真・恋姫無双〜君を忘れない〜 二十六話 |
一刀視点
広州における準備は順調に整った。
まずは月たちが、武器などともに広州にやってきたのだ。永安における防備は、詠が中心になって完璧と言えるほどに仕上がったらしい。さすがは、元董卓軍の筆頭軍師である。
「十万の大軍が押し寄せてこようと、跳ね返せるわ」
詠は自信満々そうに、胸を張って言っていた。全く頼りにならない胸だなぁ、と思ったけど、無駄口は叩かないことにしよう。俺はまだ死にたくない。
そして、その中に恋さんの姿も見られた。
「恋さん!」
俺は手を振りながら、彼女に近づいた。まだ万全という状態ではないみたいだけど、以前に比べると、瞳の中の輝きも取り戻していた。
「…………一刀」
恋さんは俺の名を呟くと、俺に抱きついてきた。
「…………恋は一刀を守る。もう二度と失わない」
「もう二度と?」
恋さんの言葉に首を傾げた。もう二度と、その言葉の意味を考えてみるが、俺には分からなかった。
「恋さんはもう大丈夫です」
「月、久しぶりだな」
「ええ、お待たせしました、御主人様」
月は恋さんの精神状態が安定して、私たちとともに反乱軍に参加することを告げた。そして、彼女は一人の男について語った。俺たちが知らない、恋さんと曹操さんの戦い。そしてその中で、恋さんを守るために、単騎で曹操さんと渡り合い、果てた男の話を。
「そんなことがあったのか……」
「ええ。私もつい最近、恋さんから教えてもらったんですけど」
「…………今度は恋が守る番」
「そうですか。分かりました。俺の命はあなたに預けますよ」
恋さんの頭を撫でながらそう言うと、ん、と嬉しそうに目を細めながら、恋さんは頷いた。
もう二度と失わない、その言葉は彼女の中でとても重い言葉なのだろう。一度、主であった月を失ったと勘違いし、その恨みを晴らすべく、曹操さんに勝ち目のない戦いを挑んだ。そして、そこで自分のために一人の男が命を散らせた。
もう誰も失わない。それは恋さんの一番の望みなのだろう。口下手な彼女のことだから、きっと月や詠たちにも相談することもできず、たった一人で己に課した使命なのだ。
「あれ、そういえば、誰か忘れているような……?」
「ちんきゅうキーーーーーーーーック!!!!!」
「げぶうううぅぅうぅ!!!?」
あぁ、そうかこの子を忘れていたんだ。あれ、何だろう、このパターンがお決まりになりそうなのだけど。俺はこいつが登場する度にこうやって蹴られるんだろうか……。
そんなわけで、反乱軍に月と詠が合流し、恋さんと音々音が新たに加入することになったのだ。
ちなみにねねの真名は、この後俺が気絶から目覚めた時に、無理やり受け取ることになった。彼女としては死ぬほど嫌だったらしいが、恋さんからの命令ということで、仕方なく預けるということらしい。
恋さんは俺の親衛隊として働くことになった。ここから先は劉璋のテリトリー。いつ俺を狙う刺客が向けられるか分からないということだ。
そして、もう一つ、雅から情報が与えられた。
「曹操はんが袁紹はんを下したようどす。それと時を同じぅして、孫策はんも袁術はんに叛旗を翻し、見事にその領土を制圧、袁術はんはどこかへ落ち延びたそうどす」
乱世。その波は今、中華の大地で大きくうねりをあげているようだ。俺が知る歴史と同じだった。曹操が河北を掌握し、覇権に大手をかける。
「ですけど、一つ、おかしな点があるんどす」
雅は首を傾げなら、部下から上げられた報告を伝えた。
「袁紹はん、それどころか河北の二枚看板の文醜はんと顔良はんも、どうやら戦場にいなかったみたいなんどす。うちが放った子らの情報によると、命令は袁紹はんから出とったはずやのに、その袁紹はんの姿は誰も見てないらしいんよ」
雅からの情報は確かに不自然だった。袁紹さんと曹操さんの戦い、官渡の戦いは、お互い死力を尽くした、文字通り死闘を演じた大戦だったはずである。その場に総大将である袁紹さんがいないはずがない。ましてや、その命令が袁紹さん本人の名義で下されていたのなら。
「雅、お主の放った密偵が騙されてということはないのかの。さすがに袁紹とはいえ、軍師が側におれば、情報操作の一つくらいやっていてもおかしくない」
「いーえ、あの子らは完璧どすっ! それに袁紹はんは、そういう類の謀を嫌う性質をお持ちになってはるから、それはありえまへん」
桔梗さんの言葉を真向から否定する雅。もし彼女の情報が正しいのであれば、袁紹さんは一体どこへ消えたのだろうか?
んー、確か俺の記憶だと、歴史上の袁紹は曹操に敗れた後、病死したはずだったような。でも、それが歴史上正しかったのかどうかなんて、俺には分からないし……。
「まぁ、その件に関しては気にしなくてもいいんじゃないの? 今は袁紹よりも劉璋の方が大事でしょっ!」
詠がその会話をそこで制した。確かに遠い河北の争いよりも、今は目の前の敵と対峙しなくていけないな。
「ふむ、ならばいいだろう。雅は引き続き、情報収集を頼む。それで、こちらの準備も整ったし、成都への侵攻を再開しようと思うのだが、一つ、儂には懸念があっての」
「先の戦いでの劉璋の迅速すぎる対応。いえ、あれは迅速なんてものじゃないわ。まるで私たちが広州へ侵攻することを予見していたかのよう……」
紫苑さんの言葉に、皆が静まり返る。それは言外に反乱軍の中に裏切り者がいる可能性を示唆していた。この結束を崩そうとする毒が、俺たちの中に紛れ込んでいるかもしれない。
「紫苑、今は犯人捜しをしている場合ではない。疑心暗鬼に駆られたのであれば、我らの動きも鈍るというもの」
「でも、もしボクたちの中に裏切り者がいるなら、それは早々に見つけ出さないと、厄介なことになるんじゃないの? それに……」
「分かっておる。おそらく奴らは我らの侵攻先に伏兵を配しておるだろう。だからその虚を付く!」
俺たちは翌日、広州を発った。本来であれば、広州を西進して、最短ルートで成都へと向かう予定であったが、劉璋がそれを知っていて、こちらの行く手を阻む可能性が高いと判断し、ルートを変更することにした。
一度南下し、迂回して、成都の南に位置する武陽を落とす。広州から成都へ伏兵を配置しているのであれば、それだけ成都の防備はうすくなっているはずである。また、通常であれば、永安を拠点とする反乱軍は北か東から攻めるのが定石、まさか迂回して南から攻めてくるとは思うまい、と桔梗さんは自信あり気に言っていた。
確かに桔梗さんの言うとおり、武陽へ向けての行軍は順調に進んだ。伏兵も特に配置されておらず、逆にここは北からの侵攻に対しては成都が盾の役目を果たしているため、それ程の兵は常時駐屯されているわけではないようで、簡単に蹴散らすことが出来た。
しかし、俺の中には拭えぬ不安感が渦巻いていた。明らかに順調過ぎる。いくら劉璋が凡愚だったとしても、これは明らかに度が過ぎている。
「雅、頼みがあるんだけど」
「ん? なんですの?」
「成都方面へ密偵を放ってくれないか? 何やら嫌な予感がするんだ」
「……分かりました。成都を中心に広範囲に放ちます。武陽を落とす頃には情報をお伝えできるかと」
「あぁ。よろしく……」
俺の表情を見て、何か尋常ならざる何かを感じ取ったのだろう。雅は何も聞かずに、その手配をしてくれるようだ。
大した障害も、損害も出ることなく、俺たちは武陽を落とすことが出来た。そこで一度軍議を開いた。
「一刀はん? どうやらあんさんの予感は的中したようどすえ?」
まず雅が密偵から上げられた報告を読み上げた。
それは兵が成都からほとんど出ていないということであった。広州と成都を結ぶラインには全く伏兵は配置されていなかったのだ。
「そ、そんな馬鹿なことがあるか!? 儂らの情報は間違いなく、向こうに知られていたはず! それで何の対策も練らずに、黙って儂らが進軍するのを見ていたとでも言うのか!?」
「そうよ! ありえないわ! ボクらが反乱を起こしたのは知ってるんでしょ!? ここまでボクたちの進軍を遮ろうとする兵すらいなかったのよ!」
その報告を聞いて、皆は狼狽していた。
何の妨害工作をしない劉璋。
見えない敵。
分からない思惑。
それは皆の精神に不安感を煽るには十分だった。
特にここまでの指揮を執っていた桔梗さんや、そのサポートをしていた詠は、意図の見えない敵の行動に恐怖すら感じているようだ。傍目には分からないけど、あそこまで無暗に怒鳴る二人を俺は見た事がない。
「問題はここからどう行動するかね……。まさか成都からほとんど派兵が行われていないなんて。この兵力じゃ攻城戦には持ち込むわけにもいかないもの」
紫苑さんも困ったようにそう呟いた。
俺たち反乱軍は精強な兵士は多いが、劉璋の持つ正規の益州兵と比べて、数は明らかに少ない。野戦ならともかく、物量差が激しく反映される攻城戦では、勝てる見込みも少なくなってしまう。
だから選んだのが、広州と成都との間に広がる高原での野戦、すなわち決戦であった。それならば、数の不利も覆すことができる。
しかし、武陽に来てしまった時点で、それも潰えてしまう。武陽と成都との間には決戦を行える高原など無いのだから。
「くっ……。ここまで来て、何も出来ないとは」
桔梗さんが無念そうに机を拳で打った。
「……皆、俺に一つ策がある」
広州から武陽までの道のりで、払拭しきれなかった不安感。
俺は最悪のケースを想定して、一つの策を練っていた。
「少数精鋭による、成都への侵入!?」
驚きの声を上げたのが、詠だった。
「あんた馬鹿じゃないのっ!? そんなことできるわけがないじゃない! 成都は十万以上の兵士たちによって何重もの警戒網が張ってあるのよ! そこを掻い潜ろうなんて正気の沙汰とは思えないわ!」
「そうよ……。それに少数で成都に行くとして、誰が行くの? 私や桔梗は顔を知られているから、表立って動くことはできないし、他の者では難しいんじゃないかしら?」
紫苑さんも眉をしかめながら反対であることを表明した。
「それは承知している。だからこそ、紫苑さん達に動いて欲しいんだ」
「それはどういう意味なの?」
皆が身を乗り出して、俺の話を注意して聞こうとしている。それくらい、現状は追い詰められているのだ。
「潜入するチーム……組を二つ作るんだ。一つは桔梗さん、紫苑さん、竜胆、そして、雅。雅? お前なら成都への抜け道くらいは何個か知っているだろ? 皆には成都内での撹乱をお願いしたい。動いているのは自分たちだと、敵の注意をひきつけて欲しいんだ。その隙に、もう一つの組が劉璋に近づく」
「まぁ、成都への道どしたら、分かりますけど……」
「もう一つの組は誰なのですか、御主人様?」
「俺と恋さんとで行こうと思う」
「そんな! いくら一刀くんでも無謀だわ! 恋ちゃんがいるからって……」
「紫苑、落ち着け。皆の前だ」
珍しく感情をむき出しにして、大声を出す紫苑さんを宥めたのは、ここまで何の意見も挟まなかった桔梗さんだった。
「でも……劉璋に一泡吹かせる方法はどこかに……」
「お館様の意見は危険だがやってみる価値はあると思うの。それに現状を打破する策は他にない。儂らは勝たなくてはならない。負けは許されんのだ。このまま成都に特攻をかけたところで、劉璋に潰されるだけよ。そこで儂らの鬱憤を晴らすことはできても、残された民たちはどうなる? 自己満足に浸るのは愚の骨頂よ。紫苑、儂らの宿願を果たす機会は目の前にあるのだ。儂はそのためなら……鬼にもなろう」
桔梗さんは自らの想いを静かに語った。
桔梗さんの想い。
桔梗さんの誓い。
桔梗さんの覚悟。
しばらくの間続いた沈黙を破ったのは、やはり紫苑さんだった。
「分かったわ。私はこの策を信じます。だけど、御主人様! これだけは誓って! 必ず無事でいて! 必ずまた私たちの許へ帰ってくると!」
「紫苑さん、大丈夫ですよ。こちらには天下の飛将軍、呂布がいるんですから! ね、恋さん」
紫苑さんは俺の手を両手で強く握りながらそう言った。その瞳には若干の涙が光っていた。俺は手を握り返してそう断言した。
「…………紫苑、桔梗、一刀は必ず守る」
「あー! もう分かったわよ! 本当にあんたらは脳筋ばっかりなんだから! 北郷、ねねも連れて行きなさい。ねねは仮にも元董卓軍、恋の部隊の軍師だったのよ。必ず役に立つわ。」
「分かった。ねね、よろしくな」
「ふん! 恋殿が行くのであれば、ねねは最初から行くつもりだったのです!しかし、ねねは恋殿のために行くんですぞ!」
翌朝、俺たちは雅の案内で成都に向かった。
はっきり言えば、成都に行ってからどうなるかは神頼みな部分が多い。必勝の策なんかでは決してないのだから。神に頼もうと、鬼になろうと俺たちは勝ちを得なければならない。
しかし、この策が俺たちにどんな結末を与えるのか、まだ誰一人分からなかった。
あとがき
第二十六話をお送りしました。
やや短めですが、きりが良いので、今回はここまでということで。
さて、とうとう成都の目と鼻の先まで進軍してきた反乱軍。
裏切り者がいるかもしれない恐怖。
意図の見えない劉璋への恐怖。
勝ち目があるか分からない戦への恐怖。
様々な恐怖を払拭すべく一刀の放った策。
これがこの先どのような展開を見せるのか。
我ながら下手な展開だとは思いつつ、執筆していきたいと思います。
なるべく皆様を待たせないように、早めに投稿します。
出来れば来週には投稿したいと思います。
まぁ、駄作なのは皆さん、御存知だとは思いますので、期待は禁物。
ごゆるりとお待ちください。
誰か一人でも面白いと思ってくれれば嬉しいです。
説明 | ||
第二十六話の投稿です。 反乱軍が成都に向けて進発します。まだ正体の見えぬ宿敵、劉璋。その姿に恐怖を抱きながら、歩を進める彼らの先に待ち受けるものとは。 ここからはしばらくの間本編を進めます。相変わらず駄作ですのでご注意を。 コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます! 一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。 |
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コメント | ||
320i様 ついに成都の目前まで迫る一刀たち。しかし、まだその存在を晒さぬ宿敵劉璋。その正体はいつになったら分かるのでしょうか。(マスター) シグシグ様 一つの謎が解明されれば、またそれが新たな謎を呼ぶ。糸口の見えない状態を打破するために出した、一刀の策はどのような結末を与えるのでしょうか。(マスター) 砂のお城様 全く見えぬ相手の意図。見えない敵と戦うのは精神的に苦しいところですね。これが策なのかどうかすら分からないのも然りですね。(マスター) 謎が謎を呼ぶ展開で面白かったです。潜入した結果どうなるか次回が楽しみです。(シグシグ) |
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