真・恋姫†無双 桃園に咲く 4
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 公孫賛、字は伯圭。

 三国時代の武将、というよりは後漢末期の武将といったほうが正しいのだろう。

 有力豪族公孫氏に生まれるも生母の身分が低く、幼い頃は不遇の扱いを一族から受けていた。

 廬植のもとで勉学に励みし後、北方異民族の反乱討伐に従軍し功績を挙げると、そこを皮切りに昇進を重ね、幽州一帯を支配し勢力を築くにまでに至る。

 しかし中央政府の瓦解した後の袁紹との戦いにおいて大敗。そのまま自害することになる。

 三国志演義なんかでは『悪役曹操に負けた袁紹に負けた人』というなんとも不名誉なレッテルが付きまとう感は否めないが、初期の群雄割拠レースの中では有力馬であったことは間違いない。

 白馬騎将、白馬長史。

 呼び名に差異あれ、白き馬に跨り戦場を駆ける様はまさに『華北の雄』だったのだろう。

 

 

 華北の、雄……。

 

 

 

 

 

「桃香! ひっさしぶりだなー!」

「白蓮ちゃん、きゃー! 久しぶりだね!」

 

 玉座へと案内された一刀たちを待っていたのは、目算で桃香や愛紗とそう変わらない年齢の少女だった。

 横一文字に切りそろえた前髪を中央で分け、後ろ髪は頭の高い部分で一度結わえてからうなじあたりに下ろしている。

 髪と同色の色と白に染められたタートルネックにノースリーブで、ところどころに金色を設えた衣服。

 忌憚のない感想で、桃香たち同様ハイカラな印象。

 そして間違いなく、『雄』ではない。

 なんとなく予想していたことであり、諦めていた分ダメージは軽いが。

 これで中年の男性が現れたらそれこそ矛盾してしまうと考えてしまっているあたり、だいぶ適応してきているのだろう。

 

「彼女が公孫賛?」

 

 並んで見守る愛紗を肘で突く。質問調ではあるが、それも確認とすらいえない形だけのものだ。

 華北を治める者を尋ねて、通された玉座に曹操や孫堅がいるのなら、いよいよこの世界の認識を改めなければならなくなる。というかお手上げだ。

 今この場に、彼女しかいなければ、彼女が公孫賛であるしかない。

 愛紗も顎を引くことで肯定を示した。

 

「廬植先生のところを卒業して以来だから、もう3年ぶりか。元気そうで何よりだ」

「白蓮ちゃんこそ、元気そうだね。それにいつの間にか太守様になっちゃて。すごいよー」

 

 両手を合わせてキャッキャと喜ぶ2人は英雄たちの再会というより、数年ぶりの同窓会で再び顔を合わせた旧知の友人のようだ。

 あながちそれで間違いでもないのだが、時間と場所を飛び越えて元の世界の風景と重なってしまう。

 

「いやぁ、まだまだ。私はこの位置でとまってなんかいられないからな。通過点みたいなもんだ」

 

 年頃の少女たちの華やいだ会話の中に、時折為政者の大望が織り交ざる。

 それだけが一刀の感性からいえば、実に奇妙な光景に映った。

 きっとここではこれが普通なのだろう。

 

 

 

 さてそんな人並みの立身出世欲を持つ公孫賛が、同じ同門の祖である桃香に聞くことといえば、一度袂を分かちてから現在までの経緯でであろうが。

 

 

「んとね、あちこちでいろんな人を助けてた!」

 

 

 花咲く笑顔をもってして、自信を漲らせた桃香の回答はこれだ。

 他の経歴を聞こうとするが事実本質全くもって『それだけ』ときたものだから、公孫賛の驚愕を意味する悲鳴が木霊したのも無理はないのだろう。

 

「ちょっと待て桃香! あんた、廬植先生から将来を嘱望されていたぐらいなのに、そんなことばっかやってたのかっ!?」

「う、うん……」

「どうして!? 桃香ぐらい能力があったなら、都尉ぐらい余裕でなれただろうに!」

 

 一気呵成に捲くし立てる公孫賛から逃れるように、頭を抑えて縮こまる桃香。期待を裏切らないリアクションだ。

 公孫賛はいうだけいって肩で息している。

 なだめるように桃香が言葉を滑り込ませた。彼女なりの誠意と説得力を込めて。

 

「そうかもしれないけど……でもね白蓮ちゃん。私……どこかの県に所属して、その周辺の人たちしか助けることが出来ないっていうの、イヤだったの」

「だからって、おまえ独りが頑張っても、そんなの高が知れてるだろうに」

 

 呆れよりも旧友を心底より心配する気持ちを感じる響き。気のせいではないだろう。

 桃香自身、それで高が知れているということだってわかっていただろうが、それでも職に着かずに放浪を選んだのだと、一刀は思っている。

 本人に尋ねたわけではないから推測になるが、思うだけなら自由だ。

 言葉だけではわからない、やってみて、肌で感じて初めてわかることがある。

 第三者的な立場だし、結果論でしかないが、桃香のこれまでの行動が無駄だとは思えなかった。

 きっと公孫賛もそのことを理解しているだろう。

 その上で、向こう見ずで危なっかしい友人の行動に、眉を下げる姿は好感が持てた。

 

「そんなことないよ? 私にはすっごい仲間たちがいるんだもん」

 

 旧友にして今や一城の主たる彼女の心配をわかっているのやら、いないのやら。ほぼ100%わかってないな。

 語尾に音符を振りまいて、桃香は左手を後ろへと広げた。

 いきなり水を向けられた一刀たちに、仲間? と訝しげな視線が向けられる。

 

「桃香がいっているのは、この3人のこと?」

「そうだよ。んとね、関雲長、張翼徳、それに管輅ちゃんお墨付きの天の御使い、北郷一刀さん」

「管輅? 管輅って、あの占い師のか?」

「うん。流星と共に天の御使いが五台山の麓にやってくるって占い、白蓮ちゃんは聞いたことない?」

 

 そんないかにもな内容であるとは、一刀自身も知らなかった。

 いかにもらしいが、同時にいかにもすぎて胡散臭い予言だ。

 案の定、公孫賛は眉唾物と思っていたと語っている。

 きっと中原のほとんどの人がそうであろう。

 つくづく桃香たちに拾われたことで、話がトントン拍子に進んだのだなと実感した。

 他の人間に捕まったら、ひとまず尋問の一つや二つ避けられないだろう。

 

「そんなことないよ! 一刀さんは本物だよ!」

「ふーん……」

 

 本人の与り知らぬ所で勝手に太鼓判を押していく桃香に促されるように、公孫賛が誰でもない一刀ただ一人を視界に捉えた。

 細められた瞳の色は、愛紗とよく似た琥珀色。釣り目がちの軍神に比べては、いくらか穏やかな目をしている。

 かといって、足のつま先から頭頂まで値踏みするような視線は、決して気持ちいいものではない。

 

「……なにか?」

「あー! 白蓮ちゃん、私のこと疑ってるの?」

「いや、疑ってるわけじゃないって。桃香は今まで一度だって嘘をついたことがないんだから。桃香のいうことは信じているよ」

 

 それはそれですごい話。公孫賛が全幅の信頼を寄せているという、桃香のバカ正直振りが。

 人徳のなせる業か、天然のなせる業か。どうも後者のほうに比重がおかれてしまうのは、やはり桃香だからか。

 ただ、と前置きして、勿体つけるように彼女は一度呼吸を置く。長い指が、鼻先まで近づいた。

 

「なんかそれっぽくないなぁと思ってさ」

「……俺もそう思うよ」

 

 諸手を挙げて、心からの同意。

 『それっぽくない』なんて曖昧な表現ではなく、『そうは見えない』といい切ってしまえばもう言うことなしだ。

 光り輝くぽりえすてーるだけでは、旅する義姉妹の信頼は貰えても、白馬長史には通用しない。

 正しい分析に、賛辞と安堵を。

 ここで彼女も揃ってお花畑だったら、いよいよ大問題になってたところ。

 

「そんなことないよ。私には見えてるもん。ご主人様の背後に光り輝く後光が!」

 

 お花畑筆頭様はなおも力説。思わずチラリと背後を振り返ってしまった一刀の目には、残念ながら『光り輝く後光』とやらは見えなかった。

 きっと今まで嘘を吐いたことがない心の清らかな少女にしか見えない代物なのだろう。そういうことにしておこう。

 

「まぁ、後光があるかないかは別として、一応桃香たちと行動をともにしているんだ。よろしく、公孫賛さん」

「そうか、桃香が真名を許したならば、一角の人物なのだろう。……ならば私のことも白蓮でいい。友の友なら、私にとっても友だからな」

 

 思い切りが良いというか、気持ちがいい考え方だ。

 屈託なく笑うその表情も、信じてもいいと思える。

 我ながら単純かもしれないが。

 

「北郷一刀。真名はないから、一刀でいいよ。よろしく、白蓮さん」

「気遣いでいっているのだとしたら、敬称もいらないぞ」

「……よろしく白蓮」

 

 とりあえず拙いながら、自己紹介を済ませた。

 

 

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「でだ……桃香が私を訪ねてきたのは、旧誼を暖めるためだけではないとおもうけど。本当の用向きはどういうのだ?」

 

 ようやく話は本題へ。

 同窓会の雰囲気から、一変軍人の顔を覗かせる白蓮に、いつもどおりの桃香。このあたりの図太さが彼女の強みのひとつなんだろう。

 

「うん。白蓮ちゃんのところで盗賊さんを退治するために義勇兵を募ってるって話を聞いて、私たちもお手伝いしようかなと思って」

 

 世に羽ばたくために、武を、名を轟かせる。そのためには舞台が必要だ。

 ただ旧友だからとフラリとやってきた所で、いいように使われてしまえば時間の浪費。

 荒廃する世界はそれを許してくれない、彼女たちの言を流用させてもらえば、そういうことだ。

 だからこそ、それなりの軍を持っている『ようにみえる』イカサマを弄してみた。

 そうして少しでも義勇軍の中で上に食い込めれば、多少ながらでも時間の節約になる。

 本当に指揮できるのかは、出たとこ勝負になるが。愛紗と鈴々なら問題ないだろうと楽観している。天の御使いの予備知識万歳。

 そのための第一段階として、白蓮との謁見というところまではこぎつけた。

 あとは桃香の交渉能力次第。

 桃香の、交渉能力、次第。だったのだが。

 

 

 

「――で?」

「で、でって何かな?」

「本当の兵士は、いったい何人ぐらい連れてきてくれているんだ?」

「あ……あぅ」

 

 

 なるほど。『嘘をついたことがない』というのは、あながち間違いではなかったのかもしれない。

 というか、『嘘をついてもすぐ露見するほど下手』の間違いではないだろうか。

 こればかりは経験値を要するものであり、不慣れな桃香には荷が重かったともいえるが。

 だめだ。と悟ったのは交渉開始直後では、あまりにも早すぎる。

 人数の把握などの説得力ある説明以前の話で、顔や表情に気の毒になるぐらいボロボロ出てくるのだ。

 思わず内心で顔を覆った一刀の隣で、愛紗もさすがに小さくため息を漏らした。

 悪戯な笑みで散々桃香を弄り倒した後、白蓮は表情を綻ばせる。

 

「ふふっ、桃香の考えていることはわかる。だけど私に対してそういう小細工はして欲しくないな」

「あぅ……ばれてたんだ」

「これでも太守をやってるんだ。それぐらい見抜く目を持っていないと、生き残っていけないさ」

 

 これ以上どうあがいても、体制は覆らないだろう。

 そもそも桃香が完全に白旗を上げてしまっている。

 一歩前に踏み出して、桃香と白蓮の間に割って入った。

 

「あー、ごめん。これは全部俺の作戦なんだ」

 

 手の内をばらすことに未練はない。

 それより彼女たちの友情に亀裂をつくるほうが、心苦しい。

 

「気が急いて、姑息な手を使ったね。謝るよ」

 

 桃香たちの目標や、もろもろの説明をしようかと思ったが、そっちはやめることにした。

 それはあくまでこちら側の事情で、白蓮から見れば瑣末事だろう。

 事実として『利用しようとした』ことには変わらないのだから、それに対する謝罪はしなければならない。

 そしてこの状況で、そういったことでの損害が少ないのは自分だと一刀自認している。

 会って間もない人間なのだから、欺きあいの傷もお互い浅く済む。

 拍子抜けするほどあっさり非を認める天の御使いに対して白蓮は、誤魔化すように笑うだけだった。

 

「いや、気にはしていないから良いさ。私だって、桃香たちと同じ状況なら、そういう作戦を立てていたと思う。

 けど、友としての信義をないがしろにする者に、人がついてくることはない。気をつけろよ」

 

 

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 白蓮の忠告を、一刀は驚きをもって受け止めることになる。

 記憶が正しければ、自分の世界の『彼』は結構なタカ派であったはずだ。

 異民族の討伐任務を命ぜられるほどなのだから、仕方がないかもしれないが、穏健派である自分の上司を抹殺してしまったことが、部下の信頼を地に落とし、結果的に彼の死に繋がった。

 やはり自分のいる場所は、何かが決定的に違うのだろうか。

 ただ歴史をなぞるだけでは、思う結末には辿り着けないのかもしれない。

 

「下手な小細工をするよりも、誠心誠意人に当たったほうが良いってこと?」

 

 試すような言い方になったことは自覚している。

 純粋な意味での質問ではないことは明白だ。

 修正を求めている。人を計っている。

 古の武将、公孫賛ではなく。白き蓮の名を持つ少女の。

 白蓮は特に気を悪くした風もなく、答えてくれた。

 

「少し違う。赤心を見せる相手を、見抜く目を養えってことさ」

 

 当然の答え。その上に、彼女なりの創意が見える。

 わかるか、天の御使い。

 そう微笑む少女はやはり治める者であり、その過程で今の言葉を裏付ける出来事があったのだろう。

 いわんとしていることがわからないほど理解力がないつもりもない。

 誰にでも信頼すればいいというものではないし、その逆も然り。

 打算と真心。そのバランスの見極めの話だ。

 疑っている内は敵を見極められるが、味方だって出来やしない。

 

 今回のことに限れば、下手を打ったつもりはないが良い結果にはならなかった。

 最善を選んだとしても、そこに最上の結果が伴うことには繋がらないのだ。

 いつかそれが致命的な展開を招くこともある。

 そのためにも研鑽が必要と暗に教えてくれているのかもしれない。

 

 

 

「心得ておくよ。ありがとう、白蓮」

 

 

 

 その初めての失敗の相手が、真心を持つ相手でよかったと心から思った。

説明
北に咲く白き蓮との謁見です。
恋姫の真名で『蓮』の字が入る娘って多いよね?
中国では蓮は有名な花なのかな?

公孫賛の『賛』の正しい字である『?』をメモ帳が読み取ってくれなかったヨ。
でも恋姫では『賛』でかまわないよね?
雛里が『?統』でなく『鳳統』なのと一緒で。


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コメント
あさぎ様:ホントは今回星も出したかったのですが、冗長になりそうなので切りました。次回登場です。思慮深い少女なので、いろいろ大切な位置づけのキャラになるでしょうね。原作のように翻弄されはしないと思いますが(牙無し)
ko-ji@GM様:各人かなりデフォルメされていますからね。無難な所で華琳様あたりでしょうか? 武力チートではありませんが、かなり出来る子です。ウチの一刀君。クールというより淡白、情はあるしお人よしだけど、闇雲でもない。いろいろ猪突猛進な蜀の中でなじんでいるようで少し異質な少年です。これからもよろしくお願いします(牙無し)
濡れタオル様:基本的にオリジナル展開への移行はありませんが、拠点フェイズのお話なんか原作とは違うものもかいてみたいですね。コメントありがとうございます(牙無し)
原作通りであるならば、ここから桃香たちは暫くの間、白蓮の下で動いていく形となりますね。原作では星も登場しますが、このお話ではどうなるのか楽しみにお待ちしてます。(あさぎ)
ここまで話の本筋は、ほぼ原作通りですが、これからどんな展開になるのか楽しみです。(濡れタオル)
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