さやかちゃんの気遣い |
昼休み。
午前中の授業が終わり、束の間の休息を与えられた生徒達は一様に姦しい。
女3人寄れば…………とは良く言ったもので、確かに正鵠を射て居るが、では2人組の女子生徒達が姦しくないかと言われれば、それは首を傾げざるを得ない。数が多かろうと少なかろうと、姦しいものは姦しい。音の反響が、そして残響が、結果として耳に与える印象は同じだ。そして、それは男子生徒にも言える事であり、男で有るからといって姦しくないかと言われれば、決してそうは言い切れないだろう。男子生徒が落ち着いた振る舞いを見せるわけでは無く、声を抑えて笑いあうわけでも無く、故に男であっても姦しいのだ。
「美樹さん」
だが、そんな姦しさ甚だしい廊下に有って、後ろからさやかを呼び止めたその声は際立って落ち着いていた。いっそ場違いで有ると言って良いほど、彼女の声は耳に心地良いものだった。
「マミさん」
振り返る前から、その声で自分を呼び止めた人物に対しての確信を得ていたさやかで有ったが、一応の確認の後に彼女の名前を呼んだ。
「どうしたの? マミさん」
ふわふわの巻き毛を左右で垂らした髪型が特徴的な、整った顔で浮かべられる、やはり場違いな微笑みが印象的なその女子生徒は、さやかの最も尊敬する先輩であった。
一人暮らしをしているせいか、とても大人びたその少女を見る度に、一年後の自分を想像して、マミの様に成長している自信が無い自分を思い、大いに絶望するのだった。大人びているのは一人暮らしをしているせいだけでも無いだろうが。
強く、優しく、微笑ましく。人は自分に無いものに強く惹かれ、そして憧れるとは言うが、その通りなのかもしれないと、さやかは思う。少なくとも、マミと一緒に居る時に、さやかは何時も誇り高い気分になれるのだった。
尊敬し、憧れ、崇敬する。
危険な思想だ。
さやか自身そう思うために、気をつけるようにしては居る。度を越した憧れは誰にとっても害悪にしかならないと、警告された事が有るのだ。熱を上げずに離れてその人物を視る事を進められた。それはクラスメートであり、親友の暁美ほむらの言葉だった。
それからはなるべく心1つ分の隙間…………あるいは余裕を持って彼女の事を視るように勤めていた。おかげで、間抜けで恥さらしな醜態を晒しては居ないだろうと、そう思う。ほむらには感謝すべきだと感じてはいたが、絶対に言ってやらないと強く誓っていた。
ともあれ、そうして余裕を持って視た巴マミという少女は、とても可愛らしい面も持ち合わせている事が分かり、更に魅力的に見えてしまったりもした。やはり、礼を言うべきでは無いだろう。
「実はね、私の好きな焼き菓子店で、新作のタルトが発売されたの」
「あ、じゃあ帰りに一緒に行きま…………」
「いいえ。つい衝動的にホールで買ってしまったから、今日、私の家に食べに来ないかしら?」
「ホールで買ったの!?」
ついつい大声を出してしまったさやかだったが、周りは姦しさ甚だしい廊下であるので、特に目立つ事も無かった。
一人暮らしで有るにもかかわらずケーキをホールで買うのはかなりのチャレンジャーというか…………普通、ちょっとどころか、さやかの基準では想像の余地も有り得ない程の事だった。衝動というものを仮に数値で測れるとしたら、市販品の衝動測定メーターでは針が振り切ってしまうほどの衝動だった。
衝動的にも程が有る。
…………まあ、さやかも良くCDを…………しかも、自分で聞くわけでもないCDを、ホールのタルトと同じくらいの値段で買うわけだから、これは趣味や目的の方向性がまるで異なるために起こる、単なる認識の齟齬なのだろう。
「ふふ、気をつけてはいるんだけど、ホールで飾られた焼き菓子は、どうしても綺麗に見えちゃって。私が作る場合の参考にもなるしね」
「…………うわ、めっちゃ可愛いよこの人」
首を傾げて口に手を当てて、上品に笑って。
どうしてもという理由でタルトをホールで買ってしまう所を想像すると、どうにも萌えて萌えて仕様が無いさやかであった。
何かずるい。これがもって産まれた才能の違いか。
「え? 何か言った?」
「ううん、何でも無いよ」
「そう。じゃあ、食べにきてくれるか、という話なんだけど…………どうかしら?」
「いや、あたしは全然構わないし、むしろ大歓迎なんだけど…………」
「何か、予定でも入っているの?」
「いや、何時も御呼ばれして、何か気が引けるっていうか…………」
そうなのだ。
さやかはもちろんの事、親友であるまどか、そしてほむらもまた、彼女の家でよくケーキをご馳走になっていた。
手作り、市販問わず、何度も何度も。
そう何時もご馳走になっていては、悪い気がするというか…………
「なんだか、ケーキ目当てでマミさんの家に行ってるみたいに思っちゃうよ」
もちろん、期待はするが、それが目当てという事は有り得ない。だが、少しでも自分でそう感じてしまうのが、さやかは嫌なのだった。
尊敬しているだけに。
さやかの言葉を聞いたマミは、少しきょとんとした表情を作り、再び首を傾げて笑った。
「美樹さんらしい言葉ね。まっすぐで、優しい」
でも、だからこそ、と続けて、マミはさやかの手を取った。マミの柔らかい手はとても暖かくて、安心感を与えられると同時に、妙に照れくさい気持ちにもなった。
「それは美樹さんが、私に対して誠実であろうとする事の、証明にもなるわ。だから、気にしなくていいのよ」
「マミさん…………」
その言葉が照れくさいやらなんやらで、どうにも気恥ずかしい。だが、悪い気は当然しない。
だが、何と答えて良いのか分からない。
困惑しているらしいさやかを見て、マミは、ぽん、と手を叩いた。
「じゃあ、こうしましょう。私は美樹さんを困らせてしまったみたいだから、罰ゲームとして今度、私のわがままを美樹さんが1つ聞いてくれないかしら?」
「マミさんが私を困らせたから、私がマミさんのわがままを聞くの?」
その内容のおかしさに、さやかはちょっと笑ってしまっった。
「それって、ちょっとおかしくない? 別に、全然構わないんだけどさ」
一応、本当に一応。反論はしてみたが、
「良いのよ。こういうのは意味が分からなくても、口実を作ってしまえば、後はどうとでもなるものだから」
とても良い笑顔でそう言われてしまえば、最早反論の余地は無い。元々、断るつもりなど微塵も無かったが。
その笑顔に免じて、快く引き受けましょうと、さやかは言った。
「と、言う訳で、今日の放課後はマミさんの家へ集合という事になったから」
よろしく、と教室へ戻ったさやかは、まどかとほむらにそう伝えた。
ほむらが絡みつくようにしてまどかのブラウスの下に手を入れながら抱きついていたので、変態的行動と見なして、さやかちゃん式真空とび膝蹴りでひっぺ返した後の事である。
「私の予定を貴女の一存で決めたの? 余計な事はやめて欲しいわね、美樹さやか」
さやかちゃん式真空とび膝蹴りのダメージなどまるで感じさせないほむらは、無駄に厳しい顔でそう言った。先程までのまどかに対する絡み方からここまで変わるのだから、何とも2面性の激しい性格であった。
「じゃあ、あんたは行かないんだね?」
「もちろん、行くに決まっているじゃない。私の行動を貴女の一存で決めないで欲しいと、今言ったばかりなのにもう忘れたの? 全く、貴女の記憶力は膨大な熱と悪質なウイルスに冒された128メガバイトのUSBメモリ並みなのね」
その言葉を受けて、無言で拳を握り締めたさやかを止めたのはまどかだった。
「わ、私も、もちろん行くよ! マミさんのケーキ、楽しみだなぁ!」
「そう。まどかが行くなら、尚の事私が行かない理由は無いわね」
ほむらは一度、自分の長い髪をかき上げて、
「まどか。もし1人2切れという配分になったなら、私の1つは貴女の物よ」
「え、えぇと、そんなには食べられないかな…………」
まどかは困った顔をして、両手ぱたぱたと振った。
その会話にさやかは嘆息して、
「ほむら、あんたが要らないなら私が貰うよ」
「馬鹿な事を言わないで…………! 貴女にあげるくらいなら、生ゴミの入った90リットルのゴミ箱の中で微生物を食べている貴女を直視している方が遥かにマシよ!」
「そりゃアンタ的にはむしろベストだろうよ!」
「汚らわしい。絶対に視たくないわ。そういう事をするなら、せめてまどかの見ていない所でやりなさい、美樹さやか」
「どうしてあたしがやりたいみたいな事を言った体で会話を進めるのよ!」
そんな意味の分からない会話を進めながらも。
放課後は確実に近づいてくるのだった。
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前のお見舞い話の続き。お見舞い話後編を描くつもりでしたが、なんだかエロくなりそうだったので自重しました。自重の気持ちが薄れれば描きます。 ちょいと修正。 |
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