恋姫異聞録115 −画龍編− 
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真桜に案内されたのは周りよりも一回り大きめの天幕

中に入れば椅子、机、簡易的な寝台が置かれそれなりに寛ぐことが出来ると一目で解る

戦場の、しかも敵から奪取した場所でこれほどの場所を優遇してくれたというだけで

自分たちがどのように歓迎されているのかがよく解った黄蓋は案内してくれた真桜に礼をとると

真桜も丁寧に返礼をする。姿勢を正し、まるで王の御前に有るかのような態度に黄蓋は眩しそうな表情をみせた

 

「フフッ、なんとも部下ですらこれなのだからな。呉の若い者共に見習わせたいくらいだ」

 

「そんな世辞いうたかて嬉しないで、ウチが失礼な態度とったら隊長まで変な眼で見られるの嫌やからや」

 

「そうだな、当たり前の事だ。だが其れがなにより難しい」

 

腕を組み、ゆったりとした表情と物腰で賛辞を述べるが真桜は「知るかい、嬉しくもない」と言った表情で返し

 

「ほんなら外におるから、何かあったら言うて。後一応勝手に出歩くのは控えてや」

 

説明と忠告を言って天幕を出て行く。去る背中には「隊長が言うから牙を向けんだけや」と読み取れる殺気を放っていた

 

「仲間の仇を前に耐えるか。本当に間違ったかもしれんな」

 

蜀との同盟はやはり間違いであったかと口に出てしまう黄蓋に鳳雛は心底不安になってしまう

このままこの人は連合を裏切り、自分を殺して本格的に魏に寝返るのではと

 

一歩、二歩とゆっくり下がる鳳雛に気がついた黄蓋は軽く笑い、驚いた鳳雛は「あわわわわ」と脚をもつれさせ

尻餅をついてしまう

 

「心配するな、儂は孫家に仕える宿将。慧眼の舞王の言葉を忘れたか?義を失うことはせん」

 

「は、はい」

 

「無理も無いか、あのような姿を見せてはな。だが儂の言葉を理解しておるだろう?」

 

「・・・呉が完全に吸収され、死ななかった時。完全とは王も将も全て、そんなことは無に等しい」

 

周りを見回し、小さな鳳雛に聞こえるだけの声量で囁く黄蓋

 

黄蓋の言葉に即座に頭を働かせ、どのような意味が込められているかを導きだすと

鳳雛に正解だと弟子に褒美を与えるように、腰を地につけたままの鳳雛に手を差し出し優しく立ち上がらせ

スカートが土埃で汚れてしまったのをポンポンと、娘を扱うようにして払っていた

 

その柔らかい雰囲気と仕草に鳳雛はそれほど面識は無いというのになぜだか気恥ずかしく

何時もの口癖をつぶやきながら顔が赤くなってしまっていた

 

「昭から言われて治療に来た。入っても構わないか?」

 

外から聞こえる男の声に黄蓋は先程の話を聞かれたかと身構え、鋭い瞳を天幕の出入口に向けるが

そこに立つ人影は一人、殺気も他の気配も無く天幕に映る影には武器を持った様子もない

 

怯える鳳雛に黄蓋は優しく肩を叩き、安心させるように一つ頷き「構わん」と一言

 

「お邪魔するぞ」と天幕に入ってくるのは赤い髪に白い外套を纏う華佗

その姿に黄蓋は少々驚く。何故こんな所に神医と呼ばれし人間がいるのかと

 

戦場には似つかわしくなく、話に聞いていた存在からは考えられないからだ

戦を嫌い、人の命を救うことに生涯をかけている医師

だが同時に納得もする。あの偽の首を創り上げたのは目の前にいる神の手を持つ医師の手によるものなのだと

 

「鞭打をうけたそうだな、そこに座って傷を見せてもらえるか?」

 

俺は医者だ、心配するなと椅子に座るように促す華佗に黄蓋は素直に従い衣服の上だけを開けさせ

褐色の肌に残る赤く熱を持った傷跡を曝け出す

 

改めて見る痛々しい傷に、鳳雛は息を飲み込むと黄蓋は自分の目の前に座っていろと手招きし

それに素直に従って傷の見えない黄蓋の真正面へ椅子を置きちょこんと腰を下ろした

 

触診されるのは辛いだろうと、華佗は鍼を背に二つ刺して痛みを麻痺させ傷跡の深さを診ていく

そして持ってきた薬箱から練り薬を取り出し、傷跡に丁寧に塗布していく

 

痛みを感じさせぬ見事な手際に黄蓋は関心の笑みを浮かべ、華佗に賛辞のそして

呉に手に入れられなかった事を含め、皮肉を込めた言葉を述べる

 

「知っておるぞ、神医華佗。その手に救えぬ命無しとまで言われる名医だと」

 

「神医か、確かに俺は神の如き医師で有るだろう」

 

しかし神医との言葉に華佗は自嘲気味に笑い、己を神の如き医師だと認め黄蓋は意外な反応につい言葉を無くす

なぜなら皆から褒め讃えられる言葉をそのままに受け入れ神の医師だと認めている

だが其れは奢りや自己顕示等ではないのだ

 

「・・・何故此処に居る?御主は噂に聞く神医ならば、此の様な魏の武王の元に居る存在では無かろう

武とはかけ離れた位置に居るのでは無いのか?」

 

「噂、噂とは俺が人の病を治し傷を癒し命を救う人間ということか?ならば其れは少し違うと言っておこう」

 

頷く黄蓋は、続く言葉に眉根を寄せ少しだけ振り向いてしまう。肩越しに見えた華佗の表情は

悲しく、何処か悟ったような顔をしていた。その表情にますます疑問を感じる黄蓋は、華佗の表情を

見つめると顔を前に戻し、何が活路になるか解らないと話を聞き漏らさぬよう聞き耳をたてる鳳雛に

安心させるように軽く柔らかい表情を向けた

 

「差し支え無ければ何故魏に居るのか、何故武王に力を貸しているのか、そして何故神医だと

言えるのか教えてはもらえんか?」

 

「随分と質問をぶつけてくるんだな、聞いても何も面白いことは無いぞ」

 

「治療は長いのじゃろう?背に何度も鞭を受けたのだ、縫う傷もある。暇つぶしに聞かせてはくれんか」

 

再度振り向き、話を促す黄蓋に華佗は仕方がないと苦笑する。なにせ、自分の治療が長く退屈な時間だと

言っているのだから。一応客である黄蓋を退屈させてしまってはいけないか、とでも考えたのだろう

華佗は小さくため息を吐く

 

「一応聞くが、断ればどうなる?」

 

「そうじゃな、医師が儂の乳を触ったと大騒ぎする事になる」

 

「其れは御免被る。解った、客を退屈させては我が親友が何を言われるか分からないからな」

 

観念したように華佗は首を軽く振り、記憶を呼び起こすように眼を伏せるとゆっくりと眼を開き

黄蓋の背に薬を塗りこみ、針に糸を通して傷を縫い合わせながらポツポツと話し始めた

 

「何から話したら良いかな、まずは俺が神医という名を何故受け入れているかと言うことから話そうか」

 

「うむ、神と言う名を受け入れられるとは並大抵ではないであろう」

 

「いや、医師はみな神さ。貧困、飢、その中で生まれる子をまるで作物を選定するかのように殺し、生かせる命だけを

取り出す。手の施しようもない死期の近い者に、望む死を与える。痛みを感じたく無い者には鎮痛剤を処方し

戦場に行きたい者には体を動かせるように鍼を打つ。まるで神の所業と変わらないだろう?いたずらに命を救い

死期を延し、自分たちの都合で命を取り出し赤子を殺す。これを神と言わずして何を神と言うんだ?」

 

澄んだ瞳を見せ、静かに語る華佗に黄蓋は振り向けなかった

華佗の言う言葉は全て真実。金の無い夫婦は、口減らしの為に中絶を選び、もしくは生んだ後に殺す

其れも産婆もこなす医師の仕事の一つである。そして死期の迫る者に全力を尽くし、其の命の灯火を消さぬように

手を尽くしても、まるで零れ落ちる雫のように命は消えていく

 

救いたいはずの命を救えず、殺さなくても良いはずの命を殺す。なんと矛盾だらけで非情な道かと

神の名を受け入れたのも、唯の神ではなく命を人の都合で殺し生かす。まるで稲穂を鎌で刈り取る死神の事だと

 

「此処から話すのは、俺が何故魏に居るのか、何故曹操に力を貸すのかという話だ」

 

 

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あれは未だ俺が張魯様や五斗の皆と共に漢中から逃げてきた頃の話だ、孫堅に追われ東に逃げ延び

新たな土地を探して放浪していた所を陳留の曹操に見つけられ、取り囲まれ逃げ場を無くした

 

いよいよ戦う事になるかと思った矢先、取り囲む曹操の軍から一人、子供を肩車して此方に向かう男がいてな

ソイツは子供の手を持って両手を上げて此方に向かってくるんだ、変な奴だろう?

 

ソイツが此方に歩いて来ると、不思議なことに武器を構える兵が一斉に武器を地面に置くんだ

俺達が信じられない光景に眼を丸くしてるとソイツは俺達と交渉をしたいと言い出した

 

「子どもが居る前で戦なんか出来ないだろ?俺達もしたくないし、そっちも同じじゃないか?」

 

大きな声でそう叫ぶソイツの眼には、俺達が連れて歩く子供が映っていた

あの時の友の眼は今でも忘れない、優しく強い父の眼だ。其れを見た張魯様は笑い、一人前に出て

曹操との交渉を受けると、そして一言

 

「貴君は信用に足る者と見受けられる。我等が望むは我等の信ずるものを侵されぬ事」

 

「約束しよう。我が主君、曹孟徳様と我が名、夏侯の名にかけて」

 

華佗の話に驚いたのは鳳雛。何故ならば男は主君に伺いも立てず約束をしたのだから

もし其れが受け入れられなかったとき、どうなるかは想像することなど容易い

だがその場で即決したかのように、約束をしたのだ。主君の名をかけて

 

眼を見開く鳳雛に少しだけ微笑み、華佗は話を続ける

 

そこから張魯様は昭と共に曹操の元へと赴き、約束したまま五斗の教えを受け入れると言ってくれた

俺達は礼として、お布施であった大量の米を曹操へと渡し俺達は安住の地を得たんだ

 

ここまで話しただけでも十分に魏に力を貸す理由にはなるが、俺はその時は自分の医術を魏に貸そうなどとは

思いもしなかった。なぜなら俺は、今言ったような事に悩んでいたからだ。そう、まるで神の如き所業で

人の生き死にを決める。なんと烏滸がましい事かと

 

だが何もせずに、救える命を救わずして何故この医術を学んだのかと自分に言い聞かせ陳留でも俺は診療所を開き

治療に当たっていた。そんな中だ、アイツが俺の前にひょっこり現れて急に「友達になってくれ」なんて言い出したのは

 

「構わないが、俺などに声をかけずとも周りに夏侯昭を慕う者は多くいるだろう」

 

「年が近い奴が特に男が周りに居なくてな、それに周りの奴は俺が曹操様に付き従っているって言うのと

聞いたことはないか?曹操様の元に居る夏侯の一人は天の御使だって」

 

確かに天の御使の話は俺の耳にも届いていた。だが俺は天の御使など興味は無かったし、天など名乗る時点で

怪しいやつとしか思えなかった。名を使って勢力を大きくしようとする人間の一人にしか思えなかった

 

何故そうとしか思えなかったのか、理由は簡単だ。此処に辿り付くまでに俺の腕を買いたいと言い寄る人間

友になりたいと俺に近づく奴は数えられないほど、其れこそうんざりするほどの人間が俺に近寄ってきていたからだ

 

今考えてみれば、昭も同じだったんだ。天の御使という名に寄ってくる人間は俺よりも多かったに違いない

だが俺はその時そういった目で昭を見ることは出来なかった

 

「なら決定だ、今日からよろしく頼むよ華佗。俺は真名がないから昭が真名だ、昭って呼んでくれ」

 

「解った。俺は五斗の教えにより真名を他人に語る事も預けることは出来無い。だからそのまま華佗と呼んでくれ」

 

そういってその時は握手を交わして、アイツは笑っていたな。とても嬉しそうに、本当に友が出来たと

その時はコイツもこのまま俺を利用する為、何か有るたびに軍に参加しろとか

友なのだから力を貸せとか言って来るのだろうと決めつけていた

 

だが昭はそんな事は一言も言うことは無かった。それどころか警邏のたびに診療所に顔を出しては

俺と言葉を交わし、体の動けない患者を家まで運んでくれたり、北の家で体調の悪いものが居る

なんて俺に教えてくれたりしてくれた。それどころかわざわざ手に入りづらい薬や材料を曹操と話を着けて

手に入れたりなんかしてくれたんだ

 

最初は俺を利用するためにやってくれるのだろうと思ったのだが、どうもそんな雰囲気ではない

だから俺は此方から試すように口に出してみたんだ

 

何時も世話になっているのは悪い。俺に何かしてほしいことは無いか?とな

 

 

 

 

 

「ふむ、それで昭殿は何と答えたのだ」

 

「食事に付き合ってくれとだけ。しかも妻の作ったものを食べさせたい、この世で一番美味いんだと」

 

薬を塗られながら黄蓋も笑ってしまう。何と下心というものが無いのだろうかと

いや、下心ならある。友となった人物と仲良くなりたいというだけの下心

 

鳳雛は逆に不思議に思ってしまった。これほどの医術を持つ人物を手に入れようと画作したわけでもない

ましてや才を愛する曹操から何故守っていたのだろうかと。彼女ならば絶対に彼の医術を手に入れたいと思うに

違いないのだから。其れを唯、友と仲良くなるという目的しか持たなかったと聞かされれば何故としか思えない

 

「笑ってしまうよな。俺も笑ってしまった、間抜けな事に一人で昭は一体どんな目的で近づいて来たのか等と疑い

試すような言葉まで言ってしまい。返って来た言葉が其れだ、随分と自分は器の小さい人間になっていたと

認識させられたよ」

 

 

 

 

その日から俺は時間が空くたびに話をし、食事を共に取り、初めて酒を飲んだ

今まで食事など口に入れば良い、あいた時間は全て新たな知識をとしていたのが一気に変えられてしまった

食事が美味い、空いた時間に心を安らぐ事に使っても良いと思えるようになった

酒など酔えば時間を潰してしまう、そう思っていたのがいつの間にか酔うという感覚が気に入っていたんだ

 

心にも余裕ができて、悩んでいたことを忘れていたときに其れは来た

昭の警備隊の妻帯者が子が出来た。今にも生まれそうだと俺に言って来たんだ

 

時間も遅く、此処に常駐していた産婆も家に帰ってしまい。取り出せるのは丁度俺しか居なかった

俺は診療所に駆けこんできた産婦の夫の導くままに彼の住む長屋へと走り、着いてみれば昭が駆けつけ

産婦の手を握り、ずっと声をかけて安心させていたんだ

 

俺は昭に礼を言い、赤子を取り出すから皆は外へ出てくれと言った

二人は俺の指示に従い、そのまま外へと脚を向けたが、俺は何故か思いとどまり夫の方ではなく

昭をこの場に残るように、手を貸してくれと言っていた

 

「今考えても解らない、何故そう口にしたのか。だがあの時そう思ったんだ、俺の仕事を見て欲しい

俺は医師として何をしているのか、まるで今から懺悔するかのように」

 

夫は不思議に何故、昭なのかと聞いてきたが、その場で適当に嘘を吐いた

近しいものでは妻の苦しむ姿に自分が失神してしまったり落ち着くことが出来無いと

昭は一人子を授かっているからそういう事は無いだろうと

 

夫には急いで湯を用意させ、俺は赤子を取り出すために集中した。昭には何をしてもらうということも無いから

産婦の手を握らせ、安心と励ましを頼んだ。見たところ母体は良好、体も健康であるし出てくる赤子も

逆子では無いと解る

 

昭もずっと産婦の手を握って、たまに俺の方を向いて確認していた。慧眼の噂は俺も聞いていたから

眼を見せ、異常ないことを眼だけで訴えて昭は頷いていた

 

順調に出産は進み赤子がその全身を見せた時、俺は言葉を無くした

そして次の瞬間、俺は泣き声を上げる前に赤子の口を塞ぎ首を折った・・・・・・

 

 

 

「えっ!?あのっ!!」

 

華佗の言葉に驚く鳳雛。だが華佗の姿は真正面に座る無表情の黄蓋の姿に隠れ確認することは出来なかった

だが、薬を塗るその手は止まり肩が震えていることだけはその眼で確認することが出来た

 

 

 

赤子は人として不完全だったんだ。だから俺はこの手で生まれたばかりの赤ん坊の首を折り産婦に死産だったと告げた

 

産婦は泣き叫び、呼吸が止まり体を横たえる血まみれの我が子を出産で消耗した体を引きずり抱きしめ天を仰ぎ

唯々泣き叫んでいた

 

唇を噛み締め、その様を眼に焼き付けるように見ていた俺を昭は何も言わずじっと見ていた

責める事もせず。俺の眼から全てを悟っていただろうにも関わらず、なにする訳でもなく俺を見て

次に泣き崩れる産婦を抱きしめていたその眼は何時もの優しい光を持ったまま、体が血で濡れることも構わずに

 

産婦を落ち着かせ処置をし、部屋から離れていた夫を呼び寄せ訳を話し、妻の側にいてやってほしいとだけ言い

俺達はその場を後にした

 

何も言わず、暗闇の中月明かりが照らす帰り道を並んで歩きながら俺はまた前の問が心の中で襲いかかってきた

神の如き所業では無いかと。あの泣き叫ぶ産婦の姿を見たか?抱きしめ泣き崩れる夫の姿を見たか?と

 

【貴様にはそんな資格があるのか?人の命を選ぶ権利などが?】

 

心の中で誰かが叫ぶ、今お前は人一人の命を奪ってきたのだぞ

戦で殺し合いをする人間と何が違うのか

いや、寧ろ戦で戦う人間よりもたちが悪い。無抵抗の赤子を殺してきたんだぞ

 

叫び声は次第に大きくなり、俺は歩くことが出来ず立ち止まり、その場で胃の中の物を全て吐き出していた

 

嗚咽を漏らし、両手を地に付き顔を上げれば昭は唯だまって俺の前に立っていた

その姿に腹立たしくなり、行き場の無い俺の感情を眼を見開いて叩きつけていたよ

昭は何も悪くなど無いのにな

 

お前に何が解る?その眼で俺の心を見たつもりだろうがこの手で殺めたときの感触、罪悪感等分からんだろうと

 

そしてそのまま、この悩みに行き着いた時の話を喚いていた

 

昔医術を授けてくれた師、張魯様と共に同じように赤子を殺していること

張魯様は、己の所業に悩み、両親に全ての責任は持つと懇願され

一度だけとある大商家の娘の不完全な赤子をそのまま取り出したことがあり

 

其の赤子は十数年後、善悪の区別もつかぬまま他人の幼子を襲い妊娠させ子も母体である幼子も命を落とした事があると

その時、張魯様は必死に幼子も赤子も救おうとしたが全ては無駄に終わり、善悪の区別のつかぬ子は洞窟に閉じ込められ

人知れず死んでいったと

 

「師はその時俺の前で叫んだんだ、あの時殺しておけば良かったのだ、私は一人の命を救い三人を殺した罪人だと」

 

胸ぐらを掴み、叫ぶ俺を昭は真っ直ぐ見つめ何も言わなかった

 

「俺はどうしたら良い、人を救いたくて師から教えを受け、技術を身につけた。なのにもかかわらず赤子を殺している

お前の住んでいた天の国というのはこういったことも無いのだろうっ!人を殺す事も、不完全に生まれる子も

俺がしていることは自然の摂理から外れちゃいない、野生の獣は脚がなければ生きて行けず群れからも見放される

唯一人間が助けあうことが出来るというのに戦も絶えず貧困に苦しむ人間が居ればそんな余裕など有るわけがないだろう

だから師は、張魯様は五斗を作った。貧困がなければ助けあう余裕が出来る、食に困らなければ

口減らしに殺すこともなくなるっ。獣の摂理から離れられる、なのに何故皆戦い続けるんだ。

俺はもう殺したくなどないんだっ!!」

 

ぐしゃぐしゃな顔で一気に捲し立て、子供のように喚く俺の言葉を真剣に耳を傾け肩を掴み昭はいったんだ

 

「俺達は友だろう。悩みがあるなら話せ、全て力に成れるとは言わない。俺はお前では無いのだから

だが一緒に悩んで苦しんでやることぐらいは出来る。一人で背負い込むのが重いなら、半分俺が持ってやるさ」

 

変に答えを出すわけではない、聞いて共に悩んでくれると言ってくれた

その時ようやく解った。唯俺の言葉を悩みを聞いてくれる人物が俺は心底欲しかったのだと

なぜなら俺の心は軽くなっていたんだからな

 

アレほど悩み、吐き気をもよおすほど重かったものが軽くなっていたんだ

そして張魯様の言葉を思い出した「弟子を作るな」との言葉

 

当たり前だ、自分の悩みすら打ち明ける友も作れぬのに弟子を作り何を教え伝えるのか

心弱く、張り詰めた人間に弟子を取るどころか人を救うなどと出来るわけはないと

 

俺は「ありがとう」と一言いうと昭は手ぬぐいを差し出し笑っていた。顔がひどいことになっているぞと

差し出された手ぬぐいで顔を拭き、苦笑すると昭は良い笑顔を向けてくれたよ

 

だから俺はもう一度手を差し出し握手を求めた。真に友と呼べるように

昭は頷き、答えるように俺の手を握った。その時だ、暗闇から光が反射し、そちらに眼を向ければ

先程の妊婦の夫が剣を片手に涙を流し、俺を鬼の様な形相で睨みつけていたんだ

 

俺達は直ぐに理解した、出産が終えた後に夫の姿が離れた場所にあったのは武器を用意していたんだと

俺がしたことを全て見ていたんだと

 

体を被せるように俺の前に立つ昭だったが、俺は昭の前に出て首を振った

ついに断罪の時が来たのだと

 

夫は剣を持ち、振りかぶり俺の前に立った。だが俺は眼を瞑る事無く真っ直ぐ見据えることが出来た

俺の気持ちを全て知る者が居る。俺がしてきたことを理解してくれている者がいる

それだけで今までしてきたことが報われる気がしたんだ。此処で殺されても悔いは無いと

 

だが、目の前に立つ男から剣は振り下ろされず。鬼の形相はいつしか先刻の俺のように涙で歪み

剣は地に捨てられ泣き崩れていた

 

「解っている。解っているさ、俺達には育てられないってことはっ!頭で理解出来ても心は、心はどうにもならない

じゃないかっ!俺はアンタを恨むことぐらいはしても良いだろうっ!?」

 

自分の子どもがどういった理由で殺されたかを理解して此処に来たのだろう。頭では理解出来る

障害を抱えた子を養う経済力も無ければ仕組みも援助も無い。ならばどうすれば良いのか

だが心はそんなことは理解出来無い、自分の子を殺されたとだけしか言えない

 

だからこそ夫には見せなかったのだ、子が生まれる所を

 

「産婆のばあさんに聞いたって当たり前だって言われる。解っているんだ、解って・・・だけど、だけどっ」

 

泣き崩れる男を昭は感情を読み取るように見つめ、そして抱きしめて言ったんだ

 

「何時か必ず全ての人が、何も考えずただ努力すれば幸せに生きられる。そんな国を曹操様が作って見せる

絶対に約束する。今日生まれたお前の子に俺は誓うっ」

 

その言葉で俺は昭が、曹操が目指す理想と言うのが理解できた。何故戦っているのか、何故己の心を傷つけてまで

人の気持ちを読みつづけるのか。俺の願う理想も、俺の望む医者のあり方もきっとそこにあると

 

だから俺は昭と同じように誓ったんだ

 

「俺も誓おう。我が親友と共に医術を極め、全ての人が安心して子を産めるように俺も戦う」

 

「華佗」

 

「昭、俺は魏に力を俺の全てを賭ける。お前と共に曹操の理想に力を貸そう」

 

その日からだ、昭に相談し衛生兵と言う戦場で専門に治療を行う兵科に知識を与え

人を多く救えるようにしてはどうかと言われ、昭の眼にかなう者を選び出し弟子を増やしていった

 

するとどうだ、戦で命を落とすものは減り弟子が増えることで俺は新たな知識を得てさらに病を治せるようになっていた

さらには手が回らなかった人々まで手が回るようになっていた

 

あの張り詰め悩みを抱えた状態で弟子を増やしてもこうは行かなかっただろう。闇雲に資質の解らぬ弟子を取って

知識を悪用されることにもなりかねん

 

そしてようやく全てが軌道に乗り、落ち着いた時に俺は昭を呼び出した

 

「診療所も医師が増えた。これから随分と楽になるな」

 

「ああ、お前のおかげだ。今日呼び出したのは相談があってだ」

 

「何だ改まって。何か重要な事か?」

 

「そうだ、俺は一度旅に出ようと思う新たな知識を得るために。だが心配するな、早いうちに必ず戻る

今のままではお前たちの力になってやれそうに無い、麻沸散も未だ完成していないしな」

 

「あの麻酔薬か、アレが出来れば手術も随分と楽になる。ならば仕方が無いか」

 

「そんな顔をするな友よ。必ず戻る、その証に俺の真名を預ける」

 

「おい、五斗の教えから外れるんじゃないのか?」

 

「ああ、だが真の友となれば話は別だ。五斗は生涯で三人にだけ真名を預ける事ができる。

真名を授かった時、誰にも預けない代わりにな。だからお前は俺の真名の証人とも言える」

 

「良いのか?」

 

「勿論だ、そのかわりお前がもし真名を授かることがあれば俺にも預けて欲しい」

 

「解った」

 

「俺の真名は―――だ。普段は華佗で頼む、真名を容易く知られるのも禁じられているからな」

 

そうして俺は旅に出た。さらなる知識を得て魏に、友との約束を守るために

 

 

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「後から聞いた話だが、昭は詠に俺と同じような理由で怒られたらしい。

他人の悩みや悲しみに対しては敏感な奴だが、自分は後回しにする困った奴だよ」

 

兵に遺品を届ける所を見られ、何故話さなかったと怒られた話を思い出し

笑みを浮かべる華佗は黄蓋の体に包帯を巻き、終わりだと背に刺した鍼を抜き取る

止まっていた痛みがジワリと体に染みこみ黄蓋は少しだけ顔を歪めるのは一瞬、直ぐに表情を戻して服を正していた

 

「これで黄蓋の問、全てに答えることが出来たと思うが」

 

「なるほどな、其れならば幾ら儂らが口説こうが呉に入ることも無ければ蜀に居ることも無いか」

 

「ああ、俺は友との誓いで此処に居る。もしこの戦で魏が負け俺が呉や蜀に囚われたとしても俺は決して

お前たちに力は貸さないだろう。俺の弟子たちがどのような目にあおうとも、俺自身がどのように責め立てられようと

俺が力を預けるのは魏にだけだ」

 

強い眼差しと声で答える華佗に黄蓋は礼を込めて頭を下げた

立ち入ったことを聞いてしまったと謝罪の意味も込めて

 

気がつけば目の前の鳳雛はボロボロと涙を流して居て、次々と流れ落ちる涙を一生懸命両手で拭っていた

 

「これで失礼する。また具合が悪くなったら言ってくれ」

 

「解った。昭殿に礼を言っておいてくれ、次の戦では存分に腕を振るえそうだと」

 

笑う黄蓋に華佗は頷き、その場を後にした。天幕の外では真桜が聞き耳を立てていたのだろう

地面に蹲る影が映っており、外に出た華佗に声をかけられて驚いて居た

 

「彼を知り己を知れば、と言うが知る度に此方の士気が落ちてしまうな。落ち着いたか鳳雛よ」

 

「あわっ・・・う、うぅ」

 

声をかけられ急いで涙を拭きとり、帽子のつばを握り締め目深にかぶって腫れた眼を隠していた

その姿に黄蓋は仕方がないとばかりに自分に対しても少し呆れたため息を吐いてしまう

華佗から何か聞き出し、此方の有利な情報を得られればと考えていたが失敗だったと

 

「気を取り直し、成すべきを成すとしよう」

 

そう言って黄蓋は身を屈め、鳳雛の耳元で囁く

此処からが勝負だ、如何に自分たちの策をこの敵地で仕込み戦いの時に炸裂させるか

だから心を強くもて、華佗の誓いのように御主にも誓った理想があるのだろうと

 

黄蓋の囁きに鳳雛はつばをより強く握り締め、顔を二三度振り顔を上げる

もう大丈夫だと其の強い意志を秘めた瞳が語っていた

 

「さて、そろそろ儂らの後を追ってきた兵がこの砦に迎えいれられることじゃろう

恐らくは儂と兵をひとかたまりにさせるはず。夜になれば今着た兵以外の者が上陸し、敵に紛れ込む手筈

必ずや公謹の示した火計を成功させる」

 

誓ならば此方も同じだと、負けられぬ戦いなのだと黄蓋の顔は厳しく眼は鋭いものとなり鳳雛を引き連れ

天幕の外へと脚を進めた

 

砦の壁の外からは声が聞こえる。恐らく後から来た兵がすぐそこまで来ているのだろう

敵である魏の兵からは声は聞こえず、迎え入れられているハズの自分の兵が恐れを吹き飛ばすため声をあげる状態に

黄蓋は恐ろしさを覚えながら、顔は笑っていた

 

説明
番外編に近い話です

サブタイは【神医】

賛否分かれる話だと思いますが
一つだけ前置きとして、書いた物は古い時代の話という
ことだけを念頭に置いて読んでいただきたい

今はそういったことは無いのですから


何時も読んでくださる皆様ありがとうございます
投稿遅くなりました。申し訳ありません
コメントのお返事は明日、一気に返させていただきます
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コメント
ken 様コメントありがとうございます^^一気に読んでくださったのですかね?お疲れ様です><ですが逆に其れがいいかもしれません。伏線が長いスパンで置かれているので、其のほうが楽しめるかもw(絶影)
KU− 様コメントありがとうございます^^たまにちょこちょここう言うのを入れてます。正直こういう話のが得意鴨しれません(絶影)
shirou 様コメントありがとうございます^^仰るとおりもう解っているんです。ですが彼女が立つ位置が其れをさせてくれない。何とも難しいことです(絶影)
Ocean 様コメントありがとうございます^^遅くなりました><実際の所、昔は良く行われていたようですね。だからこそ医者は矛盾を抱えて生きるのですよね、そこら辺を感じていただけてとても有り難いです><遠いようで近いそんな道を歩く二人ですから、友に慣れたんだろうなと私も思います(絶影)
GLIDE 様コメント有難うございます^^遅くなってごめんなさい><黄蓋は好きな将なので寝返って欲しいというのが正直なところだったりw(絶影)
トランプ 様コメントありがとうございます 。ようやくはじまると思います。長くなってしまって正直焦っていますよー><(絶影)
やっと最新話においついた……だがもうすぐクライマックスぽいのう(ken)
続きが気になりますね。今回は終始シリアスで読み応えがありました。(KU−)
どちらに義があるかホントはわかってるはずなんですよねぇ祭さんも。願わくば誇りある結末を次回も期待しております。(shirou)
更新待ってました!! 今回は昭と華佗の友情話ですか。今でこそ社会福祉の制度があるからいいが、そうなる前まではよく行われていたことなんですよね。昭も華佗も信念と現実の矛盾を苦悩し背負うから、親友になれたと解る話でした。個人的に華佗の話を聞いて、黄蓋よりも?統の方が揺れたと思う(Ocean)
おかえりなさい!!黄蓋ほんとに寝返ったりしないかなww(GLIDE)
お〜なんかついに始まろうとしている感が・・・(トランプ)
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