竜鎧†戦記 〜ドラゴニック・クロニクル〜 03
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03 招かれし世界

 

 

 

「ん…うぅ…」

 

 顔から伝わるひんやりとした温度に悠斗は目を覚ます。

 

 どうやら、自分はいつの間にか気を失ってしまったらしい。

 

 そう思いつつ、ゆっくりと体を起き上がらせる。

 

 そしてすぐに気がついた。自分は剣道の練習の途中であったのだと。

 

 どれだけの時間、気を失っていたのかは分からないが、恐らくはもう練習が再開されているはず。すぐに道場に戻らなければ。

 

 そう思って悠斗は周りを見回す。そして…絶句した。

 

「ここは…何処だ?」

 

 見渡す限りの大地。険しい山々が立ち並び、抜けるような青さの空が上一面に広がっている。

 

 おかしい。自分はさっきまで何時ものベンチで森林浴をしていたはず…。

 

 そこで、唐突に記憶がよみがえった。

 

「そうだ。あの時、急に激しい頭痛に襲われて…」

 

 そして、地面に倒れて気を失った…

 

 ………。

 

 いや、何か大事な事をまだ忘れている、気を失う前に、何かがあったはずなのだ。

 

「…そう言えば、誰かと話した記憶がある」

 

 誰なのかは分からない。あの時、自分の周りには誰もいなかったはずだ。それに、あの声は直接頭に響く様な、そんな感じの声だった。

 

「あの声…何処かで聞いたことが有る様な気がするんだけど…。う〜ん…何処だったかなぁ」

 

 何とかして思いだすとして見るが、どうしても思いだせない。あと少しで出て来そうと言う所で出てこないのは、何とも気持ちが悪かった。

 

「まあ、今はその事は置いとくとして…この状況、どうしたものかなぁ」

 

 改めて自分の周りを見渡す。

 

 建物と思わしき物は一切なく、人も誰一人としていない。

 

 道路等の舗装された道どころか、電柱すら見当たらないと言うのは、どんなド田舎であったとしてもおかしい、おかしすぎる。

 

 そもそも、ここが日本なのかも疑わしい所だ。

 

 あの技術が発達した世界で、これほどの自然が手つかずで残されているものなのか?

 

 それとも、ここはどこか未開の地だとでも言うのか?

 

 …少なくとも今わかるのは、自分が居る場所は道場の周辺では無く、自分は限りなくありえない状況に遭遇しているということぐらいだ。

 

「ははっ…まさか、空間跳躍ってやつで外国にでも飛ばされたか?」

 

 なんてファンタジーやらSFやらの展開を想像してしまう自分は、なんと想像力のたくましい人間なのか。

 

 若干の自己嫌悪に陥ってしまう。

 

『…今回の契約者は随分と独り言の多い男だな』

 

「誰だ!」

 

 突然聞こえた声に、悠斗は素早く身構える。武器は無いが、それでも体術を嗜む悠斗はある程度の状況なら乗り切る自信がある。

 

『ふむ、自分が契約した相手を忘れるとは…若いのにもうボケが始まっているのか?』

 

「契約? ……契約って、まさか!?」

 

 契約と言う言葉で、欠けていた記憶のピースがカチリとはまる。

 

『そう。汝は我の求めに応じ、我と契約をした』

 

 激しい頭痛に襲われながらも、痛みから逃れるために飛びそうな意識でとっさに契約を交わした。その事が、鮮明に悠斗の脳内に蘇る。

 

「契約を交わしたのは分かった。で、今更なんだけど…アンタは一体何者だ? 出来れば姿を見せてくれると助かるんだけど」

 

『ふむ、それもそうだな。…よかろう』

 

 声がそう答えたその瞬間、辺り一面にまばゆい光りがほとばしり、悠斗は一瞬視界を奪われる。

 

 そして光りが収まり、悠斗が目を凝らしたその先には、

 

「…おいおい、マジかよ」

 

 全身に鋭角的な鎧を纏い、剣がいくつも並んだかの様な翼を持った、俗にドラゴンと呼ばれる存在が目の前にいた。

 

「どうした契約者よ。汝の求めに応じて姿を現したと言うのに、その呆け顔は」

 

 意味が分からないと言った様子で、目の前のドラゴンがそう喋る。

 

 四足の足に背中に翼。鎧を纏っているのが些か不思議だが、やはり何処からどう見てもファンタジーで出てくるドラゴンだった。

 

 大きさは全高が2メートルと言ったところ。全長は長い尻尾も合わせるとそこそこあるが、良く聞くような馬鹿でかいドラゴンでは無い。

 

「どうした。我がそんなにも珍しいか?」

 

「そりゃそうさ。だって、ドラゴンなんか普通はお目にかかれるもんじゃない。ましてや、鎧を纏って喋るドラゴンなんかなおさらだ。今でも、夢を見てるんじゃないかって思ってるよ」

 

「ふむ…まあ、汝が住んでいた世界ではそれが常識であろうな。それも仕方が無かろう」

 

「俺が住んでいた世界…と言う事は、やはりここは…」

 

「ほぅ、なかなかに頭は回るようだな。そう、ここは汝の住んでいた世界では無い。汝の住む世界から遠く次元を越えた世界だ」

 

「次元と越えたって…」

 

 ドラゴンが言った事を自分でも復唱する。もしこのドラゴンの言う事を信じるならば、どうやら自分は、本当に異世界とやらに来てしまったらしい。

 

「そして我の名はグラディウス。剣竜の異名を持つ竜だ」

 

 グラディウス。どうやらそれがこのドラゴン…竜の名前らしい。しかし、異名が剣竜と言うのは頷ける。これほどまでに鋭角的なフォルムでは、そう呼ばれても仕方がない。

 

「そっか。いやはや、あり得ない無いような事に直面する…か。人生って、奥が深いな」

 

「汝はまだ若人であろう。今からその様な事を言ってどうする?」

 

 そう言われても、思ってしまうのだから仕方がない。しかし、この様な状況に直面して動揺しないのは、日々の精神修行の賜物か。

 

「まあ、大体の事情は分かった。で、何で俺はここに居る?」

 

「思うに、我と契約をした際に、汝の魂がこの世界に居る我の下へと引っ張られたのであろう。魂と肉体は一心同体。魂が引っ張られれば肉体もまた引っ張られる」

 

「つまりは、お前が俺に契約を求めて、それを俺が了承したから俺はここに飛ばされたと」

 

「そんなところであろう」

 

 なるほど。つまりは、自分がこの世界に飛ばされたのは一概にはこの竜…グラディウスの所為では無いと言う事。なぜなら、あの時痛みの所為で思考が鈍っていたとはいえ、断ることは出来たはず。なら、それをしなかった自分にもまた責任があると言う事だからだ。

 

「まあ、それなら文句を言う訳にもいかないか。それで、俺はどうしたら向こうに帰れるんだ?」

 

「……」

 

 悠斗の質問に、何故かグラディウスは黙り込む。グラディウスの意思を読み取ろうと悠斗がグラディウスの目を覗きこもうとしたが、グラディウスはツイッと目線を外した。

 

「…まさか」

 

「…すまないが、我はその方法を知らん」

 

「やっぱり…」

 

 申し訳なさそうに言うグラディウス。どうやら本当に知らないらしい。と言う事は、自分はこれから一生この世界で暮らすと言う事になるのだろうか? まあ、それならそれでいいかもしれない。どうせ、向こうの世界にはもう家族は居ない。残してきた後輩たちが気がかりだが、彼らならもう自分がいなくてもやっていけると確信はある。ならば、ここから帰れなくても構わないのではないか? 悠斗の頭にそんな考えがよぎる。

 

「我もこの様な出来事は初めてなのだ。まさか、別高次元の人と魂の繋がりが有るなどと言う出来事は。しかもその繋がり、普通では考えられぬほどに強い」

 

「繋がり? 何、それ」

 

 新たに発せられた言葉に、悠斗が疑問を口にする。グラディウスはその疑問に丁寧に答え出した。

 

「うむ。このドラゴニアは次元が重なった二面世界でな。人が住む側の次元と竜が住む側の次元の二つの次元が重なって出来ている世界なのだ。…ここまでは理解したか?」

 

「まあ、何となく」

 

 悠斗はそう曖昧に返す。言葉の意味自体は分かっているので、大まかな理解は出来る。しかし、これが自分が飛ばされた理由に何の関係があるのかまでは、まだ分からない。

 

「よかろう。そして、この次元は原則的に竜しか越える事が出来ない。しかし、竜も越えるにはある条件が必要となる。それが、魂の繋がりなのだ」

 

 グラディウスがそこで一息つく。それにしても、自分が持っていたドラゴン像とは姿を除いてまったくもって違う事に、今まさに悠斗は新鮮さを感じていたりする。この図太さは、剣術家ゆえの胆力であろうか。

 

「続きを話そう。この魂の繋がりと言うのは、人が誰しも持っている物。生まれた時に契約竜となるべき竜との間に繋がれ、どちらかが死ぬまでそれが消えることは無い。契約と言うのは、その繋がりを持った人と竜がさらなる繋がり、絆を結ぶことなのだ。その絆を結んで初めて、竜は次元の狭間を越えることが出来るようになる。つまりは、絆が次元と次元を結ぶ懸け橋になると言うわけだ」

 

「ん? じゃあ、繋がりには何の意味が有るんだ?」

 

「繋がりは人と竜が契約をする際の目印の様な物。強さは一様ではないが、我と汝の繋がりは驚くほどに強かった」

 

 何故かうんうんと嬉しそうに頷くグラディウス。強い繋がりがあると言う事は、竜にとっては嬉しい事なのかもしれないと、悠斗は思う。

 

「なるほど。今の説明で大体予想がついた。その繋がりとやらが、何故か遠く離れた次元の俺と繋がっていて、それでもってもの凄く強い。そして竜は絆を通して次元を越える。ならば、絆の基になる繋がりが強い俺にその逆の現象が起きても不思議ではない。だからこそ、さっき原則的にって言ったんだろ?」

 

 悠斗の予想にグラディウスが目を見開く。まさか、何の知識も持たない異世界の人がこれだけの説明でここまで自分と同じ予想を立てたことに、グラディウスは純粋に驚いていた。

 

「そうだ。現にたった一人、はるか昔に次元を越えて竜の次元に来た人がいた」

 

「はるか昔、ね。どれぐらい前なんだ?」

 

「もう、500年にはなる」

 

 つまりは、この竜は500年以上もの歳月を生きていると言う事になる。悠斗は改めて目の前に居るのが本物の竜だと再認識した。

 

「まあ、俺がこの世界に来た理由は概ね理解した。そして帰る方法も今の所は無い。さて、どうしたものか…」

 

 悠斗は自分の脳をフル回転させて考える。

 

 今の自分は道着姿で所持金は無し。まあ、この世界の通貨が円である可能性は極めて低いため、これは特に問題ない。しかし、ならば持ち上がるのがこの世界でのお金を所持していないと言う事。

 

 この世界に戸籍などと言った物が有るかは不明だが、だとしてもどうにかしてお金を手に入れなければ生きて行く事さえ叶わない。なぜなら、人は食べなければ死ぬからだ。食料を調達するにはお金がいる。ならば、お金を稼ぐにはどうしたらいいか…。

 

「なあ、グラディウス。この近くに、町ってあるか?」

 

「ふむ。この辺りは見覚えがある。ここから北に行けば我の知り合いが住まう町があったはずだ」

 

「規模は?」

 

「確か、北方大陸では最大であったはずだが?」

 

 これは都合がいい。大きな町なら情報を集めやすく、なおかつ仕事も見つけやすい。しかし、この世界での一般常識が無いと言う不安が残る。

 

「そう言えば、俺とお前は普通に話しているけど、言葉って大丈夫なのか?」

 

「それに関して問題ない。汝はしかとこの世界の言葉を話している」

 

 グラディウスが言うには、悠斗はしっかりとこの世界の言葉で話していると言う。悠斗としてはてっきりずっと日本語で話していたと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。これも、契約のおかげ…と言う事なのだろうか?

 

「ともかく、動かぬ事には始まらぬ。我の背に乗るがいい」

 

「そうだな。じゃあ、町まで頼むよ」

 

 グラディウスの鈍く輝く鉄色の背中に悠斗は跨る。それを確認したグラディウスは翼を羽ばたかせると、一気に空へと飛び立った。

 

「おお! これは凄いな!」

 

 空を飛ぶと言う体験に思わず悠斗が興奮の声を上げる。生身の体で感じる風は心地良く、風を切って進んでいくのがとても気持ちがいい。眼下の景色は流れるように過ぎて行く。

 

「まだまだ、我の速さはこんなものではないぞ?」

 

「なら、最高速で町へと頼む」

 

「ふむ、気絶しても知らぬぞ?」

 

「なに、そんなやわな鍛え方はしていないさ」

 

 グラディウスの心配を、にやりと笑って一蹴する。それにグラディウスもニヤリと笑うと、

 

「よかろう。ならば、振り落とされぬようしっかりと掴まっていろ!」

 

 その瞬間、グラディウスが翼をたたんで急加速した。それに合わせて悠斗も姿勢を低くする。

 

 景色が飛ぶように消えていく中で、悠斗は最高の気分を味わっていた。

 

 

 

 

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