恋姫†無双 外史『無銘伝』第6話(1)
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 無銘伝4 蒼天暗路

 

 断ち切れ、忘れ去っていた記憶。

 冷たく濡れたからだ、兵たちのざわめき、空を覆う雨雲、陽の光はさえぎられて、まるで、そこは、暗闇の夜のようだった。

 ぬかるんだ大地を、大軍団と共に歩む。

 誰かが天蓋つきの車を用意したと伝えに来るが、首を横に振って固辞する。

「無用だ。馬のほうが良い」

 馬の蹄にワラジを履かせて行くこと数十里。摩り切れて使い物にならなくなって、何度も履き替えさせた。今日一日、雨の中の強行軍だった。

 これまで長い長い行軍を、兵達と共に歩んだ。

 味方領内を抜けて、すでにここは敵領土で、兵士の皆は、消耗し始めている。

 ここで大将である俺が楽をしたら、皆だって楽なほうに……戦いを止めて、どこかに逃げるほうにいってしまうだろう。

 人の心はすごく移ろいやすい。手綱をはなせば、すぐに制御できなくなる。

 俺は腰から剣を抜き、兵達を鼓舞した。

 山を越えた向こうでは、先行した夏侯惇軍が敵軍と衝突している。

 手持ちの将は中華大陸の東西南北で戦端を開くか防戦を続けており、残る将は俺の護衛と秋蘭だけだ。

「北郷様っ」

 その秋蘭が、俺に具申した。

「我が分遣隊だけでも姉者の助勢に――!」

「駄目だ」

 一蹴した。

「秋蘭は最後の攻め手だ。今、武将を割いたら、あいつを取り逃す」

 濡れた唇から、血と共に言葉を吐く。口内が切れているだけで内臓はやられていない。

 だが。

 心のなかの臓腑は、もう、ぐちゃぐちゃにやられている気分だった。

「ここで、終わらせるんだ」

 秋蘭の目をまっすぐに見て、答える。

 俺の真正面からの返答を受けて、彼女は、一瞬息をのみ、やがて頷いた。

 行軍は続く。

 重苦しい乱雲と共に、雨で血を拭いながら。

「敵軍に動きあり! 東北方向、我が軍の側面に回り込みました!」

 泥まみれの伝令が報告する。

「要地を放棄してこちらの急所を狙うつもりか……」

「何か攻め急ぐ理由があるのでしょうか」

 雛里が首を傾げる。軍師である彼女も、血と泥をまといながらの、必死の征旅だ。

「こちらを圧倒する策でもあるか、あるいは、情勢の変化で出ざるをえなくなったか」

「どちらにせよ、迎撃を――」

 北郷軍が戦闘態勢を整えたところに、さらに伝令が続いた。

「夏侯惇軍が敵部隊を撃ち破り、追撃中とのこと!」

「なるほど、それが敵主力が動いた理由か」

「敵主力、東方に展開中!」

「夏侯惇軍は逃げた敵を追っている……こっちには間に合わないか」

「残りは北郷軍中軍と夏侯淵軍だけです」

「もう策もなにも無いな……最後の最後の最後に残ったのは、力だけか」

「軍師としては……複雑な気分です」

「はは、大将としても、嫌だよ、こんなのは。確実にたくさんの兵が死ぬんだから……ん?」

 肌を打つ雨粒のリズムが急に乱れた。

「ああ……雨、止むのか。まぁ、悪くはないかな」

 雲の向こう、空の色が見え始めていた。

「いつのまにか、夕方だったんだな」

 暗い雲の向こうは、まだ蒼空だとおもっていた。

 なのに、雨雲が少し晴れてみれば、そこにはもう真っ赤な夕暮れが――

 

「夏侯惇将軍が敵将っ――関羽を討ち取りましたッ!!」

 

緊張した空気を裂いて、急報が告げられ、一拍遅れて、その場にいた兵士達の歓声が轟いた。

 心臓がぎゅうっと絞られたかのような、苦しさがあって、俺は数度、短い呼吸を繰り返して、息を整えた。

「そうか……そうか、良くやった。残るは、あと1人だ」

「ご主人様……」

 喜ばしいはずの報を、怒りや悲しみの混じった感情と共に噛み砕く俺の顔を、雛里は気遣うように見上げた。彼女自身もまた、声が震え、目の端に涙が浮かんでいた。

「これで終わりだ! 秋蘭っ! 敵軍を殲滅するぞっ!!」

 それでも、うつむかず、剣を天にかかげ、軍を動かす。

 秋蘭が呼応して旗下の兵へと命令を叫ぶ。

「夏侯淵軍の勇者たちよ! 我らが主に報いる時が来た! 華琳さま……魏王の仇をここで討つ! 続けえええええ!!」

 戦いが始まる。

 多分、最後の戦いが始まる。

 最後――これが、最後?

 これが終わったら、終わったら、どうなるんだろう。

 戦いを前にして加熱する体に反して、頭はなぜか、冷たい想いで満ちている。

「こんな戦い終わらせなきゃ駄目なんだ」

 口に出して、心を奮い立たせる。

 けれど、雨粒で湿った服と同じように、心は重く、沈んでいる。

 なぜだろう――

 俺は、馬を走らせ、敵の尖兵を斬り飛ばしながら、思いを巡らせる。

 愛紗が、関羽が死んだからか?

 俺たちは人を統治し、軍を率いて、戦っている。

 人が、兵士が、将が死ぬのはとても身近なことだ。

 人の熱情は歴史を動かし、歴史は人をその儚い希望ごと挽き潰す。そういう時代だった。

 怨望が世界に満ちていて、俺も、仲間も、敵も、傷つけ傷つきあった。それでも――

希望は必ず生まれ出る。それは俺たちだけの希望じゃない。民たちの希望もだ。

 人々は、誇りを笑い飛ばされて、泥土を這いつくばっても、立ち上がり、男として女として父として母として子として兄弟として恋人として人として、戦った。

 傷つき倒れる寸前まで希望を抱いて。

 多くの人は、それを少女たちに託し、散っていった。

 英雄たち。英雄たる少女たち。

「愛紗……」

 それなのに俺は、民たちの希望を叶える熱情より、冷たく苦しい、少女への想いで心を疼かせている。

 今まで、死んでいった仲間の分も、戦ってきたはずなのに、こんな、最後の戦いになって、思ってしまったんだ。

 

 この戦いを終えても、

 死んでいった少女たちは、誰ひとり、

 帰ってこない。

 

 ――ああ、そうか――

 俺は得心した。

 ――これが、地獄の正体か――

 

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 そして、目を覚ましても、俺ははっきりと夢の内容を覚えていて、だから、体が震えた。

(俺は勘違いをしていたのかもしれない)

 喉がひどく渇いていたので水差しに手を伸ばしたが手が思うように動かなかった。きつく拳を握り締める。動くようになった。

 で、まず自分の頬を軽く叩く。

 完全に目覚めた。少なくとも体はもう大丈夫だ。

 改めて杯に水を注ぎ、飲み干す。

(俺は、最後の最後に、この手で、少女を殺めた)

 悪夢の終わり。それは全て同じ光景だった。

 だが、今日の夢は――

(俺が彼女を殺す前に……たくさんの仲間が、彼女に殺されていたとしたら?)

 悪夢は裏返る。

(俺は……、仲間を殺される前に……、止めなきゃならないんじゃないか?)

 その少女によって殺されないように。その少女のために殺さないように。

(夢の通りになれば、俺と、彼女は、戦うことになって……今の仲間たちは、敵と味方に分かれる。そして殺し合って……俺は、彼女を殺す)

 地獄の完成だ。

(とすると俺は、一刻も早く夢の中の彼女の正体を確かめて、止めなきゃならないんだ……俺が、彼女を殺す、その理由が生まれる前に)

 もう一度水を汲み、飲む。

 がりがり、と頭を掻く。

「……誰が、敵になるっていうんだ」

 焦りが堰を切ってあふれる。

 タイムリミットまでの猶予はそれほど無いように思えた。

(今日の悪夢通りなら、愛紗が敵になる。愛紗の主なら、桃香だろうけど……鳳統が俺の傍にいたし、決定的じゃない。ただ、今日の夢で、大体の見当はついた)

 夏侯姉妹、鳳統、関羽、華琳を除いて、大軍の主になりそうな人物――

「……劉備、孔明、孫策、孫権、周瑜。まずは、そんなところか。……袁紹や袁術、公孫賛……あ、それと顔はわからないけど、馬騰とか。董卓も……ありうるか。意外と候補が多いな」

 部屋の中をうろつき、考える。

「それに、俺が知らない奴って可能性もある。夢の中じゃ、顔が見えなかったし……」

 一歩前進はしたものの、その先は闇が広がっていた。

 俺はため息をつき、頭を振って、気分を切り替える。

「考えてるだけじゃ駄目だな」

 寝間着から着替えて、部屋を出る。

 外は朝で、まだ冷たい空気が満ちていた。

 ここは洛陽の街、劉備軍が仮本営としてつかっている屋敷だ。董卓軍が遷都を決めたため、主がいなくなって空き家になったようなので、それを劉備軍が拝借したのだ。

「まだみんな起きてないのかな」

 屋敷の廊下を歩き、様子を窺うが、警備の兵以外誰にも会わず、人の声もほとんど無かった。

「まぁ、ここ数日忙しかったし……」

 虎牢関を突破し洛陽を占拠してから、まだ数えるほどの日数しか経過していない。

 燃え落ちた都を修復しながら董卓軍の反撃に備えるのは難しく、寝る暇もないぐらいだった。

「起こすのも悪いしなぁ……、厨房で軽く朝飯とって、部屋に戻るか……あ」

 踵を返そうかと思ったその時、目に一つの扉が飛び込んできた。

 その扉は、愛紗の部屋へと続く扉だ。

 どくん、と心臓がはねた。

 ――夢だとはわかっていても……

 ドアノブに手が伸びる。

 扉を開け、中に入る。まだ幾日もたっていないのに、ちゃんと愛紗の匂いがする部屋に、足を踏み入れた。

 部屋は俺の寝室とほぼ同じつくりで、違うところといえば青龍偃月刀が立てかけられているというところぐらいだろうか。

 愛紗はまだ寝ているようで、ベッドの上に布団のふくらみがあって、それがかすかに上下していた。

 耳を澄ませば、かすかな寝息が聞こえてきて、俺は思わず頬をゆるめた。

 これで帰っても良かったが、ちょっといたずら心が芽生えて、寝顔を見ようと、ベッドに近付いた。

 仰向けに寝ている彼女の眠り顔をのぞく。

 穏やかな寝顔。桃香や朱里たち文官よりの仲間はどこか疲れ気味だが、さすが、疲労の色が見えない、眠っていてもいつも通りの、凛々しい顔だ。

「ん……」

 気配を感じ取ったのか、愛紗が身じろぎした。

「ご主人様……?」

 寝惚け眼をこすりこすり、愛紗が半身を起こした。

「よく、すぐに俺だってわかったね」

「雰囲気で何となくですが……どうかしましたか」

 愛紗は体を動かし、寝台に座る形で俺を見上げた。

「いや、なんとなく顔を見に来ただけで……ごめんね起こしちゃって」

「顔を……」

 愛紗は寝起きでぼうっとした顔から、一転、頬を赤く染めた。

「こ、こんな顔を……見ないで下さい……」

 と、顔を背ける。

 起床前後の姿など見せたいものじゃないんだろう。髪に寝癖とかついてるかもしれないし。

 もっとも、今朝の愛紗は、美しい黒髪にほとんど乱れ無く、髪を結んでない分どこか艶めかしくて――恥じらい顔と合わせて、つい劣情が……

「ッ!」

「え!?」

 がばぁっ、と愛紗に覆い被さる。

 細腰を抱き寄せ、頭の後ろに手を添える。

 その存在を確かめるように思い切り抱きしめる。

 どんなに関羽の威名が大陸に広く轟いても、確かにあるのは、この腕の中の、ひとりの少女だけだ。

「ご、ご主人様……なにを?」

「愛紗……」

 顔を寄せる。

「あ……んん……」

 やわらかい唇を食むようにくわえる。押しつけず、ゆっくりと撫でるように動かす。

「ん……ふぁ……ごしゅじ、……さまぁ……

 愛紗は少し抵抗するようなそぶりを見せたが、すぐに体を蕩かすように脱力して、俺の手に身をゆだね、口づけに呼吸を合わせた。

 深く浅く、唇と舌を使って、上唇、下唇、口中とべとべとになるぐらいキスを続ける。

「は……ぁ……ぁあ」

 唇を離すと、よだれの橋がつぅっと愛紗との唇の間にかかった。

 口唇が熱っぽく疼く。息は出来るのだが、ずっと唇を重ね続けると、何かが壊れてしまいそうになる。理性の壁とか……。

 しかし、キスを止めても、キスをした結果は残っているわけで。

 愛紗の、ぬれた唇とか。焦点がどこか遠くにいってしまった瞳とか。少し乱れた寝間着の胸元とか。というか、今の愛紗の体全てが俺の理性を破壊する材料になっている気すらする。

 生唾をのみ、このまま押し倒して良いかどうかを考える。この早朝に。いかがわしいことをしていいかどうか。

 本能はGOサインを出し続けている。理性陣営敗勢濃厚。

 これを止められるのは、本気を出して愛紗が拒否した場合のみ――!

 愛紗の腰を支えた手を離し、おなかの方へ回す。その手を徐々に上へ。

「ご主人さま……」

 胸に触れようとする手に、愛紗は自身の手を重ねるが、抵抗は弱い。しかも、徐々にそんなかすかな抵抗も曖昧に……むしろ招き入れるがごとく……。

 最終的に、俺が押し倒すように、愛紗がしなだれかかるようにベッドに雪崩れ込み――

 

「愛紗ちゃーん! ご主人様知らな〜い?」

 

 桃香が扉を開けて入ってくる。

 そして、突然の事態に固まる俺たちの、絡まり合った姿を見て、

「ご、ご主人様っ!!? そ、それに、愛紗ちゃんっ!?」

「あ、と、桃香さま、えっと、これは、あの、そのっ――!」

 愛紗は慌てるが、体勢が悪く、自分の力ではすぐに体裁を取り繕えない。

「あらら房事中……取り込み中のようね」

 なんと桃香の後ろには曹操、華琳がいた。

「お、おおお……!?」

 ついでに夏侯惇、春蘭もいた。

「お二人ともこんな朝から……うらやま、じゃなくて、なにやってるんですかっ!?」

 最後に入ってきた孔明、朱里が、頬を赤らめたうえ、ふくらませる。

「えーっと、これはだな……その」

 俺は愛紗を支え起して、乱れ姿の彼女を背後に隠し、言い訳を考えるが……どうにもならず、とにかく寝間着姿の愛紗を残して、部屋を出ることにした。

「なにをなさっているんですかっ、まったく!」

 曹操達からちょっと離れて、孔明がぷりぷりと憤る。

「そうだよー。いくらご主人様でも、お手つきが早すぎるよ! ……私のところには夜にしか来ないのに」

 桃香もまたぷくーっと頬をふくらませ、口を尖らせる。

「面目ないです……」

 小さくなる。

 遠くからの曹操と夏侯惇のじとーっとした目線も感じ、ますます俺は萎縮する。

 そこに、愛紗が着替えて部屋から出てきた。

「こほん」

 キリッ、とした表情で、咳払い。

「それで、こんな朝早くに、どういたしましたか?」

「……ぷっ」

 痴態をさらしたあとの精一杯の威厳に、思わず夏侯惇が吹き出した。

「……っ!」

 曹操もぷるぷると肩をふるわせ、口元を手で覆い隠した。

 関羽の顔が羞恥で真っ赤になる。

「えーっと、これからの方針について、でしたっけ……?」

 劉備が笑いをこらえている曹操をちらりと見て、孔明に視線を移した。

 孔明はこくりと頷き、

「ともかく、ここで立ち話もなんですから、軍議の間にうつりましょう」

 失笑の余韻をひきずりながら曹魏の主従は、劉備に案内され、軍議の間に入った。

 軍議の間には、周囲一帯の地勢図を置いた円卓を中心に、各種軍事情報を記した竹簡が山と積まれている。

「こほん……さてと、私たちの用件だけど……」

 円卓の東側の椅子に座った華琳が、口を開く。

「さっき劉備がいったとおり、これからの私たちと、あなたたちの方針についての確認よ」

「これからの方針っていうと、洛陽近くの復興と、防衛についてでしょうか」

 円卓の西側、劉備と俺を真ん中に左右に孔明と関羽が座る劉備陣営、孔明が応じる。

「短期的にはそれね。中長期的には、洛陽を守るための周辺地の確保ね」

「周辺地……エン州、豫州、冀州、荊州北部などですか」

「そう。このまま根拠地無しに兵を雇ってはいられないわ。かといって、幽州や荊州南部、揚州のような遠方に戻るわけにもいかない。となれば、私たちは、どこか近場を占領して、そこを本拠として、洛陽を維持するべきでしょう?」

「……ええと、つまり、一旦洛陽からは離れるんですか?」

 桃香が眉を顰める。

「もちろん、ここ周辺には今以上の砦を建設し、董卓軍の再侵攻に備えるわ。洛陽から長安に続く、弘農郡や潼関には呂布たちが居座っているから、油断できないしね」

「すでに袁紹軍や袁術軍は都の復興や董卓の追撃にやる気を見せていませんし、そうなると、私たちだけでは董卓軍追撃は不可能……となると、その中長期目標は妥当であるとも思いますが……」

 孔明がちらりと、俺と劉備に視線を送る。

「……」

 劉備は考え込むようにあごに手をやり、沈黙している。

 俺は、これから考えられることを想定し、言葉を選びながら発言する。

「それに、董卓を罠にはめて悪者にした奴が、これから動き出す可能性が高い。洛陽から董卓を追い落として、自分のやりたいように舵を取るために」

「そうね。いまのところ尻尾を出していないけど、そろそろ影ぐらいは踏めそうね……。その対応のためにも、安定した基盤を築く必要がある」

「曹操さんは、どこを拠点にするつもりなんですか?」

「私は、エン州の陳留をひとまずの本拠とする予定よ」

 エン州は洛陽のある司州の東にある州で、陳留はエン州の西端に位置する。洛陽までの距離は近隣の州の中でもかなり近いほうだ。

「私たちは今動けないけど、鮑信がエン州に入って周辺の郡を調査して、迎え入れる準備をしてくれているわ」

「鮑信さんが?」

 鮑信は、董卓包囲網に参加した将の一人だ。立場的には曹操や劉備と同格のはずだが……。

「鮑信は、いずれ私にエン州全てを統治させるつもりだそうよ。まぁ、私や劉備、孫策の功績を考えれば、一州の長なんて当たり前だと思うけどね」

「……そうですね」

 孔明が何か含意のありそうな面持ちで肯定した。

(すでに曹操さんは、中立の将を取り込みはじめている。孫策さんは一応袁術さんの配下だし、私たちは弱小……一番天下に近いのは、曹操さんか。でも、今曹操さんを敵視する理由はない……今は……)

「劉備軍はまだ、本拠を定めてはいないわよね?」

「はい。一応、旗揚げは幽州ですが」

「となると、私たちと同じように、洛陽の近くに拠点を得た方が良いわね。冀州と荊州北部は袁紹と袁術が握っているから、豫州あたりがいいかしら」

「ええと……」

 劉備は答えに窮したようにこちらを見た。

「桃香はどうしたい……?」

 曹操達に聞こえないよう、小声で俺は桃香に尋ねる。

「……あのね……」

 耳元に言葉と共に吐息がかかる。くすぐったさを感じながら、俺は驚いた。しかし、桃香らしいとも思った。

「いいんじゃないか? 朱里」

 隣に座る朱里に桃香の意を伝える。朱里は、曹操の前だからか表情を変えることはないが、声を少し硬くし、しかし、了解した。

 そして、それを確認した劉備が決然とした表情で、

「私は、この都を含む、河南と、その北に位置する河内を本拠にしたいと思います」

「――っ!?」

 曹操が目を見開き、とがめるように俺たちを睨む。

「それは……わかっているんでしょうね? 私は今さっき、洛陽を守るために近辺をかためるといったのだから、ここ一帯が最前線になるということなのよ? 董卓軍の第一目標は洛陽の奪還でしょうし、今回の戦いの黒幕や、他の群雄たちの目標にもなり得る」

「わかっています。でも、いま洛陽から諸将が散っていなくなれば、都から逃げた民も、将や軍師も、帰ってくることはないと思います。逆に、ここでとどまれば、名をあげようと集まってくる人たちが出てくるんじゃないでしょうか」

「……厳しい賭けね。第二の董卓になりかねないわよ」

「そうですね……あのー、それじゃあ、曹操さんも一緒に洛陽に住みませんか?」

「なに?」

 ぎょっとして、曹操は口をぽかんとあけた。

 孔明も、夏侯惇も、関羽も、俺も、一様に似た表情で桃香の方を見た。

「駄目ですか?」

 桃香はすごく無邪気な笑顔で華琳の顔を真正面から見た。

「………………いやよ」

 華琳はちょっと気圧されたように、軽く顔を背けた。

「そうですかぁ……」

 さも残念そうに桃香は肩を落とした。

「まぁ…………定期的に、顔を見に来てあげるわ」

 ショボーンとした桃香の姿に、あきれたような慰めるような声色で、華琳は言った。

「本当ですかっ?」

「ええ……都には曹家の邸宅も一応残っているし。都を空っぽにして、横から黒幕にさらわれるのも癇に障る。矢面には立たないけど、援護ぐらいなら、まぁ、いいでしょう」

「ありがとうございますっ! 曹操さん!」

 桃香は立ち上がり、満面の笑みで、曹操に頭を下げ、感謝した。互いの座っている場所がもうちょっと近かったら、曹操の手をとり握手するか、ひょっとしたら抱きしめるぐらいの勢いだった。

「……調子が狂うわね」

 戸惑いながら、しかし、まんざらでもない様子で、華琳は頬を掻く。

「こほん。まぁ河内、河南となると、こちらとあなたたちの連携はやりやすいわね。陳留は都への出入り口と言ってもいい位置にあるし。……早速、具体的な調整に入りたいところだけど」

「あ、はい。ええと、私たちは大丈夫かな?」

 と、劉備が朱里を見る。

「はい。雛里ちゃんがいませんが、邸内にいますので、すぐに来られますから大丈夫です」

「そう……ただ、こちらは準備がまだ整ってないのよね。あなたたちが豫州を本拠にするなら、私一人でも事情がわかるから、そのつもりだったのよ。豫州は私の故郷だしね。河内・河南となると軍師が必要なのだけれど……来るのが遅れているのよね」

「荀ケさんですか?」

「いいえ。荀ケはエン州の内政統括。あなたたちとの連絡連携は、楽進・李典・于禁と、新しく入った軍師をつけるつもり」

 新しい軍師? 曹操軍にはただでさえ、荀ケ・郭嘉・程cという3人に加えて曹操自身が軍略政略に通じているというのに? と、俺たちが首をかしげていると、

「あ、あの……あわわ」

 雛里が軍議の間に入り、皆の視線が集まる中、おずおずと、

「曹操さんの軍師と名のる方がお見えになっていますが……お通ししてよろしいですか?」

「ようやく来たわね」

「それじゃ、こっちに通してくれる? あ、あと雛里も一応ここにいてくれる?」

「は、はい!」

 許可を出し、少し待つ。

 どんな軍師なんだろう。

 俺はまだ見ぬ軍師の顔を思い描いた。史実の方の三国志に出てくる軍師なのだろうが、曹操軍の軍師・参謀といえば荀ケというイメージがあるので、なかなか出てこない。

「失礼。遅れました」

 緑の三つ編み髪を揺らし、眼鏡をきらりと光らせて、その少女は登場した。

 鋭い瞳をその場の全ての人間に向けて、手を前方で重ね、拱手する。

 

「曹操軍、軍師。荀攸、字を公達と申します」

 

「紹介するわ。荀ケの姪の荀攸(じゅんゆう)よ」

 と、曹操は立ち上がって、荀攸を手で示し、一同に引き合わせた。

「荀ケさんの姪!?」

「そうよ。姪といっても、荀ケより少し年上だけどね」

「あ、あんまり、荀ケさんと似てないような……?」

「そう? 頭の方は似ているのよ。軍才ではこの子の方が上かもね。私も象棋で何度か荀攸に負かされたし」

「曹操さんがですか!?」

「す、すごいんですね」

「いえ……別に、たいしたことは」

 荀攸は、涼しい顔で、賞賛を受け流した。

 劉備や関羽、孔明や鳳統はひとしきり驚きの声を上げ、軍議の席はかしましい女の子たちの雑談の場と化した。

 その中で、俺は、かたまっていた。

 

 ――あの子…………詠、だよな……?

 

 董卓軍軍師、賈駆。字を文和。

 深い緑色の髪を三つ編みにして垂らし、眼鏡の奥の眼光は鋭く。

 月――董卓を守る、一番の部下にして一番の親友である少女。

 賈駆。その真名を、詠という。

 その少女が、今、目の前にいる。賈駆ではなく、荀攸として。

 

(まさか、この世界では、荀ケの姪なのか? い、いや、そんな馬鹿な。だって、今まで再会した仲間たちは、小さな違いこそあっても、所属が違うとか名前が違うとか、そんなことはなかった。それがなんで賈駆だけ……?)

 俺は混乱する頭を片手でおさえ、荀攸の顔をじっと見つめた。

 彼女の表情は、薄く笑みを浮かべてはいるが、どこか暗い色を見え隠れさせていた。それは、かつて自分のメイドとしてつかえさせた記憶からかろうじてわかる程度で、他の者がそれに気づいた様子はない。

 その苦しげなまなざしは、緊張のためか、それとも、この場にいない誰かのためか――

「なに私の可愛い部下に色目を使っているのかしら?」

 曹操が、俺の熱っぽい視線に気づいたのか、冷たい目で、俺を睨んだ。

「え? い、いや、色目ってわけじゃ……」

 慌てて賈駆――荀攸から目線をそらす。

「……ご主人様?」

 様子のおかしさに皆が首を傾げるが、まさか今この場で荀攸の正体について詰問するわけにもいかず、俺は沈黙を守った。

「…………? まぁいいわ。それじゃ、荀攸、あなたの意見を示して。劉備たちの本拠はここ――で、私たちの予定は変わらず。さて、どうする?」

 華琳は簡潔に、地図を指さして、荀攸に尋ねた。

 荀攸は、少し黙考し、やがて口を開いた。

「董卓軍、袁紹軍の動きを考えるに、河内と河南の確保は必要。ただ、劉備軍と曹操軍が狭い範囲で固まると、包囲される可能性がある。袁紹が北の冀州、袁術が南の荊州を本拠としているため、すでに半分は包囲されているとみるべき。打開の手としては、他の勢力を利用しつつ、エン州の南の豫州、東の徐州、東北の青州に手を伸ばすべきかと」

 荀攸の弁を静かに聞いていた孔明が、こくり、と小さく頷く。

「確かに、董卓軍、袁紹軍、袁術軍によって都は緩やかに囲まれていますね。この三軍は連携こそしていないものの、私たちが隙を見せれば、領土を削りに来るでしょう」

「えっと、各個撃破はできないの?」

 と、桃香。最近、かっこげきは、という言葉を覚えたらしい。

「それは難しい」

 荀攸は首を横に振った。

「董卓軍は長安を占拠している。あの辺は旧都だっただけあって、生産力、防衛力に富んでいるわ。やろうとおもえば何年でも戦える。その上、董卓軍は長安の南、漢中と蜀の地と手を結んでいるという情報もある。突っ込んだら泥沼にはまりかねないわ」

「漢中と蜀……!? あそこは皇族の劉璋殿が治めていたはずでは?」

 関羽が目を見開いた。

「賊に殺されたという噂もあったけど、董卓軍に取り込まれたのか……それとも、前々から結託していたのか……ともかく、董卓の追討は困難ということね」

「では、袁紹や袁術はどうなのだ?」

 荀攸はうーん、と唸った。

「袁紹と袁術は、攻撃する大義名分がないのもあるけど……どちらかを攻撃するとどちらかに背後を討たれ、さらに董卓軍に側面を突かれるっていう、筋書きが予想されるわ」

「あわわ……ただ、袁紹さんには冀州の北、幽州の公孫賛さんが対陣できますし、袁術さんには孫策軍が、董卓軍には馬騰軍が対手になるかと」

「そうだけど、今はまだ無理よ。公孫賛は袁紹を封じる決定打に欠けるし、孫策は袁術から独立を勝ち得るだけの領土がない。そして馬騰は董卓を本気で討つ気がない」

「私たちの領土の周りに袁紹さんたちがいて、袁紹さんたちの周りに孫策さんや白蓮ちゃんたちがいる。ってことは、互いに手を出せない状況だから、荀攸さんが言った通り、周辺の州をおさめていくのが一番なのかな?」

「それに足して、公孫賛や馬超と協力、孫策の独立を裏から支援する、ってところか?」

 荀攸に対する疑問をとりあえず横に置いて、俺は議論に参加する。

「それが最善手」

 荀攸は頷き、

「そうね……まだまだ、雌伏の時、というところね。中原での大戦は、もう少し情勢がかたまらなければ敵も私たちも不可能」

 曹操も同意した。

「あの……できれば戦わない方向で……なんて、無理ですか?」

 桃香がちょこんと挙手して意見するが、

「無・理」

 と、華琳は黒い微笑を浮かべて答えた。

「ふえええ……」

 桃香は涙目になった。

「厭戦は乱世を長引かせるだけよ。あなただって、一刻も早くこの戦乱を終わらせたいと思って居るんでしょう?」

「……はい」

 こくこくと、桃香は首肯する。

「それなら、やらなければならない戦があるということをわかっているんじゃなくて? 劉玄徳?」

「…………」

 今度は首を縦に振らず、しかし否定もせず、桃香は押し黙った。

 両者の緊張が高まる。微かな動き、呼吸すらできないぐらい、空気が重い。

「……ともかく、戦の準備だけは怠らないようにしましょう。お互いのために」

「……はい」

 ようやく、桃香も肯定する。

 その応答によって雰囲気も弛緩して、場のほぼ全員が、息をついた。

 

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 基本的な方針が定まり、実務を仕切る鳳統と荀攸によるすり合わせも終わり、ひとまず今日は解散することになった。

 俺は曹操達を送ると申し出て、特に異論なく許可され、俺、俺の護衛の関羽、曹操、夏侯惇、荀攸の5人は、数名の警備兵とともに劉備軍本営を出た。

「わざわざ悪いわね」

 と、華琳。別に本心から悪いとは思っていそうにないが。

「いや、ついでに街の様子も見ておきたいから」

 これも、半ば嘘で、半ば本当だ。火をようやく消しきった街を見たいというのもあるが、荀攸……賈駆の様子を見たいというのが第一だ。

 俺は、荀攸に出会ってから数時間の間に、一つの推測をだしていた。

 それは、荀攸は、やはり賈駆本人だろう、ということだ。

 俺が董卓軍の華雄を生け捕り、葉雄と名前を変えさせて仲間に組み入れたのと同様に、曹操も、賈駆を軍師とするにあたり、偽名を与えたのではないか。

 この推測は、自分の中ですごくしっくりくるのだが、しかし、確証はない。

 なんとか、詠だっていう手がかりだけでもあればいいんだが……

 数歩前をいく荀攸の後ろ姿を見る。

 見慣れない服を着た、見慣れた少女の背中。

 昔見た覚えのある董卓軍の軍師衣装でもなく、ましてメイド服でもない、曹操軍特有の青を基調とした軍服に身を包んだ姿は、中々に似合っていて、月の友達としての彼女というより、軍師としての彼女という感じがした。

(曹操軍の軍師になったのは、捕虜になって仕方なく、なのか。それとも自分の意志で、なのか。どちらかによって、俺も取るべき対応を決めなきゃな……もし、彼女が、賈駆だったとしたらだけど)

 まだ荀ケさんちの荀攸ちゃんという可能性がないわけではない。外見的にはともかく、性格的には似たところがあるしな、あの二人。俺に対する罵詈雑言とか。

「そういえば、劉備の意向は聞いたけど、あなたがどうしたいかは聞いていなかったわね」

 隣に並んだ曹操が、横目で俺を見る。

「へ? 俺がどうしたいかって?」

「劉備は河内と河南を治めるんでしょう? あなたはどうするの?」

「ええっと……?」

 華琳の聞きたいことがよくわからない。

「あなたは、どこか治める気はないの?」

「え……俺が、治める?」

「そうよ。今回の戦い、劉備の活躍と並ぶかそれ以上にあなたの名前も轟いた。天の御遣いなんて噂と一緒にね。劉備のようにいずれ一つの州の長になれるかはわからないけれど、一郡の統治なら誰も文句は言わないでしょう」

「一郡……曹操の陳留郡とかみたいにか?」

「ええ」

 華琳は笑顔で応える。

「劉備の近くがいいでしょうし、豫州の潁川郡なんかいいんじゃない?」

「潁川ってたしか、豫州の一番北だっけ。北西に接するのが河南で……」

「北東に接するのが陳留ね。私たちの領域と、袁術の本拠、南陽の間にある土地よ。袁紹と対陣するエン州東郡には夏侯惇を配置して備えるつもりなのだけれど、袁術の方には候補がいないの。これから人材は集まってくるでしょうけど、できれば政治と軍事に通じた即戦力が欲しいところだから」

「…………それは、俺でもいいのか?」

 買いかぶられている気がする。

「一時とはいえ公孫賛と幽州を治めていたんでしょ? それでなにも学んでいないならただの馬鹿よ」

「白蓮が意外と万能だったからなぁ……うーん」

 と、後ろからクイッ、クイッ、と服の裾を引っ張られた。

 愛紗が不満げな顔をして、

「……ご主人様、お受けになるおつもりですか!?

 華琳に届かないぐらいの小声で問う。

「いや、考え中だよ。桃香とあわせて三つの郡だろ? 手に余るかもしれないし、でも、万が一洛陽から逃げることになったら、有用そうだし……」

 俺と関羽がひそひそ話し合っている姿を見て、曹操が声を掛ける。

「なんなら、こっちから人員をまわしてもいいわよ。私としても、エン州を制圧しているとき、隣の州にあなた……友軍がいてくれるのは、ありがたいしね」

「え、そこまでしてくれるのか?」

 曹操軍は人材が豊富とはいえ、他軍に貸与するなんてよほどのことだ。まして曹操は人材コレクター。気に入った人間には惜しみなく愛情を注ぐタイプなのに。

「曹操殿にお尋ねしたいのだが……なぜ、そのような話を道中で? 我が主、劉備のいる所でご提案いただければよろしかったのでは?」

「今思いついたからよ」

「……他意があるのでは?」

「あら。関雲長は何を疑っているのかしら?」

 電流が走るように、一閃、鋭い視線を二人は交わした。

「愛紗! 曹操ともめるのはマズイって!」

「わかっておりますっ……ですが、これはご主人様と桃香様に関わる大事っ――!」

「何が言いたいの?」

「天の御遣いたるご主人様を取り込み、利用なさるおつもりではないのか!?」

 関羽が叫ぶように問い詰めると、曹操は黙り込み、不気味な静寂が満ちた。

 曹操に何の反応もないのを見て、そこにいた者たちが居心地の悪さを覚えたあたりで――

「っな、なにをぬかすか、関羽!!」

 夏侯惇が切れた。

「なぜ、華琳様がわざわざこのような男をっ!!」

「曹操殿は私を劉備軍から引き抜こうとしたではないかっ! それと同じ事をしないとなぜ言える!」

 口舌激しく、夏侯惇と関羽がやりあっているのをよそに、華琳は、流し目で俺を一瞥して、

「……別に、天の御遣いだからじゃないわよ」

「え?」

 華琳らしくない小声で、聞き取れなかった。華琳は改めて言うつもりはないようで、関羽の方を向き、

「こほん。関羽、あなたの不信はわかった。別に今結論を出せとは言わないわ。帰って劉備と相談して決めればいい。豫州に関して必要な資料は、荀攸に届けさせるから」

「ぐ……ぐむ……その、曹操殿を信頼していないわけでは」

「はいはい。ご主人様のことになると嫉妬しちゃうのよね?」

「な……!?」

 愛紗は赤面を抑えられず、否定の言葉もうまくいえず口ごもった。

「と、ここらへんでいいわ。人通りも多くなってきたし、敵の監視があっても察知しにくくなる。私たちが通じていることを広く知らしめることもないでしょう」

「ん。そうだな。それじゃあ、ここで……ええっと、荀攸」

「――はい?」

 突然俺に名前を呼ばれ、一拍遅れて、荀攸は返事をした。

「これから、よろしく」

 手を差し出す。

「……」

 荀攸は一瞬、どうするか迷ったように手を閉じたり開いたりして、そして、俺の手をとった。

 俺は、荀攸の柔らかな手を、優しく握り、ほほえむ。

「……っ、こちらこそ、よろしく」

 口元を少しだけゆるめて、荀攸は挨拶した。

 二人の握手が終わると、俺たちは別れた。

(目は笑ってなかったな。俺にまだ気をゆるしてないってのもあるだろうけど……やっぱり、別の理由がありそうだ)

 帰路、柔らかさの中に緊張した硬さをもった荀攸の手を思い、俺もまた複雑な思いを抱いて足取りを重くさせた。

 

 

 劉備の元へ帰還し、曹操の提案を打ち明けると、

「いいと思うよっ」

 あっさりと劉備は前向きな考えを示した。

「私も賛成です」

 孔明も頷いた。

「河南と河内は黄河で隔てられているため逃げにくいですし、潁川郡は、退路の確保という意味で重要な土地です」

「ただ……誰が潁川を守るかが問題になるかと」

「ああ。そうだな……。洛陽は桃香が守るとなると、河内は俺か。で、それぞれに関羽か張飛、孔明か鳳統を付けちゃうと、もう潁川郡には将も軍師もいない」

「愛紗さんになら一郡の施政を任せられそうですが、どうしても陣容が薄くなってしまいます」

 うーん、と俺たちは頭を抱えた。

 そこに、

「私と馬超が手を貸そうか?」

 煎餅をかじる、ぽり、っという音と共に、誰かが言う。

「白蓮!?」

 軍議の間の端っこで、お茶を飲み飲み傍聴していたらしい。

「いたのか、とか言わないでくれよ? 影が薄いのは承知してるんだから」

「な、なにも自分でそれを言わなくても」

 桃香が苦笑する。

「手を貸すって、どういう事なんだ?」

「言葉の通りだ。私と馬超が、一郡を受け持つ。私は桃香と方針が同じだし、馬超は反董卓連合側に残るつもりらしいから」

「馬超が? でも、母親の馬騰は涼州にいるんだろ? 帰らなくていいのか?」

「馬騰の指示らしい。中原を監視しろ、だそうだ。多分、西涼の後継ぎである馬超に、経験を積ませるつもりなんだろう。けど、馬超には中原に頼れる場所がない。私の幽州に招こうかと思っていたが、遠いからな」

「なるほどぉ……ん? でもでも、白蓮ちゃんは帰らなくても大丈夫なの?」

「ああ。定期的に連絡を取っているが、今のところ異民族の動きも無いし、黄巾残党も大人しく耕作や防衛に従事してくれている。念のため、私の従妹の公孫越を戻すつもりだから、しばらくはそれで問題ないだろう」

「公孫越……あの時の副官さんか」

 水関で華雄と戦ったとき、俺の副官として補佐してくれた人だ。

「だから、一郡の管理なら遣り果せるさ。公孫賛軍一万、馬超軍七千もそれで維持できる」

「……うん。いいんじゃないかな。俺はそう思うけど?」

 俺は桃香をみる。

「私も。白蓮ちゃんと馬超さんなら、信頼できるよ」

 で、桃香は朱里を見る。つられて全員が朱里の顔を見る。

「はわわ……えっと、基本的に同意見です。ただ、どこに誰を配置するかは、これから視察をしてからの方が……」

「そうだな。それに、今は、都の復興が最優先だからな」

 こくり、と全員が頷いた。

「それじゃまずは、皆で頑張って都を元の姿に戻そうかっ!」

 桃香が腕を振り上げると、全員が、応っ、と声をそろえた。

 

 

説明
お待たせしました。新章、第6話です。
第5話から大分間が開いてしまいました。申し訳ないです。
さて、新章なわけですが、二つ注意があります。
まず一つ目は、今更ながら、この二次創作にはオリジナルキャラが出ます、ということです。本当は二次創作にオリキャラは出したくないのですが、出さないと話が破綻してしまいますので……ご了承いただきますようお願いいたします。
二つ目ですが、これは注意というか、もし必要なら、という話なのですが、この第6話から、作中で地名が出てきます。わかる方ならすぐわかるかもしれませんが、三国志の地名に馴染みのない方もおられると思います。
作者は傍らに地図を置きながら書いているので何の問題もないのですが、読んでいてちょっとわからない、ピンとこないという方は、「むじん書院」というサイト様の「三国志小事典」→「三国志地図」を参考に書いていますので、そちらを御覧になっていただければと思います。
一応、作中で位置関係を説明してはいるので、読めないという事はないと思いますが。
さて、長々と前書き失礼しました。
第6話、楽しんでいただければ幸いです。
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コメント
確かに1p目だけ別作品ですねw(ate81)
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