【東方】巡る桜に誓いを一つ
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 桜の命は儚い。散らない桜はない。

 たとえ桜の命を延ばしても、それは所詮上辺だけのこと。不適切であれば巫女が止めに来て仮初めの桜は崩壊する。

「だから、私は……」

 肩に提げた長刀・楼観剣に手を掛け、ぐっと腰を落とす。

「ふっ!」

 剣を引き抜くと同時に素早く振り抜く。一拍ののち、彼女の目の前に咲いていた桜の木から、一片の花弁がはらはらと舞い降りてきた。

 

「まだ、足りない」

 舞い降りる花弁をその手に握りしめ、魂魄妖夢は小さく溜め息をつく。

 その手に握る花弁は、全体の半分しかなかった。しかし、妖夢はまるごと一枚を斬ったつもりだった……つまり、彼女の狙いは外れたのである。

「もっと、強くならなければ……」

 あの時の失敗。今も色濃くその身に刻み込まれた、譲れない戦いに敗れた時の傷。忘れることなどできるはずがない。

「もう、あんなことは……」

 あと一歩だった。叶えたかった。叶えさせてあげたかった。

「私が守りたかったものを、守れなかった……」

 こうして桜を見ると、どうしてもあの事が思い浮かんでしまう。幻想郷中の春を集めようとした異変。それを達成直前に霊夢に阻止されたことを。

「あんな屈辱、二度と御免だわ……」

 楼観剣を桜にかざす。刃は桃色を反射して妖しく煌めいた。

 

「やっ! はあっ!」

 庭の桜の花弁に妖夢は剣を振るい続ける。あくまで整えるために、必要最低限の花弁を斬り払っていく。

 気を練り、集中し。望む剣筋をイメージし、それに剣を重ね、振り抜く。徐々にその動作は洗練されていき、やがて舞を踊っているかのような流麗な動作へと変質していった。

「…………」

 もはや気合の声を発することもない。ただ静かに妖夢は剣を振るう。

 

「あらあら、妖夢ったら……」

 そして、そんな妖夢の姿を見つけた白玉楼の主、西行寺幽々子。

「やっぱり思い出しちゃうのかしら、あの時のこと」

 幽々子の発案で始まった異変。それが失敗したことに、妖夢は強い責任を感じている。そのことに幽々子は気付いていた。

「あの時のことはもう気にしていないのだけど……妖夢の成長の原動力になったのなら、それでよかったのかもしれないわね」

 もし成功していたら、妖夢の成長はそこで止まっていたかもしれない。しかし、失敗したがゆえにそれがバネとなって妖夢は成長を続けている。

「でも、そろそろ……」

 同時に、幽々子はこのままではいけないということも分かっていた。

「……終わりにしましょうか」

 

「ふぅ……」

 桜を整えた妖夢は、一息つきながら地面に降り立った。

「お疲れ様、妖夢」

「幽々子様! 見ていらしたんですか?」

「ええ、通りすがったものだからつい」

 言いながら、ぽんぽんと自分の座る縁側の隣に手を置く。妖夢はおずおずとその場所に腰を下ろした。

「ねえ、妖夢。この桜を見て思い出すことはないかしら?」

「桜というと……やはり、この前の異変のことですね」

「そうね。私もときどき思い出すわ。やりたいことがあって、でもできなくて。私も残念だったけれど、妖夢にも随分重荷を負わせてしまったわね」

「そんなことはありませんよ。私だって成し遂げたいと思って幽々子様に力を貸したんです。責任は私にもあります」

「そこよ」

「え?」

「もうあのことは忘れましょう。過去の復讐のためではなく、また新しく日々を送って、楽しみましょうよ」

「幽々子様……幽々子様はそれでいいのですか?」

「もちろんよ。何より妖夢、あなたがそうやって重荷を背負っていることに私が耐えられないわ」

 そう言うと幽々子は妖夢を引き寄せ、優しく抱きしめた。

「幽々子様……」

「ごめんなさいね、妖夢。今までずっと重荷を背負わせたままで。辛かったでしょうに……」

「……いえ、これくらいは大したものではありませんよ。幽々子様の方がよっぽど辛かったでしょう」

 妖夢がより力強く幽々子を抱きしめ返す。幽々子の顔が僅かに歪むが、妖夢はそれを見ることができない。

「分かりました。私はあの異変のことを忘れましょう。そしてこれからも変わらず、あなたを守り続けます」

「ありがとう、妖夢」

 暖かな風が吹き抜ける。まもなく博麗神社で宴会が行われることだろう。

 白玉楼の新しい春が、ここから始まるのだ。

説明
以前「桜」というお題でリクエストをいただいて、そのお題をもとに書いたのがこちらの短編です。本当に短いので気軽に読んでいただけると嬉しいです。話はやや重めですが。

アイコンを見ても分かる通り、妖夢は俺の嫁。
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東方 魂魄妖夢 西行寺幽々子 

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