少女の航跡 第2章「到来」 6節「シレーナ」
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 ピュリアーナ女王との謁見が終わった後、私達は、上階の大広間を出て、各人の部屋に下

がっていった。

 

 『フェティーネ騎士団』は、この王都、《シレーナ・フォート》にいる時には、王宮に割り当てられ

た部屋で過ごし、次の任務まで休む事ができるそうである。それも、狭い共同部屋などではな

く、きちんとした個室だそうである。

 

 階段の上り下りが多く、人間である私達にとっては、移動だけでも疲れてしまうような王宮だ

が、私にも部屋が与えられているというので、それだけでも嬉しかった。

 

 やはりピュリアーナ女王は自分を買ってくれている。でなければ、私のような一介の傭兵に部

屋など与えてくれるものか。

 

 傭兵など、例えその制度が広がっている『リキテインブルグ』でも、ただの雇われ護衛、兵士

としてしか思われていないし、金次第でどんな側にも着くものだと皆考えている。まして、私のよ

うな若い娘など、護衛としても頼り無いと思われていた時もある。

 

 そんな私を女王が認めてくれるのは、やはり、オルランドの娘だからなのだろうか。《クレーモ

ア》の唯一の生き残り、証言者なのだろうか。それとも、1年前からカテリーナ達に協力してい

るからなのか。

 

 どれにしろ、あんな人間離れした姿と、威厳を持つ女王に買われていると思うと、どこか恥ず

かしいような、落ち着かないような気がしていた。

 

 そんな私に与えられた部屋と言うのは、東向きに位置した、王宮の上層階にある部屋だっ

た。広すぎも無く、狭すぎも無く。ただ、天井が少し高く、床や壁に描かれている幾何学模様と

彩色が奇妙で落ち着かなかった。

 

 やはりこの国は、文化が違う。しかも王都となると、それはより色濃く現れているようだ。

 

 ベッドや必要最低限の家具は揃っている。普段は騎士達に与えられる部屋であっても、殺風

景だったり、狭苦しい部屋だったりではない。そして《シレーナ・フォート》の王宮は至る所に装

飾をしておく事を忘れていない。ベッドや家具にも、幾何学模様が描かれている。私の故郷で

はあまり知られていない模様をだ。

 

 部屋には、窓が幾つか付いていて、日当たりは良かった。午後の燦々とした日光が部屋に

入ってきている。そして、そこから外を覗けば、《シレーナ・フォート》の城下町を一望する事が

できた。

 

 四方を城壁に囲まれた街だが、それがあまりに離れた外周を覆っている為、閉鎖感というも

のが無かった。王宮を中心として、外部城壁まで、八方へと橋が伸びている。城下町はその橋

によって地域を分けられ、眼下に広がっていた。

 

 屋根が見え、運河を行く船が見える。ここには人々の生活している、存在しているという濃い

匂いが漂っていた。街の光景に人の気配が多く、生活感が強いのだ。

 

 空を見上げれば、青々とした空、そして感じられる潮風。私の生まれ育った街とは、また違う

匂いだ。

 

 人々の繁栄と、空や海との一体感。それがこの街には感じられる。

 

 この街に私はいつまで滞在するか分からない。まだ落ち着く事も無く、居場所も無いかのよう

だが、長く滞在する事になるのだろうか。

 

 しばらく、眼下の街を観察している私。ちらほらと空を飛び交っているのは、鳥ではなく、シレ

ーナ達だ。

 

 彼女達は、地上を歩く事よりも、空を飛ぶ方が得意なようで、自由な空を行き交い、この街で

生活をしているらしい。ただ、先程出会った、ピュリアーナ女王のように、真っ白な翼を持つシ

レーナはいない。

 

 茶色か、それに青が混じっているような色。野生の鳥のような翼を持っている者がほとんど

だ。女王のように白い翼は、彼女達の中でも珍しいらしい。

 

 多分、白い翼は王族の証しなのだろう。

 

 一通り街を見回していると、王宮の突き出たバルコニーに、カテリーナが立っているのが見え

た。

 

 彼女は鎧の全てを脱ぎ、普通の服を着ていた。普通の服と言っても、女性用とは言いがた

い、まるで男性用の服だったが、それはきちんとした礼服のような服で、整った上着とズボンを

持つ。刃のような銀髪で、すぐに彼女だと分かった。

 

 と、彼女の元へ、2人のシレーナが飛んでいくのが見えた。茶色い翼を持つシレーナが2人、

カテリーナのいるバルコニーの手すりにとまる。

 

 何を話しているのだろうか。カテリーナは二人のシレーナを、バルコニーで待っていたようで

ある。

 

 この部屋にいても特にする事も無い私は、カテリーナのいるバルコニーへと向かった。

 

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「いつお戻りになられたんですか? カテリーナ様」

 

 そう言葉を発したのは、まだ若いシレーナの娘だった。だが、その羽ばたく茶色い翼には、邪

魔にならないよう、弓をかけており、身体には金属の胸当てを付けている。肩や脚にも防具を

付けていた。

 

 彼女達は鉤爪となっている脚でバルコニーの手すりにとまっている。丁度、鳥がそうするよう

に。

 

「ついさっき戻ったばかりさ。デーラ」

 

「お久しぶりですね。もう女王陛下とはお会いになられたんですか?」

 

 もう一人のシレーナがカテリーナに尋ねた。彼女の方も弓と、体に防具を付けている。

 

 この二人のシレーナ達は、ただのシレーナではなく、立派な女兵士達なのだ。空を飛ぶ事が

できるシレーナの主たる武器は弓で、この《シレーナ・フォート》を、空中から警備している。

 

「それで、あの件ですけどね。あの人、最近は姿を見せていないようですよ」

 

 デーラと言うシレーナが、私服姿のカテリーナに言った。

 

「あんた達に姿が見えないってだけで、多分、まだどこかに潜んでいるさ。眼でも気配でもなく

て、ただ近くにいるっていう感覚だけは感じる」

 

 少し考える素振りを見せつつ、カテリーナは答える。

 

 私がバルコニーに辿り着いたのは、ちょうどその時だった。特にカテリーナの名を呼ぶような

事もせず、邪魔にならないかと気を使いながら、話し込んでいる彼女達の側へと近寄る。

 

「ねえ、カテリーナ様。お友達が来たみたいですよ」

 

 デーラに付いて来ているシレーナが言った。

 

 私の方へと、二人のシレーナとカテリーナの視線が注がれる。私の方はと言うと、大きな翼が

特徴的なシレーナの方に目線が行っていた。

 

 2人とも、私と同じくらいの年頃だろう。シレーナの寿命は人間と比べてどうだっただろうか。

確か、エルフのように長生きでも無い。大体人間と同じくらいだと聞かされたような気がする。

 

「どうも…、こんにちは…」

 

 ブラダマンテは、二人のシレーナの方を向いて挨拶する。シレーナの方は、

 

「こんにちは」

 

 と、すぐに返事を返して来た。幾分小柄な方のシレーナだ。

 

「こんにちは。もしかして、あなたがブラダマンテさん?」

 

 すらりとして大人びた方のシレーナが、私に尋ねて来る。

 

「え、ええ。そうですけれども?」

 

 目前で翼をまたたかせているシレーナに戸惑いつつも、私は返事をする。

 

「お会いできて光栄です。私は、シレーナの子の、ポロネーゼと言います。こちらの娘はデーラ

と言う者です」

 

「お会いできて光栄です」

 

 そう言って、若き小柄なシレーナは凛々しく挨拶をして来た。

 

「あ、はい。こちらこそ」

 

 私は慌てたようにそう返事をするのだった。

 

「じゃあカテリーナ様。そう言う事ですので、どうか身辺に気をつけておいて下さいね」

 

 そう、ポロネーゼはカテリーナに言い残すと、ポロネーゼとデーラと言う若きシレーナ達は、さ

っさとバルコニーから飛び立って行ってしまうのだった。

 

 大きな翼で羽ばたき、あっという間に離れた所まで飛んで行ってしまうシレーナ達。彼女達は

王都の上空を自由に飛んでいる。

 

「も、もしかして…、お邪魔しちゃった…?」

 

 シレーナ達が足早に挨拶を済ませ、さっさと行ってしまったので、私はカテリーナに尋ねる。

 

「いいや。呼び出したのは私の方なんだ。彼女達は警備の仕事があるしね」

 

 私服姿のカテリーナは答える。

 

「警備の仕事って…?」

 

「彼女達は、《シレーナ騎士団》の者達でさ…。シレーナだけで構成している騎士達。とは言っ

ても、さっきの2人は、歩兵ならぬ、翼兵だけれども…。空からじゃあ、地上からは見えないも

のが良く見えるから、この都市ではシレーナは重要な存在なのさ」

 

「ああ…、そうなの…」

 

 そう私は呟き、バルコニーの手すりに手をかけて、王宮の外に広がる城下町を一望した。

 

 この、一つの城壁に囲まれた世界には、私の知らない事ばかりがある。女王がシレーナで、

その騎士達も同じ種族だ。私の知っていた『リキテインブルグ』とは、《ハルピュリア》という都市

と、カテリーナ達、そして平原の一部程度のものだ。

 

 まだ、この世界には私の知らない事が沢山ある。まるで白昼夢の中のような出来事が、現実

に起こっていた。

 

 まるで、今、見ている《シレーナ・フォート》の光景、それ自体が私にそう囁いているかのようだ

った。

 

「ところで、2日後の、黒翼の間での集まりの件だけれども…」

 

 カテリーナは、私の方を向いて話を切り出して来た。

 

「あんたにも出てもらう事になったよ。女王陛下のご命令さ」

 

 その彼女の言葉に、私は戸惑った。さっきまで、そんな事、私からは離れた場所で起こる出

来事だと思っていたからだ。

 

「わ、私が、そんな…? どうして…? 国のお偉い様達が集まるような話し合いに出るだなん

て…? そんな事をしなきゃならないの…?」

 

 戸惑う私をよそに、カテリーナは話を進めた。

 

「さっき、女王陛下と話したんだけれどもね…。あんたは、『ハイデベルグ』《クレーモア》で起っ

た、『ディオクレアヌ革命軍』初の大規模攻撃の唯一の生き残りさ。ついでに、《クレーモア》を

治めていた、オルランド侯爵の娘でもある…」

 

「で、でも。多分、2日後には、私の祖国『ハイデベルグ』からも人が来るはず…。そしたら、私

の事がバレちゃうんじゃあ…」

 

 と、私は戸惑ったように言うのだが、カテリーナは平然と返して来た。

 

「それには少しの問題も無いだろ…。実の名を名乗って旅をして来た、あんたの言う言葉とは

思えないね。それに、国に連れ戻されたりされるような歳でも無いだろ? 身寄りもいないんだ

っけ?」

 

「ええ…、国に戻っても、肉親は誰もいないの。私、一人っ子だし。

 

 でも、やっぱり、色々な国の偉い人達ばかりが集まるような場所でしょ? 私見たいな者が入

っていい場所じゃあないと思う」

 

「あんたは、平民出じゃあないんだろ…。お偉い様ばかりの場には慣れているはずだ」

 

 カテリーナはあくまで私を連れて行きたいらしい。いや、おそらく彼女はピュリアーナ女王に、

私を出席させるよう頼まれているのだ。

 

 カテリーナの事を考えれば、出席してあげる方が良いだろう。彼女は女王からの命令を受け

ているのだから。

 

 しかし、私の心配は募る。私が、お偉い様ばかりの場には慣れているとカテリーナは言う。だ

が、あくまでそれは両親に伴われ、『ハイデベルグ』の王宮に招かれた時や、オルランド家の屋

敷に客人が来た程度の時のもの。

 

 2日後に行われるような、前代未聞と思えるほど、要人ばかりが集まる場になど、出た事は

無いのだ。

 

「まだ、心配してる…?」

 

 カテリーナは、私の眼を覗き込んで尋ねて来た。

 

「それは…、そうだよ…」

 

 私がそう言ってしまうと、カテリーナはそっぽを向いた。

 

 私とカテリーナの間に気まずい空気が流れた。カテリーナはピュリアーナ女王に命令されて

いる。彼女が剣を誓った女王にだ。だからカテリーナにとって女王の命令は絶対のはず。

 

 だから、私は落ち着いて、少し考え直す。

 

「でも…、2日後の話し合いが、皆が力を合わせて革命軍を追い詰める為の話し合いだという

のなら、私もできる限りは協力したいと思う…」

 

 その私の言葉で、そっぽを向いていたカテリーナは私の方を向いて来た。

 

「じゃあ、2日後までには考えておいてさ、その日になったら出席するかどうか決めておいて…」

 

「分かった…、分かったよ。私だって、結局、革命軍の事に関してだったら、知らん振りできな

いもの」

 

 そう、私は、多くの要人達ばかり集まる場に、ただ怯えていたに過ぎないのだ。だが、『ハイデ

ベルグ』からも人が来るとなると、どこか気まずい感じもする。

 

 私は、ほとんど故郷から逃げ出すかのようにしてここまで来てしまったのだから。

 

 

 

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7.斥候

説明
ピュリアーナ女王に謁見した後、ブラダマンテは、カテリーナと共にシレーナの2人組に出会います。ちなみに、“シレーナ”とは、セイレーンのイタリア語読みで、同じものと考えて差し支えありません。

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