少女の航跡 第2章「到来」 32節「帰るべきところ」 |
砦が一瞬にして破壊された事で、辺りは一時騒然としていた。
白い光に包まれた砦はもはや原型を留めないほどの有様で、瓦礫だけがそこに残されてい
た。
瓦礫の中に埋もれてしまった人もいるらしい、砦のあった場所から何十メートルも吹き飛ばさ
れてしまった人もいる。
周囲から、悲鳴にも似た声が響いてくる。
「助けてくれッ! 早く!」
「おおい! 誰か力を貸してくれ!」
「何だ、何があったんだーッ!」
砦にいたのは大抵が、『リキテインブルグ』の国境警備隊の兵士ばかりで、一般人はいない
ようだった。
だがそんな兵士達であっても、突然の出来事には動揺を隠せない。
一瞬で砦一つが破壊されてしまうなど、想像を絶した出来事なのだ。
「カテリーナ…、この傷じゃあ、あたしにはとても治せないよォ…」
一方で私達は負傷したカテリーナの周りに集り、治癒魔法を使う事ができるフレアーが、彼
女の傷の様子を見ていた。
「ああ…、だったら、応急処置をするだけでいい…」
と強がるカテリーナは、両脚を矢で射抜かれたかのような傷があった。さっきの光の筋は、カ
テリーナの鎧を何無く突き破り、脚を貫いて地面に繋ぎとめていたらしい。
でも、とにかく酷いのが彼女の脇腹に開いてしまった傷の方だった。
カテリーナが腹を押さえていてもどんどん血は溢れてきていたし、背中側の血は抑えようも無
い。
「早く運んで、ちゃんとした治療をしないと…! このままじゃあ血が出すぎて死んじゃうよ!」
フレアーが叫ぶ。
「でもどうするのよ! 砦は跡形も無く吹き飛んじゃったし…! 何とか血を止めてあげる方法
は…無いの!」
ルージェラが、自分も怪我をした脚をかばいながら皆に向って叫んでいた。彼女の方はロベ
ルトによって解放されていた。私も折れてしまった両足のおかげで思うように動けないでいる。
いや、思うように動けないのは今、目の前で展開された出来事のせいだろうか。
イライナとカテリーナ。二人の存在が、私にはあまりにも圧倒的過ぎた。未だに脚がすくんで
しまっている。
「大丈夫さ…、このぐらいじゃあ、私は死なない…」
カテリーナは息をつきながらそのように呟いた。
「何強がっているのよ…! こんな時に、全くもう…!」
ルージェラはそのように叫んだが、カテリーナは別段青ざめた顔をしているわけではない。確
かに今の彼女は負傷しているものの、それが大した事ではないかのようだ。
「と、とりあえず、応急処置はしておいてあげる…。お腹、出して」
とフレアーがカテリーナに言った。
ひび割れた鎧のわき腹の部分にフレアーが手を当てたとき、素早い影が、私達の前を過ぎっ
た。
皆がその影に気付いた時はもう遅かった。
カテリーナの喉元に突きつけられる槍の穂先。その大きな鉄槍を持っているのはナジェーニ
カだった。
「今更、何の用だ?」
カテリーナが顔を上げた。
「ちょっと! あんた! あたしが治療しないと、カテリーナは死んじゃうの! そこ、どいて
よ!」
と言った次の瞬間、フレアーは蹴り飛ばされていた。彼女の小柄な体が、ナジェーニカの蹴り
で吹き飛んでしまう。
「い、痛いぃ…、な、何てことを…」
「ガキは引っ込んでいろ」
ナジェーニカはフレアーにそれだけ言い放ち、カテリーナの方へと再び槍を突き付けた。
「へえぇ…。騎士道精神溢れるあんたが意外だね…。こんな怪我をしている私の首を取ろうな
んて、卑怯だとは思わないのかい?」
カテリーナは首に槍を突き付けられてもうろたえず、そのように言った。
「誰がそんな事を言った? 私はお前の首を取る事ができればそれで良いんだ。騎士道精神
など知った事ではない。だが、ずっと機会を狙っていただけさ…」
ナジェーニカが冷たい声で言い放つ。ずっと行動を共にして来た彼女だったが、カテリーナを
討つという事はずっと考えていたのだ。
「待ちなッ! ナジェーニカッ! あんたねえ…、カテリーナの首を取るって事が何を意味する
か分かる? あたし達全員を敵に回すって事だよッ!」
そう勇んだ声を響かせたのはルージェラだ。彼女は怪我をした脚を引きずりながら、斧を二
振り取り出して見せ付ける。
私には彼女がかなり強がっているようにしか見えないが。
「だからどうした? お前達全員敵に回しても、私は別に構わないぞ」
ナジェーニカはそう言って、カテリーナへと槍を突き立てようとした。
だが、彼女の槍が捕えたのは地面であり、カテリーナではなかった。ナジェーニカの直ぐ側に
あったカテリーナの体が、いつの間にか無い。
どこに言ってしまったのか。私達は周囲を見回し、カテリーナの姿を探そうとする。ナジェーニ
カでさえも、カテリーナがどこに行ったのか分からず、周囲を見回した。
カテリーナは、私のすぐ背後にいた。誰かに体を抱えられている。
それはロベルトだった。
「ロ…、ロベルトさん…! 一体何を…!」
私にはロベルトが、ただナジェーニカの攻撃から救い出したようには見えなかった。
「時は、満ちたようだ…。我々は行動しなければならん…。そうだろう、同志サトゥルヌス…」
ロベルトの背後から聞えてきた声。それは聞き覚えがある。ついさっき聞いた声だ。
闇の中から一人の男が姿を現す。それは、あのハデスだった。ハデスはロベルトに話しかけ
るように言っていた。
「ああ、そのようだ。彼らは予想以上に早い行動に出たようだ…。我々としても行動しないわけ
にはいかん…」
そう言ったのはロベルトだった。
「お前達は…、私に一体、何を…」
息も絶え絶えな様子で、カテリーナが言った。彼女は相当に弱ってしまっているようだった。
「新しい時代の到来だよ、カテリーナ・フォルトゥーナ。イライナが現れたという事は、新しい時
代が始まる。その時代にはお前の力が必要なのだ」
と、ハデスが言った。
「あんた達…、カテリーナを一体、どうしようって言うのよ…!」
ルージェラはロベルトとハデスに言い放ち、彼らへと立ち向かおうとする。しかし、
「悪いな、ブラダマンテ…、そして皆よ…。君達の友であるカテリーナは、我らが預からせてもら
う…」
「何を…、一体、何を言っているのよ…! あんたは…!」
と、ルージェラ。彼女はロベルト達に近寄ろうとする。だが、ロベルトは何も答えようとしない。
彼の背後にいるハデスという男も、微笑した表情をしたままだ。
「わ…、私になにをするつもりだ…」
カテリーナはそう言うが、今の彼女は何もできないでいた。体を動かす事ができないほどの
重体だからなのだろうか。いやそうではないようだ。
「安心しろカテリーナ。我々は君に危害を加えるつもりはない」
彼女は力を出せないでいる。地を揺るがすほどの彼女の力が、何かの力によって抑え付け
られているのだ。
だからカテリーナは、ロベルト達に成すがままにされている。
「その女の首を取るのはこの私だ」
ナジェーニカも、槍を構えたまま、ロベルトの方へと近付いてくる。だがハデスが彼女へと言
い放った。
「お前は創造主に逆らうのか? やれやれだ、お前を創ってやったのはこの私だと言うのに
…」
「何だと…?」
ハデスの悠々した言葉にナジェーニカが反応する。
「『ヴァルキリー』…、死したる英雄の魂を展開へと運ぶ乙女。まさに『アンジェロ』に仕えるに足
る種族だ…。だがお前は、我々に逆らっているだけ、失敗作のようだがな…。カテリーナの首
を取る…、か。それはつまり我ら、神に逆らうという事なのだぞ…」
「うるさいッ! 私が忠誠を誓ったのはただ一人、ディオクレアヌ様だけだ!」
珍しくナジェーニカは感情を露にし、ハデスの方へと迫る。だが彼は少しもうろたえる様子を
見せない。あくまで悠々とした口調を絶やさない。
「やれやれ…、これだから、忠誠とか言うものは困るものだ。あのディオクレアヌなどに、お前
ほどの者が忠誠を誓うなど、馬鹿げた話だ。まあ、そのディオクレアヌも私が動かしている以
上、仕方が無いとは言えるがな…」
そんなハデスに向け、ナジェーニカは飛び込んで行く。だが彼女の狙いはハデスでもロベルト
でも無い、カテリーナだった。
だが、彼女らに接近してきたナジェーニカは、跳ね飛ばされる形となった。まるで空間が歪ん
だかのように私には見えた。そこから、黒い波のようなものが現れ、ナジェーニカを背後に吹き
飛ばしたのだ。
彼女は何メートルも背後へ飛ばされ、そこに吹き飛んでいた瓦礫の中へと突っ込んでいっ
た。
あのナジェーニカを軽々と吹き飛ばしてしまう。ハデス達は一体何者なのか。私がそんな事を
考える間も無く、目の前で物事は展開していた。
「さあ、邪魔者は片付けてやったぞ、カテリーナ。お前は我々と一緒に来るんだ」
と、ハデスが言った。
「何者なんだ、お前達は…? 私をどこへと連れて行くんだ…?」
ロベルトに抱えられているカテリーナが尋ねた。
「安心しろ…、君にとって、最も安全な所に連れて行く…」
そうロベルトが言ったのが早いか、彼とカテリーナ、そしてハデスの周囲の空間が、歪み始め
たかのように私には見えた。
直感的に私は思う。ロベルト達は、どこかへと向おうとしているのだ。
「ロ、ロベルトさん…! あなたは一体…!」
どこかへと消え去ろうとするロベルトに向って、私は叫ぶ。彼はその変わらぬ表情を私達の
方へと見せ、静かに言うのだった。
「帰るんだ。帰るべきところに」
ロベルト達の周囲の空間の歪みが大きくなり、黒い何かに彼らの体は包まれて行く。
「何よ! 何を言っているのよ! あんた達は…!」
ルージェラが叫び、駆け寄ろうとしたが、もう遅かった。
ロベルトとカテリーナ、そしてハデスは、空間の歪みと共に現れた黒い何かに包み込まれた。
それは煙のようでもあったし、何かの膜のようにも見えた。
私達の見ている前で、3人の姿はそれに包まれ、姿を消してしまった。
黒い何かが消え去った後には、何も残っていなかった。ロベルトも、カテリーナも、あのハデ
スとかいう男も、全て消え去ってしまっていた。後には、吹き飛んだ砦の瓦礫の破片、夜闇に
包まれた平原だけだった。
「カ、カテリーナ…」
唖然とした様子でルージェラが立ち尽くす。私も、目の前で起こった出来事が何なのか、まる
で理解できない。
ロベルトは、あのハデスと仲間だったのか。彼と共謀して、カテリーナを連れ去ろうとしたの
か。一体、何の為に…?
何故カテリーナは彼らに抵抗できなかったのか? 怪我は酷かったが、あのイライナを倒す
事ができたはずなのに…。
そもそもあのイライナ、そして、彼女が言っていた事は、一体何を意味していたのだろう?
私達の理解を超えたところで、何かが始まろうとしていた。
それは、とても巨大な何か、だった。
第2章『到来』 終
『第3章 ルナシメント 上巻』へ続く→
説明 | ||
イライナとの戦いの後、カテリーナ達は一体どのようになってしまうのか。第2章が完結します。 |
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