真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜第十四話 哀歌 前編 |
真・恋姫†無双〜皇龍剣風譚〜
第十四話 哀歌
壱
罵苦の軍勢に於いて四凶と呼ばれる地位にあり、魔鳥兵団を統べる上級罵苦、窮奇は、宛城の城壁の上に腰を下ろして、眼下に広がる平野を見渡していた。曹操をこの城に引き込む為に呼んだ雨雲も随分と薄くなり、所々から薄く日の光が筋となって差し込んで来ている。
窮奇がぶるりと身体を震わせると、毛皮に付いた霧雨が、無数の雫となって宙を舞った。
「こちらにおいででしたか、窮奇殿」
背後から聞こえた声に窮奇が振り向くと、そこには、額に黒い宝玉を埋め込まれた張繍が、静かに佇んでいた。
「あんだ、てめぇかよ。こんなトコに居て良いのかい?折角、覇王のお嬢ちゃんを捕まえられたってのによォ。早くしないと、あの二人のチビや北郷一刀に勘付かれちまうぞ?」
張繍は、思わせぶりな笑みを浮かべ、首を振りながら言った。
「彼女、流石に強情でしてね……中々『うん』と言ってくれないのですよ。それで、気分を替えに来たと言う訳で……」
窮奇は張繍の言葉を聞いて、自分の翼から落ちた羽を弄びながら、面白そうに大きな口を歪めて嗤った。
「まどろっこしいねぇ、お前は。んなもん、力尽くで押し倒しちまえば良いのによぉ」
「そう言う訳にはいきません。彼女が自分から、私のものになりたいと言ってくれなければ意味は無いのですよ」
「ハン!それで、鎖で吊り上げて拷問ゴッコってか?ご苦労なこった―――まぁ、あのチビどもは、まだ暫くは催眠が解けねェだろうから心配はいらねェけどよ。北郷の方は、もうそろそろヤバいかも知れねェ―――ぜっと!」
窮奇が、言葉を結ぶのと同時に羽を持っていた方の手を垂直に掲げると、空中で小さな泣き声がして、張繍の足元に、小鳥が音もなく墜ちて来た。その身体には、窮奇の羽が深々と突き刺さっている。
小鳥は、雨に濡れた石の床で暫く痙攣していたが、やがて動かなくなった。すると、小鳥の身体はとたんに立体を失い、白い紙きれになり、瞬く間に雨を吸って萎れてしまった。
「これは……」
張繍が訝し気に小鳥を見つめて爪先で突(つつ)いていると、窮奇が欠伸をしながら言った。
「そりゃあ、“式神”って、遣い魔の一種さ。十中八九、北郷がこっちを探る為に飛ばしたんだろうぜ。つまり―――あっちはもう動き出してるってこった」
「そうですか……。しかしまさか、この城を一呑みに出来る程の大軍勢を動員する事はできますまい。彼の男にも、体面と言うものがありましょうしな。何より―――貴方の与えてくれたこの力と軍勢があれば、十分に時は稼げましょう」
張繍はそう言って、城壁の内側の中庭に目を遣った。そこには、雨の中、生気の無い眼で歩哨に立っている、黒装束の兵士達がいた。
窮奇は、張繍の背中に憐れみを込めた視線を投げてから、再び平原に顔を向けた。計画の妨げにならぬよう、兵士達を“作り変えた”のは、確かに窮奇の力だ。
窮奇は兵士達の意識を奪い、動く木偶人形に変えた。古の馬苦の生き残りでもある窮奇は、創造主である『剪定者』達が外史の人間に用いる術を、幾つか使う事が出来る―――その様に“作られた”のである。
最も、一度“木偶”に変えてしまうと、外史ではなく剪定者に近い存在になってしまい、吸収する事も出来なくなる為、滅多に使う事はなかったが。
今回、兵士達を“変えた”のは、これが侵攻ではなく、純粋な暇つぶしである為に、正式に下級種を使う許可を取るのが面倒だったからだ。だが、古くからの観察者達が承知しているように、木偶は、そう強力な存在ではない。
純粋な『性能』のみに限って言えば、下級種は愚か、手練れの人間の兵士の方が遥かにマシだろう。個性を奪って完全な操り人形に出来る代わりに、人間として積み重ねて来た全ての才能や技術をも奪ってしまうのが、この術の最大の欠点だった。
「だと、いいけどよ……」
窮奇はそう呟くと、新たな羽を手に取って弄び始めた。窮奇は、眼の前の女が哀れだった。
人間と深く関わる事など滅多にない彼にとって、その感情は何とも訝しいものではあったが、それでも、哀れと思わずにはいられなかった。
自分と言う人外の存在がもたらした力を行使し、その威力を実感していながら、その力に対抗しうる存在である北郷一刀を、たかだか数百の生きた人形などで、どうして防げると思うのか?
否、この女は、そんな事は思っていないだろう。思いたくないだけ、気付きたくないだけなのだ。長年、想い続けていた意中の相手を易々と罠に陥れた自分の力が、実はただの蟷螂の斧だと言う事に。
「まぁ、精々頑張んな、張繍の姉ちゃんよ―――」
窮奇は、慇懃に一礼してから踵を返した張繍の背中に、そうひとりごちた。蟷螂の斧とて、扱い方さえわきまえていれば、それなりに使い様はあるものなのだ。最も、窮奇は、そんな事をわざわざ教えてやるほど親切ではなかったが。
弐
「―――ッ!?」
北郷一刀は、愛馬、『龍風』の鬣を掴んで馬足を止めると、動物が獲物の匂いを嗅ぐ時の様に、顎を上げて中空に視線を泳がせた。
「急に止まるな!どうしたのだ、北郷?」
一刀の後ろを走っていた夏侯惇こと春蘭が、速度を落とした黒馬の上でそう怒鳴った。
「すまない、春蘭……。どうやら、放っておいた“式”がやられたみたいでな」
一刀がそう言って視線を戻すと、春蘭の黒馬の横に自分の白馬を寄せた夏侯淵こと秋蘭が、不思議そうな顔をして言った。
「北郷、その“式”とは何の事だ?」
「あぁ、正式には、“式神”って言って……何て言ったらいいのかな―――使い魔?」
一刀が、戸惑いながらそう言うと、秋蘭は小さく頷いた。
「成程、何となくは解った―――で、その使い魔とやらが、どうしたと言うのだ?」
「あぁ。出発の前に、愛紗たちが居る方と華琳達の居る宛城に、それぞれ偵察がてら先行させておいたんだが―――宛城の方のヤツがやられちまったみたいだ……」
「何だと!?こちらの兵を問答無用で斬り捨てるとは、やはり張繍は裏切ったのだな!!」
一刀は、隻眼に怒りを滾らせて大声を上げる春蘭を両手で制すると、苦笑いを浮かべた。
「春蘭?なんか勘違いをしてるみたいだが、式神は人間じゃないぞ?まぁ、人の姿を取らせる事もあるけど……」
「訳の分からん事を……人で無ければ、どうやって偵察すると言うのだ。大体、どうしてここに居るお前に、宛城で起きている事が解るのだ!」
「何て言うかな―――俺と俺の式神は一部が感覚的に繋がってて、俺が命令した事……この場合は宛城の現状偵察な訳だけど、それを実行してる時に特定の『異変』を感知したら、俺に思念を飛ばして教えてくれる事になってるんだ。だから、必ずしも人の姿である必要はないんだよ。今回は、小鳥の姿で宛城を空から偵察させてたんだ。ところが、式神の反応自体が消えちまった。つまりあっちには、小鳥の姿をした俺の式神を見破って排除出来るだけの、仙術なり妖術なりの遣い手が居る事になる訳。どうだ、解ったか?」
一刀が一気に自分の解っている事情を説明して春蘭に問い返すと、春蘭は大きく頷いて胸を張った。
「うむ、さっぱり解らん!」
「ですよね〜。……しゅうらぁん?」
がっくりと項垂れた一刀が、助けを求める様に秋蘭の方を見ると、秋蘭は微笑みを浮かべて頷いた。
「うむ。私は理解しているから心配するな、北郷。要するに、華琳様達が張繍の術中にある事と、妖術を使役する存在が張繍に手を貸している事が確定した、と言う事だろう?」
「流石は秋蘭、御明察だ……。こりゃあ、凪と明命が追い着いたら強行軍だな」
一刀が表情を引き締めてそう言うと、春蘭が食って掛かった。
「北郷、そんな呑気な事を言っている場合か!今この時にも、華琳様や季衣、流琉の命が危ういかも知れんのだぞ!?我ら三騎だけでも先行するべきだろう!!」
凪は今、都の住人達に騒ぎを気取られないよう小分けに出立した五百の兵を一処に集めて、先行している一刀たち三人に追い着くべく進軍中の筈だった。明命は、今回の戦いの性質を鑑みた蓮華と雪蓮の意向で、力を貸してくれる事になったのである。
「いや、それは駄目だ。春蘭。どの道、このまま先行しても、まだ増水している河を渡れるのは俺の龍風だけだろう。凪が持って来てくれる筈の真桜に用意してもらった道具がないと、先には進めない」
「しかし―――!!」
「春蘭……!」
一刀は、尚も言い募ろうとする春蘭の名を、語気を強めて呼んだ。春蘭が思わず黙ると、一刀は深い溜め息を吐いてから、再び口を開いた。
「春蘭……俺だって、気持ちは同じだ。一刻でも早く、華琳達を助けたい。それに……愛紗や天和達も。だが、機会は一度きりなんだ。もししくじれば、確実に華琳達は死ぬ。だからこそ、万全を期さなければいけないんだ……聞き分けてくれ」
「むぅ……」
春蘭が渋々といった様子で唸りながら頷くと、黙って成り行きを見守っていた秋蘭が、微笑みながら言った。
「ふふっ。北郷、長く会っていなかった割に、姉者の手綱の絞り方は忘れていなかった様だな。結構な事だ」
「まぁ、色々と死活問題に絡んで来るからなぁ。身体が覚えてたんだろ」
一刀が苦笑交じりにそう答えると、顔を真っ赤にした春蘭が拳をブンブンと振り回した。
「北郷!こっ、この破廉恥男め!!身体がどうとか言うな、馬鹿者が!!」
「やれやれ、相変わらず、凄い脳内変換能力だな、お前は……」
「そう言う北郷も、相変わらずだな……。素直に可愛いと言ってやれば良いものを」
「それは、本格的に口説く時に取っておくさ」
一刀が、不敵に微笑んだ秋蘭の言葉に肩を竦めてそう答えると、更に顔を赤くした春蘭が怒鳴り声を上げた。
「ふざけるな!誰がお前などに口説かれるか!」
「へぇ……」
「ほぉ……」
一刀と秋蘭は、お互いに意味深な笑みを浮かべたまま視線を交わし合った。
「な、何だ二人とも。不気味に笑い合ったりして……」
春蘭が不審そうな眼で二人を見ると、秋蘭が小さく首を振って言った。
「いや、何でもないぞ、姉者。なぁ、北郷?」
「あぁ、そうだな。秋蘭。ま、春蘭の意思がどれくらい強いかは、全部片付いてから改めて確かめるとするよ」
「うむ。その時は是非、私も相伴に預かりたいな」
「それは、俺のか?それとも春蘭のか?」
「さて、それは迷うな―――ん?」
一刀の軽口に答えようとした秋蘭は、後方から聞こえて来た馬蹄の響きに馬首を巡らした。
「来たか……。どうやら、休憩は終わりだな」
秋蘭は、自分に倣って馬首を巡らせてそう言った一刀の横顔を、そっと盗み見た。
「(強くなった)」と、秋蘭は思った。元々、飄々とした所のある男ではあったが、ここまで感情を隠すのが上手くなったのには驚いた。華琳様たちは言うに及ばず、愛紗達や、彼女らの捜索に向かった蜀の将兵たちの事も心配であろうに、それをおくびにも出さないと言うのは、大したものだ。
その上、姉の焦燥と憤りを、上手く往なしてくれた。ともすれば、自分自身も抑えが利かなくなりそうだった事もあって、一刀の落ち着いた態度は、実にありがたい。
「―――らん。秋蘭!」
秋蘭は、何度目かの一刀の呼び掛けに、ハッとして顔を上げた。どうやら、少し呆けてしまっていたらしい。
「おぉ、すまん。何だ、北郷?」
「秋蘭。疲れてる所を悪いんだが、春蘭と一緒に、凪が連れて来た兵たちの隊割を頼む。みんな魏の兵ばかりだから、俺や明命は嘴(くちばし)を挟まない方が良いだろ?」
「承知した」
秋蘭は短くそう答えると、目視出来る距離まで近づいて来た兵士達の顔を見ながら、頭の中で彼等の割り振りを考え始めた。
思考の隅で、また一刀の“変わった”所を意識しながら。かつての彼ならば、秋蘭が聞き入れないのを承知で、『休め』と言っていただろう。
だが一刀は、それを口にする代わりに、今、秋蘭にして欲しい事、秋蘭がしなければならない事を、敢えて要請した。それは一刀に、物事の全体を見て、無理をさせなければならない所には無理をさせると言う、大将としての怜悧さが備わったと言う事だ。
彼の変化を、一人の女として喜ぶべきか悲しむべきかは、今はまだ解らない。だが、一人の将としては、これはこの上なく喜ばしい事だ。特に、現在のような非常時には。
「(お見せして差し上げたいものだ……。今の“一刀”を、華琳様に……)」
秋蘭は内心、そうひとりごちると、春蘭と一瞬だけ視線を合わせて、凪の指示で停止した騎馬隊の前に馬を進めた。
参
「ねぇ、季衣。やっぱり、おかしくない?」
典韋こと流琉は、“春巻き頭”を揺らしながら、飽きもせずに大きな卓の上の料理にかぶり着く許緒こと季衣に、何度目かになる問いを投げかけた。
「うにゃ?まだ言ってるの?流琉、心配ないって。城に入ってから、まだ半日くらいしか経ってないんだよ?張繍さんだって、お城を治めてる人なんだし、華琳様に聞きたい事だってたくさんあるんだよ、きっと」
季衣はそう言って、しなやかな指に付いた料理の餡を、ぺろりと嘗めた。
「そう、かなぁ……」
流琉は、呑気に答えた季衣の顔から視線を外し、スパッツの上に履いたミニスカートの裾を、両手で弄んだ。一年程前、身体の女性らしい膨らみが目立ち始めた頃に、周りの勧めもあり、秋蘭に見立ててもらって購入したものだった。
トレードマークだった大きなリボンも、今はセミショート程の長さになった翡翠色の髪を、首の後ろで束ねる為に使っている。
「でも、何かがおかしい気がするんだけどなぁ……」
流琉は、もう一度そうひとりごちた。確かに、張繍が、『仕事について意見を聞きたい事がある』と言って華琳を連れ出してから、まだ半日ほどしか経っていない様に感じられる。
“感じられる”と言うのは、流琉と季衣が通されたこの部屋には窓が一つも無くて、感覚でしか時間の経過を差し図る事が出来ないからだ。
だが、流琉は、自分の感じる身体と頭の奇妙な違和感―――言うなれば、脳と身体が感じている時間の“ズレ”の様なもの―――が、気になって仕方がなかった。脳は確かに、この部屋に居るのは半日程だと認識しているのに、身体は何日も徹夜した様にだるい。それに、到着と同時に出された、料理の味。
これもまた、流琉は気に入らなかった。別に、不味いと言うのではない。
それどころか、美味し過ぎる位に美味しい。だが、その味は、何処かで食べた事がある物の様な気がしてならなかった。しかも、“この状況では”絶対に食べられる筈のない味の料理のような。
だが、深く考えようとすると、とたんに思考に靄が掛かった様になってしまって、それを不審には思うのだが、次の瞬間にはどうでも良い事の様に思って、考える事を中断してしまうのだ。
「ふぅ〜、ごちそうさまー。あぁ、お腹一杯だよぉ」
季衣は、難しそうな顔をしている流琉をよそに、大義そうに腹を摩りながら、ホットパンツからすらりと伸びた長い脚を、卓の下でぐいと伸ばした。
「流琉は、ホントに心配性なんだから。張繍さんはイイ人だよ。ボクでも食べ切れないくらいのご馳走をこんなに用意してくれたし、味だって、流琉の作る料理と味も似てて美味しいしさ。そりゃ、流琉のがもっと美味しいけど!」
「もぅ……。どうせ季衣にとっては、美味しい料理をご馳走してくれる人はみんな“イイ人”なんで……しょ……」
「どうしたの、流琉?もしかして、お腹痛いの?」
季衣が、全てを言い終わらない内に俯いてしまった流琉の顔を心配そうに覗き込むと、流琉は、両手で季衣の二の腕を掴み、目の悪い人間が必死に眼の前の物を見ようとする様な表情で、季衣に言った。
「ねぇ、季衣……。この料理、本当に私の味に似てる?」
「う、うん……。で、でも、流琉のご飯の方がずっと美味しい。ホントだよ!」
季衣は、流琉が自分の料理の腕を比べられて気分を害したと思ったのか、焦った様にそう言った。
それを感じ取った流琉は、大きく首を振った。
「違うの、季衣。そんな事を言ってるんじゃない……。私……私はね?この料理の味、“華琳様の”料理に似てると思ったの……」
「え!!?」
流琉は、再び靄に包まれそうになる思考をどうにか纏めながら、この奇妙な事実について考え続けた。親友の季衣は、料理を作る方は得意ではないが、味覚に関しては間違いなく一流だ。
流琉自身も、自分の舌にはそれなりの自負がある。その二人が、同じ料理を食べて、全く違う作り手と結び付けるなどと言う事があり得るだろうか?それに、季衣はこうも言っていた。
『ボクでも食べ切れないくらいのご馳走をこんなに用意してくれたし―――』と。確かに、この部屋に据えられた卓は、かなり大きい。
その上に用意されていた食事も豪勢で、かなりの量だった事も間違いはない。だが―――“季衣でも食べ切れない程”?本当に?物心ついた頃から季衣の食事を作って来た流琉には、そうは思えなかった。
季衣ならば、余裕、とまでは行かないまでも、平然と平らげる事が出来る程度の量だったと、流琉の経験に裏打ちされた料理人の勘は言っていた。
ましてや流琉自身も、かなりの量を食べた筈である。本当なら、卓の上の皿は綺麗に空っぽになっていなければいけないのに。
流琉はそう考えて、今や、靄を通り越して鈍く痛み出した頭を懸命に叱咤し、卓の上の料理に目を凝らした。
そこには、豪華に盛り付けられた数々の料理が、未だ堂々と鎮座していた。まるで、まだ誰も手を付けていないかの様に。
「減って―――ない?」
そう口に出した瞬間、視界がぐらりと揺れた。まるで、荒波の中を進む船の上に居る様だ。
「流琉!どうしたの、顔が真っ青だよ!?」
「ねぇ季衣。やっぱりおかしいよ、この部屋……。ちょっと考えてみて……私と季衣が同じ物を食べて、全然違う味に感じると思う?ましてや、華琳様と私の料理の味を、お互いに勘違いするなんて事……」
「そ、それは……」
季衣は、顔面蒼白になりながら、鬼気迫った口調で尋ねて来る流琉に戸惑い、言い淀んだ。
「それに、この卓の上の料理、“食べ切れない位ある”んじゃない。“減ってない”の……。だって、季衣と私があんなに食べても無くならない量の食事なんて、この卓に置ける筈ないもの」
「やめてよ、流琉……。何だか、流琉の話を聞いてたら、頭がガンガンして、気持ち悪くなって来た……」
流琉は、両手で頭を抱えた季衣の二の腕を、もう一度強く握り締めると、言葉を続けた。
「駄目だよ、季衣。お願いだから、最後まで聞いて。それに私達、心配はしてたけど、一度も華琳様を“探そう”ってしなかったよね?それが一番おかしいと思わない?私たち親衛隊が、許昌や都の屋敷の中でもない所で、華琳様のお姿が半日“も”見えないのに、探しに行こうと思わないなんて―――」
季衣は、流琉の話を聞き終わるのと同時に、弾かれた様に顔を上げて、驚愕の表情を浮かべた。
「そう……そうだよ!そんなの、絶対におかしい!!どうして今まで、思い付かなかったんだろう……」
「ねぇ、季衣……。もしかして私達、妖術にかかってるんじゃないかな?」
流琉が、頭痛に顔をしかめながらそう言うと、季衣も同じ様な顔をしてこめかみをさすりながら問い返した。
「妖術?」
「うん……。昔、兄様に聞いた事があるの。天の国には、人の考えを、本人に気付かれない内に都合の良い様に誘導出来る術があるんだって。私達、それに掛けられてるんじゃないかな?」
「でも……料理は?ボク、今も卓いっぱいの料理が見えるよ?」
「それは、地和さんが使う妖術と似たものを、一緒に使ってるのかも……」
「じゃあ、張繍さんが、ボクたちに妖術を使ったって事?華琳様からボクらを引き離す為に……」
季衣がそう問うと、流琉は小さく頷いた。
「きっとそうだよ。他に考えられないもの……」
「でもさぁ、こんなに頭が痛くっちゃ、華琳様を探しになんて行けないよ……。立ってるだけで、精一杯だよ?」
季衣の言葉を聞いた流琉は、暫く考え込んでから季衣の顔を見返した。
「ねぇ、季衣。お互いに、思い切り引っ叩いてみようか?」
「えぇ!?本気なの、流琉?」
「うん、本気も本気だよ。悪い夢から覚めるのには、夢の中で自分を引っ叩くと良いって言うじゃない?」
「それは聞いた事あるけど……ボク達のどっちか、死んじゃったりしない……よねぇ?」
「―――あぁ〜。えっと、思いっ切りは無しにしようか……」
流琉が困ったようにそう言うと、季衣も苦笑いを浮かべて頷いた。
「だねぇ。じゃ、行くよ、流琉!!」
「うん!!」
二人は正対すると、互いの顔に向かって右手を振り上げた―――。
四
宛城、地下牢獄―――。魏に編入されて以来、ついぞ開かれる事すらなかったその廊下には、今、数年振りに明かりが灯っていた。
等間隔で壁に据え付けられた燭台の蝋燭の炎が、懸命に闇を照らしてはいるものの、そこに広がる闇の全てを照らす事は出来ていない。蝋燭の光が作り出す明かりの輪と輪の間には、拒絶の意思でも持っているかの様な、深い闇が佇んでいた。
その最深部―――かつては、捕えた敵方の貴人を繋いで置く為に使われていた大牢獄に、魏の覇王、曹孟徳は居た。両手を、天井に据え付けられた鉄の輪にくぐらせた鎖で繋がれて。
荒い息で揺れる身体を包んでいるのは、何時もの藍色の服ではなく、淡い桃色の縁取りが付いた純白の包(パオ)。じっとりと湿った石の床に着いた白魚の如き足には、何も履いていない。
華琳は、数時間振りにしっかりと床に着いた両脚の片方ずつに、代わる代わる体重をかけながら、黄金の螺旋を描く髪が汗でしめった頬に付くのを嫌って、小さく首を振った。腰の上程までに伸びた自慢の髪は、黄金の滝さながらに大きなうねりとなって、彼女の頬に付いた幾筋かの髪を洗い去った。
「まったく、迂闊にも程があるわね……」
華琳は、自嘲の笑みを浮かべてそうひとりごちると、小さく溜め息を吐いた。此処に幽閉されてから、どれ程の時間が流れたのだろうか?
最初は、蝋燭の溶け具合から時間を計る余裕もあったが、随分前からそれすらも出来なくなっている。今、彼女の肌を照らしている蝋燭が、最後に数えてから何本目に当たるのか、皆目、見当がつかなかった。
「(季衣、流琉……みんな無事なの……?)」
華琳は、体重を掛けていた右足に乳酸が溜まって来たのを感じて、左足を重心を移し替えながら、部下達の顔を思い浮かべた。自分は、耐えれば良い。張繍が求めているのは、自分の命ではなく、あらゆる意味での服従だと言う事は、華琳にも解っている。
つまり、よっぽど切羽詰まらなければ、命までは取られないだろうと言う事だ。最後の定時連絡の兵には、宛城の入った事は知らせてある。
定時連絡が遅れれば、いずれ不審に思った都が、偵察なり救出なりの部隊を差し向けてくれる筈なのは、間違いない。しかし、部下たちは……。
人質として生かしておくのか、後々の憂いを断つ為に始末するか―――。張繍と、彼女にあの不気味な宝玉を与えた存在の考え方にもよるだろうが、華琳が命を奪われる確率が8:2程度とするならば、彼は良くて6:4、悪ければ、引っくり返って4:6と言う事も十分ありうる。
季衣や流琉の事はもちろん心配だが、他の兵士達の事も気がかりだった。彼等は、魏の旗揚げ当初から華琳の身を守って来た生え抜きの精鋭達である。ある意味に於いては、北郷一刀以外で、最も華琳の側近くに居る事を許され、最も長く生き死にを共にした男達だ。
情が移りもする。それに、彼等の内の半数は、既に夫となり、父となっている。
折角、阿鼻叫喚の地獄を生き抜いて、漸く家族を持ったと言うのに、こんな所で、たった一人の女の妄執の犠牲になって死ぬなど、あまりと言えばあまりの事であろう。
華琳は、張繍の額に埋め込まれた宝玉の発する不可思議な波動に責め苛まれながら、何度も部下達の現状を聞きたい衝動に駆られた。
だが、彼女の中の“覇王”が、それを押しとどめたのである。何時如何なる時でも冷徹な目で全てを見渡しているその人物は、張繍に、部下達が華琳の“弱み”だと悟られる事の愚を、頭の中で冷静に訴えた。
部下達を、自分を揺さぶる為の材料として使われても、華琳は『否』と答えるしかない。―――何故なら、彼女は覇王だからだ。桃香や一刀ならば兎も角、華琳には、それだけは出来なかった。
部下たちの為に己を差し出すと言う事は、覇王である自分を信じ、仕え、死んで往った者達に対する、裏切りに他ならない。華琳が彼等を心配する素振りを見せる事は、即ち、彼等の首を華琳自身が絞めると言う事だった。
「全く、私も甘くなったものね……」
華琳は、もう一度自嘲を浮かべてそう言ってから、ハッと身を固くした。足音が、近付いて来ている。
ゆっくりと、余裕綽々なその音から察するに、救出部隊などでは絶対にあるまい。華琳は、先程までの自嘲を引っ込めると、両腕を天井に吊るされながら、精一杯に胸を張り、背筋を伸ばした。そして。
「(さぁ、いらっしゃい。張繍。貴女程度の女が、この私をどこまで追い詰められるのか、根競べと行きましょう)」
と、 内心で、姿の見えぬ敵に宣戦を布告した。その美しい顔に壮絶な笑みを湛え、覇王として、堂々と―――。
あとがき
さて、今回のお話、如何でしたか?
いやぁ、場面転換が多い事もあり、筆の進みが遅くなってしまって、困ったもんです……orz
しかも、暑いし、節電だしで、PCの排気熱を恨む毎日……。お金のある本職の作家さん達が、軽井沢とかに住みたがる理由が良く分かる今日この頃でありますwww
今回のサブタイ元ネタは、
哀歌(エレジー)/平井堅
でした。確か、映画か何かの主題歌になっていたと思うのですが、思い出せない……。ともあれ、恋に狂うあまり堕ちてしまった張繍さんの、私の中でのテーマソングです。
今回は、初めて書いた恋姫が四人登場しましたが、如何でしたか?私自身は、正直、春蘭の突き抜けっぷりを書くのが、あんなに大変だとは思いませんでしたwww
ああ言うキャラを文章の中で自在に動かす事が出来るのは、やっぱり才能なんでしょうねぇ……。あと、大人になった流琉が見たい、と言うコメントを頂いていたので、元チビッ子コンビは、かなり妄想して書きました!
季衣は個人的に、あのまま大きくなって欲しいなぁ、と言う願望があったので、指や脚などの細かい所以外はあまり変えない感じにしましたが、流琉は……。
だって、スパッツの上にスカートってツボなんだもの!!鈴々が公式で極ミニになってたから、こりゃもうスパッツinスカートは流琉ちゃんのもんじゃあ〜!と、ずっと思ってたんだもの!!
……済みません、取り乱しましたwwwあと、セミショートの子が髪束ねてるのも、健康的な感じがして好きなんですよねぇ。後悔はしていませんです、はい。
あと、華琳様ですが、成長したら、ロングツインとかどうだろう?と、ずっと考えていたので、ちょろっと書いてみました。イメージで言うと、Fateの遠坂凛の金髪ドリルver.みたいな……。これ、華琳様ファンから怒られそうで少し怖いです……。
では、また次回、お会いしましょう
説明 | ||
どうも皆様、YTAです。 いやぁ、毎日暑いですねぇ。お陰で、集中力が続かなくて困ります。 今回は、いよいよ魏の恋姫たちが本格的に登場!とは言え、キャパや展開の関係上、総出演とは行きませんでしたが……orz でも、愛情は込めてますし、他の面子も順次出していきますので、今回はご容赦の程を。 ともあれ、楽しんで頂けたら幸いです。 では、どうぞ!! |
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コメント | ||
罵苦に関しては、設定資料に、今の段階で書けるだけの裏話を載せてありますので、良ければ読んでやって下さい。ただ、まだ書いてない秘密が沢山あるんですよ〜。早くそこら辺も書きたいです!(YTA) 西湘カモメさん 極端に言えば、原作者のライターさんにとっては、原作キャラこそがオリキャラですからねぇ。それでも、何人かで分かれて書いたりしてる所もあるんでしょうし、やっぱりプロの方は凄いです。(YTA) 確かに原作キャラを原作の様に書くのは難しいですよね。オリキャラの方が制限が無い分、自由に動かせますしね。范城の戦いの行方は?一刀は無事に三人に会えるのか?次回も楽しみです。馬苦もやはり作られしモノでしたか?(西湘カモメ) |
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