真・恋姫†無双 〜とある風力使いの物語〜5話 |
【小さな鳳の大きな出会い】
「うぅん…」
天幕の隙間から漏れる日差しが顔に当たった雛里は目を覚ました。
盗賊も傍からいなくなりまともな睡眠も一日ぶりに取れた今、体はすこぶる快調だ。
「ふぁわわわ……あれ?」
大きな欠伸と共に上半身を起き上がらせると、体からパサッと落ちた黒い布に気付いた。
思わず動きを止め、手に取って眺める。
「これって…」
起きたばかりで働かない頭でも、昨日出会った青年の衣服と同じ物である事にすぐ思い至った。
恐らく雛里が眠った後に布団代わりとして掛けてくれたのだろう。
「わ、暖かい…っあ、あわわわわ、私何して…!」
肌触りの良い生地に思わず頬にすり合わせるが、自分のしている行動に雛里は慌てふためいた。
男性の、しかも昨日初めて会った人の衣服に頬ずりするなんて。
女生徒のみで構成される水鏡塾での暮らしが長い雛里にとって男とは免疫の無いものであり、そんな自分がとったその行動に過剰に反応してしまう。
そっと修司に視線を向けると、本人は腕を枕にしながら未だ眠りに付いているようだった。
朝の気温は日中に比べれば幾分か冷える。修司の体が猫のように丸まっているのは、外界からの寒さを少しでも紛らわせるためだろう。
その様子に慌てて自らに掛かった黒い衣服を本来の持ち主に掛け直した。
眠る修司の横顔を見つめながら、雛里は不意に今までの出来事を頭に巡らせる。
幽州へ向かう事を決めた雛里と朱里が旅に出る際には、様々な紆余曲折があった。
「はぁ…分かりました。二人がそこまで言うのならば、許可しましょう」
「本当ですか、水鏡先生!」
「あわわ、やったね朱里ちゃん!」
一番最初で、一番難関である水鏡先生の説得。
これには朱里と共にあらゆる手練手管を用いた結果、三日目にて水鏡先生が首を縦に振った。
その意外な結果により、予定より早く旅に出る事が可能となったのである。
だがしかし、正直二日目の夜の時点で、すでに雛里は説得を半ば諦めていた。
――水鏡先生は才を慈しみ、愛される方だ。
そして朱里ちゃんと私は水鏡女学院での主席と次席。また、年齢の割にその外見が追いついていない。
例え中身が優秀でも、仕官を希望した先の相手がまともに取り扱ってくれるかどうかも怪しいのだ。そして水鏡先生はそんな私達の才が蔑ろに扱われる事を良しとしない。
今回の件はそんな可能性を含む事もあってか乗り気になってはくれなかった。
それは私達にも自覚があった事だけに、私達もまた強く言い返せなかった。
しかし三日目。
何故か、水鏡先生の態度が少しだけ軟化したのだ。
不思議に思ったのもつかの間、そこに付け込むように朱里が沈痛な表情で怒涛の論述を叩き込んだ。
朱里の勢いに押されながらも、好機を逃すわけにはいかないと雛里もまた追随する。
そんな激しい議論の結果、私達は幽州への旅を許可されたのだ。
しかし三日目の朝に出会った時の水鏡先生はなぜか顔が赤く頬を染めていて、心ここにあらずといった表情だったが、あれはどういう事なのだろう。
恐らくは態度が軟化した事と関係があると思う。
対照的に朱里ちゃんは視線もどこか虚ろでずいぶん落ち込んでいるようで、正直少し近寄りがたい雰囲気だった。
「本の二、三冊で水鏡先生を説得出来るなら…うぅ??、限定20冊の苦労して手に入れたものだったのに…で、でもでもっ、旅にはどうせ持って行けないし…」
(独り言をぶつぶつと呟いているけど、何か大切な兵法の書でも渡したのかな。でも水鏡先生も持っていない本なんて…朱里ちゃん、何で教えてくれなかったんだろう。そんな珍しい書物なら見せて欲しかったのに。)
しかしその旨を伝えると…。
「はわわっ!?だ、ダメだよ!あの本は雛里ちゃんにはまだ早いよっ!」
(朱里ちゃん、私達同い年なはずだよね?)
ちょっとした疎外感を感じつつも、水鏡先生を説得した朱里に雛里は感心した。
(…でも朱里ちゃんにそこまで言わせる本って何なんだろう。 いつか荊州に戻ってきたときに、水鏡先生に見せてもらおう)
その後は水鏡先生と懇意にしている商人の伝手で隊商の一行と一緒に旅を続ける事になり、比較的安全な旅を続けていた。
しかしそれも束の間。付近の邑へ向かう森を通る最中に、黄巾の賊が集団で襲いかかってくるまでの事だった。
腕の良い護衛が付いていても数の暴力には抗えない。
初めは奮戦していたものの、次から次へと現れる敵に体力を奪われ、最期は背中からの奇襲に崩れ落ちてしまった。
そうやって戦意を持つ者全てを手当たり次第に倒される。
賊は手慣れているのか手際よく目当ての荷車ごとその場所から去り、あっという間に賊は朱里たちから遠ざかって行った。
――既に乗り込んでいた雛里を連れて。
白い布で覆われた後部の荷台。
雛里はそこに賊が乗り込んでくる前にとっさに隠れた小さな木箱の中で息を潜め、縮こまりながら身を隠していた。
いつ見つかるかも分からない、緊迫した状況。
仲間を叱咤する怒声。満足げな下品た笑い声。かすかに聞こえる寝息。交代を知らせる見張りの声。
どんな時でも気の休まる時間など無かった。
そんな心身ともに疲労が限界を迎えている現状で、それでも雛里は今の状況を何とか抜け出せないかと考えを巡らせる。
脳裏によぎる絶望や想像しうる未来を覆す良策はどんなに頑張っても思い浮かばない。
自分の不甲斐無さに泣きたくなった。
じわりと目じりに浮かぶ涙。しかしそれをを拭く気力も沸かない程に、雛里は憔悴していた。
…これから乱世に乗り出そうと言う人間が、こんな賊一人にも対抗できないなんて。
そもそも、私なんかじゃそんな大役を果たせるはずも無かったのだ。
例え運良く盗賊に見つからなかったとして、いったい自分一人で何が出来るのだろう。
水鏡女学院での親友、朱里の言うがままに共に天の御使いの下を目指した雛里。
(…きっと朱里ちゃんに言われなければ、私が自分の意思で水鏡先生の所を離れる事は無かった。)
引っ込み思案で、消極的で。
堂々と人前に出る事もできなくて。
いつも水鏡先生や朱里の後ろに隠れていた。
そんな私が、はたして本当に乱世を治める助けが出来ただろうか?
(先に荷車に乗り込んでいたのが私で良かった。こんな目に遭うのが朱里ちゃんじゃなくて良かった。朱里ちゃんなら、こんな中途半端な私よりよっぽどこの大陸を平和にしてくれる。)
平和にしたいって思った気持ちは決して嘘なんかじゃない。
…それでも。
大事な親友と離れたくない。
敵として出会いたくない。
この才能を同じくする君主に仕えたい。
この気持ちが雛里の心の半分を占めていた事に、朱里ちゃんは気付いてたかな。
しだいに外が盗賊の驚嘆した声で騒がしくなる。
その様子に慌てて荷台にいる人間までもが外に出たようで、辺りの気配が一切無くなった。
しかし聞こえてくる声に情けない悲鳴や嬉々とした歓声が混じっているのはどういう事なのだろう。
恐怖より好奇心が心を占めた雛里はこっそりと箱の中から抜け出した。
死を覚悟した事により、雛里の中から恐怖を感じる心が半ば麻痺していたからこそ出来た芸当である。
族の目を盗んで、荷台に覆いかぶさる白い布をきゅっと握り締め、端からそっと騒ぎの元を探す。
そして目にした、男の人が空からゆっくり降りてくる姿。
人は空を飛べない。
そんな子供でも分かる常識を覆された瞬間だった。
――天の御使い様。
瞬間的にそう思ったが 天の御使いは幽州にすでに降り立ったはずだ。
…なら、なぜここに?
…御使いは、一人ではない?
その場に立っている青年にただ目を奪われた。
彼の握る剣が盗賊の得物を鋭利に断ち斬る姿。圧倒的な力、物怖じしない立ち振る舞い。遠くを見渡す黒い瞳。
その全てが雛里にはどこか神秘的に移った。
そして今分かる事は一つ。
私は天佑でもってこの身を救われたのだ。
――篠原、修司さん。
雛里の思惑は外れ、彼が自ら天の御使いと称する事は無かった。
「天の、御使い?」
「ご存じないですか…?今大陸中に出回っている噂なんですけど…」
首を傾げる篠原さん。その姿は天の御使いという言葉すら知らないようだった。
それだけでなく荊州というこの土地も、皇帝も、国も、何も知らない。
いや、それは少し違うだろう。
彼は劉宏様を霊帝と別名で呼んだ。
それは劉宏という皇帝の存在自体を知っているからに他ならない。
「悪い。あー…こっちに来たばかりでそういう噂に疎いんだよな、俺。他にもいろいろ教えてくれないか?町に着くのも一晩かかるらしいし…暇つぶしの話し相手になってくれよ。あぁ、その天の御使いの話も聞きたいな」
しかし幽州の天の御使いの話自体は気になるようで、御使いの本名を聞いた時のその顔には興味がありありと描かれている。
それが単なる興味なのか、仲間の情報を知りたいからなのか。
それは雛里にも分からない。
一晩かけた長く有意義な談笑で、私の彼への警戒心は簡単に薄れてしまった。
それ以前に、そもそも自身でも人見知りだという自覚のある雛里である。
そんな自分がたった一晩で見知らぬ相手にまともに会話を成し遂げるなど、今までなら考えられなかった。
そもそも「話し合い」とは教養が無ければ弾まず内容の薄いものとなる。
それは相手の言葉の全容を自分の知識で補完し、理解する事が出来ないからだ。
間柄の親しい友ならば話は別だが、私達は出会ったばかりのなりゆきで共にいる関係。それには該当しない。
そんな篠原さんと語り合って分かった事。
それは篠原さんが無知でありながら、それでいて深い知識を有しているという事だ。
何とも矛盾した答えだが、形容するにふさわしい言葉はこれ以外思い当たらない。
彼はこの国についての常識をあまりにも知らなさすぎる。
それなのに、社会の仕組みや経済など、庶人にしては精通しているものがあまりに多い。
興味が、尽きない。
もっと、知りたい。
そんな願いも虚しく、疲労から来る眠気が徐々に襲い掛かって来た。
眠気に負けないよう必死で目を開けるが、瞼はそれも意に介さないようでどんどん意識が遠のいていく。
「…っと。ちょっと話込みすぎたか?そりゃさすがに疲れてるよなー…子供なんだし、無理せず寝とけ」
私の疲労を悟った篠原さんはポンポン、と私の頭を軽く叩いて眠るように促す。
優しくて、暖かい手だった。
心地よさに身を任せてしまいたくなるも、子供という発言にはどうしても意見しなければ。
「あわわ、子ども扱いしないでください…。私だってちゃんと成人した大人なんですから…」
「はい?……あぁー…なるほど、子萌先生タイプか」
言ってる意味がよく分からなかった。
「悪い。やっぱ見た目で判断しちゃダメだな、こういうのって。…ま、それでもやっぱ眠っとけ。大人だろうが子供だろうが、眠れるうちに眠らないと後が辛いぞ?」
「でも…」
「けっこう強情だな…なんか、夜更かししたがる妹をなだめる兄みたいな感じ。俺一人っ子な筈だからよく分かんねーけど」
「あ、私も一人っ子です…」
「へぇ、奇遇だな。いっそ俺の妹にでもなってみるか?こんな可愛い妹なら大歓迎だぞ」
冗談めいて笑う篠原さんは人をからかうのが好きなんだろう。
ニヤニヤした笑いがそれを物語っている。
しかし、寝ぼけた思考は案外簡単にその冗談に乗った。
「はい…なりたいです……お兄、さん」
「………あぁ、うん…意外と悪くないかも。その兄妹っていうの」
私の答えが予想外だったのか、どこか呆けたような返答だった。
最後の発言が本音だったら、うれしいな。
瞼も持ち上がらない状況で、霞む思考で、ただそれだけを思った。
だって頭を撫でてくれるこの優しい手を離したくなかったから。
この人の傍はきっと心地良いと思ったから。
「へぅ…あ、あわわわわ…!」
熱くなる頬を両手で押さえて熱を逃がそうとするも、顔の赤みは簡単には戻らない。
(い、いいい今更だけど、妹だなんて…絶対冗談で言ったに決まってるのに!あんな大胆な事言っちゃった…えと、その、ど、どうしよう。ふえぇ、朱里ちゃーん…!)
そんな雛里の声にならない叫びは修司が起きる30分後まで止む事はなかった。
あとがき
ありゃー…ここまで長い事更新できないとは自分でも思わなかった。
大学生活恐るべし。
いないかもしれないが、待っていて下さった方には申し訳ないです…
今回は雛里の回想でした。
話が進まないので途中で止めようと思ったんですが、主人公以外からの視点も欲しかったので。
あと、最近になってようやく真・恋姫†無双を購入しました。
もちろん最初は蜀ルート!
星さんちょっと声が低くなってた。
だがそれが良い。
そして雛里ちゃんは安定の可愛いさでした。
説明 | ||
何ヶ月ぶりだろう…大学生活急がしすぎる。 授業に資格に学祭にサークルとヤバイぐらいヤバイです。 |
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ヒナリン!ヒナリン!!更新お疲れ様です。次回も楽しみにしていますので、できるだけ早い更新を求むww(聖槍雛里騎士団黒円卓・黒山羊) | ||
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