少女の航跡 第2章「到来」 16節「激動の海岸線」
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「あんた達には、『ディオクレアヌ』の本拠地まで案内してもらう。くれぐれもおかしな真似をす

るな。見張っているからな。協力をしてもらうとはいえ、あんた達と『ディオクレアヌ』との繋がり

の嫌疑が晴れたわけじゃあない」

 

 《シレーナ・フォート》から出発して数時間後、《スカディ平原》の南部地域の草原の真っ只中

で、カテリーナ率いる一行は最初の休憩を取っていた。

 

「ああ…、我々もそのつもりだ。君らも、私を疑うくらい、十分に警戒しておいた方がいいだろ

う」

 

 ロベルトが、カテリーナと目線をじっと合わせ、答えた。彼とカイロスも、今回の作戦には同行

する形になっていた。馬を与えられた彼らは、『フェティーネ騎士団』の見張る中、連れて来ら

れていた。

 

 1年以上も音信不通だったのだ。私が、ロベルトと話したい事がたくさんあったが、周りで警

戒に当たっている騎士達がそうもさせてくれなかった。

 

「カテリーナ? 激動の海岸線を行くの?」

 

 ロベルトとカイロスに警戒を払うカテリーナの横から、ルージェラが尋ねて来ていた。

 

「ああ、そうする。『ベスティア』に行くのであれば、海岸沿いに行くのが一番早い」

 

「あたし達だからできるんだけれどもね…。普通の交易隊があの道を行ったら、ハーピーの虜

か、海賊の餌食よ」

 

「何、あんた? びびっているのか?」

 

「ううん。全然。ただ、あの女がいるから、どうも落ち着かなくてね」

 

 ルージェラは、騎士達に見張られているナジェーニカの方を向いて言った。

 

 そんな会話のあった休憩の数分後、私達は『ベスティア』の地に向けて再び馬を駆った。

 

 

 

 

 

 《シレーナ・フォート》から海岸線を北へと上っていけば、やがては『ベスティア』の地に辿り着

く。しかし、旅人や物流を担う交易隊は、ただ単純に海岸線を上っていく道を辿っては行かな

い。大体が、『リキテインブルグ』内陸の平原を道に選ぶ。たとえそれが、遠回りの道だったとし

ても、だ。

 

 なぜ、海岸線を行かないのか。《シレーナ・フォート》は港町の一つとして発達しているが、

人々が『リキテインブルグ』南部の海岸線を自由に使うことができるのは、おおよそ、《シレー

ナ・フォート》の周り、一部だけなのである。

 

 人々が海岸線を避ける理由。その一つが海賊だった。『リキテインブルグ』は、百年近く前の

戦乱の時代から、近隣の海を荒らす海賊の被害に遭っている。彼らは度々海岸に上陸し、交

易隊や港町を襲っていた。今でも彼らは海上にその縄張りを持ち、交易船を襲っている。

 

 数年前、ディオクレアヌ革命軍の活動が、まだ今ほどで無かった頃、『リキテインブルグ』は、

大規模な海賊討伐作戦を展開し、当時、『リキテインブルグ』の海岸線を脅かしていた、女首領

アンジェリーナの支配する海賊団を壊滅させた。その出来事から海賊達は、以前ほど人々を

脅かさなくなってはいる。

 

 だが、人々が海岸線を使わない理由は他にもある。それが、ハーピーの存在だった。

 

 『フェティーネ騎士団』が脚を踏み入れた道は、激動の海岸線と俗称で呼ばれたりするが、正

しくは、《ハルピュイア・コスタ》と言う、つまり、ハーピーの海岸という意味である。

 

 ハーピーとシレーナ(セイレーン)は良く似ているとも人は言う。どちらも、半獣半人の鳥乙女

なのは確かに同じだ。だが、人や多種族との交流を持ち、生活が文化的になっているシレーナ

と違い、ハーピーはかなり原始的な生活をしていた。

 

 彼女達の生活習慣は、人よりも鳥に近い。そして、体に生える羽毛も、シレーナのように明る

い色ではなく、黒い色ばかりだった。顔立ちも違うし、ハーピーとシレーナの見分けは誰にでも

すぐつく。

 

 それに彼女達は、人に分かる言葉を話す事ができなかった。聞くに堪えない奇声を上げる事

で有名で、彼女達はその声と、鋭い鍵爪、空を飛ぶ能力を武器に、海岸線の旅人や交易隊、

海賊までをも襲撃する。

 

 ただ、《シレーナ・フォート》のような大都市や、整備された街道には警備隊がいるし、賢さで

はシレーナ達の方が勝っていたから、ハーピーも都市部には近寄りたがっていない。

 

 とはいえ、《ハルピュイア・コスタ》、通称が激動の海岸線では違った。ここには、所々にハー

ピーの、そして海賊達の巣窟がある。

 

 道は荒れ果てていた。かつて、敷かれたのであろう、石畳の街道が海岸線にずっと続いてい

たのだが、道は所々で崩落し、ひび割れている。海からの潮風が、どんどん海岸を浸食して行

ってしまうのである。

 

 天候も雲行きが怪しかったし、南部で感じられる海の潮風と、この海岸線の潮風は大分異な

るものだった。どことなく重苦しい気分にさせられる。

 

 私達は、昼も夜も、ハーピーや海賊の襲撃に警戒し、備えながら、海岸線を北上して行った。

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 海岸線を3日も馬で駆けた頃、一人、海の断崖に立つカテリーナが、じっと先の方の海岸線

を見て言っていた。

 

「ハーピーだ。あれは結構、大きな群れだな…」

 

 彼女の目線の先では、海の断崖に出来上がった洞穴のような場所に、大勢の黒い翼が行き

交っていた。それはただの鳥ではなく、胴から上は人間の女に近い姿をしている。

 

 私は、興味心身で遠くからハーピー達の様子を観察していた。私は、この海岸線の先にある

街の、あるギルドで働いた事があったが、ハーピーをこの目で見るのは初めてだった。

 

「なーに? あなた、あんなのに興味あるの?」

 

 そんな私の様子を見たフレアーが話しかけてくる。

 

「えっ? いや、そういうわけじゃあなくって…」

 

 と、私は誤魔化そうとしたが、

 

「顔は女の子だけれども、全然品も情も無い怪物よ。あれは」

 

 と言われてしまい、私はハーピー達から目線をそらせた。一方、騎士達の方はというと、近く

にいるハーピー達に強い警戒を払っているようだった。

 

「あいつら、あたし達の事に気付いている?」

 

 ルージェラが言った。

 

「もちろん気付いている。匂いで分かるらしいんだ。人間やらが縄張りに入ってきたぞってね。

いつ襲ってきても不思議じゃあないが、今じゃあ無いね。今は、私達が警戒しているだろ? あ

いつらは油断した所に襲い掛かってくる」

 

 そうカテリーナは皆に注意を呼び掛けた。するとルッジェーロが、

 

「じゃあどうする。海岸は諦めて、もっと内陸を行くか? ちと、遠回りになっちまうが、な」

 

「いや、大丈夫さ。この海岸線を行くとき、私達には心強い味方がいるんだ」

 

 と、カテリーナは自信げに言った。

 

 すると、上空から茶色い翼を大きく広げた、一人の若い娘が舞い降りてきた。彼女はシレー

ナだった。肩当の付いた胴と腰当だけの鎧を着け、弓を抱えている。《シレーナ・フォート》でも

度々会っている、デーラという若いシレーナの兵士だった。

 

「カテリーナ様ぁ〜。あたし達が付いていますからね。ご安心ください。ハーピー達に、こちらか

ら何もしなければ、安心して通れちゃいますよ〜」

 

 子供じみた口調でデーラは言った。背も私より低く、顔もあどけない。まだ私と同い年くらいの

兵士らしいが、カテリーナ達には随分と頼りにされているようだった。

 

「ありがとう。デーラ。ほらね? ピュリアーナ女王が革命軍討伐に向わせたのは、私達だけじ

ゃあないんだからさ。それに、『リキテインブルグ』は私達の土地だ。どの場所でどう行動したら

良いのかは、私達が一番良く知っている。革命軍以外はね」

 

 よく辺りを見回せば、デーラ以外にも10人ほどの武装したシレーナ達が、辺りを警戒するよ

うに飛んでいたり、翼を休めていたりした。

 

「ハーピーは、自分達より弱い者しか襲わないんですよ〜。知っていましたぁ〜?」

 

 独特の口調で、デーラは私に話しかけて来ていた。彼女と同世代の女の子は、私くらいしか

いなかった。フレアーも、外見だけを言えばそうだったが。

 

「あ、ああ…、そうなんですか…」

 

「ですからぁ〜、ハーピーは空を飛ぶことができない人間とかは良く襲うんですけどぉ〜、シレ

ーナには襲って来ないんですねぇ〜。もっとシレーナも、彼女達に近い種族だった大昔には、し

ょっちゅう小競り合いしてたんですけれども〜、今はぜ〜んぜんですねぇ〜」

 

 デーラは私と共に、休憩地点をうろうろしながら話していた。彼女は鳥のような脚、かぎ爪の

ついた足でとことこと私についてきながら話しかけていた。

 

 彼女の独特の喋り方もそうだったが、青白い肌と、羽毛の生えた体、そして、大きな翼の生え

たシレーナと直接話すのは、不思議な気分だった。

 

 そしてデーラが言うには、シレーナが一緒についてくれば、ハーピーは襲って来ないのだとい

う事だ。

 

 私達は、ハーピーの群れが生息している地点を後にした。彼女達に襲われるような事も無か

った。刺激さえ与えなければ、シレーナがついているような人間達には襲って来ないというのは

本当のようだ。

 

 

 

 

 

 私達は更に馬を駆った。《シレーナ・フォート》から5日間も海岸線沿いに北へと上っていけ

ば、《ハルピュイア》という港町が見えてくる。そこは、『ベスティア』の国境から馬で1日足らず

の所にあった。

 

 そこは、以前、私があるギルドの護衛役に就いていた場所だ。ある時、そのギルドの交易隊

が『ディオクレアヌ革命軍』に襲われ、壊滅。私は何とか生き残ってその場を脱したが、多分、

あのギルドの人達には死んだと思われているだろう。

 

 その時、私はロベルトに助けられ、彼と知り合ったのだ。

 

 あれ以来、《ハルピュイア》には戻っていない。あのギルドの人達はどうしているだろうか? 

元々、小規模化したギルドだったから、交易隊の壊滅は致命的だったに違いない。

 

 《ハルピュイア》が見えてくる地点の海岸線までやって来て、ふと、カテリーナが馬を止めた。

 

「どうも、見張られている気がする。5日前からずっと」

 

 彼女は自分達が進んできた方向を振り返って言った。

 

「革命軍の奴ら?」

 

 と、ルージェラが尋ねる。

 

「いいや、違う感じだ。見張っているのは1人しかいないようだからな…」

 

「俺は何も感じないぜ…?」

 

 ルッジェーロがカテリーナに言ったが、

 

「相手は、気配を殺すのが上手いな。シレーナが付いて来て、上空からも見張っているっていう

のに、追跡がバレていないなんて…」

 

 と、ルッジェーロに言っておき、カテリーナは自分の馬の向う向きを変えた。

 

「ちょっと、ここで待っていな」

 

 カテリーナはそのように言い残すと、一人、『フェティーネ騎士団』から離れていく。彼女は馬

を駆り、海岸線沿いに立っている木立の一つへと突進した。

 

 カテリーナが馬を走らせると、木立の影から、一人の人影が飛び出す。人影は、素早くかテリ

ーナから距離を取ろうとする。

 

 しかしそこを、上空から舞い降りてきた、シレーナのデーラが行く手を塞いだ。

 

「だーめ、駄目です〜。逃げられませんよ〜」

 

 だが、木立から飛び出した人影は、剣を引き抜き、デーラを切り付けようとした。

 

「うっひゃあ〜」

 

 デーラは叫びつつも、自分も弓ではなく近接戦用の剣を抜いて相手の剣を防いだ。

 

 相手は女だった。軽装の甲冑と隠密活動をする偵察部隊のようなマントを纏い、彼女は両手

に片刃の剣を握っている。

 

 現れた女は、2本の剣でデーラに襲いかかっていた。

 

 しかし、背後から追いついたカテリーナが背中から女に剣を突き付け、言い放った。

 

「そこで止めろ!」

 

 すると、女は振り上げていた剣を下した。そしてゆっくりとカテリーナの方を振り向く。私はそ

の女に見覚えがあった。眼帯で片目を隠している姿はあまりに印象深い。

 

「あんた…。ブリジット・ヴァルタンか…? こんな所で何をしている…?」

 

 と、カテリーナは尋ねる。すると、ブリジットは剣を仕舞いながら、カテリーナに視線を向け、

言った。

 

「アンドレ様の命令で、貴様らを見張っている」

 

「何? アンドレ・サルトルの事か?」

 

 カテリーナは剣を背中へと戻したが、馬上で警戒したままブリジットに尋ねた。

 

「そうだ。貴様らは、我らが『ベスティア』へと向おうとしているのだろう? 『フェティーネ騎士団』

が揃いも揃って我が国に一体、何の用だ? 見張って当然の事だろう?」

 

 カテリーナは少し考えた後に答えた。

 

「『ディオクレアヌ革命軍』の討伐さ。それ以外に無いだろう?」

 

「なぜ、我が国に歯向かうのだ? 我が国に、革命軍の本拠地は無いと、アンドレ様が言った

だろう?」

 

 ブリジットはカテリーナを睨みつけ、言ってくる。彼女はカテリーナと同じ年頃の女だったが、

凄みを利かせた口調と、隻眼で睨みつける様子は、かなり迫力があった。

 

「…、情報があってね…。あんた達の国の領土の中じゃあないが、山岳地帯の奥地、あんた達

の国の辺境地帯から更に先に行った所に、革命軍が根城にしている場所があるって聞いたん

だ。我々が行くのは、その確認の為さ」

 

 だが、カテリーナがそう説明しても、ブリジットは譲らなかった。

 

「なら、我が国に任せておけば良いだろう?」

 

「私達も、女王陛下の命令でね。行かなければならない」

 

 そうブリジットに言い残し、カテリーナは彼女を差し置こうとする。しかし、

 

「待て、カテリーナ・フォルトゥーナ。私もアンドレ様からの命令がある。お前達を、そに簡単に

『ベスティア』の地を踏ませるものか」

 

「西域七カ国は自由国境化されている。私達が踏めない土地など、この西域大陸には無い」

 

「フン。だが、貴様らの事は、わたしが、ベスティア王に報告するぞ。もし、我が国の王の許可

なくして、領土内で勝手な事をすれば、お前達を、このわたし自ら始末してやる」

 

「じゃあ、『ベスティア』に入ったら、まず真っ先に王に会いに行かなければな」

 

「我が国の王が、貴様らの入国を許可するとは思えんな?」

 

 ブリジットは敵意も剥き出しに、カテリーナに向って言い放つ。すると、

 

「もういいよ。あんた、私達を見張っているって言うんなら一緒に付いてくればいい。こそこそし

ないでさ」

 

 とだけカテリーナは言い、騎士達の方に馬を戻そうとする。

 

「見張っているぞ。カテリーナ・フォルトゥーナ。我が『ベスティア』の地で、貴様らに勝手な事は

させない!」

 

 ブリジットは、自分の足で、そんなカテリーナの後に付いて来るのだった。

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 海岸線を3日も馬で駆けた頃、一人、海の断崖に立つカテリーナが、じっと先の方の海岸線

を見て言っていた。

 

「ハーピーだ。あれは結構、大きな群れだな…」

 

 彼女の目線の先では、海の断崖に出来上がった洞穴のような場所に、大勢の黒い翼が行き

交っていた。それはただの鳥ではなく、胴から上は人間の女に近い姿をしている。

 

 私は、興味心身で遠くからハーピー達の様子を観察していた。私は、この海岸線の先にある

街の、あるギルドで働いた事があったが、ハーピーをこの目で見るのは初めてだった。

 

「なーに? あなた、あんなのに興味あるの?」

 

 そんな私の様子を見たフレアーが話しかけてくる。

 

「えっ? いや、そういうわけじゃあなくって…」

 

 と、私は誤魔化そうとしたが、

 

「顔は女の子だけれども、全然品も情も無い怪物よ。あれは」

 

 と言われてしまい、私はハーピー達から目線をそらせた。一方、騎士達の方はというと、近く

にいるハーピー達に強い警戒を払っているようだった。

 

「あいつら、あたし達の事に気付いている?」

 

 ルージェラが言った。

 

「もちろん気付いている。匂いで分かるらしいんだ。人間やらが縄張りに入ってきたぞってね。

いつ襲ってきても不思議じゃあないが、今じゃあ無いね。今は、私達が警戒しているだろ? あ

いつらは油断した所に襲い掛かってくる」

 

 そうカテリーナは皆に注意を呼び掛けた。するとルッジェーロが、

 

「じゃあどうする。海岸は諦めて、もっと内陸を行くか? ちと、遠回りになっちまうが、な」

 

「いや、大丈夫さ。この海岸線を行くとき、私達には心強い味方がいるんだ」

 

 と、カテリーナは自信げに言った。

 

 すると、上空から茶色い翼を大きく広げた、一人の若い娘が舞い降りてきた。彼女はシレー

ナだった。肩当の付いた胴と腰当だけの鎧を着け、弓を抱えている。《シレーナ・フォート》でも

度々会っている、デーラという若いシレーナの兵士だった。

 

「カテリーナ様ぁ〜。あたし達が付いていますからね。ご安心ください。ハーピー達に、こちらか

ら何もしなければ、安心して通れちゃいますよ〜」

 

 子供じみた口調でデーラは言った。背も私より低く、顔もあどけない。まだ私と同い年くらいの

兵士らしいが、カテリーナ達には随分と頼りにされているようだった。

 

「ありがとう。デーラ。ほらね? ピュリアーナ女王が革命軍討伐に向わせたのは、私達だけじ

ゃあないんだからさ。それに、『リキテインブルグ』は私達の土地だ。どの場所でどう行動したら

良いのかは、私達が一番良く知っている。革命軍以外はね」

 

 よく辺りを見回せば、デーラ以外にも10人ほどの武装したシレーナ達が、辺りを警戒するよ

うに飛んでいたり、翼を休めていたりした。

 

「ハーピーは、自分達より弱い者しか襲わないんですよ〜。知っていましたぁ〜?」

 

 独特の口調で、デーラは私に話しかけて来ていた。彼女と同世代の女の子は、私くらいしか

いなかった。フレアーも、外見だけを言えばそうだったが。

 

「あ、ああ…、そうなんですか…」

 

「ですからぁ〜、ハーピーは空を飛ぶことができない人間とかは良く襲うんですけどぉ〜、シレ

ーナには襲って来ないんですねぇ〜。もっとシレーナも、彼女達に近い種族だった大昔には、し

ょっちゅう小競り合いしてたんですけれども〜、今はぜ〜んぜんですねぇ〜」

 

 デーラは私と共に、休憩地点をうろうろしながら話していた。彼女は鳥のような脚、かぎ爪の

ついた足でとことこと私についてきながら話しかけていた。

 

 彼女の独特の喋り方もそうだったが、青白い肌と、羽毛の生えた体、そして、大きな翼の生え

たシレーナと直接話すのは、不思議な気分だった。

 

 そしてデーラが言うには、シレーナが一緒についてくれば、ハーピーは襲って来ないのだとい

う事だ。

 

 私達は、ハーピーの群れが生息している地点を後にした。彼女達に襲われるような事も無か

った。刺激さえ与えなければ、シレーナがついているような人間達には襲って来ないというのは

本当のようだ。

 

 

 

 

 

 私達は更に馬を駆った。《シレーナ・フォート》から5日間も海岸線沿いに北へと上っていけ

ば、《ハルピュイア》という港町が見えてくる。そこは、『ベスティア』の国境から馬で1日足らず

の所にあった。

 

 そこは、以前、私があるギルドの護衛役に就いていた場所だ。ある時、そのギルドの交易隊

が『ディオクレアヌ革命軍』に襲われ、壊滅。私は何とか生き残ってその場を脱したが、多分、

あのギルドの人達には死んだと思われているだろう。

 

 その時、私はロベルトに助けられ、彼と知り合ったのだ。

 

 あれ以来、《ハルピュイア》には戻っていない。あのギルドの人達はどうしているだろうか? 

元々、小規模化したギルドだったから、交易隊の壊滅は致命的だったに違いない。

 

 《ハルピュイア》が見えてくる地点の海岸線までやって来て、ふと、カテリーナが馬を止めた。

 

「どうも、見張られている気がする。5日前からずっと」

 

 彼女は自分達が進んできた方向を振り返って言った。

 

「革命軍の奴ら?」

 

 と、ルージェラが尋ねる。

 

「いいや、違う感じだ。見張っているのは1人しかいないようだからな…」

 

「俺は何も感じないぜ…?」

 

 ルッジェーロがカテリーナに言ったが、

 

「相手は、気配を殺すのが上手いな。シレーナが付いて来て、上空からも見張っているっていう

のに、追跡がバレていないなんて…」

 

 と、ルッジェーロに言っておき、カテリーナは自分の馬の向う向きを変えた。

 

「ちょっと、ここで待っていな」

 

 カテリーナはそのように言い残すと、一人、『フェティーネ騎士団』から離れていく。彼女は馬

を駆り、海岸線沿いに立っている木立の一つへと突進した。

 

 カテリーナが馬を走らせると、木立の影から、一人の人影が飛び出す。人影は、素早くかテリ

ーナから距離を取ろうとする。

 

 しかしそこを、上空から舞い降りてきた、シレーナのデーラが行く手を塞いだ。

 

「だーめ、駄目です〜。逃げられませんよ〜」

 

 だが、木立から飛び出した人影は、剣を引き抜き、デーラを切り付けようとした。

 

「うっひゃあ〜」

 

 デーラは叫びつつも、自分も弓ではなく近接戦用の剣を抜いて相手の剣を防いだ。

 

 相手は女だった。軽装の甲冑と隠密活動をする偵察部隊のようなマントを纏い、彼女は両手

に片刃の剣を握っている。

 

 現れた女は、2本の剣でデーラに襲いかかっていた。

 

 しかし、背後から追いついたカテリーナが背中から女に剣を突き付け、言い放った。

 

「そこで止めろ!」

 

 すると、女は振り上げていた剣を下した。そしてゆっくりとカテリーナの方を振り向く。私はそ

の女に見覚えがあった。眼帯で片目を隠している姿はあまりに印象深い。

 

「あんた…。ブリジット・ヴァルタンか…? こんな所で何をしている…?」

 

 と、カテリーナは尋ねる。すると、ブリジットは剣を仕舞いながら、カテリーナに視線を向け、

言った。

 

「アンドレ様の命令で、貴様らを見張っている」

 

「何? アンドレ・サルトルの事か?」

 

 カテリーナは剣を背中へと戻したが、馬上で警戒したままブリジットに尋ねた。

 

「そうだ。貴様らは、我らが『ベスティア』へと向おうとしているのだろう? 『フェティーネ騎士団』

が揃いも揃って我が国に一体、何の用だ? 見張って当然の事だろう?」

 

 カテリーナは少し考えた後に答えた。

 

「『ディオクレアヌ革命軍』の討伐さ。それ以外に無いだろう?」

 

「なぜ、我が国に歯向かうのだ? 我が国に、革命軍の本拠地は無いと、アンドレ様が言った

だろう?」

 

 ブリジットはカテリーナを睨みつけ、言ってくる。彼女はカテリーナと同じ年頃の女だったが、

凄みを利かせた口調と、隻眼で睨みつける様子は、かなり迫力があった。

 

「…、情報があってね…。あんた達の国の領土の中じゃあないが、山岳地帯の奥地、あんた達

の国の辺境地帯から更に先に行った所に、革命軍が根城にしている場所があるって聞いたん

だ。我々が行くのは、その確認の為さ」

 

 だが、カテリーナがそう説明しても、ブリジットは譲らなかった。

 

「なら、我が国に任せておけば良いだろう?」

 

「私達も、女王陛下の命令でね。行かなければならない」

 

 そうブリジットに言い残し、カテリーナは彼女を差し置こうとする。しかし、

 

「待て、カテリーナ・フォルトゥーナ。私もアンドレ様からの命令がある。お前達を、そに簡単に

『ベスティア』の地を踏ませるものか」

 

「西域七カ国は自由国境化されている。私達が踏めない土地など、この西域大陸には無い」

 

「フン。だが、貴様らの事は、わたしが、ベスティア王に報告するぞ。もし、我が国の王の許可

なくして、領土内で勝手な事をすれば、お前達を、このわたし自ら始末してやる」

 

「じゃあ、『ベスティア』に入ったら、まず真っ先に王に会いに行かなければな」

 

「我が国の王が、貴様らの入国を許可するとは思えんな?」

 

 ブリジットは敵意も剥き出しに、カテリーナに向って言い放つ。すると、

 

「もういいよ。あんた、私達を見張っているって言うんなら一緒に付いてくればいい。こそこそし

ないでさ」

 

 とだけカテリーナは言い、騎士達の方に馬を戻そうとする。

 

「見張っているぞ。カテリーナ・フォルトゥーナ。我が『ベスティア』の地で、貴様らに勝手な事は

させない!」

 

 ブリジットは、自分の足で、そんなカテリーナの後に付いて来るのだった。

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 結局、『ベスティア』の女騎士、ブリジットも同行して来たまま、私達一行は、『リキテインブル

グ』−『ベスティア』間の国境にまでやって来ていた。《シレーナ・フォート》を出発して5日。海岸

線を北上して来た私達の前に現れたのは、両国間に切り立った峡谷だった。

 

 海から切り開かれた峡谷が、『リキテインブルグ』と『ベスティア』の国境となって大地を切り裂

いている。峡谷は途中から河となって、海へと水を流れ注いでいた。

 

 そして、私達は、この崖を知っていた。

 

「ここ、知っているでしょ? 《インフェルノ峡谷》だよ」

 

 と、フレアーが私に説明してくれた。

 

「うん。知っている」

 

 もちろん私も、この崖を越えて『リキテインブルグ』へとやって来たのだから、この崖の存在を

知っている。

 

 《インフェルノ峡谷》は一年前、私達が『セルティオン』のエドガー王が革命軍の手によって拉

致されたとき、救助しに行った場所である。ただ、こんなに海に近く、人の行き来がされている

場所ではなく、更にずっと内陸、険しい山々を越えていった、辺境の土地での出来事だった。

 

 つまりこの峡谷は、数千キロに渡って大地を切り裂いているのである。なぜこんな崖がある

のか、いつ、大地が切り裂かれてしまったのか、それは誰も知らなかった。

 

 私達が通過する国境の地点は、切り立った崖となっている場所からだった。

 

『ベスティア』へは、この崖を越えていかなければならない。崖にかけられた橋が、何キロ置き

かの間隔でかけられている。人々はそこを渡り、『ベスティア』へと入っていくのだ。

 

「ねえ、あなたの従姉弟だかの、あの男の子はどうしちゃったの?」

 

 崖沿いに馬を行かせながら、ルージェラが、フレアーに尋ねていた。フレアーはルッジェーロ

の馬に相乗りしている。

 

「スペクターの事? あの子怖がりだから来たくないんだってさ。今は、シレーナちゃんの案内

で、あなた達の国の王都観光しているよ!」

 

「…、お前、何だってあいつを連れて来たんだ…?」

 

 独り言のようにルッジェーロが言った。すると、馬の上でフレアーは振り返ってルッジェーロの

顔を見つめた。

 

「ほら。一度、怖い目に遭っちゃったからさ。もう嫌だって言って、付いて来なくなっちゃったの」

 

「シレーナの案内でって…。下手に男の子をシレーナと関わらせない方が良いわよ。まあ、あ

の男の子じゃあ平気かもしれないけど、誘惑されないように、言っておかないとね」

 

 と、ルージェラが言ったが、

 

「大丈夫、大丈夫。あの子はそんな子じゃあないって」

 

 フレアーは彼女を軽くあしらった。

 

「雲行きが良くないな…。早い所『ベスティア』に入りたい…」

 

 一方、上空の雲の動きを観察していたカテリーナがルージェラに言った。するとルージェラは

すぐに話を切り替える。

 

「今日中には、橋を渡れると思うわよ。確か、あと1キロも崖を辿った所に、馬でも渡れる橋が

かかっているはずだから」

 

 『リキテインブルグ』の海岸地方の天候は特に移り変わりやすい。特に今のトールの季節と呼

ばれている初夏は、突然、激しい雷鳴と共に大雨が降ってくる事も多い。しかもそれは、空を

見上げれば誰にでも予測が付いた。黒い雲が晴れた空を突然多いつくし、まるで夜のような暗

さに辺りが包まれるのだ。

 

 今が、丁度そんな雲行きだった。

 

「ところで…、良いの? カテリーナ? あんなお荷物を2人も連れて来ちゃって…」

 

 ルージェラはまた話を切り替えてカテリーナに言った。

 

「何の事だ?」

 

「一人は『ベスティア』の間者、もう一人は、ディオクレアヌの部下だった女なんだよ。どっちも、

あんたの首を狙っているよ」

 

 ルージェラはちらちらと背後を振り返りながら言った。騎士達の列から少し離れた所では、隻

眼のブリジットが馬を駆って来ている。更に騎士達に取り囲まれ、警戒されつつかテリーナの

後を付いてくる、赤い鎧を身に付けたナジェーニカの姿もあった。

 

「…、ブリジットがいれば、『ベスティア』で動きやすくなる。ナジェーニカは、革命軍の動きを良く

知っているはずさ…」

 

「あ、あんたねえ…。自分の名誉を傷つけたような相手に、あの女が協力すると思う?」

 

 と、ルージェラ。

 

「…、ナジェーニカの前では言えないが、彼女は既に革命軍に見限られている。革命軍が私達

を襲撃して来れば、ナジェーニカも一緒に始末されようとする。向こうは手の内を明かされたく

ないだろうからな…、その時になれば、彼女は私達に協力する…」

 

 カテリーナは馬を進ませながらルージェラに説明した。だが、ルージェラはと言うと、呆れたよ

うな素振りをカテリーナに見せる。

 

「ちょ、ちょっと…。物事がそんなに都合よく運ぶと思う? ブリジットは、あんたを殺そうとする

まではしないかもしれないけど、ナジェーニカは本気だよ。例え自分が死ぬかも知れなくても、

あんたを殺しに来るよ、あの女は」

 

 だが、カテリーナはルージェラの方を振り向き、

 

「その時は、あんたや騎士達がいるだろ? それに、あの女は寝首を斯くような事はしない。も

し、私を殺したいんだったら、正々堂々と来るさ。その時は、いつでも受けて立ってやる…」

 

「いつも、全部、想定済みって感じね…、あんたは」

 

「でも無いさ」

 

 カテリーナは、何の事は無いと言った様子で、ルージェラを軽くあしらっていた。その時、彼女

達の後ろから付いて来ていたフレアーが、

 

「あ〜! 見えた。あれでしょ? 橋って!」

 

 先の方を指差して、そのように声を上げていた。彼女の甲高くてよく響く声に、一斉に皆は崖

の先の方を見つめる。

 

 そこには一つの橋がかかっていた。木を何重にもして組み上げ、崖に渡された、実に丈夫そ

うな橋だった。馬が何頭その上を歩いたとしても、壊れる事は無いだろう。

 

 騎士達は見えてきた橋に向って急いだ。今日中に『ベスティア』国内には入りたい。橋を越え

てしまえば、もうそこは『リキテインブルグ』ではない。『ベスティア』だった。

 

 と、最も先頭で馬を駆るカテリーナの元に、横からブリジットが馬を操り、接近してくる。

 

 何事かと、彼女の方を振り向く、カテリーナとルージェラ。

 

「見張っているぞ、カテリーナ・フォルトゥーナ。ここから先は我が国の領土だ」

 

 ブリジットは静かに、ただ目線だけは鋭く持ってカテリーナ達にそう言った。

 

「はいはい、分かったわよ。せいぜい、しっかり見張っていて下さいね」

 

 しつこいとばかりに答えるルージェラ。すると、ブリジットは彼女の方を向いて、わざとらしく鼻

を鳴らした。

 

 そんなやりとりが展開される中、私達は、国境の橋へと近付いて来ていた。

 

 しかし、そんな私達の行く手を塞ぐかのようにして、橋の手前に、一人の人影が立っていた。

 

 騎士達の馬、数十騎が目前に迫って来ているというのに、その人影は動いて退こうと言う事

をしない。ただ立っている。

 

 その人影とは、白いドレスに身を包んだ女だった。そんな格好で、しかも国境で一体何をして

いるのだろう。彼女が纏っているのは、貴婦人が着るようなドレスで、このような場所ではあま

りにも不釣合いだった。

 

「ねえ…、あの女って…、確か…?」

 

 近付いていくにつれ、何かに気がついたようにルージェラがカテリーナに尋ねる。

 

 カテリーナはただ馬を駆り、女の方へと近付かせて行った。だがその速度は緩め、馬を、立

ちはだかる女の数メートル手前で止めさせようとする。

 

 接近して行けば、私にもその女が誰であるか分かった。あの目立つ真っ白なドレスにも見覚

えがある。

 

 あの《斜陽の館》で、彼女の夫と名乗った人物と共に、ガーゴイルなる石像の怪物をけしかけ

て来た女だ。

 

 確か、名前をアフロディーテと言った。正体不明の女だった。

 

 カテリーナは、そのアフロディーテと対峙する位置に馬を止めた。彼女に従い、他の者達も

次々と馬を止める。

 

 普段なら、騎士の行く手に現れるたった一人の人間など気にも留めず素通りする。だが、ア

フロディーテは峡谷にかかる橋の手前に、その行く手を塞ぐかのように立っていたし、何より、

彼女の醸し出している奇妙な雰囲気のようなものが、大きな壁となって騎士達の前に立ち塞が

っていた。

 

 カテリーナはそれに気付いたらしく、馬を止めたのだ。

 

「あんたは…」

 

 カテリーナはアフロディーテに目線を向け、そう言った。すると彼女は、初めて私達が会った

時と変わらないような表情をこちらへと向け

 

「お嬢ちゃん達…、やっと来たわね?」

 

 と、妖しげな声でそう言うのだった。

 

 

 

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17.峡谷、一つの橋

説明
少女の航跡 第2章「到来」 16節「激動の海岸線」
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