さやかちゃんの結論 |
「ブレーメンの音楽隊って話、聞いた事有るよね、まどか」
神妙な面持ちで言ってきたのは、まどかの無二の親友で有る所の、さやかであった。もう一人の無二の親友で有る所の仁美は、今は居ない。職員室へ足を運んでいるからだ。そして、あともう一人の無二の親友、ほむらは、体調不良で欠席している。珍しい事もあるもので、学校が終わったら皆でお見舞いに行く予定だった。『無二の親友が3人』という、絶対的に矛盾を孕んだ思考をしてしまったが、まどかは特に気にしない。変えられないものなど、いくらでも有る。それらに優劣を付けられない以上、無二は無限に存在する。それはもう、無二と表現すべきものでは無いのかも知れないが、それもどうでも良かった。要はそれくらい大切なものなのだ。
昼休みも中程まで終わった頃である。
まどか、さやか、仁美。
場所は教室。まどかの席に合わせるように、さやかと仁美が集まったため、彼女達は自分の席では無く、クラスメートのそれを使用していた。もちろん、誰も文句をつけるはずも無い。
3人で昼食を済ませた後、すぐに仁美は職員室へと向かった。クラス委員長らしく、彼女の後姿はピンと張っていて、とても美しく感じられたものだ。あるいは、それこそが良家の子女としての器量を測る上で、パーセンテージとして最も高い配分を占めているとすれば、仁美の器量は天井知らずだろう。昼休みが終われば、数学の小テストが有る。仁美ならば、何時も通りに、難なくこなすのだろう。姿勢をピンと張り、美しく答案を埋め尽くし、当然の如く高得点を取るのだろう。
…………ちなみにまどかは、あまり自信が無かった。
そして、彼女を微笑みながら見送ったまどかの耳に、嘆息まじりの声で呟いたのが、先ほどのさやかで有り、その言葉で有る。
「概要くらいは、知ってるけど」
首を傾げてさやかの意図を測りかねたが、それでもまどかは答えた。さやかが突発的に無意味な言動で周囲を混乱に巻き込むのは…………巻き込まれるのは決まってまどかと仁美では有ったが…………良く有る事では無いが、無い事でも無かった。慣れていると言えば慣れているし、その投げっぱなしジャーマンの様な無意味さが、有る意味心地よかったりもした。竹を割った性格を持ち合わせているさやかは、何をしても嫌味に感じない。我が儘よろしくこちらを困らせるのは、信頼の証とも言えた。
「確か、ロバと犬と、猫と鶏が一致団結して悪者をやっつけて幸せになる話だよね」
まどかの、7割くらいざっくりと削った荒筋にさやかは苦笑して、
「それ、擬人化したら古典的なラノベが一冊出来そうだよ、まどか」
「うう、ごめん。概要も良く知らなかったかも…………」
「あ、ああ。いや、ほらさ、別に間違っても無いよ。大体有ってるもん」
落ち込みかけたまどかだが、さやかに慰められ、沈みかけた心を何とか平常へ持ち直す。
そして、短めのさやかの講釈が始まった。
「ブレーメンの音楽隊ってのは…………」
端的に語るなら、こうだ。
グリム童話の1つ。
年老いて処分、あるいは単に食料にされそうになったために、それぞれ別の飼い主の下から逃げ出したロバ、犬、猫、鶏。彼らは音楽隊を結成するためにブレーメンへと向かう。しかし、途中で立ち寄った山賊の小屋を悪鬼羅刹の如きハッタリで占領、幸せに暮らしましたとさ。
そういう、何と言うか身も蓋も無い結末で締めくくられる物語。
「へぇー、詳しいんだね、さやかちゃん! なんだか意外だね」
「ほぉ、何だい? そういうのに詳しいのは私に似合わないと言いたいのかい?」
「い、いや、そういう意味じゃ…………あ、あうぅ」
さやかに肩を抱かれ、こめかみにぐりぐりと拳を押し付けられるまどか。もちろん、ポーズなので痛くもなんとも無い。ひとしきりそのじゃれ合いを楽しんだ後、さやかは席へ戻って、
「いや、まあ私もグリム童話って言ったら知ってるのはそれと、あと『餓死しそうな子供達』くらいなんだけどね」
グリム童話第7版で削除されて、日本語で印刷されている筈の無い童話を知ってるのが不思議だったが、まどかもグリム童話に通じている訳では無かったので、取り敢えずスルーしておく事にした。なので、それを知っていて白雪姫をどうして知らないという突っ込みを入れる者も居なかった。まどかもさやかも、白雪姫がグリム童話で有る事すら、知らなかった。
「とにかくさ、ブレーメンの音楽隊って、なんか童話にしたって矛盾だらけだよね。はっちゃけ過ぎだと、さやかちゃんは思うわけですよ」
「うーん、まあそうかも。でも、童話って大体そんなものなんじゃ…………」
ヘンゼルとグレーテルも、似たような話の構成だし、とまどかが言うと、
「子供の頃から思い入れがあるから、余計そう感じるのかもね」
と、気楽に返してきた。
「でもねぇ、ロバと犬と、猫と鶏がだよ? 盗賊よりも頭賢くて、音楽隊組むって…………お前ら人間かって話じゃん? しかも、最終的にやってる事は盗賊と変わんないし」
子供の頃からの思い入れと聞いて、まどかには閃くものがあった。きっと、幼馴染の上条恭介に関係するのだろう。決して、口に出したりはしないが。
「そこで私は思ったわけだ。もしかして、動物達のモチーフって、人間で、本当の爺さん婆さんだったんじゃ無いかってさ」
「え?」
「そうだよ。口減らしのために捨てられた、お爺さんとかお婆さんとか、まあとにかくそういうのだったんだよ。さやかちゃんには分かっちゃうんだよねぇ、うん」
そんな姥捨て山みたいな…………と、まどかはまたしても心中で思うだけに留めた。否定できるほど自分に知識があるわけでも無かったからだが。ブレーメンの音楽隊が何時の時代から語り継がれだしたものなのかは分からないし、その当時には、確かにそういう事実が有ったかも知れない、とも思う。
「…………で、それがどうかしたの?」
話題を振ってきたからには当然、何かしらの目的が有る筈だ…………と考えるのは浅はかだ。まどかの親友の中で、さやかは意味の無い話題をスープレックスしたまま放置してしまう事がたまに有るのは、上述の通りである。まどかもそれを十二分に承知しているので、この確認はほとんど相槌に近かった。
だから、答えが返ってくる事は期待していなかったし。
答えが返ってきて、少し驚いた。
「…………いやさ、身の丈に合わないと思わない?」
さやかの声は、若干暗めのトーンを帯びていて、その面持ちは神妙で。そういえば、始めに話題を振ってきたときも、そんな感じだったか。
「身の丈に、合わない?」
「ブレーメンの音楽隊の世界観ってのはさ。どうも私達の世界とほとんど同じなんだって、私は思うわけよ」
机に両肘を突き、顔の前で手を上下に組み、顎をその上に乗せ、上目遣いで見てくるさやかは、何時もよりも少し、大人っぽく見えた。
童話が現実を参考にしている以上、現実から抜け出た想像上の産物である以上。それは、少しもおかしくは無い話ではあった。
「人間が居て、普通に生活してて、動物達は家畜でさ。役に立たなくなったら処分ってのも、残酷に思えるし、私は許せないけど…………まあ、そういうものなんだって、我慢する」
「……………………うん」
何時に無く真剣に語るさやかに、まどかも真剣に聞かなくてはいけない様な気がして、相槌にも自然と重い心が入る。心の重心を安定させて、向き直る。
「つまり、この動物達はさ。普通の動物なんだよ。言葉を話すわけでも無く、直立二足歩行するわけでも無く。馬は馬で、犬は犬で、猫は猫で。鶏は鶏で」
知恵など回るはずも無く。
しかし、知恵は宿っていた。
「この話じゃさ、どうしてだか人間並みに頭の良かった動物達がさ、盗賊をやつけて居場所を確保できたわけだけど」
さやかはそこで、一度嘆息した。
「動物達がブレーメンにたどり着いて、素晴らしい音楽を披露してもさ…………受け入れられるはず無いよ」
だって彼らは。
人間では無く。動物だから。
見せ物にされるか、悪魔として恐れられ、殺されるか。そのどちらかだろうという事は、まどかにも容易に想像できた。それらの動物達が楽器を華麗に演奏する様は、恐ろしく異様だ。夜道で出くわせば、確実に魑魅魍魎の類だと思うだろう。
「努力しても、努力しても、努力しても。報われない努力をするのは…………辛いよ」
俯いて、さやかはかすれる様な声で言った。
「さやかちゃん…………」
それは誰の話?
と、まどかには聞けなかった。親友でも踏み込んではならない領域が有る。それでもさやかが話してきたのは、きっと、ただ聞いてもらいたかったからなのだろう。意図を察して、飲み込んで。何かを言って欲しいなら、またサインを送ってくるのだろう。その時に、何かを言えるように、今から考えておこう。
まどかはそう思い。
そう想った。
しかし。
「だから、いっそ努力しない事を、さやかちゃんは推奨したいんだよね」
「へ?」
ガッ、と顔を上げて、さやかは力強く言い切って。
まどかの想いは雲散霧消した。
「いや、ほらさ。結局あれじゃん。あいつら努力して無いじゃん。そんで、努力しなくても幸せ勝ち取ってるじゃん? そういう童話なんだよ、これは! だから私もそれに習って、昨日は色々と努力を放棄して、掃除とか色々してみた! さやかちゃんに舞い降りる幸運の女神様は、きっと両手じゃ足りないよ、もう」
さやかは拳を握り締めた。拳には力が篭り、力は熱を生み、熱は大気を焦がす。焦がされた大気は炎を生み、炎は炭素を酸化させ、体に良くない有害物質の発生で地球がやばい。
そんな感じの拳だった。ついでに言うと、その握り締めた拳で幸運の女神様もやばい。
「さやかちゃん、数学の小テストの勉強、してないんだね」
圧倒的な閃きから生まれたまどかの核心を突いた言葉に、さやかは力なく机に突っ伏した。
してないんじゃない、努力の放棄で運気を呼び寄せる『さやかちゃん式開運法』だよ、と力無く呟いたさやかは、当然の如く小テストにやぶれたのだった。
説明 | ||
何故か描きだしていた。 そんなお話です。 |
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魔法少女まどか☆マギカ 美樹さやか | ||
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