主人公さやかの覚悟
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人生に色々な可能性が有って。

その分だけ道が有ったとしても。

魔法少女の道は、1つしかない。

道なき道しか、残らない。

 

 

あれは、まどかが可愛がっている黒猫ではなかったか。

学校からの帰り道、通学路を遡って自宅へ向かう途中の事である。さやかは、その黒猫が、民家の塀の上で寝そべっているのを発見して、足を止めた。

しかし、さやかは首を傾げた。立ち止まって、黒猫を見て、絶句する。

言葉が見つからないまま戸惑って、どうして戸惑っていたのかと理由を考えて、すぐにその答えに行き当たる。

まどかが黒猫を可愛がっている事実など無いし、当然、さやかもその黒猫の事を知らない。それだけの事だった。

(あたしったら、どうしてそんな事…………?)

 まるで、数年前に見た夢の中に居た様な、そんな既視感があった。だが、その感覚は手から砂が零れ落ちるよりも遥かに早く、無くなっていく。記憶に壁が有ったとすれば、あるいは魂に壁が有ったとすれば、その既視感は、幾重にも重なった分厚い壁の最奥に封印され、もう二度と取り出すことの出来ないものになってしまった。

とはいえ、妙な感覚だったが、所詮はそれだけの事だ。特筆すべき事では無いだろうし、笑いの種にでもなれば儲けものだろう。

きっと、疲れているのだ。

そう考え、正しくそれだと確信する。

「あんた、野良猫?」

 その黒猫に手を伸ばして、その手に指輪が有るのを、嫌でも確認する。さやかが魔法少女になった証。ソウルジェムの別形態。契約成立による鎖。

その事実に、きっと疲れているのだろう。

さやかがその黒猫を野良だと思ったのは、実に単純な理由だ。毛並みが悪く、首輪が無く、人に馴れていそうに無い雰囲気を感じたからだ。そして、外れてはいないだろう。

だから、意外だったのは、

「おお…………?」

 伸ばした手に、黒猫が自身の鼻を近づけ、挨拶代わりとでも言いたげに、匂いを嗅いできたからで。

さらには2度、3度と人差し指を舐めてきたりもしたからで。

人に馴れていないというのは、もしかして気のせいだったのだろうか? と、さやかは思考を修正した。通学路の途中、学校の近く、あるいは様々な路地裏で、さやかは色々な種類の野良猫を発見してきたが、そのどれもが、まず近寄る前に逃げ出す。野良猫は警戒心が強いのだから、それも当然だろうが、何と言うか、とても悔しいというか、寂しいというか。まあ、とにかくそんな感覚を与えられてきた故に、黒猫のその反応は、本当に意外だった。

試しに頭を撫でてみても、嫌がるそぶりを見せない。毛並みが良くないため、ざらざらした感触だったが、悪く無い…………どころか、とても良い気分にさせられた。

「あんたももしかして、あたしと何処かで会ってた様な…………そんな感じでもしたの?」

 まさか、そんな事、有る筈無い。そう心中で笑い飛ばす。いくら魔法少女になったとはいえ、その発想は馬鹿馬鹿しい。

その証拠に。

「あらら…………」

次の瞬間には、もうさやかに興味を無くした様で、実に分かり易くそっぽを向いてしまった。

「嫌われちゃったもんだね」

言ったものの、嫌われたわけでは無いだろうとも思う。ただ単に、興味が無いだけで。

そこに意味は無い。

意味は、無い。

その言葉を思い出し、さやかは苦虫を噛み潰した様な表情を作った。

 

『魔法少女なんてそんなものよ。私の命なんて、意味の無いものだから』

 

そう言ったのは、さやかの尊敬する魔法少女、巴マミ。お菓子の魔女・シャルロッテ戦で、辛くも命を拾った、彼女の言葉だった。

ほんの数日前の事だから、どうしても鮮明に思い出してしまう。

聞きたくない言葉だった。

さやかの尊敬する巴マミは、強い少女で、それは魔法少女としての実力だけでなく、精神にも言える事で、さやかが強烈に憧れたのはその部分であった。魔法少女として人々を救い。希望を与える。魔法少女になるとしたら、そうなりたいと、心から思える教師だった。

だが、彼女は死を目前にして、その精神を大いに揺るがせた。虚ろに目を落とし、脱力の極み。心配で家へと駆けつけたその時、さやかは、膝を抱えて震える彼女が、本当に巴マミなのかと、疑った。本気で疑ったのだ。それくらい憔悴していて、打ちひしがれていて、憧れた彼女の姿は何処にも無かった。

もちろん、幻滅などしていない。おこがましい事だが、助けてあげたいとすら、思ったほどだ。結局はただ話を聞く事しか出来なかったが、翌日になると、表面上は元通りになっていて、少し安心したものだ。

だが、話を聞いていた時に出てきた言葉が、さやかの胸に突き刺さって、かえしが付いているかのように、抜けない。

なんの事は無い。

恐れているのだ。

契約する前、さやかのそれを阻止するために、ほむらが警告へ来た時。あれだけの啖呵を切っておいて、やはり恐れているらしい。

 魔法少女のベテランである巴マミは、魔法少女として生き、魔法少女として死ぬ事を、受け入れている。あるいは、暁美ほむらもそうだろうし、魔法少女というものは、そういうものなのかもしれない。もちろん、彼女らに、死ぬつもりが無い事もまた、確かだろうが。しかし、覚悟はしているはずだ。

だが、どうだろうか。

さやかは、契約した後に、自らに問いかけた。

死ぬ覚悟は出来ているのかと。

答えは単純明快。

出来ているはずなど、無い。

上条恭介の手を治すために、命を捧げて奇跡を生み、力を手にした。それは同意の上だし、その時は確かに覚悟が有った。

だが、きっとその覚悟は、覚悟に似ているだけの勢いに過ぎない。自分に酔うための、あるいはヒロイズムに酔うための、わかりやすい自己倒錯だったのでは無いだろうか。もしくは、自己欺瞞だったのでは無いだろうか。

上条恭介のための自己満足はもう終わりにする。これからは自分のために、自分が責任を持って、これからを生きる。そう決めたのに。

さやかは死ぬ覚悟など出来ていない。戦いを未だ知らないために、死を間近に感じてすらいないのだから、それも当然なのかもしれない。だが、それで許されるはずが無い。

奇跡の代償に、命を捧げたのだから。

覚悟が無いでは済まされない。

黙っていても、死は近づくばかりなのだから。

だから、魔法少女になって、命に意味が無いという言葉を思い出した時、決定的にそれが突き刺さった。覚悟が無いだけに、余計に残っていた。

捧げた命が無意味だなんて思いたくなくて、とても嫌な気持ちになった。

「……………………」

 嘆息して、頭を振った。

らしくもなく、考えてしまっている自分にこそ、嫌気がさした。

どうせ何を考えようが、やる事は変わらないのだ。

魔法少女の使命は魔女を倒し、希望を振りまくこと。

それだけを考えて、戦えば良いのだ。

だが、同時に気づいている。それが、どうしようも無く孤独で有る事を。それが、命を無意味にしている事を。

魔法少女は孤独に生き、孤独に戦い、そして孤独に死んでいくのだろう。誰にも知られる事なく、誰の記憶にも残らずに。ただ、孤独に。

そうしてらしくも無く考えて、さやかはマミの事を、改めて尊敬した。どれだけの間、孤独に耐えたのだろうかと、気が遠くなった。

そして結局、考えるのを止めたと決めたのに、やはり考えてしまっているために、心に突き刺さったあの言葉は、やはり抜けないのだろう。

「ねえ、野良猫。あんた、1人なんでしょ?」

 さやかは、もう一度黒猫に手を伸ばした。

しかし、その手が黒猫に届く前に、黒猫は塀から民家の庭へと飛び降りて、姿を消した。

かと思えば、すぐに民家に植えてある木へ駆け上る姿を見せて、屋根へと飛び移った。

その姿を見て、

「あたしも、1人なんだよね」

 呟いた。

さやかの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、理解しているのかいないのか。

ともかく、黒猫は一度大きく喉を鳴らして、屋根の向こう側へと姿を消した。

なんて自由な姿なのだろうと、さやかは感動すら覚えた。自由に道を選ぶ事の出来るその姿に、嫉妬すら感じた。

さやかの道は、もう決まっている。ここから先の道に、自由など無い。

だが。

だが、それでも。

「あたしはあたしの命を、無意味になんかしない」

 後悔なんてしていない。

胸に突き刺さったあの言葉をこそ無意味にするために、さやかは歩き出した。

道なき道を、突き進むために。

説明
まあ、漫画の方の補助的なアレで。
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魔法少女まどか☆マギカ 美樹さやか 

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