少女の航跡 第2章「到来」 22節「アガメムノン」 |
2日間の後、私達はカテリーナ達と再会した。だが逆に、ルッジェーロと、ロベルトの仲間で
あるカイロスが行方不明になってしまっていた。
カテリーナ達とは、『ベスティア』中央部の大草原で再会したのだが、彼女達は、首都、《ミス
ティルテイン》から命からがら脱出してきたのだという。
『ベスティア』側の不穏な動きに関しては、ルッジェーロもそれを察知していた。同行していた
女騎士、ブリジットの姿が、カテリーナ達とはぐれてから行方不明になっていたからだ。
ルッジェーロは、ブリジットがカテリーナを狙っているのではないのかと判断し、《ミスティルテ
イン》へと一足先に向った。それには、ロベルトの仲間であるカイロスも同行していた。
カテリーナはルッジェーロに助けられたらしい。しかも、かなり危ない所を助けられたようであ
る。
『ベスティア』の民が、『リキテインブルグ』を良く思っていない事は私も知っている。しかし、ま
さかカテリーナ達の暗殺まで企てようとは。騎士達にも私にとっても衝撃的だった。
「全くぅ! あいつら! カテリーナを殺しちゃったら、一体誰が、ディオクレアヌを止めるって言
うのよ!」
「ですよね! 全く、自分達の事しか考えていないんですから! あいつら!」
自分も危ない所を脱してきたルージェラの言葉に、シレーナの一人が同調していた。
と、そこへ、
「ルッジェーロは!? ルッジェーロはどうしちゃったの!?」
慌てた様子でフレアーが割り入った。私達が合流できたのはカテリーナ達だけで、ルッジェー
ロ達はその場にいなかったのだ。
どう答えたらよいものか、ルージェラは困った様子だったが、そこへカテリーナがやって来る。
「彼には危ない所を救出してもらった。だが、街の外で出会う事は無かった。だから、多分…」
彼女の言葉の意味は、フレアーにはすぐに分かったようだ。
「そ、そんな…、ルッジェーロ…!」
フレアーの顔は、極度に心配した表情へと移り変わった。そもそも彼女は、自分だけカテリー
ナを助け出しに行くと言ったルッジェーロに、付いて行こうとしていたのだが、ルッジェーロの方
がそんな彼女を引き止めたのだ。
だから、フレアーの表情にはここ2日間、ずっと翳りが見えていた。
そんな彼女の心配と、心の中を一番知っているのであろう、黒猫の姿をした使い魔のシルア
が、彼女の足元から言った。
「フレアー様…、ルッジェーロ殿は優秀にして、聡明な騎士にございます。心配なさらないで下さ
い…。彼は必ずや危機を脱し、あなたと再会できるでしょう…。万一、『ベスティア』に捕らえら
れるような事があったとしても、彼は、教皇陛下の近衛騎士…。簡単手出しができるような相
手ではございません…」
フレアーは、自分の足元にいるシルアを見やった。あまり猫の表情から心情は読み取れない
が、フレアーには、自分を気遣う彼の気持ちが理解できたようだった。
「うん。分かったよ。ありがとうシルア…」
ともあれ、フレアーはルッジェーロの事が心配でしょうがないようだった。
「先を急ぐぞ…。結局、『ベスティア』大領主、クローネに『ディオクレアヌ』捜索は認められなか
った…。だから我々は勝手に捜索する事になる…」
とは言うものの、カテリーナは初めからそんな許可など得られると思ってなかったらしい。
「おいあんた。目的地まではどれだけかかるんだ?」
カテリーナはロベルトに尋ねる。
「内陸の山を分け入り、およそ1週間ほどかかるだろう…。天候に左右されるがな…」
ロベルトは静かにカテリーナに答えた。そして、騎士達は再びカテリーナを先頭にして動き始
めた。
『ベスティア』は海岸部から内陸に渡っては広大な草原が広がっている。しかし、内陸に深く
分け入れば、そこは険しい山々の連なる大山脈地帯になっていた。
この山脈は、『リキテインブルグ』の西部から伸び、『セルティオン』との国境を形成しつつ、西
域大陸の北部にまで伸びている。いわゆる、北方山地だった。
この山脈は、西域大陸のより奥深くに入ろうとする我々を拒む。文明の発達さえも遮られて
いた。
まるで、何かの秘密が、西域大陸の中央部にはあるようでもある。
私達は『ベスティア』の草原を抜け、北方山地へと入って行った。急激に気温は落ち、辺りで
は雪さえも舞うようになっていた。
肌寒くなっていく空気の中、騎士達に混じって、私とロベルトは並んで馬を走らせている。
周囲の道は、既に険しい断崖と化している。私達は、気をつけながら馬を歩かせていた。
「あの、あなたのお仲間の人なんですけれども…?」
私は久しぶりにロベルトに口をきいていた。よく考えたら、『リキテインブルグ』を出てからとい
うもの、一度も彼と話していない。
「どうしたんだ?」
ロベルトはいつもと変わらない表情のまま、私に答えてきた。この1年間で、彼は少しも変わ
っていない。老けたようにも見えなかった。
「…、いえ、その、ご心配なんじゃあないかと思って…」
ここ数日のフレアーの心配ぶりを見れば、ロベルトの事も気になってしまう。ルッジェーロの
前では、あれだけ明るく振舞っていたフレアーだったが、彼と別れてからと言うもの、笑顔と言
う笑顔が彼女から消えうせ、そわそわした様子を見せて仕方がない。
私達は、彼女が自分一人でルッジェーロの元に行ってしまわないかどうか、とても心配だっ
た。
だが、ロベルトは、
「心配…? それは、心配と言えば心配だが…」
と、いつものような冷静な口調で答えるだけだった。
「…、だが…?」
私は聞き返す。
「奴はそう簡単に命を落とすような者では無い事を、私は知っている」
ロベルトは口調を変えずにそう言った。カイロスと彼は、お互いに信頼しているとでも言うのだ
ろうか。
私はロベルトという人物は、大分前から知っていたが、彼の仲間に関してはほとんど知らな
かった。
だから、カイロスのような若い人物が仲間にいるという事は意外ではあったが、彼を信頼でき
るほど付き合いが長いと言うのだろうか。
どことなく、一匹狼のような雰囲気の漂うロベルトにしては、少し奇妙な関係ではあった。
『ベスティア』の領土外に出た私達は、《ミスティルテイン》でカテリーナ達を暗殺しようとした者
達、そもそも『ベスティア』という国自体の追手から逃れ、《北方山地》に脚を踏み入れている。
道なき道になっているはずだったが、ロベルトの案内して行く道は、最近、何か多くの馬車や
ら、何かが通ったような跡がある道だった。そこには、整備されては無いものの、人があるいて
踏み鳴らされる事で、自然と形成される道ができていた。
カテリーナ以下騎士達はその道にならって、山の奥の奥へと脚を踏み入れて行く。
カテリーナ達と再会してから、およそ1週間もの道程を、私達は進んで行っていた。その大半
を、雪が残る山間部の移動で費やしていた。
「ルージェラ…、追っ手の気配は無いか…?」
カテリーナが、もう1週間の間、ずっと警戒し続けた背後を気にする。
「もう…、こんな所まで追って来ないよ…、奴らだって…」
と、ルージェラは言うのだったが、
「そうか…、だけれども、ずっと誰かに見られているような気がしてならないんだけれどもな…」
カテリーナにしては珍しい曖昧な口調だった。それはルージェラにも分かったようだった。
「あんたらしくないねぇ…、空からシレーナ達も監視しているんだよ? 追手なんていたらすぐに
分かっちゃうんだから…」
ルージェラは言った。
確かに彼女の言うとおり、上空100メートルの辺りには、シレーナ達が翼を広げていて、常に
周囲の様子を警戒している。彼女達は、空からの警備活動に特化した訓練を受けているか
ら、視力も相当に良いらしい。
文字通りの鳥瞰図である彼女らにかかれば、周囲数キロメートルの不審な気配は逃さず捉
える事ができただろう。
だが、ロベルトが、
「そろそろ、上空での警戒を止めた方がいい。奴らのアジトに近い…」
と言うのだった。
「『ディオクレアヌ』の奴らがいるのは、ここからどのくらいの距離なんだ…?」
カテリーナが尋ねた。同時に、ルージェラが口笛を吹いて上空のシレーナ達に呼びかける。
手で降りてくるようにと合図を送れば、彼女達は一気に降下して来た。
「もう10kmとないだろう…。奴らは、幾つかの山の地形を利用してアジトを作っている…、この
人数で行けば、間違いなく見つかるだろうな…」
と、ロベルトが言った。『フェティーネ騎士団』一行の人数はおおよそ30人はいる。大部隊の
騎士ではなかったが、そんな物々しい姿の者達が、人里離れた山奥を移動するのは、あまり
に目立っている。
「この先6kmほど行った所に、確か、山陰となる場所があった。騎士達はそこで待機させ、様
子を伺いに行くと良いだろう…」
「そうか…、分かった」
カテリーナは答え、とりあえず一行は彼の言葉を信用する事にした。
それから、山の間を縫うようにして移動して行った私達は、つい最近整備されたと思われる
道を発見した。
それは、大型の馬車が一台、簡単に通行できるほどの広さを持った道で、山の間を切り開い
て作られていた。降り積もった雪の中にくっきりと車輪の跡が残されており、最近、何かが通っ
たようだった。
あまりに不自然だった。何しろ、ここまで辺境の地にしては、あまりに綺麗に整備された道だ
ったからだ。
誰が、何の為に、こんな場所に道を開こうとしたのか。明らかに10年以内に建設された道だ
った。
「奴らのアジトへと続く本道だ…。この道には監視塔が幾つもあり、発見されやすい。裏から回
らないとならんな…」
と、ロベルトは言うのだった。
「内部の構造に詳しいのか?」
カテリーナが尋ねる。
「ああ、ざっとだが、把握しておいた」
ロベルトは答え、私達は、再び彼の言葉に従って回り道をする事になった。本道から外れ、
道なき道を、山を影にしながら移動して行く。今度は、誰も通った事の無いような道のせいか、
かなり時間が掛かってしまっていた。シレーナ達も上空から地上に降りて行動していた。
雪に脚を取られる彼女達は、その脚の構造が人と違ってあまりに歩きにくいようなので、低い
位置で、それも山に隠れるくらいの高さを飛行していた。
一つの山を、わたし達は大きく迂回しながら回りこんでいた。その最中、私は、変な匂いがど
こからか漂ってくるのを感じていた。
「やだ…、何〜? この匂いは?」
フレアーもはっきりと感じていたらしい。そこにいる皆が、自然では感じられないような匂いを
感じていた。
「これって、煙の匂いだよ…。それも、木とかが燃えているんじゃあなくって、製鉄所とかの匂い
…? もと違う…?」
ルージェラが敏感に感じながら言った。すると、ロベルトは、
「私達が今向っているのは、『ディオクレアヌ』の兵器工廠だ。同時に奴の拠点のひとつにもな
っているがな…。
奴が、ほんの10年足らずであそこまでの軍勢を生み出せるようになった秘密が、その工廠
にはある。奴らは、その工廠の事を《アガメムノン》と呼んでいた」
じゃあ、今、私達は、ロベルトの言う工廠から出される煙を吸っている事になるのか。山を一
つ隔てているのに、相当に匂って来る。出されている煙は相当な量のようだ。という事は、工廠
の規模もかなり大きいのではないのだろうか。
それも、こんな人里はなれた辺境の地に、それほど大きな工廠を創り上げるなんて、ちょっと
信じ難かった。
「やっぱり、それも、あんたらの技術なのか? 『ディオクレアヌ』は、あんたらの技術提供を得
て、そんな工廠や兵器を作り出しているのか?」
カテリーナがロベルトに尋ねる。
「元、仲間と言ってくれ。話は以前、私からした通りだ…」
「全く! この大陸の文明を滅ぼそうなんて、あんたらも、どうかしているよ! ええっと、元、あ
なたのお仲間さん達、だっけ? どこかの滅んだ国の元王家の生き残りとかなの? それで、
今のこの文明に復讐したいとか?」
そう呆れ返ったかのように言ったのはルージェラだった。
しかしロベルトは、
「君の察しはそれほど外れていないが、私の仲間がしたいのは復讐などではない」
「へええ? そう?」
と、ルージェラが答えた時、私達は山影を回りこみ、山間部に開けた谷間を望める場所へと
やって来ていた。
幾つかの切り立った山が、谷を囲むような形で聳え立っている。そしてその山を繋ぐようにし
て掛かる幾重もの巨大な橋が見えた。
橋はそれぞれの山へと築き上げられた施設同士を繋げている。工廠か、何か街のようにも
見える施設は、それぞれの山で広がっていた。
今まで、この地は人の踏み入れられない土地。人の侵入を阻んでいる辺境の土地でしかな
かった。だが、この場所だけ、明らかに人か、何者かの手が加えられた土地となっていた。
その有様は、突然、この場所だけ世界が変わってしまったかのように、あまりに不自然だっ
た。
次へ
23.罠
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紆余曲折あって、カテリーナたちはようやく、目的地であるアガメムノンに到着します。 |
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