【ショートショート】つる屋の人々
[全1ページ]

「はぁ…」

 

無職の男(35歳)は腹をすかしていた。

所持金はない。預金もない。

お金が無いので食べ物なんて買えない。

ため息が止まらなかった。

ふと横を見ると、一軒の食堂が目に入る。

 

「ふふふ…今日もやるか…」

 

とつぶやくと、無職の男は食堂「つる屋」へと入っていった。

 

「いらっしゃいませ」

 

店長が出迎える。

 

「この店で一番うまい食べ物はなんだ?」

 

「つる定食なんていかがでしょう。

 1万円ですけど、抜群においしいですよ」

 

「じゃ、それで頼む」

 

数分後、店長はつる定食を持ってきた。

無職の男はつる定食を食べ始める。

やがて、無職の男は大声をあげた。

 

「おい、髪の毛が入ってるぞ!」

 

と右手で一本の髪の毛をつまみ、店長に見せつける。

もちろん店長の髪の毛ではない。

自分の髪の毛だ。

言いがかりをつけて、慰謝料をせしめようというのだ。

 

「はぁ。私どもの髪の毛、ですか…」

 

「こんなもん食えるか。慰謝料よこせ」

 

「わかりました。お客様。お店の裏へ来てください」

 

無職の男と店長は、店の裏へと消えていった。

 

店の裏には、食堂で働いているすべての店員が集結していた。

その数、店長を含めて6人ほど。

 

「なんだ? 全員で俺に謝ろうってのか?

 そんなことしても無駄だぞ。慰謝料はいただくからな!」

 

「お客様。私どもの頭をごらんください」

 

店長と店員たちは、いっせいに帽子を脱いだ。

 

「な…なんだって!?」

 

無職の男は絶句した。

店長と店員たちは、全員スキンヘッドだった。

 

「髪の毛など一本もありませんが?」

 

「…いや、定食に入っていたのは髪の毛じゃない。

 ワキ毛だ!」

 

無職の男は苦しい言い訳をした。

 

「ワキ毛、ですか」

 

店長と店員たちは服を脱ぎ、両腕を天に向かってつきあげた。

 

「げげ…」

 

無職の男はまたしても絶句した。

ワキ毛が、一本も無かった。

 

「ワキ毛など一本もありませんが?」

 

「悪い。ワキ毛は間違いだ。

 す、すね毛かもしれないな」

 

無職の男はまたしても苦しい言い訳をしようとした。

 

「これでも文句は言えますか?」

 

店長と店員たちは全裸になった。

毛は、一本も無かった。

 

「体の毛など一本もありませんが?」

 

もはや無職の男は言い訳などできなかった。

 

「ま、待ってくれ!

 警察に通報するのはやめてくれ! 何でもするから!」

 

「何でもするんですか?」

 

「あ、ああ。無職に二言はない」

 

「服を脱いで裸になってください」

 

「そんなことできるか!」

 

「もしもし、警察ですか?

 今、柄の悪い男が私の店で脅迫を…」

 

「わ、わかった! 脱ぐから通報はやめてくれ!」

 

無職の男はしぶしぶ全裸になった。

店の裏に、全裸の男が7人。

あまりに奇怪な光景だった。

 

「で、俺を脱がせてどうするつもりだ?」

 

「われわれの仲間になってもらいます」

 

店長は右手にバリカン、左手にカミソリを手にしていた。

 

「われわれの仲間になって、店で働いてもらいます。

 もちろんタダ働きです」

 

体の毛を全部そられるうえに、タダ働き。

無職の男は目の前が真っ暗になり寒気を感じた。

全裸になったから寒いのではない。

心の奥底からくる、精神的な寒さだった。

無職の男は思わずつぶやく。

 

「寒くなってきたなぁ…」

 

 

説明
※この作品には裸が出てきますので注意。

無職の男(35歳)はお腹をすかせていた。
しかし金はない。
そこで偶然見つけた食堂「つる屋」。
男は、慰謝料をせしめようと、
つる屋の定食に髪の毛を混入させるが…
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
593 587 1
タグ
ショートショート 掌編 五分小説 

川木光孝さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com