家族を知らない博麗霊夢
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何てことない日だった。

博麗霊夢は、その何てことない日に人里へ出かけた。

食料を買い足す為でもあったし、ただ暇だったということもあったからだ。

 

 

博麗霊夢が人里で買い物を終わらせて帰ろうとした矢先、ふと視界に入ったものがあった。

普段ほど周囲の事に無頓着だった博麗霊夢が、珍しくそれに視線を奪われた。

女性と男性の間で、その二人の手をとって笑う子供の姿。

仲睦まじく、博麗霊夢の横を通り過ぎていった。

不思議な事に、その笑い声がひどく、彼女の背中にずしりと、圧し掛かった気がした。

博麗霊夢は、そのまま振り返らずに、空路(きろ)へとついた。

 

 

博麗神社に帰ると、る〜ことが何時もの様にのんびりと境内を箒で掃いていた。

朝早くからやっているのに、昼頃になっても終わっていないというのはどういう訳か?

博麗霊夢は苛立ったが、心の奥底から音もなく手が生えてきたような気がして、それがまるで包み込むように苛立ちを鎮めてくれた。

彼女の帰りに気付いたる〜ことが笑顔で手を振り、御客様が来ていると身振り手振りで教えてくれた。

それがとても正確で、何故かは解らないが、言葉で表さなくても博麗霊夢は理解していた。

 

 

博麗霊夢は、買い足したものが詰め込まれた袋を適当にちゃぶ台に上に置いて、酒瓶と杯を手に、縁側へと向かった。

そこでは、一本の角が真っ直ぐに、馬鹿正直なほどのそれを額にさしたそいつが、コンガラが座っていた。

珍しい客が来たと、溜め息をついて自身も隣に座る。躊躇いもなく、さも当然のようにそこに。

コンガラは大杯を片手に持っていた。その中の酒は、波紋一つたてずにいた。まるで明鏡止水。

博麗霊夢はごく普通の小さな杯に酒を注ぎ、「私に出来ないかな?」と思い立って、やってみた。

結果、不可能だった。

波紋がたつ、ひろがる、たつ、ひろがるの繰り返し。

やがて博麗霊夢は飽きて、グイッと杯の酒を飲み干した。

それから...

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 

 

無言。両者とも無言。

話題の肴が見つからず、ただ無言のまま。

そもそもこいつは喋るのか?と博麗霊夢が疑問に感じた頃、知らぬうちに自ら口を開いてみた。

「ねぇ?」

コンガラが僅かに身じろいだ。

「あんたさ、家族って知ってる?」

かぶりを振られた。

「そう...」

反応なし。

言い出したこっちが恥ずかしいと言いたいように、博麗霊夢は気分を損ねた気がした。

だからだろうか?口早に、思ってもいない事を聞いてみたくなったのだ。どうせ喋らないのだからという理由で。

「もし、もしもの話よ?もし私に家族って言うのがいたら、あんたは...祝福する?」

途中、何が言いたいのかを忘れてしまい、自分が変なことを聞いてしまったのではないかと思い、笑われるだろうと予想した。

だが、無言。喋らないのはいいにせよ、鼻で笑わない、口を僅かに吊り上げない、表情を変えない。

そんなコンガラに博麗霊夢は完全に失望していた。反応ぐらいしてもいいだろう、と。

そこで急に、コンガラが立ち上がり、座っていたところに大杯を置くと、そのまま動きはじめた。

「帰るの?」

博麗霊夢が尋ねた。

コンガラは背を向けたままコックリと頷くと、そのまま向こう側へと動き、曲がり、見えなくなった。物音一つなく。

「...泥棒にでもなれんじゃない?」

不機嫌そうに呟いて、ふと、置かれた大杯に目をやった。

注がれていた酒は殆ど減っておらず、透き通るほどの透明感で、大杯の底を晒していた。

博麗霊夢は、その底に刻まれた字に気が付いた。

達筆と言って良いほどの、美しい字体で刻まれていた。

 

 

『是』

 

それだけが、底でゆらゆらと波紋にゆられていた。

半眼。呆れて、その大杯を持ち上げる。思いのほか軽く、ヒョイと持てた。

「何よ是って...」

そう呟き、口をへの字に曲げたかと思えば苦笑。

「なんだ、喋れたじゃない」

そう言って、大杯に残っていた酒をすべて、地面に飲ませてやった。

独特の酒の匂いが、地面へと染み込んでいった。

それを暫く眺めた博麗霊夢は、中へと戻っていった。食料の整理と、今日の夕飯を作るために。

 

 

 

博 麗 霊 夢 は 家 族 を 知 ら な い 。

 

 

 

 

 

 

 

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