小さな幸せ−和希 |
【小さな幸せ−和希】
先月の啓太の誕生日は、連休にもかかわらず(いや、連休だからか?)急ぎの仕事が入ってきた。
休み無しで片付けて、どうにか啓太の誕生日のうちに終わらせることは出来たが、ゆっくりと過ごすことは出来なかった。
だから、俺の誕生日こそはゆっくりと過ごそうと決めていた。
誕生日当日は平日で授業があるから、前日の日曜に一日早い誕生日を二人で過ごすつもりで、仕事が残らないように土曜までに片付けたというのに…
またもや、緊急の仕事が入ってきた。
誰かが邪魔をしているとしか思えないようなタイミングで、仕事が入ってくる。
仕事が嫌な訳じゃないが、こんな時は恨みたくなっても仕方がないと思う。
日曜の朝から呼び出されて、学園に戻っても理事長室にこもったままで、啓太の声すらも聞けずにいる。
こんなので仕事が捗るはずもなく、いつ終わるのか検討すらつかない。
寮に戻ることも出来ず、ひたすら仕事をこなすしかなかった。
そして、いつの間にか誕生日当日になっていた。
(九日になった…か。自業自得とはいえ、虚しいよな)
啓太との学生生活を送るための皺寄せが、こんな風にやってくる。
それが何の予定も入れていない休日なら構わないが、恋人と過ごしたいイベントの時に限って、こうして仕事に追われる羽目になる。
啓太の運にも勝るとは…恐るべし、だな。
「………」
溜息をつく。自分ではそんなつもりはなかったが、かなり大きな溜息だったらしい。石塚が俺の方に顔を向けた。
「和希様、キリの良いところまで終わりましたので、朝までお休み下さい。このままお続けになっても能率が落ちるだけですから」
石塚が、疲れなど感じさせない顔で、言った。
確かに、疲れが溜まると能率は悪くなる一方だ。それに、俺がずっと仕事をしていたのだから、当然、石塚も休まずに仕事をしていた事になる。
「…そうだな。少し休むとしよう。お前も休んでくれ」
「はい、休ませて頂きます。では、失礼致します」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
言って、石塚は部屋を出て行った。
それを見送って、私室に向かう。
椅子に背広とネクタイを放り投げて、ベッドに倒れこむ。
(…夢の中でなら、啓太に会えるかもな)
「………」
小さな声が聞こえる。
「…ずき」
とても、心地良い声。
「和希」
今度はハッキリと聞こえた。
ああ、啓太の声だ。
(…え?)
「起きて、和希」
(啓太!)
その声に飛び起きる。
「わっ」
そのことに驚いたのか、すぐ側で声がした。
間違いなく、啓太の声だ。
声の方に顔を向けると、啓太がいた。
「…啓太?」
「びっくりした。お前って、寝起きいいんだな」
「どうして…啓太がここにいるんだ?」
「どうしてって、いつまでも起きてこないから、起こしにきたんじゃないか」
聞きたいのはそういう事じゃなかったけど、何となく訊きなおす気にはならなくて、時計に目を向けた。
少し寝過ごしたらしく、予定していたよりも遅い時間だった。
「…授業、始まってる…よな?」
「まぁね」
俺の呟きに、啓太が答えた。
「昨日、石塚さんに頼まれたんだ。和希の仕事が捗らないから、今日は理事長室に来て下さいって」
「え?」
「だから、俺は今日は理事長室で自習」
そう言って、啓太が笑う。
「ったく、石塚の奴……」
(生徒に授業をサボらせる理事長秘書なんて、どこにいるんだよ)
そう毒づきながらも、嬉しいには違いない。
悔しいが、細かいところによく気の回る秘書だよな。
その石塚が顔を出していないということは、暫くは二人でいてもいいという事か。
「ほら、顔洗ってきて。一緒にご飯食べよう」
言われてよく見ると、部屋に置いてある小さなテーブルにサンドイッチとサラダとコーヒーが用意されていた。
「啓太が作ったのか?」
「そうだよ。…こんな簡単なのしか作れないんだけどさ」
申し訳なさそうにちょっと視線をそらして話す啓太が愛しくて、自然と笑みが浮かぶ。
「嬉しいよ、ありがとう」
本当に、たったこれだけのことが物凄く嬉しい。
「何か、新婚さんみたいだよな」
「な、何言って…」
「朝食用意して旦那を起こして、二人きりで朝食なんてさ、新婚家庭そのものじゃないか」
「…和希?」
「制服ってのがイマイチだけど…あ、そうだ、制服の上からでもいいからさ、これ、着けない?」
言って俺が出したのは、フリルのついた純白の…いわゆるメイドエプロン。
「なんで、そんな物がここにあるんだよ……じゃなくて、何で俺がそんなことしなきゃならないんだよ!」
「すごく似合うと思うぞ」
「そんなこと聞いてない!…わかった、俺、授業に戻るよ。じゃあな、和希」
言って、啓太は俺に背を向けて扉に向かった。
「ちょっ、待てよ、啓太」
それを慌てて抱きとめる。
「ごめん啓太。あんまり嬉しくてさ、悪ふざけが過ぎた。もうしないから、側にいてくれ」
「…俺だって、本当は和希の側にいたいんだからな」
「うん、分かってる。ごめん」
啓太がそう思ってくれていることは分かっている。でなければ、誕生日だからといって、授業を休んでまで側にいてくれはしないだろう。
「本当に、ごめん」
もう一度謝ると、啓太が溜息をついた。
「もういいよ」
言いながら、啓太が俺と向き合うように体を入れ替えた。
「大好きだよ、啓太」
その言葉に、啓太が嬉しそうに笑う。
「俺も大好きだよ。それと、誕生日おめでとう、和希」
言って、啓太が優しいキスをくれた。
[END]
説明 | ||
学園ヘヴンの二次創作です。 CPは和希×啓太。 6月のCity大阪で少部数限定で頒布した作品です。 |
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