さやかちゃんのお見舞い |
「昔から、医者上手にかかり下手って言葉が有ってね」
「…………有ったから何だと言うの?」
さやかの言葉に、力無い声で答えたのは、答えるのも面倒くさいという風に答えたのは、ほむらだった。
力無い声、というのもそれは当然で、ほむらは風邪に伏せっているのだった。そこまで悪い状態という感じでは無さそうだった。咳き込んでも居ないし。喉の調子も悪くは無さそうだ。しかし、気だるげにこちらを見る様子からは、何時ものピシッとした雰囲気が感じられ無い。やはり軽度と言えど風邪。侮り難し。
ほむらが風邪で学校を休む。
そう言ったのはまどかである。そして、まどかからのその情報は、教師によるホームルームよりも早く届けられた。現代社会の必需品、携帯電話のメール機能が、その効果を遺憾なく発揮した結果である。さやかもまた、ほむらと携帯電話情報の交換を行っては居るが、メールが送られてきた事は、実は稀である。基本的に、さやかとほむらの交友関係というのは、まどかが窓口になっている様なものだ。ほむらが転校してきてから、彼女は何故か、まどかとすぐに親しくなった。以来の親友関係。お見舞いへ行こうと提案したのも、まどかだった。とはいえ、さやかや仁美と、特に仲が悪いわけでは無い。良いわけでも無い…………と、いう事は無いはず。無いと思われる。無いと信じたいさやかであった。
とまれ、入院しているわけでも無いので、今、さやかが居る場所は必然、ほむらの自宅だった。
ベッドで上体を起こしたほむらの姿は、誰かの姿を思い出すようで、思い出さないようで。さやかにとっては複雑な光景に思えたが、さほど重要な事でも無い。
ほむらは黒一色のネグリジェを着用していた。前々から感じていた事だが、異様に黒が似合う。黒の服飾を着用しているだけで、統一感が半端では無い。気だるげな様子を全身から醸し出しているからか、ネグリジェの左肩紐が二の腕側へとずれ、若干だらしない感じになっていた。どうやら汗を気にして、下着も着用していない様だった。だから、という訳では無いのかもしれないが、ほむらが熱を確かめるようにして額に手を当て、そのまま髪をかき上げる様子には、妙な色気が漂っていた。頬が上気しているのも、関係しているのかも知れない。
胸は絶望的に無いが。
「…………あなた、何か失礼な事を考えていないかしら?」
「そんなまさか」
何て勘の鋭い。
そう思いながら、即座に否定する。どうやら誤魔化せた様で、それ以上の追求は無かった。面倒なだけだったのかもしれないが。
「で、まあ、アレよ。医者上手にかかり下手って言葉が…………」
「繰り返さなくても良いわ。どんな名医にかかっても、患者が医者を信用しなければ病気は治せない。そんな意味だったと思うけど、それがどうかしたのかしら?」
気だるげだが、何処か冷静さを覗わせるほむらの言葉に、さやかは驚いた。とはいえ、風邪を引いているのに、何時も通りの冷静さを失っていない事に驚いているのでは無く、
「まさかこの諺の意味を知っているなんて…………ほむら、あんた天才だね」
「普通の諺よ。誰が知っていてもおかしく無いわ。私はむしろ、あなたがそれを知っている事こそが驚きだわ」
「あれ? おかしいな、あたしの評価が想像以上に低いよ?」
「むしろ2つ以上の単語を組み合わせた会話術を身に付けている事が驚きね」
「あたしはボルボックスか何かか!」
群体を形成する緑藻を引き合いに出すまでも無く、さやかは胸を張って人間なのだった。ほむらには無い胸を張って、人間なのだった。
「また何か失礼な事を考えていないかしら、美樹さやか」
「さやかちゃんに限って、そんな事は有り得ない」
恐ろしく勘の鋭い奴め。
そう思いながら、再び否定する。
「敢えて殊更に主張するけども、あたしは人間だ!」
「そうね、御免なさい。美樹さやかという人間を、ボルボックスと比較するなんて、ボルボックスに失礼だったわね」
「あんたの失礼さは天を凌駕したよ!」
「ちょっと…………騒がないで」
ほむらに冷静に言われ、さやかはハッとした。あまりの毒舌に忘れかけていたが、ほむらは風邪で寝込んでいるのだ。あまり騒がしくして、疲れさせるのは本意では無い。
何せ、お見舞いに来ているのだ。
「風邪を引いているだけでも大変なのに、馬鹿がうつるわ」
「馬鹿は伝染しない!」
「あら、自分が馬鹿という事は否定しないのね」
「くぅ…………」
唇を笑みの形に浮かべたほむらに、さやかはただ悔しげに呻いた。
「私が言いたいのは、薬飲んでゆっくり休めって事なのよ。まあ、諺は仁美に教えてもらったんだけども」
「そうでしょうね、美樹さやか。あなたでは四字熟語ですら自分で満足に調べられないでしょうから」
「いくつかは調べなくても知ってるよ!」
まあ、知っている四字熟語を、口頭で述べて説明しろと言われたら、かなり怪しいが。
と、いう思考を読まれたのか、勝ち誇ったかのようにほむらは微笑を作った。
悔しい。
口では一生勝てそうに無い。というか、聞いてない。こいつがこんなにドSだなんて聞いてない、とさやかは心中で叫んだ。
あるいは、大した事が無いように見えて、実は頭がぼんやりしているのかもしれない。風邪のせいでドSな思考に…………と考えて、いやそれどんな風邪だよ、と脳内で1人ノリツッコミに興じた。
だがまあ、さやかは知っている。
暁美ほむらという人間が、どれほど優しい人格を持ち合わせているのかを。
まどかとのやり取りを見ていれば分かる。親友と接している姿を見るだけで、その人物の性は知れる。心の防壁を開放し、素の自分をさらけ出したほむらの表情は、とても穏やかで、柔らかい。
そんなほむらの姿を知っている。
だからだろうか。毒舌を吐かれても、特に腹が立たないのは。もしかしたら、ほむらなりの冗談なのかもしれない。悪意が篭っていなければ、毒舌もじゃれあいだ。
…………嫌なじゃれあいだ。端から見れば、犬と猿が致命傷にならない攻撃で傷つけあっている様なものだ。だが、本人達にしてみれば、子犬同士の甘噛みに似ている事もあるのだろう。
実際、さやかは嫌な気分では無いし。
ほむらも、冗談で言っているのだろうから。
そんなほむらを、さやかは信頼している。だから、あの、何処か気弱な親友の事を、ほむらに任せておけるのだ。
「ところで、まどかはまだ来ないのかしら? あの子が来ると聞いたから、私なりの戦闘服を下着も着けずに待機しているのだけれど」
「変態がここに居る! あたしの親友を任せられない変態がここに居る!」
台無しだった。あたしのさっきまでの、あんたに対する良さ気な評価を全部返せと言いたかった。
「ちなみに、左肩の紐がずれているのも演技よ」
「もういいよ! 生々しいディテールは語らなくていいから!」
もしかしたら、本当に熱で頭がぼんやりしているのかもしれない。本能が露出してしまっているのかもしれない。理性の防壁を親友に対して全開放してしまっている。
まどかは、仁美と共に、近くのスーパーや薬局を回るなどの買出しを行っている。約束の時間に間に合いそうに無いという理由で、とりあえず、さやかだけが先に来たのだった。それならばまどかが先行すれば良さそうなものだが、ほむらへのお見舞い物は自分で選びたいのだろうだ。何とも、親友思いな事である。
と。
「ああ…………なんだか、熱が上がってきた気がするわ」
「むぅ…………」
まあ、やはり病人という事だろう。
ほむらは起こしていた上体を倒し、頭を枕に着地させた。
しまった、少しはしゃぎ過ぎたか。少し後悔して、
「全く、あなたの責任よ、美樹さやか」
少し反省する。責任の半分はあんたにも有るよと言いたかったが、甘んじて受ける。
思い返せば、少しどころでは無いはしゃぎようだった気がする。しかし、中々どうして、さやかはほむらとの会話を楽しんでいたのだから、こればかりはほむらには悪いが、止められなかった。ここまでつっ込んで話をした事も無かっのだ。会話が途切れる事が無いのが、不思議なくらいだった。
「この、少し乱れた私の姿は、まどかにこそ一番に見てもらいたかったのに、本当にどうしてくれるのかしら? 美樹さやか」
「どうにでもすれば良いよ! 少なくともその部分に関しては一切の責任を負いかねる!」
またしても台無しだった。
「…………ていうかさー」
「何かしら? 美樹さやか」
「それだよ、それ」
さやかは、寝ているほむらに指を向けて(行儀が悪い)、
「フルネームで呼ぶの、いい加減やめてよ」
さやかの言葉を受けて、ほむらは殊更に驚きの表情を浮かべて、
「それ以外の呼び方なんて、思いつかない…………!」
「そんなに驚く所じゃ無いでしょそこは! …………全く、さやかで良いよ、さやかで」
まどかをまどかと呼んでいるのだから、あたしにもそうするべきだ、とさやかは主張した。
と、言うより、先輩であるマミを除いて、どうしてかほむらには、他人をフルネームで呼ぶ悪癖が有った。関わり合いの無いクラスメートに対しては、そもそも名前すら覚えていない節が有る。この先の人生を、まさかずっとそれで過ごすわけにもいくまい。調度良い機会だ。これをきっかけに、それを直していくのも、良いだろう。風邪と共に、治していくのも良いだろう。
「分かったわ、これからはさやかと呼ぶ事にするわ。美樹さん」
「分かってないね、全然分かってないね、あんた!」
美樹さんと、苗字で呼んだ分だけ、進歩と言えば言えるが…………単にからかわれているだけの様な気がする。
嘆息して、頭を振るさやか。
どうにも、この親友の心を開かせるのには、まだまだ時間がかかりそうだった。
まあ、こうして会話を積み重ねていくのは、楽しかった。
そう、楽しい。
会話が楽しい限り、さやかは絶対に諦めないし、諦める理由も無い。会話が楽しい限り、心を開かせるのも、時間の問題なのだろう。
だから、さやかは、
「そうだ。呼びにくいなら、さやかちゃんとか、さやか様とかでも良いから」
「分かったわ。これからはさやかちゃん、あるいはさやか様と呼ぶ事にするわ。美樹さやか」
「分かってないどころか後退してるね!」
さやかは、彼女との会話を楽しむのだった。
そんな2人の声は、玄関越しに、小さくだが聞こえていて。
その玄関の前には、まどかと仁美が居て。
「意外と、仲がよろしいんですのね、さやかさんと、暁美さんは」
「うん。私もそう思うよ」
本当に意外そうに言った仁美に対し、まどかはとても嬉しそうに同意するのだった。
説明 | ||
前の小説の続きというか、なんというか。 まあ、そんなお話。さやほむって珍しいのかな。 |
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