真・恋姫†無双〜恋と共に〜 番外編 そのさん |
番外編 そのさん
雪蓮の城を出た翌日、一刀は非常にいい気分で黒兎を歩かせていた。理由はお分かりだろう。彼の貞操が守られ、こうして大手を振って歩けるからだ。
「〜〜♪〜〜〜〜♪」
「おやおや、おにーさんはご機嫌ですねー。そんなにあの街を出られたのが嬉しいのですか?」
「ん?昨日の夜も言っただろう?俺が月と詠と協に凌辱されていて、皆にも犯されそうな気がしたから逃げ出した、って」
「私ですかぁっ!?」
『協』という名前に香が反応する。そんな彼女を聞き流し、一刀は風へと声をかける。「無視しないでくださいぃ」という声が聞こえてきたが、無視だ。
「それより風は風で大人しいな………って、何読んでるんだ?」
「あぁ、これですか?雪蓮さんの街の本屋で見かけたのですが、なかなか面白いので衝動買いしてしまいました」
「歴史書か何かか?」
「いえいえ。勉学の為の本はやはりお城の方が充実しておりますのでー。これはなかなかに壮大な叙事詩です」
言われてみれば、確かにそうだ。真新しい本はたいていその城の文官が買い集め、城の書庫がその街でもっとも豊富なバリエーションを持つ。
「叙事詩か…劉邦とかか?」
「にゅふふ、違います」
劉邦や項羽の話ではないらしい。さて、どんな内容なのだろうか。
「これはですねー、『御遣いと天子』という連作の最新版でして題名が『御遣いと天子〜霞(カスミ)の如き〜』ですー」
「増えてるっ!?てかそれ叙事詩でも何でもなくて、ただのエロ小説だろうが!!」
何という事だろう。タイトルから察するに、今度は霞が登場しているらしい。
「おやおや、おにーさんもこの名作シリーズをご存知なのですね。ま、まさか………」
「風が何を想像しているかは知らないが、違うからな」
風が外来語を使った事はさておいて。
「それにしてもこの『つくよみ』さんという方の才能は恐ろしいですね。風は読み解き発展させる事は出来ても、一から作り出すのは苦手なのですよ」
「………わかってて言ってるだろ」
「はて、なんの事やらー」
相変わらず食えない風に、一刀はいつか食ってやると決意を新たにするのだった。
「風はいつでもいいのですよー」
「ごめん、やっぱ今のはなし」
そんな遣り取りに、無視されていたはずの香が割り込む。
「それより、風ちゃんが読んでる本はおもしろいんですか?」
「おや、香ちゃんも興味がおありですか?」
「はい。それにこうして馬に乗るだけなのも暇なので」
「ではシリーズ第一作からお貸しします。少々お待ちをー」
風はよじよじと一刀の身体に巻きつきながら彼の後ろに移動すると、黒兎の背に腹這いになる。おなかで身体を支えて横向きになると、黒兎の横腹に下げてある麻袋をゴソゴソと弄る。
「………おぉ、ありましたありました」
少しの間探っていたが、すぐに目的のものを取り出すと身体を起こし、再びよじよじと一刀の前まで戻る。
「はい、どぞー」
「ありがとうございまーす」
香は風から本(『御遣いと天子〜禁断の愛〜』)を受け取り、馬に乗ったまま器用に書物を開いた。
「『天の御遣い』という事は…これは一刀さんと劉協様の物語なのですね………ふむふむ、禁断の愛というのは気になりますが、とりあえず読んでいく事にしましょう」
誰も反応しないのに独り言を口にするあたり、香もなかなか寂しい娘なのかもしれない。
「ふふっ…帝とはいえ、このように描かれるとなかなか可愛らしいですね」
「……風、止めてもいいか、あれ?」
「………おもしろそうだから駄目です」
パカパカと蹄の音が鳴るなか、香の独り言が流れてくる。
しばらくそうしていただろうか――――――。
「―――ぇ?……いやいや、まさか………………」
「風…」
「駄目です」
やはり止める事は出来ないらしい。
「ひぁっ!?一刀さんが幼き劉協様の………まさか、そんな事まで?……おぉ、このような感じなのですね、ふむふむ」
「風、隣の処女が勘違いだらけの夢を見始めているぞ?」
「よいではないですか。夢を見ていられるうちが幸せなのですから」
もはや一刀も諦めている。そうしてさらにしばらくの時が過ぎ―――。
「………………」
「おい、風。隣の処女が鼻血を流してるぞ」
「おやおや、書物だけで破瓜の血を流すとは、香ちゃんもやりますねー」
一刀たちの隣で一心不乱に本を読みふけるその鼻からはダクダクと血が流れ出ていた。
その頃メインヒロインはというと――――――
「………………………………………………………zzz」
赤兎に揺られながら、絶賛昼寝中だった。
どれほどの日数を馬に乗って歩いただろうか。彼らは現代でいうところの中国河南省のとある街に辿り着いていた。
「こちらが、私がかつて働いていた南陽の街です」
「おぉ、さすがは袁家の治める街です。大きいですねー」
香の紹介に、風が素直に感嘆の声を上げる。
「ほら、恋。街に着いたぞ」
「………ん、朝?」
「あぁ、朝だ」
「ごはん…」
一刀は、赤兎長い首にもたれ掛って四肢を垂らしている恋を起こしていた。セキトは同じ名の巨馬の背に乗って、同様にぐでっている。ちなみに朝ではない。
「そうだな。とりあえず飯でも食いに行くか。風と香もそれでいいだろう?」
「かまいませんー」
「はい、いいですよ」
こうして一行は、南陽の大きな城門をくぐるのだった。
※
「………もきゅもきゅ」
恋以外の3人は食事を終え、それぞれ茶を啜ったり飴を舐めたり、あるいは書を読んでいたりしていた。
「さて、これからどうしようか?」
「そですねー。香ちゃんさえ良ければ、袁術さんのお城に遊びに行くのもいいですねー」
「………………」
「そうだな………って、香?」
「邪魔しないでください。今、いいところなんです。………おぉっ!董卓さんを交えた3人の睦み中に、賈駆さんが乱入するとは………え、まさかそんな展開が!?これは目を離せませんね………………ゴクリ」
「なに生唾飲み込んでんだ、この馬鹿」
「―――あいたぁ!?」
新しい趣味を見つけた腐女子候補生もとい香を現実に引き戻すと、一刀は先に風がした質問をかけ直す。
「それで袁術のところの様子でも見に行こうかってなったんだけど、お前はどうする?」
「えぇと……」
「気まずいならお前は別行動でもかまわないさ。知り合いに会いに行ったっていい」
「そうですね………やっぱり私も行かせてもらいます」
「そっか」
珍しく優しげな一刀に、香は思わずドキリとさせられるのだった。
「あぁああっ!!」
城に向かって大通りを歩いている時である。香がふと立ち止まったかと思うと、いきなり悲鳴を上げた。
「どうした?」
見れば、香は広場に立てられた一つの立ち札に見入っている。
「どしたんですかー?」
風も覗き込む。
「か…か……」
「………一刀?」
「姦計ですか?」
「か、か…カンダウリズム?変態だな」
「違いますっ!見てください!」
香に言われるまま札を見ると、そこには――――――。
『数え役満姉妹公演・日時―――』
天和たちのライブ告知だった。この辺りにも進出してきたのか。そう思った瞬間、一刀は風の方を向く。まったく同時に風も一刀の方を向いていた。
「「………」」
目と目で通じ合う彼らは、それだけで意志疎通が出来たらしい。2人はわずかに頷くと、香へと向き直った。
「香ちゃんはこの『数え役満姉妹』という芸人さんがお好きなのですか?」
「好きなんてもんじゃありません!一度聞いただけで大ファンです!何度かこの街でも公演をしてはいたんですが、なかなか入場券が手に入らなくて………ある時はすでに売り切れで、またある時は、発売日前日の仕事終わりに徹夜を決意して並べば目の前には通りを埋め尽くさんばかりの酸っぱい臭いを放つ太った男たちが並んでいて………一度しか生で聞いた事がないんですよぉ」
「そうか……だがこれを見るに、すでに前売り券は完売しているらしいぞ?」
確かに、告知の板の隅には『完売』の二文字が朱墨で書かれていた。
「うぅ……またしても私は彼女たちの唄を聞くことができないのですね………」
「また機会はあるさ。諦めるな」
「はいぃ………」
項垂れる香を慰めながら、一刀たちは再び歩き出した。
「………………読めない」
ただ一人、恋だけは流れに取り残されていたようだが。
街のサイズに比例して、この南陽太守の城も相当に大きいものだった。洛陽の宮廷と比べるべくもないが、それでも雪蓮の城よりは遙かに荘厳な風体をしている。
「さて、どうやって忍び込もうか」
「えぇと、忍び込むこと前提なんですか?」
一行は、城の門から少し外れたところに立っていた。遠くに門番が2人見える。
「じゃぁあれか?香が袁術に御目通りさせてくれるのか?」
「う…そう言われると自信が………」
「じゃぁやっぱり忍び込むか」
「だからそれは………」
「でも他に方法はないぞ?」
「えぇとえぇと………」
だんだんと追い詰められていく香。別段袁術に会う必要もないが、その点には思い至らない。そして――――――。
「わかりましたよぅ……ここは正直に会いに来たと言ってみます………」
結局、なし崩し的に袁術への橋渡しとなってしまう香だった。
香を先頭に、4人は門へと向かっていった。彼らの姿を認めた途端、2人の門番は槍を交差させて停止を促す。
「何用だ」
「……えぇと、袁術様にお会い出来たらなぁ、と」
「(弱気だな)」 「(弱気ですね)」 「(………チキン)」 「(わふっ………)」
「謁見の予定は―――」
謁見の予定はあるか。そう問おうとした衛兵の顔色が変わる。
「たっ、隊長!?」
「………へっ?」
「紀霊隊長ですよね!」
「えぇと、そうですが………」
香が頷くと、その兵は顔を喜びに変える。隣の男も同様だった。
「おい、紀霊隊長って、まさか………」
「あぁ、そうだよ!『鬼の紀霊』と異名を持つ、あの紀霊隊長だ」
「へ?えぇと、その―――」
「マジか!反董卓連合の時に、『天の御遣い』に討ち取られたって聞いてたが………」
「いや、私は―――」
「俺が隊長を見間違えるわけないだろう!その三尖刀も隊長が愛用していた武器ですよね」
「えぇと、そうですけど―――」
「やっぱりだ!おい、袁術様に紀霊隊長がご生還なさったとお伝えしろ」
「あ、あぁ!行って来る!」
言うが早いか、片方の兵が城門の中へと駆けていった。残った男の視線が、香から流れて一刀達へと向けられる。
「そちらは………あぁ、隊長の御供の者たちですね」
「へっ?いやいやいや!何を言って―――」
兵の勘違いを即座に否定しようとした香だったが、その口を一刀に抑えられる。
「(風っ!)」 「(御意ー)」
一瞬のアイコンタクト。風は一刀の意図を的確に読み取ると、香の前に一歩踏み出した。
「そうなのですよ。風は紀霊様の軍師をしております、程立と申すのです」
「むぅううぅううぅ!?」
「で、こっちが………」
「はい、紀霊様の護衛をさせて頂いております、北と申します。こちらは奉です」
「………?」
「(いいから頷いておけ)」
「………ん(こく)」
「むがむぐぐぅぅ!」
3人は自己紹介をすると、風が続けて口を開く。
「それで、袁術様への御目通りは適いますでしょうかー?」
「あぁ、勿論だ。隊長、どうぞお入りください!」
「むぐむぐぅぅ……」
ついぞ香が言葉を発する事はなく、4人と1匹は城内へと入って行った。
衛兵の視界から外れ、他に誰もいなくなったところで、ようやく香は解放された。
「―――ぷはぁっ!どどど、どういうつもりですか!?」
「面白そうだからな、『紀霊隊長』」
「そですよー。あまり気にすると禿げますよ?『紀霊隊長』」
「いやいやいや、嫌な予感しかしないんですが………」
「まぁ、そういう事だ。恋もここにいる間は、ちゃんと『紀霊様』って言うんだぞ?」
「………ん」
「そんなぁ………」
押し通される形で香は暫定リーダーの任務に就く。
「それでは行きましょう、紀霊様」
「さっさと来るのです、紀霊様」
「………ドンマイ…紀霊さま」
「うぅ……」
四人は謁見の間へと歩き出した。
※
広間の扉の前には、また別の兵がいた。
「紀霊隊長、お久しぶりです!御無事で何より」
「あ、あはは…久しぶりです………」
「そんな他人行儀な!以前のように、『あぁ』って恰好よく答えてくださいよ」
「あ、あぁ……」
「(ぷ、ぷぷぷ…『あぁ……』だって!『あぁ……』だって!!)」
「(そんなに笑っては失礼ですよ、北さん………にゅふふ)」
「(………あぁ)」
「「(ぷくくっ……)」」
「ちょっとそこ、うるさい!」
後ろでぷくぷく笑う一刀たちに、思わず怒鳴ってしまう。しかし、それが逆にその兵の記憶を呼び起こしたらしい。
「くぅぅっ、やっぱり隊長の怒声は芯に響きますね」
「………」
ちなみに、ぷくぷく笑っているうちの男の方は、黒い布で顔を隠している。外からは右眼しか見えない姿であった。一刀の顔を知る袁術と張勲への対策だ。ちなみに恋は袁術軍とは相対しておらず、城壁で指揮していた風は言わずもがなである。
「―――っと、もう入っても大丈夫のようです。どうぞ!」
「………し、失礼すりゅ」
「(『失礼する』だって!しかも噛んでる!ぷぷぷ………)」
「(キャラが違い過ぎますねー……にゅふっ)」
「………失礼する」
「………#」
ギギギ………と重たい音を立て、広間の大きな扉が開いていく。4人は、相変わらず香を先頭に中へと入っていった。
「本当に……紀霊なのかや?」
「はい…お久しぶりです、袁術様」
大広間には妙な雰囲気が広がっていた。玉座に座り、張勲を傍に従えた袁術だったが、香の姿を認めた途端立ち上がって階段を駆け下り、香の両手をぎゅっと握りしめたのだ。
「よくぞ…よくぞ帰ってきてくれた………」
「袁術様………」
どうやら香が思っていたよりも、袁術は彼女の事を想っていたらしい。そのつぶらな瞳にはうっすらと涙を浮かべ、そこだけ切り取って見れば、ひとりの幼い少女のようだった。
「よかったですね、お嬢様」
「うむ!」
同じく階段を降りてきた張勲の声に、袁術はぱっと笑顔の華を咲かせる。
「(袁術ちゃんは意外とまともなのかもしれませんねー)」
「(あぁ……思っていたより薬が効いたのかもな)」
「(………………zzz)」
香の後ろでは3人がコソコソと話をしていた。
「でも紀霊さんは『天の御遣い』に連れ去られたはずなのですが、解放されたのですか?」
張勲の問いかけに、香はビクっと肩を震わせる。
「えぇと、その…色々ありまして………」
「細かい事はどうでもよいのじゃ!こうして戻ってきたのじゃからな。それより、そっちの3人は何者じゃ?」
「えぇと、その―――」
「はっ!我らは紀霊様のお供をしております。私は北、こちらが奉、そしてこちらが紀霊様つきの軍師の程立にあります」
「よろしくですー」
「………zzz」
袁術の問いに、一刀と風は居住まいをただし、恋は寝ながら一刀に姿勢を変えられている。
「そうかそうか。紀霊は強いからの!戻ってくる途中で引き連れるようになったのじゃろう」
だが、元気よく答える少女に、張勲が待ったをかけた。
「なんじゃ?」
「奉さんと程立さんはいいとして………そちらの北さん」
「………なんでしょう?」
「謁見の間にいるのに、顔を隠すのは如何なものかと思います。その布を取ってもらえませんか?」
至極当然の反応である。主を守る立場はさることながら、礼節においても問題のある一刀の恰好は、城を弾き出されるに十分の理由を有していた。
「(なかなかに強かだな………)はっ!ですが、それだけはご容赦願いたく」
「………どうしてですか?」
張勲の眼がすっと細まる。
「礼を失する事は十分に承知。しかしながら某、幼少の頃大火に遭い、顔を焼かれてしまいました。袁術様のような高貴な御方の前でそのような醜い顔を晒す事こそが失礼と愚考する故」
「(よくもまぁ、ペラペラと………流石はおにーさんです)」
しばし流れた沈黙を破ったのは、袁術だった。
「七乃!本人が嫌がっておるものを無理に見るものではないぞ?それに紀霊が従えておるのじゃ。七乃は紀霊を信じてくれんのかや?」
その言葉に、先ほどの緊張感もどこへやら。潤んだ瞳で見つめられた張勲は身体をくねらせると袁術に抱き着いた。
「そんな事あるわけがないじゃないですか。『鬼の紀霊』さんが従えているんですものね。勿論七乃は信じますぅ」
「えぇと、その二つ名はどうにかならないのでしょうか………」
困ったように言う香だったが、背後の押し殺した笑い声はしっかりと届いている。
「では七乃や」
「はい。紀霊さんも戻ってきたことですし、お茶会でもしましょうか」
「今日は蜂蜜水を飲んでもよいか?」
「そうですねぇ………今日はお嬢様もお勉強を頑張りましたし、紀霊さんが帰ってきた記念という事で、2杯までなら許しちゃいますっ」
「うははー!やったのじゃ!ほれ、紀霊や、行くぞえ?そちらの者たちも来るがよい。紀霊の部下なら歓待せねばな」
「はっ、有難き幸せ」
演技を続けながらも、一刀は内心感心していた。放浪の果てに蜂蜜を飲めずに死んだ袁術だが、この世界では色々と努力をしているらしい。そんな小さな背中に義妹の面影を感じながら、一刀は袁術たちの後をついていくのだった。
「(さすが袁家…美味そうな茶菓子じゃないか………)」
一刀は早速後悔していた。中庭の一角に据えられた四阿で茶会が開かれているのだが、先ほどの言い訳の為、一刀だけは何も口にしていない。風は高級そうなお茶を啜り、恋は点心の山をもきゅもきゅと消費していた。
袁術たちと紀霊は会話に花を咲かせている。
「それでの?連合から戻ってからは、毎日勉強をしているのじゃ!」
「本当ですか?さすがは袁術様です」
「お嬢様は毎日頑張ってますよ。それに、蜂蜜水も3日に1回まで我慢してらっしゃいますし………よっ、大陸一の頑張り屋さん!」
「うはははーっ!もっと褒めてたも!」
先ほどからこんな会話を繰り返している。やれ昨日は政を勉強した、やれ一昨日は歴史を勉強しただの、色々と自慢をしている。この年頃の少女にとっては、当たり前の光景が広がっていた。
※
しばらくそういった話をしていたが、ふと、袁術が思い出したように話題を変えた。
「そういえば紀霊や。お主は数え役満姉妹という旅芸人を知っておるか?」
「はい、勿論知っております」
「そうかそうか。それでの、その芸人が3日後にこの街で公演をやるらしいのじゃ」
「そうなんですよ。何でも各地で人気を博しているとかで、前売り券も高値で売り買いされているくらいです。まぁ、お嬢様の可愛さに勝てる人なんていませんけどね」
「そうじゃの、そうじゃの。でじゃ、その入場券を七乃が買ってくれたのじゃが、2枚の筈が3枚届いての」
その言葉に、香は思わず立ちあがった。
「えぇっ!?あの入場券を手に入れる事が出来たんですか!?」
「はい。休務中の兵に特別手当を出して並んでもらったんです。2枚で十分だったのですが、もう一人買う事に成功した人がいて、それで1枚余計にあるんですよ」
「そうなのじゃ。それでの、紀霊や。もしよかったら、妾達と一緒にその公演に行かぬか?」
「い、いいんですか!?」
「当り前じゃ。紀霊じゃから誘っておるのじゃ!」
即答しようとした紀霊だったが、すぐに自分の置かれている状況を思い出す。もしこの場に香一人なら是が非でも連れて行ってくれと頼んだだろう。だがしかし、ここには袁術と張勲の他に、これまで苦楽を共にした仲間がいる。彼らは数え役満姉妹を知らないらしい。
出来る事なら彼らも一緒に聞いて欲しい。
そんな葛藤の合間を縫って、再三一刀と風は視線を交差させた。
「紀霊様。風たちの事はご心配なさらないで結構ですよー。どうぞ袁術様と楽しんでいらしてください」
「えぇと、いいのです………いいのか?」
「勿論ですよー」
風の言葉に、香はこれまで見たこともない程の笑顔で袁術に向き直った。
「袁術様、喜んでお供させて頂きます!」
「そうかそうか!3日後が楽しみなのじゃ!」
「よかったですね、美羽様。でも、数え役満姉妹って、融通が利かないですよね」
「………うむ、そうじゃのぅ」
香の返事に笑顔を浮かべた袁術だったが、張勲の言葉に俯く。上げておいて落とすあたり、彼女のSっ気が窺える。
「あの、何か問題でもあったのですか?」
「そうなんですよ。せっかくお嬢様が見に行ってあげる、って言ってるのに、あの人たちったら『お客さんは平等だ』って特等席も用意してくれないんですよ」
「そうじゃな!まったく失礼な奴らじゃ」
袁術も頬を膨らませてぷんすかと怒っているが、それでもその顔は可愛らしい。
「でも、私は袁術様と一緒に公演に行けるだけで幸せです」
「………本当かや?」
「勿論です」
「う、うむ!妾も七乃と紀霊と一緒に行くのが楽しみじゃ!」
袁術の今日一番の笑顔が、そこにはあった。
時は流れて3日後―――。
数え役満姉妹の公演日である。袁術と張勲と連れ立って城を出る香を見送った後、一刀たちは行動を開始した。
※
「「「「「ほぁぁぁあああああぁぁああああっ!!!」」」」」
「な、七乃ぉ……周りの者どもがうるさいのじゃ………」
「あぁ、耳を抑えて縮こまっている美羽様も可愛いなぁ………大丈夫ですよ、美羽様。流石に歌ってる途中でこんなに大声は出さないでしょうし」
「「「「「ほぁぁぁあああああぁぁああああっ!!!」」」」」
「ぴぃぃぃいいいいっ!!」
ライブ開演前の会場は異様な盛り上がりだった。袁術はその大声に縮こまり、張勲はそんな少女を見てうっとりしている。ちなみに香は――――――
「ほぁぁぁあああああぁぁああああっ!!!」
――――――袁術を怯えさせる原因の一人だった。
※
数え役満姉妹の公演は、もはや大陸一と言っても差し支えない程の盛り上がりを見せる。彼女たちの織り成す歌や踊りは観客を魅了し、香はもちろん、最初は怖がっていた袁術もしっかりと楽しんでいた。
『みんなー、今日は来てくれてありがとー!』
「「「「「ほぁぁぁあああああぁぁああああっ!!!」」」」」
『ちぃ達のらいぶ、楽しんでくれたかなー?』
「「「「「ほぁぁぁあああああぁぁああああっ!!!」」」」」
『それでね、実は今日、特別な人たちが来てくれているの』
「「「「「ほぁぁぁあああああぁぁああああっ!!!」」」」」
ライブの熱は最高潮に達し、残すところあとわずかとなったところで三姉妹のMCが入る。
「特別な人ですか…誰なんでしょうか………」
「七乃や、もしかしたら妾の事かもしれぬぞ!?」
「そうかもしれないですね。やっぱり南陽の街に来ているのに、美羽様を蔑ろにする訳がないですもんね」
そんな会話もよそに、ステージ上からのMCは続く。
『勿論皆も知ってる人たちだよーっ』
『その人たちはね、ちぃ達の友達なんだから』
『それに、この大陸に平和をもたらしてくれる、すっごい人たちなんだよ』
「七乃!やっぱり妾のことなのじゃ!」
「そうですね。お嬢様はいずれ大陸を平定する御方です。よっ、大陸一の勘違い美幼女っ」
「うははははーっ、もっと褒めるのじゃ!」
勝手に勘違いをする人間がいるなか、ついにその人物が明かされた。
『それじゃぁ登場してもらうね。大陸を平定する為に天から遣わされた『天の御遣い』様と、彼を支える2人の天女様、ステージにどうぞーっ!』
「「「「「ほぁぁぁあああああぁぁああああっ!!!」」」」」
「はぁぁぁあああああぁぁああああっ!?」
周囲と若干違う叫び声は、誰のものか述べる必要もないだろう。
通常ならば、憧れのアイドルのステージに男が登場したとなっては、ファンは怒り狂うだろう。だがしかし、この場ではその常識が通用しなかった。この会場にいる誰もが彼の者の噂を耳にし、また男でありながら随一の武を誇る彼に、少なからず憧れを抱いていたからだ。
「え、嘘…どういう事………」
周囲は熱狂し、ステージ上では『天の御遣い』と2人の天女へのインタビューが進んでいる。黄巾党の事はぼかしてはいるが、3人の苦難を話し、それを彼らが救う場面になると、涙ぐむファンもいた。
そして此処にもひとり、別の意味で涙ぐむファンがいた。
「そんな…馬鹿な………」
インタビューも終わり、特別ゲストの3人はステージ上から手を振りながらはけていく。
「酷過ぎます………」
そして此処に、崩れ落ちる人間がひとり、震えながら抱き合う2人の人間がいた。アンコールが終了するまで、ステージ上の歌声が彼女達の耳に入る事はなかった。
おまけ
翌日、南陽の城にて―――。
「香ちゃーん、出ておいでー。風たちと一緒にお茶でもしませんかー?」
「香…おいしいお菓子も、ある………」
「いやです!もう誰も信じれません!」
「そんな事言わずに、風たちとお話でもしましょう………天和ちゃん達の話もしてあげますのでー」
「うぇぇええええぇぇえぇぇええええええええええんんっ!!」
※
「おーい、袁術も張勲もそろそろ出て来いよー」
「がくがくぶるぶる…御遣い怖い御遣い怖い………」
「あわわわ…ここには誰もいませんよー………ぶるぶるぶる………………」
「ほらー、出て来ないとこの扉を蹴り壊すぞー」
「ぴぃぃぃいいいいっ!?」
3人が部屋から出てくることは、その日はなかった。
あとがき
というわけで、こんな時間に投稿。
実は作者は美羽も好きです。
あのぷにぷにのほっぺを指でつつきたいwww
ちなみに、メンドクサイので袁術編はこの回だけです。
次回はまた別のとこに行くので、楽しみにして頂ければ幸いです。
それではそろそろ眠たいので今日はこの辺りで。
また次回お会いしましょう。
バイバイ。
説明 | ||
番外編だけど本編だよ。 慌ただしい1週間が終わったのでたまには夜更かし。 とりあえず番外編その3だぜ。 あいかわらず一刀も恋も風も鬼畜だぜ。 ではどぞ。 |
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知らないと思った→実はゲスト出演できる仲・・・香ちゃんの不幸は続く!!(心は永遠の中学二年生) なんだかんだいって かわいい美羽であった(qisheng) ・・・・・・何が酷いのか良く分からんW黙ってゲスト参加したから?(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ) >>悪さする2号様 次回をお読みでくださいorz(一郎太) 更新お疲れです!香ちゃんが不憫です…救いの手を!(悪さする2号) >>M.N.F.様 次回は香ちゃんがメインなので許しておくれ(一郎太) なんという最終鬼畜御使い勢・・・。なんという凶悪鬼畜作者・・・。(M.N.F.) >>ちまい鳥 ならば俺がいま何を考えているか当てて見ろぃ(一郎太) クェ 次回は香タンがギシギシアンアンですね?一朗太殿の思考が手に取るように解ります(mighty) >>紫炎様 ここにも変な人が………orz(一郎太) >>黒部様 香ちゃんカワイソス(一郎太) >>瓜月様 香ちゃんはドMっす!(一郎太) >>シオン様 作者もですwww(一郎太) >>suga様 それは次回のお楽しみでw(一郎太) >>320i様 ぶっちゃけた話、作者には別人としか思えなかったw(一郎太) >>はりまえ様 次回はたぶん、香ちゃんにもいい目を見させてあげてます(一郎太) >>きのすけ様 友情が壊れる寸前ですぜ(一郎太) >>kou様 次回報われている………といいなぁ(一郎太) >>ブンロク様 悪いが次回も同じ街だぜ!(一郎太) >>readman様 次回はまともなのでお許しを………(一郎太) >>レイン様 ごめん、も少しだけ美羽ちゃんですorz(一郎太) >>アロンアルファ様 でも流石に可哀相だwww(一郎太) >>シグシグ様 次回はさらに香ちゃんの期待を裏切ってるぜw(一郎太) >>シリウス様 次回はもっとおもしろい香ちゃんになっているといいなぁ………(一郎太) >>こるどいぬ 嘘は吐けない体質なのさ………(一郎太) >>jonmanjirouhyouryuki様 次回はもっと香wwwですwww(一郎太) >>海平?様 次回いい事があるのでご安心をw(一郎太) >>readman様 次回は香ちゃんが弾けてるぜ(一郎太) >>朱槍様 さーせんwww(一郎太) >>根黒宅様 次回に香ちゃんのかっこいいシーンを書いてるのでご容赦を。(一郎太) はっはっはいじめぬかれる袁家三人……ハァハァ。あっは、これは楽しい。楽しすぎるww(紫炎) なぜか『紀霊様』と『香』が同じ人に見えないw(シオン) しばらく腰をすえていじめ倒そうという感じですが、美羽の元を去る原因は・・・なんになるんでしょう・・・。(suga) 鬼だ・・・・・・(黄昏☆ハリマエ) ひどい嫌がらせを見たw(きの) 香がんばれ!きっといつか報われる日が・・・・来るのか?ww(kou) 壊れてるよこれ(VVV計画の被験者) くうううううううっっっ やっぱり面白い!! 次は???蜀・・・・・・ですよね?(レイン) えぇと、香ちゃん ド・ン・マ・イw(アロンアルファ) 香のために始めは数え役満姉妹との橋渡しをしてチケットを手に入れるのかと思ったけど・・・まさか、こんな形で香の信頼を裏切るとはwww(シグシグ) いいなぁ 香!おもしろいよw(シリウス) ちょ!メンドクサイってwwwwww(運営の犬) 相変わらず素晴らしい壊れ具合でした!香・・・ドンマイ!生きてりゃそのうちいいことあるさ!・・・たぶん;(海平?) この弾け具合が最高でした!(readman ) 某ポ〇モ〇トレーナー「お前ら、人間じゃねぇ!!」>Σ(−Д−;)(朱槍) さすがにこれはちょっとやりすぎなのでは?(根黒宅) |
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