シュタインズ・ゲート 二次創作 〜七転八倒のネゴシエイター〜
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「ハッ、ハッ、ハァッ!」

 走って、いる。

 それなのに一向に先へと進んだ気がしない。

 いや、それは俺の錯覚だ。実際は一歩ずつ確実に進んでいるはずだ。

「くそっ! なんだってこんな…!」

 しかし今の俺には慣れ親しんだアキバの歩道がどこまでも続く回廊のように感じる。

 元々俺は走るのが得意じゃない。というより運動全般が苦手だ。マッドサイエンティストに肉体労働など不要だと思っていた。

「…まだだ! まだ、諦めるな!」

 だが今は走るしかない。失敗すれば俺は破滅する。

 

「…いた!」

 ケータイをいじりながら歩道を歩く女。俺が呼び出した相手。

「閃光の指圧師(シャイニングフィンガー)! いや、桐生萌郁!」

 ラボメンナンバー005、桐生萌郁。無言のメール魔、そして編プロアルバイター。

 

 

 そして、俺達の運命を握る人間の一人。

 

 

「…岡部、くん」

 萌郁が俺の叫びに近い大声に気付き、こちらを向く。

 とっさに周囲を見渡すがまゆりの姿はない。まだだ、まだ大丈夫だ。

「頼みたい、事が、ある」

 息を整えながら必死に言葉をつむぐ。今は一分一秒がおしいというのに、その先の言葉が続かない。

「…何…?」

 萌郁は俺の形相に僅かながら怯えの色を見せている。

 落ち付け、順を追って行動を起こせ。焦りは敗北を決定づけるだけだ。

 俺は深く息を吸い、萌郁に告げる。

「まゆりが―」

「………!」

 俺の真剣さが伝わったのか、萌郁も表情を引き締めた。

 

 

 

 

「まゆりがお前にコスプレを勧めても、絶対に断ってくれっ!!」

「…………最初から。説明、して」

 萌郁の表情が一気にしらけたのが俺にも分かった。

 

 

 

 

   〜七転八倒のネゴシエイター〜

 

 

 

 

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 1時間前。未来ガジェット研究所。

 

 

「まゆしぃはね、オカリンにもコスプレをして欲しいのですっ!」

「断る」

 

 …ああ、暑いな。 

 やはりラボにエアコンが欲しい。この暑さでは頭がまともに働かないからな。

 まゆりが変な事を言い出したのもきっと暑さのせいだな。そうに違いない。

「ううー。クリスちゃーん」

「こら岡部。まゆりのお願いを一蹴するとか何考えてんのよ」

 まゆりめ、紅莉栖に泣きつくか。それにしてもこの二人は本当に仲良くなったな。

 フ、だがその程度で俺の答えは変わらないのだ。

「俺は萌えやコスプレに興味はない。もちろんまゆりやダルの趣味を否定はせん。だがそれを押しつけられても困る」

「む、あんたにしては珍しく正論ね」

 助手よ、珍しくとはどういう意味だ。だがそれを言うと話がこじれるので黙っておく。

「違うのー。まゆしぃはオカリンに手伝って欲しいのです」

「手伝う?」

「うん。るかくんにコスプレしてもらう為にはね、オカリンにもコスプレしてもらわないといけないの」

「いや待て。なぜそうなる」

 まゆりが以前からルカ子にコスプレを勧めているのは知ってるが、なぜそんな話になっているのか。

「るかくんがね。一人じゃ恥ずかしいからラボメンの皆が一緒にいてくれるならいいよーって」

「…なるほど」

 ルカ子の気持ちも分からないでもない。

 あいつが人見知りである事は俺も知っているし、友人の一人や二人でも一緒にいないと不安なのだろう。

「ならお前が一緒にいてやればいいじゃないか」

「もちろんだよー。でもね、まゆしぃだけじゃるかくんも不安だと思うんだー」

「だから、俺だと」

「うんー♪」

「断る」

「えー、オカリンの意地悪ー」

「違うぞまゆり。俺はお前たちの成長を見届ける義務がある。よって俺自身が力を貸すのはNGなのだ」

 正直に言うとコスプレが恥ずかしいだけだが口にはしない。うむ、沈黙は美徳なり。

「何が『力を貸すのはNG』よ。どうせ恥ずかしいから嫌なんでしょ? それくらい別にいいじゃない」

「助手よ! そんなお前にあえて言おう。空気読め、と!」

「オカリンこそ空気読めよ。どうせコミマ当日なんて暇っしょ?」

 なぜ紅莉栖はいつも俺の上げ足を取ろうとするのか。もう少し助手らしく俺の意図を読め。そしてダルよ、便乗するな。

「そもそもだ。今まゆりが言った言葉が正しければ、コスプレするのは俺だけじゃない。クリスティーナ! ダル! お前たちも含まれているのだぞ!」

「はぁ? そんなわけあ―」

「もちろんだよー。クリスちゃんとダルくんもラボメンだもん」

「えっ」

「マジで!? まゆ氏、それはマジ勘弁だお!」

 ほらみろ。

 まゆりの言動は常にガチなのだ。『ラボメンの皆』と言えば、もれなく全員なのである。

 今まで傍観者気どりだったかもしれんが、そうはいかんぞ!

「という訳でまゆりよ、まずはクリスティーナとダルを説得するのだな。そして今日中にラボメン全員が参加を表明した暁には、俺も参加しようではないか!」

 まあ無理だろうがな! フゥーハハハ!

 

 

 5分後。

 

 

「まあ岡部をギャフンと言わせるなら手伝ってあげるわ。べ、別にコスプレに興味があるわけじゃないんだからね!」

「うん、クリスちゃんありがとー」

 ツンデレ乙。

 弱い、弱いぞクリスティーナ。まあお前がまゆりに強く出られないのは知っていたから、これは仕方ない。

 しかし毎年コミマへ突撃しているダルにとって、コスプレ=戦利品無しがほぼ確定だから必死になるだろう。こちらが俺の本命だ。

「ダルくんもしようよー。きっと楽しいよー」

「まゆ氏の頼みでもそれは聞けないお。コミマは僕たちの聖戦の場。数多の戦友が待ってるんだお」

 うむ、さすがダルだ。それでこそ真性のオタクというものだ。

「待って橋田。現在ここのラボメンが何人いるか考えてみなさい」

「何人って8人…おおっ!? まさかフェイリスたんも!?」

 あ、やばい。

 紅莉栖め、余計な事を…!

「そう、フェイリスさんもラボメンなのよね。もちろん彼女にも参加を要請するんだけど…」

「します! 僕、全力でコスプレします!」

「待てダル!! 戦友の待つコミマはどうするのだ!」

「そんなもん、フェイリスたんのコスプレと比べればごみ同然だお」

 おのれ、この真性フェイリスストーカーめ!

「じゃあダルくんのコスも用意しとくね。ふんふふ〜ん、まゆしぃは楽しみなのです」

「くっ…! だが、まだ4人残っているぞ!」

 そうだ、まだまゆりが説得するべきラボメンは4人も残っている。まだ大丈夫のはずだ。

「じゃあ分担しましょう。私は漆原さんとフェイリスさんを説得するから、まゆりは桐生さんと阿万音さんをお願いね」

「うん! 頑張ろうねクリスちゃん!」

「ええ、絶対岡部にコスプレさせてやりましょ」

 この助手、さらっと協力する気満々ですか? というかさっきから俺を目の敵にしすぎじゃないか?

「待て助手よ! 貴様、電話レンジ(仮)の改造はどうした!」

「設計図は橋田に渡してあるから二人で進めてて。大丈夫、夕方には戻るから」

「なっ!? 本当なのかダル!?」

「マジなのだぜ。それより牧瀬氏、フェイリスたんの件お願いするお」

「ええ、期待してなさい」

「よーし、まゆしぃも張り切っちゃうのです」

 ダルにサムズアップしながらラボを出て行く紅莉栖と、それを追って行くまゆり。

 あれ? いつの間にかラボの中心が紅莉栖になっている気がするぞ? 

 おかしいな、あいつは助手で俺がラボのリーダーのハズなのだが?

 いや、それよりもこれは拙い。

 まゆり一人ならともかく、紅莉栖まで手伝ったら今日中にラボメン全員を説得してしまうかもしれん。

「………ダルよ。俺も出かけてくる」

「まさかオカリン、まゆ氏達の邪魔をするん?」

「違うな、俺がするのは妨害ではない。事前にラボメン達に会ってまゆりとクリスティーナの説得に耳を貸さぬよう言い含めるのだ」

「いや、それを邪魔っていうんじゃね? オカリン、さすがにそれは器が小さ杉」

「黙れ裏切り者めっ! そもそもお前が折れなければこんな苦労はしなかったのだぞ!」

「知 ら ん が な」

 駄目だ、このスーパーハカーは完全に俺を見限っている。やはり俺一人でやるしかない。

「フ、フフフ。この鳳凰院凶真、この程度の逆境などあっという間に跳ね返してみせよう。さらばだっ!」

「オカリンェ…」

 ダルの視線が憐れみに満ちている気がしたが、俺はそれを振り払ってラボを出た。

 

 

 さて、まずは誰をあたるか。

 ルカ子は元々コスプレにおよび腰だし、フェイリスも忙しいからコミマへの参加は難しいはず。

 鈴羽は微妙な線だな。ブラウン管工房のバイトがあるからそうそう遠出はできないはずだが、なにせあそこは暇だ。もしかしたら都合がつくかもしれんが、店長であるミスターブラウンの対応に期待するしかない。

 ここは今の所一番未知数な萌郁に連絡を取るか。もっとも、あの無口なメール魔がコミマへ来たがるとも思えんが。

 

 

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「と、いう訳だ」

 近くの喫茶店で萌郁に一通りの説明を終える。

「………」

 萌郁は無言のままケータイをいじり始めた。ちなみにこれは俺の話を無視しているのではない。

 そして一分も経たない間に俺のケータイがメールを受信する。

 

 

 それは岡部くんが悪いんじゃないかな。沙馴染み女の子のお願いくらい優しく受け入れてあげなくちゃ。

 あ、でも私もコスプレはちょっと…

 椎名さんや漆原さんみたいな可愛い子ならともかく、私みたいなおばさん(泣)がしてもイタイだけだよね。

 椎名さんには悪いけど、岡部くんから断っておいてくれないかな?

 

 

 以上が俺のケータイに送られたメールの内容だ。これが閃光の指圧師こと桐生萌郁の素である。

 はっきりいえば、萌郁は美人の部類にはいるだろう。しかしこの極度のケータイ依存症と無口で無表情な性格では、コミマでコスプレには無理がある。

 ともあれ萌郁の反応は俺にとって概ねありがたい物だ。

「すまんが、まゆりには自分の口で断ってくれ。俺が口を出したと知られると厄介な事になりそうなのでな」

 再び萌郁がケータイをいじり始め、俺のケータイがメールを受信する。

 

 

 岡部くんの意地悪。私って会話が苦手な事、知ってるでしょ?

 そもそもIBN5100以外のお話に付き合ってあげたんだから、それくらいしてくれても良いと思うんだけど。

 あ、それとも私にコスプレさせたいの?

 確かに岡部くんにはIBN5100の件で協力してもらってるけど、さすがにそこまでは…(汗)

 

 

「いや、なぜそうなる」

 もともと俺と萌郁の接点はIBN5100というレトロパソコン捜索という点のみであり、お互いの事を深く知っているわけでもない。

 そのせいか萌郁の相手は疲れる。早々に用件を終えて次に行こう。

「とにかく、お前もコスプレは嫌だろう? その点をまゆりに伝えてくれればいいのだ」

「…そうね。…きっと、似合わないし」

 ふう、これでなんとか肩の荷を降ろせる。

「そんなことないよー。 まゆしぃはね、萌郁さんならきっと大人気だと思うんだー」

「うおゎ!? まゆり!?」

「―!?」

 馬鹿な、まゆりだと!? いつの間に俺達の座るテーブルに接近していた!?

 あまりの唐突さに俺と萌郁も思わずのけ反ってしまったぞ!?

「えっへへー。まゆしぃはオカリンの居場所がなんとなく匂いで分かるのです」

 犬かお前は。

「それよりオカリン、まゆしぃ達より先に萌郁さんとお話しするなんてズルイよー」

「フ、フン。妨害しないとは言ってないからな」

 こうなったらやむを得ない。萌郁がまゆりの話に耳を貸さない様にするしかあるまい。

「萌郁さん萌郁さん。コスプレってとっても楽しいんだよ。きっと萌郁さんも楽しめると思うんだー」

「…でも私、口下手、だし」

「大丈夫だよー。まゆしぃ達が色々教えてあげるからね」

 まゆりよ、その台詞はまるでスケベ親父みたいだぞ。

 いや、俺もツッコミを入れるより萌郁を説得しなければ。

「待てシャイニングフィンガーよ! お前の対人会話スキルではコスプレ会場でも浮く事間違いなしだ!」

「そんなことないよー。萌郁さんはとっても綺麗だから、見る人も大喜びすると思いまーす」

「だが二十歳(笑)だ! 萌郁の歳では痛々しいだけだ! 悪い事はいわん、やめておけ!」

「むー。オカリン、さっきから萌郁さんに酷いよー」

「知らんな! さあ萌郁よ。まゆりの妄言に惑わされず真実の自分を見つめるのだ!」

「………………椎名さん。私、コスプレする」

「本当!? 萌郁さんありがとうー」

「バ、バカな…!?」

 何故だ!? 萌郁のやつ自分がコスプレなんてイタイって言ってたじゃないか!!

 俺が戸惑っていると、ケータイがメールの受信を知らせた。

 

 

 岡部くん酷過ぎ >< 

 確かに私、向いてないかもしれないけどそこまで言われると傷ついちゃうんだからね!

 椎名さんと一緒に友達たくさん作って、岡部くんを鼻で笑ってやるんだから!

 じゃあね ノシ

 

 

「お、おのれまゆりめ…! だが俺はこの程度ではくじけんぞ…!」

 我ながら盛大に自爆した。次は気をつけよう。

 手をつないでラボに歩いて行くまゆりと萌郁を見送りつつ、俺は次のラボメンへとメールを送った。

 

 

 

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「ニャるほど。凶真もかなり苦境に立たされているみたいだニャ」

「まあな。だがこれしきこの事で諦めるほど俺は軟弱ではない」

 萌郁の説得に失敗してから数十分後。俺はメイクイーン+2ニャンでフェイリスと会っていた。

 頼むのはいつものアイスコーヒー。フェイリスが給仕にきた所で詳細を話した。

「お前を説得しに来るのはクリスティーナのはずだが、やり過ごせるか?」

「お任せニャン。マユシィには悪いけどフェイリスも当日は忙しいから、断っておかないと困るのニャ」

「ああ、よろしく頼む」

 フェイリスの頼もしい返事に安堵しつつ、俺は店内の端の席へ移動した。フェイリスが紅莉栖をどう追い返すか、一部始終を見届けておこう。

 ほどなくして見知ったシルエットがメイクイーン+2ニャンのドアを開く。紅莉栖だ。

「お帰りニャさいませ、ご主人様」

「え、ええ。ただいま…でいいのかしら?」

「クーニャンがここに来るなんて珍しいニャ。何か用でもあったのかニャ?」

「まあね。とりあえず聞いておきたいんだけど、ここに岡部が来なかった?」

「来てないニャ。凶真に用があるのかニャ?」

 どうやら見つかっていないようだな。それにしてもフェイリスのポーカーフェイスは大したものだ。

「いいえ、来てないならいいわ。実はフェイリスさんにお願いしたい事があるの。話す時間あるかしら?」

「じゃあちょっと休憩時間をもらってくるニャ。そっちのテーブルで待ってて欲しいニャ」

「ごめんなさい、お願いするわね」

 むう。助手め、俺とダル以外のラボメンには礼儀正しいな。

 いや、むしろ俺とダルに対して遠慮が無いのか。どちらにしろ生意気な。

「お待たせニャ。話って何かニャ?」

「ええ、実は…」

 紅莉栖はラボであった事をフェイリスに説明する。俺よりも整理された内容に俺は少し憮然とした。

 内容自体は他愛もない、いやむしろしょうもない事だけどな!

「…ニャるほど。つまりクーニャンはフェイリスにコスプレして欲しいのニャ?」

「ええ。まゆりと漆原さんの為にも協力してもらえないかしら?」

 一番フェイリスのコスプレを希望しているダルの名前を出さないのは紅莉栖なりの配慮か作戦なのか。どちらにしろダルよ、哀れな奴。

「んー。申し訳ないけどフェイリスも当日は忙しいニャ…」

「その用事を後に伸ばす事はできないのかしら」

「んー、ちょっと無理ニャ。フェイリスとしてもできればマユシィに協力したいんニャけど、申し訳ないニャ」

 よし、打ち合わせ通りフェイリスは断ってくれる様だ。さすがの紅莉栖も理由なく無茶な物言いはできまい。

 それにしても、フェイリスの用事とは何なのだろう。少し気になってきたぞ。

「ちなみに、マユシィが用意している凶真の衣装はなんなのニャ?」

 うん? フェイリスはいまさら何を聞いているのだ?

「えっと。確かコードジアースのゼロサムとか言ってたけど…」

「ニャン…だと…?」

 ああ、それはまゆりが少し前にはまっていたアニメだな。主人公が俺に似てるとか何とか言ってた気がする。

 それにしてもフェイリスよ、お前はなぜ驚愕に満ちたで表情で固まっているのか。

「あのゼロサム様を凶真が演じるのかニャ!? それは色々な意味で危険ニャ!」

「そ、そうなの?」

 突然のフェイリスの豹変に押される紅莉栖。

 なんだ? 俺がそのコスプレをするのはそんなに危ない事なのか?

 というかフェイリスよ、ゼロサム『様』ってなんだ?

「でも、フェイリスは知っているニャ。凶真の真の魂を解放するにはその儀式が必要なのニャ… ああっ! 今のフェイリスは凶真の危機と自分の好奇心に揺れているニャ!」

「は、はあ…?」

 いや、わけわからん。紅莉栖も引いてるじゃないか。

 久しぶりにフェイリスが持つ俺以上の厨二設定を垣間見た気がする。

「えーと。つまりどういう事なのかしら?」

「フェイリスも協力するってことニャン♪」

「待て待て待てぇ!?」

 俺は思わず抗議の声を上げた。

「げ、岡部!?」

「あ、凶真。ごめんニャー」

「ごめんではない!! どういう事だフェイリス!」

 紅莉栖の前に姿を晒したことよりもフェイリスの心変わりがどういう訳なのか気になった俺は、ずかずかと二人の座るテーブルに向かう。

「フェイリスよ、俺との盟約を反故にする気か!?」

「ゼロサム様はそんな盟約など無かった事にする程の力、『黒の盟約』(ダークネスケージ)があるのニャ。凶真には申し訳ないと思っているけど、もうフェイリスは抗えないのニャ」

「…意味が分からん。助手よ、お前はわかるか?」

「要するに、ゼロサムってキャラのコスプレを見たいって事じゃないの?」

「ハハハ、まさかそんな」

「その通りニャ!」

「おいっ!?」

 まさか、フェイリスのやつもあのアニメのファンなのか!?

「フェイリスは以前からゼロサム様と凶真はどこか似てるって思っていたニャ。それを今こそ確かめるチャンスなのニャ」

「知るかっ!! それにお前もコスプレする事になるんだぞ!?」

「マユシィの腕は確かだから、その辺に不満はないニャ。むしろ楽しみニャー」

 駄目だ。フェイリスは完全に陥落している。それでも俺は苦し紛れに質問を投げかけた。

「そもそも、お前の用事とはなんだったのだ?」

「ニャ? 雷ネット・アクセスバトラーズのチャンピョンシップがあるのニャ。フェイリスも観戦する予定だったんニャけど…」

「ならそっちに行けばいいだろう」

「だが断る、ニャ。凶真のゼロサム様コスなんてきっとこれっきりだと思うニャ」

 ああ、そうだろうとも。それ以前に俺は一度たりともしたくないのだが。

「とりあえず、話は決まったわね」

「決まったニャ」

「おのれぇ…! クリスティーナ、フェイリス! お前達はまゆりの妄言に惑わされているのになぜ気付かん!?」

「いつも妄言吐いてるのはあんただろーが」

 はい、すみません。

 この助手、最近は特に厳しいと思う。

 

 

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「まゆりは…いたか」

 メイクイーン+2ニャンでのやり取りから数分後。俺はブラウン管工房を覗き見ていた。

 店内にはまゆりの他に鈴羽とミスターブラウンがいる。

 ここはまゆり達に気付かれない様に店の外から様子をうかがう事にしよう。

「うーん。椎名まゆりの誘いは嬉しいんだけど、これ以上バイトをさぼると店長がねぇ」

 鈴羽は気まずそうにミスターブラウンの様子をうかがう。

 

 天王寺裕吾。

 このブラウン管工房の店長にして、その二階に居を構える未来ガジェット研究所のあるビルのオーナーである。

 ちなみに俺は彼の事をミスターブラウンと呼んでいる。

 この呼び方に深い理由などない。あえて言えば彼がブラウン管をこよなく愛するハゲでヒゲでマッチョだからだ。

 

「ブラウンてんちょーさん、スズさんを貸してくれませんかー?」

「駄目だ。こいつは甘やかすと癖になるからな」

「や、あたし犬や猫じゃないんだけど」

 鈴羽、お前も大変だな。

 今やお前の身柄はまゆりとミスターブラウンの交渉次第というわけだ。

「岡部の野郎、あいつのせいでまゆりの嬢ちゃんまで俺をブラウン呼ばわりじゃねぇか。後で締めてやらねぇと」

 ちなみに俺の身柄もミスターブラウンの気分次第である。仲間だな、鈴羽よ。

「うーん、あ。えっへへー、これでまゆしぃ大勝利なのです」

「ほう、何か思いついたのかい?」

「てんちょーさん。コミマって沢山の人が集まるんだー。だからここの宣伝ができるとまゆしぃは思うのです」

 なに!? まゆりが冴えているだと…!?

「ほう。おいバイト、今の案がお前にできるか?」

「うーん。コミマって所がどんな所か知らないけど、椎名まゆりの案内があればできるんじゃないかな?」

「………よし、いいだろう。バイト、ちゃんと向こうで仕事してこいよ」

「やったぁ! サンキュー店長!」

「ミッションコンプリート、だねー」

 ハイタッチをかわす鈴羽とまゆり。それを微笑ましく見つめるミスターブラウン。

 …これは俺の出る幕じゃないな。まゆり、お前の閃きの勝利だ。

 

「それにしても、まゆりの嬢ちゃんにまで店の心配をされるたぁ、我ながら情けねぇな」

「だって、オカリンが言ってたんだー。この店は寂れて客が寄り付かないからいつ傾くか心配だーって」

「岡部ぇ、ぶっ殺す…!!」

 やばい。見つかる前に逃げよう。

 いや、これは最後の砦であるルカ子の元へ急ぐのであって逃走ではないのだ。

「あ、岡部倫太郎」

「ほんとだ、オカリンだー」

「なんだと!? 岡部! ちょっとこっちに来やがれ!」

 行けば殺される。そんなことは分かりきっているので俺は立ち止まらずに走る。

 

 

 これで残すはルカ子のみ、か。

 そもそも最初はルカ子をコスプレさせる為に俺がコスプレするという話だった気がするのだが、これでは手段と目的があべこべだ。いや、今さら考えた所で何も変わらないが。

「まだだ、まだもがいてやる…!」

 俺は最後の力を振り絞り柳林神社へと向かった。

 

 

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「ゼェ、ゼェ…」

 ラボから柳林神社までほぼ全力疾走。いくらなんでも走り過ぎだろ、今日の俺。

 こっそり境内の様子をうかがうと、紅莉栖とルカ子が話をしている様子が見えた。

 

 ルカ子こと、漆原るか。

 我がラボメンナンバー006にして柳林神社の跡取りである。

 声も仕草もまったくもって女にしか見えず、清楚かつ気弱な巫女さんである。

 だが男だ。

 巫女服が信じられないくらいに似合っているし、体つきもまゆりより細い。

 だが男だ。

 俺がルカ子と呼んでいるのも女と言われた方が違和感がないからであり、隣にいる助手と比べてどちらが女性らしいかと十人に聞けば十人がルカ子と答えるだろう。

 だが男だ。  

 要するに遺伝子よ、仕事しろ。

 

「じゃあ、他の皆さんも…」

「ええ。フェイリスさんや桐生さんもOKしてくれたみたいだし、岡部が陥落するのも時間の問題だから」

 しないぞ! 絶対にしないぞ! 捏造するなクリスティーナ!

 だがここで俺が出て行っても萌郁の時の二の舞になるかもしれん。もう少し様子をみるべきか?

「あの、牧瀬さん、ボク…」

「大丈夫、きっと岡部の方が注目を集めるから恥ずかしくないわ! あいつの痛々しさが役に立つ時が来たのよ!」

 確信した表情で握りこぶしを作り力説する紅莉栖。もうやだあの助手。そこまでして俺を陥れたいのか?

「ご、ごめんなさいっ!!」

「ふぇっ!?」

 いきなり深々と頭を下げて謝るルカ子と、それに驚く紅莉栖。

 フ、今のは間抜けな声だったな助手よ。

「ボク、本当は違うんです…! いえ、違いませんけど、違うんです…!」

「お、落ち着いて。もしかしてそんなに嫌だったの?」

 おお、オタオタしてるな助手よ。

 まあルカ子の様な可憐な年下が瞳に涙をにじませれば慌てるのも仕方が無いだろうがな。

「確かにコスプレは、恥ずかしいです。でもそれ以上に、その、写真を撮ろうとする人が、怖いんです」

 

 ………ああ、そういえば。

 そんな事があったな。

 

「悪質なカメラ小僧ってこと…? コミマってそんなにマナーが悪いのかしら? まゆりはそんな事言ってなかったけど…」

「コミマじゃなかったんですけど、ボク、凄く怖くて。あの時、岡部さんに助けてもらわなかったらボク…」

「…そう。わかった、残念だけどまゆりには伝えておく」

「はい。本当にごめんなさい…」

 ルカ子の言葉に納得し、引き下がる紅莉栖と深々と謝るルカ子。

 …違うな助手よ。間違っているぞ。そこは引くべきではないのだ。

 まったく、やはり俺がなんとかしなければならない様だな!

 

「フゥーハハハ! 何を情けない事を言っているのだお前たちは!」

「お、岡部さん!?」

 颯爽と境内に足を踏み入れる俺。

 白衣を風になびかせるようにするのがコツだ。何のコツなのかはご了承ください。

「ま た 岡 部 か。もうこっちの話はついたわ。悔しいけど漆原さんは不参加―」

「それが情けないというのだ! ルカ子よ、安心しろ。コミマには俺もついて行ってやる」

「はぁ!? あんた行きたくないって…」

「助手にルカ子よ。俺達は何だ?」

「え、えっと。ラボメン、ですか?」

「そうだ。ラボメンが困っているならそれを助けるのが俺の使命だ。それ以上の理由などない!」

「なら最初から協力しろ。と言ってみるのだが」

 そう言うな助手よ。俺もてっきりルカ子が単に恥ずかしいからだと思っていたのだから仕方ないだろう。

「ルカ子よ。お前がコスプレをまゆりと楽しみたいという気持ちが少しでもあるのなら、俺達は全力で支援しよう。悪質なローアングラーなど追い払ってやるから安心しろ」

「岡部さん… はい、ありがとうございます」

 ルカ子が目に涙をため、嬉しそうにはにかむ。いかん、俺とした事が少しときめいてしまった。

「おい、無視すんな。それともわざとかこのチキンヘタレサイエンティスト」

 はっはっは。さっき好き放題言ってくれた意趣返しだ、助手よ。

 

 

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「で、いきなり心変わりした理由は?」

 柳林神社を後にした俺と紅莉栖はラボへ戻る最中だった。

「ルカ子のコスプレを避ける理由が恥ずかしいというだけならば、俺も拒否した。だが実はやってみたかったというのなら話は違ってくるだろう」

「ふーん。岡部ってまゆりだけじゃなく漆原さんにも紳士的なのね」

 なんだ、いたく不満そうだな。

「では聞くが。お前がローアングラーどもにしつこく迫られたらどうする?」

「警察を呼ぶか大声出すか… それでも駄目なら一発蹴飛ばして逃げる、かな。やりたくないけど」

「うむ、実にお前らしい行動だ。そしてそれがルカ子やまゆりにできると思うか?」

「…無理ね」

「だろう? つまりはそういう事だ」

 ルカ子やまゆりには保護者が必要な時があるのだ。

 そこはやはり男として、年上として俺が買ってでなければなるまい。

「理解はできたけど、納得しかねるな… もう少し私にも紳士的にして罰は当たらないと思うのだが」

「ラボに押し掛けるなり人をHENTAI扱いした奴に言われてもな」

「それはあんた達がそういう事をしたからだろ」

 まあな。

 それにしても当初の目的を達成したというのに不機嫌だな、助手よ。

 

 そうこう話している間にラボが見えてきた。

「さて、ラボに戻ったら電話レンジ(仮)の改良を進めるぞ。さぼっていた分は働いてもらわないとな」

「今日のお前が言うなスレはここですか? まったく、いちいち頭にくるな…」

「あ、オカリンにクリスちゃん。トゥットゥルー」

 ラボへの階段前でまゆりが俺達を待っていた。

 

 …あれ? 

 ふと思ったのだが、何か重要な事を忘れている様な…?

 

「オカリンにはお客さん? が来てるよー」

「客だと?」

 まゆりの言葉に違和感を感じながら俺はラボのドアを開ける。

「おう岡部。待ってたぜ」

 ラボの入り口で仁王立ちしている筋肉マッチョのスキンヘッド。ここでようやく俺は重要な事を思い出した。

 

 ああ。俺、ミスターブラウンに追われていたんだったな。

 

「急用を思い出したのでこれで失礼するっ!!」

「まあ待てや。下の店でじっくり話し合おうぜ、岡部」

 がっしりと肩を掴まれて連行される俺。

「岡部、無茶しやがって…」

「オカリンの無駄な勇気に敬礼だお!」

 紅莉栖にダルよ。ラボメンの危機に対してその態度はどうなのだ?

「あ、オカリン。出かけてくるならねー、ついでにコスの材料も買ってきて欲しいなー。はいメモ」

 まゆり、お前の気遣いに俺は涙が出そうだ。

 

「これも運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択だというのかっ…!」

「なにぶつぶつ言ってやがる。今日こそ覚悟しやがれ」 

 こうして俺はミスターブラウンの説教&拳骨地獄へと落ちて行くのであった。

 エル・プサイ・コングルゥ(泣)

 

 

   〜了〜

説明
『シュタインズ・ゲート』の二次創作になります。今回も重要なネタバレ無し。
 今回はラボメン全員を出してみましたが、出演者に比例して文量が増えるわ出番の調整に苦労するわと大変でした。
 次回以降はもう少し絞って書いていこうと思います。
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p5 林太郎× 倫太郎○(博多のお塩)
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