アトル1 |
【アトル1】
地表の九割を海に覆われた美しい水の星・アトル。
アトル唯一の大陸に人々は住んでいた。その大陸には四つの国がある。
東には海(水)の民の住む・青の国
西には大地の民の住む・緑の国
南には戦い(火)の民の住む・緋の国
北には風の民の住む・白の国
白の国にはアトルを支える<生命の樹>があり、それを守るエアーリア(風神の民)がいると伝えられている。
秋、アトルにおいて一番過ごしやすい季節だが、北に位置する白の国では雪が舞い始める季節である。
地表を白に染めた雪の上に小さな影が落ちている。
「まだ先なのですか?セレス様」
影の主は老人と幼子であった。老人が幼子を抱いて空を飛んでいるのである。
白の国の民は、その殆どが有翼なのである。
その老人が幼子-セレスに訊いた。セレスは他国の者で、その背に翼はない。
「もうすぐ。あ、あそこ」
セレスが指差した先には大樹があった。世界中から見ることのできる<生命の樹>
その根元が金色に輝いていた。
「あれだよ」
セレスが示したのは、まさにその光であった。
地に下りて、その光に近づく。
光の正体は鳥だった。何かを隠す…いや、守るかのように翼を広げた神々しい黄金の鳥。
二人に気づいた鳥は逃げる様子はなく、じっと見つめてから翼を戻した。
「あ、赤ちゃん!」
セレスが駆け寄る。翼の下にいたのは赤子だった。
「君なんだね。夢で白のおじいちゃんを連れてきてって、言ったの」
セレスが言うと、それに答えるように一声鳴いた。
老人も赤子に近づき抱き上げた。そして、その背にあるものに驚いた。
「これは…翡翠の翼…言い伝えられているエアーリア」
その赤子の背には緑に輝く翼があった。伝説にしか出てこない幻の民の証。
『この者はレーラズ・エアーリアだ。そなたに育ててもらいたい、白の長』
その声は鳥の発したテレパシーであった。
「あなたは…最高神様なのですか?」
『…一部だ。私は見守る者。先程のこと、よろしく頼む』
「はい。大切にお育ていたします」
老人の言葉にもう一度鳴くと、雛鳥ぐらいの大きさとなり、赤子のおくるみの中に納まった。
「さて、帰りましょうか。セレス様」
「うん」
【出会い】
生命の樹の枝で青年が眠っていた。整った顔立ちに陽光を受けると銀糸にも見える純白の髪の美しい青年だった。青年の傍らには、金色の鳥が同じように眠っている。
爽やかな風が青年の髪を揺らす。木漏れ日が髪に反射して、光のイリュージョンをかもし出している。この青年が生命の樹で見つかった赤子なのである。
「アルヴィス」
誰かが樹の下で青年を呼んでいる。
呼んでいるのは青い髪と瞳の、こちらも美しい青年だった。
「アルヴィス!」
青年の位置からアルヴィスの姿は見えないが、光が乱反射していることで居るのは解っていた。
「ア・ル・ヴィス!」
青年がいくら呼んでも起きる気配はなかった。
「もう出かける時間だっていうのに…」
ブツブツ呟きながら、青年は青い珠を作り、それをアルヴィスに向けて飛ばした。
手を離れた青い珠はアルヴィスの真上に達すると、勢いよく割れた。
珠の大きさからは考えられないような大量の水が、アルヴィスに降りかかった。
「わっ!」
それに驚いてアルヴィスは飛び起きた。その勢いで枝から落ちてしまったが地面に激突するようなことはなく、フワリと青年の前に降り立った。
「何するんだ、セレス!」
全身ずぶ濡れになってアルヴィスは青年に詰め寄った。
「注意力なさすぎるんだよ。キールなんて一滴も被ってないぞ」
キールと呼ばれた鳥が、アルヴィスの眼前で得意そうに翼を広げる。鳥にまでバカにされて何も言い返すことができなかった。
「ほら、さっさと乾かして館に帰るよ、白の長殿。今日は緋の国に行くんだろ」
「…わかってるよ」
言って小さく息をはくと、アルヴィスは歩き出した。全身に被った水は消えていた。
「…あれが主人で、君も大変だね」
側にいたキールにセレスが言うと、肯定するかのように一声鳴いた。
今日は緋の国で武術大会が行われる。大会の後に優勝者とゲストとの試合があり、アルヴィスはそのゲストとして参加する。
ゲストとしてでも白の国の人間が大会に参加することは滅多にない。数百年に一度ぐれいではないだろうか。アルヴィスも本来はこの手の大会には参加しないのだが、今回は理由があった。おそらく今大会でも優勝するだろう、緋の国一の剣士・炎のエリアスに会うために参加するのである。
天地を支え 人々を見守りし<生命の樹>
生命のを守りし風神の民・エアーリア
翡翠の翼持つエアーリア
長に与えられし名を<レーラズ>という
レーラズは最高神の名
長は最高権力者であり
人々を守り導くことを運命づけられている
「運命づけられている…か。そのために戦わなければならないとすれば、レーラズは戦うのだろうか…」
腰に二振の剣を携えた赤い髪の青年が、壁に凭れて呟いた。
「何ブツブツ言ってるんだ?エリアス」
「ラスか」
エリアスの友人らしき青年が声をかけてきた。
「戦いの民ではないレーラズも人々を守るためには戦うのか…と思ってな」
「レーラズ・エアーリアか。実在するなら戦うんじゃないか?それが使命な訳だし。…しかし、白の国の伝承なんかで真剣に悩むなよ。怖い顔してたぞ、お前」
「そうか?」
言われて、エアリスは苦笑する。
「…そんなに気になるのなら、次の相手に聞いてみな」
ラスが呆れながら言った。
「ゲストは白の国の者だ」
その言葉にエリアスは驚いた。
白の国の者は観戦することはあっても参戦したことなど記憶にない程、戦いには縁のない国なのである。
「そいつ…剣を持ったことなんてあるのか?」
エリアスが不安げに訊く。
「さあな。とても戦う者には見えなかったが…すごい美人だった」
この言葉から察するに、ラスは控え室を覗いてきたらしい。
「セレス」
アルヴィスと一緒に控え室にいるセレスに声をかける。
「何?」
「どう見た?」
アルヴィスが訊いたのは今日の優勝者のエリアスの事。
「そうだな…大陸一の剣士と呼ばれる日もそう遠くないと思うよ。ただ…」
セレスの言葉の続きはアルヴィスが引き継いだ。
「自信過剰気味だね。でも、彼なら任せられるかな」
その言葉にセレスが笑う。
「ようするに、気に入ったんだ」
「……さあ?」
対戦相手を見て、エリアスはラスの言葉が真実だったと納得した。
地に届く程に長い純白の髪に薄紫の瞳。長衣も純白でまるで幻のようだったが、頭から髪の先にまで編み込まれた細布だけが鮮やかな青で、その者の存在を証明していた。
(白の国には美人が多いが、その中でも飛びぬけているな。しかし…)
「あんた、本当にその格好で戦うのか?」
エリアスが呆れ顔で言った。
引き摺る程の長さはないとはいえ、長衣は戦いに向いた衣装ではない。
「ええ。…これならば、あなたでも勝てるかもしれませんよ」
「な、んだと…」
国一の剣士の誇りを傷つけられて、エリアスは剣を握る腕に力を込めた。
「私に手加減は不要!」
「その言葉、後悔させてやる!」
言葉とともに一歩踏み出し、試合は始まった。
「あーあ、あんなこと言っちゃって。あいつが得意なのは弓だろうに。顔に似合わず過激なんだから…」
ちゃっかりと一番よく見える席を陣取って、セレスが呟いた。その前の柵には、もっとちゃっかり者のキールがとまっていた。
ただの強がり…と軽く流していたエリアスは次第に真剣になっていった。相手の言葉通り、手加減などしていては自分が危なくなってきたのだ。
攻撃力は劣るのだが、とにかく動きが速かった。一瞬でも気を抜けば、すぐに後ろをとられるのである。
(なんて速さだ)
エリアスの劣勢が続くかと思われたが、持久戦となってようやく優勢になってきた。毎日鍛錬を欠かさない者と鍛錬など必要のない者の体力の差が出てきたのである。
あがってきた息を整えるためにできた一瞬の隙に、エリアスが踏み込んだ。
(これで終わりだ!)
勝負あったと誰もが思った。…が、相手の姿が消えた。エリアスですら見失ってしまったが、よく見れば地に影が落ちている。
(しまった、あいつには翼が…)
そう、相手は有翼種なのである。それを思い出した時にはエリアスの剣は弾き飛ばされていた。
「勝者アルヴィス!」
審判員の声に歓声が上がる。だが、その声はすぐにざわめきに変わった。
「翡翠の翼…」
エリアスが呟く。伝承の中のエアーリアの翼が目の前にあった。
「私の勝ちですね。…あなたは確かに強い。でも、自信過剰は油断を招きます。そのことを忘れないでください」
「ああ。解った」
その言葉にアルヴィスが微笑む。エリアスは自分の非は素直に認めることのできる男だった。
「俺はエリアス・ファーリアだ。…また会えるか?」
「あなたが望むのでしたらいつでも。私はアルヴィス・エアーリアです」
それだけを告げると、アルヴィスは闘技場を後にした。
「エアーリア…。彼が俺の…」
アルヴィスを見送って、エリアスが呟いた。
あまり知られていない事だが、いつの時代からか、エアーリアの名を持つ者は一人しか生まれてこなくなった。そしてその頃からエアーリアと対をなす戦士が生まれるようになった。それが<ファーリア>。今世ではエリアスがそのファーリアだった。そして、対のエアーリアがアルヴィス。
「なるほど。だから、いつでも…か。俺のこと初めから知っていて腕試しにきたんだな。…食えない奴だよ、俺のエアーリアは」
そう毒づいているエリアスだが、その顔は楽しそうだった。
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オリジナルのファンタジーです。 BL系ですのでご注意下さい。 |
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