夏馬鹿
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「……暑いわ」

 セミの鳴き声や鋭い日差しなど夏を感じさせるようなものがほぼ届かない紅魔館地下の図書館。しかし、夏を一番嫌な感じに伝えてくれる、うだるような暑さはしっかりと届いているらしい。

 だってこんなにも、

「……暑い」

 思わずもう一度呟いてしまう。その呟きによって更に暑さを感じる気がして、パチュリーは溜め息を付く他なかった。

 水精を呼び出して冷たい水を浴びたりしたいところだが、生憎ここには新鮮な水はなく、暑さでへばった水精しかいない。そもそも、水精にとって夏は天敵ともいえる時期であり、湿気が多いとじめじめして不快なのは水精がへばっているからである。

 ――大体、こぁはどこへ行ったのかしら。

 いつもならばこんなときに咲夜から新鮮な水や、貯蓄に余裕があれば大きな氷などを貰ってきてくれるはずの小悪魔がいない。

 何かを買いに村へ降りていった気がするが……いや、変身魔法を掛けてあげたから買い物には行ったのだろう。だが、何を買いに行ったのか思い出せない。

 ――暑さのせいで余計なことを憶えてる余裕がなくなってるみたいね。

 「こんなに暑いですし――」とか言っていた気がするので、きっと暑さを紛らわせる物でも買ってきてくれるのだろう。しかも、咲夜から貰ってくるような物より良い物を。

 ――きっとそうね。こぁならやってくれるわ。

 そう信じて、再び読書に戻ろうと本に目を落とすと、

「ただ今戻りました」

 待ち望んだ声と共に開かれるドア。思わず落とした視線をすぐにそちらへ向けてしまうパチュリー。

「お帰りなさい。何を買ってきたの?」

 小悪魔の抱える紙袋を見てパチュリーは問いかける。すると、満面の笑顔を浮かべながら、

「とっても可愛いやつですよ。まさにパチュリー様にお似合いのです!」

 ――か、可愛いの? ……嫌な予感がするわ。

 笑みを崩さぬまま小悪魔が紙袋から取り出した物。

 それは――

「ほら、パチュリー様のいつもの服装と同じ、桜色の水着ですよ! しかもフリルもたくさん付いてます!」

 ――あぁ……何でこの子はこういう些細なことでは私の信頼を裏切ってくれるのかしらね!

いくら大事な時には優秀とはいえ、これでは使い魔としてどうなんだろうと思ってしまう。しかも、滅多に外に出ない自分にとって、全く必要がない物を買ってきているし。

「……何で水着?」

 とはいえいきなり嫌な反応をするのはいけない。使い魔とは相互の信頼関係が大切だ。だから、せめて理由を聞いてからと思いパチュリーは問いかけるが、

「もちろん外の湖で水遊びするためですよ。気分転換に外へ出ましょうよパチュリー様」

「嫌よ」

 即答だった。しかも思わず嫌な声で。図書館でさえこんなに暑いのに外へ出るなど論外である。水辺に行ったとしてもまず日差しで死んでしまうに違いない。

 ――小悪魔ならそんなこと分かっているはずなのに。この子も暑さにやられてるのかしら?

そう思い小悪魔の方を見ると、

「そんな……買い物に行く前は良いって言って下さったのに」

 そんなことを言いながら悲しい顔をしていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 小悪魔は内心焦っていた。

 ――パチュリー様に嘘を吐いてしまった……。

 確かに買い物に行く前に「外で水遊びしませんか?」とは聞いた。暑さのせいで調子が悪そうだったし、最近特に引き篭もりがちだったからだ。本人は外に出たくないとよく言っているが、健康に良くないので使い魔としては無理やりにでも外へ連れ出したい。

だが、パチュリーは本に集中していたせいか返事は無く、

 ――けど、もしかしたらと思って香霖堂まで買いに出て、そしたらパチュリー様にお似合いの水着を見つけて、これはいけるかもしれないと思ったのに……。

 結局駄目だった。まさに一瞬で却下されてしまった。

 とはいえ、予想できた返事ではあるし、結局毎年こうなっている。今回は久しぶりに水着も買ってみたが、諦めるしかないだろう。

 そう思い、引こうとした小悪魔だが、悪魔という性質が先程のパチュリーの状態や今日はなにかと返事が曖昧だったことなどを利用して、頭の中で邪な考えを生んでいく。

 ――あの様子なら返事どころか聞いた内容すら覚えていないはず。肯定したと言えばそう勘違いするのでは……。

 この考えはいけない。嘘を吐いて騙したりはしたくない。小悪魔は考えを消そうとするが、

「そんな……買い物に行く前は良いって言って下さったのに」

 勝手に口が動いていた。しかもいつの間にかに悲しげな顔になって。悪魔お得意の演技術だからおそらく見破られはしないだろう。

 あぁ、と小悪魔は思う。結局、自分は心の底では嘘を吐いてでも外に出て欲しかったんだと。

 ――自分で言うのも何ですが、忠誠心以上に心配性なんだなぁ……。

と内心で溜め息を吐いてしまう小悪魔だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 パチュリーは思わず溜め息を吐いてしまう。

 ――どうやら、暑さに完全にやられてるのは私だったようね……。

 近頃で一番の暑さのせいか、集中力が乱れているのは確かだ。

 「水遊び――」とは聞かれた覚えが微かにある気はする。だが、なんと返事したのかは全く思い出せない。

 いくら暑さにやられていたとはいえ、良いと言うはずはないのだが、小悪魔がそう言うのならそうなのだろう。

 ――例え嘘だったとしても憶えてない私が悪いのだし、もしそうだとしてもこぁの意図は大体分かるわ。

 だからこそ、ここは乗ってあげるべき。そうパチュリーは思い、

「――そう。なら仕方がないわね。外へ行きましょうか」

 そう言って椅子から立ち上がり、扉へと足を向ける。

「え? それって……」

 すると、目の前にいる小悪魔の顔が悲しみから期待の表情へと変わっていく。

 ――全く。これが演技だとしたら、本当にとんだ小悪魔ね。

 顔に出さずに微笑みながら、

「……二度同じことは言わないわ」

 返答自体はそっけなく。

 そして、そのまま小悪魔の隣を通り過ぎ、

「パ、パチュリー様。水着! せっかく買ったんだから水着を着ましょうよ!」

 後ろから聞こえてくる、驚いたような、それでいて嬉しそうな小悪魔の声に思わず笑みを漏らしてしまうのだった。

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 ――やっぱり失敗だったかしら……。

 紅魔館近くの湖、その畔で突き刺さる日差しを浴びながらパチュリーは思わずそう思った。

 服装のおかげもあるだろうが、確かに図書館よりかは空気自体は多少涼しい気がする。だが、降り注ぐ日差しの熱さには耐え難いものがあった。

 ――結局熱中症か何かで倒れる気がするわ。

 こちらがそんなネガティブ思考全開でいるのに、

「ほら、パチュリー様。湖に入って泳げば、暑さなんて吹き飛んじゃいますよ」

 小悪魔はとても楽しそうにこちらの手を引いて、湖の中へと連れ込もうとしてくる。

 しかし、パチュリーは手を離し、

「私は湖の中には入らないわ。こぁだけで楽しんでらっしゃい」

「何でですか? せっかく外に出たんだから泳いで楽しみましょうよ」

「泳いだら直接日差しを浴びる機会も多いし、本も読めないわ。私はこれで涼むから。――水符『ジェリーフィッシュプリンセス』」

 スペルカードを唱えた瞬間、小悪魔の目の前には巨大な水泡が現れ、その中にパチュリーが包み込まれていた。

「これは……また新しいスペルですか?」

「そうよ。防御用のスペルとして開発したの。包み込んでいるものに対しては保護機能が働くから本も濡れないし、威力軽減の術式が組み込んであるから日差しもかなり弱められる。涼むのにも最適よ」

 そう説明すると、手に持っていた本を開いて早速読書モードへと入るパチュリー。こうなると梃でも動き出してくれないのを小悪魔は知っているため、少し残念な顔をしながら一人で湖の中へと入っていってしまった。

 ――少しかわいそうだったわね。

 小悪魔を見ながら、パチュリーはそっと開いていた本の上下を入れ替える。実は、さっき慌てて読書モードに入るフリをした為に上下逆で読んでいたのだ。

 何故そんなに慌てていたかというと

 ――泳げないなんて言えないわよね……。

 思わず溜め息を吐いてしまう。

 生まれたときから魔法使いという種族であるパチュリーにとって、泳ぐという行為が生きていくために必要になったことは今までない。そして、これからもきっとないだろう。

 単純に"水の中を行く"ということなら水の精霊を使役すれば簡単に出来る。ただしそれは"水の中を地上と同じように歩く"ということで"泳ぐ"ことではない。

 娯楽として泳ぐ場でそれは無粋だろう。パチュリーとしては娯楽なんてどうでもよく、涼めればそれでいい。

だが、小悪魔はそうではない。気持ち良さそうに、そして楽しそうに泳ぐ小悪魔にとっては娯楽としての要素も入っているはずだ。それを損なわせるのは忍びない。

 ――それになにより……泳げないって知られるのが少しだけ恥ずかしいのよね。

 魔法使いとして関係ないところが他者に劣るのは全く問題のないこと。今まで自分の劣ったところに対してはそう思って気にしていなかった。

 しかし、何故か小悪魔に対してはその劣った部分を恥ずかしく思ってしまうことがあるのだ。他の人に対しては未だにそう思ったことなどないのに。

 ――相手が使い魔だから、無意識下で主人として威厳を保ちたい気持ちがあるのかもしれないわね。

 今まで何度考えても答えの見つからなかった問いに、とりあえずいつも通りの答えを導き出す。釈然としない気持ちを抱えながら……。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 水の冷たさに心地良さを感じながら小悪魔はゆったりと泳いでいく。

 手をかき、足を動かす――体を動かす機会があまりないので、こうしたちょっとした運動でも気持ち良いと感じてしまう。

 さらに、最近図書館に篭りがちだったせいか、真夏の日差しさえも心地良く感じられ、

 ――でも、パチュリー様は違うのでしょうね……。

 それでも岸辺に居るであろうパチュリーのことが気になってしまう。

当の本人は、外であること以外はいつも通りの状況であるが、

――気分転換になっているでしょうか?

嘘を吐いてまでして外に出てもらったので、気分転換になっていて欲しい。小悪魔は切にそう願う。

――一緒に泳いで下さらなかったのは残念ですが……。

運動をすることが苦手で嫌いなパチュリーだから、断られるのは予想の範疇だった。だがしかし、しばらく経てば暑さに負けて入ってきてくれるのではという淡い期待も抱いていた。

結局新しいスペルカードによってその淡い期待も打ち砕かれたが、

――結局は、パチュリー様が健康で居て下さればそれで良いんです。

そう願いながら、自分は自分なりに楽しもうと再び泳ぎ始める。

――でも、何だか水が妙に冷たい気が……。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 生温かそうな風に水泡の表面が揺れる。

 しかし、そんな風を浴びてなお水温を保ち続けている水泡。その中でパチュリーは少しばかりうつらうつらとしていた。

 ――やばいわね。この冷たさは……予想以上に気持ちが良いわ。

 思わず目を瞑って、気持ち良さの中に身を委ねてしまう。

 このスペルカードは自動管理の術式も念入りに組み込んであるので寝たところで問題はない。それに元々防御用だから、万が一奇襲されたとしてもしばらくは防げるだろう。

 ――この外出自体が息抜きみたいなものだし、寝させてもらおうかしらね。

 泳いでいる小悪魔には悪いが、もはや我慢の限界だった。

 開いていた本を閉じて胸で抱えるように持ち、まるで胎児のような格好になって眠り始める。

「あれ? パチュリー様?」

 そんなパチュリーに小悪魔が気づいた瞬間、

「あたいってばさいきょー!」

 水の中から突然何かが現れ、水泡を凍りつかせた。

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 綺麗に凍りづけにされて氷球となり、しかし低空に浮いたままの水泡。その中で、まるで眠り姫か何かのように閉じ込められているパチュリーを見て、小悪魔は思わず固まってしまっていた。

 「魔女の凍りづけを作っちゃうなんて、やっぱりあたいはてんさいね!」

 そんな小悪魔に気付いていないのか、現れた何かは氷球をコンコンと叩きながら一人で何かを叫んでいる。どうやら仕掛けた悪戯が成功して、満足しているらしい。その背中には氷で出来た羽が付いており、

 ――氷の妖精でしょうか。

 何にしろ、パチュリーを助けなければならない。

「そこの氷精! 今すぐその氷を解凍しなさい!」

 警告を投げかけながらいつでも魔法が撃てるように構える。

 氷精はいきなり声が掛けられたことにびっくりしたのか、慌てて振り返りながら、

「嫌だね。それにあたいはひょーせいって名前じゃなくてチルノよ!」

 ビシッと音がしそうな感じで小悪魔を指差すチルノ。

 ――えっと……頭が弱い感じの妖精なのかしら。

 思わず苦笑いしながら小悪魔は手に魔力を込め、

「もう一度言います。解凍してください。……でないと撃ちますよ」

 いくら使い魔となって力が封じられていようと、たかが妖精に負けるつもりはない。だから魔力の込めた手をちらつかせてもう一度だけ脅した。

 ――これを聞き入れなければ、屈服するまで撃つしかありませんね。

 かわいそうだが仕方がない。そう思いながら術式を編んでいく小悪魔。

 それに対してチルノは、

「さいきょーのあたいに勝ってからそーいうことは言うのよ!」

 小悪魔が撃つよりも早く、何本もの氷柱を打ち出してきた。

 ――全力抵抗!? しかも弾速が速い!

 驚きながらも術式をキャンセルし、小悪魔は慌てて空中へと戦場を変える。

 眼下では氷柱が着弾した水面に氷の華が咲き、湖を白に染めていく。

「外にあまり出れないから最近つまらなかったけど、魔女と悪魔の氷づけを作るのは久し振りに楽しそうね!」

 そう言って今度は氷つぶてを散弾状に撃ち出すチルノ。その顔には確かに楽しそうである。

 ――まさかこんなに力を持った妖精がいるとは……。

 小悪魔は距離を詰め、迂回することによって散弾をかわしていく。

 氷という動きを封じる能力だけでも厄介なのに、意外と弾速も密度もある弾幕を放ってくるのが厄介だった。

 ――隙を見て一撃で仕留めないと。

 そう思い、迂回を繰り返してだんだんと近づいていくが、

「これでも食らえ! ――氷符『アイシクルフォール』」

 チルノがスペルカードを唱えると同時に前方の視界全てから氷つぶてが打ち出されてくる。弾速は速くないが弾幕が濃いため、このまま前進して行くには少し厄介な弾幕である。

 だが、小悪魔が何の考えもなく突っ込んでいったわけがなく、

「この程度!」

 既に編んであった術式を発動し、チルノに向かって直線状に多量の魔法弾を打ち込んでいく。

 魔法弾は弾幕に穴を開けて道を作り、そのままチルノへと飛んでいく攻撃にもなる狙いだ。

 実際にアイシクルフォールの一部には穴が開き、まだ数を残している魔法弾の後を追って小悪魔は弾幕を抜け切る、

 「まだまだ! ――凍符『パーフェクトフリーズ』」

 そのはずだった。

チルノがもう片方の手に持ったスペルカードを唱えた瞬間、全ての弾幕が動きを止めた。

アイシクルフォールに穴を開けた魔法弾は今度は自らで穴を塞ぎ、小悪魔の周りには無数の氷つぶてが静止している。

――弾幕の凍結!? でも、何のために?

その考えを読んだかのように答えが飛んできた。アイシクルフォールよりも大粒の氷つぶての群れである。

小悪魔は周りに気を配りながらグレイズするように避けていく。

――なるほど。でも、このくらいなら……。

そう思いながら避けきった瞬間、

「――――解凍」

 スペルカードを裏返してそう呟くチルノ。

 その瞬間、

「なっ!?」

 パーフェクトフリーズによって凍結していた弾幕たちが一斉に動き出す。しかも、さっきまで飛んでいた方向ではなく、それぞれ別な方向にである。

 ――これが本命か!

 あらゆる方向から襲ってくる弾幕に対して、なるべくチルノと距離を離さぬように避けていく。

「もう一発!」

 そこへ先程と同じ大粒の氷つぶての群れが打ち出されるが、少しずつ移動していくことによってかわす。

 ――いつもの服じゃなくて水着なのが救いでしたね……。

 ちょうど抜け切ったところでどちらとも効力が切れたのか、既に戻ったチルノが驚いた顔でこちらを見ていた。

「あたいのさいきょーコンボが……」

「今度はこっちの番ですよ!」

 もはや邪魔な物は何もない空を駆けていく小悪魔。既に両手には術式が編み上がっており、薄く発光している。

「ま、まだあたいのターンは終わってない! ――雪符『ダイアモンドブリザード』」

 そんな小悪魔を見て、チルノは慌てて新たなスペルカードを発動する。

 チルノの方から猛吹雪が吹き荒れ、大小の氷つぶてが無数に、そしてランダムに飛んでくる。

 ――さすがにこの量はきついですね。でも――

 小悪魔は右手を開き、下へと術式を開放。

強大な魔法弾がいくつか打ち出され、ゆっくりと海へと落ちていく。そして、そのまま海面へとぶつかって炸裂し、大量の水を空中へとぶちまけていく。

そこへ狙ったようにダイアモンドブリザードが次々とぶつかっていき、

――予想通りですね。

大量の水は分厚い氷の壁となって、両者の間を塞いでいく。しかも空気を大量に含んでいる真っ白な氷として。

「な、なによこれ!?」

 自らの弾幕によって生み出され、しかし自らの弾幕で破ることの出来ない壁が出現したことにチルノは驚き、そして焦った。

 このままではせっかくの最後のスペルカードが無駄になってしまうからである。

急いで破ろうと、氷つぶてよりも威力のある氷柱を生成し始めるが、

「もうあなたのターンは終わりなんです」

氷の向こうから聞こえる小悪魔の声。その声が示す通りに、壁を破って魔力弾がいくつも飛んできて――

立て続けの炸裂音と共にチルノは撃墜された。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 チルノを拘束してから、小悪魔は氷球となった水泡へと近づいていく。

 ――思えば、撃墜しちゃったのは不味かったですかね……。

 暫くは目を覚まさなそうなチルノを見て溜め息を吐く。

 これでは自力で起こすしか方法がない。

 どうしようかと改めて水泡の中を見ると、戦闘前と変わらないパチュリーの寝顔があって、

 ――本当に眠り姫のようですね。

 寝室以外ではなかなか寝ないので、あまり見ることのできない寝顔。それに対し、何故か心臓を高鳴らせながら、

 ――眠り姫を起こすには……

 思わずそんなことを考えてしまう。目を閉じ、氷に向かって口を――

「……何をしているの?」

 思わぬ声に、慌てて目を開け氷から顔を離す。見ると、パチュリーが目を開けてこちらを見ていた。

「い、いえ、あの、その……そこの氷精がパチュリー様を氷づけにっ!」

 テンパってしまい、散々慌てた後に質問とは違うことを答えてしまう。

「……なるほど。なんとなくわかったわ」

 自分の現状を確認して、頷くパチュリー。

 すると、水泡を覆う氷にひびが入り始め、崩れていく氷の下から水泡の表面が現れていく。

「凍らせられた場合は自動修復が働かないのね。……改良の余地があるわ」

 凍らせられたのは意図しない出来事だったのか、早速改良について頭を巡らせているらしい。

「あのー、パチュリー様?」

 出てきてすぐに自分の世界へと旅立ってしまった主人に対して小悪魔が声をかけると、

「……ん? あぁ、その氷精はどうにかしてやらなきゃならないわね」

 無表情のままチルノに近づくと、魔法を唱えてロープのようなものを出してさらに拘束していく。

 ――パチュリー様は本当に何にも動じないなぁ。

 その様子に小悪魔は思わず感心してしまうのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「水に直接触れるのも、たまには気持ちがいいものね」

 湖の縁に座って、足だけ水に浸かりながらパチュリーは呟く。

 その様子はただ単純に涼んでいるだけに見えるが、

 ――でも、今日は気が緩みすぎてたわね。

 脳内では今日の反省会が開かれていた。

 今回は小悪魔がいたから何事もなく終わっているが、チルノにあれ以上何かされていた場合無事で済んでいたかはわからないのだ。

 凍結に対して対策をしていなかったため、あれ以上凍らされていたら自分ごと凍っていただろう。

しかも、あの氷精は一度凍らせた蛙を解凍する悪戯が好きなのに、時々失敗して割ってしまうらしい。そう考えるとぞっとしてしまう。

――やっぱり大事な時には優秀ね。

親バカというやつかな? と少しだけ思ってしまうがそんな考えは置いておく。自分にとって優秀なのは事実なのだから。

「パチュリー様、突然水辺の方にいらっしゃってどうしたんですか?」

 こちらが縁で座っていることに気付いたのか、少しばかり沖の方から小悪魔がこちらを見ていた。

「あのスペルカードには改良点が見つかったから使用中止よ。それに、これがあるから暑さについては問題ないし」

 そう言って、不機嫌そうに騒いでいるチルノの手に結び付けられた紐を引っ張る。

 これは妖精捕獲用の紐で、能力を抵抗が出来ないくらいまで押さえつけてくれるマジックアイテムである。猿轡をかまされていることも相まって、チルノはほとんどただの冷房と化している。

「それに――」

――さて、今回は本当に助けてもらったから――

これが小悪魔の願いを叶えることになるかはわからない。けど、自分には今はこれくらいしかしてあげられないから……。

「実は……こぁに泳ぎを教えて欲しいのよ」

 

 

―終―

説明
パチュリーと小悪魔が夏で暑くて外に出てトラブルで……。 まあ、たまにはこの二人を外に出そうかなぁと書いた物です。 でも、結局外っていうほど外に出てない……。
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東方 小悪魔 パチュリー 

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