屋の一番奥で一人だけ椅子に座っている大男だ。
酒を片手にしたその男は、酔っているのか顔を赤くして下劣な笑みを浮かべている。
「ガッハッハ! いくら一騎当千の勇将っつっても、一般人を盾にされたら手も足も出ねぇってか。 なぁ、嬢ちゃん?」
「くっ・・・・・・!」
そう言って男が隣に視線を移した先にいたのは、愛梨だった。
後ろ手に鎖で縛られ、両足も同じように拘束された愛梨は悔しそうに男をにらみながらも、身動きが取れないでいた。
「その昔天下に名を馳せた武神・関羽の娘も、こうなっちまえばただの女だ」
男は愛梨の顔に手を伸ばし、自分の顔に近づける。
「汚い手で私に触れるなっ!」
「そう怖い顔すんなって。 どうせお前は逃げられねぇんだ。 仲良くしようぜ?」
「だれが貴様の様な下衆と・・・・・!」
「フン・・・・威勢のいい女だ。 だけどあんまり強情が過ぎると、痛い目見るぜ?」
そう言いながら男は立ちあがり、愛梨の前に歩み出た。
そしてゆっくりと手を伸ばし、愛梨の服の襟元に手をかける。
「な、何を・・・・・」
「へへ。 せっかくこんないい女が目の前にいるんだ。 楽しまねぇ手はねぇよな?」
「や、やめろ・・・・!」
男はゆっくりと愛梨の服の留め具を一つずつ外していく。
愛梨にはこれ以上ない屈辱だが、この状況ではどうすることもできない。
(誰か、助けて・・・・・!)
“バン!”
「!?」
その時突然、広間の扉が勢いよく開かれた。
「・・・・・おいおい。 こんな大人数で一人の女の子に手を出すなんて、あんまりイイ趣味じゃないぜ?」
「何だテメェは!?」
「ほんごう・・・・どの?」
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勢いよく扉を開けたとたん、部屋の中にいた全員の視線が俺に向けられた。
その正面には鎖に繋がれてはいるが、怪我はしてないみたいだ。
なんとか間に合ったみたいだな。
「何だテメェは!?」
愛梨のそばに立っていた大柄の男が、俺に向かって怒鳴った。
多分あの男が盗賊の親玉なんだろう。
その周りに座っているのは手下の盗賊たちだ。
兵士が言っていたように、その数はだいたい二十人といったところだな。
「俺は劉禅からの遣いで来た。 愛梨・・・・その女の子を返して欲しい」
「はっ。 お前が遣いか。 要求通りひとりで来たのは褒めてやる。 だが・・・・・」
そう言いながら、男は俺の手元を指さした。
「そんな物騒なモン持って交渉に来るたぁ、どういうこった?」
男が指指しているのは、俺が手にしている刀だ。
この服装じゃ隠すこともできなかったし、そのまま持って来ちゃったけど・・・・やっぱりまずかったか?
「はぁ・・・・・しかたないか」
もともと話し合いで解決するなんて思っちゃいない。
俺は意を決して、周りの盗賊たちをにらみ付けた。
「単刀直入に言うよ。 俺はお前たちを倒しに来た」
「はぁ? くっ・・・・はっはっはっは!」
「はっはっはっはっは!」
俺の言葉を聞いたとたん、親玉だけでなく周りの盗賊たちも大声で笑い出した。
「何を言い出すかと思えば、俺たちを倒すだと? お前みたいな優男が、しかもたった一人でか?」
「その剣置いてさっさと帰った方が身のためだぜ?」
盗賊たちは口々に俺に罵声を浴びせてくる。
だけどその中で唯一、聞き覚えのある声が響いてきた。
「こいつらの言うとおりです! 早く逃げて下さい!」
「! 愛梨・・・・・」
今まで俺と盗賊とのやり取りをみていただけだった愛梨が、突然口を開いた。
手足を鎖で縛られながらも、必死に身を乗り出して俺に訴える。
「なぜこんなところに来たのですか! 私の事など構わず逃げて下さい!」
「はっ。 嬢ちゃんもこう言ってるぜ? 痛い目見る前に大人しく帰ったらどうだ?」
愛梨に続いて、傍に立っている大男も俺を笑いながら言う。
全く、どいつもこいつも・・・・・
「もう一度だけ言う。 俺はお前たちを倒して、愛梨を助ける!」
「北郷殿っ!」
「・・・・・・そうかい」
俺の言葉を聞いたとたん、今まで笑っていた大男の顔から笑みが消えた。
「お前の言いたい事は分かった。 ・・・・・おい」
男はそう言って、近くにいた一人の手下にクイと顎で指示を出した。
指示された手下はニヤリと笑うと、ゆっくりと俺の前に歩み出て来た。
「そんなに言うなら、お前の力を見せてもらおうじゃねぇか。 もしそいつに勝てたら、女を返すのを考えてやってもいいぜ?」
「望むところだ」
正直に言って、俺としては願ってもない展開だ。
最悪二十人を相手に大乱戦になる事を覚悟してただけに、一対一でやれるならありがたい。
もちろん、この男を倒したところで素直に愛梨を返してくれるなんて思っちゃいないけど、この男を倒したらそのまま動揺してる盗賊たちを倒してしまえばいい。
「ヒヒヒ。 いいのか小僧? 泣いて謝るなら今の内だぜ?」
「何度もくどいんだよ。 いいからさっさとかかって来たらどうだ?」
「っ・・・・・上等だ。 死んでから後悔するなよ!」
俺の言葉に男の中で何かが切れたらしい。
男は腰に差していた鉄剣を勢いよく引き抜くと、それを振りかぶって真っ直ぐに俺の方へと走り出した。
「北郷殿っ、早く逃げて!」
その様子を見た愛梨は、さっきまでより更に大きな声で俺に訴える。
だけど、大丈夫だ。
相手は太刀筋もメチャクチャで、ただ真っ直ぐに突っ込んでくるだけ。
これならかわせる。
一太刀目を交わして、すぐにカウンターで打ち込んでやる・・・・・!
俺は数秒先の動きをそんな風にイメージしながら、左手に持った剣の柄に手をかけた。
俺が構えたことなど気にも留めず、相変わらず真っ直ぐ突っ込んでくる。
・・・・もう少しだ。
あと数歩進んだら横にかわして・・・・・・・・・
・・・・あれ?
足を横に踏み出そうとした瞬間、俺は身体の異変に気付いた。
・・・・・足が、動かない。
頭では足を出せと必死に命令しても、足が動いてくれない。
敵の動きははっきり見えているのに、それをかわそうと足を出すことができない。
・・・・・怯えてるのか、俺は・・・・・
今の今まで、こんな盗賊一人相手に負ける訳がないと思ってた。
いくら初めて相手にする真剣だろうと、かわしてしまえば関係ないと思ってた。
だけど俺の身体は、しっかりと恐怖を感じていたんだ。
今までの生活では決して感じたことのない、命のやりとりをする恐怖を・・・・・・
(くそっ・・・! 動け! 動いてくれ・・・・・!)
いくら頭で命令しても、まるで身体は俺のものじゃないかのように言うことを聞いてはくれない。
そうしている間にも、男はすぐ目の前まで迫ってきている。
「避けて! 北郷殿!」
愛梨の声が、やけにはっきりと聞こえてくる。
分かってる。
俺だって動きたい・・・・・だけど足が動いてくれないんだ。
気が付けば、既に男と俺との距離は刀を振り下ろせば届くほどの距離に縮まっていた。
そして男は躊躇することなく、俺の頭をめがけて振りかぶった剣を振り下ろす。
「死ねぇーーーーっ!!!」
(ヤバい・・・・・死―――――)
「避けて・・・・・っ! 兄上ぇーーーーーーーっ!!!」
え?―――――――――――――――――――――――――――
“ギィィィィン!!”
薄暗いへの中に響いたのは、弾き飛ばされた剣が宙を舞う甲高い音。
だけど、それは俺の剣じゃない。
「ぐぁ゛っ!?」
剣ごと弾き飛ばされた男は、苦痛の声を上げながら部屋の奥へと吹き飛んだ。
男の剣をはじき返したのは、俺が鞘から放った緋色の刀。
・・・・覚えてる。
この刀が放つ緋色の輝き。
この刀は、父さんが使っていたもの。
「ほんごう・・・・どの?」
愛梨は何が起きたのか分からないと言った感じで、目を丸くしている。
そう・・・・・愛梨だ。
俺の大切な、とても大切な女の子の名前。
彼女の声にが聞こえたから、俺はいまこうして立っているんだ。
『人違い・・・・』だって?
ふざけるな。
俺はあの子の事を、ずっと昔から知っている。
全く情けなくなる。
今までこんな大切な事をどうして忘れていたんだろう・・・・・
こんなに大切な存在の事を、どうして思い出せなかったんだろう・・・・・・
「うぅ・・・・・くっそ・・・・・」
ようやく床から身体を起こした男は、頭を押さえながら俺を睨みつける。
その様子を見ていた周りの盗賊からも、一斉に動揺の視線が俺に向けられた。
「こいつ・・・・強いぞ」
「お前、一体何モンだ!?」
「何者かって? ・・・・・ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったな」
・・・・・そうだ。
今まで忘れていた、俺のもう一つの名前。
『北郷章刀』ではない、父ではなく母からもらった・・・・・この世界での本当の名前。
「姓は関。 名は平。 字は定国(ていこく)・・・・・」
緋色の剣を構えながら、自らの名を名乗る。
思い出した。
全部・・・・・思い出したんだ。
「乱世の武人、関雲長が長子。 関定国だ・・・・・!」
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キャラクターファイル No.001
これからもできれば、こんな感じでオリキャラの紹介をしていきたいと思います。
・・・・次は愛梨あたりかな? (汗
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ど〜もノシ 蜀の子孫ストーリー三話目です。 今回は前作の方を更新する予定だったのですが、個人的にこっちを書いてるほうが楽しいので先にこちらを更新します(笑 それから、今回から絵の練習も兼ねて表紙イラストみたいなのをのっけようかと思います。 記念すべき最初の表紙は、主人公の北郷章刀くんですww 相変わらず下手ですが、どうぞ読んでやってくださいノシ |
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コメント | ||
煌良(きらら)…。文官肌で、極度の恥ずかしがりと言う点から見て、鳳統の娘だろうな。…それと、黄叙(璃々)が自己紹介する際に、劉備さまに仕えていると言っているが、「劉禅さまに仕えている」の間違いでは?(クラスター・ジャドウ) 大いに期待です!!!(リンドウ) 期待してます!(アカツキ) チートだな(VVV計画の被験者) |
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