なるしす |
ナルキッソス・サイド・ストーリー
なるしす
今なら溶けられると思った。
まっくらな水面ににじむ月を見ていると、自分もにじんでしまえるように思えた。
さやさや……さやさや………
潮騒がさそっている。
はだしになって歩く。
だれもいない夜の砂浜を、ゆっくりと歩く。
海と空と砂浜のさかいがあいまいな、まっくらな方へ向って、歩く。
ざ……ざ……ざ………
指の間に、ひんやりとした砂がつめこまれていく。
足首をさざなみがくすぐる。
一歩、また一歩。
ひざに水がつかる。
腰までつかる。
こわい。
そして、あいまいになっていく。
海に抱かれているような感覚になる。
「笑ってあげて」
セツミはそう言っていた。
残していく者には、笑ってあげて。
そういって、残された俺に笑いかけてくれた。
彼女が残した、新しいルール。
7Fの、死にゆく者たちだけの間で語り継がれていくルール。
それは、もしかしたら最も難しいことなのかもしれない。
俺は、目をつむり、海の向こう側へと進んだ。
そのとき、薄明かりがさした。
海の向こうから、わずかだがたしかな光がさしこんできた。
朝日だ。
オレンジと黄色の中間のような光が、空に浮かぶ月を照らす。
肩まで、つかっている。
やれることは、もうそう多くない。
最後は、どうしようか。
みんな、どうしてきたんだろう。
叫ぶのだろうか。
泣くのだろうか。
……いや。
そうじゃない。
笑うんだ。
俺は、ふりかえった。
薄明かりに照らされる、丘陵の一角。
……ナルキッソス。
せまく、白い部屋のような水仙畑が見える。
揺れている。
こんなからっぽの俺を、見送ってくれていた。
力が抜けていく。
ポケットに詰めた無数の石ころを抱きかかえる。
目を閉じる。
ゆっくりと、溶けていく。
ゆっくりと…。
残していく世界に対して、俺は笑えていただろうか。
<了>
説明 | ||
ステージななさんの「ナルキッソス1」エンド後のサイドストーリーです。 半年前は真冬だった。 それなのに…あいつは水着で、はしゃいでた。 白いビニールの腕輪と、白い雪がゆらゆら揺れていた日のこと。 そんな冬の日のこと。 半年後。 淡路島。 水仙。 石ころをポケットにねじこみ、一人でクーペに飛び乗った日のこと。 そんな夏の日のこと。 |
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