恋姫†無双 外史『無銘伝』欠史1 華雄(葉雄)伝 |
欠史1
華雄(葉雄)伝 〜華の名は〜
1/陽は落ちて暮れても
2/豪傑葉雄伝
3/葉擦れの音と一緒に
4/華雄尋問ハード?
1/陽は落ちて暮れても
董卓軍が洛陽を焼き払い撤退した後、洛陽郊外で、劉備軍と天の御遣い、北郷一刀が合流した。
一刀は、見た目なんの変化もなく、桃香達と共に陣を張り、都の消火活動を指揮していたが、よくよく見ると、憔悴した雰囲気が滲み出ていた。
「大丈夫かな……」
桃香や愛紗が不安そうな声で囁き合っている。
「ふん」
葉雄は――前の名を華雄という劉備軍の将は、それを横目に、北郷一刀の元へ歩みよった。
「ん? どうかした、葉雄?」
葉雄の見たところ、一刀に変わった様子はそれほど見られなかった。じっと見続けてかすかに感じ取れるぐらいだ。
(共に過ごした時間の違いか)
葉雄はちょっと不機嫌になった。
「何かあったのか」
「……あはは、皆から心配されてるなぁ」
一刀は頬を掻いた。
「董卓、いなかったな。それがちょっと残念だなぁ、なんて」
「はぁ? それだけか?」
葉雄は肩をすくめた。
「それはそうだろう。一軍の主が、燃やすと決めた都に最後まで残っているわけがない。長安にとっとと撤退したに違いない」
「……うん。そうだよな。うん」
北郷一刀は、素っ気ない葉雄の言葉に、なぜか嬉しそうな顔をした。
「お前……まさか、董卓と面識があるのか?」
「内緒だよ。……あっちは俺の顔知らないけどね」
「……?」
葉雄は首を傾げ、しかし、それ以上質問は重ねなかった。
劉備軍は消火を続け、燃えても壊れてもいなかった主無き屋敷を仮に接収して、一息ついた。
「明日は私の元部下たちにも手伝わせて良いか?」
庭に据えられていたベンチに座り、遠くの空、日が沈みつつある赤い空をぼうっと見ている一刀の隣に、葉雄は座った。
「ん……そうだな。問題はないと思うよ。武装は解除してあるしね。念のため、桃香と朱里の許可を得てくれ」
「わかった」
2人は並んで、黄昏の空を眺めた。
昨日今日、血や炎を見飽きるほどに見てきたせいか、夕焼けはどこか苦い。
葉雄は、感傷的になっている自分に気づいて、苛立ちをおぼえた。
――こいつが隣にいるせいだ――
「お前がそんな顔をしていると、癇に障る!」
葉雄は立ち上がって、人差し指を一刀の目の前に突きつけた。
「な、なんだよ急に」
一刀はあっけにとられて、後ずさった。
「辛気臭い顔をした将のもとでは部下も働きたがらん。ただでさえ、天の御遣いなどというわけのわからんあだ名なのだ。もっと、鷹揚に構えろ」
「そんなひどい顔してるかな」
「ああ。おまえたち……いや、わたしたちは勝ったのだろう? 喜ばなくても良いが、もっと余裕のある顔をしろ。こんな夕空でも、いまから一日が始まるぐらいの顔でいろ!」
「う、うん」
自分の顔をなでさすり、一刀は薄い笑みを浮かべた。
「こんな感じかな?」
嘘くさいその笑顔に、葉雄はぷっと吹き出した。
「気色悪い!」
「な、なんだそりゃ!」
一刀はがくっと肩を落とすが、あっはっはっ、と大笑する葉雄の顔を見て、一刀も思わず相好を崩し、互いに笑い合った。
陽は落ちて暮れても、暗闇の中、花は花としてあるように。
戦に疲れ果てても、微笑むだけの、最小にして最大のエネルギーは、ちゃんと残っていた。
それを喜ぶように、2人は長く、笑い合った。
2/豪傑葉雄伝
虎牢関の戦いが終わり、董卓軍が長安へと撤退してからしばらくたった、とある日。洛陽へと続く道を歩く、1人の女の姿があった。
大股でずんずんとまっすぐ歩む女の姿は、出で立ちこそ他の町娘と変わらないものだったが、その奥に潜むただならぬ雰囲気は、まぎれもなく、武将のそれだった。
彼女の名は葉雄。昔の名を華雄という、劉備軍の将である。
かつては董卓軍に身を置く歴戦のもののふであったが、水関で北郷一刀によって討ち取られた、ということになっている。公には、華雄という名は死んだ名だ。
彼女を捕縛した北郷一刀が、咄嗟の機転で死んだことにし、名前を変えて、仕えさせたのだ。
華雄改め葉雄は、それ以後、装いも変えた。軍装を肌の露出の少ない、大人しい物に変え、髪も少し伸ばした。遠目から見れば、董卓軍の昔馴染みであってもわかるまい。
とはいえ、性格や行動は外見ほどすぐに変化しない。
「他軍に気づかれないようにしていてくれれば、いつもの華雄でいいよ」
とは、主、北郷一刀の弁である。
しかし、葉雄も、少しはその点を気にしてはいるようで……
「っと!」
何かに気づいたかのように、葉雄は立ち止まり、すぐにまた歩き出した。今度は、ゆったりとした、常人にとって普通ぐらいの歩幅で。
「普通……普通か」
葉雄は頭を掻いた。
劉備軍の軍師、孔明や鳳統に尋ねたところ、目立たないように、とは、普通に、ということらしい。そして普通とは、普通の女のように、ということらしい。
「普通の女……」
別に董卓軍の武将であったときも、女を捨てたわけじゃなかったのだが。
「女らしさ」なんてものは、他者の勝手なイメージに過ぎず、葉雄はそんな他人の押しつけがましい形式を拒否しつつ、自分の中の理想の女像を実現したつもりだった。
だが。
「女らしく、か」
なぜか、あの男の顔が脳裏に浮かんだ。慌ててぶんぶんと首を横に振る。
「阿呆らしい」
と、言いつつも、豪快な歩き方には戻さず、静々と音も立てないぐらいの歩みのまま、洛陽城内へと入る。
洛陽の都城内は、連合軍の修復によって、ある程度回復していた。
袁紹や袁術は飽きたのかほとんど関与しなくなったが、劉備や曹操、孫策が中心となって、今も修復が続いている。
反転攻勢を狙っている董卓軍の呂布や張遼に対抗するため、外城、出城、砦を増設、修復し、やや安全になってきた洛陽には少しずつ人が戻ってきていた。
「お?」
葉雄は足を止めた。
その視線の先には武器屋があった。
軒先には新しい槍とか矛、剣がそろっていた。武器は各軍の管理下にあるので売買は禁止されているはずだが、予備を含めて大量に必要になるため黙認されているようだ。
とはいえ、弓矢、弩のような遠距離武器は優先して軍に流されているのだろう、まともなのは見あたらなかった。
「お、なにかご入り用ですか? 護身用で?」
葉雄の様子を見て取って、店の主人の親父が近付いてきた。
「ん、いや……そうだな、何があるか見せてくれるか」
お気に入りの自分用の戦斧、金剛爆斧は修理中だ。一刀に柄を斬り飛ばされてしまったこともあるが、華雄の象徴ともいえる武器で目立つため、急いで直す気もなかった。
「では、お客様なら……と、こんなのはどうです?」
一振りの剣を、親父は差し出した。小刀と大刀のあいだぐらいの剣だ。
「なんだそれは?」
「なかなか良い物ですよ。片手剣としては大きいですが、女性でも扱いやすい両手剣で――」
「小さすぎる」
葉雄は片手でぶんぶんと振った。
「え」
ぽかん、と店の親父は口を開いた。
「戦用の斧か槌がいい。60斤以上だ」
「ろ、60斤!?」
60斤以上となると男用としても重い。
「で、では店の奥から出してきますので、少々お待ちを……」
当惑した表情を抑えきれないまま、店主はひっこんだ。
「……はっ!?」
葉雄はそれを見て何かに気づき、慌てた。
「こ、これが普通じゃないということか!!」
まぁ、普通ではないだろう。60斤となると、10キロ以上の重さになる。持つのは無理ではないが、使うのは無茶である。
葉雄にとっては楽なものだし、劉備軍の関羽や張飛はそれ以上の重さの得物を軽々振り回すが……。
「ぐむむ……」
女らしい、普通の武器とはさっきの剣のようなものなのだろうか。
だがあれでは玩具みたいで、頼り無いのだが……。
「……」
葉雄は服を捲って、腕を露出した。
「筋肉……いや、そんなにはない。ないはずだ」
さわってみるが、筋肉の堅さのうちに柔らかさのある、女性らしい腕だった。だが、葉雄には他の女性の標準がわからない。
さらに服の裾に手を入れ、他人に見えないように、おなかの肉を触ってみる。
無駄な脂肪のない引き締まった肌。つまんでも、皮ぐらいしか引っ張れない。つつくと、ほとんど沈まず、はね返される。
「これは、いいのか?」
駄目だ。わからない。もういちど孔明達に訊くべきかも知れない。いや、関羽や劉備に訊いてみようか……。
関羽は自分と同じぐらいの体型で同じ武人だし、劉備は体型が似ていて半ば文官。良い比較対象になるかもしれない。
朱里、雛里は頭は良いが、小柄なうえ文官で、共通点がない。鈴々は小柄で武官、比較も難しければ、助言も期待できないだろう。
「あいつは……どっちがいいんだ?」
小さいのと大きいの。かためとやわらかめ。
「……い、いや、あいつは関係ない! あいつの好みの問題じゃない!」
また首を横に振り、一刀の顔を頭から追い出す。
「あ、あの〜、持ってきましたが……」
店主と店員が、2人がかりで持ってきた戦槌を抱え、怪訝そうに葉雄を見ていた。
「む」
こほん、と咳払いして、それを受け取る。
「おお!」
2人で持っていた大槌を、1人で持ち上げた姿を見て、店主達は驚きの声を上げた。
「振ってみるから、少し離れていろ」
よけてもらって、安全を確認してから、振り上げ、振り下ろす!
ぶおん、という風切り音のあと、戦槌は地上すれすれで止まった。
無理矢理持ち上げて落とすように下ろしたら、確実に地面に激突していただろう。それを防ぎ、戦槌をとめたのは、紛れもない葉雄の力だ。
「おおー!!」
喝采と拍手が響いた。観客は2人しかいないから地味なものだが。
「なかなか良い物だな。これをもらおう。劉備軍の本営に、葉雄の名で運んでくれ」
「かしこまりました」
「……それと」
口ごもりつつ、ちらり、と店先を見る。
「さっきの剣、女用だったな?」
「は、はい」
「では、あれも……いや、あれは護身用だったな。壊れやすいのではないか?」
「はい。確かに。作りはよいので良く切れるのですが、何かにぶつけてしまうと、欠けやすいものです」
「戦用の長刀……いや、いっそ短剣にしよう。それなら荒く使って壊れても、複数携行していけば問題ない。短剣を見せてくれ」
「はい!」
店員がそそくさと店先に並べた短剣を数本かきあつめ、持ってくる。
「ふむ」
そのうちの1本を握り、華雄は肩の辺りまで持ち上げ、振り下ろし――
スポッ
「あ」
すっぽぬけた。
短剣は空を切り裂き、路地を隔てた向こうの壁にぶち当たり――突き刺さった。
「…………え」
「おっと」
軽く放っただけなのに、思い切り投擲したぐらい深々と突き刺さった。
「刺さってしまったな。すまん。金はあれの分も払う」
「い、いえ」
あらためて、もう一振り短剣を握り直し、葉雄は思案した。
(今、たまたますっぽ抜けて突き刺さったが、投擲武器としては、ありかもしれんな)
葉雄は、店員の手に短剣を戻す。
「や、やはり軽すぎますか」
「いや、これでいい。これと同じ物を、そうだな、とりあえず10本、さっきの槌と同じ所に同じ名で頼む。ではな」
「はいっ!!」
店員達は直立不動で葉雄を見送った。
(ただひとつの武器にこだわるのもいいが、様々な武器に精通し、手練手管をもって戦う姿というのも、女らしい、かもしれん。うむ。)
その日以降、劉備軍に葉雄という名の豪傑あり、という噂が流れ始める。
しかし、劉備軍ならよくあること、というツッコミによりその噂は沈静化されたという
3/葉擦れの音と一緒に
連合軍が洛陽を占拠して少し後。
劉備軍がねぐらとしている屋敷にて。
「ふぅ〜」
朝から昼にかけての中庭での修行を終えて、華雄は水を飲みに厨房へと向かっていた。
訓練用の重い槌を振り続けたせいか、汗が全身から吹き出ている。
「あ、葉雄さーん」
誰かに呼ばれて葉雄が声のしたほうへ向くと、朱里が手を振っていた。
中庭の隅につくられた東屋で、朱里と雛里がお茶をしているようだった。
「おお」
片手をあげて、葉雄は東屋へと足を向ける。
東屋は小高い丘の上に作られていて、庭を見ながら休むのに適していた。
「軍師2人そろって休憩とは、珍しいな」
「はい。最近ようやく政務も軍務も落ち着いてきているんですよー」
雛里が答える。
2人は同じ軍師ではあるが、どちらかというと朱里が政務担当、雛里が軍務担当という役割になっている。
「……」
貴重な優雅な一時の邪魔にならないか、と、葉雄は少し、近付くのを躊躇した。
「? 葉雄さん? こっちに水を汲みましたよ?」
朱里が首を傾げる。
「ん、いや、訓練の直後だから、ちょっとな……」
匂いが気になるらしく、葉雄は二の腕を顔の近くに持っていき、鼻をひくつかせた。
「あ、汗ですか」
雛里がぴょこぴょこと動き、真新しい白布を持ってくる。
受け取った布で手早く汗を拭い、朱里が差し出した水を一口二口。そうしてやっと落ち着いた。
「すまんな」
「いえいえ」
笑顔で応える朱里と雛里を前に、やはり劉備軍は董卓軍と違うな、と葉雄は思った。
董卓軍の将は、呂布をはじめとして、粗暴とまではいかないが、他人をそこまで気遣わない。あえていえば、総大将である月――董卓が1番人をよく見て配慮するが、総大将であることもあって、あまり近しく接する機会がなかった。
劉備軍は、トップである劉備・北郷からして親しみやすい性格だし、部下も、関羽は例外として、みんなどこか人なつっこい。関羽も、劉備や北郷が認めた人物なら、そこまで刺々しくはしない。まぁ、無闇に北郷と接近したりすると、嫌な顔をするが。
(こういうのも)
と、葉雄は思う。
女らしい、と言うのだろうか?
劉備軍に入って一月も経っていないが、その人当たりの良さは、折に触れて感じられた。最初はその軟弱さに苛立ちも感じたが、ゆっくりとしみわたる湯のような心地好い関係は、それほど悪くない、と葉雄は結論した。
とはいっても、葉雄自身が、その真似事をしようなんて思ったりなんてしなかったのだが……。
葉雄は、目の前の、2人の少女を眺める。
2人は、お菓子をつまみながら、お茶を飲み、くつろいでいる。互いに持ち寄ったお菓子を交換し、他愛ない話を泡のように浮かべて、この時間を楽しんでいる様子がよくわかる。
その仕草一つ一つが、愛らしく、少女らしい。
それは換言すれば、弱弱しいという事でもあるし、極言すれば、子供っぽいような気もする。
むかしむかし、自分も、あんな時代があって、そしてそれを踏み付けて忘却して今の自分になった。――どこか胸が締め付けられるような、懐かしさがあった。
それは唾棄すべきものだと、思っていた。
強くなければ、生きていけないのだから。
生きていけない、弱いままでは駄目なのだから。
だから、葉雄は、軍師というものを軽んじる傾向があった。1人では兵卒にも劣るその存在を。
けれど、これはこれで――
「ぱくぱく……もぐもぐ」
「こくこく……ずずー……ぷはー……」
(いいかもしれない……)
小動物チックな2人を見守りつつ、葉雄は、1人微笑した。
(体型からみれば董卓軍の陳宮や賈駆と変わらないが、この2人は角が無くて丸っこいというか……いや、太っているわけじゃないが)
「あ、葉雄さんもどうぞー」
と、茶とお菓子をすすめられる。
「ああ」
甘い餡を包んだ饅頭や、果物をつまみ、茶をすする。2人にならい、あまり豪快にならないように、少しずつゆっくりと。
それから少し、歓談する。
話題は特に意味のあるものではない。
庭にはいりこんできた猫の話だとか、いついつ庭の花が咲きそうだとか、桃香様が寝惚けてご主人様の寝所で一緒に寝てたとか――
最後の話は微妙に聞き捨てならなかったが、そんな話ばかりだ。
葉雄は訓練直後で疲労していたし、朱里と雛里は根を詰める仕事の合間だったし、重い話ができる状況ではなかった。
そんな流れで、
「2人はどういう経緯で、劉備と北郷のところに来たんだ?」
過去の話に触れた。
ちょっと繊細な話題かと思ったが、2人はあっさりと答えてくれた。
「荊州からか……それは遠いな。仕えるべき主を見つけて、か。それで何百里も行くお前たちもすごいが……北郷はよく一目で2人を仲間にしたものだな」
荊州から幽州までの距離、ざっと900q。
「はい。ご主人様は、私たちの名前を聞いて、この2人なら、自分たちの助けになってくれると信じてる、って」
「名前を聞いて……」
ふと、何かを、葉雄は感じた。違和感、というか、気付き、というべきか。
「まるで、自分たちを前から知っているように、か?」
「は、はい! たしかに、そんな感じでした!」
我が意を得たり、という調子で、雛里がこくこく頷いた。
(奴は董卓も知っている風だった。だが、董卓の方は自分の顔を知らないだろう、とも言っていた……)
葉雄はただ胡散臭いだけだと思っていた男の、影を、踏んだ気がした。
(天の御遣い、か)
黄巾党、太平道教祖と似た印象しか抱いていなかった、その名称が突然、真実味を帯びてきた。
葉雄は唾を飲み込み、深くそのことを考えようとしたところで、
「葉雄さん――華雄さんはどうして董卓軍に入ったんですか?」
と、朱里が尋ねた。
「ん?」
風が一陣、さぁっと吹いて、庭の木々が葉を触れ合わせて涼やかな音を奏でた。
「あ、言いづらい事ならいいんです……あの」
朱里は葉雄の顔色を窺う。
「いや……大した理由ではない。お前達ほど理想に燃えていたわけでもないし、誰に望まれたわけでもない」
こくり、と茶を一飲み。
唐突に、あたりが静かになった気がした。
「私は関中……長安あたりの出身で、董卓や馬騰、韓遂なんかが周辺に勢力を誇っていた。と、いっても、小さな軍閥も多かったし、異民族なんかも入り込んでいた。私は、無名の軍閥で暴れ回っていた……賊や黄巾を相手にしてな。たまたまだ。時機が違えば、私が黄巾を身につけていただろうよ」
また風が鳴った。
目を閉じれば、駆け抜けた黄土が蘇ってくる。
「黄巾の乱が終わる頃、黄巾との戦いに敗北して帰ってきた董卓軍と、韓遂の戦いが起こった。涼州叛乱だ。私は、韓遂側に着いた。これも別にどちらが正義だからとかではなく、より力を示せそうな方を選んだだけだ。疲弊してはいるが数も質もそろっている董卓軍を吸収すれば、韓遂は馬騰と一緒に関中を制することができる、そんな気はしていたがな」
茶を飲み干して、杯を下ろす。卓にあたって、カチン、と剣戟の音を思わせる、高い音が響いた。
「結果は……董卓軍の圧勝だった」
空っぽの杯に茶のかわりに水を注ぎ、口を湿らせる程度に飲む。
「まだ私は一軍の将ではなかったが、一隊の長ではあった。わけのわからないうちに負けて、ばらばらになった兵をまとめて反撃したが、あえなく包囲されて降伏……おまえたちの時と同じだな」
ふ、と華雄は苦笑した。
「そして、董卓は、やはりお前達と同じ……私を助命した。そして私は、特にすすめられたわけでもなく、いつのまにか、董卓軍に入っていた。董卓軍は、その後も戦いを続けて、董卓の軍はいつのまにか以前の数倍に膨れ上がった。軍閥、匪賊、異民族、多くが董卓軍に制圧されて、吸収されていった。……そこらへんは、多分お前達も知っているだろう?」
朱里と雛里は、黙って頷いた。
もう董卓軍に入った理由は語り終えていたが、華雄は、話を続けた。
「その巨大化を危険視した中央は、董卓軍の解体を命じた。まぁ、当たり前だな。元々は官軍だ。だが、すでに董卓にとって、配下の軍は……大事な、仲間みたいなもの、だったようだ。手のかかる、厄介な、どうしようもない奴らだけどな。……私も含めて。董卓がいなければ1つにまとまらない。韓遂や馬騰に引き渡せば……なんて言える状況じゃない」
風音が止んで、華雄の声だけが、はっきりと響いて空に溶けていくようだった。
「朝廷は、并州牧の地位と引き替えに、再度、軍を解体せよと命じた」
并州は、洛陽のある司隷の北、涼州の北東に位置する州だ。
「異民族が暴れ回る并州に、空手で入れるわけもない。軍の解体はせずに、一旦、少数の精兵を連れて、董卓は并州に移った。とりあえずの様子見だ。その時だな、呂布や張遼たちと出会ったのは……」
その時の光景を思い出すように、華雄は目を閉じた。
「あいつらは、上の連中に飼い殺されて、くすぶっていた。お前達にとっては敵だから、よくわからんかもしれないが……張遼は一本気な奴で、呂布は……なんというか、とらえどころのない奴でな。扱いにくかったんだろう。特に、呂布は。実力は私と同等……か、それ以上かもしれないんだが」
華雄は、正直、呂布と真正面から一騎打ちをして勝てる気はしなかった。ただ、プライドもあるので、朱里や雛里相手にそれは言えなかった。
「それでも、異民族撃退や黄巾討伐に功をあげてはいたようだ……将としてというより、兵器として、な。呂布も張遼も、当時は死んだような目をしていたよ。董卓はそれを見かねたんだろう。董卓は、2人に……陳宮もだったかな? ともかく、連中に何度も会いにいっていた」
「……じゃあ、それが」
と、雛里が相槌を打つ。
「そうだ。呂布の離反につながり、董卓の朝廷掌握につながった」
董卓は、最終的に朝廷の招請に応じ、わずかの兵と共に洛陽へ入った。
だが董卓は、この時ミスをおかした。
「人づてに聞いた話だから正確なところはわからんが、あの時、董卓には2つの勢力からの接触があったらしい。宦官の最上位、十常侍の張譲。そして大将軍の何進だ。2人とも董卓の軍に注目して、敵対勢力の牽制、ひょっとしたら殲滅に利用しようとしていたのかもしれない。董卓はもちろん、それを見切っていた。あからさまな策謀の招きに応じる必要は無い、それが軍師、賈駆の意見だったし、私たちも同意見だった」
朱里と雛里は、神妙な表情で華雄の話を聞いていた。貴重な、当事者の語りは、2人の知的好奇心を強く刺激しているようだった。
なので華雄は、どこか気持ちよく、話をすすめられた。
「だが、董卓は洛陽へ向かうことに決めた。中央の身勝手ないざこざに、怒りもあったのだろう。数万の大軍勢から、わずか三千を選び抜き、出発した。張譲、何進、どちらにも味方する気はなかったようだが……情勢は一気に変化した。宦官による何進暗殺。そして
袁紹たちによる宦官殲滅。張譲の皇帝と陳留王を連れての洛陽脱出……めまぐるしい変化の中、運が良かったのか悪かったのか、董卓は、宦官と共にあてどもなく移動していた陳留王を発見、保護して、洛陽へと連れ戻せた」
「え?」
「はわ?」
そこで、朱里と雛里がそろって声を上げた。
「ん、なんだ?」
「陳留王だけですか?」
「皇帝陛下も一緒だったんじゃ?」
「……ああ、そうか。そういうことになっていたか」
華雄は頬を掻いた。
「その時の皇帝は、今も行方不明だ」
「え、じゃ、じゃあ、董卓が皇帝陛下を弑して今の献帝にかえたっていうのは……」
「欺瞞情報だろう。他の誰かが皇帝を殺した罪を董卓に押しつけたか、本当に行方不明なのを利用したのか……今もわからんが」
「あわわ……!」
「はわわ……!」
2人は目を丸くした。
わたわたと混乱した様子を見せてはいるが、頭の中はとてつもない速さで思考しているのだろう、やがて落ち着いた。
「ともかく、それで洛陽へ入城したのはいいが、兵を選りすぐってきたのがあだになった。陳留王を擁してはいても、その時の朝廷内は……混沌としていたからな」
なにせ、張譲と何進、二大勢力のトップが一気にいなくなったのだ。
「混乱をそのままにしておけるほど義にうといわけではなし、かといって、他を圧倒できる兵力もなし。張譲や何進が招き寄せた諸侯はバラバラだが、兵の数は多かった。董卓は、とりあえずの協力を呼びかけると共に、裏で賈駆が工作に走った」
2人は東奔西走し、大兵力を偽装し、陳留王をかつぎあげて、秩序の維持に努めた。周囲の悪意に気づきながら、虚勢を張り続けた。
「その時に董卓に応じたのが呂布と張遼だった。主である丁原を切って、その兵を連れて董卓軍に合流した。無名の2人を将軍にまで取り立てたのは、これがあったからだな。実力も十分あったが、この帰順が趨勢を決めたからな、その功績はでかい。加えて、賈駆が死んだ何進の私兵を金で釣り上げて吸収した。実態はともかく、数の上では大兵力が確保できた。これで政局を動かすことができるようになったわけだ」
「それで、袁紹さんたちは黙って従ったんですか?」
「表向きはな。皇帝がいないままではマズイということで、陳留王を皇帝に据えたんだが……おまえたちの反応からすると、この時点で反董卓の勢力が工作をはじめていたんだろうな」
「皇帝を殺し、専横を極めている、と」
「ああ。実際は必死だったがな。何進が死んだ前後に、有力な清流派の連中は、洛陽から退いていた。それをもう一度かき集め、残存宦官勢力を排し、政権の形を整えようとした。袁紹や曹操も招聘したが……袁紹は元々自分が上に立つつもりだったんだろうし、曹操は傍観……、まともなやつはほとんど集まらなかったな」
水で喉を潤す。喋りすぎだな、と華雄は思った。
「必死さも報われない、そんな状況だったな……まぁ、私は特になにもやってないが」
当時、武官は出る幕がなかった。
「その後は、おまえたちの知るとおりだろう。いつの間にか洛陽から抜け出していた連中は外で連合を組み、董卓を包囲した。そのときに、全て投げ出して長安へ向かうべきだったのかもしれんが、結局、戦うことになった……」
華雄は遠い目をして、空を見上げた。
「あ、あのあの」
孔明が、控えめな声で、
「ご主人様も、桃香様も、董卓さんの思いを無駄にするような事は、しないと思います。だから、あの……」
「……? あ、ああ、そうだな」
華雄は、2人のどこか悲しそうな目を見て、不思議な思いにとらわれた。
(同情……か? 変な連中だ……)
憎い敵ではないとはいえ、仲間ではなく敵には違いない相手の想いまで、背負いこむことはないだろうに……と、呆れを通り越して感心する。
(だが……)
華雄は、思う。
(こういうやつらがいれば、後に何も残らない戦いで死ぬことは、無いのかもな……)
華雄は何度か色々な勢力を転々としているが、それは名を残す場を探していたからだ。
戦って戦って、名をあげて、誰にでも知られている存在になる、それが目標だった。夢だった、といってもいい。
しかし、劉備軍ならば……。
少なくとも、こいつらには名前を覚えていてもらえるか……。
「ん?」
そこで、華雄は1つ思い出した。
華雄は孔明と鳳統、また他の劉備軍の将の真名を教えてもらっている。
だが、華雄は真名を誰にも教えていない。
「……ああ、そうか」
今まで、部下や上官、同僚はいても、仲間といえる者はいなかった。董卓達は仲間だと思っていたかも知れないが、華雄は、どこか冷めた感情のままにつきあっていたからだ。
だから、華雄の真名を知っている者はいない。
「どうかしましたか、葉雄さん?」
雛里が、突然表情を変えたのをみて、小首を傾げる。
「……いや、お前達の真名を知っているのに、私の真名は伝えていなかったことを、思い出してな……聞いてもらえるか?」
「は、はい!」
2人は声を揃えて頷いた。
「別に呼んでもらわなくてもいい、ただ、覚えていてくれればな……私の名前……私の真名は……」
止んでいた風が、また吹いた。
葉擦れの音と共に、その名は小さく響いた。
「機会を見て、劉備や関羽達にも伝えておく。まぁ、知っていれば十分だ。あまり真名を呼び合うのは慣れていなくてな……」
はは、と小さく笑う。
朱里達は、教えられた真名を反芻するように、幾度か小さく頷いた。
そして、誰からともなく茶器を使い、また穏やかな茶会に戻った。
「あれ? なんか珍しい組み合わせだな」
と、唐突に、北郷一刀が顔を見せた。
「お茶してたんだ?」
一刀は卓の上の様子を見て取り、微笑んだ。
「はい。ご主人様は政務の途中ですか?」
一刀は手に竹簡や紙をいくつか抱えていた。
「ああ、うん。大体終わったけど、文字だけじゃ実状がよくわからないのが多くてね、午後からは街をまわろうかと思って」
「そうなんですか。あの、今日は私、手が空いてますので、一緒に……」
「あ、あの私も……!」
と朱里と雛里がぴょんと手を挙げた。
「うん。それじゃあ、一緒に行こうか」
一刀は快く応じた。
返事を聞いて2人は途端に頬を緩めた。
「葉雄も一緒にどう?」
「私もか?」
葉雄は一刀の顔を見る。必要だからじゃなくて、多分、そのほうが楽しいから、とかそんな理由なんだろう。無邪気な顔だった。
ふ、と葉雄は笑みを浮かべた。
「そうだな。同行しよう」
「よーし、じゃあ、4人でいろいろまわるとしようか」
「はい!」
満面の笑みと共に答える朱里。
その横で、雛里が葉雄の肩にそっと触れた。
「ん?」
「葉雄さん、ご主人様には真名を教えたんですか?」
「い、いや、まだだ……」
「一緒に街をまわるときがチャンスだと思います」
「チャンス……?」
「好機って意味の、天の言葉だそうです。チャンスです、葉雄さん」
「そ、そうか……?」
葉雄は一刀の方を見て、少し顔を赤らめた。さっき朱里や雛里にしたようにすればいいだけなのに、息が詰まるぐらいの緊張がなぜか胸の内にあって、ちょっとのことがすごく難しいことのように思えた。
(よく考えたら、真名を男に伝えるというのは、かなり……特別なんじゃないか?)
親兄弟を除いて、異性に真名を教えるなんて事はめったにない。それこそ、恋人や伴侶でもなければ……。
(しかし、劉備軍の主要な連中は全員真名を北郷に教えているようだし……あいつはあいつで、いたいけな少女たちにご主人様などと呼ばせて――)
「あれ? 雛里、口の所、食べかすついてるよ」
と、葉雄が悶々としているのをよそに、一刀は雛里の口のあたりを指差した。
「え、えと……」
雛里は指摘され、あわてて唇を拭くが、見当違いのところだったようで、
「そっちじゃなくて……ちょっと、動かないでいてくれ」
一刀は手を伸ばし、指先で優しく雛里の柔らかな唇の端をぬぐい、多分饅頭の餡の残りだろうそれを――
「ぱく」
と自分の口に持っていった。
「あわわ……!」
ぼっ、と火がついたように雛里は赤面した。
「甘い」
「……ご、ご主人様」
雛里の視線が、一刀と葉雄の間で泳いでいた。嬉しいようでもあったが、困っているようでもあり……その理由は。
「……」
葉雄が、じぃぃっと、一刀を睨んでいた。
「ん?」
一刀もその空気に気づいたのか、そちらをみた。
「おわ!? よ、葉雄?」
ジト目でねめつけられて、一刀は、不安そうな顔で葉雄の出方を窺った。
なにせ、こういう顔をしているときの葉雄は次にどんな言動をするか――
「お前に……」
嵐の前の静けさ。
「え、な、なに?」
華雄らしくない小さすぎる声に、思わず一刀は聞き返した。
その瞬間強い風が吹いた。あおられて枝木が折れてしまうぐらいしなり、葉がおちそうなぐらい擦り合わされて、不気味な音をたてた。
一刀は、曇ってもいないし雨も降っていないのに、あたりが雷雨の時のようにどよめいた気がした。
そして華雄は口を開き――
「お前に!! 私の真名は教えんからなっっ!!!」
雷霆のごとき華雄の叫びに、一刀はのけぞった。
「え、ええええええええ!?」
一刀の困惑を背に、華雄は大股で歩み去っていった。
朱里は慌ててそれを追いかけ、雛里はその場にとどまり頭を抱えた。
一刀は呆然と、立ち尽くすだけだった。
あたりは、一転、人声が消え失せ、木々のざわめきだけが残った。
4/華雄尋問ハード?
「……さて、というわけで、もう一回、華雄の尋問をやろうと思うわけだが」
「どういうわけだ!! なんで私は縛られてるんだ!!?」
ガタガタと、華雄は縄で身体を縛り付けられた椅子を揺らして、抗議の声を上げた。
目の前には、北郷一刀と鳳統がいる。
「だって華雄が俺にだけ真名を教えてくれないっていうから……」
しょぼーん、とした表情で一刀は華雄を見る。
「なんだその私が悪いみたいな言い方は!!」
ここは洛陽、劉備軍の尋問室……ではなく、一刀の寝室である。
「呼び出されて来てみた結果がこれか! わけがわからんぞ!」
憤懣やるかたない様子で、華雄が暴れる。
一刀の部屋に入った次の刹那、待機していた鈴々に転倒させられ、椅子に縛り付けられた。鈴々は役目は終わったとばかりに帰り、あとには一刀、雛里、そして華雄が残された。
そしてこの状況である。
「どうなってるんだ雛里!?」
目線を向けられて、雛里は帽子に手をやり、悲しそうな表情で答えた。
「ええと、あの、私のせいで、お二人が抜き差しならない状況になってしまいそうなので、ここはひとつ強引な手段で……と」
「待て待て待て待て!! この状況が一番抜き差しならんだろ! 何をする気だ!」
「ええと、何をするんだっけ、軍師鳳統?」
「はい。短い期間ではありますが、葉雄さんとの色々なやりとりで、いくらか性格や性癖の、でーたが集まりました」
劉備軍、特に軍師二人に顕著であるが、よく一刀の使う言葉を取り入れている。
「それらの要素と、この本を照らし合わせまして……」
「な、なんだその妖しげな表紙の本は……?」
華雄が眉を寄せた。
雛里はちょっと頬を染めた。
「あわわ、閨房のお作法の本です」
「捨てろそんなもの!!」
華雄はぎろりと一刀を睨んだ。
「北郷! 何を読ませてるんだお前は!!」
「お、俺が読ませたわけじゃないよ?」
「嘘つけこの!」
暴れてもどうにもならないのはわかっているが、華雄はじたばたして抗議の意を示す。
「えと、それでですね、葉雄さんのような方の場合、こういう形になるようです……ご主人様の世界では、こういう人は、どういうんでしょうか?」
雛里は手元の本を、一刀に見せた。
一刀はそれを眺め、顎に手を当てて思案し、やがて口を開いた。
「んー……マゾ……かな」
「なんだその意味はわからんが不快な響きの単語は……!」
自分が、マゾ、とかいうものである、といわれているのはわかった。
「では、そのマゾの葉雄さんに、この本に書いてあるような事を試してみて下さい」
「わかった」
そして雛里は、あとはお二人で、と言い残して去っていった。
「さてと」
雛里を見送って、華雄のほうを振り向いた一刀の表情は――笑顔だった。
ぞく、と背筋が寒くなるのを華雄は感じた。
そういえば、最初に尋問されたときも、2人きりになってから、ひどい攻撃を受けた。具体的にいえばくすぐられただけだが、束縛された状態からのくすぐりは、かなり、きつかった。
一刀が、ゆっくりと、華雄の方へと向かってくる。
「ま、待て。落ち着け! こんな方法で真名を知って、それで満足なのか貴様は!!」
「ん〜、そうだなぁ……確かにそうかも」
一刀は華雄の方へ差し出した手をひっこめた。
ほっ、と安堵したのも束の間、
「じゃあ、今日は親睦を深めるだけということで!」
がばぁっ、と一刀は華雄に襲いかかった。
「ひっ!?」
不意をうたれて、華雄は思わず息を呑んだ。
「まぁ、あまり痛いこととか苦しいことはしないから……多分」
「な、なんだ、多分って!」
「だって、雛里が本に書いてある事をやれっていったから」
「……ちなみに、何が書いてあるんだ」
「ええっとねぇ……例えば…………」
と、一刀は本に目を落とすが、途端に口ごもった。
「う〜〜ん、口で説明するのが難しいんだけど……道具を使うのと、俺が直に触れるのと、どっちがいい?」
「なんなんだ……道具だと? ……嫌な予感しかしないが、しかし、お前に触れられるよりはマシか……」
「なんだよう。そんなに嫌がらなくても良いじゃないか」
一刀は口を尖らせる。
「う、うるさい! とにかく、直接は駄目だっっ!」
「わかったよ……それじゃ、まずは、こんなところからいこうか」
一刀は、部屋の隅に置かれた箱を持ち出してきて、その中の1つを取り出した。
「……? なんだそれは?」
一刀が指でつまんだものは、小さな、二等辺三角形の小道具だった。より細かく形を描写するなら、「A」の形というのが正確だろう。木製らしいそれは、何に使うのか見当もつかなかった。
「劉備軍は資金難だからね。俺の世界にあった物のなかで、こっちでも作りやすいものを再現して、それを売ってるんだ」
「それは知っているが」
「これはね、その中の1つ。『洗濯バサミ』だよ」
「洗濯バサミ?
「そう。バネの部分がちょっと面倒だから、曹操軍の李典にも手伝ってもらったんだけど、結構便利なんだ」
「名前からして洗濯に使うんだろう? それをいま出してどうする」
心底不思議そうな顔をするが、一刀が、洗濯挟みを指で開いたり閉じたりしているのを見て、眉を曇らせる。
「……」
ちょっとだけ、使い方がわかってしまった。挟み、という名前からも推測が可能だった。
「本には、もっと拷問器具みたいなやつでやる、って書いてあるんだけど、それじゃ危険だし、かわいそうだからね。これでやるよ」
と、一刀はおもむろに華雄に近づく。縄で締め付けられて括られ、強調された部分が、ぞくりと震えた。
「ま、待て……!」
と言葉では拒むが、身体は動かず、寄ってくる一刀の手からは逃れられない。
「ええっと、ここかな?」
一刀の手の平が、華雄の胸を撫でる。
体のそこかしこのざわざわが、一刀の手の平の中に集められたかのようで、華雄の乳房に変な痺れが走った。
「……っ、ちょくせつ、やるなというのに……」
声がうまく出ない。
「ごめんね。服の上からじゃよくわかんなくて……、と、これか」
よっと、という声と共に、洗濯挟みを開口させ、噛み付かせた。
華雄の乳首に。
「ひっっ……!!」
どこか甘やかだった愛撫からの突然の痛みに、華雄の体がびくんとはねた。
「どう? 痛い?」
少し心配げな一刀の様子に、華雄はちょっと丸めていた背を伸ばした。
「…………ふっ、どうということは」
「えい」
ぴん、と一刀は指先で洗濯バサミをはじく。軽く。
「っっあぅ!?」
電流を流されたように震え、その勢いで椅子が倒れかかったので、慌てて一刀は華雄の体を抑えた。
「くっ……ぅう」
一刀の腕の中で華雄は悶え、目の端に涙を浮かべた。
スプリングは弱めに調整してあるものだから、潰れたりはしないはずだが、やはり、痛いらしい。服越しでも効果は十分なようだ。
「もう一つ、やってみる?」
「……っ、……好きにしろっ!」
この程度で屈するつもりはないのか、声を低めながらも、拒まなかった。
洗濯バサミをもう一つ、逆の乳頭に噛ませた。
「っく……ぁあ……!」
歯を食いしばって耐えるものの、痛苦で声を漏らす。
痛みに強いと思っていた自分の体が、たった2つの歯牙に蹂躙されて、悲鳴を上げている。
「……っくぅ、なんで、こんな……」
動きを制限されているせいか、痛みが、痛みとして、とぐろを巻いて居座り、体を疼かせている。
しかも、その疼いているのが、普段は気にかけない部分……精々、運動の時擦れたりするのが気になる程度の部分……乳首なのだ。
「か……は、ぅうう」
息がしづらい。痛みに手足が暴れたがるが、縄が食い込んで動けない。
そして、息をするたび、意識が、そっちに集中してしまう。
小さいながら極悪な圧力を、華雄の繊細な部分にかけているそれ。
じりじりちりちりと身を焼く痛み。
「は……ぁ?」
流れるほどではないが視界を滲ませる程度の涙のむこうに、華雄は一刀の顔を見た。
見ている。
一刀が見ている。
何を――
華雄の疑問は、痛みが、答えとして帰ってきた。
乳首だ。
服の上からじゃ、よほどのことがない限り見えない、先っぽが、洗濯バサミで、挟まれて強調されているのだ。
だから、わかる。その存在がわかる。
他人にも。一刀にも――!
「ぅあ、っ、……見るな、っぁ!」
視線を感じた瞬間、痛みが、ぐるりと華雄の体をまわって、よがらせた。
乳首からその奥、背筋を通って腰、お尻まで、痛みの熱が、あたたかなとろみとなって駆け抜けた。
「な、んだ、これ……」
快感の前兆のようなものが巡ってきて、華雄は、何が起きたのか起きようとしているかわからず、震えた。
「……?」
一刀は華雄の状態の変化に気付きはしなかったものの、さっきまで痛みに耐えて猫背になっていた背が、反り気味になっているを見てとった。
そこで一刀は、もう一度、
「えいっ」
ぴん、と洗濯バサミを弾き、刺激を与えた。
「っひぅぁあああっ……!?」
絶頂とは違うが、痛みと快楽の汀に突き飛ばされて、華雄は四肢を引き攣らせた。
その反応に、苦痛だけではない色を感じて、一刀は、興奮を覚えた。
(これが直接なら……?)
ごく、と一刀は唾を飲む。
しかし、すでに涙目の華雄をこのまま追い打ちする気は起きなかった。
「じゃあ、次いこうか」
「つ、ぎ……?」
一刀は華雄の縛めの1つをほどく。手足は自由にならないが、椅子と華雄の体が離れた。床に落ちないように、一刀は華雄の足と首に手を回し、そのまま持ち上げた。
いわゆるお姫様だっこの状態で、一刀は華雄を運ぶ。
(まぁ、乳首に洗濯バサミ付けてお姫様もないけど……)
しかし、理解できない痛さと気持ちよさに瞳を潤ませる華雄の顔は、いつもより弱弱しく、支配欲を掻立てられた。
(Sのつもりはないんだけどなぁ……)
内心複雑だが、華雄がMなら仕方がないか、と思った。
一刀は寝台の上に華雄を寝かせ、乳首の洗濯バサミを取り、ポケットに入れておいた、拘束具を、華雄の目に付けた。
「っ!?」
華雄は、突然暗くなった視界に驚き、ベッドの上で跳ねた。
新しい拘束具。視界を奪う、目隠し。アイマスク。
「な、なんだ、これ、おい!」
華雄は布団の柔らかさに一安心した直後の仕打ちに、思わず、縄のことを忘れてじたばたした。手も足もぎっちり縄が食いついて、いくらか余裕はあっても、自由はない。
それでも、視界を奪われることに比べれば、不満はともかく、不安は少なかった。
すぐ傍に一刀がいることがわかっていたからだ。ひどいことをされても、一刀なら、限界の前で止めてくれると、信頼していた。その信頼は、自覚していたわけではないが、目隠しされたせいで、はっきりわかった。
拘束されてからさっきまでの、一連の行為も、一刀の存在が撃鉄でもあり、安全装置でもあったのだ。
だから、その存在が、その動きが見えないのは、怖い。
「ほ、北郷ッ! こ、これは、やめろ!」
「ん? どうして?」
「どうしてって、し、視覚が。見えないと、心の準備が――」
「大丈夫、大丈夫、これ以上痛いことはしないから」
と、一刀は安心させるように、華雄の剥き出しの肩に手を置いた。
その肌のぬくもりに、華雄は少し緊張を解いた。
「まだいろいろ道具はあるんだけどね。それはまた今度にしよう」
「今度って……」
次が、あるのか、と華雄は心臓を高鳴らせた。
(――いや、喜んでどうする!)
ようするにまたひどいことをする宣言ではないか。
「ところでさ……直接触れてもいい?」
「……? あ、ああ……まぁ、いいだろう」
そういえば、最初は道具の方が良いって言ったんだっけ、と華雄は思いだした。なんであんなことを言ったのか不思議なくらいだった。
今は、直接の方がマシだ。
直接の方が、良い。
「では遠慮無く……の前に」
一刀は華雄の細くくびれた足首をつかみ、華雄の肢体を引っ繰り返した。
「ひあ!?」
目が見えないせいで、何をされたかの判断が一瞬遅れる。
(足を開いて、天井の方に……っ、下着っ、み、見えてる!?)
割り開かれた足の根元、そこには華雄の下着……パンツがある。
「うーん、ピンクとは意外だな」
一刀は感想を漏らしつつ、足の縄を別の縄に通し、股を開かせたまま固定した。
「こ、これっ……ひ、ひどいかっこじゃ……っ!?」
見えなくても、自分がどんな状態かは感覚でわかる。
下半身を天に向けて、股間をさらして……娼婦のように、いや、娼婦でもこんなアホなポーズはしないかも知れない。
一刀は、アソコを、見ているだろうか。こんな姿態にした張本人だ。絶対に、見ているに違いない。下着はつけているとはいえ、こんな、こんな見せ方は想定していない。
そりゃそうだ。下着を見せるとき、なんていうのは、よほどの事態で。
そしてそのよほどの事態の先には、その、つまり、性の、交わりがあるわけで。
となると、下着のままでいるわけにはいかないのだから、こんな、じっくりと、「見られる」ことはあまりない。
そしてこの恰好は、まさに、「見られる」、恰好だった。
店に陳列された商品のように。見られる。観察される。
下着……いや、正確に言えば、下着じゃない。
「女が穿いている」下着……だ。
お尻の丸みで盛り上がり、ふくらみ、お尻の溝にそって皺を作った、パンツ。
視線を感じる。見えないのに。感じる。
股座の周囲をなぞるような舐めるような、ねちっこい、視線の熱。
「っ……ぁ、み、見るな……見たら、こ、ころすッ……」
ただのショーツではない。その先に、自分の、体の、一番、複雑な部分がある。見せたくない、汚い、いやらしい、隠すべき、秘部。
けれど、そこが、男の情欲をかきたてるということも知っている。
なら……一刀も?
このわずか一枚の布を取れば、私を抱きに来る?
(………………いや、だ……)
華雄は心の奥底で抗いの小さな火を灯した。
(……こんなので、抱かれるのは、嫌だ)
今のこの状況では、抵抗のしようもないが。
(舌を噛むぐらい、できるんだぞ……)
華雄は、ひっこんだはずの涙が、またじわっ、と湧き出てくるのを感じた。
(……こんなの、いやだからな。こんな状況で……こんな…………?)
乱世に生まれ、戦場に生きた自分の、奇妙な弱さに、疑問を抱いた。
(殺されることも、犯されることも、覚悟はしていたのに……なんで、こんなに胸が苦しい)
怒りとも違う種類の、胸の締め付けを感じる。縄でぐるぐる巻きだから? 違う。
結論が出ない心と体のあわいに、一刀の手が滑り込んだ。
「……ひぁ!?」
つ、と硬い指の先端で、太股の線をなぞられる。
混乱し、沸騰する頭を、一刀の指が掻き混ぜる。見えないせいか、鋭敏に、指の動きが感じ取れる。すり、すり、と肌に一指が通り、通った肌が加熱される。熱い。
「……ふぁ……ぅ……くぅ……!」
それほど敏感でも繊細でもない、性的な器官でもない部分だと思われる場所が、ただの指一本で、色気づく。
汗が噴き出て、吐息まで熱せられてくる。指の先っぽただ一点でも、これは、交わりだった。性の交わりだ。
「あ……ぅう……」
もっと露骨に触ってくれば、罵詈雑言でも浴びせられるのだが、控えめな接触に、なにも言葉が出ない。
そのせいで、からだが熱っぽくなる一方で、気づけばなにも考えられなくなっていた。
指が太股の内側を経由して、足の付け根の方へと進路をとる。
ぞく、と総毛立った。ついに、来る、と。
どうする、なんとか、避けるか?
どくん、どくんとうるさいぐらい大きな音をあげる心臓。短くなる呼吸。汗が流れ、そこかしこが、もどかしくなる。
あと少し、あと少しでパンツに指がかかる――
ごく、と唾をのんで心の準備をしたところで。
ひょいっ、と指が体から離れた。
「!!?」
驚きで声も出なかった。
「……な、なにを……北郷?」」
途端に不安になる。気配は何となく感じられても、触れられていないと、どこにいるのかわからない。
「はっ……あ……ほん、ごう?」
怖いけれど、なにかを待ち望むような、そんな心境で、彼の動きを、耳や肌で探る。
近付いてくる雰囲気――華雄はどこかほっとして――
「ぱっちん、と」
「いっ……!!?」
洗濯バサミ再登場、さっきと同じ、左乳首にがっちり噛み付いた。
「ひあああああああ!!」
哭声をあげ、体を曲げ、よじる。
過敏になっていた身体に、不意打ちの痛みはこたえたようで、涙声が漏れた。
「ぅ……ぅう……!」
不意の痛みと驚きが冷めると、怒りの熱がわきおこった。
「もう……痛くしないんじゃなかったのかっ……!?」
「ごめんね」
一刀は素直に謝った。
「たってたから、して欲しいのかなと思って」
「た……って?」
言われて意識をそちらに向けたが、左の方は洗濯バサミの鈍痛でわからない。右は……たしかに、勃起しているようだった。
さっきの洗濯バサミのせいか……あるいは、一刀のわずかな愛撫のせいか。
「だ、だからって……だな、これはないだろ……私は、てっきり……」
「てっきり?」
「……なんでもない」
ふい、とそらした顔に、一刀の手が触れた。
頬を撫でる手。アイマスクから流れた涙の筋を拭いとる。
「ん……」
ついでに、一刀は洗濯バサミを華雄の乳房から外し、ベッドの隅に放った。
手の平の温もりと、痛みからの解放に、華雄の肩から力が抜ける。
その瞬間に。
華雄の唇に、一刀の唇が重ねられた。
「んむ!?」
手指の硬い感じとは違う、柔らかな感触に、華雄は、口づけされている、と理解した。しかし、理解よりはやく、一刀の唇が動く。
唇の表面をすべり、撫ぜる。左右に、こすりあう。
離れたと思ったらくっつき、また離れ、くっつき、雨のように、キスをふらせる。
「……ん、ぁ……ちゅ……ぅ……」
口で息をしようと思えばその唇を奪われ、声を出そうとすればその口唇を咥えられる。動きを封じるという意味では、身体を縛る縄と同じ。優しい、緊縛。
「……ぷは……ぁ」
長い長い口づけの連なりがようやく途切れ、華雄は、艶めいた吐息をこぼした。
「お前は、いつも唐突だ……」
と、口を尖らせると、
「じゃあ……これで」
一刀は、華雄の足の縄を解き、自由にした。
そして、アイマスクを外した。
視界が開けて、飛び込んできたのは、一刀の顔だった。
「あ……」
鼓動が早鐘を打ち、声が震える。
唾液で濡れたくちびるが、先程の行為は、確かなものだったのだと主張していた。
再び、一刀の顔が迫ってくる。
今度は、何がしたくて、何をするつもりなのか、わかった。
今なら拒める。
手は動かないが、顔も身体も避けられる。
強引にやられれば拒否できないが、多分、キスしないという意志を示せば、一刀は、しないだろう、と思った。
だから――
だから、華雄は、目を閉じた。
唇があわさる。
吸い付くように、ぴったりと重なる。
動かせるようになった足を、一刀の腰にまわして、身体も重ねた。
深く、重なる。いや、重なりじゃない。
さっきの、指と肌の触れ合いより強い、交わり、だ。
「んん……」
ベッドの上、2つの肢体が睦み合い、何かの拍子で蹴飛ばされた掛け布団にのっていた洗濯バサミが、床に落ちた。
とん、と床を跳ねる音が鳴り、床の上を転がり、その動きが止まるのとほぼ同時に、一刀と華雄は唇をはなしていた。
「……」
「……」
変な沈黙が降りる。
気恥ずかしいというか、気まずいというか、そんな空気。
「えっ……と、あ、改めようか、また、今度に」
「ああ……」
お互いにもったいない気もしていたが、この流れで、そのまま、そういう行為に突入するのも、ちょっと抵抗があった。
一刀は華雄の緊縛を全て解き、痕がついていないか確かめた。
(とりあえず口づけで、満足、か)
華雄は、指で自分の唇に触れて、なぞった。
(……子供か、私は)
自嘲するが、どこか心地よかった。
いつでも飛び越せると自らに言い聞かせていた一線で、踏みとどまった。
いつでも、どこでも、だれでも、ではない。
真に特別な想いと共に。想いを共に。
(次だ。多分、その時が、真名を、伝えるときだ)
胸に宿った予感と決意を抱いて、一刀の方を見る。
一刀は、洗濯バサミやらアイマスクやらを箱にいれている最中で、こちらに背を向けていた。
「…………」
とりあえず華雄は、
「おりゃあああああああああ!!」
「どわあああああああ!?」
その尻を思い切り蹴飛ばして、今日の溜飲をさげておいた。
説明 | ||
無銘伝第5話と第6話をつなぐ、華雄の挿話です。 作者はPC版無印恋姫と真・恋姫、萌将伝、アニメ恋姫(真の方はまだ見てません)だけ見たのですが、華雄って真名はないんですかね? 18禁のオマケのつもりで、「4/華雄尋問ハード?」を書いたんですが、書いている途中で、あれ? これ18禁じゃない? って疑問がわきまして……判断がつかなかったのでアップしましたが、もしアウトっぽかったら、4を削ってあげなおそうと思います。 5月中に書けるとか言っておいて6月になっちゃってすいませんorz |
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2999 | 2299 | 20 |
コメント | ||
うむエロイ やっぱり華雄姉さんは可愛いなぁ・・・(Alice.Magic) エロス!!(eitogu) |
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