【東方】小さな世界の確かな夢
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「…………」

 静寂で目が覚めた。

 ベッドから体を起こし、周囲を見渡す。辺りは無機質な壁で覆われており、暖かな陽光を取り込む窓は存在していない。朝か、夜か、区別がつかない。ただ、彼女は目を覚ました。

「着替えなきゃ……」

 朝起きたら着替える。何度も言われて習慣づいた動作を、彼女は寝ぼけ眼でゆっくりと進めていく。

 少女の着替えが終わったすぐ後、部屋の壁に唯一取り付けられた扉が小さいコンコンという音を発した。

「失礼します、お嬢様」

 丁寧に一礼をして入ってきた少女。いわゆるメイド服を着た銀髪の少女が、小さなカートを押してきた。

「咲夜、おはよう」

「あら、起きていらしたのですね。おはようございます、フラン様」

 窓のない地下室。そこに囚われた少女――フランは、自身の教育係でもある咲夜に教わった「おはよう」という挨拶を投げかける。

「朝食をご用意しましたわ」

 カートをフランの前に運び、咲夜がフォークを手渡した。

「ありがとう。い、いただきます」

 受け取る時に「ありがとう」を、差し出された朝食に向かって手を合わせて「いただきます」を。つたない発音で、それでもしっかり口にする。

 あとは、無言。慣れない手つきでフォークを操り、こぼしながらも口に運んでいく。咲夜はそんなフランをじっと見つめていた。

「ごちそうさまでした」

 やがて空っぽになった皿を前に、フランは再び手を合わせ、「ごちそうさま」を言う。皿の上には野菜のひとかけらも残っていない。

「おそまつさまでした。それでは私はこれで失礼いたします」

 咲夜はカートを運び、扉に足を向ける。

「ねえ、咲夜」

 しかし、そんな咲夜をフランは呼びとめた。怪訝な表情で咲夜は振り返る。これまで一度も自分を呼びとめたことなどなかったフランを。

「私はいつになったら外に出られるの?」

「それは……」

 それは、渇望。500年にも届く長い孤独の果てに、フランが欲しいと願ったのは、孤独からの解放だった。

「私、咲夜の言う通りにしてきたよ。早く起きて着替えることも、挨拶も、残さず食べることも。まだ私は外に出ることができないの……?」

 これまで、フランはただただ無口だった。咲夜に起こされて目を覚まし、着替えさせ、食事も必要最低限のものを食べさせてもらっているだけだった。そこにフランの意思はどこにもなく、ただ流されるがまま、無為に時間を費やしてきた。

「私から申し上げることはできません。レミリアお嬢様にお聞きになって下さい」

「お姉さまはいつ私のところに来てくれるの?」

「それは……分かりません。一応、お嬢様にはこのことをお伝えいたします」

「お願いね、咲夜」

「ええ。それでは失礼いたします」

 咲夜が去り、部屋はまたしても静寂に支配された。

 

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「私は……」

 一人になると、その場では伝えきれなかった想いが溢れだしてくる。

 これまで、フランは外に出たいと考えたことは一度もなかった。ただ自堕落に日々を過ごし、何もかもを放り出していた。

 それがなぜこうして外を渇望するようになったのか。変わったきっかけはある。ある日突然現れた、黒い魔法使い――。

「邪魔するぜ!」

 静寂を破壊するように勢いよく扉が開け放たれ、黒服の少女が部屋に入ってきた。

「魔理沙……いらっしゃい」

「おう、フラン。元気そうじゃないか」

 少女の名は霧雨魔理沙。紅魔館の住人以外が開いたことのない地下の扉を、唯一突破した人間。この魔理沙こそが、フランに変わるきっかけを与えた張本人なのだ。

「いい目つきになってきたな。この分だと外に出られる日も近いんじゃないか?」

「そうだといいけど……咲夜は不安そうだったわ」

「あー、あいつは妙に過保護なところがあるからなあ。とはいえ咲夜やレミリアの許可なしに外に出すことは私にもできない。今は認められるように成長していくしかないな」

「認められるように……」

「大丈夫だ、そのために今頑張ってるんだろう? 努力は必ず結果に結び付く。諦めるな。自分を、咲夜を、レミリアを信じろ」

 そう言って魔理沙はフランの頭にぽんぽんと手を乗せる。

「それじゃあ今日も話をしようか。この間は確か妖怪の山に新しい神社が建ったっていう話だったよな? 今日はこの幻想郷の地下にある地霊殿って場所で起きた異変について話そう」

「ええ、お願い」

 魔理沙はベッドの端に腰かけ、フランはその隣に座った。それを確認してから、魔理沙はとつとつと語り始める。

「私がその異変に気付いたきっかけは、地下から霊が湧きだしているのを見つけたことだった――」

 実体験を元にした、臨場感のある語り。魔理沙の世界に、フランは吸い込まれていった。

「――とまあ、そういうわけで異変は無事解決! 私は意気揚々と家に帰ったってわけさ」

「すごい……」

 途中で眠くなることなく、フランは魔理沙の語り全てに耳を傾けた。おそらく彼女の頭の中には魔理沙の語る情景がくっきりと浮かんでいることだろう。

 空や森、山といった風景は、魔理沙が依然持ってきた本で見た。実際のそれをみたことがないフランは、本で見た景色を切り貼りして場面を思い描いていく。

「ねえ、魔理沙」

「うん?」

「私も外に出たい。外に出て、異変を解決してみたい」

「おお、いいねえ。私と一緒に異変を起こす奴をぶっ飛ばしてやろうぜ!」

「ええ」

 魔理沙が突き出した拳にちょこんと拳を合わせ、フランは小さく笑った。

 これまでずっと見せたことのない、小さな、たんぽぽのような笑みだった。

 

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 魔理沙が帰って、また静寂が戻ってきた部屋の中。しかし、フランは孤独を感じていなかった。

 咲夜に物事を教わって、魔理沙と約束を交わして、変わりたい理由があって。フランは今が楽しくて仕方がなかった。

「フラン、入るわよ」

「……! どうぞ、お姉様」

 咲夜に言っていたとはいえ、予想だにしなかったレミリアの訪問。戸惑いながらも返事をすると、静かに扉が開き、フランの姉にして紅魔館の主、レミリア・スカーレットが姿を現した。

「……本当に、少し見ない間に変わったわね、フラン」

「はい。私は変わりたい。外に出たい。壊すためではなく、楽しむために。そう思うようになりました」

「そう……あなたが変わってくれたこと、とても嬉しく思うわ。今はまだ足りないけれど、きっとすぐ私もあなたを安心して外に出せるでしょう」

「本当ですか!?」

 身を乗り出したフランの鼻先に、レミリアはピッと指を立てる。

「ただし、一つ条件があるわ」

「……なんでしょう?」

「私たちは姉妹よ。敬語はやめてちょうだい」

「……分かったわ、姉様」

「よろしい」

 ふわっと笑ってレミリアはフランの頭を撫でる。されるがままのフランは、その気持ちよさに目を細めた。

「それじゃ、私はもう行くわ。一緒に外に出る日を楽しみにしているわね」

「ええ、任せて姉様。きっとすぐに姉様と並んでみせるわ」

 返事をせず、小さく手を振ってレミリアは扉を閉めた。

 

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 夜も更け、眠る時間。フランは寝巻きに着替え、脱いだ服を咲夜に教わった通りに部屋の隅に置いておき、ベッドに潜り込んだ。

「明日が待ち遠しいな」

 ふと、そんな言葉がこぼれる。それは、今まで感じることなどなかった感情。

「やっぱり、私は変わっているんだ」

 過去の自分との決定的な違いに気付いたことで、自分が変わっていると確信する。無機質で、破壊することしかできなかった自分が、ただ外に出たい。人と触れ合いたいと欲している。

「ありがとう……」

 今の気持ちを表現するのにぴったりな言葉。それが自然と唇からこぼれ落ちる。

「ありがとう、咲夜。ありがとう、魔理沙。ありがとう、姉様」

 聞こえなくてもいい。届かなくてもいい。それでもフランは抱えた気持ちを言葉に乗せていく。

「私は変わるよ。今すぐにじゃなくても、いつか胸を張って、みんなと同じ空の下を歩けるように」

 天井に向かって右手を伸ばす。掌の上に思い描くのは、ただ壊すだけだった過去の自分。

「さようなら、昔の私」

 イメージした過去の自分の姿、それを静かに握りつぶす。

「おやすみなさい」

 待ちきれない明日を夢見て、フランは静かに眠りについた。

説明
ツイッターでお世話になっている絵描きの風城さん(TINAMI未登録)のリクエスト「シリアスなフラン」をもとに書きました。ややシリアス要素が薄い気がしますが、最近書いたものの中では一番の自信作です。改ページなんかもしちゃってます。是非ご一読くださいませ。
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