永遠の咎人 |
外部居住区の中にある、ボロボロで使われていない、しかし原形は保ったままでいるビルの屋上。普通だったら誰も訪れないようなその場所で、ソーマ・シックザールは壁に寄りかかり一人座り込んでいた。
その顔は、満天の星が広がる空を見上げており、視線の先には、
――また緑化が進んだ気がするな。
緑化の進み、まるで地球のようにも見える月の姿。エイジス島崩壊事件と同時期に起こった突然の月の変化に世界中は驚いており、世界的に注目を浴びてその姿を見上げる人々の数は多い。事件との関連性を調査する動きもあるようだが、大多数は、単純に好奇心や物珍しさで眺めているだけだろう。
娯楽が大幅に失われた世の中だからか、一度珍しいことが起きると人々がそれにしばらく群がるのはよくあることだ。
真実など何も知らないままのお祭り騒ぎ。
「全く……。暢気なもんだよな」
まるで月に話しかけるかのように、見上げたままソーマは呟く。
エイジス島崩壊事件の真実、アーク計画によるノヴァの終末捕喰が行われかけていたことなど一般の人々には想像もつかないだろう。それをシオという名のアラガミの少女がノヴァごと月へ行くことで止めたことも、それが月の緑化を引き起こしていることもおそらく一生知ることなどない。宇宙船へ乗った人々も、シオのことまで知る者はほとんどいないはずだ。
真実を知ることなど無くても、人々はこうして今日も生き、暮らしている。
「本当……暢気なもんだぜ」
もう一度そう呟いて立ち上がり、今度は目線を下へと、居住区へと向ける。
貴重な支給品である酒を大事そうに複数で回し飲みしながら、路上で家庭や職場に対する不満を愚痴り合う姿。
仲睦まじそうに歩いていると思ったら、突然口ゲンカを始め別れる姿。
仕事帰りなのか、疲れた顔をしながら帰路に着く姿。
見えるのはなんでもない、普通に過ごしている人々の風景。
こうして、あの日からも何も変わらず人間というはこの星で生き続けている。アラガミが未だ闊歩し続けるこの世界で。
――みんなのカタチが好きと言った、シオのおかげでな。
正直、人間にこの先も生きていく価値というものがあるのかはわからない。終末捕喰というシステムが本当にあるとするのなら、少なくとも地球にとって人間とは、リセットされるべき一つの生命体としてしか扱われていないのだろう。
――つまり、この星にとって人間なんていう存在は無価値ってことで。
本来はそれで終わり。居住空間である星に価値を否定されたら、生きる価値などあるわけがない。
しかし、シオはそれでも、人間というものを理解した上でみんなのカタチが好きだと言った。自分が月へ行くことによって、この星に今生きる俺らにまだ生きることを願った。
星のシステムによって生み出されたアラガミの少女が、一部とはいえ星が無価値と判断した人間に価値を感じ、滅びから救ったということは、結局は価値があるということなのだろうか、無いということなのだろうか。
「……まあ、所詮はどうでもいいことだな」
眼下に見える人々から視線を外しつつ、ソーマはそんな思考を打ち切る。
――この星にとって人間に価値があろうが無かろうが関係ない。
星にだって弄ばれるのは性分じゃない。星が無価値だと判断するのなら、ただ自分はそれに抗うだけだ。
それに、自分がこの星で生き続ける一番の理由は、
「一緒にいる……そうだろ?」
月を見上げて、本当に囁くようにそう呟く。
――そのために、この真っ黒な地球で罪を償い続けろというなら償い続けてやるよ。
「ソーマ」
「っ!?」
すると、突然の、後方からの自分を呼ぶ声。誰もいないはずの場所での呼びかけ。
――まさか……。
今までシオのことを考えていたせいか、あり得ない可能性が頭の中を過ぎる。
そんなバカなと思いつつも、ゆっくりと振り返ってみると、
「こんなところで何してるの?」
目の前には、高そうな衣服を纏った、いわゆるお嬢様の格好をした少女が首を傾げながらこちらを見ていた。
――そんなわけが……あるはずない、か。
「……それはこっちのセリフだ」
一瞬でも期待をしてしまった自分の気持ちを隠しつつ、少女にそう言い返す。
その少女は、以前、贖罪の街での任務の際に自分が保護した少女だった。確か、エリックの妹らしい。何故あんな場所にいたのかは何度聞いても答えなかったが、
――敵討ち……だろうか。
ゴッドイーターになる。そんなことを言っていたという話を前にアナグラ内で聞いた気がする。
もしそうなのだとしたら止めろと言える義理はないが、また救われない奴が増えるとなると何とも言えない気持ちになってしまう。
「私は月を見に来たの。だって、ここが居住区で一番高いところでしょ。ソーマこそ何してたのよ?」
そんなこちらの気持ちをよそに、少女はあっさりと答えて再び問いかけてくる。保護してからか、何故かこう話しかけてこられることが多くなった。
――こいつは何も知らないんだろうな。
「月を……見てただけだ」
まともに答えたところで何も知らないのなら変な顔をされるだけだろうし、そもそも話す義理など無い。しかし、答えないといつまでも聞かれそうなので、適当にあしらおうとそう答える。
「なあ……」
「え?」
それで会話を終わらせるつもりだったのだが、
「こんなクソッタレな世界は好きか?」
思わず口をついて出てしまったのはそんな問い。
先ほどまで、星からの価値のことを考えていたからだろうか。人間として、この世界に価値があるのかどうかという問いが思わず口から出てしまった。
「…………」
その問いに。俯いて黙り込んでしまう少女。エリックのことでも思い出しているのだろうか。
「いや、なんでも――」
つらいことを思い出させて泣かせてしまったかと思い、取り消そうとソーマは口を開くが、
「エリックがいないのは……嫌だけど、でも、それ以外にも大切な人っていうのはいっぱいいるんから、好きに決まってるじゃない」
顔を上げ答える少女。その目に涙など無く、あるのはそのつながりを失いたくないという決意の目。
――つながり……。
思わず、シオの言葉を思い出す。人間の本当のカタチ。つながっているということ。
――人とのつながりを守るために、この子も罪を償い続けるのだろう。
「そうか。じゃあ……頑張るんだな」
抗うために、守るために、終わらない罪を償い続ける。
――全く、神の摂理をねじ曲げちまった代償は大きすぎるな。こうして救われない奴が増えていくんだから。
少女に見えぬようフードの中で苦笑しながら、ソーマは再び月を見上げる。
――これもつながり、なんだろうな。
説明 | ||
ゴッドイーター合同コピー誌「CROSS THE DEADLINE」に寄稿させていただいたSSです。 一応無印ラスト後みたいな感じです。 ゲームは必要なキャラクター情報とかが簡単に見返せなくて苦労しました……。 | ||
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GODEATER ゴッドイーター ソーマ・シックザール | ||
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