輝夜がぎっくり腰になったようです
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 ギックリ腰というのは、厄介なものである。

 老若男女問わず、腰への疲労だけでなく重いものを持ったときなど、ふとした切っ掛けで容赦なく襲いかかってくる。

 鍛えているかそうでないか等、些細な違いでしか無い。

 伊達に、魔女の一撃という名前が付いているわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 何時ものように、妹紅が里の人間を永遠亭へと連れて行く。

 彼女の仕事のようなものであり、色んな世間話を聞けるのだが、これがまた楽しいのだ。

 慧音が妹紅の事を広めてくれているのか、里の人間も話下手な妹紅に合わせてくれている。

 今日連れて行く人間も「慧音先生が貴女に頼むと良いと言っていたもので」とやって来て、色々なことを話し掛けてくれている。

 その話に妹紅は相槌を打ったり、質問したりでコミュニケーションを取っていく。

 そうやって話しているうちに、何事も無く永遠亭にたどり着いた。表に居たウサギに話をして、永琳に話をつけてもらう。

 里の人間が深々と頭を下げると、ウサギに促されて永遠亭へと入っていった。

 さて、あとは治療なり薬の処方なりが終わるまで暇―――というわけでもない。

 けたたましい音を立てて戸が開け放たれ「もこーう!!」と叫び声をあげながら輝夜が笑顔で突撃してくる。それからは何時もの殺し合いだ。

 流石に長い事戦い続けるわけにもいかないので、どちらかが一回死ねばそれで終わりにしている。

 だが今日は、何時まで経っても輝夜が現れなかった。

 

「あれ?」と頭をかく。

 

 そうしているうちに、永遠亭から里の人間が出てきた。見送りに来たウサギに頭を下げている。

 釈然としない気持ちを抱えたまま、妹紅は里の人間を送り届けるために永遠亭を後にした。

 

 

 

 

 

 

 その次の日も、また次の日も輝夜は永遠亭から現れなかった。

 いよいよもって不審に思った妹紅は、輝夜が姿を見せなくなってから4日目にして、夜のうちに永遠亭へと忍び込むことにした。

 以前にも一度侵入しているし、ウサギたちの警備はザルだしで正直忍び込むこと自体は楽ではある。

 別段知らない仲ではない。正面から堂々と行けばいいのかもしれないが、それは妹紅のプライドが許さなかった。

 気配を押し殺しながら、慎重に輝夜の部屋へと向かう。

 輝夜の部屋にたどり着くと、壁に耳を当てて意識を集中する。すると小さな声だが、永琳と輝夜の声が聞こえてきた。

 

「どう? まだ凄く痛む?」

「ちょっとだけ楽になったけど……。ああ、そこ、そこをもうちょっと強くお願い」

「ここ、かしら?」

「う、お、あぁぁぁ〜。気持ちいいわ〜。はぁ、永琳にこんな才能があったなんてね……」

「お褒めに預かり光栄ですわ。しかし、ぎっくり腰とはまた……」

 

 そこまで聞いて、妹紅は永遠亭を抜けだした。

 自宅へと帰りながら、自然と笑いが込み上げてきた。

 口を押さえながら急いで家へと駆け込む。笑いを我慢するのも限界であった。

 

「あの輝夜がぎっくり腰だって! あははははは!」戸を閉めた途端に、腹を抱えて大笑いし始めた。

 

 腹を押さえてうずくまり、床をバンバンと叩いて笑い続ける。あまりに笑いすぎて、涙まで出てきてしまう。

 この場に居ない輝夜を散々笑った後、落ち着いてきたのかぺたりと座り込んだ。

 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。

 

「さて、どうしてやろうかな」と考える。

 

 輝夜とは文字通りの腐れ縁ではあるし、少しは気になる。

 

「明日にでも見舞いに行ってやろうかな〜」

 

 そうしてやろう。菓子や果物でも持って行って、それで寝込んでいる姿を見て――笑ってやろう。

 そうと決まれば早く明日にしてしまおう。そう考えると、さっさと寝支度を整えて、妹紅は床に就いた。

 

 

 

 

 

 次の日の朝になって、妹紅は里へと出かけた。里へ向かいながら、どんな菓子や果物を持って行ってやろうか考える。

 見舞いに持っていく菓子に定番というものはあるのだろうか。煎餅や餅、団子をやるとしてどれが良いのだろう。

 歩きながら頭を捻る。腰を痛めた人間に、硬い煎餅は流石に辛いかもしれない。

 それなら餅か団子だ。どちらか、美味しそうなものを買えば良い。

 里が近くになるに連れて、田んぼとそこで田植えに精を出す人をよく見るようになる。

 それを横目で見ながらノンビリと歩を進めていく。彼らはひっきりなしに動いていて、自分とは大違いだ。

 

「もうそんな時期なんだな」と独りごちる。

 

 妹紅の姿を見つけたのか、何人かが手を止めてこちらへ手を降ってきた。永遠亭へ送り届けたことのある人間だろう。

 手を振り返してやるとペコリとお辞儀をして、また田植えに戻っていった。

 そんな光景を見ながら、田植えの時期の果物といえば、梅か苺が旬だと妹紅は思い出していた。

 梅を持っていってもどうしようもないし、やはりここは苺だ。

 そんな事を考えながらひたすら歩き続ける。

 田園風景を抜け、里にたどり着くと妹紅は菓子屋へ向かうことにした。

 道行く人々に混じって、以前慧音と一緒に行った菓子屋を目指す。妹紅はそこしか知らない。

 その店は、商店が立ち並ぶ一角から少し離れた場所に立っていた。

 店はまだ開いたばかりなのか、奉公らしき少年が二人店先に居た。一人は暖簾を掛け、もう一人は箒でゴミを掃除している。

 妹紅がその暖簾をくぐると、よく見知った後ろ姿が店主と何やらか話し込んでいた。

 

「これは……こうなっていて……」

「う、うーん。それでどうなるって言うんだい?」

「いえ、ですから……」

 

 箱の中から薬を取り出し、身振り手振りを加えながら、その度に長い耳がぴょこぴょこ動いている。

 だが肝心の店主はさっぱり分かっていないようだ。

 

「おーい、何をしてるんだ?」

「んー? あ、妹紅さんじゃないですか」

 

 そこに居たのは、永遠亭に住む兎のうちの一匹である鈴仙であった。

 

 

 

 

 

 薬の説明を早々に切り上げさせ、鈴仙を店の外へと引っ張り出した。

 

「で、輝夜はどうしたんだ? この前から姿を見ないんだけど」首を傾げる鈴仙に尋ねる。

「姫様のこと、そんなに気にされてたんですか?」

「まぁ、流石にね。何時もしてくることをされなかったら、気にもなるよ」

 

 本当は忍びこんで盗み聞いているが、知らぬ顔をしてみせた。

 鈴仙の表情が曇った。大きなため息を吐くと、

 

「実は姫様、6日前の夜からぎっくり腰になってしまってて……。当分は絶対安静なんですよ」と、そこまで言ってからまた溜息を吐いた。

「それはもう凄かったんですよ。少し動かしただけで痛がって、お布団まで運ぶのだけでも大変だったんですから。体を起こせないから、ご飯も食べられない状態が続いていた程ですよ」

「へぇ……。何だ、ぎっくり腰ってそんなに酷くなるものなのか?」

「程度にもよる、と師匠は言ってました。妹紅さんはぎっくり腰の経験はあります?」

「いや、無いね。腰を痛めたぐらいならあるけど、ぎっくり腰って程でもなかったよ」

「ならない方が良いですよ。癖になるらしいですから」

 

 鈴仙の忠告に、思わず腰を捻ってみた。ゴキゴキと良い音がして、とりあえず安心させてくれる。

 

「本当に酷い事になってるんだな、輝夜の奴は。お前はこれから帰るんだろ?」

「ええ、帰りますけど」

「ならさ……」と言いかけて、恥ずかしそうに妹紅が視線を逸らした。

「あとで見舞いにでも行くからって、永琳に伝えておいてくれないか。輝夜には伝えないようにね」

「え……。ええ、分かりました」

 

 一礼をしてから遠ざかっていく鈴仙を見送ると、妹紅はまた暖簾をくぐっていった。

 

 

 

 

 

 右手に団子、左手に苺の入った袋を持って、妹紅はノンビリと歩いて行く。

 人里と田園風景をあとにして、鼻歌交じりに歩いて行く。これを見た輝夜がどういう反応をするか、楽しみだ。

 鬱蒼とした竹林を抜け、永遠亭に辿り着くとガンガンと戸を叩いた。

 しばらくすると戸が開いて永琳が現れ、妹紅の姿を見て大きな瞬きを一つすると、「ふぅん」と腕組みをした。

 

「本当に来たのねぇ。鈴仙が言うからそんな馬鹿なって思ったんだけど。どういう風の吹き回しかしら」

「少しは心配してるからね」改めて言われると少し恥ずかしくなって、妹紅は思わず顔を逸らした。

 

 その反応に永琳はクスリと笑うと、

 

「さ、どうぞ。鈴仙には口止めして、輝夜は何も知らないから」

「……悪いね」

 

 永琳に促されるまま、輝夜の部屋へと向かう。相変わらずウサギ達はのほほんと自由気侭に過しているようで、てんでバラバラに寝たり遊んだりと好きなことをしていた。

 輝夜の部屋の前へと着くと、永琳が「輝夜ー、お見舞いよー」と呼びかけた。部屋の中から「誰ー?」とか細い声が返って来る。

 

「貴女のよく知ってる人よー」

「だから誰なのよー」

「いいから、開けるわよー」輝夜の質問を無視するように、戸を開け放った。

「ちょ、え、妹紅!」思わず体を起こして叫んでしまい「ぐおぉぉぉぉぉ」と痛みで悶絶する。

「まったく……何をやってるのよ」永琳が呆れ顔だ。

ぷい、と顔を背ける輝夜の側に妹紅が座る。後ろでピシャリと戸を閉める音がした。

「それで、何で来たのよ」

「何でって、見舞いだよ。お前がぎっくり腰になったって聞いたからさ」

「誰から聞いたのよ……」輝夜が頭だけを動かし、妹紅を睨みつけた。

「いや、うん。まぁ良いじゃないか」

 

 鈴仙を名前を出すのも気が引けたので、妹紅は視線をそらして誤魔化した。

 そんな妹紅を輝夜は訝しげに見つめていたが、彼女が持って来た物を指して「それは何よ」と訪ねてきた。

 包みを解いて、中身を見せてやる。団子と苺が姿を表し、輝夜が目を丸くした。

 それが何かを理解したのか、輝夜の表情が柔らかくなる。「まぁ、ありがとうね」と輝夜が素直にお礼を言うので、気恥ずかしさを苦笑いと頭をかくことで誤魔化した。

 

「えーりーん、えーりーん」

 

 輝夜が永琳を呼ぶと、戸が開いて永琳が部屋に入ってきた。その永琳に何事か耳打ちすると、永琳が見舞いの品を持って部屋を出て行った。

 それを見送る妹紅に「身動きひとつ満足にできないから、ほとんど永琳に任せっぱなしよ」そう言って輝夜は苦笑いを浮かべた。

 

「痛いのを我慢して動くのって、用をたす時ぐらいかしら。こればっかりは仕方ないわね」

「苦労してるんだな」

「まぁね。何時治るかも分からないし、大変よ。まさかこんな事で、こんな目に遭うなんてね」けらけらと笑うが、その笑顔には何時もの元気がまったく感じられず、相当に参っている事が感じ取れた。

 

 そんな輝夜の姿を見て、妹紅の中から「ぎっくり腰になった輝夜を笑い飛ばしてやろう」などという考えはどこかに吹き飛んでいた。

「なぁ、何かできることはない?」

「……急にどうしたのよ」

「いや、何となくさぁ……」

 

 その時、タイミング良く永琳が皿を持ってやって来た。その上には妹紅が持って来たものであろう苺が何個か乗っている。

 それを見て輝夜が意地の悪い笑顔を見せた。「そこに置いて頂戴」枕元を指差す。

 永琳が部屋から出て行くと、意地の悪い笑顔を浮かべたまま「お願いが出来たわ」と妹紅を呼んだ。

 

「その苺、食べさせて頂戴」

「え? ああ、それぐらいなら……」妹紅が苺を手に取り口元へ近づけると「そうじゃないのよ」とそれを拒否した。

「それを口移ししてくれないかしら?」

「あ、あぁ!?」素っ頓狂な声を上げて妹紅が立ち上がった。

「良いじゃないの。先刻何でもするって言ったじゃない」その反応を楽しんでやる。

 

 耳まで真っ赤になっている妹紅に「妹紅は自分の言ったことを守らないような人間だったかしらー?」と追い打ちもしてやった。

 妹紅はしばらく唸っていたが、覚悟を決めたのか座り込むと苺を手にとった。それを咥えると、輝夜の頭を少しだけ持ち上げてやる。

 ゆっくり顔を近づけて、そっと苺を口移ししてやった。もにゅもにゅと咀嚼して飲み込む。

 

「甘酸っぱくて、美味しいわねぇ」にこりと輝夜が笑った。

 

 それを見て、妹紅の顔がますます赤くなる。

 

「でもさ、ほら。まだ何個も残ってるわよ。全部、お願いね」

 

 その言葉は、妹紅には死刑宣告のように聞こえた。

 

 

 

 

 

 帰り際、永琳が米俵を載せた台車をがらがらと押してきた。

 

「折角見舞いに来てもらったんだから、そのお礼よ」

「ああ、悪いね」米俵を掴み、一息に持ち上げる。

 

 その瞬間、腰から全身に衝撃が走った。思わず米俵を落とし、それから一拍置いて激痛が襲いかかってきた。

 

「あ、お、ぐおぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫が永遠亭を震わせた。腰を押さえて、妹紅が蹲った。その口からはうめき声が絶えず漏れている。

 そんな姿を、心のなかで謝りながら永琳は見つめていた。

 

 

 玄関の方から聞こえてきた絶叫に、輝夜は俯せになったまま小さくガッツポーズをした。

 

「妹紅、あんたも私の苦しみを味わうといいわ!」

 

 全て輝夜の差し金である。先程永琳に耳打ちした際、帰り際にお礼として米俵を出すよう言っておいたのだ。

 好意のお返しという部分も間違いなくあるが、どちらかといえばこういう展開を期待していたのだ。

 

「これで妹紅の所に見舞いに行ってやる! あ、いた、いたたたたた……」

「そんな大声出しちゃ駄目ですよ。響くのは分かってるじゃないですか」鈴仙が呆れ顔で、輝夜の腰に湿布を貼りつけている。

「でもこの嬉しさを声に出さないのは……。あ、うん、そこよそこ」

「さっき師匠が運んでたのって、姫様が運ぼうとした米俵ですよね?」

「ええ、あの忌々しい……。だから妹紅に同じものを持たせてみたんだけど、ある意味大成功だったようね! あ、ああそこ……」

 

 鈴仙はため息を吐いて、輝夜の言う箇所にそっと湿布を貼り付けるのだった。

 

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そそわにry
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東方 藤原妹紅 蓬莱山輝夜 八意永琳 鈴仙・優曇華院・イナバ 

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