少女の航跡 第2章「到来」 17節「峡谷、一つの谷」 |
私達の目の前に現れた女は、まるで私達の行く先を阻むかのように立ち塞がっている。
女は、怪しい口調で話し始めた。まるで、彼女の体から、薄っすらと奇妙な気配が漂っている
ようでもある。
「相変わらず綺麗ね…、お譲ちゃんは…、その髪、どうやって手入れしているの? 外にばっ
かり出て手入れを怠っていたら、どんどん痛んじゃうでしょう?」
その女、アフロディーテは、まるで、子供でもあやすかのように言って来る。その相手は、カテ
リーナだった。
彼女はそんな言葉など知らないかのように押しのけ、自分だけがその女の前まで馬を行か
せ、堂々と対峙した。
「何故お前がここにいる? 私達の行く手を阻もうと言う気か?」
カテリーナはその言葉に迫力を持たせ、アフロディーテに言い放った。すると彼女は、変わら
ぬ表情で答える。
「ええ、もちろんよ。当たり前じゃない?」
「だったら、貴様を馬で踏み倒してでも、この場を我々は行くぞ」
カテリーナがそう言うと、アフロディーテは笑った。女の高笑いが、峡谷に響き渡る。
「何が、可笑しい?」
「焦っちゃ駄目よ、お譲ちゃん。ええっと、名前は、カテリーナちゃんで良かったかしら? 焦る
のは、まだ若い証拠ね?
そうねえ…、あなた達が、目指している所がわたし達にとっては問題かしら?」
「『ベスティア』の事を言っているのか?」
と、カテリーナ。
「いいえいいえ、違うわよ。あなた達は、私の夫が使っている男の軍の本拠地を目指している
のでしょう?」
「『ディオクレアヌ』の事?」
そう後ろの方から言ったのはルージェラだ。
「ええ、そうよ。でも、言っておくわ。今からでも遅くはないから、止めておきなさい。
あなたはそんな事をしている場合じゃあないのよ、カテリーナちゃん。あなたには、大切な使
命があるはずなの。それを忘れてはいないでしょうね?」
「何の事だ?」
カテリーナはすかさず聞き返す。
「忘れてはいないでしょう? あなたの大切な使命の事よ。夢の中の声に従いなさい」
構わずアフロディーテは続けた。
「ねえ、カテリーナ、夢の中の声って、一体…」
私は気になって彼女に尋ねようとする。しかし、カテリーナの注意は私達にではなく、目の前
の女に向いていた。
「あんたが、何の事を言っているのか、私達にはさっぱりと分からないな? だが、今の私に言
える事はただ一つ。たわ言を並べていないで、あんたはさっさとそこをどくべきだという事だよ。
あんたの言っている、使命ってのは、私達には何の事だかさっぱり分からない。だが、私に
使命を与えるとしたら、それはただ一人、ピュリアーナ女王陛下だけだ。私はそれ以外の誰の
指図も受けない。覚えておけ」
カテリーナはそこまで言うと、自分の背中に吊るした剣に手をかける。そしてそれを抜き放っ
た。
だが、その様子を見ても、アフロディーテは苦笑にも似た笑いをするだけだった。
「あっはっは。良いわ。実に良いわよ、その意気よ。そうでなければ、あなたは、指導者にはな
れない。でもね。さすがにちょっと、恩知らずねえ、あなたは。
だから、思い知らせてあげる。あなたが、これから一体、何をすれば良いのか、自分の使命
を思い出してもらうために、少しお仕置きをしてあげないとね…」
そこまで言うとアフロディーテは、峡谷の橋の上で、奇妙な光を放ち始めた。それはゆっくりと
彼女の体から現れ、まるで炎のように揺らぎながらその姿を現す。
その光を放ち始めた彼女は、今まで見ていたよりも、ずっと大きな存在となってカテリーナの
前に立ちはだかっていた。
「あなたが、あんまりにも頑固になるからいけないのよ。カテリーナちゃん…」
そのアフロディーテの体から現れた光は、だんだんと、彼女の足元の方へと流れていく。それ
は橋自体へも伝わっていった。
騎士達の馬の落ち着きが無くなってくる。しきりに鼻を鳴らしたり、首を振り始めた。
周囲に重々しい気配が漂い始める。それは、馬でなくても、はっきりと理解できるものだっ
た。
峡谷付近の大地が揺らいだ。まるで、何かが地面の下からせりあがって来るかのように。
カテリーナは、すかさず剣の先をアフロディーテへと向けた。
「何だ? 貴様、一体何をした?」
しかし、カテリーナに凄まれても、アフロディーテは、変わらぬ口調で答えた。
「だから言ったでしょう? あなたが、あんまりにも頑固にわたし達の言う事を聞かないものだ
から、力ずくで従わせるしかないのよ…」
「ち、力ずくって…」
思わずそう言葉を漏らしていたのは私だった。
そんな私達を付いて、騎士達の周囲の地面が、突然盛り上がってくる。幾つも幾つも。10箇
所ほどの地面が隆起し、そこから何か、黒い塊のようなものが姿を現した。
「おいおい…、こりゃあ…」
ルッジェーロが、周囲の有様に思わず言った。
隆起した地面から、地響きと共に姿を現して来るのは、ごつごつとした岩の塊を組み合わせ
て作ったかのような巨人だった。優に人間の数倍の体はあるだろう。黒い岩の体を持つその
巨人は、のっそりとした様子で、私達へと迫って来る。
それは、ゴーレムだった。
「何の真似だ…?」
カテリーナは、アフロディーテに剣を突き付けたまま言い放つ。そんな彼女の背後からもゆっ
くりとゴーレム達が姿を現し、迫って来ていた。
「…わたしの力で造り上げたゴーレム達よ。言っておくけどね、どこかの革命軍だかで、造って
いるまがい物のゴーレムとは全然違うと思っておいた方が良いわね…」
カテリーナ達が言い合っている間も、黒い体を持ったゴーレム達は、ゆっくりと私達に向って
接近して来る。
「こ、これは、一筋縄では行かないみたいよ…」
ルージェラは周囲を見回してそう言った。周りからは、10体のゴーレムが現れ、私達へと近
付いて来ている。
そんな中、ルージェラは腰から二本の小型の斧を取り出していた。それは、彼女が今まで使
っていた、背中にしょっている大型の斧ではなく、木の伐採などにも使えそうな斧だった。彼女
はそれを両方の腕に持って構える。
「そんな、おもちゃで、私達の行く手を阻もうと言うのか…!」
カテリーナの前にも橋を渡って、2体のゴーレムが接近して来ている。ゴーレムの踏みしめる
足で、橋が崩れてしまうのでは無いかと思える程、峡谷にかかる橋は大きく揺らいでいた。
「おもちゃか、どうかは、戦って見れば分かるわよ。さあ、見せて頂戴。お譲ちゃん。あなたの
力を…!」
アフロディーテがそう言った時、それがゴーレムに攻撃を開始する合図だった。
まずカテリーナに向って2体の黒いゴーレムが、その巨大な腕を振り上げて鉄球のように振
り下ろしてきた。
馬上のカテリーナはそれを大剣で受け止める。重々しい衝撃を、彼女は剣で受け止めた。普
通ならば、それだけで押し潰されてしまいそうな程の、鉄球のような腕だ。
あまりの衝撃で、橋が悲鳴を上げるほど軋んだ。
カテリーナはそのゴーレムの鉄球のような腕を、剣を使って押し返し、さらにもう一方から襲
い掛かって来たゴーレムの、これまた腕に向って剣を振る。
鉄球のような腕と、大剣とが激突し、火花が飛び散る。押し勝ったのはカテリーナの方で、彼
女はゴーレムを大きく仰け反らせた。
「カテリーナ…!」
ルージェラが叫んだ。既に、橋の背後にいた騎士達の方に向ってもゴーレム達は次々と襲い
かかって来ていたのだ。
カテリーナは、自分の方に襲ってきたゴーレム達の攻撃は牽制し、素早く馬の方向を変え、
橋を渡り、騎士達の方へと戻って行く。
騎士達を取り囲み、襲い掛かってくるゴーレムは8体。それぞれが、鉄球のような腕を振る
い、その迫力と破壊力で襲い掛かって来る。
集団の外周にいた騎士は、各々の武器を使い、ゴーレムの攻撃を受けようとしたが、最初に
攻撃を食らった騎士は、その体を馬から落馬させられていた。
しかも、ただ落馬しただけではなく、その甲冑を着た体を、何メートルにも渡って吹き飛ばさ
れていた。
「ひゃあ、ちょ…、ちょっと、聞いていないよ…!」
その有様を見たフレアーが、悲鳴にも似た声を上げている。
「フレアー様、騎士の方々が守って下さる…。あなたは何も心配なさらないで…」
シルアが、そう言って、フレアーをなだめようとしたが、彼女の周りを取り囲んでいた騎士達
が、次々とゴーレムのよってなぎ払われ、黒い体をした巨体が、フレアーの前に接近して来た。
彼女が悲鳴を上げるのが早いか、そのゴーレムの前に一本の刃が走る。
「ヤバそうだったら、言ってくれよ、フレアー。オレはいつでも、お前を助けてやるぜ…」
フレアーの前に立ちはだかったのはルッジェーロだった。彼は、馬上で剣を構え、フレアーが
何か答えるのよりも早く、ゴーレムに向って走っていく。
そして、騎士達の間から現れた、のっそりとした動きのゴーレムに向って剣を走らせた。
しかし、聞えてきたのは、ただの鈍い音だった。
「な、何て硬いんだ…!」
ゴーレムの脇を馬で走り抜けながら斬り付けたルッジェーロだったが、彼自身、ゴーレムの
体の硬さには閉口した。
そこへ、新たなゴーレムが現れ、ルッジェーロに向って、その鉄球のような腕を振り下ろしてく
る。
「ちッ…! 次から次へと…! 何だってんだ…! こいつらは…!」
だが、そこへ、ゴーレムの頭の上に飛び乗る一人の影。それは、カイロスだった。彼は、その
懐から銃を取り出し、ゴーレムの頭に向けて躊躇無く引き金を引いていた。
「大丈夫だったか?」
ゴーレムの上に乗ったまま、カイロスはルッジェーロに尋ねる。
「あ、ああ…。だが、そいつを銃程度で倒せると思ったら、大きな間違いだ…」
「オレの銃を甘く見てもらっちゃあ、困るぜ?」
だが、ゴーレムの頭の上に乗っていたカイロスは、いとも簡単に振り落とされてしまった。
地面に転がったカイロスは、
「い、痛ってええ…!」
と、頭を押さえて立ち上がろうとする。しかし、目の前には既にゴーレムがいた。
そこへと、カイロスの前に立ち塞がる一人の影。それはルージェラだった。
「あんた達の武器は、没収したはずだよ! 何で持っているの!」
ルージェラは、目の前のゴーレムよりも、カイロスの持っていた銃の方に目を向け、言い放っ
た。
「あ、ああ…、これか…? 状況がこんなだろ? この銃を預かっていた騎士さんは、さっき吹
っ飛ばされちまったからな…、抜き取らさせてもらったぜ…!」
「抜け目無いわね、あんた!」
そう言い放ちつつ、ルージェラはゴーレムに向って斧を振るった。両手に持った斧を、ゴーレ
ムの硬い体に打ち付ける。すると、ルッジェーロの剣でもびくともしなかったゴーレムの肉体の
一部が砕け散る。
その衝撃でゴーレムは大きく仰け反った。
すかさず、背後から騎士達の元へと戻って来た、カテリーナが背後から大剣を振るう。ぬっと
現れた彼女の剣が、ゴーレムの体を両断するかのように砕く。
「あんた達、完全に囲まれているって言うのに、随分と余裕じゃあないか!」
崩れ落ちていくゴーレムの肉体の向こうに現れたかテリーナが、悠然と言い放った。
「カテリーナ! 後ろ! 後ろ!」
と、フレアーがカテリーナに呼びかける。カテリーナの背後には、更に騎士達を振り切ってゴ
ーレムが現れていた。
カテリーナ目掛けて、大きく鉄球のような腕を振り上げるゴーレム。カテリーナは振り向きざま
に剣を振るおうとするが、
その直前、ゴーレムの体を突き破り、一人の女の姿が現れる。真紅の残像のような姿がゴー
レムの向こう側から出現し、カテリーナのすぐ側に着地をする。
それは、真紅の鎧に身を包み、大型の鉄槍を構えたナジェーニカだった。
ナジェーニカは、大砲のような迫力と共にゴーレムを粉砕していた。
彼女は何も言わず、ただ身を起こした。
「へぇぇ…、やるね、あんた…」
と、ルージェラが言った。だが、兜の面頬を下しているナジェーニカは何も言わず、ただ接近
して来るゴーレムに身構えていた。
ゴーレム達は、カテリーナが倒したかと思われたが、その体をゆっくりと身を起こして立ち上
がる。
体の一部を粉砕されても、ゴーレムはまだ活動を続けていた。
立ち上がったゴーレムは、他の騎士達に襲い掛かるゴーレムと共に、まだ襲い掛かって来て
いた。
カテリーナ達は円陣を組み、襲い掛かってくるゴーレム達に身構えた。
ゴーレムはのっそりとした動きで接近してきた。周囲に地響きを轟かせ、その鉄球のような腕
を振り上げる。
カテリーナはその鉄球の動きを、剣で受け、そのまま大剣を、迫って来たゴーレムへと叩き
付けるかのようにして切り裂こうとする。いや、ゴーレムの体は、岩石を粉々に打ち砕いたかの
ように、一部が砕け散る。そして、大きな衝撃と共に仰け反った。
次いで、彼女の真横から襲いかかってきたゴーレムが、カテリーナに向って、鉄球のような腕
を突き出す。
剣での防御が間に合わず、彼女の体は、大きく背後へと飛ばされる事となった。
だが、そのゴーレムに、今度はルージェラが飛び掛っていく。両手に斧を持ったルージェラ
は、長い柄を持った、槍のような斧を持っていた時とは、又違う動きを見せていた。軽々とした
動きで、ゴーレムの体に飛び乗ると、その、人で言えば、顔面の部分に向って斧を振り下ろ
す。
そして、そのまま、ゴーレムを背後へと蹴り飛ばしながら、彼女自身は空中で回転しながら、
地面へと着地した。
だが、ルージェラの攻撃を受けたゴーレムは、まるで何事も無かったかのように、再び、彼女
の前へと立ち塞がった。
ルージェラはなぎ払うかのように振るわれた鉄球の攻撃を、地面を転がりながら避け、その
場を凌ぐ。
しかし、ゴーレムは、更に彼女の背後にまでいて、彼女は追い詰められた。
背後からやって来た、鉄球の攻撃に、素早く反応して、斧を鉄球に押し当てるものの、そのま
ま彼女の体は、吹き飛ばされてしまった。
だが直後、ルージェラを襲っていたゴーレムは、背後からまるで仰け反るようにして突き出さ
れた。ゴーレムの背後から、真紅の鎧に身を包んだナジェーニカが、その槍を突き出していた
のだ。
ナジェーニカの槍は、まるで大砲のような迫力を見せ、ゴーレムの体を背後から押し倒してい
た。
地響きと共に、ゴーレムの体が崩れ落ちる。
「す…、凄いなあ…」
フレアーが呟いた。
だが、兜の面頬を下しているナジェーニカが答える事は無かった。
カテリーナ達は善戦しているも、ゴーレム達は怯む事なく、次々と騎士達を投げ飛ばしなが
ら、私達の方へと接近して来ていた。ゴーレム達は、何も恐怖する事など無いかのように接近
してくる。
カテリーナが大剣を振るい、次々とゴーレム達の体を砕く。ルージェラが斧を振るって、ゴー
レムの頭を刈った。更にナジェーニカがゴーレムに突きを食らわせ、その体を背後へと吹き飛
ばす。
更に銃を取り戻したロベルトと、カイロスが、その銃口から火を吹かせ、フレアーも、魔法を
使う。
シルアと共に放たれた、火の塊は、ゴーレムへと襲い掛かる。しかし、鉄のような岩には煤の
一つも付ける事ができない。
ゴーレムが腕を振り上げていた。フレアーは悲鳴を上げたが、すかさず彼女のとっさの防衛
本能は地面へと流れていた。
地面から、岩が隆起し、それが彼女を覆う盾となった。だが、ゴーレムの一撃で粉々に粉砕
されてしまった。
私達の目の前にもゴーレムが接近してきていた。
私の愛馬、メリッサも、恐怖に駆られたのか、激しく興奮している。だが、私はそんな彼女を
押さえつけながら、既に手に持っていた剣を握り締める。
私も、戦わなくては…。
次へ
18.アイアンゴーレム
説明 | ||
『リキテインブルグ』『ベスティア』国境間までやってきたカテリーナ達。しかしそこに立ちふさがるのは、屋敷で出会ったあの女なのでした。 |
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