少女の航跡 第2章「到来」 14節「母と娘」
[全3ページ]
-1ページ-

 

 今、まさに、日は落ちようとしていた。西から鋭く差し込んで来る光が、空を橙色から夜闇へと

変えようとしている。

 

 私達は森の中を必死に馬で駆けながら、森から脱出しようとしていた。もうすぐ日が落ちる。

そうなったら森の中で身動きを取るのは難しいし、敵にとっては、私達を狩る絶好のチャンスに

なってしまう。

 

 背後からは、先程のガーゴイル達の追っ手も近づいてきていたのだ。

 

「ねえ、どうするの! もうすぐ日が沈んじゃうよ!」

 

 ルージェラの馬に相乗りしているフレアーが叫んだ。

 

「ええ、そうよ。日が沈んじゃったら、森の中で身動きが取れなくなるわよ。追っ手も近づいて来

ているわよ。あいつらの体、真っ黒だからねえ。もし奇襲されたら、真っ暗闇の中でどうやって

戦うんでしょうね?」

 

 フレアーの声がうるさいと言わんばかりに、ルージェラが言っていた。

 

「おい、皆落ち着きな。あそこで森が終わっている。それに、私に考えがある」

 

 皆を先導するカテリーナに導かれ、あと少しで日が沈むという所で、私達は森を脱出するの

だった。

 

 突然視界が開け、広大な平原が広がる。急に安心したかのような気分だった。背後の森の

中からは、石像の怪物達が追って来ていると言うのに。私の馬に乗せてあげているスペクター

はまだ身を震わせていた。

 

「考えってなーに?」

 

 森を出るなり、フレアーがカテリーナに尋ねていた。

 

「このまま《シレーナ・フォート》に戻ろうとしても、今晩中には戻れない。それに追っ手も近付い

てきている。この男を連れて夜の平原を進むのは危険だ」

 

 カテリーナは、自分の馬に共にまたがらせている男を見て言った。

 

「かと言って、近くの村や集落に泊めてもらうのも、追っ手の襲撃に遭い、無関係な人々の犠

牲者が出る可能性もある」

 

「じゃ、どうするのよ?」

 

 ルージェラが尋ねた。するとカテリーナは、

 

「忘れたのかい? 『リキテインブルグ』の平原は、私達にとって見れば、庭見たいなものだっ

て言う事を…。それに、ここからだったら、1時間ほどで着く。例え2人乗りの馬が3頭でも」

 

「あなた、あそこに行くの? でも、それじゃあ、あの人に迷惑がかかるよ」

 

 カテリーナとルージェラだけの会話。他の者達にとって見れば、何を話しているのかさっぱり

分からない。

 

「大丈夫。彼女は迷惑だなんて思わないさ」

 

 カテリーナはそう答えるばかりだった。私達は、彼女に導かれるまま、《シレーナ・フォート》へ

は向かわず、大平原のある方向を目指していた。

 

「ところであんた…」

 

 カテリーナが、自分の馬に相乗りさせている、助け出した若い男に尋ねていた。

 

「何て呼んだらいい? 名前は?」

 

 すると、若い男は何が楽しいのか、にやにやしながら答えた。

 

「名前はカイロスだ。よろしく」

 

 だがカテリーナは彼のそんな態度に、同じ馬に乗っている彼の方を振り向くような事さえもし

なかった。

 

「言っておくけど、あんたは重要参考人だ。王宮に行っても、客人としての出迎えは無いと思い

な」

 

 そっけない口調で、カテリーナはカイロスと名乗った男に言った。すると彼は、

 

「ああ…、そりゃあ、残念」

 

 と、身振りで表しながら言うのだった。とてもずっと地下牢に閉じ込められていたような男がす

るような態度には見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから1時間以上も平原を馬で走っただろうか。私達は、大平原のある領地へと入り、そ

こに建つ一軒の家の前までやって来ていた。

 

 日は落ち、風の流れる音だけが聞える、静かな場所だった。辺りは野原が広がっているだけ

で、そこに数本の木々と、低い塀で囲まれた家が一軒だけ建っている。

 

 集落や村からは完全に孤立した場所にある家だった。2階建ての家で、家族が揃って住む

事はできるだろう。一応手入れがされていて、みずぼらしい家には見えなかった。誰かが住ん

でいるという気配が感じられる。

 

 カテリーナ達は、何の抵抗も無いかのようにその家の敷地の中へと入っていく。馬を降り、当

たり前のように塀から庭へと入って行く。

 

 その家の庭には、木で出来たテーブルと椅子が置いてあった。最近作られたテーブルと椅子

だという事が、木の質感ではっきりと分かる。

 

 そして、その椅子には、一人の女性が座っていた。

 

 すらりと背が高い、白いドレスを纏った女性だった。長い髪は、カテリーナのような銀髪で、そ

れはとても目立つ。背は高かったが、少し痩せており、どこか弱弱しい印象が、その後ろ姿か

ら見て取れた。

 

 その女性は私達に背を向ける形で椅子に座っている。

 

 私達が敷地の中に入って来た事に気がついているのだろうか? 少しもこちらを振り向いてく

る様子は見せない。

 

 一人、カテリーナがその女性へと近づいていく。すると、女性はテーブルの上に一振りの剣を

置いた。そして、それを柄の方を向け、カテリーナに向けて差し出す。

 

 私でも触れそうなくらいの剣だった。片刃であり、重さもそれほど無いよう。丁度、腰に差す護

身用の剣のようだった。

 

 何事かと私達が見ている中、カテリーナは木のテーブルの上に置かれた剣を手に取った。

 

 すると、

 

「抜きなさい」

 

 と、女性は一言言った。直後カテリーナの目の前に銀色の金属が走り、それと同時に女性は

振り向いた。

 

 彼女が持っているのは、カテリーナと同じ型の剣だ。その刃が、突然、カテリーナの目の前を

走ったのだ。

 

 カテリーナは背中に吊るしてある剣は使わず、渡された剣を使って振向きざまの刃を受け止

めた。

 

 カテリーナに刃を向けた女性は、その剣をカテリーナに向け、次々と繰り出して来た。切り払

い、薙ぎ、突いてくる。目にも留まらないような速さの剣だった。

 

 一見、この女性は背が高いだけで、それほど剣術ができるようには見えない。体つきだって、

どこか弱弱しい印象さえも受ける。しかし、剣の動きは凄まじかった。片手で振られる刃は素早

く鋭く、しかも力強かった。

 

 私だったら、とてもその動きを読む事はできず、太刀打ちできないだろう。だが、カテリーナは

その剣の動きについて行った。

 

 刃を受け止め、又反撃する。カテリーナの反撃も、相手の女性はその動きを知っているかの

ように受け止めた。

 

 今のカテリーナは、背中の大剣、稲妻の力を持つという剣『トール・フォルツィーラ』を使ってい

ない。だから彼女の一太刀には、稲妻の力が宿っていないし、破壊力もそれほどあるわけでは

ない。

 

 だが、カテリーナの剣術の腕はそのままだった。

 

 相手の剣を打ち返し、更に続けざまに剣を突く。カテリーナの剣の方も、私が太刀打ちできな

い程の速さと、洗練された正確さを持っている。

 

 だが、相手の女性はカテリーナの剣を避ける。そして再びカテリーナと激しく剣を打ち鳴らし、

反撃する。

 

 カテリーナが一歩、後ろに飛び退いた。だが、相手は彼女を追う。一歩踏み込み、女性は剣

を突き出した。

 

 素早い突きだったが、カテリーナは身をかわした。それは相手の女性にとって左の方向だっ

た。

 

 突きを出した姿勢のままだ。カテリーナが相手の女性の左側から攻撃すれば決着が着く。

 

 だが、カテリーナは避けただけで、その女性の左側から攻撃しようとしなかった。

 

 突きの姿勢のまま、女性は剣を振ってくる。カテリーナは剣で受ける。カテリーナにとって少し

不利になっていた。

 

 しかしカテリーナは体勢を立て直し、相手の女性の剣を受け止め、両手で剣を握ると、その

刃の軌道を受け流す。さらに、相手の剣の刃の上を走らせるようにして剣を動かし、剣の刃の

先端を、女性の顔の前まで持って来た。

 

 相手の女性は激しく息を切らせている。カテリーナの方はというと、冷静な面持ちで相手を見

つめていた。

 

「左から攻めてくれば、反撃を受けなかったでしょうに…」

 

 女性はカテリーナの顔を見上げ、息を切らせながら声を出した。この時、気がついたのだ

が、この女性、長い銀髪で顔の左半分を隠していた。何の為にそうしているのか? 剣で戦う

のに、髪で左眼が隠されていてはあまりに不利だ。

 

「あなたに対し卑怯な真似はしたくない…」

 

 カテリーナはそう呟くと、相手の眼前から剣の刃を戻し、柄の方を向けて剣を返した。

 

「戦では、卑怯も何も無い」

 

 女性はそう呟き、カテリーナから剣を受け取った。彼女の声はどことなくカテリーナと似てい

た。ただ、彼女よりも幾分か低い声であったが。

 

「ここは、戦場じゃあないから」

 

 これは、試合だったのだろうか。だがそうであっても、カテリーナと相手をした女性の剣戟は

凄まじいものがあった。火花が飛ぶかのようなほんの一瞬の剣の戦いであったけれども、カテ

リーナも相手の女性も、相当な使い手であるという事が目に見えて分かった。

 

 しかもカテリーナはまだしも、相手の女性は、若いというわけではなかった。顔には皺がある

し、どことなく苦労が現れている。明らかに40歳は超えていた。そうであっても、若い頃は美し

い姿であった事が伺える。例え、髪で顔の左半分が隠されていたとしても、それははっきりと分

かった。

 

 そしてその顔立ちは、どこかカテリーナに似ていた。髪の色も、瞳の色も同じだった。

 

「すっごーい…」

 

 フレアーが、まるで何かに魅せられているかのように2人の方を見ていた。彼女の緑色の瞳

が、大きく見開かれている。一方で、彼女の近くにいるスペクターはと言うと、少し怖がっている

ようだった。

 

 あの女性は誰だろう? 私に分かる事は2つ。あの女性は剣の達人だと言う事。そしてもう一

つ、彼女がカテリーナに良く似ているという事だ。

 

 私が何の事やら分からないままでいる中、ルージェラはまるで当たり前の光景を見るかのよ

うに、カテリーナとその女性の方を向いていた。

 

「あの…? あちらの方は?」

 

 私はそんなルージェラに尋ねた。

 

「シェルリーナ・フォルトゥーナ。カテリーナのお母さんで、あたしとクラリスにとっても…、ね」

 

 そう彼女に言われ、私はすぐに事の全容を理解することができた。

 

 あの銀髪の長い髪の女性がカテリーナの母、シェルリーナ。確かに二人は良く似ているよう

な気がする。ただ、大きな違いは、歳の差、そして、シェルリーナの方は顔の片側を髪で隠して

いるという事だろうか。だが、シェルリーナは隻眼の女騎士として有名だったから、それは当然

の事だったのだ。

 

 という事は、この平原の中にぽつりと建つ家。どこの村や集落からも離れたこの家が、カテリ

ーナの生家という事だろうか。建てられて20年程という事が、外見から分かる。そして、先程

の剣を使った突然の対峙は、2人にとって挨拶代わりの試合という事になるのだろうか。随分

な挨拶。いくら騎士の家系とは言え、久しぶりに出会って、いきなり剣で挨拶する母と娘も珍し

いだろう。

 

 私、私だったら、どうだろうか。久しぶりにお母さんと出会ったら、どうするだろう。もう何年会

っていないのか。4年になるのか。だが、私は、これからもずっとお母さんに出会う事は無い。

なぜなら、私のお母さんはとうに死んでしまったのだから。

 

 ただ、もし出会う事ができたとしたら、私は思わず抱きつくだろうな。

 

「おかえりなさい。カテリーナ」

 

 シェルリーナが、娘より幾分か低い、似た声でカテリーナに言った。

-2ページ-

「ただいま、母さん。ただ今日は、帰ってきたと言うわけではないんだ。女王陛下より任された

任務により、ここに一晩だけ滞在し、ある人物を保護しなければならない」

 

 カテリーナの口調は、母親の前でもあまり変わる事は無かった。あくまで義務的な態度で話し

ている。

 

 そのせいなのか、カテリーナの言葉を聞いたシェルリーナは少し顔をうつむかせた。

 

「女王陛下の命令ならば、あなたはそれに従う義務があるわカテリーナ。もちろん民であるこの

私にも。だけれども、私をあまり巻き込まないで欲しい。それはあなたが生まれる前からずっと

そうして来たのだから…」

 

 シェルリーナはまるで病人が話すかのような声で話すのだった。まるで、カテリーナ達がこの

場所へ来た事が、彼女を追い詰めているかのように。

 

 シェルリーナは、私の国にまでその名が届くほど、有名な女騎士だった。勇ましく、彼女の率

いる『フェティーネ騎士団』は向かう所敵無しという、不動の地位を勝ち得ていた。先程のカテリ

ーナとの試合を見れば分かる。彼女がどれだけの剣の達人だという事も。

 

 しかし、いざシェルリーナが剣を手放すと、不思議と彼女が弱々しい姿に見えた。そう、まるで

病気でも持っているかのように、再び木で出来た庭の椅子に座る。

 

「あなたに戻ってきてもらえて嬉しい。だけれども、私はもう、あなたのいる世界とは無関係ない

んだ」

 

 シェルリーナは、娘の姿を見上げてそう呟いた。

 

「分かった…。もう、あなたに助けを求めたりしない。任務で、ここを訪れたりしない」

 

 カテリーナは、静かな声で母に答えていた。

 

「まあ…、あなたとルージェラが、随分と立派に成長して、それはそれで私は安心というか、頼

もしく思っているけれどもね」

 

 と、シェルリーナは言った。私は、カテリーナがシェルリーナという母の元にいた頃、つまり幼

い頃の彼女を知らないが、あそこまで立派な女騎士に成長した彼女やルージェラを誇りに思わ

ない母はいないだろう。

 

「おばさ〜ん。ただいま」

 

 カテリーナに遅れて、ルージェラもシェルリーナの元に駈け寄って行く。そう言えば聞いた話

によれば彼女も、カテリーナと共に育てられたのだ。

 

「おかえりなさい、ルージェラ」

 

 傍から見ていると、まるでルージェラとシェルリーナは、本物の親子であるかのようだった。明

らかに肌の色や顔立ちが異なるというのに、そんなものを感じさせない。

 

「もう夜遅いから、家の中に入りなさい」

 

 シェルリーナはカテリーナ達に告げ、彼女の家の中へと促した。そして、私達の方に向かって

も言って来る。

 

「あなた達も、家の中に入りなさい」

 

 カテリーナと一緒に来た事で、シェルリーナは警戒を緩めているのか、私達の事も特に聞か

ずに家の中へと案内してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 この家で、カテリーナは育ったのか。2階建ての家。農村や都市の市民が住む家々に比べれ

ば広く、ちゃんと手入れが施されている。内装も整えられ、壁には壁紙が、床には絨毯さえも敷

かれていた。照明も灯っており、夜だというのに家の中は明るかった。

 

 私の育った、オーランド家の屋敷に比べれば確かに小さな家だ。だが、普段、シェルリーナ

が一人で住んでいるのだとしたら、逆に広すぎる家だろう。

 

 カテリーナやルージェラ、そしてクラリスを引き取り、育てたというシェルリーナだったが、彼女

達が育った家としてだったら、逆にちょうど良いくらいの広さだったのかもしれない。

 

 しかし、今は、家の中にはシェルリーナしかいなかった。そう言えば、カテリーナのお父さんは

どうなのだろう? 私はカテリーナのお父さんの事はあまり知らなかった。彼女の父がまだ健

在だという事は話を聞いて知っていたのだが。

 

「こちらが、『ハイデベルグ』から来たブラダマンテ。『セルティオン』のフレアーとスペクター」

 

 家の中で落ち着くと、カテリーナが、自分の母に私達の事を紹介している。私にとって見れ

ば、シェルリーナは初めて出会ったのだ。

 

「ブラダマンテさんの話は聞いている。フレアーちゃんとスペクター君は、『セルティオン』に行っ

た時に、話はしなかったけれども、名前だけ知っている」

 

 そして、カテリーナは汚れた服装をし、髪も髭も伸びてしまっている若い男の方を指し示した。

 

「それで、あの男が…、カイロス…。私達が、ある人物の屋敷で拘束されていた彼を救出した

んだ。それが、今回の女王陛下からの任務だった」

 

 と、カテリーナは言う。すると、カイロスという名らしい男は、シェルリーナの方に一歩歩み出

る。

 

「ご紹介にあずかった、カイロスという者だ。お邪魔かとは思うが、一晩ほど失礼させ頂きた

い。明日には出て行くんで…」

 

 すると、シェルリーナは彼の顔をじっと見つめた。カイロスの表情は、どこか不敵な所があり、

いつも自信に溢れているかのよう。彼はどのくらいの間、拘束されていたのだろうか? 数ヶ月

か、半年と言った所だろうか。そうであっても、彼の、何に対しては分からないが、自信のような

ものは失われる事が無かったようである。

 

「…、分かったわ…。一晩だけね…」

 

 やがて、シェルリーナが言った。

 

「ありがとう。おばさん」

 

 ほっとしたような声でルージェラが言う。だが、彼女はすでに居間の椅子の一つに、ぐったりと

した様子で座っていたのだ。

 

「どうでも良いけど、あんた達、鎧ぐらい脱いだら? 幾ら警戒しているって言っても、家の中で

その格好は動きづらいわよ。それと、あなた。私の家にいるからには、もっと清潔な格好しても

らうわよ。外に井戸があるから、体を洗って来なさい」

 

 と、シェルリーナは付け加えるかのように、カイロスに向って言った。

 

「ああ…、分かったよ。オレもいい加減、体中むずむずしてたまらん…」

 

 

 

 

 

 

 

「男の水浴びなんか見て、あんたが楽しいのかねえ…」

 

 シェルリーナの家の井戸から水を汲み上げ、カイロスはそれを頭から被っていた。彼は保護

される身であったから、すぐ側にはルージェラがおり、彼女はまだ鎧を着けたままの姿で手に

は油断無く斧を持っている。

 

「別に。見たか無いよ。ただ、逆の立場だったら、絶対に、あんたに見張りなんかさせない。自

分の身ぐらい自分で守るもん」

 

 カイロスは上半身裸になっており、その少し痩せた体にも水を被っていた。

 

「ほっほう…。大胆な感じのあんたが意外だな…」

 

「あのねえ…。あたしが騎士だから、ドワーフだからって、野蛮に見ないで欲しいんだけど? 

あたし、小っちゃい頃から、シェルリーナさんに、レディの教育受けて育って来ているんだから

…」

 

 そんなルージェラの前で、カイロスは服を全て脱ぎ、全身を水で清め始めた。

 

「レディの教育か…。じゃあ、あんたは簡単に口説けそうにないな…」

 

 ルージェラは、カイロスの体の方には目線を向けずに、精一杯の皮肉を込めて言うのだっ

た。

 

「あんたみたいな男が、何で、あんな連中に拘束されていたのか、不思議でならないわねえ…」

-3ページ-

「ただいま、母さん。ただ今日は、帰ってきたと言うわけではないんだ。女王陛下より任された

任務により、ここに一晩だけ滞在し、ある人物を保護しなければならない」

 

 カテリーナの口調は、母親の前でもあまり変わる事は無かった。あくまで義務的な態度で話し

ている。

 

 そのせいなのか、カテリーナの言葉を聞いたシェルリーナは少し顔をうつむかせた。

 

「女王陛下の命令ならば、あなたはそれに従う義務があるわカテリーナ。もちろん民であるこの

私にも。だけれども、私をあまり巻き込まないで欲しい。それはあなたが生まれる前からずっと

そうして来たのだから…」

 

 シェルリーナはまるで病人が話すかのような声で話すのだった。まるで、カテリーナ達がこの

場所へ来た事が、彼女を追い詰めているかのように。

 

 シェルリーナは、私の国にまでその名が届くほど、有名な女騎士だった。勇ましく、彼女の率

いる『フェティーネ騎士団』は向かう所敵無しという、不動の地位を勝ち得ていた。先程のカテリ

ーナとの試合を見れば分かる。彼女がどれだけの剣の達人だという事も。

 

 しかし、いざシェルリーナが剣を手放すと、不思議と彼女が弱々しい姿に見えた。そう、まるで

病気でも持っているかのように、再び木で出来た庭の椅子に座る。

 

「あなたに戻ってきてもらえて嬉しい。だけれども、私はもう、あなたのいる世界とは無関係ない

んだ」

 

 シェルリーナは、娘の姿を見上げてそう呟いた。

 

「分かった…。もう、あなたに助けを求めたりしない。任務で、ここを訪れたりしない」

 

 カテリーナは、静かな声で母に答えていた。

 

「まあ…、あなたとルージェラが、随分と立派に成長して、それはそれで私は安心というか、頼

もしく思っているけれどもね」

 

 と、シェルリーナは言った。私は、カテリーナがシェルリーナという母の元にいた頃、つまり幼

い頃の彼女を知らないが、あそこまで立派な女騎士に成長した彼女やルージェラを誇りに思わ

ない母はいないだろう。

 

「おばさ〜ん。ただいま」

 

 カテリーナに遅れて、ルージェラもシェルリーナの元に駈け寄って行く。そう言えば聞いた話

によれば彼女も、カテリーナと共に育てられたのだ。

 

「おかえりなさい、ルージェラ」

 

 傍から見ていると、まるでルージェラとシェルリーナは、本物の親子であるかのようだった。明

らかに肌の色や顔立ちが異なるというのに、そんなものを感じさせない。

 

「もう夜遅いから、家の中に入りなさい」

 

 シェルリーナはカテリーナ達に告げ、彼女の家の中へと促した。そして、私達の方に向かって

も言って来る。

 

「あなた達も、家の中に入りなさい」

 

 カテリーナと一緒に来た事で、シェルリーナは警戒を緩めているのか、私達の事も特に聞か

ずに家の中へと案内してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 この家で、カテリーナは育ったのか。2階建ての家。農村や都市の市民が住む家々に比べれ

ば広く、ちゃんと手入れが施されている。内装も整えられ、壁には壁紙が、床には絨毯さえも敷

かれていた。照明も灯っており、夜だというのに家の中は明るかった。

 

 私の育った、オーランド家の屋敷に比べれば確かに小さな家だ。だが、普段、シェルリーナ

が一人で住んでいるのだとしたら、逆に広すぎる家だろう。

 

 カテリーナやルージェラ、そしてクラリスを引き取り、育てたというシェルリーナだったが、彼女

達が育った家としてだったら、逆にちょうど良いくらいの広さだったのかもしれない。

 

 しかし、今は、家の中にはシェルリーナしかいなかった。そう言えば、カテリーナのお父さんは

どうなのだろう? 私はカテリーナのお父さんの事はあまり知らなかった。彼女の父がまだ健

在だという事は話を聞いて知っていたのだが。

 

「こちらが、『ハイデベルグ』から来たブラダマンテ。『セルティオン』のフレアーとスペクター」

 

 家の中で落ち着くと、カテリーナが、自分の母に私達の事を紹介している。私にとって見れ

ば、シェルリーナは初めて出会ったのだ。

 

「ブラダマンテさんの話は聞いている。フレアーちゃんとスペクター君は、『セルティオン』に行っ

た時に、話はしなかったけれども、名前だけ知っている」

 

 そして、カテリーナは汚れた服装をし、髪も髭も伸びてしまっている若い男の方を指し示した。

 

「それで、あの男が…、カイロス…。私達が、ある人物の屋敷で拘束されていた彼を救出した

んだ。それが、今回の女王陛下からの任務だった」

 

 と、カテリーナは言う。すると、カイロスという名らしい男は、シェルリーナの方に一歩歩み出

る。

 

「ご紹介にあずかった、カイロスという者だ。お邪魔かとは思うが、一晩ほど失礼させ頂きた

い。明日には出て行くんで…」

 

 すると、シェルリーナは彼の顔をじっと見つめた。カイロスの表情は、どこか不敵な所があり、

いつも自信に溢れているかのよう。彼はどのくらいの間、拘束されていたのだろうか? 数ヶ月

か、半年と言った所だろうか。そうであっても、彼の、何に対しては分からないが、自信のような

ものは失われる事が無かったようである。

 

「…、分かったわ…。一晩だけね…」

 

 やがて、シェルリーナが言った。

 

「ありがとう。おばさん」

 

 ほっとしたような声でルージェラが言う。だが、彼女はすでに居間の椅子の一つに、ぐったりと

した様子で座っていたのだ。

 

「どうでも良いけど、あんた達、鎧ぐらい脱いだら? 幾ら警戒しているって言っても、家の中で

その格好は動きづらいわよ。それと、あなた。私の家にいるからには、もっと清潔な格好しても

らうわよ。外に井戸があるから、体を洗って来なさい」

 

 と、シェルリーナは付け加えるかのように、カイロスに向って言った。

 

「ああ…、分かったよ。オレもいい加減、体中むずむずしてたまらん…」

 

 

 

 

 

 

 

「男の水浴びなんか見て、あんたが楽しいのかねえ…」

 

 シェルリーナの家の井戸から水を汲み上げ、カイロスはそれを頭から被っていた。彼は保護

される身であったから、すぐ側にはルージェラがおり、彼女はまだ鎧を着けたままの姿で手に

は油断無く斧を持っている。

 

「別に。見たか無いよ。ただ、逆の立場だったら、絶対に、あんたに見張りなんかさせない。自

分の身ぐらい自分で守るもん」

 

 カイロスは上半身裸になっており、その少し痩せた体にも水を被っていた。

 

「ほっほう…。大胆な感じのあんたが意外だな…」

 

「あのねえ…。あたしが騎士だから、ドワーフだからって、野蛮に見ないで欲しいんだけど? 

あたし、小っちゃい頃から、シェルリーナさんに、レディの教育受けて育って来ているんだから

…」

 

 そんなルージェラの前で、カイロスは服を全て脱ぎ、全身を水で清め始めた。

 

「レディの教育か…。じゃあ、あんたは簡単に口説けそうにないな…」

 

 ルージェラは、カイロスの体の方には目線を向けずに、精一杯の皮肉を込めて言うのだっ

た。

 

「あんたみたいな男が、何で、あんな連中に拘束されていたのか、不思議でならないわねえ…」

 

説明
ガーゴイル達の追撃を逃れようとするカテリーナ。彼女たちは避難するために、ある場所へとやってきます。

総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
306 271 1
タグ
オリジナル 少女の航跡 ファンタジー 

エックスPさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com