少女の航跡 第2章「到来」 10節「囚われの女騎士」 |
昨夜、カテリーナが襲撃されたと、部屋を出て行くなり聞かされて、私は面食らっていた。
朝、《シレーナ・フォート》に降り注ぐ燦々たる光を浴びながらベッドから起き出し、身支度を終
えて、女王から与えられた部屋を出て行こうとする時だった。廊下で真っ先に私服姿のルージ
ェラと出くわしたのだ。
私は、カテリーナの安否を尋ねた。しかし、ルージェラは笑って、
「あの娘が、怪我なんてすると思う? でも、鎧も着ていない時に襲われた見たいだから、掠り
傷くらいはしているみたいだけれども。ああ、せっかくの礼服を台無しにされたみたいね。もし
大怪我をしてなんかいたら、今頃大騒ぎで、あんたも寝れなかったわよ。あの娘が無事だった
からこうして…、」
「それで、襲ったのは誰なんですか?」
私は続けざまに尋ねていた。襲撃者の見当は色々とある。ディオクレアヌ革命軍や、昨日訪
れた、各国からの刺客。もしくは、この《シレーナ・フォート》に潜伏し、要人暗殺をたくらむテロ
リスト…。
だが、彼女を襲撃したのは、あの『ディオクレアヌ革命軍』の一人だった女、とルージェラは言っ
た。
「革命軍の…、女…、ですか??」
私は思い出そうとする。だが、思い出すよりも前にルージェラは言った。
「赤い鎧を着た女よ。真っ赤。鎧どころか、髪も、瞳も真っ赤な女」
私ははっとした。
1年前の光景を思い出す。もしかして、あの時の、カテリーナと2度の一騎打ちをした女戦士な
のではないのかと思った。
あの真紅の甲冑が、鮮明に記憶に残っていた。
「それで、どうなったんですか? カテリーナが無事だとしたら、その人は?」
「捕えられて、北塔の牢屋に拘束されているわ」
《シレーナ・フォート》王宮の北塔は、宮殿の他の建物とは違い、幾分無機質な造りになって
いる。それは、中央に立つ最も高い王宮の中心から、東西南北に分かれて立つ4つの塔の内
の一つで、あまり目立たない日陰に立っていた。
カテリーナは、今では礼服では無く、騎士装束のまま、背中にはまだ油断無く剣を吊るし、そ
の塔へと入って行く。
見張りと敬礼を交わしながら、彼女は、その牢獄となっている北塔の上層階まで、中央部の
螺旋階段を上って行く。
彼女の前には見張り兵が歩き、ある部屋の前まで来ると、その重厚な鉄扉の錠を鍵で開け、
太い鉄棒のかんぬきを外した。
「あんたは、外にいてくれ」
鍵を開いた兵にカテリーナは言う。するとその兵士は何も言わずにただ敬礼し、開かれた鉄
扉のすぐ横についた。
カテリーナの手によって鉄扉が開かれ、北塔の一室、牢獄の扉が開かれる。
牢獄、とは言っても、ここは上層階であり、鉄格子がはめられた窓から外の様子が見え、直
接ではないが、日の光が差し込んで来ていた。
そしてその一室には、手かせをはめられた一人の女がいた。
彼女は床に座り込み、カテリーナを見るなり、壁と鎖で繋がれた手かせをがちゃつかせる。
備え付けのベッドは投げ出されており、彼女はここで相当暴れたらしい。
女は真紅の髪を振り乱し、その赤い瞳を凶暴な眼差しに変え、カテリーナを睨みつけてい
た。
赤い鎧を纏った女戦士、ナジェーニカは、今ではその鎧を脱がされ、槍も取り上げられ、黒い
服のみの姿となっていた。
ただ地味ではない。黒い服はこの牢獄の煤や埃で汚されているが、元々はシルクのような光
沢を持っていたようだ。
カテリーナはそんなナジェーニカと目線を合わせながら、一言だけ言った。
「あんたがあまりに暴れるって言うからね…。手かせをはめさせてもらったよ」
「…、おのれ…。この私が、お前一人、こんな小娘の首を取る事さえもできないとは…!この手
の自由があれば、今すぐにでもお前を絞め殺してやる!」
ナジェーニカは吐き捨てるかのようにカテリーナへ言い放った。だが、カテリーナは動じず、
「私が直々に来たのは他でも無い。あんたに大事な事を話してもらう為、だよ…」
カテリーナはひざまづいてしゃがみ、ナジェーニカと同じ高さの目線へ自分の顔を持ってくる。
ナジェーニカは鼻を鳴らし、そっぽを向く。乱れている長い赤髪の隙間から、エルフのように
長く尖った耳と、その先端に付いている羽毛が見える。
「あんたは、一体、何者なんだ?」
カテリーナは一言、ナジェーニカに問う。しかし彼女は、
「知っているだろう? お前の首を狙っている女さ。あまりこの私に顔を近付けない方が良い
ぞ? この口で貴様の綺麗な顔を噛んでやる事ができるからな?」
ナジェーニカは嘯く。
「あんたは人ではない。かと言ってエルフでもないし、そこらで見かける亜人種たちとも違うよう
だ」
と、カテリーナが言うと、ナジェーニカは、
「私は! 貴様のように人間ではない。エルフでもない。ヴァルキリーだ。そうお前達には呼ば
れているッ! 覚えておけッ!」
「ヴァルキリー…?」
カテリーナは呟き、ナジェーニカの姿をまじまじと見つめた。
それは、天使とも形容される、天界の戦乙女達の事。戦で死んだ英雄の戦死者などの魂を、
天界へと運んで行く存在だ。鎧と兜を纏った、美しい女達の姿として、神話の一つとなってい
る。
だが、ヴァルキリーなど、こうして人間達の前にはっきりと姿を現すはずはない。少なくとも神
話の上では。
「じゃあ何で、ヴァルキリーであるあんたや、その仲間達が、ディオクレアヌなどに忠誠を誓って
いるんだ?」
「生まれた時から、そう定められたからだ」
「よく、分からないね…?」
「じゃあ、分からないでいい。元々貴様なぞに話すつもりは無い」
ナジェーニカはきっぱりと言い放った。だが、カテリーナはひざまづいた状態から立ち上が
り、今度はナジェーニカを立って見下ろす。
「私はこう考えている、ええっと…、ナジェーニカ。あんたが槍の刃と自分の命を誓ったのは、デ
ィオクレアヌではなく、彼を操り人形にしている誰か、だとね」
「馬鹿馬鹿しい。私の主は盟主ディオクレアヌ様だけさ」
ナジェーニカはカテリーナから目線を反らし、言った。だが、カテリーナと目線を合わせる事を
臆さない彼女が、反射的に目線をそらせた事から、カテリーナには彼女が嘘をついていると簡
単に見抜くことができた。
しかしカテリーナは、
「じゃあ、あんたは私の話す事を戯言として聞いてくれ。ディオクレアヌは操られている。彼自身
もそれは気付いているが、今は権力というものに酔いしれたいから、その何者かに付き従って
いるのさ。
あんた達はその何者かの命令で、ディオクレアヌに剣や槍と命を誓っているというふりをさせ
られている。
そうだよな。あんたみたいな女達、あんたに言わせればヴァルキリーが、ゴブリンみたいな亜
人種共と一緒にあの男に動かされているはずが無い…」
ナジェーニカは何も答えない。カテリーナから目線を外している。
「さぞかし、あの男もあんた達を気に入っただろう。エルフのように美しく、戦乙女のように強い
女達に身を守られ、剣まで誓われて、さながら、愛人みたいなものだったんじゃあなかったの
か」
すると、ナジェーニカはかっと眼を見開いた。
「ええいッ! 黙れ黙れッ! そんなのでは無いわッ! 我が種族を侮辱するのか貴様ッ!
ディアスに舌を抜かれろッ!」
ナジェーニカは、悪魔の名を叫び愚弄する。だがカテリーナはその態度から、ここに来た目
的を達せられたようだ。
彼女は再びひざまずき、ナジェーニカと同じ目線に顔を持って来る。
「…、あんたの種族を愚弄して、悪かった…。だけれども、我が国だけではなく、大陸全ての未
来がかかっているんだ。あんたが槍の刃を誓ったのはディオクレアヌではない。それが分かっ
た。
また話を聞きに来るよ。それまでに、誰の為に剣を誓ったのか、考え直しておきな」
それだけ言ってしまうと、カテリーナは立ち上がり、ナジェーニカのいる牢獄から出て行こうと
する。
「せいぜい、的外れな所を探りまわるが良い。フォルトゥーナの小娘め」
そんな彼女に、背後から言い放たれたナジェーニカの言葉。カテリーナは振り返りもせずに
牢獄から出て行った。
女戦士、ナジェーニカへの尋問を終え、北塔から出てきたカテリーナを、私とルージェラは待
ち構えていた。
「ねえ、カテリーナ。あの女、何か話した? ちゃんと口を割ったの?」
出てきたカテリーナをいきなり質問攻めにしたのはルージェラだった。
「彼女は戦士じゃあない、騎士だった」
と、カテリーナは第一声を口に出す。
「はあ?」
私とルージェラが分からないでいると、
「彼女や、彼女の同族の女達は、ディオクレアヌではなく、その背後にいる何者かに槍や剣を
誓い、命を捧げている。そして、ディオクレアヌの為の女騎士として働くように命じられているん
だ。だが、彼女達は、自分でヴァルキリーと名乗ったが、ヴァルキリー達は、ディオクレアヌの
背後にいる何者かの騎士であって、革命軍の騎士ではない」
「はあ…、つまり、ディオクレアヌの後ろに、誰かいるって事なのね?」
まだ全ては理解できないという様子でルージェラが言った。
「そう、彼はただの操り人形に過ぎない」
と、そこへ、
「カテリーナ様、カテリーナ様!」
北塔と王宮の本館との間にある中庭に響き渡る女の声。声がして来た方を見上げると、一
人のシレーナが翼を広げ、空から舞い降りてくるではないか。
青みがかった茶色い翼を持つシレーナ。胸当てを付け、背中には弓矢をしょっている。確
か、ポロネーゼというシレーナだった。
「何の用なの?」
そう彼女に尋ねたのはルージェラだった。
「ええっとですね。城下町の第7区画の下町で、デーラがある人物を発見したのでご報告致しま
す」
「はいはい、報告して」
ルージェラが手を叩いてポロネーゼを促した。だが、彼女はカテリーナの方を向いて話し出し
た。
「丁度、あなた様のお探しでした、赤き鎧の女戦士の捜索中、発見したのですけれどもね?
ああっと、そんな怒ったような眼で見ないで下さいね。第7区画の下町と言っても、別にデーラ
はお酒を飲みに行ったのではありませんから、わたし達シレーナでも、未成年の内はお酒を飲
みに行ったりとか、大人の遊び場に遊びに行ったりとかするのは、掟で厳しく禁じられていま
す。
ですから、デーラがその場所に行ったのは、あなた様の探していらっしゃった女戦士を探す
為であって、その…」
ポロネーゼは口早に喋り続けていた。彼女の甲高い声で、早口で喋られると、頭が混乱しそ
うだ。彼女自身も、自分の口の速さに頭が付いていっていないようだった。
「いいから、本題に入りなさいよ、あなた」
と、ルージェラに言われ、はっとしたように、ポロネーゼは言いたい事を思い出したようだっ
た。
「ええっと…。昨日ですね…。第7区画の下町で、1年前の《リベルタ・ドール》解放作戦で協力
して下さった後、忽然と姿を消していた、ロベルト・フォスターという方が目撃されています」
「えッ…? ロベルト…?」
私ははっとして聞き返した。
「ええ…、確か、あなたのお連れ様だった方ですよね? カテリーナ様の命令で、この方も捜索
していたのですが…、1年ぶりにその姿を確認されました」
ロベルト。私がカテリーナ達と出会う3ヶ月前に出くわした旅人だった。この西域大陸南方の
出身とは思えない、異国のいでたちの男だった。だが、一人ぼっちでこの『リキテインブルグ』
に来た私を何かと助けてくれ、果ては、私と共にカテリーナ達に協力してくれた謎の男。
1年前、《リベルタ・ドール》が解放された時、彼は私に一言も言わず、突然どこかへ消え去っ
てしまっていた。
私は、命までも助けてくれる事もあった彼を、実の父であるかのように慕っていたのだが、そ
んな私にも一言も言わずに彼は消えてしまったのだ。以来、全く音信不通で、私でさえ彼の存
在を忘れてしまいそうな程だったのに。
1年も経った今、この《シレーナ・フォート》で彼が目撃された…。ここへ、私と同じ所へと偶然
来たとでも言うのだろうか。
「そうか…。是非とも話を伺いたい所だね…。連行して来ても良いけれども、私が直接会いに
行った方が良いだろう…」
と、カテリーナは言った。
彼女はと言うと、ロベルトの事を警戒しているようだった。
私と共に行動していたとは言え、ロベルトには、不審な部分も多くあった。旅人と言う割には、
この西域大陸の国の内情にやけに詳しかった。『セルティオン』の密使としても働いていると言
ったが、彼は『ディオクレアヌ革命軍』の事についても、必要以上に詳しかったのである。
彼が、1年前に忽然と姿を消したとき、もしや、彼は革命軍からのスパイだったのではない
か、と言う噂が持ち上がった。
私は信じたくはなかったが、ロベルトを疑う要素は幾らでもあったのである。
そんな彼が、《シレーナ・フォート》へとやって来た。
カテリーナの命令で、ロベルトの人相書きが配られ、シレーナ達が密かに捜索を続けていた
のだ。
私は、複雑な心境だった。だが、彼に会いに行かないわけにも行かなかった。
次へ
11.旅人の再訪
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ナジェーニカとの決闘に勝利したカテリーナは、そのまま彼女を拘束。そして上方を聞き出そうとするのですが―。 |
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